コーおじさんの種まきブログ

定年の随筆集「農、教育、人生ーコーおじさんの七転八倒半生記ー」のその後、スローライフ協会の五つの種まきと松阪農業公園ベルファームのできごと、また人生についての「つぶやき」を、月に数回程度を目処に書いていきたいと思っています。ご意見・感想をいただける場合にはkohara@xf6.so-net.ne.jpへお願いします。

久しぶりの遠くでの学会―九州高千穂での村研大会への参加

 定年後はベルファームの方が忙しくて学会にもあまり行けなかったが、10/26-28に九州の高千穂町で開催される日本村落研究学会には参加することとした。延岡で研修医をしている末娘に会う楽しみも会ったから。25日午後の会社の政策会議に出てから大阪のホテルに一泊、26日7:15新大阪発の新幹線で熊本へ。熊本からは学会が調達したバスで、熊本空港で学会参加者を乗せ、五ヶ瀬ワイナリー、天岩戸神社、廃線となった元高千穂鉄道のトンネルの焼酎貯蔵庫などを見学して宿泊施設のホテル高千穂に着いた。
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視察旅行で訪問した通潤橋や棚田

 この学会のユニークなところは宿泊は基本相部屋でいろんな人と仲良くなることである。今回私の同室者の一人T氏は学部は法学部を出て社会福祉関係で博士の学位を取った現場重視の研究をしている先生である。福島の原発事故により長期的な避難生活を強いられている子供の福祉・教育問題など日の当たりにくい社会問題をコツコツ研究して、本なども書かれているユニークな先生であった。
 もうひとりF氏は医療法人の理事兼事務スタッフをしながら医療関係のみならず広く人間のことを学び、仕事に活かすとともに将来時間ができれば大学院へも行きたいという向学心旺盛な中堅メンバーでした。現場を大事にし学ぶ心を失わないヒトとは共感し合うことが多いです。

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 同室のT氏と朝早くでかけた高千穂峡

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 神楽や元のJR線を活かしたトロッコ列車で町おこし

(数日後に準備できていたのに、県史研究に投稿の原稿に時間を取られなかなかアップできませんでした。そちらも二日前にコメントをもらったあとの最終稿も提出できたので…)


3つのテニスボールの不思議―洗濯物が絡まない

 洗濯をする時、袖の長いものとか、紐がついているものとかは他の洗濯物などに絡みがちです。それでいちいち洗濯ネットに入れて洗っていました。先日テレビで3つのテニスボールを入れておくと洗濯物が絡まないと言っていたので、やってみると見事に絡まないで仕上がっていました。たとえ一回数分としても時間の節約になるのでありがたいことです。

 洗濯といえば、風呂の残り湯を利用している人は少なくないと思いますが、私も確か最初に家を建てた時に、風呂の残り湯をそのまま洗濯機に導いてくる管を設置して使っていました。やがてこの装置が壊れてからは揚水ポンプを使っています。残り湯は保温シートと蓋で保温しておくと翌朝もかなり温かいので、汚れがよく落ちますし水の節約にもなります。

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元の留学生たちとの再会と中国社会の変化―その②―

早い人は1992?年から指導教師を引き受け、94年には修了していっている。退官の年の2008年まで16年間で主指導教授として出した留学生の博士は5人(内中国人3名)、修士12名(内9名中国人―博士と両方取った人は含ます)だったと思う。副指導教授としてはおよそこの2倍くらいいると思う。

研究生のときから長く研究室に居た人は5-6年の人もいるが、それでも年次が空いているとお互いに顔も知らないのであるが、どうして十人も集まってくれたのかな?と疑問に思いながら中国へ向かったのだが、秘密?は前回の述べた微信wechatにあった。

 集合場所は蘇州駅から車で小1時間ほど離れた太湖景区宝島花園別荘でしたが、みんな微信というLINEのようなコミュニケーションツールで連絡を取り合って、続々と初めての場所に集まってきました。北は瀋陽市、西は蘭州市、南は昆明市から飛行機と汽車や車を乗り継いで集まってくる中国人のたくましさを感じます。

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   別荘に集まってくれた中国元留学生

蘇州の太湖景区宝島花園別荘での二日間、そして上海での一泊二日、皆さんにはとてもよくしてもらい、ほんとにとっても嬉しかったです。卒業して十年あまり、集まってくれた人は今や大学の先生5人、会社での活躍3人、ご主人を支え子育て中のママが2人。皆さんお忙しいのにほんとに有り難いことでした。

私は自分の先生から教師は自分を超えるような学生を教育するのが目標だと言われ、私もそれを目指してきましたが、今回皆さんの立派に成長されている姿を見てとっても嬉しかったものです。

 

 三重大の三翠学園に学んだご縁かお互いに久しぶりにあっても親しく深い議論をされているように見えたのは、中国人のたくましさを差し引いても嬉しいものでした。

皆さんの今の活躍を聞くだけで十分なのにお土産などもいただき、中国四千年の歴史や中国人の懐の深さなど改めて勉強させてもらいました。

 王さんからは荷物になるからお土産は持ってこなくていいと言われていたので、みんなで食べる菓子など以外は買っていかず、その代わりに笹原さんの燻し竹で作った靴べらを11本持っていった。

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  燻竹の靴べら        泊めてもらった立派な部屋

