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カテゴリ:民法 > 消費者被害

更新料特約の有効性 最高裁平成23年

民法判例百選Ⅱ 第8版 2018年 63事件

更新料返還等請求本訴,更新料請求反訴,保証債務履行請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成22年(オ)第863号、平成22年(受)第1066号

平成23年7月15日

【判示事項】      1 消費者契約法10条と憲法29条1項

            2 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料の支払を約する条項の消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」該当性

【判決要旨】      1 消費者契約法10条は、憲法29条1項に違反しない。

            2 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料の支払を約する条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額にすぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない。

【参照条文】      消費者契約法10

            憲法29-1

            民法第3編第2章第7節〔賃貸借〕

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集65巻5号2269頁

            裁判所時報1535号265頁

            判例タイムズ1361号89頁

            金融・商事判例1384号35頁

            金融・商事判例1372号7頁

            判例時報2135号38頁

            金融法務事情1948号83頁

            LLI/DB 判例秘書登載

            登記情報604号104頁

【評釈論文】      ジュリスト1440号66頁

            ジュリスト1441号106頁

            別冊ジュリスト224号130頁

            成蹊法学80号196頁

            白鴎法学41号67頁

            阪大法学63巻2号599頁

            判例時報2157号148頁

            駒澤法学12巻1号112頁

            法学協会雑誌130巻2号546頁

            法曹時報66巻3号770頁

            法律時報84巻11号129頁

            法律時報別冊私法判例リマークス46号

            民商法雑誌146巻1号92頁

            現代消費者法13号103頁

 

       主   文

 

 1 原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分を破棄し,同部分に係る第1審判決を取り消す。

 2 前項の部分に関する被上告人Xの請求を棄却する。

 3 上告人のその余の上告を却下する。

 4 被上告人らは,上告人に対し,連帯して,7万6000円及びこれに対する平成19年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 5 訴訟の総費用のうち,上告人と被上告人Xとの間に生じたものは,これを4分し,その1を上告人の,その余を同被上告人の負担とし,上告人と被上告人Zとの間に生じたものは同被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 第1 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告理由について

 1 上告理由のうち消費者契約法10条が憲法29条1項に違反する旨をいう部分について

 消費者契約法10条が憲法29条1項に違反するものでないことは,最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成17年(オ)第886号同18年11月27日第二小法廷判決・裁判集民事222号275頁参照)。論旨は採用することができない。

 2 その余の上告理由について

 その余の上告理由は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

 3 なお,上告人は,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分については,上告理由を記載した書面を提出しない。

 第2 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告受理申立て理由について

 1 本件本訴は,居住用建物を上告人から賃借した被上告人Xが,更新料の支払を約する条項(以下,単に「更新料条項」という。)は消費者契約法10条又は借地借家法30条により,定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条によりいずれも無効であると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき支払済みの更新料22万8000円及び定額補修分担金12万円の返還を求める事案である。

 上告人は,被上告人Xに対し,未払更新料7万6000円の支払を求める反訴を提起するとともに,連帯保証人である被上告人Zに対し,上記未払更新料につき保証債務の履行を求める訴えを提起し,この訴えは,上記の本訴及び反訴と併合審理された。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人Xは,平成15年4月1日,上告人との間で,京都市内の共同住宅の一室(以下「本件建物」という。)につき,期間を同日から平成16年3月31日まで,賃料を月額3万8000円,更新料を賃料の2か月分,定額補修分担金を12万円とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,平成15年4月1日,本件建物の引渡しを受けた。

 また,被上告人Zは,平成15年4月1日,上告人との間で,本件賃貸借契約に係る被上告人Xの債務を連帯保証する旨の契約を締結した。

 本件賃貸借契約及び上記の保証契約は,いずれも消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

 (2) 本件賃貸借契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,被上告人Xは,契約締結時に,上告人に対し,本件建物退去後の原状回復費用の一部として12万円の定額補修分担金を支払う旨の条項があり,また,本件賃貸借契約の更新につき,① 被上告人Xは,期間満了の60日前までに申し出ることにより,本件賃貸借契約の更新をすることができる,② 被上告人Xは,本件賃貸借契約を更新するときは,これが法定更新であるか,合意更新であるかにかかわりなく,1年経過するごとに,上告人に対し,更新料として賃料の2か月分を支払わなければならない,③ 上告人は,被上告人Xの入居期間にかかわりなく,更新料の返還,精算等には応じない旨の条項がある(以下,この更新料の支払を約する条項を「本件条項」という。)。

 (3) 被上告人Xは,上告人との間で,平成16年から平成18年までの毎年2月ころ,3回にわたり本件賃貸借契約をそれぞれ1年間更新する旨の合意をし,その都度,上告人に対し,更新料として7万6000円を支払った。

 (4) 被上告人Xが,平成18年に更新された本件賃貸借契約の期間満了後である平成19年4月1日以降も本件建物の使用を継続したことから,本件賃貸借契約は,同日更に更新されたものとみなされた。その際,被上告人Xは,上告人に対し,更新料7万6000円の支払をしていない。

 3 原審は,上記事実関係の下で,本件条項及び定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人Xの請求を認容すべきものとし,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。

 4 しかしながら,本件条項を消費者契約法10条により無効とした原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは,賃貸借契約成立前後の当事者双方の事情,更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量し,具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日第二小法廷判決・民集38巻6号610頁参照),更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。

 (2) そこで,更新料条項が,消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。

 ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。

 イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。

 更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,前記(1)に説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。

 そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。

 (3) これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。また,これまで説示したところによれば,本件条項を,借地借家法30条にいう同法第3章第1節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものということもできない。

 5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。なお,上告人は,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分についても,上告受理の申立てをしたが,その理由を記載した書面を提出しない。

 第3 結論

 以上説示したところによれば,原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分は破棄を免れない。そして,前記認定事実及び前記第2の4に説示したところによれば,更新料の返還を求める被上告人Xの請求は理由がないから,これを棄却すべきであり,また,未払更新料7万6000円及びこれに対する催告後である平成19年9月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の請求には理由があるから,これを認容すべきである。なお,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分についての上告は却下することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

 

 

栗山茂裁判長名判決 酌婦の前借金無効とした最高裁昭和30年

菅野和夫「労働法 第10版」弘文堂・2013年・172頁

預金返還請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/昭和28年(オ)第622号

昭和30年10月7日

【判示事項】       酌婦としての稼動契約に伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求の許否

【判決要旨】       酌婦としての稼動契約が公序良俗に反し無効である場合には、これに伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求は許されない。

【参照条文】       民法90

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集9巻11号1616頁

             裁判所時報193号1頁

             判例タイムズ53号37頁

             判例時報61号3頁

             金融法務事情126号26頁

【評釈論文】       ジュリスト93号23頁

             ジュリスト200号154頁

             ジュリスト増刊(民法の判例)18頁

             ジュリスト増刊(民法の判例第2版)14頁

             別冊ジュリスト2号92頁

             別冊ジュリスト46号38頁

             別冊ジュリスト77号38頁

             法学協会雑誌97巻4号123頁

             法学セミナー245号101頁

             法律時報28巻1号91頁

             民商法雑誌34巻3号85頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の請求を棄却する。

 訴訟の総費用は、全部被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人二宮卓及び柴田元一の上告理由は、それぞれ末尾添付のとおりである。

