では、“ブラナウシカ”の第1のポイントですね。
 アバンタイトルの中に「王蟲が出てきて大暴れして、襲われていたユパをナウシカが救う」というシーンがあるんですけども。……ここら辺は、もう皆さんも本編を見たと思うので、それぞれの脳内で再生してください。
 王蟲に襲われていたユパは、かつての教え子・ナウシカに救われます。メーヴェに乗ったナウシカから「あっちの砂丘の上で集合!」と合図されたユパは、ナウシカの成長に驚きます。「あれはナウシカだったのか」と最初はわからなかったわけですね。驚きながらも砂丘の上に登ります。

 すると、そこには奇妙な塔がたくさん立っています。これが、ブラナウシカ第1のポイント“蟲除けの塔”ですね。

 ユパが登っていくと、砂丘の上に石造りの塔が立っていて、そこには奇妙な風車がとりつけてあり、ブーンという音を立てています。
(パネルを見せる)
砂丘の上に石造りの塔
 これは、絵コンテによると“蟲除けの塔”というもので「風で風車が回転すると、蟲にとって嫌な音が発生する」というふうに書いてあります。
 わかりにくいんですけど、風車の羽の真ん中に小さい穴が開いてるんですね。この羽が回転することによって、穴の中を空気が通って、ナウシカが持っている“蟲笛”みたいに、低周波の音が出る。これが蟲が嫌がる音らしいんですよ。
風車の羽に小さい穴
 つまり、「腐海から風の谷に飛んでくる蟲を防ぐためにこの塔がある」という設定になっています。
 まあ、いわゆるモスキートガードみたいなもんですね。なんか、乾電池1本で超音波を出して虫を寄せ付けないようにするモスキートガードという商品があるんですけど、あんな感じのものだと思ってください。

 蟲除けというだけでも、まあ、結構、大変な仕掛けなんですけど。僕が思うに、この塔の役割はもう1つあって「風の強さや方向を示す」というのもあるんじゃないかな、と。
 風の谷という場所がなんで存在出来ているのかというと、海の方向から拭き上げてくる風が、腐海から飛んでくる胞子や瘴気、つまり猛毒から、住んでいる人を守っているからなんですね。
 つまり、風というのが全てなんですよ。その風が止まったり、もしくは逆に吹いたら、すぐに村は滅びてしまうわけですね。
 これについて、宮崎駿自身も「もちろん、風は時々違う方向から吹くことはあるので、それなりに生き残る術も仕掛けも彼らは考えてます」と書いているんですけど、それが具体的にどういうことなのかは説明してくれてないんですね。
 だから、僕らは、この見せられてる材料の中から「もし、風の谷の風が逆流したら、どうやって彼らは生き残ろうとするんだろう?」ということを読み取る必要があるわけです。
 その1つが、この蟲除けの塔なんですけど。

 いくつか立っている蟲除けの塔には、ギアボックスみたいなものが付いているやつがあるんですね。つまり、風車の回転数が変わったら、すぐにわかる仕掛けになっているんですよ。
 おそらく、風向きとか風速とが変わったりすると、蟲除けの音ではなくて、別の音を発する。もしくは、蟲除けの音を発しながらも別のカチカチいう音とか、もっと高い音とかを出して、風の谷にいる耳がいい人に知らせるような機能もあったんじゃないかというふうに、僕は考えています。
 これは、あくまでも僕の想像なんですけども、こういう想像をまじえつつ、「宮崎駿が何を描こうとしてたのか?」というふうに風の谷の世界を読み解いていくというのが“ブラナウシカ”なんですね。

・・・

 この“蟲除けの塔”という機能自体は、絵コンテに書いてある設定です。「その他にも、風の方向がわかるような仕掛けがあったんじゃないか?」というのは、僕の想像です。
 次に、ここからは画面からの読み取りです。

 この塔は石で出来てるんですよ。
 なぜかというと、さっき「この砂みたいに見えるものは、実は砂ではない。これは錆とセラミック片だ」と説明しました。この世界には、すでに鉄なんてものは存在しないんです。

