2018年08月21日

あの世、この世

お盆のBSで、「あの世、この世」 っていう番組をやっていました。

日本各地の先祖を想う人たちでした。

さあて、こいつだけは・・・説明がつきにくい問題ですよね。 そもそも・・・仏陀さんも、「そのことは、どうなのか、言わないよ」 って言ってござったらしいから、なかなかの難問なのです。
めんめに自分の立場からの発言があるでしょうね、科学なんかの学問やってる方々は、「証明できんのですから、そんな死後の世界などありえません」 と、おっしゃるだろうし、宗教界の方々は、「ありますよ、生きてるうちに良い行いをなさいよ、そうすれば・・・安らぎの世界に行けますよ」 と、いわっせるだろう。

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さて、・・・・逝ってみなきゃわからん、この世のあとの世界。 ボクの尊敬する大豊さんは、魂は残ると信じていますよ、と、おっしゃるし・・・ボクの尊敬するニシヅカ君も、「親鸞さんのいうように、ひたすら念仏を唱えもうさば、行けるぞよ」 とおっしゃる。  さらにもうひとりの尊敬する、水谷イチロウ先輩は、「・・・・・・オレはそんなもんいらんわ」 と、言ってますが、向こう岸へ渡ったとき、「極楽がせっかくあるのに、、いらんもんは、永遠に闇の世界をさまよいなさい」 と、神さまに言われたら、「・・・はいはい、お願いします、アタシはイワオのやつとは違い、神さまを信じてきましたから」  とか、うまいこと言うに決まってる。

つまり、やっぱり・・・次のいい場所は、あってほしいのだぞ。

さて、・・・・・

そう、あの世、この世とは、ひとそれぞれの、気もちなんだと思います。

花を見る目、こころがそれぞれに違うように、それぞれに・・・あの世はあるんだろうと、思います。

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ボクですか?

ボクは、ボクなりの・・・向こう側のこと、想っています。

言えることは、日本人がこれまで繋いできた、あの世のこと、ご先祖さまを敬う気持ちは、繋いでいかなきゃならんと言うことです。  そうしなきゃ、この世がそもそも、殺伐としちゃいますからね。

  聖宝寺の和尚が云ってました。

  「極楽とは、今、イワオサンが生きてる、この世界ですよ」

  これだけは事実ですもんね。





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2018年08月20日

いろいろ考えた、お盆休み

 ボクは、お盆の休み、一日だけ畑の作業をしたほかは、会社の倉庫で、タケに向かい合ってました。

はしかい竹の粉をかぶりながら、丸ノコで指を落さないように気をつけながら、いろんなことが頭を巡っていました。 カンボジアのあの子のこと、この会社のこと、むろん・・・竹灯りに向けてのこと、駆け巡るのです。 いいことは、ほんの少しで、あとはやっぱり、心配事、面倒なこと、苦しいことですね。

でも、そんなことが頭によぎり、それに対して対策を打てるってこと、つまり・・・体の健康に感謝もします。 いま、なにかをできるシアワセですね。
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ゲンジツは、あんさん、楽なんかじゃあ〜りませんぞ。 嫌なハナシもしなきゃならん、お金のこと、、銀行さんにアタマ下げなきゃならん、闘うとこは、闘い、逃げちゃならん。  男としての意地は通さなきゃ、オトコじゃない、還暦越えても、このゲンエキ生活からは逃れられませんのどっせ。
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・・・と、グチをこぼしながら、また、生きていかなきゃ。 そんな、考えたってどうしようもないような、ロクでもないことを、うじうじと・・・悩んで考えたお盆でございました。

ま、悩むことができる、それに対処できる・・・シアワセは、その悩みの何倍もでっかいんで、やっぱり・・結論は感謝の気持ちですよ。

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さ、オイラも朽ちて・・・・こんな花のように、毎年咲けるような、ホトケさまになれるまで、、えへへへ、がんばんべえな。