 上告代理人二宮卓の上告理由及び上告代理人柴田元一の上告理由第一点について。

 原審認定の事実によれば、上告人Aは、昭和二五年一二月二三日頃被上告人等先代Bから金四〇、〇〇〇円を期限を定めず借り受け、上告人Cは、右債務につき連帯保証をしたが、その弁済については、特にAの娘DがB方に住み込んだ上、同人がその妻の名義で経営していた料理屋業に関して酌婦稼働をなし、よつてDのうべき報酬金の半額をこれに充てることを約した、前記Dは当時いまだ一六才にも達しない少女であつたが、同人はその後B方で約旨に基き昭和二六年五月頃まで酌婦として稼働したに拘らず、Dの得た報酬金はすべて他の費用の弁済に充当せられ、上告人Aの受領した金員についての弁済には全然充てられるにいたらなかつたというのである。そして原審は、右事実に基き、Dの酌婦としての稼働契約及び消費貸借のうち前記弁済方法に関する特約の部分は、公序良俗に反し無効であるが、その無効は、消費貸借契約自体の成否消長に影響を及ぼすものではないと判断し、上告人両名に対し前記借用金員及び遅滞による損害金の支払をなすべきことを命じたのであつて、以上のうちDが酌婦として稼働する契約の部分が公序良俗に反し無効であるとする点については、当裁判所もまた見解を同一にするものである。しかしながら前記事実関係を実質的に観察すれば、上告人Aは、その娘Dに酌婦稼業をさせる対価として、被上告人先代から消費貸借名義で前借金を受領したものであり、被上告人先代もDの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからば上告人Aの右金員受領とDの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当とする。大審院大正七年一〇月二日(民録二五輯一九五頁)及び大正一〇年九月二九日(民録二七輯一七七四頁)の判例は、いずれも当裁判所の採用しないところである。従つて本件のいわゆる消費貸借及び上告人Cのなした連帯保証契約はともに無効であり、そして以上の契約において不法の原因が受益者すなわち上告人等についてのみ存したものということはできないから、被上告人は民法七〇八条本文により、交付した金員の返還を求めることはできないものといわなければならない。原判決は法律の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。そして原審の確定した事実によれば、本件はすでに判決をなすに熟するものと認められるから、民訴四〇八条一号、九六条、八九条を適用し、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

    最高裁判所第二小法廷

        裁判長裁判官  栗山 茂

           裁判官  小谷勝重

           裁判官  藤田八郎

           裁判官  谷村唯一郎

           裁判官  池田 克

 

消費者契約法上の不当勧誘行為を認めた例 東京簡裁平成15年

消費者法判例百選第2版 34事件

立替金請求

東京簡易裁判所/平成14年(ハ)第85680号

              平成15年5月14日

【判示事項】       立替払契約が,消費者契約法の取消権行使により,取り消されたことになるとした事例

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は,原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請   求

   被告は,原告に対し,金118万2720円及びこれに対する平成14年12月6日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 請求の原因

(1)原告は,平成14年7月15日,被告との間で次の要旨の立替払い契約を締結した。

   ① 原告は,被告が販売店株式会社A(以下「販売店」という)から平成14年7月15日に購入した絵画の代金84万円を立替払いする。

   ② 被告は,原告に対し,①の立替金及び手数料34万2720円の合計金118万2720円を次のとおり分割して支払う。

    ア 平成14年8月27日限り  金2万0420円

    イ 平成14年9月から平成19年7月まで毎月27日限り  金1万9700円

   ③ 被告が②の割賦金の支払を怠り,原告から20日間以上の相当な期間を定めてその支払を書面で催告されたにもかかわらず,その支払をしないときは,期限の利益を失う。

  (2)原告は,平成14年7月22日販売店に対し,前記購入代金を立替払いした。

  (3)原告は,被告に対し,平成14年11月15日到達の書面で,支払期の過ぎた割賦代金を20日間以内に支払うよう催告した。

  (4)よって,原告は,被告に対し,前記立替金及び手数料の残金118万2720円及びこれに対する平成14年12月6日(期限の利益喪失の日の翌日)から支払済みまで年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

2 争点

(1)販売店の行為は消費者契約法4条3項2号に該当するか

(2)クーリングオフによる支払停止の抗弁が認められるか

  (被告の主張の要約-被告提出の答弁書及び第1準備書面並びに弁論の全趣旨による)

   (1)販売店の担当者は,絵画の展示場において,被告が絵画の購入意思のないことを繰り返し告げているにもかかわらず被告を帰そうとせず,絵画の購入を申し込ませ,本件立替払契約を締結させた。この販売店の行為は,消費者契約法4条3項2号に該当する。

販売店は,信販会社である原告から本件立替払契約締結の委託を受けたものと解されるので,被告は,消費者契約法5条1項の規定により,原告に対し,本件立替払契約申込みの意思表示を取り消す。

   (2)仮に,(1)の主張が認められなくとも,被告は,クーリングオフについて説明した法定の契約書面を未だ受け取っていないので,販売店に対し本件売買契約を解除する旨の意思表示をする。

第3 争点に対する判断

 1 証拠によれば,以下の事実を認めることができる。

   被告は,本件契約当時,家出中であり,友人の家を転々としていた。また,定職もなく定まった収入もなかった。たまたま新宿の街を歩いていたときに販売店の男性担当者から声をかけられ,何度も断ったものの絵画の展示場に連れて行かれた。展示場には20点位の絵画が展示されていた。しかし,被告は絵画についての趣味はなく,その旨繰り返し担当者に話したが,担当者は,気分がすぐれないときに部屋に飾ってある絵画を見ればリラックスするからなどと言って購入を勧め,被告に対し契約書にサインすることを求めた。

   被告は,再度断ったが,担当者が被告の言動を無視するように繰り返し契約書への記入を求め,記入しなければ帰してもらえないような気がしたため,展示されていた絵画の中から何となく気に入ったものを指定し,言われるままに契約書の契約者欄に署名押印をした。収入の欄については,担当者が,被告に定職のないことを知っていたにもかかわらず,これくらいにしておけば大丈夫などと言って,被告に「月収27万円」と記載させた。被告は,自分が指定した絵画の価額が80万円であることを教えられたのみで,毎月の支払額や支払回数,手数料等クレジットの具体的な内容についての説明を受けなかった。

   同年8月ころ,被告は,自分の携帯電話に販売店担当者から来店するようにとの連絡を受けた。その当時も被告は家に帰っておらず,家出中のままだった。被告が再度来店したところ,販売店の担当者は,商品を引き渡すので納品確認書に署名押印するように求めた。被告は,絵画を購入したつもりはないし,受け取っても家には飾る場所がないからと言って断ったが,担当者が,受け取ったことにしてもらえないと困るのでとにかく受取のサインをするようにと要求した。そこで,被告は,サインをしないと帰してもらえなくなると思い,仕方なく上記確認書に署名押印した。しかし,絵画は現在も被告のもとにはない。

 2 以上の事実に基づき検討する。

(1)販売店の勧誘行為は消費者契約法4条3項2号に該当するか

    被告は,展示場において,自分が家出中であり,定職を有しないことや絵画には興味のないことを繰り返し話したにもかかわらず,担当者は,被告のこれらの事情を一切顧慮することなく勧誘を続け,契約条件等について説明しないまま契約書に署名押印させ,収入についても虚偽記載をさせたものである。販売店の担当者は「退去させない」旨被告に告げたわけではないが,担当者の一連の言動はその意思を十分推測させるものであり,被告は,販売店の不適切な前記勧誘行為に困惑し,自分の意に反して契約を締結するに至ったものである。販売店のこの行為は,消費者契約法4条3項2号に該当するというべきである。

