岡本法律事務所のブログ

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カテゴリ:民法 > 消費者被害

栗山茂裁判長名判決 酌婦の前借金無効とした最高裁昭和30年

民法基本判例集掲載 ダットサン4版(2)エ1総則100

              預金返還請求事件

菅野和夫「労働法 第10版」弘文堂・2013年・172頁 佐久間毅ほか『民法Ⅰ 総則 第2版補訂版』有斐閣・2020年・139頁 リーガルクエスト民法5 第2版 55頁

預金返還請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/昭和28年(オ)第622号

昭和30年10月7日

【判示事項】       酌婦としての稼動契約に伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求の許否

【判決要旨】       酌婦としての稼動契約が公序良俗に反し無効である場合には、これに伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求は許されない。

【参照条文】       民法90

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集9巻11号1616頁

             裁判所時報193号1頁

             判例タイムズ53号37頁

             判例時報61号3頁

             金融法務事情126号26頁

【評釈論文】       ジュリスト93号23頁

             ジュリスト200号154頁

             ジュリスト増刊(民法の判例)18頁

             ジュリスト増刊(民法の判例第2版)14頁

             別冊ジュリスト2号92頁

             別冊ジュリスト46号38頁

             別冊ジュリスト77号38頁

             法学協会雑誌97巻4号123頁

             法学セミナー245号101頁

             法律時報28巻1号91頁

             民商法雑誌34巻3号85頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の請求を棄却する。

 訴訟の総費用は、全部被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人二宮卓及び柴田元一の上告理由は、それぞれ末尾添付のとおりである。

 上告代理人二宮卓の上告理由及び上告代理人柴田元一の上告理由第一点について。

 原審認定の事実によれば、上告人Aは、昭和二五年一二月二三日頃被上告人等先代Bから金四〇、〇〇〇円を期限を定めず借り受け、上告人Cは、右債務につき連帯保証をしたが、その弁済については、特にAの娘DがB方に住み込んだ上、同人がその妻の名義で経営していた料理屋業に関して酌婦稼働をなし、よつてDのうべき報酬金の半額をこれに充てることを約した、前記Dは当時いまだ一六才にも達しない少女であつたが、同人はその後B方で約旨に基き昭和二六年五月頃まで酌婦として稼働したに拘らず、Dの得た報酬金はすべて他の費用の弁済に充当せられ、上告人Aの受領した金員についての弁済には全然充てられるにいたらなかつたというのである。そして原審は、右事実に基き、Dの酌婦としての稼働契約及び消費貸借のうち前記弁済方法に関する特約の部分は、公序良俗に反し無効であるが、その無効は、消費貸借契約自体の成否消長に影響を及ぼすものではないと判断し、上告人両名に対し前記借用金員及び遅滞による損害金の支払をなすべきことを命じたのであつて、以上のうちDが酌婦として稼働する契約の部分が公序良俗に反し無効であるとする点については、当裁判所もまた見解を同一にするものである。しかしながら前記事実関係を実質的に観察すれば、上告人Aは、その娘Dに酌婦稼業をさせる対価として、被上告人先代から消費貸借名義で前借金を受領したものであり、被上告人先代もDの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからば上告人Aの右金員受領とDの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当とする。大審院大正七年一〇月二日(民録二五輯一九五頁)及び大正一〇年九月二九日(民録二七輯一七七四頁)の判例は、いずれも当裁判所の採用しないところである。従つて本件のいわゆる消費貸借及び上告人Cのなした連帯保証契約はともに無効であり、そして以上の契約において不法の原因が受益者すなわち上告人等についてのみ存したものということはできないから、被上告人は民法七〇八条本文により、交付した金員の返還を求めることはできないものといわなければならない。原判決は法律の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。そして原審の確定した事実によれば、本件はすでに判決をなすに熟するものと認められるから、民訴四〇八条一号、九六条、八九条を適用し、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

    最高裁判所第二小法廷

        裁判長裁判官  栗山 茂

           裁判官  小谷勝重

           裁判官  藤田八郎

           裁判官  谷村唯一郎

           裁判官  池田 克

 

総合型選抜の受験塾「SS義塾」が音信不通に 保護者ら動揺、憤る声(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

【速報】旧統一教会の名称変更めぐる行政文書の非開示 判決は「一部の不開示決定を取り消し」大阪地裁(MBSニュース) - Yahoo!ニュース

成年後見なき認知症患者の意思能力ないことを理由としつ無効を認めた東京地裁平成20年 内田貴『民法Ⅰ1 第5版』東京大学出版会・2025年・126頁

土地建物所有権移転登記抹消登記等請求事件

東京地方裁判所判決/平成19年(ワ)第21317号

平成20年12月24日

【判示事項】      1 不動産の売買契約が,売主に意思能力がないことを理由として,無効とされた事例

            2 売主に意思能力がないことを理由として無効とされた不動産の売買契約の買主との間で抵当権設定契約を締結した抵当権者について,民法94条2項を類推適用すべきではなく,売主は抵当権者に対して当該不動産の所有権が買主に移転していないことを主張することができるとされた事例

【参照条文】      民法94-2

【掲載誌】       判例タイムズ1301号217頁

            判例時報2044号98頁

            LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 1 被告Y1株式会社は,原告に対し,別紙物件目録1記載の土地及び同2記載の建物について,別紙登記目録1記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