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2018年08月19日

いい顔

 いい顔とは、ワタシのような二枚目顔ばかりを言うのでは、けっしてありません。

“ある意味” で、あの世間からはスケベ爺扱いされてるかわいそうな、イチロウ君だって、ようく、、別の視点から見れば、“いい顔” なのである。

そもそも、イチロウおじや、ニシヅカおやじみたいな、不細工な顔のヤツがいるから、アタシや福山君が、モテるワケでありまして、これがみぃんな福山君だったら、ひょっとすっと、あのイチロウ&ニシヅカの顏だって、「、、いいオトコっぷりだねえ!」 と、思われるかもしれないのだ。

が、まあ、現時点では・・・・やはり、不細工顔のお二人には、「・・・・ご愁傷さまでした・・・さぞや、おツライでしょうけど、親を怨んじゃなりませんぞ。 ソレナリニ、ソレナリニ・・・細々と生きてくださいな」 と、思ってしまうのです。

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ニヤニヤと、、ホテルのビデオをみてる、モテナイほうの、ご両人でござんす。
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この方だって、この場面じゃ・・・「・・・いいお顔ですなぁ」 ですよね。



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トラに喰われそうな、ニシヅカ親分、いい顔、、してまっしゃろ。
そう、いい顔とは、、その場を創りだすような、醸し出すような、、象徴的なお顔なのである。

さしずめ、イチロウオヤジなどは、「・・・・・おぬしも、悪よのう」 「いえいえ、お代官様ほどは、、」 の、手をこねこね商人など、サイコウに・・・よく似合うぞ。

みなさん、二枚目などというのは、薄っぺらいのがおおいですぞ。 ここは、人間味のある、イチロウ顔を、ヨシと、してあげましょうや。

  ま、スルメみたいなもんですよ、噛んでるうちに、アキラメのなかに、味が出てまいりますぞ。

  ユメユメ、アタシのような、顔も人間性もよいのを、求めちゃ、・・・なりませぬ。

         ああ、いい・・・・オトコっぷりだねえ、イチロウ君は!






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2018年08月18日

秋の風が・・・ふいたよ

 人のこころというのは、ほんのちょっとしたことで変化するもんですね。

空にいわし雲が見えて、体にまとわりつくようなあの夏の生暖かい風じゃない、す〜っと通りぬけるような、心地よい風がいっぺん吹くとさ、「・・・・・・秋だよねぇ・・・」 と、空を見上げたり、足元の草に目をやったりします。

そうすっとね、ホントは真夏でもちゃんと植物は秋の準備を怠ってなかったのに、昨日も、一昨日もそこにあったのに、秋の草花を見つけたりしますよね。  空は、昨日より、澄み渡っているような気になったりしますよね。
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ああ、イチロウ君、、真夏の燃え盛る恋愛より、・・・・ちょっとさみしげにうつむくような秋の女性がいいよなぁ。

「・・・バカか、オマエ、むせかえるような真夏の果実が、美味しいんだよ、ナイスバディのラインが・・・くっきり、ああ、オレの夏が、過ぎていってしまうわ。 」

  
 「・・・・先輩、先輩にゃ、なんちゅうか、、日本の美意識とか、風情とか、、、ないんすかねえ」

「あるあるぞ、風も情けもわかっちょる、風の集団なんだよ、ま、端的な言葉でいうと、、フウゾクだねえ」

   「ああ、うううう、先輩にゃ・・秋の、このさびしげな美は、届かないんでしょうねえ、夏のにぎわいを過ぎて、誰もいいなくなった、場所をふたりで歩くっていうような、静けさの・・・愛は、ないんですなぁ、ああ、わびし」
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知らぬ間に、気付かぬうちに秋は、、そばにやってきますよ。 ほら、気がつけば、あの頃より、陽が沈むのが、ほんのちょっと早くなったでしょ。