 

 私も44歳の時に十ヶ月留学させてもらった経験がありますが、外の世界を知ることによって、物事を相対的に客観的に見ることができるプラス面が付け加わりました。中国のような大国は国を治めていくことも難しく、いろいろと外の世界を知ることがしんどいこともあるかもしれませんが、人生という中で考えると留学によって多様な視点や見方を身に着けてくれたことは大きなプラスだろうと思います。

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  手づくりの蘭州ラーメン    手際よく作ってくれた中国料理

中国は少し低下したとはいえなお経済は高度成長で、金金の弊害もありますし、強権の監視社会ですが、日本で薄くなった恩義にあつい、多様でしたたかな文化も残っています。外の世界を知った留学生たちはその分苦労もあるでしょうが、よく社会を観察していることも嬉しい事でした。

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  上海の精進料理                     虹橋ホテル

 

 無事に帰国して、下記のような文をしたためて感謝のメールを送りました。「…、日本がそうであったように経済成長はいつまでも続くわけではありません。現代社会は技術の発達が早く、人は(とりわけ歳を取ると)時代に沿って変わっていくことが難しくなります。日本の政治や社会も老害が出ているのかもしれませんが、どんな社会になったとしても人間としての幸せを求めていくことはできます。そういう意味で皆さんのますますの成功と幸せを祈っています。また機会があれば会いましょう。日本に来られたときはまた連絡下さい。津では私の家をホテル代わりに使ってもらっても結構ですよ。」

 

 10/8の夜遅く帰宅して、10/9は日本農業賞の三重県審査委員会がありました。疲れもあったか今朝はゆっくり休むことにして一日があっという間に過ぎ去りました。それからベルファーム、三重県史や農業省の現地調査、伊賀の会議などが続き、あっという間に10日あまりが過ぎてしまいました。

元の留学生たちとの再会と中国社会の変化―その①―

 

名実ともに指導教官になれるようになって最初の中国からの留学生である王初文さんの呼びかけで、農業経営の研究室を終了した元留学生が十人ほど中国各地から集まってくれることになり、10/5-8と中国へ行ってきました。

 

上海浦東空港で王さん、程さんにひろってもらい、集合場所の江蘇省蘇州の太湖景区宝島花園別荘へ高速道路で二時間あまりで到着。5つの寝室があるような大きな別荘に十人が二日間、そして帰りに上海での一泊二日をとっても楽しく過ごさせてもらいました。ほとんどが十年ぶりなのに研究室ゼミがもどったようなとても感動的な時間を過ごさせてもらいました。

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   蘇州駅              太湖の夕日

 この頃はとみに忘れっぽくなって前回いつ中国を訪問したのか忘れているが、パスポートを見ると2015年に二度訪問している。一度は竹本さんグループと青島へ。もう一度は江蘇大学のフーさんの招きで講演会に呼ばれたらしい。

 こんな状態なのであまり記憶が定かで無いのだが、今回印象に残った中国の変化がいくつかありました。

 一つは、現在の中国ネット業界を代表する企業の1社騰訊(Tencent)がリリースする、中国名「微信(Weixin)」、英名では「WeChat」というメッセンジャーアプリがちまたに行き渡っていてその威力にもびっくりしました。高速バスも行き先ごとに大きなQRコードの看板が貼ってあって、スマホをかざして窓口に行くと手際よく乗車の手続きができたようです。

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  QR
コードで読み取る高速バスの行き先    マクドナルドの注文も

 世界に広がっているマクドナルドハンバーガー店も、スマホでQRコードを読み取るとメニュウが細かく見られ、それで注文して決済は銀行引き落としなので現金はほとんど使わないようです。日本から上海に進出して有名になっている極楽湯の〇〇店の決済も連れて行ってくれた陳くんがスマホ決済をしていました。

ここ数年に進んだというのですが、中国のキャッシュレス社会化はびっくりです。小さなお店も、タクシーなどもみんなそうでしたね。

 

 もう一つは環境保全、特に緑化にかなり力を入れていることが伺われました。高速道路の側路帯には幅50-100mの緑化が進んでいます。上海から蘇州への高速道路側では日本の高速道路でもよく植わっている白と赤の夾竹桃がみられました。排気ガスに強いと言われています。その夾竹桃の外側により高木が植えられ、何段階わたっての緑化が進められています。

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   高速道路沿いの緑地帯

日緑工誌 ,」.Jpn. Soc. Reveget. Tech.,34(2),363−367,(2008)特集「中国北京市と近郊の緑化事情」によると、”五河十路”緑の道路プロジェクトと言われる事業が進んでいます。 五河とは,永定河,潮白河,大沙河,温楡河,北運河の五つの河川を指す。また,十路とは,京石路,京開路,京津塘路,京沈路, 順平路,京密路, 京張路, 外二環路の8 つの卞要公道と,京九鉄路,大秦鉄路の2つの鉄道路の事を指します。これらの“五河十路”総延長約1,000 km の沿線両側にそれぞれ幅200 m の緑化帯を建設するプロジェクトで、緑化面積は約257km,樋植栽齢総数は3,337.9万株である.といいます。中国ではエネルギー源が石炭によるものがまだ多く、大気汚染が問題になっていますので、緑を増やして少しでも緩和していく政策だと思われます。