 2 被告Y2は,原告に対し,第1項の抹消登記手続を承諾せよ。

 3 訴訟費用は被告らの負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 当事者の求めた裁判

 1 請求の趣旨

   主文同旨

 2 請求の趣旨に対する答弁

  (1) 被告Y1株式会社

   ア 原告の被告Y1株式会社に対する請求を棄却する。

   イ 訴訟費用は原告の負担とする。

  (2) 被告Y2

   ア 原告の被告Y2に対する請求を棄却する。

   イ 訴訟費用は原告の負担とする。

第2 事案の概要

   本件は,原告が,別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同2記載の建物(以下,「本件建物」といい,本件土地と本件建物を併せて,「本件不動産」という。)について,被告Y1株式会社(以下「被告Y1」という。)との間で売買契約を締結したことはなく,また,仮に売買契約を締結していたとしても,原告はその当時意思能力を欠いていたものであるから,売買契約は無効であると主張して,所有権に基づき,被告Y1に対し,別紙登記目録1記載の所有権移転登記(以下「本件移転登記」という。)の抹消登記手続を求め,本件不動産に係る別紙登記目録2記載の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権登記」という。)並びに同3及び4記載の根抵当権設定仮登記(以下,併せて「本件各根抵当権仮登記」という。)の根抵当権者である被告Y2(以下「被告Y2」という。)に対し,上記抹消登記手続の承諾を求めた事案である。

 1 前提となる事実(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

  (1)ア 原告は,大正5年○月○○日生の満92歳の男性である。

   イ 被告Y1は,演芸,スポーツ及び音楽に関する興行の企画,実施等を目的とする株式会社である。

   ウ 被告Y2は,不動産業に携わっている者であり,被告Y1の設立者であり元代表取締役である。

  (2) 原告は,平成19年6月21日当時,本件不動産を所有していた。

  (3) 本件不動産について,被告Y1名義の本件移転登記並びに被告Y2名義の本件根抵当権登記及び本件各根抵当権仮登記が存在する。

 2 争点及び争点についての当事者の主張

  (1) 原告は,被告Y1との間で,本件不動産の売買契約を締結したか。(争点1)

  (被告らの主張)

    被告Y1は,行政書士の佐藤進(以下「佐藤」という。)に対して本件不動産の売買契約の手続を委任し,佐藤は,平成19年6月21日,原告の自宅において,原告との間で,本件不動産を代金5000万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

  (原告の主張)

    否認する。

    本件売買契約の契約書(以下「本件契約書」という。)は,原告が知人であるA(以下「A」という。)に署名押印させられた白紙念書及び白紙委任状を基に,被告Y1が偽造したものであって,真正に成立したものではない。

  (2) 原告は,本件売買契約当時,意思能力を欠いていたか。(争点2)

  (原告の主張)

    原告は,本件売買契約当時,90歳であり,記銘力及び計算力の障害並びに構成障害の認められる老人性認知症に罹患して,判断力が衰えており,本件売買契約のような重大な法律行為の内容及び効果を認識する意思能力を有していなかった。

    したがって,本件売買契約は無効である。

  (被告らの主張)

    否認する。

  (3) 本件売買契約が無効である場合,被告Y2は,民法94条2項の類推適用により,保護されるか。(争点3)

  (被告Y2の主張)

   ア(ア) 被告Y2は,平成19年6月21日,被告Y1に対し,3000万円を貸し付けた。

    (イ) 被告Y2は,同月28日,被告Y1との間で,(ア)の貸金債権を担保するため,本件不動産に極度額1000万円及び極度額5億円の各根抵当権を設定する旨の契約を締結し,同年7月3日,本件根抵当権登記及び本件各根抵当権仮登記の手続をした。

   イ 被告Y2は,本件移転登記が存在したことから,被告Y1が本件不動産を所有していると信じて,同社との間で,ア(イ)の契約を締結した。

   ウ 原告は,本件契約書を作成し,被告Y1に対して印鑑登録証明書,委任状等を交付するなど,本件移転登記の作出に積極的に関与した。

   エ したがって,被告Y2の各根抵当権は,民法94条2項の類推適用によって保護され,本件根抵当権登記及び本件各根抵当権仮登記は有効である。

  (原告の主張)

   ア 被告Y2の主張ア(ア),(イ)は知らない。

   イ 同イ,ウは否認する。

  (4) 本件売買契約が無効である場合,被告Y1は,本件移転登記の抹消登記手続と引換えに,2500万円の返還を請求できるか。(争点4)

  (被告Y1の主張)

   ア 佐藤は,平成19年6月21日,被告Y1の代理人として,原告に対し,本件売買契約の代金の一部として2500万円を支払い,それと引換えに,本件不動産について本件移転登記の手続をした。

   イ したがって,仮に本件売買契約が無効であるとしても,被告Y1の本件移転登記の抹消登記手続は,原告から被告Y1への2500万円の返還と引換えにされなければならない。

  (原告の主張)

    被告Y1の主張アは否認する。

    原告は佐藤から2500万円を受け取っていない。

第3 当裁判所の判断

 1 争点1(原告は,被告Y1との間で,本件売買契約を締結したか。)について

  (1) まず,本件契約書(乙1)中の原告名義の署名が自署であるか,同署名名下の印影が原告の印章によって顕出されたものであるかについて検討する。

    印影については,本件移転登記に係る登記申請書に添付された原告名義の印鑑登録証明書(甲3の4,乙6)の印影と対照すると,一致していることから,本件契約書中の原告名義の署名名下の印影は原告の実印によって顕出されたものと認めることができる。

