あとがき

「どうやって思いついたんですか?」とよく聞かれる。
この洗脳社会論のことである。実は、大学で講義をしている最中に突然ひらめいたのだ。
「アメリカの南北戦争とは、第一の波・農業革命と第二の波・産業革命とのぶつかりあいである」といった話の時、突然「自由洗脳競争」という言葉が頭の中で 閃いた。一瞬でこの本に書いた内容が、頭の中でババババッ。と組み上がった。そして、今まで引っかかっていたいろいろな問題が頭の中ですっきり整理された 気がした。
以前から気になっていた『第三の波』と『知価革命』という二冊の本。自分の周りに起きつつある変化、それらがものすごい勢いで再構築されていった。
数秒後、僕は講義を再開し、学生たちにはなぜ僕が突然黙り込んでいたのかわからずじまいだったろうと思う。が、その日はずっと僕の頭の中は「自由洗脳競争」のことでいっぱいになった。
「じゃあ、あれもこうに違いない」「このこともこう説明できる」。頭の上のでっかい洗面器の中に考えがいっぱい入っていて、歩くとタップンタップンこぼれ そうで、気をつけながら歩いて帰った。我慢のできない僕は、帰ってすぐ嫁さんをつかまえて「ペラペラペラペラ〜」と話した。結構、面白がって聞いてくれ た。


それからは、友達にも知り合いにも、会う人にどんどんペラペラペラペラ〜と話した。会えない人には電話までして話した。相手の反応を見ながら、面白がって くれたことは詳しく説明し、ピンとこないようなら例を変えて話してみた。人によって興味を持ってくれる個所は違ったけれど、聞き終わったときは必ず「おも しろい!」と言ってもらえた。
そんなわけで、朝日新聞社の木元俊宏氏に話したのも、だれかれかまわずの一環だった。彼はみんなと同じようにおもしろがって聞いてくれたあと、「岡田さ ん、これは本にして出しませんか」と言ってくれ、その上すぐに同社書籍編集部の角田暢夫氏を紹介してくれた。僕はここでも絶好調で、「ペラペラペラペ ラ〜」と二時間以上も話した。
角田氏も「おもしろい。一つのまとまった世界観がある」と言ってくれ、そして僕のような素人の本を出すことを編集会議で通してくれた。
そのころ、僕はこの「洗脳社会」を少なくとも数十人の人たちにペラペラしたあとで、考えもまとまり、効き目のあるたとえ話のストックも豊富になっていて、 自信満々だった。ところが、ワープロに向かうと何を書いていいのかさっぱりわからない。紙に向かってみても同じだ。早く書かねば、ちゃんと書かねば、と思 うほど緊張して、目の前真っ白である。おまけに無理矢理書いても全然おもしろくない。それを聞いた嫁さんは、「無口な人っているけど、あなたは無筆な人な のね」などと気楽に笑いやがった。
そのとき僕は気がついた。根っからの芸人の僕は、目の前に人間がいないとダメなのだ。おもしろそうな顔をしたり、不思議そうな顔をしたり、えっと驚いたり、そんな顔を見て、自分の話したことに手応えを感じながらでないと、何も語れないのだ。
今さら「実は無筆なので書けません」などとは言えない。今の出版界で、実績のないズブの素人の本を出すことがどんなに困難かは、いろんな人に脅されて知っ ていたからだ。仕方がないので、嫁さんを目の前に座らせ「ペラペラペラペラ〜」と話し始めた。彼女は猛烈な勢いでメモを取る。この奇妙なセッションが三ヵ 月以上も続いた。
完成したメモを見て驚いた。ものすごい量なのだ。話し終わって気が済んだ僕の頭は空っぽで、何も憶えていない。以前僕から聞いたことも足して書いたと言うが、結局全部僕が話したことらしい。いやあ、オレって結構やるじゃん。
積み上げられた膨大なメモを、順番を入れ替えたり手直ししたりして整えると、あら不思議、あっという間にこの原稿はできてしまった。ヒーヒー悩んでいたのが嘘のようだ。その分、嫁さんは大変だったようだが、気楽に笑っていた罰に違いない。

この情けない告白からおわかりの通り、この本は私一人の作品とはとても言えない。僕の話を聞いてくれた人たちや、僕の話をまとめてくれた嫁さん、みんなと の共同作品と言うべきものだ。彼らの協力がなければ決してこの本は生まれなかったに違いない。というわけで、この場を借りて、僕の話を一文の得にもならな いのに長々と聞いてくれた人たちすべてに感謝したい。
とにかく最初に「おもしろい!」と言ってくれた木元俊宏氏と唐沢俊一氏。現役の大学生の感想を提供してくれた「大学を面白くする会」の諸君。完成した原稿 をチェックしてくれたNIFTY−Serveの電子上の友人たち(佐藤良平、知念伸男両氏、感謝!)。眠田直、竹熊健太郎、渡辺繁、佐々木果、椹木野衣、 神村靖宏氏ら尊敬する先輩方には丁寧な意見・アドバイスを頂いた。何よりも朝日新聞社書籍編集部(当時)の角田暢夫氏は、この本の生みの親だ(今までいろ んな本のあとがきについてる「〜氏らに感謝する」なんて文章は、社交辞令だと思ってた。いや、ほんとに著者一人からでは何も生まれないんだよな)。会った こともないが、A・トフラー氏と堺屋太一氏には一生、足を向けて寝られない。『第三の波』と『知価革命』がなければ、すべては始まらなかったからだ。
またいつか突然、ヘンなことを思いついて、頭の中がタップンタップンになったら本にして出したいと思っている。もちろんその時はまた、みなさんのおもしろそうな顔を求めて僕は話しに行くはずだ。懲りずにつきあってやってくださるよう、お願いしたい。

一九九五年九月十一日
岡田斗司夫