2017年05月30日

「善いこと」 と 「良いこと」 のボクなりの差・・・の巻

親鸞さんは、「善き人の言葉を聞きなさい」 とおっしゃったそうな。


が、現代社会は、自分に都合のいいことを言ってくれる人を、、“善き人” と  しちゃってるのが多いよなぁ。 そう、味方は善い人、敵は悪人・・・としますよね。  人間ってね、自分の味方の人、都合のいい人を、“良い人” って思い込む、変なクセがあるよな。 ま、そのとき、その時の状況によって、こりゃ、一概には言えませんけどね。

だから、神さまがござって、「コイツは、悪いやつだぞ」 って判断された、奴らだって、奴らのうちっ側では、互いに、「アンタは、いい人だよねえ、オレのことを理解してくれるもんなぁ」 と、褒め合ってるだろうからね。

さて、ヘリクツかも知れないのだが、、「善いこと」 と 「良いこと」 は同じ意味なのかな。 ボクはなんか、ヒネクレテルのか、「良いこと」 ってのは、人間世界の、人間同士の勝手のいい、よいこと、、のように思えてなりません。  一方の、「善いこと」 は、親鸞さんがおっしゃったほうの、「善き人」 にも通じるのですが、人間界の価値観じゃなく、もう一段上の、うまく・・・表現ようしませんが、神さまが決める、、よいこと、、みたいに感じるのです。

えへへ、やっぱ、バカなオヤジの、バカな屁理屈ですかね。
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「法律に反しなきゃ、それは、正しい」 ・・・みたいなんはアタシャ、嫌なんです。 法律は確かに必要なんですが、それだけをすべての基準にしちゃったら、化け物の世界になっちゃいますぞ。  たとえば、カタチにしなくっても、誰かを憎み続けることってありますよね。 かつて、ボクもそんな人間を見ましたが、“呪詛” ってレベルまで、人を憎み続けてました。  あれは、直接に手を下さないから、法律には確かに違反しません。

相手が死んじゃっても、罪を問われません、無実です。 でもね、あれはやっぱり・・・罪なんです。 相手も苦しみますが、オノレにも返ってきます。 それも、自分にではなく、大事にしてる自分の子とかに、その報いがはね返ってくるんですね。

よいこと、わるいこと、それは、だから・・・やっぱり、自分の身体の中に住んでござる神さまと 相談することやと思っています。 法律なんかじゃ、その善し悪しは決められません。

  オノレの心が、苦しむようなことは、「善」 じゃないっすよね。
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「へへ、どうでもよい、ツマらん屁理屈やんけ」 と思われたみなさん、そうです、屁理屈なんでしょうね。 でもね、この世の中なんて、屁理屈ばっかりなんすよ。 だから、いい屁理屈、よくない屁理屈、そこんとこはあるようにボクは感じています。




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2017年05月29日

なんとか・・・・生きてほしい

 先日書いた、うちのヤマモモの老木、、瀕死の状態なんです。 幹の中は腐り、全体の勢いはなく。小枝がすこしずつ枯れていってます。

なんとかしなきゃ、、と、樹木医の玉野さんに見ていただきました。 「大風で、真ん中から幹が折れてしまう可能性があるけど、今のうちなら元気になる可能性あるよ」 って言っていただきました。
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その方法の、いっこめ・・・木の周りに、穴を掘り、そこをバーク堆肥なんかで埋めてあげて、栄養を十分にとれるようにすること、クウキ抜きも入れてあげること。

これが、けっこう面倒なんです、20ヶ所くらい掘るのですが、うちらは土建屋なんで、穴掘り道具があるからまだやれるのですが、途中に根があったりして、1ヶ所50センチ掘るのは、骨が折れましたぞ。

そして、もういっこの方法は、こうした弱った樹は、自分の身体、幹が腐りだすと、そこに “不定根” っていう根を張りだすそうで、それが確かに、このヤマモモにもあったのです。 アタシャ、てっきり寄生木みたいな、他の植物の根が張ってると思ってたのですが、自身の根で生きようとするそうなのです。
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それを、地面まで伸ばせるように、専用回路の筒を添わしてあげるのです。 その中も堆肥みたなもんで、詰めて栄養を吸い上げやすくしてあげるのだそうです。