    署名については,本件移転登記に係る登記申請書に添付された原告名義の登記原因証明情報,委任状(甲3の2,3,乙6)中の原告名義の署名と対照すると筆跡が類似しているといえること,上記のとおり,署名名下の印影が原告の実印によって顕出されたものと認められることを併せかんがみれば,本件契約書中の原告名義の署名は原告の自署によるものと認められる。

    そうすると,本件売買契約の契約書は真正に成立したものであるとの推定を受けることになり,この推定を覆す事情を認めるに足る証拠はない。

  (2) この点について,原告は,本件契約書は,原告がAに署名押印させられた白紙念書及び白紙委任状を基に,被告Y1が偽造したものであると主張し,被告Y1の代理人である佐藤がAに差し入れた平成19年6月21日付け預かり書(甲10)には,佐藤が「委任状」,「白紙念書」等を預かった旨の記載があり,Aは,同日,佐藤が,原告をして委任状と5,6枚の白紙に署名させ,原告から実印を預かりそれらに押印した,その中に本件契約書はなかった旨供述する(甲23,証人A)。

    しかしながら,上記預かり書(甲10)には,佐藤が預かった書類として,委任状1通,白紙念書2通と記載されているところ,証拠(甲3の2,3,乙1,2,4,6)及び弁論の全趣旨によれば,本件売買契約について作成された原告の署名押印のある書面は,少なくとも,本件契約書,領収書,委任状,登記原因証明情報,「賃貸人変更に関するご通知」と題する書面の合計5通存在することが認められ,そうすると,被告Y1が,上記預かり書に記載された書面を基に,本件契約書を偽造したとすることには,偽造されたとされる書面の数と白紙念書及び委任状の数とが合致しないという点で無理がある。

    Aは,佐藤が原告に署名させ押印したという白紙の枚数を5,6枚と述べ,それと上記預かり書の「白紙念書」の通数(2通)が合致しないことについて,「白紙念書」の通数はそのときに佐藤の知人から言われたとおり書いたと供述し,また,佐藤が原告に署名させ押印したという白紙の形状について,B4くらいの大きい紙とA4の紙があったと思うが,大きい紙が何枚くらいあったか,原告の署名押印が紙のどこにあったかは覚えていないと曖昧な供述をするが,これらの供述は,原告の署名がされ実印が押された白紙という原告にとって非常に危険かつ重要な書面が作成された現場に居合わせ,原告の所有する本件不動産を買い取ろうとしていた(甲23,25,26の1ないし5,証人A)者の供述としては不自然かつ不合理であって,この点のAの供述を直ちに信用することは困難である。

    そして,そのほかに,本件契約書が被告Y1によって白紙念書等を基に偽造されたものであることを認めるに足る証拠はない。

    したがって,この点の原告の主張は採用できない。

  (3) (1)で説示したとおり,本件契約書が真正に成立したものであるとすると,原告は,本件契約書によって,外形的には,被告Y1に対し,本件売買契約を締結する旨の意思表示をしたと認めることができるから,原告が,被告Y1との間で,本件売買契約を締結した事実が認められる。

    よって,争点1についての被告らの主張は理由がある。

 2 争点2(原告は,本件売買契約当時,意思能力を欠いていたか。)について

  (1) 前記前提となる事実,前記1で認定した事実,以下に掲記する各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。

   ア 原告と本件不動産について

    (ア) 原告は,本件売買契約当時,90歳であり,その妻であるB(以下「B」という。)と2人で,本件建物の5階及び6階に居住し,本件建物の他の階の賃料(月額合計105万円(管理料込み))と年金(2か月ごとに7万3566円)を主な収入として生活しており,本件不動産以外には特にめぼしい資産を有していなかった。

      Bは,当時,糖尿病及び認知症に罹患しており,介護を要する状態にあった。

      原告とBの間には,C(以下「C」という。)とDの2人の子供がいるが,いずれも原告とは別居しており,原告と会うのは年に1回程度,電話をするのは数か月に1回程度であった。

    (甲6の1,2,甲19の1ないし7,甲24,29,乙1,証人E)

    (イ) 原告は,本件売買契約当時まで,本件建物の管理人をしており,平成18年までは,本件建物の賃借人らに対し,毎月の賃料と共に,毎月の電気代及び2か月ごとの水道代を請求して受領していた。

      しかし,平成19年1月ころから,原告は,本件建物の賃借人らに対し,電気代及び水道代の請求をしなくなった。

                (甲6の1,甲24,31,34,証人E)

    (ウ) 原告は,同年8月16日,厚生中央病院のF医師により,記銘力及び計算力の障害並びに構成障害の認められる老人性認知症に罹患していると診断された。その程度は,長谷川式簡易知能評価スケールによると,中等度ないしやや高度というものであった。

                (甲17の1,2,甲21,22)。

    (エ) 本件不動産は,面積90.02平方メートルの本件土地と昭和44年10月築の鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付6階建の店舗居宅で延床面積合計460.26平方メートルの本件建物から成り,商業地域内に存し,目黒駅から約300メートルの距離にあって,駅前通商店街の一区画であり目黒通りに面する東南の角地に所在する物件である。