太湖の水質は天候の影響もあったのかあまりきれいではなかった。生活用水の流れ込みも続いていると思われるが河川等の水質の汚染、いっときに比べて改善されているとも言われるが大気汚染、土壌汚染などの環境問題があり、最近増加しているといわれるがんの増加(毎年新たながん患者が350万人超えとの情報LivedoorNews)とも関連しているともみられ、大きな関心事である。

竹飯盒の魅力ー今年のくるくる環境フェスタのイベント

今年のくるくる環境フェスタ(9/23-24)は久しぶりに2日ともハレの日に恵まれ賑わった。

9月23日は松阪市環境パートナーシップ会議の第10回まつさか環境フェアinベルファームへの参加。竹遊倶楽部の活動・作品展示(レクチャールーム)と竹炭かご作り(匠の館階段下、材料費200円徴収)で行った。理事の藤田さん、浦北さんが協力してくれました。それで私は竹遊倶楽部の数名と24日の竹飯盒イベントのための準備もすすめました。
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9月24日は 10-14時「ほしつどい」チーム(池添友一代表)が実施する「自分で稲を刈って、天日で干して、脱穀・籾摺・精米して、竹で炊いて食べよう」ワークショップの最後の部分を協賛しました。
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竹遊倶楽部のメンバーは笹原、大原、北村、三鬼、渥美、中西、そして忙しいヨガなどのエクササイズの間に佐久間先生も米洗を手伝ってくれました。ほしつどいの参加者の方は最後まで人数がはっきりしなかったりで、買い物担当の自分は迷うことも多かったのですが、結局スタッフ含めて26-27人分の賑やかな竹飯盒昼食となりました。
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青竹で炊くので少々の水加減に増減があっても炊き方で伸縮性が持てることが強みです。竹炭で電気無しで炊飯できるので災害などの危機管理対応にもかなっています。

一輪に込める気持ち―やさい畑から

   今年のベルファームの新基軸であるスイーツとパンの店「やさい畑」が3月にオープンして5ヶ月になる。スタッフが一から勉強してのパン作りである。そのイートインスペースは私が見てもちょっと寂しい感じだったので、多少でもなんとかできないかと竹遊倶楽部で作っている竹の一輪挿しに自宅の花を切ってきて飾ることを6月ころから始めた。
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  ミントと花           青花とナンテン

その後竹仲間の西山画伯の絵を二枚ほどイートインスペースの壁に飾った。窓越しに見える庭には三重スローライフ協会の仲間がサツマイモを植えてくれたが、周りに花を飾るなりもう少し工夫したいところである。

私の出勤が週1-3回程度なので、花が枯れてしまっていたりするが、ほとんど水のない状態でも命を保っているものもある。
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  笹もまんざらではない? セロリの花          イタリアンパセリ
(一度アップがうまくいかなくて消えて書き直しの原稿だが…今度は?)

迷走台風との向き合い方―地球が怒っている?…あなどらず、淡々と

  7/28-29にかけて東海地方を襲った台風12号はこれまでの台風のルートとはまったく異なる東からやってきました。津市では屋根が飛んだり、竹仲間の久居市周辺では十時間以上停電になったりしました。ベルファームでは木々の枝がたくさん折れました。特に竹遊倶楽部の活動の場でもあるこもれびの森の楠木や銀杏の木の枝がたくさん折れました。
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出勤日であった7/29昼間は小雨や晴れ間もあったので、一人片付けられるだけ片付けました。大きな枝は電動ノコギリで小枝を切り離し、太い枝はバイオマス発電の燃料に持っていってくれるとのことで選り分けました。こんにゃく畑にも折れた枝が落ちました。6割方片付いたのですが、まだまだ作業量があり、8/5に可能な人に出てもらって続きの片付けをしました。さらには8/12にも続きをしようということになりました。

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その前の7/6から7/8まで大雨時別警報が広島、岡山、福岡など8府県に及びました。西日本豪雨と名付けられたこの豪雨もいくつもの想定外と言われる被害をもたらしました。太平洋からユーラシア大陸にかけての気圧配置がユニークであったり、梅雨前線が長く留まっていたりということもあるようですが、海水温が高くより多くの水分が蒸発して雲となり大量の降雨につながっているようで、もとはというと人為的な地球の温暖化による部分が少なくないと見られています。

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 人類史を超える地質学的なスパンでは人間の手に負えない天変地異が起こることは想像に難くないのですが、経済性を優先と効率性を目指した人間活動はその天変地異の頻度や規模を大きくしたのではないかと心配されます。

  しかしいずれにしても一旦災害が起これば事の大小にかかわらず私達は淡々と復旧を目指すしかありません。


 最近の世界の減少は分断を煽り、自分たちだけがよければいいという傾向が少なくともマスコミが報じる範囲では目立ちます。しかし、他方で災害地へボランティアで向かう人たちをはじめ、私達のボラティアで片付けをしてくれる人たちなど、助け合い協力しあって生きていこうという人たちも少なくありません。

そうしたときに改めて目の前に事に傾注し、身の回りをみんなで少しでも住みやすくしていく…。これもスローライフに通じることなのではないでしょうか。

食と農のパネルディスカッションから見えてきたもの

地域と協同の研究センター主催パネルディスカッション(20180727, ワークライフプラザれあろ6F)
生産と消費をつなぐ
ファーマーズマーケットを通して-今、あらためて食と農のつながりを考える-


