houshanouその日は雨が降っていた。
しかし、僕はなぜだか従妹のクーちゃんと遊びたいという衝動に駆られていた。
理由は分らない。
クーちゃんの持っていたオモチャで遊びたいと思ったのだろうか。
多分そんな理由。
しかし、外は雨。
しかし、遊びに行きたい。

母に「クーちゃんちに遊びに行く」と言うと、
当然ながら「雨が降っているから止めなさい」と言う。
しかし、母に止められてもこの衝動は抑えられなかった。
玄関先に佇み空を見上げる僕。
クーちゃんちまでは約200mの距離。
数分考え僕は決意する。
「走って行けば濡れるはちょっとだろう。だから大丈夫!」
そう決断するやいなや、僕はカッパも着ず、傘もささず雨の中に飛び出していた。

当時の僕は幼稚園児。
まだ自分の傘は持っておらず雨具はカッパと長靴。
しかし、両方とも今回は装備せずに外に出た。
大した理由はないと思う。
ただ単に着るのが面倒くさかったとか、走るのに邪魔だとか、そんな理由だろう。
だからクーちゃんに着いた頃にはすっかりずぶ濡れだった。
雨具なしでは走っても歩いても同じなのだ。

「クーちゃん!」
玄関を開けると誰も出て来ず奥の方から叔母さんの声が聞こえた。
「クーは今日お婆ちゃんのところだから居ないよ〜」
しまった!
クーちゃんが留守だという想定はしてなかった。
叔母さんが玄関まで出て来るのも待たず、僕はきびつを返し再び雨の中に飛び出した。
「失敗した〜」
まさかクーちゃんが居ないとは想定外である。
ずぶ濡れの不快感に耐えながら、僕は、この後母に叱られる自分を想像して走っていた。
息を切らして家に着く。
その頃には川から上がった河童状態。
顎から水が滴っていた。

「こんな雨が降っているのにあんたは何処行っていたの!」
母の怒号に迎えられた。
「くーちゃんちに行ったけど居なかったから…」
「そんなにずぶ濡れになって、雨の中には放射能が入っていて頭が禿げるからね!」
この母の言葉は衝撃的だった。
雨の中には放射能と言うものが入っていて、雨に濡れると髪の毛が抜けてしまうというのだ。
ああ、僕はなんて失敗をしてしまったのだろうか。
髪の毛が抜けて禿になったら明日幼稚園へ行ったら皆に笑われるだろう。
この先ずっと帽子を被る生活が続くのか。
もしかしてカツラを被らなくてはならないのか。
その日は、そんな心配事で頭の中を支配されながら布団に潜った。
そして朝、起きて髪の毛があるのにホッとする。
今回は大丈夫だったみたいだ。

放射能とは何だろう?
雨の中に入っているもの?
疑問だけが残った。

後日、また雨の日。
母と出かけた時、道路のアスファルトの表面に七色の虹のような模様が出来ていた。
雨に濡れたアスファルトに円形状に何とも言えない色のグラデーションが広がっている。
ピン!ときた。
「こ、これが放射能か!」
僕はこれを見たとたんそう思った。
単に濡れたアスファルトの上に車のオイルが落ちただけなのだが。

母に問う。
「お、おかーちゃん!こ、これが放射能か?!」

母:「… ? そうだ」