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さあ、お美しい貴女さま、恋の秋ですよ。

  でも、アタシのこの魂のブログに、“飽き” は、こないでね。

ワタクシのタマシイも、さらに清んできますぞ。

   イチロウ君ですか、、そうですなぁ、彼のタマシイは、“空き” 、、そう、空白が増してきますぞ。 ま、これを、ボケ、と呼んだりもしますねえ。

  ああ、秋来たりなば、、想い起こせよ・・・オカイワコ、、だねえ。

  救われますよ。 傷心の・・・貴女もね。




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2018年08月17日

オレは、なぜか・・・ヘンな人間なんだな。

 自分でも、オイラは変わってると思う。

例えば、この前からここで書いてる、カンボジアのクナオイっていう子のことです。

あのポー村とかいう、村のクリニックで見た子です。 ボクらが案内されたのは、お金のない妊婦さんがちゃんとした病院で出産できるようにとの施設でした。 普通の見学者は、その施設を見て、気もちがあるひとは寄付をするだけです。 そうして、帰国し・・・・「そういえば、そんな所も行ったよねえ、、」で、終わっちゃうところなんです。

が、、ボクは、違うところへ気持ちがいってしまうのです。

妊婦さんは妊婦さんで、確かに大切なんです。 でも、じゃ、クナオイは見なかったことにすべき子なんだろうか。 もっと言えば、この施設を立ち上げた人間は、ここの施設の人たちは、この子をどんなふうに見ているんだろうか、カンボジアじゃ、こんな境遇の子はいっぱいいるから、ボクら日本人が感じるような、特別な感情は・・・湧かないんだろうか。  けど、それで、いいんだろうか。 そんなことまで、入ってしまうのです。

見てしまったら、「自分は、その人とどうかかわるべきなのか?」 を考えてしまいます。 もっとも楽なのは、めんどうにならないのは、見なかったフリをすることですよね。 なんら、アタシにゃ関係のないことなんですからね。 そうして、こんなことは、深く入れば入るだけ、楽しい思いはなく苦しいゲンジツを感じるだけなんですよ。 障害のある子を、生涯、めんどう見ていくなんて所詮、無理なことですもん。 それに、ボクは、カンボジアには一年一回行くだけです。 

ですから、ボクのそんな、バカな感覚は、それにかかわる人たちにも迷惑をかけてしまいます。

偽善キワマリナイ、愚行なんじゃないかって、そっちでも、自分で苦しみます。

でも、あきません、、オレ、見て見ぬふりできないのです。 よけいなおせっかいになろうと、入ってしまいます。
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ネクラなオイラなんで、それは自己満足なのかも知れません、知らんふりしてしまうとね、のちのち、「・・・・あの時、オレは・・・見捨ててしまった・・」 っていう後悔をします。 この後悔の念が、オイラの場合、厳しくのしかかるんです、だから・・・その後悔をしないためだけの行為かも知れません。 やっぱり、偽善者かな。

やったほうがいいのか、その国の人はその国のなかで、生きていくのが自然なのか・・・・いろんな想いが交錯します。


さあ、ま、見てしまったんですから、ご縁です、トモダチになれないか、、やれるだけやってみますね。


すいません。
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そんな、ヘンな人間なんです。 「オマエは、そんなことしていられる余裕があるんだ、贅沢なんだ」 って、言われたことあります。 けど、ボク自身は、少なくとも、そうではないように想いたいのです。 弱いひとに出会ったら、最低限、その人になにかができるのかどうか、、までは見てあげたい。  コレ、オヤジも同じでした。


そう、こんなヘンテコリンな性格は、オヤジのせいにしよう。

  でも、それに係って協力してくれる方々、迷惑をおかけし申し訳ありません。 こんなオイラですが、どうか、嫌わないでお付き合いくださいませ。  もう、この歳になって、今更、、人間変更、できませんです、あしからず。




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