ま、素人作なんで、イマイチ、カタチは悪いのですが、やってみました。 さて、数年後・・・・よみがえってくれるのか、ま、とにかくやらないよりは、やってみようよ。

庭の木が枯れるのは、うちの会社が枯れるのと・・・・似てる気がするもん。 会社にも、新しい栄養を与えなきゃね。

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力ってのは、一時だけのもんじゃあきません。 長い時間を継続することこそが、その“力” なんですよね。 この樹が枯れたら、、そん時は、うううう、うちんちも・・・・枯れるように心配しています。



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2017年05月28日

この歳になってみっけたもんと、忘れてしもうたもん

 歳をとって(← 元気である、、が、条件であるが・・・)、失うものばかりじゃないことに気付いてる。  価値観も、少しずつであるが、変化してるようにも思います。

まず、忘れてしもうたもん、これはみっけたもんの10倍くらいありそうなのですが、一番は、「ひとの目」 かなぁ。 若い頃は、世の中のまわりの人間と、自分との位置関係、距離の置きかた、みたいなもんを、気にしてたでしょ。 オイラの場合は、特に自己嫌悪の集合体みたいに、卑屈に考えてましたからよけいです。 
そ、まわりの視線の恐ろしさのなかでで、ビクビクしながら、自分を見えないように隠しながら・・・生きてました。

それ、あっさり・・・忘れちゃいました。 人が、オイラをどう思おうが、それをいろいろに思う相手だって、たかが自分勝手な、大したことのない、“ただの人間やんけ” って、わかってしまったのだ。 なんじゃ、大したこと、ないやんけ・・・は、ボクのこれまでの恐怖、、みたいなもんまで忘れさせてくれましたね。
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つまり、それは逆を言うと、「オノレのまま生きて、オノレのままを叫んでも、かまわんやんけ」の発見だったのです。そうして、人生の半分くらいを占めてきた、そんなネクラ自己嫌悪人生を、「あれがあったから、今があるんだ、決して無駄じゃなかったわい」 をも、みっけたのです。


そう、人間って、はじめっからチョウシこいてる奴は、やがて“ガツン” と、そのウラが来て、凹んじゃうのです。 それも、それまでがチョウシよければ、よいだけ、ドツボにハマった衝撃が大きくてさ、なかなか立ち直れないようなのです。 アタシャ、モトモトが、地べたを這うように生きてましたから、逆にそんな逆境に耐えうる力を、しらないうちに持ってたみたいなのです。

だから、忘れてしもうたぶん、反対に見っけられたこと、ありがたいのです。

人間なんか、上に登った、チョウシいいときがありゃ、下って落ちるときが交互にやってくるもんなんです、だから人生、面白いし、“みぃんな、平等” なんですね。

ボクも、また、、奈落の底へ堕ちるでしょうね、でも、その奈落の“底” ってのを、早く見つける方法が、なんとなくわかったので、早く底を見つければ、もがいてるうちにやがて、ちょこっとずつ、運気は上り始めます。  うへへへ、若い頃の・・・ネクラの勧めですなぁ。
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今、苦しんでる人たちへ、気付いたら・・・その苦悩は、力に代わってますのよ。 それを、見出してくださいまし。 歳をとって、見出せたもんは、ホンモノですよ。
さ、美しいものを探し歩く旅をキミと続けたいね。






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2017年05月27日

わきまえる ことの大切さ、こじあけることの大切さ

 これは、守ることの大切さと、攻めなきゃならんことの大切さ、と ようく似てる。

ニシヅカ先輩は、今、お寺さんの偉いさん= 役をしてござります。 そこんとこ、彼は確かに立派なんです。
 ボクなど、東と西の違いはあれど、おなじ宗派なんですが、そんなお寺関係の、お役は、ゼッタイにまわってきません。  彼は、東員町で、地元のお寺さんを大事にしてますが、アタシャ、他の場所へ出てるし、“おてら” と言うモノに、檀家制度ってもんに、えらく疑問感じてるんで、相手にされません。

ただし、すべてのお寺を嫌ってるワケじゃ、、ございません。 懸命に人の生き方、心を支えようとするお寺もいっぱい知ってますしね。

さて、、そんなニシヅカ君なんですが、檀家制度の、組織のことになると、「・・・・こんなことしてたら、お寺さんも世の中から見捨てられてしまうわ、信心のためのお寺さんやのに、なんや、この・・・人間臭いカネ集めの組織は、、」 と、嘆いておられる。
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うちの建設業協会もしかり、ライオンズもしかり、この仏教界もしかり、組織と言うのは、いつの間にか、“カネ集め組織” に なっちまっていくのだ。  そうして、上のほうにいる連中は、キレイごと言って、下部の組織に、、「〇〇の行事やるから、カネを集めろや、末端の会員から、搾り上げろ」 ってやり方をするんです。 そう、ヤクザのやり方といっしょですやん。