 これを、宮崎駿は映画を作ってる最中に高畑勲に話してるんですよね。「この世界の砂に見えるものというのは、全てセラミックの欠片であって、もう普通の砂とか土というのは存在しない」って語ったんです。
 すると、高畑勲はすごく面白がって、「ああ、そういう世界で生きている人の話なんだ! それ、すごいよ! ちゃんと描いた方がいいよ! その方がちゃんとSFになるし、そういう中で生き抜いている人達の力強さを描くというのは、意味があることだと思う!」って、大喜びで言ったんですよ。
 だけど、宮崎駿は「そんなの描いてる暇ないよ。だって、2時間しかないじゃん」って言ったもんだから、もう、2人で大喧嘩になったそうなんですよね。

 高畑勲は「頭の中だけで設定しても意味がないだろ! そうじゃなくて、考えたんだったらそれを描けよ!」と言ったんですけど、宮崎駿は「いや、それをやってると何も描けなくなるよ!」と。
 つまり、後に『おもひでぽろぽろ』で、紅花を作るプロセスを延々と描くことになった高畑勲と、「あんなの描いても仕方ない!」と怒り出す宮崎駿の差というのが、もうこの時から現れてきているわけですね。
 そういった日常のディティール、「その世界に何があって、どうやって生きているのか?」というのを、まず描くべきだ。そのためには、見た目の面白さがなくなってしまうのも致し方なし、と高畑勲は考えるんですけど。
 でも、『ルパン三世カリオストロの城』という、面白さの塊みたいな映画を作ったにも関わらず、その映画がコケちゃって、何年間も干されていた宮崎駿としては、「ちょっと待ってくれ! これは俺にとって最後のチャンスなんだ! ちゃんと当てなきゃいけないんだから、面白いお話を展開させなきゃ!」という思いがあったんです。

 そんなわけで、「事件を描かないと話が進まない!」ということで、宮崎駿の作品には、絵の中で描いてはいるんですけども、お話の中では全く説明していない設定がいっぱいあるんです。
 その1つが、この石造りの塔なんですよ。
 ブラナウシカとしては、「本当は風の谷というところがどういうところなのか?」っていうのを、出来るだけ宮崎駿の頭の中を再現して語ってみたいと思うんですけども。

・・・

 さっきも言った通り、この世界には、もう鉄は存在していないんです。
 なぜかというと、全ての素材は大昔にセラミックに置き換えられているからなんですね。鉄とかそういう素材は既に堀り尽くされていて、全てセラミックに焼き替えられているんです。

 ここで言うセラミックというのは“スーパーセラミック”という、宮崎駿が設定した架空の素材なんですけど。
 このスーパーセラミックというのは、僕らが今、考えているような陶器ではなくて「どんな薄さであろうとも、どんな強さであろうとも、どんな柔らかさであろうとも自由自在に再現できる夢の素材」なんです。
 だから、これが発見された未来の世界では、誰も代わりになる材質を探したり使ったりすることを考えなくなってしまったんですね。
 宮崎駿は、これを指して“セラミック文明”と言っています。本当に、着てるものから何から全てがセラミックで作られるようになってしまったんです。

 これ、何かというと、僕らの“石油文明”の置き換えなんですね。
 かつて150年くらい前までは全く存在しなかったプラスチックとか石油製品というものが僕らの生活の中に入るようになり、今や、僕らは木綿の服を着てるような気がしてても、その中には印刷素材として石油製のインクというものが使われていたりと、とにかく、生活のありとあらゆるところに石油が使われるようになっています。
 これが僕らの文明なんですけど、宮崎駿が考えた未来というのは、それがさらに進化していて、全てのものがセラミックで作られるようになり、それがあまりにも便利だから、もう柔らかさであろうと、硬さであろうと、色であろうと、耐久性であろうと、あらゆる点においてセラミックが最高なものだから、「他の素材なんかもう使わなくていい」となってしまっているんです。
 そして、このスーパーセラミックを作る過程において、現実のセラミックのように「粘土から焼く」というだけではなく、いろんな素材からもセラミックが作られるようになったもんだから、それまでにあった普通の木材とか鉄という当たり前のものも、全てセラミックに焼き替えられてしまった。
 なので、この世界には、実はセラミック以外の資源というのは全くなくなってしまっているんです。ただ、セラミックだけがいっぱいあるだけで。
 もちろん、その破片から、もう一度セラミックを作る技術があれば、それでも構わないんですけど。一旦、セラミックを再生する技術が崩壊してしまった後なので、“リサイクル不可能なセラミックしかない世界”というのが生まれてしまったんですね。
 その砂漠が延々と広がっているという、もう、全く引き返しがつかない世界が来てしまっているわけです。