(2)期間内の取消権行使か

    被告は,前記販売店の不適切な勧誘行為を理由として,平成15年1月23日提出の答弁書(同年1月27日原告に対しファクシミリにより送信済み)において,信販会社である原告に対し,本件立替払契約を取り消す旨の意思表示をした。消費者契約法においては,上記取消権行使期間は追認することができる日から6ヶ月間とされており,被告の取消権行使がこの期間内のものであったかどうかについて検討する。

    被告は,販売店から商品を引き取りに来るようにとの連絡を受け,平成14年8月10日納品確認書に署名押印している。そして,この時点においても,被告は,契約の意思も商品引取りの意思もないことを販売店に表明しているのであり,申込時におけると同様,販売店の担当者の言動に基因する困惑した状況のもとに,納品確認書に署名押印したことが認められる。この引渡しの手続は,販売店の債務履行のためになされたものであり,申込時における契約と一体をなすものであると考えられる(因みに,鑑賞のために購入したはずの絵画が,飾る場所がないからという理由でその後も引き続き販売店において保管されている事実は,被告には当初から絵画の購入意思がなかったことを推認させるものである。)。したがって,取消権行使期間も,この時から進行すると解するのが相当である。そうすると,被告の取消権行使は,行使期間である6ヶ月間の期間内になされたということになる。

 3 以上によると,本件立替払契約は,被告の取消権行使により取り消されたことになり,その余について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がないことになる。

   よって,主文のとおり判決する。

     東京簡易裁判所民事第1室

             裁判官 廣 瀬 信 義

高齢者相手のリフォーム詐欺 札幌地裁平成17年

消費者法判例百戦第2版9事件

工事代金請求事件(甲事件)、損害賠償請求事件(乙事件)

札幌地方裁判所判決/平成16年(ワ)第2374号、平成16年(ワ)第2560号

平成17年11月17日

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       別冊ジュリスト200号18頁

 

       主   文

 

 1 甲事件原告の請求を棄却する。

 2 乙事件被告は,乙事件原告に対し,603万4000円及び内金280万円に対する平成16年7月8日から,内金323万4000円に対する同月23日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 乙事件原告のその余の請求を棄却する。

 4 訴訟費用は,甲事件乙事件ともに,これを10分し,その9を甲事件原告乙事件被告の,その余を甲事件被告乙事件原告の負担とする。

 5 この判決は,主文第2項に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

(以下,甲事件原告乙事件被告を単に「原告」,甲事件被告乙事件原告を単に「被告」という。)

第1 請求

 1 甲事件

   被告は,原告に対し,360万円及びこれに対する平成16年10月31日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 2 乙事件

   原告は,被告に対し,688万4000円及び内金280万円に対する平成16年7月8日から,内金408万4000円に対する同月23日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

   本件は,被告との間で平成16年7月から8月にかけて3回にわたり被告方床下への調湿剤敷布等の工事請負契約(請負代金は1回目280万円,2回目218万円余,3回目360万円)を締結した原告が,3回目の請負契約に基づき請負代金360万円の支払を請求したのに対し,被告は,原告の詐欺により必要のない高額な契約を締結させられたとして同契約を取り消すとともに,1回目及び2回目の各請負契約の締結も同様に原告の詐欺によるとして,原告に対し不法行為に基づく損害賠償として既払の請負代金498万円余及び慰謝料100万円等の支払を請求した事案である。

 1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実等)

  (1)請負契約の締結等

   ア 原告は,被告との間で,平成16年7月3日,被告方の床下にセピトールバック(調湿剤)100袋の敷布及び灯油タンクの入替工事を代金280万円(調湿剤敷布273万円,灯油タンク入替7万円の合計)で請け負う旨の契約を締結した(以下「本件請負契約1」という。)。

     被告は,原告に対し,同月8日,上記請負代金280万円を支払った。

   イ 原告は,被告との間で,同月16日,被告方の床下にセピトールバック80袋の敷布を代金218万4000円で請け負う旨の契約を締結した(以下「本件請負契約2」という。)。

     被告は,原告に対し,同月23日,上記請負代金218万4000円を支払った。

   ウ 原告は,被告との間で,同年8月18日,被告方の排水管取替工事及び被告方の床下にセピトールバック100袋の敷布を代金360万円(排水管工事80万円,調湿剤敷布280万円の合計)で請け負う旨の契約を締結した(以下「本件請負契約3」という。)。

  (2)成年後見の開始

    被告は,平成16年11月17日,札幌家庭裁判所において後見開始の審判を受け(甲9),同審判は確定した。

  (3)詐欺取消しの意思表示

    被告は,原告に対し,平成16年12月20日の本件口頭弁論期日において,本件請負契約3を取り消す旨の意思表示をした。

 2 争点

  (1)詐欺行為の有無

   (被告の主張)

    本件各請負契約は,被告方に工事の必要性がないにもかかわらず,全く意味のない過剰工事を不当に高額な代金で施工することを内容とするもので,いずれも原告の詐欺により締結されたことは明らかである。しかも,被告は,本件各請負契約締結時,事理弁識能力が低下しており,容易に錯誤に陥る状態にあった。

   ア 本件請負契約1について

     被告方の床下には灯油漏れがなかったから,灯油漏れを理由とした本件請負契約1の工事内容は必要でなかった。すなわち,その当時,被告方で灯油の臭いがしていたことはなく,また,灯油の使用量が激増したという事情もない。さらに,原告は灯油漏れの状況を撮影した写真を提出しないし,残土処理を裏付けるような資料もないことから,灯油漏れの事実がなかったというほかない(必要性の欠如)。

     また,セピトールバックは調湿剤にすぎず,灯油を吸収しないから,灯油漏れに対して何ら効果がない。しかも,セピトールバック施工の目安は,3.3平方メートルに2,3袋であるから,原告主張の灯油漏れに対しては20から30袋程度で足りるはずである(工事の過剰性)。

     さらに,セピトールバック敷布の同種工事の費用は高く見積もっても50万円余であり,本件請負契約1の代金額は,これに比して著しく高額である。また,原告は,上記工事費用の内訳を明らかにせず,その算定根拠となる証拠も提出しない(代金の不当性)。

   イ 本件請負契約2について

     上記アのとおり,被告方の床下には灯油漏れがなかったから,それを前提とした本件請負契約2の工事内容は必要でなかった(必要性の欠如)。

     また,既にセピトールバック100袋が撒かれている以上,更にセピトールバック80袋も撒く必要はなく極めて悪質である(工事の過剰性)。代金の不当性については上記アのとおりである。

   ウ 本件請負契約3について

     被告方の床下の排水管の水漏れはなく,逆勾配でもなかったから,これらを理由とする本件請負契約3の工事内容は必要でなかった。すなわち,原告が外れたと主張する排水管の接続部分は通常外れるような部分ではない。水漏れがあれば臭いがするはずであるが,そのようなことはなかったし,排水管に逆勾配があれば生活に支障を来すはずであるが,そのようなこともなかった。さらに,水漏れないし逆勾配の状況を撮影した写真が存在しないことなどからすると,水漏れ及び逆勾配の事実はなかったというほかない(工事の必要性欠如)。

     また,排水管工事については,排水管の外れた部分を接続すれば足りるはずであるし,その取替の必要性は調査の上で判断すべきところ,原告はそのような調査をしていない。調湿剤についても,セピトールバックの効果は半永久的であるから,180袋のセピトールバックの上に,更に100袋ものセピトールバックを施工する意味はない(工事の過剰性)。

