オカチンの記憶の固執

日々退化する脳細胞から記憶を呼び起こす

マンガ/TV

万国びっくりショー

biikurishow夕食後、テレビの前に家族全員が集まる。
『万国びっくりショー』が始まる時間。
『万国びっくりショー』は、日本を始め世界各国から特殊能力を持つ人間が集まり芸を披露する番組。
要はビックリ人間大集合。
「今日は、どんな人が出て来るんだろう」とワクワクしていたものだ。

特殊能力としたが、訓練によるもの、やせ我慢するもの、はたまたマジックやうさん臭いインチキと様々。
司会の八木アナウンサーの話術も手伝ってか、テレビではどれも凄くて本物に見えるのだ。
記憶にあるものを並べてみると、
“インディアン夫婦のナイフ、トマホーク投げ”
(これは訓練による立派な大道芸、奥さんが立って旦那さんが投げていた)
“釘のベッドに横たわりお腹の上で岩石割り”
(釘と言っても接点が沢山あるから刺さる事はないけど痛そう)
“電球を食べる男”
(これは食べるのではなく口で割るだけの様に見えた。破片のほとんどが口の外へ)
“ストロー100本で口笛”
(口一杯にストローをほおばる顔は笑ったが、鳥のさえずりの様な綺麗な音色)
“鮭の干物のバイオリン”
(鮭の干物でバイオリンを作る職人さん。演奏後、壊して食べていた。八木さんも美味しいと言っていた)
“世界各国の国旗を見て国名を言える子供”
(この他に駅名とか言える子供もいた)
“整形手術を繰り返す70過ぎの老人”
(モテたくて手術を繰り返したサイボーグお爺ちゃん)
“丸鋸人間切断”
(肉片と血が飛び散る演出のマジック)
“ピストルの弾丸を口で受け止める男”
(絶対インチキ)
他の番組と記憶が混合してる感はあるが、調べて行くうちに色々と思い出してきた。

“熱湯を浴びる男”
地獄の釜ゆでよろしく熱湯風呂に入る屈強な人かと思ってたら、
よれよれのフンドシ一丁の痩せこけたお爺さんが出て来てズッコケた。
褌は、きりっと締めてこそ画になるのだが、お爺さんのはダラーンと伸びていた。
ともかくマイペースのお爺さん。
八木さんの質問も何のその、自分の武勇伝を喋り出す。
ここに火傷をおったとか、誰にもできるもんじゃないとか。
テレビの前の僕と兄はおかしくて笑い転げていた。
「なんだ〜このお爺ちゃんは〜!」
でも、こういう人が一変して凄い事をやるものなのだ。
さて本番、湯気立つ熱湯の入った大釜が現れた。
お爺さんは大釜の前に立つと両腕にシキミの束を持ち熱湯に浸ける。
そして気合いと共にそのお湯の雫が付いたシキミを背中に打ち付けるのだ。
ばしゃっ!ばしゃっ!
熱湯を浴びるとは、熱湯の飛沫を浴びると云う事だった。
これは、何処かの神事なのか、お爺さんの修行方法なのか。
「やー、やー」と気合いを入れて背中にシキミを打ち付けるお爺さん。
「これって凄いのか?」と子供の僕にとっては、お爺ちゃんが踊っているようにしか見えない。
その光景が変に間が抜けていて、僕等兄弟はやはり笑い転げていてしまった。
熱湯は熱い、たぶん本人は大変だと思う、けど我慢大会のレベル。
しかし、笑えると云う事で印象に残った記憶。

