豊かで、健康で、活動的な、人生を目指して

セカンド・ブログ→「文字と言葉」の豊健活人生

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投資アイディアの多くは公開情報に埋もれている
はっとした感覚、何となく気になっている記憶・情報・メモが、自然につながって宝の地図に変身する

<< 目次 >>

(1)テーマ別特集  **新冷戦時代**
(2)毎年の投資戦略を考える  ( 2014年を考える )

(3)ご挨拶   非職業的投資家の皆様へ   投資のウンチク老後の生活資金を考える 
(4)超長期の相場観(Big Picture)    
(5)お役立ちWeb Site
(6)著書の目次
三部作
エントリーの内容は最善 を尽くしておりますが、皆様ご自身で投資の最終的な判断をお願いします。
皆様が何かを考える際にお役に立てればと存じます。

新冷戦時代 : レトリックの時代

隣のロシア系住民(=同胞)を保護する義務を主張するロシア

Sergei Lavrov warned about a possible Russian military intervention in Ukraine, saying his country faced growing demands to “rescue” its western neighbour.

“There are more and more calls to Russia for rescue from this lawlessness,” Mr Lavrov said.
“That puts us in an extremely complicated situation.
Those who are deliberately trying to trigger a civil war, obviously hoping to provoke a big, serious, bloody conflict, are engaging in a criminal policy. And we will not only condemn but also stop it.”


レトリック


ロシアの主張は、ムスリムの主張に通じる
ムスリムは同胞が世界のどこに住んでいようとも、彼らがムスリムとして生活できるように、彼の居住国にムスリム的生活権を提供するように「連帯して要求し、実現するまで戦う」義務がある

さて、ウクライナ人は、欧州人の同胞?
同胞なら助ける?
非同胞なら助けない?

何を根拠にして、判定する?

レトリックの重要性が増す時代になったと思う。
政治的ファクター > 経済合理性
それが、新冷戦の特徴だから

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新冷戦時代 : 今後の予想

ウクライナ騒動は、株式市場にどんな影響をもたらすか?

長期展望の基本的なポイントは、以下の3点

1:経済合理性 < 政治的な勢力争い
2:水平分業の縮小による二重投資の増加と必要在庫の増加
3:価格の上昇

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国際政治に関しては・・・

ウクライナの問題は、完全に元に戻ることはない。
クリミアが、ウクライナに復帰することはない。

ウクライナの憲法改正と連邦制の採用に関して、道のりは長く複雑だ。
連邦制の解釈に関して既に大幅な意見の隔たりが生じている。

ウクライナの政党・政治グループには、現状では明確に突出した多数派が存在しない。
意見の集約や強力な指導は望めず、政治は常に不安定で、八方美人的な約束が横行するが、実行はされない、という状態が続く。

過激派は常にかく乱要因
安定する事=過激派の存在意義を否定される、という事だから、事あるごとにテロのリスクが高まる。
ウクライナ政府だが、ロシアに対して常に強硬な態度・対決姿勢を維持することが、政権維持の必要条件になる

不安定要因は、ウクライナだけでなく、中東、北アフリカ、パキスタン・アフガニスタン地域などに広がりを見せる。

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世界経済という見地からは・・

20008年8月に考えた事を再掲載してみたい
( 2011年のイラクからの米軍撤退(2) :何故、PERが低下するか )
イラクからの米軍の撤収=地域不安定化の増長
そう判断した私は、その後の長期展望を考えた。

安全保障=軍事費に使われる資金が増える
(1)軍事費は、経済に対する乗数効果が少ない=民間経済への波及効果が少ないので、GDP成長率が低下する
(2)金に糸目をつけない=効率性が損なわれる。

民間に回る資金が減少して、企業の資金調達コストが上昇する
(1)安全保障・・・誰も逆らえない「水戸黄門の印籠」になる。優先的に金が配分される。
(2)優秀な人材を、軍需産業がかっさらうので、民間のR&Dパワーが低下する。民間企業の競争力が低下する。