議論の方向性に関するコーディネーターメモ(大原,20180727)


1.食と農に関する現代的な課題は何か
1) 食のあり方(食材の生産から食事スタイルまで)が自給自立の基本から他依存(購入、輸入、中食・外食化)が進みすぎた。生産と消費の距離も離れる。
2) 食育基本法の3つの柱ー①選食能力、②食の躾、③食問題・自給率…欠けている
3) 命の存続に食は不可欠であるがそのとり方は多様に変わってきた(世界の食べ物にアクセスできる)―その結果伝統的な食生活から離れることのリスク
4) 食と健康(プラス労働)はある意味カロリーの摂取と消費のバランスの問題でもあるが、ライフスタイルのあり方がその枠組を変えてきている→50歳からは炭水化物を取らないほうがいいという主張も生まれている
5) 現代における有機農産物の意味と位置づけ―1971年以前のような農薬被害はなくなっているが、化学物質過敏症などの人が増えてきている→多様なニーズに応える方向性
6) 日本農業の個性(農地)…風土と農業ー変わりにくいものの本質…中長期的には風土に逆らう農は長続きしない、しかし地球温暖化の影響は産地移動をもたらす。
7) TPP、日本的構造改革(市場)…世界との関わりと日本独自の問題ー世界市場化した中での地域農業の存続の課題。日本農業を背負う人(担い手),1300万人→192万人(2016)
8) コーディネーター…変革の調整役がいない
9) 農業観の転換(農の考え方)…CSAー国民(市民、地域)に支えられる農業―つながりを多様に、どのようにつくるのか
10) 生活基盤、自立(自立は生物の原点)…生活者の視点


2.パネルディスカッション(PD)の方向性―クロスする視点―
1) なぜ今ファーマーズマーケットなのか―農産物直売所の現代的な意義をどのように考えますか
2) 事業(収益性・持続性)と運動(社会性・協働への志向、社会的報酬・貢献)のバランスをどのようにとられているのか
3) 顧客の確保・拡大のためにどのような工夫をしているか(品揃え―商品の多様性、新規開拓―イベントや広報、ファンづくり)
4) 消費者とのつながりをつくる取り組みについて―体験講座、ボランティアの活かし方、一般からの寄付その他…CSA(Community or Citizen Supported Agriculture)の観点
5) ファーマーズマーケットが世間に一般化した中での現代的な課題はなにか…より消費者の食のあり方に近づく


3.PDの参加者(生活者・消費者)として
1) 参加者はそれぞれの関心から今日の発表及び議論を通して、何かプラスになること(参加してよかったと思えるもの)を持ち帰って欲しい。
2) 企画者・堤さんの視点「農業の価値を市民として再発見する場として” ファーマーズマーケット”の実践を通して分け合い、考え合う場を」
3) 関わり方の連続性―消費者であり生産者―半農半X―体験型ファーマー―思いを馳せるコンシューマー(消費者)
4) 多様性を持つ中での方向性の模索
―選択肢があることは幸せなことです。独占的・独裁的な環境下では自由に選ぶことができません。その自由度の保証(スローフードを目指している人もたまにはファーストフードを食べたくなります)の上でよりベターなあり方は何なのかを考え続けること。
5) 賢い消費者(この言い方は好みませんが…)になるには多様な情報源からより正しい情報を得て考え、行動に移す必要があります。―世間一般的に言われていることやマスコミ情報にも偏ったものがありうる
6) 健康づくりからみた食と農。寿命は長くなったけれど、ピンピンコロリのための食のあり方とは?
7) 食べ方、食をつなぐネットワーク(少し面倒くさくても人と人のつながり、ひと手間かける)を大切にしていく。


 パネリスト
JAあぐりタウンげんきの郷 (株)げんきの郷    代表取締役社長 山口 清隆 氏
オーガニックファーマーズ朝市村 村長       吉野 隆子 氏
ベルファームの農家市場 (株)松阪協働ファーム 代表取締役社長 岩森 政明 氏
コーディネーター 三重大学名誉教授             大原 興太郎 氏

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〈企画者・堤さんの視点〉
JAが経営する200万人を超える集客を誇る日本最大規模のファーマーズマーケット「げんきの郷」。消費者の産直、地産地消に寄せる期待をつかみ、その大きな販売力を生かし担い手としての農業者を育てています。何故JAがこうした大きな事業に取組み成功させることが出来たのでしょうか。
オーガニックファーマーズ朝市村は、毎週土曜日朝市を開催、有機・自然農法にこだわった農業者が、安心でおいしい野菜や米、くだもの、農産加工品を持って集まります。新規就農者の支援にも力を入れています。有機自然農法へのこだわり、集まる生産者は何を魅力に集まるのでしょうか、また何故新規就農者を生み出すことができるのでしょうか。
ベルファーム農家市場は松阪市が運営する農業公園の指定管理者として株式会社松阪協働ファームが運営、食育の発信基地として、新鮮で栄養豊富な地元野菜や県内で水揚げされた魚介類などを直売しています。行政から民間に移管した効果は、食育は、どのように進めているのでしょうか。
皆さんに共通する思いは「日本の農業を元気に!」です。夫々の立場からこれまでの実践例をお話し頂き、これからの農業のあり方を考えます。