     さらに,原告主張の排水管工事と同内容の工事費用は28万円余であって,本件排水管工事部分の80万円は不当に高額である(代金の不当性)。

   エ 被告の事理弁識能力の低下

     被告は,平成16年9月2日の時点で,認知症と診断されており,また,平成15年7月以降,繰り返し床下点検業者から床下工事を押し付けられていることなどから,本件各請負契約締結の当時,十分な事理弁識能力がなかったものであり,その結果,工事の必要性等について適切な判断をなし得ず,原告の欺罔行為により容易に錯誤に陥る状態にあったというべきである。

   オ よって,本件各請負契約は,いずれも原告の詐欺によって締結させられたものであるから,本件請負契約3に係る代金請求(甲事件)に対しては詐欺を理由に取り消すとともに,原告は本件請負契約1,2について詐欺による不法行為として損害賠償責任を負うというべきである(乙事件)。

   (原告の主張)

   ア 本件各工事の必要性

    (ア)本件請負契約1について

      被告方の床下には,平成16年7月3日当時,T字ジョイントのつなぎ部分から灯油漏れがあり,その灯油漏れの範囲は36.3平方メートルの広さに達していた。原告は,被告に対し,灯油漏れがあり,灯油中和剤を使用して,灯油漏れ部分の残土を摘出して処理し,灯油漏れ部分の調湿のためセピトールバックの敷布,灯油タンクの交換をする必要がある旨説明し,被告に納得してもらって本件請負契約1を締結したものであり,何ら詐欺行為はない。

    (イ)本件請負契約2について

      原告は,同月16日に,本件請負契約1後の状況を確認に被告方を訪問したところ,灯油漏れの部分に灯油中和処理した後に全体的に湿気もあったことから,セピトールバックの消臭効果を説明し,被告に納得してもらって本件請負契約2を締結した。

    (ウ)本件請負契約3について

      被告方の床下には,平成16年8月18日当時,台所下の排水管の接合部分から異常な水漏れがあり,33.83平方メートルの広さに達していた。その原因は,外部排水管の勾配が逆勾配となっていることにあるから,排水管の取替及びセピトールバックの敷布を必要がある旨説明し,被告に納得してもらって本件請負契約3を締結した。

   イ 工事内容,代金が相当であること

     セピトールバックは,調湿及び消臭効果が高い商品であり,灯油漏れ処理後には効果がある。セピトールバックを含めて本件各工事の代金額は適正である。

   ウ よって,本件各請負契約はいずれも必要があって締結されたものであり,適正な工事である。

  (2)排水管工事及び床下工事(本件請負契約3)は完成したか。

   (原告の主張)

    原告は,本件請負契約3に係る排水管工事及び床下工事を実施し,完成させた。

   (被告の主張)

    被告方の排水管が取り替えられた事実はない。被告方の床下に調湿剤らしきものはあるが,原告が実施したものかどうか不明である。

  (3)損害額

   (被告の主張)

   ア 請負代金相当額 498万4000円

     被告が,原告に対し,本件請負契約1,2の代金として支払った金額の合計額498万4000円が損害となる。

   イ 慰謝料 100万円

     原告の上記詐欺行為は悪質であり,被告は,老後の生活資金を奪われたことによる精神的苦痛を慰謝するには100万円が相当である。

   ウ 弁護士費用 90万円

   (原告の主張)

    争う。

第3 当裁判所の判断

 1 詐欺行為の有無について

  (1)前提事実並びに証拠(甲1ないし4の各1ないし3,甲6,7,9ないし11,15,16,17の1ないし13,甲18,19の1ないし8,甲21ないし23,乙10ないし13,14ないし16の各1ないし3,証人A,証人B,証人C,被告後見人D。ただし,証人A及び証人Bの供述中,後記(2)で採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ,同認定を左右するに足りる証拠はない。

   ア 本件各契約について

    (ア)本件請負契約1

      原告の販売従業員であるA(以下「A」という。)は,平成16年7月3日,被告方を訪問し,灯油タンクが古くなっているとしてその取替を持ちかけた上で,被告方の床下を点検して,広い範囲にわたって灯油漏れがあるので,残土処理をし,中和剤により中和作業をして,調湿剤100袋を敷布するとともに,灯油タンクの取替工事等をする必要がある旨被告に告げて,その旨被告に信じ込ませて本件請負契約1を締結した。

      被告は,同日,灯油タンク入替工事(配管取替含む)及びセピトールバック100袋敷布を完了した旨の工事完了書に署名捺印し,同月8日,原告に対し,280万円を支払った。

    (イ)本件請負契約2

      Aは,平成16年7月16日に被告方の上記工事後の状況確認に来たとして,被告方の床下を点検して,被告方の床下には全体的に湿気があり,消臭の必要がある旨被告に告げて,その旨被告に信じ込ませて本件請負契約2を締結した。

      被告は,同日,セピトールバック80袋敷布を完了した旨の工事完了書に署名捺印し,同月23日,原告に対し,218万4000円を支払った。

    (ウ)本件請負契約3

      原告の従業員であるB(以下「B」という。)は,同年8月18日,被告方を訪問し,被告方の台所の床下の排水管が外れてひどい漏水状態にあり,その原因は排水管の逆勾配にあるから,セピトールバックを敷布するとともに,排水管の取替工事をする必要がある旨被告に告げ,その旨被告に信じ込ませて本件請負契約3を締結した。

      被告は,同月25日,同月19日にセピトールバック100袋敷布,床下配線一式の工事を,同月24日に排水工事を,同月25日に整地工事をした旨の工事完了書に署名捺印したが,代金を支払っていない。

    (エ)本件各請負契約については契約書が作成されているが,その金額の内訳として,本件請負契約1はセピトールバック100袋273万円(単価2万7300円)と灯油タンク一式7万円の合計,本件請負契約2はセピトールバック80袋218万4000円(単価2万7300円),本件請負契約3は排水管取替工事一式80万円とセピトールバック100袋敷布280万円(単価2万8000円)の合計と記載されているだけで,いずれの契約書でも,材料費,工事費(作業員の労務費),付随費用(養生費,清掃費)等の明細は明らかにされていない。

   イ 調湿剤(セピトールバック)について

     セピトールバックは,スペインのE社が販売している商品で,セピオライト(二酸化ケイ素約60%,酸化マグネシウム約20%の天然鉱物)を主成分とする床下調湿剤として,①調湿効果の他に,②防カビ・防臭効果,③防蟻効果があるとされている。セピトールバックは,1袋当たり10キログラムで,その使用量は,平均的な木造住宅で直まき施工の場合,厚さ1ないし2センチメートルで,3.3平方メートル当たり2ないし3袋(1平方メートル当たり1袋)が目安とされ,その効果は半永久的であるとされている。

     なお,セピトールバック敷布に要する代金(合計771万4000円)は,本件各請負工事代金(合計858万4000円)の約9割を占めているところ,原告は,そのセピトールバックの仕入価格を明らかにしようとしない。

   ウ 本件各工事前後の状況等について

     原告は,本件各工事の必要性及び施工状況を裏付けるものとして,本件請負契約1については灯油タンクの取替を裏付ける写真(乙14の3,15の1)を提出するものの,原告主張の灯油漏れ及び灯油の配管取替等の事実を的確に裏付ける証拠を提出せず,また,本件請負契約3について被告方の排水管の一部を施工した写真を提出するものの(乙16の3,4),原告主張の水漏れや逆勾配の事実を的確に裏付ける証拠を提出しない。