結局増税になる
(1)軍需産業は、経済への波及効果が小さく、国民が豊かにならない=給料が増えない。
(2)安全保障費用は歴史的な低水準から、GDP比で倍増するだろうから、その費用は増税でまかなわれる。

自由な世界貿易が縮小し、ブロック化が進む
(1)分業やアウトソースによって実現していた世界的な水平分業が損なわれる=>世界で二重投資、三重投資が必要になる。世界経済の効率性が低下する。
(2)平和時と比べて、まさかの時の在庫を大量に保有するので、そのコストが増える(倉庫屋は短期的に儲かるかな?)

統制価格が跋扈する
(1)統制=独占=既存勢力の温存維持=努力をしなくなる・・・R&Dが少なくなるので、魅力的な新製品が出現せず、消費者は買う意欲をそそられない。
(2)自由、多様性は、統制の邪魔者として排除されるので、経済を発展させる革新的な事象が起こりにくくなる。

いつも何かにおびえる雰囲気になる
(1)リスクをとって何かをする意欲が低下する。
(2)羽音におびえる相場=投資家は右往左往、ミニ・パニックを起こしやすい

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新冷戦時代 : ロシアとドイツの関係

BBCに示唆に富む記事が掲載された。

Germans not keen to ruffle Russian feathers

The Russians were liberatorsThey rescued Berlin and Germany from the Nazis.

BBC

http://www.bbc.com/news/magazine-26988891

上のソ連の旗を掲げる兵士の写真は、2つの意味を持つ。

1:
ヒトラーからドイツを解放してくれたのは、ソ連だった。

  it was taken on 1 May but the actual event - the raising of the red banner on the The Russians were liberators, he said. They rescued Berlin and Germany from the Nazis.

Reichstag - happened on 30 April, the same day Hitler committed suicide in his bunker about half a mile away.


2:
ソ連は、ヒトラーに代わる新たな圧制者として、その後半世紀にわたって東ドイツの開放を封印した。

The picture had to be re-staged because the soldier raising the flag had an arm full of wrist-watches looted from the terrified population.

The population in East Germany was liberated only to be then subjugated for more than a half a century.


つまり、Russia was not only the oppressor (圧制者、迫害者)but also the liberator(解放者).

ドイツ人は、ウクライナを開放すると正義感ぶっている連中の心の中を見透かしているのだと思う。
上の写真は、語りかけてくる・・・・
 "We rescued you. Don't forget where power lies."


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現在の独ロ関係は、米中関係似ていると思う。
政治的には相いれない部分が多いが、経済的には相互依存関係が深まり切れない関係になっている。

米中関係(参考過去記事:
G2時代は呉越同舟の国際協調も、独ロ関係も、呉越同舟なのだ。

喧嘩して船を壊せば、二人とも”おしまい”。
不満は多いが、船を壊さないように、最低限の協調関係を維持するしかない。


独ロの経済の緊密化
に関しては、

1:元首相シュレーダーは、ロシアとドイツを直結するガス・パイプラインの会社、ロシア国営天然ガス会社(ガスプロムの子会社)の役員に就任している。(2006年)

Gerhard Schroeder, though in his case he really does do business with Russia as the chairman of the board of Nordstream, owned by Gazprom, the Russian energy company currently in dispute with Ukraine.

2:シーメンス、アディダス、ティッセン・クルップなどロシアに大規模投資してビジネスを展開しているドイツ企業は多い

a string of very powerful German businessmen are lining up to say how important Russia is, from the boss of Siemens, often pictured with President Putin, to the chief executives of Adidas and of the steel giant Thyssen Krupp.