      本件不動産の査定価格は,G株式会社資産営業本部専務執行役員本部長H作成名義の平成19年7月31日付け査定書において,3億2000万円ないし3億9000万円(ただし,アスベスト除去費用,土壌改良費用等がかかる場合には,別途減額される可能性がある。)とされている。

                (甲1,2,16)

    (オ) 本件不動産には,本件根抵当権登記及び本件各根抵当権仮登記のほかに,いずれも債務者を原告とする,昭和63年8月4日付けの極度額6000万円,根抵当権者三銀保証キャピタル株式会社の根抵当権設定登記,平成2年8月4日付けの極度額2100万円,根抵当権者株式会社さくら銀行の根抵当権設定登記及び平成11年8月18日付けの債権額3500万円,抵当権者株式会社Iの抵当権設定登記が存在する。

      原告は,本件売買契約当時,株式会社三井住友銀行に対する5094万3680円の借入金債務,株式会社Iに対する約800万円の保証金債務及び本件建物の賃借人らに対する合計約1500万円の保証金債務を負っていた。

                (甲1,2,乙1,3,証人A,証人E)

   イ 本件売買契約の経緯について

    (ア) 原告は,平成19年5月ころ,所属する宗教団体Jの信者の紹介で,Aと知り合い,身の回りの世話等をしてもらうようになった。

      原告は,同年6月3日,Aが代表取締役を務めるK株式会社(以下「K社」という。)との間で,本件不動産を1億2000万円で売却する旨を合意し,同月4日,同社との間で,上記合意のとおりの内容で,本件不動産を売却する旨の売買契約(以下「別件売買契約」という。)を締結し,Aに対し,本件不動産の登記済証,自らの印鑑登録証明書等を渡した。

      別件売買契約においては,本件建物の賃借人らに対する保証金債務は引き続き原告が負うものとされ,ア(オ)の債務者を原告とする各根抵当権及び抵当権に関する合意はされなかった。

      別件売買契約に先立ち,Aは,原告をして,医師による健康診断を受けさせた。

                 (甲4,5,25,26の1,2,4,5)

    (イ) Aは,同月16日,原告と共に,介護付有料老人ホーム「××」を訪れ,原告及びBの代理人として,原告とB名義の同ホームへの入居申込書を作成し,提出した。

      原告は,帰宅後,Bの介護に来た介護士に対し,Bを老人ホームに入れる予定であると述べた。

      しかし,以降の入居手続がとられなかったため,結局,原告及びBは同ホームに入居しなかった。

          (甲5,18の1ないし7,甲19の1ないし7,甲29)

    (ウ) 原告は,同月21日,Aの同席の下,被告Y1の代理人である佐藤が持参した本件契約書に署名をし,佐藤に実印を渡して押印させた。

      本件契約書(乙1)では,所有権移転,引渡し及び登記手続の日は同年6月21日とされているが,売買代金は同年8月31日までに5000万円を支払うとされており,また,原告はア(オ)の本件不動産に係る各根抵当権設定登記及び抵当権設定登記を消除する義務を負わないこととされた。

      原告は,本件売買契約の際,本件売買契約に基づく代金として5000万円を領収した旨の領収証(乙2),「賃貸人変更に関するご通知」と題する,本件建物の賃借人らに対し,被告Y1が原告から本件不動産を買い取り,原告の賃貸人たる地位を承継したので,被告Y1の指定する口座に賃料等を振り込むよう依頼する旨の書面(乙4),委任状等に署名し,佐藤に実印を押させた上,佐藤に対してこれを交付した。

      Aは,同日,佐藤に対し,(ア)のとおり原告から預かっていた本件不動産の登記済証,原告の印鑑登録証明書を渡した。

       (甲3の2ないし4,甲4,10,30の2,乙1,2,4,6)

    (エ) 佐藤は,同日,東京法務局目黒出張所において,原告及び被告Y1を代理する形で,原告の署名及び押印のある登記原因証明情報,委任状,原告の印鑑登録証明書を添付した登記申請書を提出し,本件不動産に係る本件移転登記を申請した。

                 (甲3の1ないし4,乙6)

    (オ) 同年6月21日以降,原告が,当時,国民年金,老人保険及び本件建物の賃料等の振込先,融資の返済等に用いるなど主として利用していた株式会社三井住友銀行目黒支店の預金口座において,100万円以上の金員が一度に入金されたこと,預金残高が200万円を超えたことはなく,原告の保有する日本郵政公社東京貯金事務センターの貯金口座においてもそのような入金等はなかった。

                 (甲6の1,2,証人E)

    (カ) 原告は,同月9日,原告の介護に来た目黒区の介護士であるL(以下「L」という。)に対し,本件不動産を乗っ取られてしまうかもしれないと述べたので,心配したLに勧められて,同月17日,Lと共に,法務局を訪れ,本件不動産の各全部事項証明書を取得し,これらを見て,Lに対し,被告Y1の名前は知らない,本件不動産の登記上の名義が変わっていることが初めて分かったなどと述べた。

      その後,原告は,Lと共に,警察に行って,本件不動産を乗っ取られた旨訴えたが,対応した警察官から,家族に連絡するとともに,弁護士に相談するよう言われ,帰宅後,Lの勧めに従い,Cに電話をかけたが,留守であったので,留守番電話に連絡をよこすよう伝言を残した。