     この点,被告の長女である成年後見人Dやその夫は,月に3,4回被告方の様子を見に行っていたが,被告方で灯油や下水の臭いがしたことはなかった。また,被告方で灯油の使用量が急激に増加したことはなかった。なお,証拠(甲23)に照らすと,少なくとも他の業者が被告方の床下を確認した平成16年4月末の時点では被告方の床下に灯油漏れの事実はなかったものと推認される。

     また,本件各請負契約の代金合計額の約9割を占めるセピトールバック敷布については,原告が被告方(1階床面積約51平方メートル)の床下全体に約12センチメートルの高さで砂利状のものを敷き詰めたことは認められるものの,それが原告主張のセピトールバックであることを客観的に裏付ける的確な証拠はない。なお,原告は,1平方メートル当たりの必要量を2,3袋と主張するが,セピトールバックの使用量の目安は,厚さ1ないし2センチメートル,1平方メートル当たり1袋とされていること(上記イ)に照らすと,仮にセピトールバックを敷布したとしてもその使用量は過剰であって相当な範囲を逸脱しているというほかない。

     なお,本件請負契約3と同内容の排水管工事の施工は28万2490円で可能であり(甲11),また,調湿剤100袋の施工は50万円程度で可能である(甲10。ただし,原告がセピトールバックの原価を明らかにしないため,シリカゲルの使用を前提とする。)。

   エ 被告の事理弁識能力について

     被告は,本件各請負契約当時79歳で,妻と二人暮らしをしていたところ,被告には短期記憶力低下,認知能力低下があり,長谷川式簡易知能評価スケール16点(中等度知能低下)で,物事を判断する能力がないとして,平成16年9月2日付けで認知症と診断された。また,被告方では,被告ないし被告の妻が,平成15年7月以降,必要のない床下工事等に係る契約を繰り返し締結させられ,その代金額は本件請負契約締結までの間に合計約716万円を超え,Dらが業者と交渉し,返金を受けたり,工事を中止させたりしたことがあった。その後,被告は,平成16年11月17日,札幌家庭裁判所において後見開始決定を受けているところ,それより前の本件各請負契約締結当時においてもその状態にさしたる変化は見られず,事理弁識能力が相当減退した状態にあったものと推認される(その結果として,被告が本件各請負契約に関して作成した文書の記載内容の信用性は低いというべきである。)。

     なお,被告の妻も,被告と同様に軽度の認知症の状態にある。

   オ 以上の事実,特に,灯油漏れや水漏れなどの事実を的確に裏付ける証拠が存在しない上,その存在をうかがわせるような事情が何ら認められないこと(この点については後記(2)参照),これに加えて本件各請負契約の工事代金は不相当に高額であること,被告方の床下に敷布された砂利状のものがセピトールバックであることを客観的に裏付ける的確な証拠がないばかりか,原告はセピトールバックの原価を明らかにしようとしないこと,さらに,被告は事理弁識能力が相当減退しており,虚偽の事実でも容易に信じ込まされる状態にあったとうかがわれることなどの事情を併せ考えると,被告方の床下には,平成16年7月3日当時灯油漏れの事実(本件請負契約1,2の前提)や同年8月18日当時水漏れ及び逆勾配の事実(本件請負契約3の前提)はなかったものと推認される。

  (2)これに対し,原告は,本件各請負契約を締結する必要性として被告方の床下には36.3平方メートルの範囲で灯油漏れ(本件請負契約1締結当時)や33.83平方メートルの範囲で水漏れや逆勾配(本件請負契約3締結当時)があった旨主張し,その状況を再現した図面(乙5,6,9),工事の内訳を記載した書面(乙7,8)を提出し,原告の従業員であるA及びBの証人尋問の結果及び陳述書(乙12,13)中にはこれに沿う供述部分もある。

   ア 灯油漏れの事実の有無について

    (ア)Aの供述は,要旨次のとおりである。

      すなわち,被告方の床下の点検口を開けると直ぐに灯油の臭いがしたので,被告らにその臭いと漏れた灯油が染み込んだ土を手にとって確認してもらった。灯油漏れは楕円形状に約36.3平方メートルの範囲に広がっていた。乙第14号証の2の写真の中央左の黒くなっている部分が漏れた灯油の跡である。原告の作業員が被告方床下に入って灯油が染み込んだ土(深さ5センチメートル)を園芸用麻袋で運び出して残土処理をした上で,中和剤で中和作業を施し,消臭効果の高いセピトールバックを床下全体に敷布した。その後被告方に状況確認に行った際に,被告から灯油の臭いが気になると言われて,セピトールバックを追加して敷布した。

    (イ)しかしながら,乙第14号証の2の写真を見ても灯油漏れかどうか判然としないばかりか,Aの上記供述は被告方床下に広範囲にわたって灯油漏れがあった旨の主張とも整合しない。また,原告は,灯油タンクについては施工前後の写真(乙14の3,15の1)を提出しながら,灯油漏れの原因となった箇所や灯油漏れの状態を裏付ける写真を提出できないというのも不自然である。

      また,証拠(証人C)によれば,被告方(1階床面積約51平方メートル)の床下に原告が主張するような約36平方メートルにわたった灯油漏れがあれば,当然に,その臭いで家人も気付くと考えられるところ,床下の点検口を開けて初めて灯油の臭いがしたとする一方で,本件請負契約2について被告から灯油の臭いが気になると言われたというのは不自然である。

      さらに,灯油漏れがあれば残土処理,中和剤が必要となるところ,被告方床下の灯油中和処理を撮影したとされる写真(乙14の4)について,A自身がよく分からない旨述べている上,内訳明細書(乙7)には,残土処理に関する費用も中和作業に関する項目もないなど不自然である。

      加えて,セピトールバックには消臭効果がうたわれてはいるが,もともと調湿剤であって,灯油の臭いに対しても十分な消臭効果があるのか必ずしも明らかでない上,本件請負契約1によりセピトールバック100袋を敷布したとしながら,その約2週間後には消臭のため更にセピトールバック80袋の敷布を必要とするのは,そもそもセピトールバックには灯油臭に対する消臭効果がないことをうかがわせるものである。

   イ 水漏れ及び逆勾配の事実の有無について

    (ア)Bの供述は,要旨次のとおりである。

      すなわち,台所の排水管から水が漏れていて被告方の床下が水浸しになっており,被告にもその状況を確認してもらった。床下の水漏れは約34平方メートルで,生ごみのような臭いがしていた。同行した原告の従業員が逆勾配であることを確認した。逆勾配のため排水管を取り替える必要があると判断したが,その際に床下を掘り起こすなどの調査はしなかった。そして,本件請負契約3を締結した日のうちに外れた排水管を仮止めし,その翌日に水浸しになったセピトールバックの上からセピトールバックを敷布し,同月24と25日に排水管工事を行った。

    (イ)しかしながら,証拠(証人C)によれば,排水管が逆勾配になっている場合には取替工事の必要があるものの,逆勾配かどうかは目で見て認識できるものではなく測定器で測定して確認しなければならないところ,証人Bは,被告方の床下を掘り起こすなどの調査をしておらず,その逆勾配の角度は分からない旨供述しており,必要な調査をすることもなく逆勾配とした原告の判断は不合理というほかない。逆勾配があれば,それまでにも当然に生活上の支障が生じてもおかしくないはずであるが,そのような事情がうかがわれない(被告後見人D)というのも不自然である。また,原告は,屋外の排水管工事については写真(乙16の3,4)を提出しながら,水漏れや逆勾配の状態を裏付ける写真を提出できないというのも不自然である。