Friendlyな経済関係、 政治は緊張関係という事実は、独ロ関係、米中関係、今後も長期間継続するだろう。

米中は海を隔てた緊張関係だが、
独ロは陸続きの緊張関係だ。
人間の交流を含め、抜き差しならない歴史の積み重ねが存在している。


経済的な面から言えば、米中はいざとなれば鎖国でもOKと言える関係であるのと比べて、
独ロは鎖国は共倒れを意味する
つまり、独ロ関係は米中関係よりも、より協調を強いられる関係だ。

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なお、ドイツとロシア、、この2大国の間に位置するのが、ポーランド、ウクライナだ。

この両国は、既に始まった新冷戦時代の節々で登場してくると思う。 

参考:2008年のブログ記事: 
ニュースのトリビア 新聞の切り抜きから(1)

ポーランドはそのパイプラインに反対している。
(1)ガスの通行料収入が消えるし、
(2)ドイツにとって、ポーランドが用無しになり、「グルジアのような事態になったときに助けてもらえないリスクができる」からだ


ウクライナ_ポーランド

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新冷戦時代 : そもそもUS−ロシアの蜜月を破壊したのは、ブッシュ大統領

ロイターの記事は重要なポイントを掲載している。
http://uk.reuters.com/article/2014/04/18/uk-ukraine-putin-diplomacy-special-repor-idUKBREA3H0OS20140418

Reuters_20140418


1:そもそもUS−ロシアの蜜月を破壊したのは、

USのアフガン進行時、プーチンはロシアの基地をUS軍が利用することを認めた。

そして、・・・During Putin's visit to President George W. Bush's Texas ranch two months later, the U.S. leader, speaking at a local high school, declared his Russian counterpart "a new style of leader, a reformer…, a man who's going to make a huge difference in making the world more peaceful, by working closely with the United States."

その1週間後、USは対ロシアABMミサイル計画を再開した。
Then, just weeks later, Bush announced that the United States was withdrawing from the Anti-Ballistic Missile Treaty, so that it could build a system in Eastern Europe to protect NATO allies

ブッシュの牧場で、「過去のロシアは、馬鹿だった。今後はUSを参考に頑張りたい」と語ったプーチンを完全に
馬鹿にしたブッシュの行動は、その後のプーチンを180度変えてしまった。

2:中国もロシアも、「サブプライム崩壊、リーマン危機、PIIGS危機」を通じて、Western democracyは失敗した、欠陥制度だと判定した。

中国同様に、ロシアも・・・
 "Putinism" - a conservative, ultra-nationalist form of state capitalism - as a global alternative to Western democracy.

Western democracyは、今や人口では少数派になろうとしている。

新冷戦時代 : ウクライナの歴史(2010年〜)

ウクライナは、エネルギーや原材料としてのガスをほぼ全面的にロシアからの輸入に依存している。

ソ連時代は、事実上タダ(50ドル、市場価格の80%ディスカウント、05年価格でも)で輸入できた。
安いガス価格で生産したガス関連製品を輸出して莫大な利益を得る恩恵にも浴してきた。

1991年のソ連の崩壊後、さまざまな問題が起きたが、クリミア、およびクリミア半島の直轄都市(セヴァストーポリ)にあった黒海艦隊の帰属問題は、1997年の2個の条約により、下図のように処理された。

この条約により、しばらくの間、ウクライナは対ロシアへにガス輸入代金の支払いを大幅に減額することが出来た。

黒海艦隊とクリミア


なお、ウクライナはNATO加盟も目指していたが、「特別のパートナーシップ憲章」に留まっている

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2010年に大統領に就任したヤヌコーヴィチは、親欧州と親ロシアを二股かけた政策を模索した。
ロシアに対してはガス価格を市場価格以下で購入できるように求め、欧州に対してはロシアからの低価格ガスを原材料とする製品の販売拡大とEUやユーロ加盟に向けた経済援助を求めた。

2010年以降1

二股をかけるウクライナを見て、
ロシアは、黒海艦隊協定を25年間延長し、それとパッケージでガス価格も低く抑えたが、ウクライナの希望からは満額回答では無かった。

一方、欧州もウクライナに「金をどぶに捨てる」ような資金援助は受け付けず、国内改革(緊縮財政、国内ガス価格の市場価格化)を条件とした「返済義務のある資金援助」しか申し出なかった。