やから、いつの間にか、世の中からは見捨てられていくんです。 でも、あきません、危機感がある寺と、ない寺がはじめっからわかってるのです。 門徒が多い寺は、胡坐をかいて、「合掌!」 などと言って、裕福に贅沢三昧だが、門徒がないお寺は生きていけなくなってる。 親鸞聖人750回忌法要だの、蓮如聖人何百回忌だの、本山は、カネを吸い上げるが、お寺制度、檀家制度の改革をやりたがらない。  自分ちさえよければ、他のことなど関係ない、自分ちで考えろよ! になっちまってる。

ライオンズも全く同じだ。 ボクはこう、、思う。 善きことのための改革なら、そのための行いなら、相手に気付かせるなら、まずやることは、“今まで通りのことを拒否することだ” ってね。


それをボクがやると、、「君は、わきまえを知らない、これまで長い間、培ってきたことを、拒否しようとしてる。ご先祖様に申し訳ないと思わんのか!」 って、怒られるだろう。 でも、ナントカして、こじあけていかなきゃならん、ギリギリのとこまで来てるんだよ。 黙ってちゃ、ホントにまじめにやってるお寺さんから、立ちいかなくなってくよ。 贅沢に浸ってる、バカ住職なんかを尊敬することなどないはずだよ。

ボクなら、そんなカネ集めのための組織のことは、“拒否します” から始めるね。

壊すためじゃなく、続けるために・・・だよ。  今のキレイごとより、10年先、20年先を見据えないと・・・人から信心が消えて、日本人のよさが消えていくばかりだよ。



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ニシヅカ君、少しでも・・・善くしていくために、頼む・・・よ。




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2017年05月26日

人の魅力.

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「うっふん、アタシのこと・・・言ってるの?」

  「・・・朝っぱらから、キショク悪い登場の仕方しないでくださいよ、イチロウ先輩」

「だってね、チカゴロニシヅカんちのベトナムの若い子らの、お世話係りになってるから、口紅とエプロンしてるのよん、うふふふ」

  「ううううう、先輩の料理なんか食べさせたら、腹痛おこして逃げ出しちゃいますよ。」


さて、バカなジョークを言ってる場合ではござらぬぞ。 今日は、女性にモテる魅力ではなく、同性に受け入れられる魅力についてのオハナシであります。
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「オレは、オトコになんかモテたって面白くもないから、パスだな」

「おっと、、そう、今日はそんな・・・オトコにモテるアタシのオハナシなのですぞ。」

このお地蔵様、手を合わせてるのは、宝くじが当たるのを祈ってるんじゃありませんよね、ひとのこと、他人様のことを願っておられます。 オノレに執着せず、まわりに感謝して、路傍に立って、そうして・・・微笑んでおられます。
石は硬くとも、その表情からは、、柔らかななんかが伝わってきますよね。  冷たい石の感覚じゃない、温かさが伝わってきますよね。 自然の中に溶け込みますでしょ。  

ああ、そんなオトコになりたいもんです。
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人の魅力とは、(むろん、、イケメンであったほうがいいのだが、) 信頼される人間性だよ。  でも、こりゃ、“オヒトがよい” ってことだけじゃ決してないからね。  この、久しぶりに登場した、虎にオシッコをかけられてるような、ニシヅカ親分、決して、姿かたちはよくないし、下品でもある。 されど、魅力には・・・あふれてるもんな。  むろん、姿かたちがよくなく、下品で、ちょいエッチで、ヘンタイ性も持ち合わせてるイチロウ先輩だってそうなのだ。


そう、オトコたるもの、オトコにモテなきゃ、オトコじゃないぜ。  ひたすら・・・・人間を高めようぜ。

    さすれば、やがて、それは女性にも・・・モテるのである、、 ああ、イチロウ先輩も、対象を女性ばかりにしてる、、そこんとこわかってないから・・・・オイラとの差がでるんだよねえ。  ああ、お気の毒だわ。

ま、かような比較は、モテないオトコどうしの、ヒガミ・・・とも、言えなくもないのであるのだが・・・・。



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