では、さっそく「『もののけ姫』を10倍面白く見るための冒頭10分を完全攻略」という話を始めたいと思います。
 これが『もののけ姫』のタイトル画面です。
(パネルを見せる)
『もののけ姫』タイトル画面
 こんなふうに「もののけ姫」という文字が大きく映るんですけども。このタイトルの後ろには、何か模様が描いてありますよね?

 これは何かというと“土面”なんです。縄文人達が身につけていたと言われる、縄文時代の遺跡から発掘された、土を軽く焼いて作ったお面みたいなもの。
 実際は、こんなお面です。
(パネルを見せる)
「土面」
 Googleで「土面」と検索すると、こういう参考画像がいっぱい出てきます。

 タイトル画面のバックには、こういった土面の模様が表されているんです。
 これは、絵コンテにも「土面に朱色で塗られた模様である」と書いてあるんですけど、パッと見ただけでは、なかなかわかりにくいですよね。
 なので、今回は一応、このタイトル画面から「もののけ姫」という文字を抜いた画像も用意しました。
(パネルを見せる)
タイトル画面の文字抜き
 これがその模様なんですけど。
 これでも、何が描いてあるのかよくわからないですね。なので、わかりやすくするために、ちょっとなぞってみましょうか。……すみませんね「そんなの、あらかじめ書いとけ!」っていう話なんですけど。
(パネルにマジックで書き足し、線を強調する)
タイトル画面の模様
 こんな感じかな? 見やすくなってればいいけどな。こういう感じなんですね。

 これ、何かというと「一つ眼の怪物に角が何本も生えている」という絵なんですよ。

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 この土面に描かれているのは、縄文的な模様であると同時に「一つ眼の怪物に“シシ神”の頭が付いている」という絵なんですよね。
 『もののけ姫』のクライマックスで、シシ神という、生と死を司る、猿みたいな顔したシカみたいな神様が出てくるじゃないですか。“その冠を被っている一つ眼の怪物”なんですよね。
 つまり、タイトルのバックに表示されるこの模様は、アシタカの物語を後世に伝えるためのものなんです。

 “一つ眼”というのは何を表しているかと言うと「鉄を作る」ということなんです。
 かつては、いわゆる山の民と呼ばれる者たちが、鉄鉱石とか砂鉄を採ってきて、それを炉に入れ溶かして鉄を作っていたんですけど。そういった作業をする人達は、片目で熱い熱い炉を見続けることになるので、みんな目が潰れちゃったそうなんです。
 そのおかげで、日本各地には「山に一つ眼の怪物がいる」という伝説が残っているんです。そういった一つ眼の怪物の伝説というのは、全て、近くに鉄鉱石が採れたり、砂鉄が採れたりする地方なんだそうですね。
 そういうふうに、日本には「鉄の民というのは必ず片目」というルールがあると思ってください。

 そして、この絵は「片目が潰れた鉄の民」を表現していると同時に、「森の神様を殺して、その角を譲り受けた」ということも表しています。

・・・

 これについては後半で詳しく説明しますけど、実は『もののけ姫』というのは『風の谷のナウシカ』の復讐戦なんです。
 『風の谷のナウシカ』で、ファンタジーとして描いた物語と全く同じ話を、宮崎駿がもっとリアルに作った作品なんですね。
 なので、この2つの作品は、わりと対応するように作られているんですよ。

 例えば、『風の谷のナウシカ』のオープニングでも、本編での主人公のナウシカ自身の活躍が伝説となった未来に描かれたタペストリーが写った後で、そんなタペストリーに描かれた絵とダブらせるようにして、ナウシカが初登場するんです。
 そして、『もののけ姫』のオープニングというのも、土面に描かれたアシタカの伝説とダブらす形で、アシタカが初登場するようになっているんです。
 つまり、『ナウシカ』と『もののけ姫』は、全く同じ構造で本編のヒーローを紹介しているんですよね。
 まあ、『ナウシカ』の時は、すごくわかりやすいタペストリーからの主人公の登場になっているんですけど。なんせ『もののけ姫』は「『ナウシカ』はちょっと子供っぽ過ぎた」という反省の元に作られているので、ここらへんはメチャクチャわかりにくいんですけど。

 『もののけ』では、本編で描かれるアシタカの物語がふるさとの村に伝わって“我らが王子の冒険を称える図案”として、残っているわけですね。
 つまり、物語が終わった後も、アシタカはタタラ場に残りました、と。そして、タタラ場の仕事を継いだので、当然、片目は失明したのだと思われます。その結果“一つ眼のアシタカ”というような名前になったんでしょう。
 この土面に描かれた図案は「一つ眼のアシタカ王子が、シシ神を倒し、その角を受け継いだ」という意味なんです。