〈PDを終えて〉
なかなか良かったとの声を複数頂いてほっとしたが、一番良かったと思うのは当初の報告者の予定だった山口さんが病気をおして来ていただき、インパクトのあるお話をしていただいたことだった。
まとめも良かったと言われたが、一つ伝えられなかったのは生産者と消費者のつながりの多様性、分断を超えていろんなつながりを作っていくことの重要性である。
生産者や消費者というくくり方自体が実はかなり乱暴で、もう少し分節化して議論をしたほうがいいのではないかと思う。例えば化学物質過敏症の消費者にとっては無農薬の農産物は生命の保全にとって不可欠の重要性を持つ。子育て世代は子供の健全な成長のためにできるだけ安全な農産物を求めるかもしれない。人生をそれなりに生き抜いてもうあまりこだわりはないという人たちは食の選択肢が多様になっているかもしれない。
このように人によって、ライフステージの段階によっても食との付き合い方は変わってくる。
そんなことも考慮に入れた多様なつながりが作っていければと思う。

竹遊工房のオープン

この前にも少し書いたが、7月1日の竹遊工房のオープンの写真をのせておきたい。
今なお、十人あまりの仲間が集ってくれることはわくわくする出来事である。

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工房といいながら、西山さんからいただいた道具などの整理もまだできていなくて、物置状態である。
農業倉庫横に置かせてもらっている燻竹などの保管も、直売所へ出荷している農家さんグループのべる農会が発酵堆肥作りに取り組むこともあり、場所の移動が要請されてもいるので、しばらくは体制作りにかかりそうである。

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この日は各自が作ってきた作品の展示もあり、松阪商会に置かせてもらう作品のバリエーションも少しふえました。

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また、Nさんの作品も整理しながら少しでも販売できればと思っています。
竹遊倶楽部の細々した仕事はずいぶんと増えてしまいましたが、できる範囲で
楽しんでやっていこうと思います。

体調との間合い―悲喜こもごも―

5,6月と年度初めの会議などが続き、休みは体のケアで片付けもままならず、ようやく少し余裕がもてる7月になった。この間二ヶ月半あまりかけなかったブログにも時々見に来ていただいている人がいることは申し訳ないと思うとともにありがたいことです。

 

時間ができていろんな宿題に取り組めると思いきや…

7/1日“竹を知ろう、竹と遊ぼう”五回目は参加者がなかった。前回も遠く東京と大阪から来てくれた人だったからもう一度根本から考え直す必要がある。

しかし、この日のメインは3月にログハウスの移転があってからから、大工の技術などを持つ竹の仲間が屋根の修理や扉の設置、棚の設置など時間をかけてしてくれたので、竹遊工房と名付けた建物のオープン式をみんなで祝うことにしたのである。竹を割って竹はンゴを作り、野菜や肉も竹の器で竹炭を使って作った。

一通り終わってから、入院されてしまって復帰が難しいNさんの仕事道具等を活用させてもらうために彼の作業場に行って現物を確認させてもらう。Nさんは絵も好きでたくさん色紙等に書かれていたので、処分してしまう前に活用させてもらう方法などを考えることとした。

 

7/2月昨日の動き過ぎもあって(22000歩)か朝起きてからの体の硬さ(腰がかがめない)は続いていたが、ビクッと軽いぎっくり腰のような痛みが来る。それでも動けるので運動不足を補わねばと夕方4kmコースを歩いたら何と43分もかかってしまった。結構なスピードで歩いていたつもりが普段ゴミ拾いと兼ねて歩いている時間と同じだとは?自分の感覚のたよりなさを感じ、データを取ることの大事さを思う。

7/3火二ヶ月に一回程度となっている心臓の定期検査。血液検査は特に問題もなく一安心。久居まで行ったついでもあり、ベルファームに行く。笹原氏に会い、西山さんの書かれた絵の冊子を持ち帰り、活用の準備を始める。

7/4水一日ゆっくりする。夕方散歩で少し頑張って歩いたら40分で歩けて少しホッとする。

7/5木 昼間久しぶりに豊ヶ丘ヨガに参加する。体が固いのは相変わらずだが、いくつかのポーズ以外は何とかできる。

7/6金 久しぶりに県立図書館に行った。メモをしていないと忘れっぽくなって何をしていたのかあまり思い出せなく、振り返ったときに何か無駄に行きている気がしてしまう。

 

7/7土 昨日の図書館で長く座っているのも腰がしんどい。朝起きたときの腰の痛さと曲がらなさはここのところずっと続いていて…、少しずつ体を動かし、午後にはほとんど普通にうこけたりもするが、左肩痛もずっと続いているので、気力も低下しがちである。

7/8日 迷っていたが思い切って今日の手作り市の竹製品出品の手伝いはやめさせてもらって仲間に預ける。そして久しぶりに亀山の白鳥湯に入った後マッサージに行く。中途半端に動いているからかえって悪いのか、甘えないでできるのなら少々無理をしてもやったほうがいいのか、いつも迷う。

だれでも老化の経験は初めてそれぞれ個性的に起こることだから、それにどこまで抵抗しながら生活の質を維持していくのかということは絶えず新しい課題である。

7/9月 この三、四日家にいる間に3、4月ころから溜まっている書類箱を少しずつ四箱一時分類ができた。書類もしばらく溜めていると、もう捨てようと思える部分も出てくるが、まだどこか心の中に、いつかデータをもって人生を振り返りたいという思いが捨てきれないからか、捨てられる部分はなかなか増えない。