ヤヌコーヴィチは、欧州の突きつけた厳しい条件を受け入れることはできなかった。
安いガス、財政ばら撒きの生活に慣れたウクライナ国民は、大反対のデモを起こすことが明らかだったからだ。

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下記は、ウクライナ国内に敷設されたガス・パイプライン
IMG_0004

そもそもウクライナは、1990年代から、ロシアからの天然ガスの料金不払い、抜き取りを繰り返し、ロシアは再三にわたってガスの輸送停止措置を行ってきた。
ロシアは、ウクライナが親ロシア政権の時は黙認し、反ロシア政権の時はガスの輸送停止措置で対応してきた。

2004年のオレンジ革命後ロシアは、50ドル→160ドル→230ドルという価格引き上げを突きつけ、最終的には、95ドルで合意した。
ウクライナは、95ドルで購入したガスを、230ドルで転売し、巨額の利益を得たが、ティモシェンコはこの利権から巨額の賄賂を得た。
2005年ガス価格
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EUとの連合協定失敗を合図に、反ヤヌコーヴィチの大規模デモが発生した。
その様子は、ネット通じて大々的に世界中に配信された。

このデモとネット配信は、「第二のオレンジ革命」を目指して、事前に周到に準備されていたものであり、西側の資金が大規模に使われたことは、今や専門家の常識となっているようだ。
( 参考記事: ヤヌコビッチ政権打倒へのUS関与に関するメモ

ヤヌコーヴィチのキエフ脱出逃亡後、暫定政権が樹立された。
クリミア自治共和国は、独立を宣言した。その後、ロシアへの帰属の国民投票を経てロシアに併合された。

その後は、東部ウクライナの10都市で、親ロシア派の市庁舎占拠などが起こっている。

ウクライナの次の注目点は、
1:5月25日の大統領選挙で誰が大統領になるか?
2:3月27日に合意したIMFの資金提供の条件を国民が受け入れるか?

誰が大統領になろうとも、IMFの条件(財政政策の引き締め、ガス価格引き上げ、社会保障費の削減)に直面するウクライナは、ギリシアやスペイン以上の騒動と経済の低迷が予想される。

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新冷戦時代 : ウクライナの歴史(ソ連時代〜2010年)

歴史的な観点から、ロシア・ウクライナ関係の象徴となったのは、
ペラヤースラウ会議 ・条約(1654年)
ウクライナのポーランド隷属からモスクワ隷属への移行という意味を持つ

この条約の300周年記念として、
1954年にクリミア半島がウクライナに譲渡された。
当時はソ連時代、単なる象徴(譲渡とはいえ、何の意味のない)と解釈された。

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ウクライナとロシアの関係は1650年代に急速に深まった。
ポーランド・リトアニア共和国の支配に反旗を翻したフメリニツキー(ウクライナ・コサックの最高指導者)
 
当初は、クリミア・ハン国のタタール軍と組んで独立戦争を起こすが、裏切られる。
その後、オスマン帝国と組むが、途中で頓挫した。
最終的に、同じ正教徒のロシア帝国(イヴァン4世)の保護下に入った(ペラヤースラウ会議、1654年

ロシア帝国は、徐々に支配力を強化した。
フメリニツキーの死後、ウクライナ・コサックは部族間抗争に陥り、衰退の時代となり、完全にロシア帝国の一部となった。

下は、ソ連の記念切手 : ペレヤースラウ会議におけるフメリニーツィキーの演説(ソ連時代の切手「ロシアとのウクライナの再統合300年記念」、1954年)
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ロシア革命を機に独立を試みるが、回書いたように、国際政治のはざまで夢と消えた。