      しかも,セピトールバックの効果は半永久的とされている上,被告方床下の地下に埋設されている排水管の取替工事をするには掘削作業等が必要であり(甲18),いったん水浸しとなったセピトールバックを取り除く必要があるのに,水に浸かったセピトールバックの上から更にセピトールバックを敷布したというのも不自然である。

      さらに,被告方の床下の灯油漏れのため本件請負契約2を締結したわずか1月余の後には,偶然にも被告方の床下にひどい水漏れがあったというのも不自然な感があることは否めない。

   ウ また,工事の内訳を記載した書面(乙7,8)には,本件請負契約1に係る灯油タンク「一式」,本件請負契約3に係る排水管取替工事「一式」の明細が記載されているところ,いずれも各請負契約締結後に作成されたものである上,その内容も,排水管取替工事80万円については,配管設置の労務費が大半を占め,残土処理に関する費用も計上されているのに対し,灯油タンク取替工事7万円については,労務費も灯油漏れの残土処理に関する費用も一切計上されていないなど不自然なものであって,しかも排水管取替工事の単価も通常に比して高額であること(甲11,15)からすると,原告は契約書記載の金額となるように適当に費目毎に金額を割り振ったものと推認され,その信用性は乏しいというべきである。

   エ これらに照らせば,A及びBの証言及び陳述書中の上記供述部分やこれらを前提とする上記書証(乙5ないし9)をたやすく採用することはできないというべきである。

  (3)上記(1)の認定事実によれば,原告は,被告に対し,灯油漏れや水漏れ・逆勾配の事実がないのに,これがあるように告げて,判断能力が相当減退した被告をしてその旨誤信させて,必要もなく,かつ,高額な工事の施工を内容とする本件各請負契約を締結させたものと認められる。そして,このような行為が異なる原告の従業員によって繰り返されていることに照らすと,原告による組織的な行為であるというべきである。

    そうすると,原告が被告との間で本件請負契約1,2を締結した点については原告の不法行為が成立し,原告は不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである(乙事件)。また,被告は,本件請負契約3について詐欺を理由として取消しの意思表示をしているから(前提事実(3)),同契約は取り消されたこととなり,争点(2)について判断するまでもなく,原告の請負代金請求は理由がない(甲事件)。

 2 争点(3)(損害額)について

  (1)請負代金相当額

    被告が,原告の不法行為により締結させられた本件請負契約1,2に基づき原告に支払った合計498万4000円が損害となる。

  (2)慰謝料

    上記1で認定した原告による不法行為の態様,被告が高齢であり,老後の生活資金を騙し取られたことなどに照らせば,被告の精神的苦痛を慰謝するには50万円が相当である。

  (3)弁護士費用

    本件事案の内容,本件訴訟に至る経緯,本件審理の経過及び認容額等にかんがみると,本件と相当因果関係のある弁護士費用は55万円と認めるのが相当である。

  (4)そうすると,(1)から(3)の損害額の合計は603万4000円となる。

 3 結論

   以上によれば,甲事件に関する原告の請求は理由がないから棄却することとし,乙事件に関する被告の請求は,603万4000円及び内金280万円に対する本件請負契約1の代金支払日である平成16年7月8日から,内金323万4000円に対する本件請負契約2の代金支払日である同月23日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとする。

    札幌地方裁判所民事第2部

塚原朋一裁判官名判決 意思無能力者の不当利得返還は現存利益でよい 仙台地裁平成5年

平野『新債権法の論点と解説 第2版』21頁

貸金請求事件

仙台地方裁判所判決/平成元年(ワ)第187号

平成5年12月16日

【判示事項】      一 金銭消費貸借契約が借主の意思無能力を理由に無効とされた事例

            二 金銭消費貸借契約が借主の意思無能力を理由に無効とされて、借主が不当利得返還義務を負う場合にも、民法一二一条但書が類推適用され、現存利益の不存在についての主張立証責任は、利得者である意思無能力者が負うとされた事例

            三 金銭消費貸借契約が借主の意思無能力を理由に無効とされたことによって得た借主の不当利得について、契約前後の諸事情から経験則上借主には現存利益は存在しないと認定できるとして、返還義務を否定した事例

【判決要旨】      一、短期間に合計一四五〇万円の金銭消費貸借契約を締結した借主(契約当時五五歳)が、当時既に二度の脳出血に罹患して知能傷害があり、異常な言動を経常的に呈するようになっていて、知能程度は八裁くらいであったなど判示のような事情がある場合には、右借主は、右契約締結当時、意思無能力であったというべきである。

            二、金銭消費貸借契約が借主の意思無能力を理由に無効とされて、借主が不当利得返還義務を負う場合にも、民法一二一条但書が類推適用され、現存利益の不存在についての主張立証責任は、利得者である意思無能力者が負うべきである。

            三、貸主甲が借主乙に対し金銭を貸し付けたが、借主乙の意思無能力を理由に右契約が無効とされたことによって得た借主乙の不当利得は、契約締結の際、乙と行動を共にした丙が同席したこと、契約前後に乙は多額の財産を喪失し、多額の債務を負ったことがあるなどの諸事情があるときは、経験則上、現存していないものと認定することができる。

【参照条文】      民法1編1章2節

            民法121

            民事訴訟法185

【掲載誌】       判例タイムズ864号225頁

            金融・商事判例958号39頁

【評釈論文】      実践成年後見63号111頁

 

       主   文

 

 一 原告の請求をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事   実

 

第一 当事者の求めた裁判

 一 請求の趣旨

  1 主位的請求

 被告らは、原告に対し、各自七二五万円及びうち五五〇万円に対する昭和五六年八月三〇日から、うち一七五万円に対する同年九月一一日から、各支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。

  2 予備的請求

 被告らは、原告に対し、各自七二五万円及びうち五五〇万円に対する昭和五六年七月二九日から、うち一七五万円に対する同年八月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  3 訴訟費用は被告らの負担とする。

  4 仮執行宣言

 二 請求の趣旨に対する答弁

 主文同旨

第二 当事者の主張

 一 主位的請求

  1 請求原因(準消費貸借及び消費貸借)

   (一)(1) 原告は、昭和五六年五月一九日、佐藤正幸(以下「正幸」という。)との間で、正幸に対し弁済期の定めなく四〇〇万円を貸し付ける旨の契約を締結し、正幸に対し右金員を交付した。

 (2) 原告は、同年六月一九日、正幸との間で、正幸に対し弁済期の定めなく三〇〇万円を貸し付ける旨の契約を締結し、正幸に対し右金員を交付した。

 (3) 原告は、同年七月二九日、正幸に対し四〇〇万円を貸金として交付したうえ、この貸金返還債務と右(1)及び(2)の貸金債務を合わせた一一〇〇万円を元本とし、弁済期を同年八月二九日、利息を月三分、遅延損害金を日歩一〇銭と定めて、準消費貸借契約を締結した(以下「甲貸金」という。)。

   (ニ) 原告は、同年八月一〇日、正幸との間で、正幸に対し弁済期を同年九月一〇日、利息を月三分、遅延損害金を日歩一〇銭と定めて、三五〇万円を貸し付ける旨の契約を締結し、正幸に右金員を交付した(以下「乙貸金」という。)。