この日たまたま見ていたトルースィーパーの宣伝を見ていて、ふと毎朝の腰の硬さは寝具と腰のミスマッチから来ているのではないかと思い、試してみようとすぐに購入の手続きをする。この実験の結果はまたあとで。


こんな7月初旬のイマイチな生活は年度初めの4-6月のそれなりの忙しさが過ぎてホッとしている気の緩みから来ているのかもしれないが、今月はもう少し楽に動ける体と心を少しでも取り戻すことに注力したいと思う。

余裕のなかった年度末3月の振り返り(後半)

3/16 会社のキャラバンを借りて、竹遊倶楽部の仲間11人で岐阜の竹ギャラリーへ。小西一平氏の手づくり工房を見せてもらう。笹原さんの燻竹でこだわりの作品を作るために特別の工作道具を作る熱意と技術に驚く(現場を見て改めて感じる技の凄さ)

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3/17-19 息子夫婦が初孫を連れて帰ってきてくれる。二人が協力しあって子育てしているのが嬉しい。滞在中の食事は基本的に自分が作る。

 たまにしか抱かなかったのに腰が痛くなる。7-8kgは十分な重さだが、もう少し鍛えていないと孫とも遊べない?

 

3/20 ミームス幹事会で最後のあいさつ。後は吉岡先生に。

3/21 竹製品作り。松阪商会での売れ行きが落ちてきた。新製品を作る必要があり、いぶし竹の花差しを手がける。時間をかけないとやはり良いものはできそうにない。

 

3/22-24 末娘の卒業式で彼女の母親と宮崎へ。4月からは研修医として宮崎で働く予定。式の挨拶などでいい先生などに囲まれて学んでいたことを知る。彼女の自立心の強さは小中学校でお世話になったきのくに子どもの村学園の、特に堀さんと丸ちゃんに負うところが大きいと思う。

 

3/25 ベルファームについて書かせてもらった『六次産業化』の出版記念会。26名の執筆者のうち14名が集まった。原稿が書けないうちに心筋梗塞となったが、編集担当の高橋先生に待ってもらって書き上げられた(他に遅れていた人がいたのは幸いした?) 忘れることの出来ない論稿である。

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3/26 元留学生の来日。この数日前に三重大学のM先生から連絡があり、20数年前に研究室を卒業したミンさんが日本に来ていて、是非先生に会いたいと。また、中国からの留学生で学術博士を取得して帰った程さんの息子が同じく三重大を卒業するということで日本に来て、私に会いたいとのことで、奇しくも第1世代の留学生たちとの再会となった。  

 

3/27 サロンフィリアを中止して竹製品作り。燻し竹の靴べら数個と竹炭オブジェ作り。

 

3/29 会社の制作会議と三重県史の編さん委員会が重なり、前回休んでいることも会って編さん委員会に出席する。戦後編はできるだけ早く提出すること。

 

3/31 ずっと気になっていた業者さんなどの車が停車する場所の凸凹を削り取ると共に砂を入れて直した。

余裕のなかった年度末3月の振り返り(前半)

3/2 会社の検診。生活に余裕がなくてそのまま血液検査の数値に現れる。午後は伊賀研究拠点で6回目のバイオマスセミナー。加藤先生を中心に続けてきたが、来年度から三重大学の地域サテライトの一環に入ることもあり一応今回で終了となる。

3/3 姉の施設入りの手伝いに橿原へ。姉の真ん中の息子と私の弟も来てくれて台所など片付ける。昨年暮れ辺りから関わりが増え、二月には自分が入居の契約者になることになり、自分の行く末もみながら高齢化時代に具体的に向き合うことになる。

 

3/4 竹炭焼も35回目となる。仲間特に中西さんが簡易炭焼き窯をよく修理してくれてよく継続できている。お昼は末娘の卒業と保護者として頑張ってくれた母親にモーブーで感謝昼食。

3/5 高尾善希先生の古文書講座六回目と修了式。予習も復習も出来なくてまだほとんど読めないが、また続けたい。高尾先生の学識が講座のあちこちに出てきて歴史的事象の裏側も学べて楽しい。

 

3/6 松阪協働ファームの年一階の全体研修、試作パンによる昼食、懇親会。参加しているのは準社員の人まで。非常勤スタッフの人とのコミュニケーション等は各職場でもミーティングに依存している。どれだけチーム力を強化できるかはすべてのスタッフと共に歩む必要があるが、まだまだ課題が多い。

 
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3/7 急遽のシェルター移設で伊賀研究拠点の会議を欠席。以前の物置になってしまっているログハウスのシェルターを竹遊倶楽部の活動場所にもらえないかとの話はしていたが、移設が大変なこともありそのままになっていた。ところが3/15からのスイーツとパンの店「やさい畑」のサイレント・オープンに際して、片付けたほうが良いのではということになり、ベルファームがお世話になっている自動車屋さんのKさんにレッカー車などで、狭い空間を移動してこもれびの森に設置さなおしてもらった。竹遊倶楽部笹原さん、三鬼さん、中西さんなどが移設地の基礎をキチンと作ってもらったおかげで手狭になっていた竹遊舎と共に活動拠点が増えて万々歳です。