ソ連時代は弾圧された。

ウクライナの歴史11

ゴルバチョフの登場(1985年)、その後の冷戦終結(1989年)を経て、
1991年のソ連崩壊でようやく、ウクライナは独立した。

独立したとは言え、
1:国家として政治手的に統一された行動の経験蓄積が無く、
2:そもそも部族間対立が日常茶飯事の遊牧民族のDNAもあり、
3:ソ連崩壊から独立初期の時期に、国家財産を収奪して財を成した財閥(ティモシェンコを含む富裕層)と、その恩恵に浴さなかった大勢(無産階級労働者)で構成される格差社会構造
4:旧社会主義国の中でも、目を覆うばかりに劣悪な汚職の蔓延
、、などで国民の国家帰属意識、国民としての意識は低レベルに終始し、国家は混乱

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 そんな中、2004年に起こったオレンジ革命が、良くも悪くもウクライナを激動の時代へと導いた。
その推移は2個下の図の通りであるが、基本構造は親西側政権を樹立したいグループによるデモとメディアを使った革命であった。

第一回目の選挙結果に対して抗議運動を行った野党支持者がオレンジをシンボルカラーとしたことからオレンジ革命と呼ばれる。

独立後のウクライナは、鉱工業が盛んでロシアとの関係の深い東部と、特段の産業が無いためにEUやNATOに加盟してEU経済の恩恵と補助金に良くしたい東部で、国の将来に関する意見が分かれていた。

2004年の大統領選挙では、親ロシアのヤヌコーヴィチと、ヨーロッパへの帰属を望むユシチェンコの一騎打ちとなった。
11月21日の開票の結果、大統領選挙におけるヤヌコーヴィチの当選が発表されると、その直後からユシチェンコ大支持層の基盤であった西部勢力が、ヤヌコーヴィチに不正があったと主張し、不正の解明と再選挙を求めて、首都キエフを中心に、ゼネラル・ストライキ、座り込み、政治集会を行った。

抗議運動はマスメディアを通じて世界各国に報道され、大きな関心を呼んだ。特にヨーロッパやアメリカではユシチェンコに対して、ロシアではヤヌコーヴィチに対して肩入れする報道がなされた。
報道合戦では、大統領選挙が民主的ではないというスタンスを取った欧米側の報道に世界世論がなびいた

2004年の大統領選挙の様子
東西で、綺麗に分かれている

2004

オレンジ革命。。。それは、結局、
デモとメディア攻勢が、ヤヌコビッチを退けた。
という現代、世界各地に蔓延する、民主主義の暴力的側面であった。


ウクライナの歴史2

ユシチェンコ大統領は成ったが、政治は混乱を続けた。

2006年の議会選挙では、大塔選挙に敗れたヤヌコビッチが勝利し、首相に就任

2007年の議会選挙では、ソ連時代の国家財産を我が物にして富豪になったティモチェンコが首相に就任した。
ティモチェンコ首相は、ガスの利権汚職にまみれた。

ユシチェンコ大統領時代の政治の混乱と、汚職不正の激化に怒った民衆は、2010年の大統領選挙ではヤヌコビッチを大統領に選んだ。

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新冷戦時代 : ウクライナの歴史(ソ連に組み込まれるまで)

9世紀ごろに、この地域の歴史が始まる

東スラブ人が住む「ルーシ」という国がまとまり始めた。
キエフ(橙色)が、その中心である
モスクワは、まだ存在しない。 

地図は、ウィキペディアより 

1キエフ公国


1236年以降、モンゴルの侵攻を受け、一網打尽にされる。

全地域がモンゴルの支配下に入った。
このころには、小さな砦に囲まれた村程度と記録に残るモスクワ(緑色)が出来ている。

モンゴル軍は、ルーシ征圧後さらに西へ進みポーランドに侵入する。

2キエフ公国_モンゴル支配下


モンゴル軍が、14世紀に去った後、現在の中東欧州の歴史が始まる。

ルーシは、最初に強国になったリトアニアの支配下に入る
クリミアは、へき地、誰も見向きもしない土地、そんな感じだ。

3リトアニア支配下


その後は、リトアニア・ポーランド連合共和国の支配下に入る
この時代、クリミアオスマン帝国の領土になっている

PL_ウクライナ

遊牧民のDNAを持つコサックの軍事共同体としての「ウクライナ・コサック人の国家:ウクライナ」は、その後も、ロシアやポーランドに侵略されたり、両国によって分割支配された。

