2012年03月

3月のジンクスの「まんま」だった香港株

3月の香港株は冴えなかった。

しかし、過去37年間の平均(下の折れ線グラフ)では、3月の香港株は上がるどころか、下がっている。
つまり、今年も「3月の香港株はダメ」という統計通りだったことになる。

過去37年間(1975年以降)の香港ハンセン指数の平均では、3月は▼1.1%で、8月、9月と並んでマイナスを記録している月だ。

HK_March_2


平均数値だけでは、現実世界を正確に理解できない。
現実の37年間は下記のように分散している。

マイナスになる時は、相当なマイナスになるのが、香港の特徴であり、2012年の▼5.2%というのはカワイイ方である。
香港は、そもそも大きなvolatilityを持った市場なのだ。

HK_March


下記チャートは、過去37年間の香港ハンセン指数の年間推移だ。
3月は冴えなかったが、2012年は平均を上回る推移を維持している。

HK_March_3

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電子書籍の現状

電子書籍 : なるほど、現状はこうなのか・・・

http://corp.ebookjapan.jp/ir/library/

電子書籍


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チャートの効用

チャートは
(1)誰でも見ることができる
(2)何か不思議な法則があって、それをマスターすれば、誰でも簡単に儲かる気がする
(3)色々苦労して調べなくても簡単に手に入る
などから、人気が高い。

私も1985年から2003年までは、自分で造ったお手製の方眼紙に、8種類ほどのチャートを毎日手書きで書いていた。
東京からロンドンに持っていき、また持って帰りしながら書き続けて、2003年ごろには、新聞の見開きサイズの3倍以上の大きさになっていた。

そんなチャートに関して、「 Tape Reading & Market Tactics 」では、下記(切り貼り抜粋)のように書かれている。私もまったく同感なので、有名な人の言葉を借用して、私のチャートに関する考え方の答えとしたい。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 以下は、抄訳、意訳です。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

チャートで、株価の将来を占うことができるのか?

チャートは、株価(企業価値)に対する投資家の意見表明の足跡にすぎない。
チャートそれ自体が株価変動を引き起こすことは無いが、訓練された精神状態でチャートを見れば、過去の株価の動きが将来に及ぼす影響を読み取るの役にたつ。

How To本に書かれているようなチャートの法則を、機械的に現実の相場に当てはめるやり方には一文の価値もない

投資家の意志表明のトレンドは、芸術・文学・科学でもみられるようなものである。
この意思表明のトレンドが株価トレンドを形成している。

Charts

年月を重ねて 訓練された人間が、しっかりした精神状態でチャートを観察れば、当該株(もしくは市場全体)の需給状態(売りが多いのか、買いが多いのか)をより高い確率で認識できる。 

訓練された聡明な投資家にとって、他の重要な投資判断ツール・手法と同様に、チャートは市場センチメントを我々に教えてくれる大切な道具である。

一方、無分別にチャートに従えば、屍累々となる。
安定的に変わらない市場状況など、変わりやすい人間の心理状態を考えれば、ありえないことは自明の理である。

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推薦図書の目次
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昭和50年代年表

昭和50年代の年表 (クリックして拡大してご覧ください)
S50

バーナンキの講義(1)金本位制批判

バーナンキの講義の1回目
金本位制が何故経済の混乱を引き起こしたかを分かりやすく解説

Q&Aでは、「1時間1分過ぎ」からの「現在の金本位制復帰主義者」への具体的な反論が有意義
特に、
WW1以前は経済の混乱を労働者の失業という形に押し付けることができたが、WW1以後は労働者の権利意識が高まったので、失業をおいそれと発動できなくなった。それゆえ、金本位制は政治的に許容されなくなった。
という示唆は現在でも有効だ


fed_1

金本位制は、price stabilityを持つが、100年単位での話だ。
5年〜10年という単位では、経済変動を拡大させる(Boom&Bustを生みやすい)
volatilityを低減させるための金融政策も実施ができない。

金を介して、為替レートと金融政策がつながってしまう。
A国の Boom&Bust が、B国に伝播しやすく、金融経済のパニックを国境で遮断できない。

経済成長に合わせた通貨の供給が実行できない。

1931年のBank of Englandが経験したように、
全体の1%の人が「Bank of Englandは金本位制を放棄するかもしれない」と疑えば、「Give me GOLD」というアタックが発生する。
中央銀行には、要求に対応する量の金保有が無いのだから、崩壊する
( paper moneyはいくらでも印刷できるから、崩壊しない )