“スプーン奏者”
2個のスプーンを重ね持ち、身体に打ち付けてリズムを取る男性。
ショーマンなのか、タキシードで踊りながらスプーンを身体に撫で付けるように打ち鳴らしている。
近年、CMでみかけた打楽器だけの演奏に似ている。
しかし、あんなカッコいいものではなく、おじさん1人でチャカチャカ鳴らす演奏なのでちょっとちゃちい。
「これは、俺にもできそうだ、お母さん匙どこ〜」
と親父は台所からカレーライスのスプーンを2個持って来て見よう見まねでやってみる。
リズムカルとは言えないが、これが結構近い所まで出来てしまう。
「なんだ、簡単だ」
自分でも様になってると思ったのだろう、段々とオーバーアクションになってくる。
「わあ、お父ちゃんは上手いな〜」
お母ちゃんのこの褒め言葉に気を良くした父は、増々動きが派手になる。
しかし、テレビのおじさんのスプーンは重なっていると言っても背中合わせ。
父のスプーンは只単に重ねただけ、この違いを僕は発見した。
「お父ちゃん、それスプーンの向きが違うよ、こうだよ」
と指摘をする。
指摘された父は、スプーンの向きを変え改めて演奏。
しかし、今度は上手く鳴らない。
父は、不服顔。
「お父ちゃんは、これでいいんだ!」
とスプーンの向きを戻し、また演奏を気持よく再開した。
得意満面であった。
今となっては、スプーンの向きがどっちだったのか定かでない。

インチキでもなんでも楽しめた昭和のテレビ。
テレビを囲んで一家団欒。

木彫りのマジンガーZ

ccfc2b01.gifプールが割れ、巨大ロボットが現れる。
「パイルダー オン!」
日曜日の夜7時『マジンガーZ』が始まる。
言わずと知れた巨大ロボットアニメの生みの親 永井豪先生の傑作である。
西洋甲冑の様な出で立ちで斬新なフォルムもカッコいい。
しかし、一番の魅力は操縦機との合体であると思う。
多分、合体ロボもこの『マジンガーZ』からではないだろうか。
当時は、プラモデル、超合金、ジャンボマシンダーとオモチャも充実していた。
アニメのエンディングに映るマジンガーZの構造図に見入り、近い将来はこの様な巨大ロボットを操縦する日が来るだろうとワクワクしていたものだ。
しかし、現実はあんな巨大ロボットをあんな感じで操縦すると、人間は衝撃に耐えきれず死んでしまうそうだ。
夢が破れた瞬間である。

ある日、僕はアニメ『マジンガーZ』を楽しく観ていた。
主人公の兜甲児(かぶと こうじ)とヒロインの弓さやか(ゆみ さやか)との会話シーンでの事。
兜甲児が喋りながら何の気無しにやっている事が目に付いた。
兜甲児はナイフで木を削りマジンガーを作っているのだ。
カッコいい!
僕も作ろう!
マジンガーZの木彫りの人形を!
となった。

次の日、小学校から帰って来ると宿題もそっちのけで取り掛かる。
材料の調達は簡単だった。
建築会社を親父がやっていたので資材置き場に行けば木っ端が沢山落ちている。
僕は垂木の切れ端だろう手頃な木片を貰い元木とした。
まず、木片の表面4カ所にマジンガーZの前面、側面、後面を描かなければならない。
雑誌を資料に鉛筆で描いて行く。
上出来。思ったより上手く出来た。
これは仕上がりが楽しみだ。
ナイフは持ってなかったので使い慣れた彫刻刀で彫ることにする。
木の角を削って行く。
無心に削る。
途中、兄が何をやっているのかと様子を見に来て。
「あ、分かった!昨日観たマジンガーZの木彫りの人形を作ろうとしてるんだろう」
とちょっと興味ありげに話しかけて来た。
出来上がってから自慢しようと思っていたのにバレてしまった。

どれだけ時間が経ったのだろう。
木片の角はだいぶ削れてはいるがマジンガーの形にはほど遠い。
これではいつ出来ることやら。
夕ご飯とお風呂の後も僕は彫り続けた。
手が痛い。マメだらけだ。
しかし、マジンガーの形にはほど遠い。
こう云う木彫りの人形は何日も掛けてコツコツと彫るものだろうが、
僕の気持ちは「今日中に仕上げてみんなに自慢したい!」である。
無謀である。
彫刻の技術のない小学生が半日で木彫りの人形なぞ作れる訳がない。