コサックの軍事共同体は、モンゴル帝国がモンゴル騎馬兵の軍事共同体であった事と同じであり、遊牧民族の国家の本質部分だと思われる。

なお、いわゆるコサック兵は、ロシア、ポーランド両国にとっては優秀な軍隊として重宝された。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ここから現代史  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ロシア革命から第一次世界大戦、この時期のウクライナの歴史は悲哀の歴史だ。
1917年から1920年のウクライナは、文字通り大国に翻弄される。
ドイツとロシア(ソ連)の奪い合いの対象地と化した。

1917年10月ロシア革命によって共産党のソビエト政権が誕生
11月7日に、ウクライナは帝政ロシアから独立し、キエフを首都とするウクライナ人民共和国の樹立を宣言

ウクライナ・ソビエト戦争が勃発
1918年年2月8日にロシア赤軍はキエフを占領

2月9日にウクライナ・ドイツ・オーストリアの同盟が成立
同盟国の軍事力を借りてウクライナを解放し、3月に首都を奪還
保守階級によるクーデターでスコロパードシキー大将の政権が成立し、国号はウクライナ国に改められ、元首はヘーチマン

1918年末、第一次世界大戦でドイツが連合国へ降伏
1918年12月19日にスコロパードシキー政権が倒され、新たな執政内閣の政権が成立、国号は再びウクライナ人民共和国となった。

ドイツ軍の撤退によりウクライナ・ソビエト戦争が再開
1919年1月6日にソビエトは傀儡政権として首都をハルキウとするウクライナ社会主義ソビエト共和国を樹立
2月5日にソビエト軍はキエフを占領し、ウクライナ人民共和国の政府を追放

1919年から1920年にかけてウクライナの支配を巡って、ウクライナ人民共和国軍、ソビエトの赤軍、ロシア帝政派の白軍、白軍を支援するフランス軍・イギリス軍・ポーランド軍、ネストル・マフノ率いる無政府主義者の黒軍、ウクライナのゲリラを中心とする緑軍などが争った。

1920年冬に戦争がソビエトの赤軍の勝利で終結し、ウクライナ社会主義ソビエト共和国は西ウクライナを除きウクライナ全域を確保した

これ以降、米ソ間の冷戦の時代へと向かう。
冷戦が終わるのは、1989年だ。 



現在のウクライナ問題に関しても、FT誌は下絵のように揶揄している。
USトロシアの外相がウクライナの奪い合いをしている風刺画 

大国小国

ポーランドとウクライナは、似ている。

ロシアとドイツという2大軍事強国
2つの軍事大国(ドイツ、ロシア)に挟まれた軍事弱小国の悲哀の歴史、という共通点がある。
地図を見れば、それは納得できる。 

ウクライナ_ポーランド


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短期の相場観

福歌(fuge)君:おい、春山君! 短期の相場観はどうやねん?
春山:年初から何回か書いたけど、2014年は投資家の期待以下の年だ判断している。

福歌君:初めて聞いたぞ、だって今月来たんやからな、俺、
春山:2012年、2013年と投資家は大儲けした。でも相場に乗れた人は半分以下。指をくわえていた残りの投資家が、強欲になって「前のめりの投資」をしているのが2014年。

福歌君:何やねん、その「前のめり」って?
春山:将来の薔薇色の夢を過大評価して、足元の現実とのギャップを無視して一直線に結びつけた、つまり今すぐにでも夢が実現すると勘違いした、そういう事だね。

福歌君:で今後は、どうなるんや?
春山:前のめりの強欲を市場がとがめているだけだし、世界経済は徐々に改善しているので、時間の経過とともにジンワリ戻ってくると思う。