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 こういった土面に込められた意味が、なぜわかりにくいかというと。皆さんの予想通り、これはもう全て鈴木敏夫が悪いんですよ。
 鈴木敏夫が、この作品を『もののけ姫』というタイトルにしてしまったからなんですよね。
 宮崎さん自身は、『もののけ姫』ではなく、『アシタカせっ記』というタイトルを考えていたんです。この“せっ記”というのは宮崎さんの造語で、「〇〇伝説」みたいな意味だと思ってください。つまり「アシタカの伝説」みたいなタイトルだったはずなんです。
 「アシタカの伝説」という触れ込みで見始めれば、みんなも「主人公はアシタカという男なんだ」と思って物語を追い掛けて行ったと思うんですけど。でも、途中で『もののけ姫』にされちゃったんですね。

 これと似たようなことは、僕も昔『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を作った時に経験しました。
 スポンサーだったバンダイさんから、最初「この映画のタイトルは『リイクニの翼』にしてくれ」と言われたんですよね。
 「いや、リイクニは主人公じゃありませんし、彼女が主人公だと思わせるタイトルを付けたら、話が歪みます」って言ったんですけど、向こうは、ヒットした劇場アニメである『風の谷のナウシカ』みたいに「〇〇の☓☓」というタイトルにしたかったみたいなんです。その結果、「リイクニが抽象的な意味で翼を得る」みたいな意味で『リイクニの翼』というタイトルでいいじゃないか、と。
 その時は「映画館に来た人達は、ちゃんと彼女は主人公じゃないってわかるから、大丈夫だよ」って言われたんですけど、そんなことをやったら絶対にダメなんですよ。
 それは、本来『アシタカせっ記』として作られたこの映画を、『もののけ姫』というタイトルにしてしまったばっかりに、観客の印象が大きく歪められてしまったことからも明らかなんです。
 このタイトルの改変は、宮崎駿もすごく嫌がったんですけど、鈴木敏夫が「金曜ロードショーの放送内で先に発表してしまう」という方法を取って、無理矢理このタイトル変えてしまったんですよね。

 このタイトルの改変については、例えば『風の谷のナウシカ』のタイトルを『大怪獣 王蟲』にしたらどうなるかを考えてください。
 あの映画が『大怪獣 王蟲』というタイトルだったら、ついついみんな「これは王蟲という怪獣を退治する話なんだ」とか、「誰が、どんな方法で退治するんだろう?」とか、「ラストで王蟲は森に帰るけど、まだ生きてる。次は王蟲は何と戦うんだろう?」みたいに、まるで『ゴジラ』を見るのと同じように、物語を追うことになっちゃうんですね。
 反対に、『ゴジラ』という映画が、もし『科学者芹沢の悩み』みたいなタイトルだったとしても、全く違う文芸作品ぽい受け取り方になってしまいます。
 タイトルによる印象って、それくらい大きいんですよ。

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 元の『アシタカせっ記』だと思って見ると、この映画もわかりやすくなるんです。
 しかし、タイトルを『もののけ姫』に変えられてしまった。
 なので、宮崎駿は、わざとらしいくらいに『ナウシカ』と同じシーンを入れて「これはこういう意味だから、間違わないようにね!」と、いくつもいくつも注意点を作っているんです。
 ただ、そういった「これは『ナウシカ』と同じ意味だよ」という誘導が、あまりにも知的というか、頭が良すぎて、僕ら凡俗には上手く伝わらないんですよね(笑)。
 タイトルのバックに映る土面についても、宮崎駿は「これが映るということは“縄文人の文化”だってことは誰にでもわかるよね?」というふうに出しているんですけど。そんなのわかるはずがないんですよ。

 そして、土面ということは、つまり「こういったアシタカの物語を、彼の故郷の蝦夷の村に残った元・婚約者であるカヤの子孫か、もしくはサンの子孫が後世に伝えた」というふうにも考えられます。
 つまり、このお面は「我が一族の王子・アシタカの偉大さを思い知れ!」みたいなものなんですよ。

 さて、「カヤの子孫が伝えたかもしれない」と言うと、本編を詳しく知っている人は「え? ちょっと待って。アシタカが故郷に残してきたカヤには、子供がいないんじゃないの? だって、アシタカのことをずっと思い続けますって言ってたじゃん!」って言うと思うんですけど。
 カヤには、ちゃんと子孫がいるんですよ。それを示すシーンは、映画の中にもちゃんと出てきているんです。
 だけども、僕らにはよくわからないように描いてるんですね。
 こういった、多くの人にはわからない伏線の数々を、丁寧に解いていくというのが、今回の前半の目的です。


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この記事は『岡田斗司夫ニコ生ゼミ』10月21日(#253)から一部抜粋してお届けしました。

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