      C及びその夫であるEは,帰宅後,上記伝言を聞いて,原告に電話をかけ,原告から,知らないうちに本件不動産の名義が変わっている旨聞いた。

                 (甲24,30の1,2,証人E)

  (2)ア (1)の認定事実によれば,本件売買契約について以下の各点を指摘することができる。

    (ア) 本件売買契約の内容の不自然,不合理について

     a (1)ア(エ)のとおり,本件不動産の価格は,G株式会社資産営業本部専務執行役員本部長H作成名義の平成19年7月31日付け査定書において,3億2000万円ないし3億9000万円と査定されている。

       (1)ア(オ)のとおり,本件売買契約当時,本件不動産には,極度額合計8100万円の各根抵当権及び債権額3500万円の抵当権の各設定登記が存在していたが,それらの被担保債権は,原告の株式会社三井住友銀行及び株式会社Iに対する合計約5900万円の債権のみであった。

       そうすると,本件売買契約当時,本件不動産は,設定された根抵当権及び抵当権の被担保債権額並びに本件建物の賃借人らに対する保証金債務合計約1500万円を差し引いても,2億4000万円以上の剰余価値を有していたということができる。

       しかるに,(1)イ(ウ)のとおり,本件売買契約は,原告が被告Y1に対して本件不動産を5000万円で売却するというものであり,しかも,本件不動産に設定された根抵当権及び抵当権の被担保債権の負担を被告に負わせるなどの約定が付されていないものであって,原告にとって著しく不利な内容のものといえる。

       その上,(1)ア(ア)のとおり,本件売買契約当時,本件不動産は原告にとって唯一のめぼしい資産であり,原告は,月額合計105万円に上る本件建物の賃料のほかには,2か月ごとに7万3566円の年金しか収入を有していなかったのであって,本件建物の賃料は,90歳の原告と病気を患い介護を要する状態にあったBが生活する上で不可欠なものであったと認められ,そうであるとすれば,原告が,5000万円という非常に低廉な代金で,自らの約5900万円の債務(本件不動産に設定された根抵当権及び抵当権の被担保債権)について何らの手当てもしないまま,本件不動産を第三者に売却することは,合理的判断力を有する者の行動としては理解し難いものといわざるを得ない。

     b この点,(1)イ(ア)のとおり,原告が,Aが代表取締役を務めるK社との間で,本件不動産を代金1億2000万円で売却する旨の別件売買契約を締結したことが認められ,これと比べると,本件売買契約の代金は原告にとって極端に低廉ではないと考えられないではない。

       しかしながら,別件売買契約は,設定された根抵当権及び抵当権の被担保債権額並びに本件建物の賃借人らに対する保証金債務を差し引いてもなお2億4000万円以上の剰余価値を有していた本件不動産を1億2000万円という著しく低廉な代金で売却し,しかも,原告が,根抵当権及び抵当権の被担保債権の負担を免れない上に,本件建物の賃借人らに対する保証金債務までも引き続き負うという原告に極端に不利な内容のものであって,ほかに特段の事情が認められない限り,原告が合理的な判断をもって締結したとは考え難いものである。

       加えて,(1)ア(ア)のとおり,本件売買契約当時,原告は90歳であり,Bと2人で生活していたが,Bは糖尿病及び認知症に罹患しており,介護を要する状態にあったこと,原告とBの間には2人の子供がいるが,いずれも原告とは別居しており,あまり連絡がなかったこと,(1)ア(ウ)のとおり,原告が,平成19年8月16日,医師によって,記銘力及び計算力の障害並びに構成障害の認められる中等度ないしやや高度の老人性認知症に罹患していると診断されたこと,(1)イ(イ)のとおり,Aが,別件売買契約の後,原告及びBの代理人として,原告とBの介護付有料老人ホームへの入居申込手続をしたことを併せかんがみれば,別件売買契約については,Aが,当時,Bの介護等に困難を感じていた原告に対し,Bや原告を老人ホームへ入居させ,その後の面倒も見るから,その代わりに,本件不動産を自分の会社に任せてほしいなどと申し向け,老人性認知証のために理解力,判断力が相当に衰え,別件売買契約の内容をよく理解できない原告をして,非常に低廉な代金で締結させたものである可能性がうかがわれるといえる(この点,Aは,別件売買契約は,原告が契約内容を理解した上で締結したものであると供述するが,別件売買契約に基づく代金1億2000万円の支払について,Aは,毎月80万円ずつを交付することにしていた(甲12),約5000万円及び毎月80万円ずつを支払うことにしていた,原告に約3000万円及び毎月80万円ずつを支払うことにしていた,約2000万円を渡すことにしていた(証人A)などと合理的な説明のないまま供述を二転三転させていることに照らすと,Aが真に別件売買契約に基づく代金を支払うつもりであったのかどうか疑義を持たざるを得ないこと,Aが別件売買契約の代金を支払う前に本件不動産を担保にして借りたという1099万円について,当面の活動資金だったと述べながら,その使途を明らかにせず,すべて自分のものにしていること(証人A),(1)ア(ウ)のとおり,原告が,平成19年8月16日,医師によって,中等度ないしやや高度の老人性認知症に罹患していると診断されたことを併せて考慮すれば,原告が別件売買契約の内容を理解していた旨のAの供述はにわかに信用し難い。)。