橙福歌


福歌君:日経平均は、あのお絵かき予想かい?
春山:そうだね、あれで良いと思う。年末は+5%〜+15%のレンジだと判断している。下の図が、以前書いた予想図です。

nkyお絵かき予想

福歌君:そうかい、一応当たるように俺も応援しとくは
春山:ウクライナは爆発しないと思ってるけど、爆発したら、そりゃ短期的に大下げすると思う。そうなれば、キューバ危機みたいなものだからね。今のところは、長期こう着状態シナリオで推移しているけど。

注:
福歌(fuge)、、中国語のサウンドを当てはめて「造語」していただきました。
幸せを呼ぶ歌、、実に良いです、気に入りました。
フーガ君の字は、福歌を使うことにしました。

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新冷戦 : ヤヌコビッチ政権打倒へのUS関与に関するメモ

1:お金で民主主義を買ったり、移植することはできない。
民主主義は国民が育むものだ。
様々なフェイズ、多くの失敗を経て民主主義に到達するもので、それには時間がかかる。
西側欧米諸国が資金援助をしても、その資金の多くは非民主的な政府転には効果を発揮するが、その後の民主主義の育成には効果的には使われず、新政権内部の権力闘争や汚職構造を生み出す触媒になってしまう面が大きい。

これが、ウクライナに関する記事を読んでいて感じたことだ。

2:どこの国でも、多かれ少なかれ実施している国際政治活動(諜報活動)

この革命は米国に支援されたクーデターとは言えないが、資金援助がヤヌコビッチ政権の転覆を目論むグループの多くにとって大きな力になったことを表わす明確な証拠が見つかっている。

今回のウクライナの革命ではネオファシストが中心的な役割を果たしたが、本当の政治の実権はウクライナの親欧米派のネオリベラリストにかかっており、その一人が2004年のオレンジ革命のリーダーであるビクトル・ユシチェンコ氏の右腕だったオレグ・ルィバチュク氏だ。

http://newclassic.jp/archives/9402


ピエール・オミダイア
慈善活動にも関わり、2004年6月に、営利団体にも非営利団体にも資金を提供する組織の Omidyar Network を妻とともに設立した。2005年11月には母校タフツ大学に1億ドルを寄付した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%9F%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2


2:ウクライナ暫定政権側は、メディアを効果的に作為的に利用した。デモを扇動し、ヤヌコビッチ政権を崩壊させた。それを支えたUSとソロス財団からの資金援助効果は絶大だった。

国務省は、米国政府が秘密活動に対して資金を提供するために設立した全米民主主義基金(The National Endowment for Democracy=NED)を含めた非軍事介入のための主要な資金源を管理している。米国政府がNEDを設立したのは、雑誌「Ramparts」をはじめとしたメディアがフォード財団などの民間の財団を通してCIAが資金提供を行っていることを暴露した後だった。

国務省はビクトリア・ヌーランド国務次官補を通じて、ジェフリー・パイアット・ウクライナ大使にキエフでのクーデター調整作業をさせたのだった。

パイアット大使指揮下の一団にとっての外交政策とは、「民主主義を促進する」ために、選挙という正統な手段で選ばれたウクライナのヤヌコビッチ前大統領の政権を転覆させることだった

たとえどんなに多くの進歩的な評論家がネオコンを批判したとしても、外交政策を立案しているのはネオコンではない。NEDはネオコンとして再び登場した社会民主主義者に楽な仕事を提供している。パイアット大使の上司であるヌーランド国務次官補は、ネオコンの主導者の一人である歴史家ロバート・ケーガン氏の妻に当たる。

欧米の挑発によってプーチンは、真のロシアの民族主義者として欧米に立ち向かおうと奮起し、欧米にとってさらに付き合いにくい相手になってしまった。また、プーチンに古くからある独裁者の手法を使う口実を与えてしまったのだ。つまり、大急ぎで住民投票を行い、「重要なのは投票数ではなく、投票数を誰が数えるかだ」というヨシフ・スターリンの考え方に戻るという必要のない事態を作り出したのだった。