次の日、木片を放り出し挫折していた。
根気がないと言えばそれまでだが自分の技術の無さに愕然としたからだ。
まあ、小学生だから当たり前と言えば当たり前。
放置された木片を兄が見つけ
「どうしたのこれ?」
「やめた」
「なんで?俺が作ってやろうか?」
「いい!」(断りの言葉)
兄が作ればさぞ良い物が出来るだろうが、多分凄く悔しい思いをすると分かったから断った。
当時、小学校で隣の席だったヨッツンにこの事を話すと、えらく興味を持ち。
「やめたんならその木を俺にくれよ。俺が作るから」と兄と同様の事を言いしつこく迫ってきた。
僕は、また兄と同様の理由で断る。

数年後、箱からこの木片が出て来た。
中学生になった僕は「なんだこのヘタクソなマジンガーZは!」と叫んでいた。(笑)

お年玉マンガ

ee36daef.gif小学校低学年の冬休みの事。
夕方、一人でテレビを観ていた。
偶然にアニメーションが始まる。
アメリカのカートゥーンで多分ハンナバーバラ社のアニメだったと思う。
『お年玉マンガ』と銘打たれ短編作品が数話、1時間くらい放映された。
マイナーな名前も知らないキャラクターがコメディ劇を繰り広げる。
これは面白い。
テレビをボーと観ていたのはラッキーだった。
アメリカのカートゥーン好きだった僕は夢中になっていた。

数話中で、今でも憶えているのが「三つ子の清掃夫」の話である。
三つ子と言っても変わった三つ子で、体が1つで首が3つのキャラだ。
キャラクター設定が良い。
オーバーオールを着て三人とも清掃夫らしい帽子を被っている。
ニューヨークの都会の大きなビルを清掃する。
長い廊下、ゴンドラに乗っての危険な窓ふき。
彼(彼ら)はその仕事を事ごとく失敗するドタバタコメディ。

何故、これだけ憶えているのだろう。
頭の中に引っかかっているこのキャラクター。
毎年、正月になると何故か思い出すのである。
不思議だ。

テレビを夢中で観ていたら兄が帰って来た。
これはチャンネルを替えられると覚悟したが、
「なんだこれは!このマンガは何時からやってたんだ!」と意外な反応で訊いて来る。
「○時からだよ」と教えると「くそ〜半分終わってるじゃないか」と非常に残念そうにしていた。
何か兄の琴線に触れたようだ。
残りの放映は兄弟で見入っていた。

多分、「子供の頃、こんなアニメがあったんだけど知らない?」と訊いても誰も知らないだろう。
ネット検索してもそれらしいモノは無かった。
こういう記憶は多々ある。

紅白歌合戦

884b12ee.gif子供の頃の大晦日と言えば、レコード大賞〜紅白歌合戦〜ゆく年来る年であった。
中でもこの“紅白歌合戦”は家族みんなで見るメインイベントでそれは楽しみにしていたものだ。
「ブルーコメッツは何番目に出るの?」
「白組応援にドリフターズが出るよ」
「ピンキーとキラーズって赤組?白組?」
「じゃあチェリッシュは?」
「また美空ひばりかよ」
「新御三家と中三トリオも出るよ」
「やっぱジュリーでしょ」
大晦日の新聞のチラシの中には紅白歌合戦の点数表なるものが入っていて、紅白別にその年の出場者、出演順が書いてある。
この点数表を炬燵の上に置き、歌手が歌い終わったら家族がそれぞれ点数を付け審査員気分を楽しむという何とも牧歌的な娯楽性もあった。

