otoshidamalistお正月がやって来た。
お正月だ、お年玉だ。
僕等子供の稼ぎ時。
うちは本家というやつで、正月になると親戚の人が大勢やって来る。
そしてこの時だけは、巨額(子供にとっての)のゲンナマを手に入れることが出来るのだ。
これがあったからお正月は楽しい行事だと自分の中で認識されたのだろう。

小学校2年生の時だったと思う。
年の瀬迫るある日、僕は裏の白いチラシを切りメモ帳を作った。
そして表紙には『おとしだまちょう』と書く。
これはお年玉のリストなのである。
もうすぐ来るお正月に貰えるであろうお年玉の予想なのだ。

まず知っている大人を片っ端から書き出す。
その横にお年玉予想金額。
「このおじさんは去年少なかったからな〜 100円か」
「このおばさんは太っ腹だから今年も1,000円かな〜」
「◯◯のおじさんは… 500円。
「△△のおばさんは… 300円くらいかな」
と、去年のデータを思い出し照合しながら予想金額を記入して行く。
やけに楽しい作業。
そして、どんどん膨らむ希望と妄想。
金欲に取り憑かれているので近所のおじさん、おばさんも書き出しリストに入れる。
“もしかしたらくれるかもしれない”ということらしい。

予想金額が出る。
「うわ〜 こんなに貰えるんだ!」
実際貰えるという保証はないのだが、こうして書き出してみるとワクワクする。
夢中になって書いていると兄がちょっかい出しにやって来た。
「おまえ何やってんだ?」
「べ、別に…」
当然リストは取り上げられ読まれる。
「お年玉の予想だって〜?」(笑)
何故か大笑い。
「返せ〜」(必死)
「このおばさんがくれる訳ないだろう、親戚でもないんだから」(笑)
ダメだしも出る。
「いいから返せ〜」(必死)

この年のお年玉は予想金額をはるかに下回った。
まあ当然である。
所詮子供の希望的予想なのだから。
これは「こうだったらいいな〜」と夢見てニヤニヤする楽しい遊びだったのだ。

今でも宝くじが当った時の事を予想して無駄に時間を過ごす時がある。
それと同じか。