       そうであるとすれば,原告とAが別件売買契約を締結したことをもって直ちに,本件売買契約の代金が低廉ではないということはできず,そのほかに,本件売買契約における本件不動産の代金が低廉でないこと,又は原告において本件不動産を5000万円という非常に低廉な代金で売却する必要性があったことを認めるに足る証拠はない。

    (イ) 原告の精神状態について

      (1)ア(ウ)のとおり,原告は,本件売買契約の2か月弱後である平成19年8月16日,医師によって,記銘力及び計算力の障害並びに構成障害の認められる中等度ないしやや高度の老人性認知症に罹患していると診断されたこと,(1)ア(イ)のとおり,原告は,平成18年までは,本件建物の賃借人らに対する電気代及び水道代の請求をしていたが,平成19年1月ころから,これらの請求をしなくなったことが認められ,これは原告が上記老人性認知症によって電気代及び水道代の計算をできなくなったことによると推認されること,(1)イ(カ)のとおり,原告は,同年7月17日,Lと共に法務局を訪れて本件不動産の各全部事項証明書を取得した際,Lに対し,被告Y1の名前は知らない,本件不動産の登記上の名義が変わっていることが初めて分かったと述べたというのであり,この言動からは,原告が,本件契約書に自ら署名し,佐藤をして実印を押させておきながら,その意味を全く理解していなかったと推認されることに加えて,(1)イ(ア)のとおり,原告は,K社との間で,同年6月3日,本件不動産を1億2000万円で売却する旨を合意し,同月4日,別件売買契約を締結して,合意書(甲25)及び土地建物売買契約書(甲26の1)に署名押印したが,別件売買契約の内容は,本件不動産を1億2000万円という著しく低廉な代金で売却し,しかも,原告が,本件不動産に設定された根抵当権及び抵当権の被担保債権の負担を免れず,本件建物の賃借人らに対する保証金債務までも引き続き負うという原告に極端に不利なものとなっていたこと,この売買契約に先立ち,Aは,原告をして医師による健康診断を受けさせているが,このことは,別件売買契約の締結に際して,原告の健康状態及び意思能力に関する疑義があり,それに何らかの対応をしておく必要性があったと推認させることを併せかんがみれば,本件売買契約当時,原告は老人性認知症に罹患しており,その理解力,判断力は相当に衰えていたものと推認することができる。

    (ウ) 本件売買契約の代金の支払について

      被告Y1は,本件売買契約が締結された平成19年6月21日,佐藤が,原告に対し,本件売買契約の代金の一部として2500万円を支払った旨主張し,(1)イ(ウ)のとおり,原告が,本件売買契約の締結の際,佐藤に対し,本件売買契約に基づく代金として5000万円を領収した旨の領収証(乙2)を渡したことが認められ,被告Y1代表者の陳述書(乙7)及び同被告代理人の聴取書(乙8)には,上記主張に沿った内容の記載がある。

      しかしながら,原告は,上記金員を受領した旨を否認しているところ,被告Y1の主張どおり,原告が2500万円もの現金を受け取っていたならば,原告は,その金員を預金するか,何らかの用途に費消するか又は現金として保有しているはずといえるが,(1)イ(オ)のとおり,本件売買契約当時,原告が主要な口座として利用していた株式会社三井住友銀行目黒支店の預金口座において,その後,多額の金員が入金された形跡はなく,他の原告名義の口座においても,多額の金員が入金された事実を認めるに足る証拠はないし,また,原告が,本件売買契約以後,多額の金員を費消した事実や,現在,多額の現金を保有している事実を認めるに足る証拠もない。

      そもそも,被告Y1は,佐藤は上記2500万円を現金で原告方に持参して原告に手渡した旨主張し,被告Y1代表者の陳述書(乙7)及び同被告代理人の聴取書(乙8)には,佐藤がそう述べていたとの記載があるが,不動産売買において,そのような多額の代金の支払が,銀行員の立会いもなく,現金のやりとりによってされることは通常考え難く,まして,その現金の出所について,被告らは,被告Y2が被告Y1の代表者に貸し付けた3000万円に由来するというのであるが,そのような多額の金銭消費貸借契約について,契約書が作成されていないこと(被告Y2),原告が当時90歳の高齢者であったことを併せかんがみれば,真に原告と佐藤との間で2500万円の現金のやりとりがあったのかは極めて疑わしいといわざるを得ない。

      さらに,上記領収証の金額は5000万円であり,被告Y1が原告に手渡したとする2500万円と大きく齟齬するところ,その理由について,被告Y1は,本件売買契約の際に5000万円全額を準備するつもりで領収書を準備したが,全額は準備できなかったので2500万円のみを支払うことにし,領収書の金額欄は訂正しなかったと主張し,被告代理人の聴取書(乙8)には,佐藤がそのように供述した旨の記載があるが,不動産売買において,5000万円の代金のうち2500万円しか受け取っていない売主が,買主に所有権移転登記に必要な書類をすべて交付しておきながら,5000万円という領収書の金額を訂正せずにそのまま交付するなどということは,領収書の性質,機能に照らして,通常人の行動としてはおよそあり得ないものである。これに,原告が,当時90歳であったこと,同年8月16日,医師によって,中等度ないしやや高度の老人性認知症に罹患していると診断されたことを併せて考慮すると,上記領収書の存在をもって直ちに,佐藤が原告に対して2500万円を支払ったとの事実を認めることはできない。