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3/10
川上氏による忍者講座、その足()で名古屋の生協会館での地域と協同の研究センター理事会に出席。

3/11 手作り市、竹炭焼き37回目、昼間少しボーッとなり、事務所で休む。30分程で回復。

 娘が急に帰ってきて確定申告の入力を手伝ってくれることになる。

3/12 午前のベルファームでの足もみは思い切って中止し、Akiさんに揃えていた書類にで入力してもらう。所得がかなり減っていても税金の算出基礎は前年度の所得になるので今回は戻りが多い。

 

3/12午後の畜産研究所の第二回評価委員会に出席。今回は全部で四課題のため終わりの時間が16時前に終わり、タナベ経営の百井氏がアンケートのお礼と興味ある経営をしているとのことで尋ねてこられる。松阪駅に迎え、一時間ほどベルファームを案内すると共に、伊勢中川駅に送る

疲れていた所為もあるのか、ビバファーム白塚で買い物をし、極楽湯に入って、出てきて食事の支払いをする時に財布がないことに気づく。すぐに二箇所に尋ねたが無いとのこと。

 

3/13 今日明日が家の修繕の日。13日はきしむ廊下の二重張りとシロアリに食われている部分の補修。午前にお菓子や、午後にコーヒーを出す。

3/14 午前中にシロアリ対策終了、午後は玄関鉄柱の磨きとペンキ塗り直しで玄関先がすっきりする。

3/15 ベルファーム、スイーツとパンの店「やさい畑」静かにオープン。焼き立てパンが人気、私のお気に入りはカレーパン。

ふなはしアンデルセン公園を訪問―何を学ぶ?

 

4/10-12 社長、園長と東京圏の視察に行かせてもらいました。その中でとくに印象に残ったベルファームと似た総合公園の視察メモです。

 

千葉県船橋市の「ふなはしアンデルセン公園」は、「わんぱく王国」、「メルヘンの丘」、「子ども美術館」、「自然体験」、「花の城」、「地域交流」の6つのゾーンからなっています。

「わんぱく王国」は市制施行50周年の記念事業として、昭和62年にオープンしました。その後、平成元年には世界的な童話作家であるハンス・クリスチャン・アンデルセンの生誕の地であるデンマークのオーデンセ市と船橋市は姉妹提携を結び、オーデンセ市の全面的な協力を元にアンデルセン公園を「福祉と緑の都市宣言」の記念事業の一つとして整備することとなりました。

平成18年度からは指定管理制度の導入により、公益財団法人船橋市公園協会が管理運営をスルこととなりました。市のマスタープランに基いて次々と公園を拡張整備し、平成30年4月には花の城ゾーンがオープンすることとなり、公園面積は38.3haとベルファームの二倍近くの広さとなっています。

 

 

 

 ベルファームの現状を意識しながらその特徴と参考になる部分を私なりに整理してみます。

  1. アンデルセンの生まれたデンマーク風の建物や風車などがあって少し非日常の雰囲気があること。

  2. 子供を中心に家族連れを対象とした子供の遊び場が多彩であること。関東平野の典型的な平地林を活かしたような作りで木陰が多く、アスレチックや滑り台、噴水や水遊びの場などが豊富である。

     

     

     

  3. (三咲)からのバスが一時間に二本程度あるが、92%は車による来園である。公園の駐車場は1200台であるが周辺の民間の駐車場を含めると約3000台分はあるという。GWで1.5万人/日、イベント等では2万人来園しているそうです。

     

  4. 入園料は大人900円と安くはないのですが、小中学生200円、幼児(4歳以上)100円と子供優遇策が見られます。入園料を取っていても、29年度も84.1万人(これまでの最高は90.5万人)集客しているのは驚きです。年間パスポートが大人3,000円、小中学生1,000円、幼児500円と4回でもとが取れること。さらに船橋市市民の年間パスポートは大人2,000円、小中学生800円、幼児400円で、パスポートの発行が二万人を超えているようにリピーターが多いことが、見て取れます。

  5. 園内の飲食店はあまり目立たなく、大部分は外部に委託しています。28年度の決算では、年間の支出9億65百万円に対応する収入は、入園料3億34百万円、駐車場収入89百万円(普通車500円―冬期300円、大型車2,000円、冬期1,000円)、売店等事業収入1億25百万円などで、市からの指定管理料は3億73百万円と管理面積は二倍弱ですが、管理料は約九倍です。

  6. 現園長は元市職員の女性、公園の生き字引と云われる30年間携わってきた副園長が支えておられます。アンデルセン公園のスタッフは175人ですが、正職員はわずか17名、准職員が8名です。大多数の非常勤職員は広大な公園の植物の世話に従事されているものと思われます。

     

     

     

    公園の持続性を考えると、本来公的資金で賄われてしかるべきところをベルファームでは飲食や物販の経営努力で、その剰余を収益性のない公園管理などの部門に回しているのですが、この方式には限界が来つつあります。財団法人の時に年間一億円擁していた管理運営費(税金投入の部分)を現在4千万円まで下げて、何とかやりくりしてきましたが、これは歴代の園長など事業経営に優れた経験者を得られた幸運が味方していることを忘れてはならないと思います。それにしてもベルファームはアンデルセン公園の半分強の公園面積で、入場料や駐車料も取らずに何とか運営できていることはスタッフ一同誇りにしてもいいところだと思われます。