米国が選んだ暫定政権のヤツェニュク新首相がIMFとの協力の下でギリシアやスペイン、イタリアと同じ緊縮政策を強行する中で、緊張は高まっていくだろう。

民衆による反乱は、誰が何の目的でそれを指揮しようとするのかによって支持するか反対するかが決まってくる。問題は、誰がそれを指揮し、誰がどんな戦略的利益のためにそれを扇動したのかということだ。

バリケードが張り巡らされた中でウクライナの少数派の人たちは勇敢に戦ったが、パイアット大使以下の外交官たちがキエフの抗議デモを扇動し、指揮権を発動した。

パイアット大使、ジョージ・ソロス、オランダ大使館の三者がHromadske.TVに資金を提供し、反政府運動を動かしていた。
この三者がHromadske.TVに共同出資し、独立広場からのネット放送が行われていなければ、革命の映像が流されることはなかったかもしれないし、ヤヌコビッチ前大統領は抗議運動が勢いづく前の段階でそれを鎮圧することができていたかもしれないのだ。

オミダイアが最近発表した内容によると、さらに別の資金提供先が挙げられており、その中には、USAIDから資金を受けているPact、スイス大使館、英国大使館、スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)、NED、ソロスのIRFが含まれていた。また、チェスノ運動にはカナダ国際開発庁(CIDA)からも資金援助が行われていた。

ルィバチュクのキャンペーンに関する限り、そんなことはどうでもいいことだ。そこではUSAIDとその他の政府機関による資金が圧倒的に使われている。米国大使館がPactを窓口にして、ルィバチュクの活動のほとんどについて調整作業を行っていたのだ。私が知っている限りでは、ソロスもオミダイアも国務省の中核的な位置から外れたことはない。

2013年11月14日、ルィバチュクは街頭に出てデモ行進する理由を見出すことはなく、ヤヌコビッチ前大統領が28日から29日にかけてリトアニア共和国の首都ビリニュスで開かれる予定の首脳会談でEUとの連合協定を締結することを全面的に期待していた。ところが21日になって、ヤヌコビッチ前大統領が突如として態度を変え、ロシアとの関係修復に舵を切ったのだった。ルィバチュクはこの動きを政府による裏切りであり、約束違反だと考えた。

ルィバチュクは『キエフ・ポスト』に対して、「それが原因で民衆が抗議デモに走ったのであり、そういう行動が必要だったのだ」と語っている。
そこが国務省による第二のオレンジ革命の出発点だった。

http://newclassic.jp/archives/11938



ヌーランド国務長官補の下記行動も上記とも関連するだろう。

2014年2月、ジェフ・パイアット英語版ウクライナ大使との通話内容がYoutubeに投稿された。そこでは2013年末からのウクライナの政情不安についての議論がなされ、ウクライナの今後の体制はアルセニー・ヤツェニュク英語版政権の発足が望ましいものとされ、ビタリ・クリチコオレグ・チャグニボク英語版の排除が合意された。その場でヌーランドは国連によるウクライナへの介入を支持し、ヌーランドの意にそぐわないEUを「fuck EU(EUなんか、くそくらえ)」と侮蔑する発言をした。これによりウクライナやロシアから、アメリカのウクライナに対する内政介入を批判する声が上がっている。米国務省のサキ報道官はこの会話内容が本物であることを認め、2月6日にヌーランドはEU側に謝罪したと発表した[10][11]

なお、暫定政権の首相はヌーランド氏の希望したアルセニー・ヤツェニュクが就任している。



3:背景・遠因

アメリカが反ロシア派を支援した背景には、ロシア帝国時代やソ連時代にロシア勢力から弾圧を受けた非常に多くのウクライナ人がアメリカに亡命を余儀なくされたという歴史上の経緯も関係している、という分析もある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A

4:ポーランドとウクライナ

20世紀初頭から第二次世界大戦とその後の両国の歴史を読むと
ドイツとロシアという2大軍事強国に隣接する軍事的な小国の悲哀を感じる

ウクライナ_ポーランド


ウクライナの歴史

ウクライナ


ポーランドの歴史

ポーランド


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