その年は新御三家が流行ってた。
郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の三人の男性アイドルである。
クラスの女子達も明星や平凡を見ながらキャーキャー言っていたものだ。
当然、“紅白歌合戦”にも出場が決まっていて若い子達にはメイン的存在だ。
そして、楽しみにいしていた“紅白歌合戦”が始まる。
家族が集まって炬燵を囲み1つとなった。
歌を聞き入る家族。
白組の郷ひろみの番になる。
なぜか舞台に出るのに手間取っているようだ。
衣装が特殊なのか歩きずらそうに見えた。
周りの出場者が「新御三家だからお前等も出て盛り上げろ」と言わんばかりに秀樹と五郎もステージに出るよう即す。
そして曲が始まった。
名曲『男の子女の子』である。
そこで僕と兄は大爆笑してしまう。
郷ひろみがなんと王子様のコスプレだったからである。
そうドリフのコントとかで見るあの王子様ブルマと白タイツの出で立ちだ。
「ぎゃはははは、何じゃありゃ!」
純粋な少女達から見ればすてきな王子様ルックでも僕等悪ガキから見ればドリフである。
そしてバックで盛り上げようとする秀樹が輪をかけて爆笑の渦を作った。
「GO!GO!Let's go!」と奇声を発し踊り狂っているのだ。
野口五郎は1人恥ずかしそうに手拍子でリズムをとっている。
またそのギャップも面白い。
もう兄弟で大受けの大爆笑。
この年の“紅白歌合戦”は大変面白かった。

娯楽の少ない昭和の時代、“紅白歌合戦”は家族を一つにする大晦日の風物詩であった。
景気悪化が叫ばれる昨今、大晦日は家で過ごす方達が多いと思う。
ここで“紅白歌合戦”ですよ。

アンデルセン物語

8dcbe8d1.gif“アンデルセン物語”は、みにくいあひるの子、親指姫、マッチ売りの少女など、昔からの童話の定番でみんな知っていると思う。
小学校2年生の時、カルピスまんが劇場で“アンデルセン物語”をやっていた。
ムーミンの後継番組で,ムーミン好きだった僕はそのまま“アンデルセン物語”を観るようになった。
チャンネル争いが無かったので兄も一緒に観ていたはずだ。
調べてみると、1971年1月から同年12月まで全52回の放送(フジテレビ系)があったみたい。
製作は、なんと虫プロダクションだ。

そして、このアニメにはオリジナルのキャラクターが登場する。
キャンティとズッコと言う妖精である。(最初はリスかと思ってた)
物語の中で良い事をすれば魔法カードが貰えると言う設定で、この2人(匹?)が物語の案内役も兼ねて活躍する。
集めていたのはもっぱらキャンティの方でズッコはアシスト役であったようだ。
物語の終わり間際、その時の功績に応じて魔法カードが何処からとも無く2枚とか3枚とかキャンティに支給される。
「100枚集まるとお嫁さんになれる魔法が習える」とよくキャンティは言っていた。
そしてこの2人(匹?)の声優さんがなんとビックリ、増山江威子(キャンティ)さんと山田康雄(ズッコ)さん。

“アンデルセン物語”とは、保育園とか幼稚園で観る絵本とか紙芝居で、ただ漠然とかわいそうな話としか認識していなかった。
しかし、僕はこのアニメで“アンデルセン物語”の良さを知り、そして毎週胸を熱くし涙したのだ。
なかでも一番好きだったのは“旅の道づれ”と言う物語。

旅をする貧しい少年が墓荒らしと遭遇し、追っ払う。
墓を元どおりにし、旅を続けると不思議な青年と出会う。
飄々として人を食った様なつかみどころのないヤツだ。
その青年は「旅は道連れって言うだろう」と言って少年に同行する。
それからと言うもの不思議な青年は少年が困った事に遭遇すると、知恵と道具を与え全て解決してしまう。
そして、いつしか二人の友情は固いものになって行くのだった。
ある日、少年は城のお姫様のお婿さん募集に立候補する。
そして数々の難関を不思議な青年の助けでクリアしお姫様と結婚するまでに至るのだ。
エンディングでは、少年の「一緒に城に住もう」という申し出を断り不思議な青年は旅立って行く。
「君はいったい何者だい?」
「よく言うだろう。旅は道連れって」と言い残して去って行く。
青年の正体は墓荒らしにあっていた墓の主であった。

うろ覚えだがこんな感じだったと思う。
アニメが終わり、エンディングの“キャンティのうた”が流れるとより一層胸が熱くなる。
涙、涙、涙。

学校で“アンデルセン物語”の話をすると「おまえ、あんなもん観てんのかよ」と馬鹿にされた。
プロフィール

オカチン

あーかいぶ
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