   (三) 正幸は平成二年七月二四日死亡し、正幸の妻である被告ヤヨヱ及び長女である被告晶子が二分の一ずつの割合で相続した。

   (四) よって、原告は、被告らのそれぞれに対し、右の(一)(3)の準消費貸借契約及び(ニ)の消費貸借契約に基づき、甲・乙貸金の合計元本七二五万円(被告両名の合計一四五〇万円)及び甲貸金の元本である五五〇万円(被告両名の合計一一〇〇万円)に対する弁済期の翌日である昭和五六年八月三〇日から、乙貸金の元本である一七五万円(被告両名の合計三五〇万円)に対する弁済期の翌日である同年九月一一日から、各支払済みまで約定利率のうち利息制限法の上限である年三割の割合による遅延損害金の支払を求める。

   2 請求原因に対する認否

   (一) 同(一)(1)(2)(3)の事実は否認する。

 仮に、消費貸借ないし準消費貸借の合意自体が認められるとしても、原告主張の各金員が原告から正幸に対し交付されたことはない。右各金員は、原告から正幸に対し交付される際に、貸し付けに関与した佐々木正気がこれを受け取り、正幸に対しては交付されていない。

   (ニ) 同(ニ)の事実は否認する。仮に、消費貸借の合意自体が認められるとしても、原告主張の金員が原告から正幸に対し交付されたことはない。右金員は、原告から正幸に対し交付される際に、貸し付けに関与した佐々木正気がこれを受け取り、正幸に対しては交付されていない。

   (三) 同三の事実は認める。

  3 抗弁(意思無能力)

 請求原因(一)及び(二)の各契約をするについて、正幸は、右各契約の意味を理解して自已の行為の結果を弁識することのできる精神的能力(意思能力)を欠いていた。

  4 抗弁に対する認否

 抗弁事実は否認する。

 二 予備的請求(不当利得返還請求)

  1 請求原因

   (一) 原告は、前記主位的請求の請求原因の一(一)(1)(2)(3)、(二)において主張したとおり、正幸との問で消費貸借ないし準消費貸借の契約をし、正幸に対し貸金として合計一四五〇万円の金員を交付した。

   (二) しかるところ、右の各契約をするについて、正幸は意思能力を欠いていた。

   (三) 右の消費貸借ないし準消費貸借の契約に基づいて正幸に交付された合計一四五〇万円は、正幸の死亡当時現存していた。

 被告らは、原告の不当利得返還請求権を拒むことができるためには、正幸がその死亡当時既に右の不当利得にかかる金員を喪失していたことについて、主張立証すべきである。

   (四) 正幸は、前記各金員の利得が法律上の原因なくしたことについて、悪意であった。

   (五) よって、原告は、被告らのそれぞれに対し、不当利得返還請求権に基づき、甲・乙貸金として交付された七二五万円(被告両名の合計一四五〇万円)及びうち甲貸金として交付された五五〇万円(被告両名の合計一一〇〇万円)に対する甲貸金が交付された後の日ないしはその日である昭和五六年七月二九日から、乙貸金として交付された一七五万円(被告両名の合計三五〇万円)に対する乙貸金が交付された日である同年八月一〇日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

  2 請求原因に対する認否

   (一) 請求原因(一)の事実は否認する。

 正幸は、前記のとおり、原告主張の各金員の交付を受けていない。

   (ニ) 請求原因(二)の事実は認める。

   (三) 請求原因(三)の事実は否認する。

 正幸は、その死亡までに不当利得にかかる金銭を喪失しており、現存してはいなかった。すなわち、正幸が原告主張の各金員の交付を受けていたとしても、交付を受けた直後、貸し付けに関与した佐々木正気が正幸の手元から正幸の承諾を得て又はこれを得ないで右金員をそのまま持ち去っているから、正幸の死亡当時において利得は存在していなかった。

 仮に、正幸が右金員の交付を受けた後、佐々木正気が持ち去らなかったとしても、右金員が他の財産に変わったり、生活費等の有益な使途に費消されたりなどした形跡もなく、現存はしていない。

 民法一二一条但書は、無能力者の行為が取り消された場合には、現存利益の限度で返還すれば足りる旨を定めているが、意思無能力者の行為であることによって無効とされる場合にも、右規定の準用又は類推適用により現存利益の限度で返還すれば足りるものと解すべきであり、かつ、現存していたことについては、不当利得返還請求者が主張立証すべきである。

   (四) 請求原因(四)の事実は否認する。

 被告らが貸金として交付を受けた金員について、原告に対し不当利得として返還すべきであるとしても、正幸は、利得時において、不当利得の意味内容を理解することのできる意思能力を欠いていたのであるから、悪意と考えることはできず、善意に準じて考えるべきである。

第三 証拠〈省略〉

 

       理   由

 

 一 主位的請求に対する判断

  1 請求原因について

 請求原因(一)(1)(2)(3)、同(ニ)の事実は、甲一ないし三、五ないし七、一八、二一、及び原告本人尋問の結果によって、認めることができる(ただし、交付にかかる金員の額の点は後記認定のとおりである。)。

 請求原因(三)の事実は、当事者間に争いがない。

  2 抗弁(意思無能力)について

 成立に争いのない乙三ないし六、九ないし一一、一三、並びに弁論の全趣旨によれば、甲・乙貸金の契約当時における正幸の心身の状況について、次のとおり認めることができ、甲一五の7、一六の7及び8、10、一七の2の各供述内容並びに原告本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は、いずれも採用することができない。

 (1) 正幸は、大正一五年一〇月二七日に生まれ、農業で生計を立て、通常の家庭生活を営み、特に著しい疾病に罹患したことはなかったが、昭和四一年八月、三九歳の若さで脳出血で倒れ、約四か月入院したこと

 (2) 正幸は、右脳出血の後遺症として、左半身が麻痺し、歩行障害や大小便の失禁をた たび起こすようになり、昭和四四年には身体障害者一級に認定されたか、昭和五五年三月更に二度目の脳出血(軽度)を起こしたこと

 (3) 正幸は、このため、知能障害が生じ、食事をしたことを忘れたり、妄想的な作り話をしたり、銀行のあゆみの箱やくずかごに自己の実印を投げ捨てたり、ポストに通牒を入れて来たりといった異常な言動を経常的にするようになり、特に、二度目の脳出血により、痴呆の程度も増強していたこと

 (4) 正幸を 件本人とする禁治産者告申立事件(仙台家庭裁判所登米支部昭和五八年(家)第五三号 件)において、鑑定人に選任された山本昌夫医師は、昭和五八年一〇月一一日付けの鑑定書《乙三》中で、右鑑定時における正幸の精神的能力の程度について、「痴呆が著しく、その知能の程度は八歳ぐらいで、田中ビネー式知能検査の結果は知能日数四六で、重症痴愚と同度であり、自己の心身状況に対して深刻な感じをもたずほとんど無関心である。昭和四一年八月罹患の脳出血のためかなり広範囲に脳が障害を受けている。脳は一旦侵襲を受けると、その部分の回復は不可能であり、本例のようにかなり広範囲な脳障害によって起こった痴呆は回復不可能であり、その痴呆も高度であるため、今後、責任ある仕事は一切期待できない。」として、結論として、正幸は民法七条にいわゆる心神喪失の常況にあるとの鑑定をしていること