      そして,被告Y1代表者の陳述書及び同被告代理人の聴取書の記載は直ちに信用できず,そのほかに,佐藤が,原告に対し,本件売買契約の代金の一部として2500万円を支払ったとの事実を認めるに足る証拠はない。

      したがって,この点の被告Y1の主張は採用できず,そのほかに,被告Y1が原告に本件売買契約の代金を交付した事実を認めるに足る主張立証はないから,本件において,原告が,本件売買契約の代金を一部受け取ったとの事実を認めることはできない。

   イ ア(ア)ないし(ウ)のとおり,本件売買契約は原告にとって著しく不利な内容のものであり,原告がこれを締結したことは合理的判断力を有する者の行動としては理解し難いものといえること,本件売買契約当時,原告は老人性認知症に罹患しており,その理解力,判断力は相当に衰えていたものと推認できること,本件に顕れたすべての主張立証をもってしても,本件売買契約の代金が一部でも原告に支払われた事実を認定できないことに加えて,原告が十分な理解,判断の下に本件売買契約を締結すべき特段の事情が認められない本件においては,原告は,本件売買契約当時,本件売買契約の内容及び効果を認識する意思能力を欠いていたと認めるのが相当である。

  (3)ア この点について,被告らは,原告が,本件売買契約当時,意思能力を欠いていたことを否認し,本件建物の賃借人の一人であるM(以下「M」という。)は,原告が,平成19年6月ころ,Mに対し,本件不動産を第三者に売ったと述べ,その後,残金を払ってもらえないので困っていると述べたこと,同年7月ころまで,自ら,掃除,ゴミ出し,賃貸借契約の更新手続,電気代及び水道代の請求等の管理業務をしていたこと,元気な様子で,普通に会話をしており,原告が認知症であるとは全く思わなかったことなどを供述する(丙1,証人M)

     しかしながら,証拠(甲24,32の2,甲35,乙1,丙1,証人M)及び弁論の全趣旨によれば,Mは,原告に対し,同年3月分ないし7月分の賃料及び管理料(合計100万円)を支払っていないことが認められるところ,Mは,その理由について,平成18年の年初又は年末ころに,それまで長年にわたり原告に電気代を超過請求(1か月約8万円)されて支払ってきたことに気付き,原告との間で,原告がMに清算金として200万円を,内金100万円を賃料及び管理料と相殺し,内金100万円を保証金返還時に加算する方法で支払う旨約したと供述するが,Mは,超過請求に気付いた時期について,陳述書(丙1)及び主尋問では,同年の年末ころとしながら,反対尋問において,原告代理人から,原告がMから同年6月分ないし11月分の電気代として各4万円を受領した旨の領収書(甲34)を示されるや,上記時期は同年の年初ころであって,年末ころといったのは勘違いであると述べたのであり(証人M),このような重要な発見の時期を勘違いするのは不自然といわざるを得ないし,仮に上記時期が同年の年初ころだとすると,超過請求分の精算について,それから1年以上を経た平成19年3月分ないし7月分の賃料及び管理料と相殺する方法による旨合意されたことになるが,そのような事実は不自然極まりないのであって,この点についてMから何ら合理的な説明がされていない以上,上記超過請求についてのMの供述は信用できず,そうすると,同年3月分ないし7月分の賃料及び管理料(合計100万円)の不払については,Mが原告に言いがかりをつけて不正にこれらの債務を免れたのではないかとの疑念が生じざるを得ない。

     また,証拠(甲33の1,2,証人M)によれば,Mは,同年8月28日,原告の二女の夫であるNとの間で,本件建物の清掃及びゴミ出しを受託する旨の契約を締結するとともに,同年6月1日からの報酬(同年6月ないし8月は合計4万円,同年9月以降は1か月2万5000円)を受け取る旨合意し,同年9月25日,同年6月ないし9月分の報酬合計6万5000円を受け取ったことが認められ,この事実に照らすと,原告が同年7月まで本件建物の掃除及びゴミ出しをしていたとのMの供述はにわかに信用し難いし,証拠(甲32の1,2,証人M)によれば,原告とMとの間の賃貸借契約について,平成16年5月に契約期間3年で仲介業者を介して更新された後,再度更新手続がとられた旨の契約書は存在しないことが認められ,そうすると,原告が自ら賃貸借契約の更新手続をしていた旨のMの供述の信用性には疑義があるといわざるを得ない。

     これらの点に加えて,Mが,証人尋問期日の直前である平成20年9月30日まで,平成19年8月分以降の賃料について,原告に支払わず,債権者不覚知による供託もしていなかったことを併せて考慮すると,Mが,自らの賃貸借契約について,原告に不正な働きかけをした事実を覆い隠すなどの目的で,ことさらに原告に不利な虚偽の供述をしているのではないかとの疑念を払拭できないところであり,本件売買契約前後の原告の言動に関するMの供述を直ちに信用することは困難である。

     したがって,上記Mの供述をもって,(2)の認定を覆すに足るということはできない。

   イ (1)イ(イ)のとおり,Aが,原告及びBを代理して,原告とBが老人ホームへ入居するための申込手続をしたことからすると,原告が,老人ホームへ入居するために,本件不動産を売却して資金を得ようとしたのではないかと考える余地もないではない。