 なので、風の谷にある金属の金具に見える部品、例えば、風車とかに使われている金具に見える部品も、だいたい全て、かつてセラミックだった塊から削り出して作ったものが多いんです。
 『ナウシカ』の世界では、新たに作ったものというのが、すごい無骨な形をしてるんです。それはなぜかというと、鉄とか真鍮のような扱いやすい金属というのが、もう全くなくなってしまっているからなんですね。
 そうではなくて、掘り出したもの、例えば風の谷の“ガンシップ”とか、後に出てくるペジテやトルメキアの大型の船をそのまま使うことはあるんですけど。そういうものでも、一度修理することになったら、そのための部品は、もう一からセラミックの塊を似たような形に削り出すしかない。それ以外に、素材なんてないからですね。

・・・

 この蟲除けの塔というのは、産業文明が崩壊する前には存在していなかったものなんですよ。当時は蟲もいなかったので。
 なので、ゼロから作り出さなきゃいけなかった。
 そうすると、もう風の谷は、ぶっちゃけ、一度、石器時代に戻るしかなかったわけですね。もう、小石を積み上げて、この塔を作っているんですよ。
 たしかに、風車の部品とかそういうものは、なんとか残っていたものとか、もしくは風の谷に生えている木とかで、ある程度は作れたりするし、あとはセラミックの破片を削ったり出来るんですけど。土台の部分は全て、砕け散ったセラミックの小石を積み上げて、石器時代に戻って塔を作っているわけですね。
 風の谷の建物が、レンガや土とか石で出来ているのはそのためなんですね。一度、石器時代に戻ってしまったから。

 これは大袈裟な話ではなくて、ヨーロッパを科学文明で支配したローマ帝国が崩壊した後、ヨーロッパ全体が一気に石器時代まで退化してしまったという歴史的事実がモデルになっているんです。
 すみません、ちょっと面倒くさい話になっちゃうんですけど。ローマ水道とか大理石の建物で有名なローマ文明というのが、かつてヨーロッパにあったんです。しかし、このローマ文明の維持には膨大な森林資源が必要だったんですね。
 そして、このローマ帝国は、ヨーロッパ中の森林、森の木を500年あまりで切り尽くしてしまいました。
 もちろん、ローマ帝国というのは異民族の侵入で滅んだんですけども、一旦、文明が滅んでしまうと、その後、誰も水道とか大理石の建物を修理することが出来なくなったんですよ。もう、どうやってやって作ったのかわからないし、基礎となる森林もなければ材木もなくなっちゃったので。こうなると、木で建物を作っていた時代にすら戻れないんですね。
 だから、ローマ文明が崩壊した後、およそ千年近く、ヨーロッパ全体はほとんど石器時代に近い段階まで戻されたところもあれば、なんとか騙し騙しながら、かつての水準を保とうとしているところもあったんですけども。再び森が復活して、ルネッサンスが始まるまで“暗黒の中世”と呼ばれるような時代が続きました。

 風の谷も同じなんですよ。
 現代を生きる僕らは、スマホがないと何も出来なくなっちゃってますよね? 同じように、セラミック技術とか遺伝子工学で作られた生物の助けなしには、もう、今から800年後の人間は生きていけなくなったわけですね。
 その文明崩壊から千年経って、ようやっと風の谷の人達は、ポスト・セラミック時代を終えて、石器時代よりはちょっとマシな時代に移行している。
 『風の谷のナウシカ』というのは、そういう時代を描いているんです。それが、この蟲除けの塔の石造りの構造からわかるわけですね。


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この記事は『岡田斗司夫ニコ生ゼミ』1月6日分(#263)から一部抜粋してお届けしました。

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