    ふなはしアンデルセン公園の視察から示唆されることは、近い将来入園料(少なくともローズ開花期の時期的な入園料)の徴収や駐車料金について検討することがあっても良いのではないか。ゴルフ場やその他遊びのための乗り合わせ駐車などの問題を防ぐ効果もあり得ると思われる。

    暑い季節に木陰や水辺の多いアンデルセン公園は羨ましい限りですが、ベルファームも夏場の集客にさらなる工夫が必要だと思われます。現在、三重スローライフ協会の竹遊倶楽部が正門横のこもれびの森を夏場の小さなイベント広場にできないかと取り組みだしています。是非とも成功させたいものです。

年度代わり4月1日の素敵な機会―専修寺の国宝、華展、僥倖

少しずつ社会的な役割も代わってもらいながら…、にもかかわらず現役時代並みの余裕の無さで、とうとうブログ休み二ヶ月の新記録。

散歩だけでも疲れる体力の低下で、年度代わりの4/1は時計を見てついがんばってしまう散歩のブレーキに久しぶりに地域の周りの散歩ゴミ拾い。団地内はきれいだけれど団地の入口付近はゴミが多い。

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午後は真宗高田派本山専修寺で開かれる池坊の華展に仲間五人と訪れる。仲間の一人の奥さんが華道の先生をされているよしみである。お華にとくに興味があるわけではないが、したいことだけしているのでなく、誘われて知らないものに触れる楽しみがある。







 

華展はまずその大きさにびっくりする。松や桜などの大ぶりの枝が使われ、全体のバランスや色合いなどいいなと思える姿形や色は竹製品作りにも参考になる。

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次に、2017年11月28日国宝に決定した御影堂と如来堂の特別拝観をさせてもらった。高田青少年会館は学生の時などに使わせてもらったことがあるが、50年も津に居てまともにお寺の内部を見せてもらったことは無かった。好きな仕事をして忙しかったこともあるが、別の視点からすると随分と偏った人生を歩んできたとも言いうる。

それにしても専修寺の御影堂は1666年に建てられたという太い柱や欅の廊下などが部分的に補修はされているもののそのまま残っていて風格がある。欄間なども一刀彫で作られているという。

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専修寺にある池の蓮は大賀博士が2000年以上前の地層から発見された種を発芽させたものが一部移設されているという。蓮のオーナーになれるということで手続きをしたいと思ったが、タイヤ交換の予約をしていたので時間がなかった。いつもプリウスを見てもらっている三重トヨペット一志日置店でようやくノーマルに履き替えて気分一新、走行音が静かになった。

 

予想もしない出会いや出来事、感動も得て、まさに僥倖、幸せな年度初めであった。

楽しい、素敵な仲間たち―サロンフィリアの新年会

1/23のサロンフィリア新年会は14名の参加があり、内4名は女性でなごやかな雰囲気となりました。

笹原さんの声かけにより邊見美代子さんに料理をお願いしていた他に、渥美さんの手づくりごま豆腐と藤田さんの農園コンニャク、そして準備したぜんざいには坂口さんの餅の提供。久しぶりの新年会ということでお酒や生ジュースなどもある初めてのサロンとなりました。
  アルコールル類数種準備したこともあるのか、楽しい会話が延々と続きました。一人ひとりのお話がとても盛り上がり、当初11:30-15:00の予定が、早く来てもらった人は10時半からゆっくりの人は16時半まで話が途切れることはありませんでした。帰りには残った惣菜等をお持ち帰りいただきました。みなさんごくろうさまでした。

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藤田さんを中心とした自然農園つくりに協力していく話も出ました。また、蓮池さんや三鬼さん、甲田さんから竹の製品の紹介があり、活動資金確保についても希望のある話でした。スローライフ協会設立以前からの友達付き合いをさせてもらっている南伊勢町のみかん名人東さん夫妻は90kmに及ぶ道のりをきてもらいました。

腰痛にもかかわらず笹原さんの最後の燻し竹作りがはじまります。会員の希望の素材も窯に入っているようでその先の製品作りがたのしみです。

もうひとつ、私からの提案として、最終的には子どもや孫世代に竹を中心にした自然との関わり方や自然の楽しさを伝える企画・イベントをしたいと思っているので、その節は協力をお願いしたいと伝えた。

それにしてもホスト役の自分は準備や後始末の時間はかかるものの、当日は女性が多かったこともあり、片付けの大方はやっていただきありがたかったです。場所が団地内なので自宅の場所がわからなかったり、車をおいた場所が分からなくなったりのハプニングもありましたが、いつも以上に楽しい時間でした。

 自己紹介以外ほとんと゛口を開かれなかった人は会合が長すぎたのではないかと心配もしましたが、帰りがけに「今日はたくさん学ばせてもらったわ!」との声を聞き、改めて素敵な仲間たちだなあと思ったところです。

一つ申し訳なかったのは日にちの設定がウィークデーとなり、いつも参加してくれていながら仕事で新年会に参加できなかった人がいることです。なかなか全員の都合を合わせることが難しいのですが、また楽しい集まりの機会を企画したいと思っています。

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