     しかしながら,本件売買契約の代金は5000万円であるところ,本件売買契約当時,(1)ア(オ)のとおり,原告は,株式会社三井住友銀行及び株式会社Iに対して合計約5900万円の債務を負っていたのであり,本件売買契約にはこれらの負担を被告に負わせるなどの約定が付されていないこと,(1)ア(ア)のとおり,原告は,本件建物の賃料(月額合計105万円(管理料込み))と年金(2か月ごとに7万3566円)を主な収入として生活しており,本件不動産以外には特にめぼしい資産を有していなかったことからすると,仮に原告が本件売買契約によって5000万円を取得したとしても,近いうちにそれは上記債務の返済に消えてしまい,老人ホームに居住するための資金が枯渇することは明らかであるから,原告が老人ホームへ入居する資金を得るために本件不動産を売却しようと判断して本件売買契約を締結したと認めることはできない。

     さらに,(1)イ(イ)のとおり,原告が,介護士に対し,Bを老人ホームを入れることになった旨述べたことに照らすと,原告が,自身も老人ホームへ入居することを望んでいたか,AがBと共に原告についても老人ホームへの入居申込手続をしたことを理解していたかは疑問であるといわざるを得ず,そうであるとすれば,原告は,その後も本件建物の5,6階に居住し続けることを望んでいたのではないかとも考えられる。

     したがって,老人ホームへの入居資金の獲得という目的をもって,原告において,十分な理解,判断の下に本件売買契約を締結すべき事情があったということは困難である。

   ウ (1)イ(ア)のとおり,別件売買契約の際,Aは,原告をして,医師による健康診断を受けさせた上で,原告との間で別件売買契約を締結した事実が認められるが,この健康診断においては,原告の精神状態について何らの診断もされていないこと(甲26の4),(2)ア(ア)bに説示したように別件売買契約についての原告の理解に関するAの供述が信用し難いものであることに照らすと,上記事実をもって,原告が本件売買契約の意味内容を理解していたとの事実を推認することはできない。

     また,原告は,本件訴訟を提起するに当たって後見開始の審判等を受けていない(当裁判所に顕著な事実)が,この事実をもって直ちに,原告が本件売買契約の意味内容を理解していた事実を推認することはできない。

   エ 証拠(甲24,証人E)によれば,原告が,同年7月18日,Eに対し,Aに本件不動産の権利証をとられ,知らないうちに本件不動産の名義を変えられた旨述べたことが認められ,この事実は,原告が,当時,登記名義の変更には不動産の権利証が必要であることを理解していたことをうかがわせるものといえるが,そのことのみをもって直ちに,原告が,本件売買契約の意味内容を理解していたことを推認することはできず,(2)の認定を覆すには足りないというべきである。

   オ そして,そのほかに,(2)の認定を覆す事実を認めるに足る証拠はない。

  (4) よって,争点2についての原告の主張は理由があり,本件売買契約は無効である。

 3 争点3(被告Y2は,民法94条2項の類推適用により,保護されるか。)について

  (1) 被告Y2は,本件において民法94条2項を類推適用すべき根拠の1つとして,原告が本件移転登記の作出に積極的に関与した旨主張する。

    確かに,前記1,2(1)イ(ウ)で認定したとおり,原告は,本件契約書に自署し,佐藤をして実印を押印させたのであり,また,前記2(1)イないしエで認定した事実,証拠(甲3の1ないし4,甲4,乙6)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件売買契約について,被告Y1の代理人である佐藤に対し,Aを通じて,印鑑登録証明書や原告の自署がされ実印が押された委任状等の書面を交付したこと,佐藤が,それらの書面を用いて,本件移転登記を申請したことが認められ,これらの行為は,本件移転登記の作出に加功する行為としての外形を有するといえる。

    しかしながら,前記2で認定したとおり,原告は,本件売買契約当時,老人性認知症に罹患し,理解力,判断力を減退させ,本件売買契約の内容及び効果を認識する意思能力を欠いていたのであって,この事実に照らせば,原告が,本件契約書に自署し,佐藤をして実印を押印させて,これを佐藤に交付した行為はもとより,佐藤に対して印鑑登録証明書や自署がされ実印が押された各書面を交付した行為についても,原告が本件移転登記の作出に積極的に関与したと評価することは相当でないのであって,民法94条2項の法意に照らしても,本件売買契約が無効であって,被告Y1に本件不動産の所有権が移転しないことを,原告が被告Y2に対抗し得ないとする事情はないというべきである。

    したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点の被告Y2の主張は採用できない。

  (2) よって,争点3についての被告Y2の主張は理由がない。

 4 争点4(被告Y1は,本件移転登記と引換えに,2500万円の返還を請求できるか。)について

  (1) 被告Y1は,原告に対し,本件売買契約の代金の一部として2500万円を支払った旨主張する。

    しかしながら,前記2(2)ア(ウ)で説示したとおり,原告が本件売買契約の代金を一部でも受け取ったとの事実を認めることはできないから,上記の被告Y1の主張は採用できない。

  (2) よって,その余の点について判断するまでもなく,争点4についての被告Y1の主張は理由がない。

第4 結論

   以上によれば,原告の被告らに対する請求は,いずれも理由があるからこれらを認容することとして,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第24部

        裁判長裁判官  矢尾 渉

           裁判官  荻原弘子

           裁判官  長井清明

 

別紙(以下略)

 

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