 (5) 正幸が原告となって本件原告を被告として提起した当庁昭和五七年(ワ)第三九四号請求異議等請求事件(本件の甲・乙貸金の契約のされたことが記載された公正証書の執行力の排除を求める事件で、本件の主位的請求とその争点は基本的には同一である。)において、鑑定人に選任された石井厚医師は、昭和六〇年一二月三〇日付けの鑑定書《乙四》中で、本件の甲・乙貸金の契約のされた当時及び右鑑定時における正幸の精神的能力の程度について、「鑑定時、正幸は、高度の痴呆状態(鈴木・ビネー式知能テストの結果は知能指数二三で、精神薄弱であれば重度のものに属する。)にあり、住所・姓名を書くことはできたが、自己の年令は分からず、妻・子・同胞の名前も区別も分からず、簡単な書き取り、加減算も不可能であった。また、左半身の運動麻痺と近くの鈍磨があり、尿の失禁がみられた。もっとも、正幸の精神状態は日によって良い時と悪い時とがあったが、良い時でも高度の痴呆状態にあることには変わりはなかった。」としたうえで、「この状態に至った原因は、昭和四一年八月及び昭和五五年三月の二回に及ぶ右大脳半球の出血てあるが、第一回の出血が重篤で、後遺症としての痴呆、左半身の麻痺を残した。その後、運動麻痺が幾らか改善したところに第二回の出血が起こり、痴呆や麻痺が修復不能の状態になって今日に至ったものと思われる。したがって、昭和五六年一月ないし一二月当時においても現在(昭和五八年九月当時)と同じ精神状態にあったものと考えられる。」との鑑定をしていること

 (6) 正幸は、昭和六一年三月五日仙台家庭裁判所登米支部の前記禁治産宣告申立事件において禁治産宣告の審判を受け、右審判は同年四月一二日確定したこと

 以上認定の事実によれば、正幸は、原告と本件各契約を締結した昭和五六年当時、右各契約について、その意味を理解して自己の行為の結果を弁識することのできる意思能力を具えていなかったものというべきである。

 もっとも、この点については、甲一一 (正幸が本件原告を被告として提起した前記当庁昭和五七年(ワ)第三九四号請求異議等請求事件の昭和六二年三月二四日判決)、一二の1(正幸が千葉益生及び金田益吉を被告として提起した当庁登米支部昭和五七年(ワ)第一一号債務不存在確認等請求事件の昭和五九年三月九日判決)、一二の2(仙台高等裁判所の右事件の昭和五九年(ネ)第一七三号債務不存在確認等請求控訴事件における昭和六一年九月三〇日判決)、一二の3(最高裁判所の右事件の昭和六二年(オ)第六六号債務不存在確認等請求上告事件における昭和六二年五月八日判決)、一三の1(千葉昭秋が正幸を被告として提起した当庁登米支部昭和五七年(ワ)第五九号貸金請求事件の昭和五九年三月一六日判決)、一三の2(仙台高等裁判所の右事件の昭和五九年(ネ)第一七二号貸金請求控訴事件における昭和六一年三月一七日判決)、一三の3(最高裁判所の右事件の上告審における昭和六一年一〇月二日判決)によれば、別の訴訟事件の判決において、昭和五六年当時の正幸の精神的能力について、本件とほぼ大差のない事実関係を認定したうえ、正幸が意思無能力であったとまではいえない旨の判断が示されていることを認めることができるが、これらの判決の後である昭和六二年二月四日に実施された前記石井厚医師の証言《乙五》に照らして、右の別件の各判決を検討するならば、正幸が意思無能力であったとの前段の認定判断を左右するものではなく、現に、前記当庁昭和五七年(ワ)第三九四号事件の控訴審判決《乙一》は、右証言を基本的に採用して正幸の意思無能力を認定しており、かつ、右判決は、右事件の上告審における昭和六三年(オ)第一五八六号事件において、維持されている。

 したがって、右抗弁は理由がある。

  3 してみると、本件各契約は、いずれも無効というほかなく、原告の主位的請求は理由がない。

 二 予備的請求(不当利得返還請求)について

  1 請求原因について

   (一) 請求原因(一)の事実(金員の交付)は、甲一ないし三、五ないし七、一八、二一、及び原告本人尋問の結果によれば、原告と正幸との間で消費貸借ないし準消費貸借の契約をし、原告が正幸に対し、利息を天引きしたうえ、昭和五六年五月一九日に三八八万円、同年六月一九日に二七九万円、同年七月二九日に三八一万円、同年八月一〇日に三三九万五〇〇〇円を交付したことを認めることができる。

   (二) 請求原因(ニ)の事実(意思無能力)は、主位的請求の請求原因においてこれを意思無能力であったものと認定判断したところであるが、予備的請求においては意思無能力であったことにつき当事者間に争いがない。

   (三) そこで、請求原因(三)の事実(現存利益の存否)について、判断する。民法一二一条但書は、同法七〇三条以下に定める不当利得の一般原則に対し、無能力者保護の観点から無能力者であることを理由に取り消された場合における不当利得について特則を定めた規定であるが、右の趣旨は、意思無能力を理由に無効とされた場合における不当利得についても、同様に考えることができるから、民法一二一条但書を類推適用すべきである。そして、民法一二一条但書の「現二利益ヲ受クル限度」は、民法七〇三条の「利益ノ存スル限度」と同義であると解されるが、金銭の不当利得の場合には、利得は現存するものと推定されるから、利得者が利得した利益の喪失についての主張立証責任を負うものというべきである。

 なお、利得者が意思無能力者である場合には、意思無能力者は、そもそも契約の法的・経済的意味や金銭ないし金額の意味を理解するだけの精神的能力を欠いていて、しかも、後見人や保佐人がいないのであるから、たとえ金銭を受け取ったとしても、これを自己の財産として過失なく管理することも、有益な使途に費消することも、期待することはできず、しかも、事後的に金銭の管理・費消等の状況について調査しようとしても、意思無能力者の記憶が曖昧であることなどから、不可能であることが多く、利得した利益を喪失したことについて、具体的にその事由を特定して主張立証することは、通常困難であるが、他方、利得者の相手方が利得者の受け取った利益の現存について具 的な事由を特定して主張立証することも、利得者が意思無能力であったことについて悪意であったなどの特段の事情がない限り、極めて困難であり、彼此対照して検討するならば、利得者が意思無能力である場合においても、利得者の意思無能力につき悪意であったなどの特段の事情がない限り、利得者において利益が 存しないことについて、主張立証責任を負うものというべきである。ただ、意思無能力について一般的に認められる右に指摘した事情によって、利得者に利得が現存しないことについて、事実上の推認が働くものということができるであろう。

 以上の見解に立って本件を見るに、正幸の死亡時における利得の現存の有無については、正幸の精神的能力の乏しさから正幸にまとまった記憶を欠くため、必ずしも十分に解明し得たとはいえないものの、甲一六の7、一八、一九、被告ら各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件甲・乙貸金の当時、正幸は、佐々木正気とよく行動を共にしており、そのような行動状況のもとで、その有していた多くの資産を失い、かつ、多額の負債を負うに至ったこと、現に本件甲・乙貸正の授受等の際にも、その一部又は全部につき佐々木正気が関与していることが認められ、しかも、正幸が貸金当時意思無能力であったため、貸金の法的・経済的意味を理解せず、貸付けを受けた金銭が贈与を受けたものではなく、これを保管するか有益に費消・運用するかしていずれ返済すべきものであることについて十分な認識を有していなかったことは、正幸の精神的能力を判断した際に認定した前記事実から十分に窺い知ることがてきるから、これらを併せ考えると、経験則上、正幸は、利得後早々の段階でこれを喪失していたものと認めるのが相当である。

そうすると、原告の予備的請求も、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

 三 以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

        (裁判官塚原朋一)

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