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中央銀行の目的は、経済の安定と、金融の安定

金利は、広範囲に影響を与える。
1928年、1929年にFedha株式市場の投機熱を冷やそうと考えて、金利を引き上げた。
経済を冷やしたが、株式市場を冷やせなかった。
目的に対する手段の選択が誤りだった。

株式市場をピンポイント狙う、銀行への指導(証券会社に信用売買目的のローンを制限する)とか、信用売買の証拠金率引き上げを積極的に採用すべきだった。

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春山の"ふと感じた連想"
1928年〜1929年のUS経済の軟化と、その後に引き起こされた株式市場の暴落というパニックは、金本位制が持つ「世界連動波及機能」により世界に伝播した。

伝播は最も弱い部分に手ひどく襲いかかる。
1929年から3年後の1931年に発生したオーストリア最大の銀行(クレディート・アンシュタルト)の破綻は、まさにそれだった。
USから欧州に衝撃波が伝わったのだ。

2007年のUS住宅バブル崩壊、2008年のリーマン・ショックが、2010年〜2012年のギリシアの実質破綻を引き起こした。
金本位制は無くなったが、信用が世界中で連結した「信用本位制」であるゆえ、負債調達パニックが最もファンダメンタルの弱い部分を手ひどく破壊した。
その意味では同じことが起こったのだろう。

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サウジの本気度を感じる

3月20日14時23分に書いた
1985年12月のサウジアラビアの増産宣言
その後の原油価格の急落


当時をふと思い出した。
あの時もサウジを馬鹿にしていた。
イラン、イラク、その他高騰価格維持派の意見を世界は支持していた。私もそうだった。

サウジが主張する$100から乖離が大きくないのに何故?と気になってしまった。今後も注意してニュースを観察したい

http://www.ft.com/intl/cms/s/0/49ec22cc-71ea-11e1-8497-00144feab49a.html#axzz1pdASVyMS 
oil_facebook_20120320


3月20日21時51分にfacebookに書いた

サウジのコメント(https://www.facebook.com/photo.php?fbid=296311500442384&set=a.138215109585358.29202.100001906080968&type=1)がジンワリ効いている感じがする。

90ドル程度まで軟化するかもしれないので、一応頭に入れておこう 

oil_facebook

そして今晩、また書いている
サウジの原油価格低下を促す言動は、ブラフでは無い可能性が高まった。
やはり、1985年12月の増産宣言に似てきた。
原油価格に関して強気にはなれない。

25%もの増産を宣言している 

イラクがサウジで破壊工作に成功すれば話は別だが、サウジがあんな宣言をした以上、事前にUSとは話し合いができており、米軍がサウジ防衛の厳戒態勢に入っているハズだ。
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/f9f8eb00-729e-11e1-9be9-00144feab49a.html#axzz1plFoZ6vm 
 
Saudi_20120321


サウジは世界中の株や債券に投資している。
世界経済が不況になれば、投資した株が値下がりして大損する。

サウジは産油国と消費国は、持ちつ持たれつだと十二分に知り尽くしている。
 
原油価格は、高すぎても、低すぎても良くない。
一部の産油国は、短視眼的に今日の原油代金しか頭に無い。
たま〜に、サウジはそういう低レベル産油国にお灸をすえる。
お灸とは、原油価格の大幅低下だ。


今回も伝家の宝刀を抜くのだろうか? 

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2011年10月起点の上昇相場の想定をお絵かき

3月10日にfacebookにアップしたものを記録として、ここに残しておこう。

facebookのシステムエラーだろうか、3月1日〜3月13日の近況と写真が全て消えている。
無料だから文句は言えないが・・・


アップした時は「えらい強気ですね」と言われたが、今週は色々な証券会社が強気になって「大相場」を唱え始めた。それゆえ、今ではこの予想図は、「そうかもしれないねぇ」というレベルだと思う。

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2011年10月の大底を起点に、今の上昇相場の9月までの上昇率を想定した。
USと香港:+50%
日本:+35%

ボトムから1年間

強気の背景は、金融危機の後退だ。
PIIGSなどのファンダメンタルはほとんど改善していない
しかし、投資家のマインドが改善した。
葉音におびえるビクビク状態から、多少の事ではパニックしない「慣れ」の状態になった。

それを反映して、US$LIBOR金利もピーク・アウトし低下安定へ向かっている。
US$LIBOR


中国上海の短期金利も低下傾向が明確になってきた。
SH

アメリカと中国の短期金利の低下安定は、世界の市場の安定につながる。
これは株式市場をサポートする良い材料だ。

国別のチャートを示せば以下のようになる。

日本
nky


アメリカ
spx


香港
hsi


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日本に関して、当初は短命政権に終わると揶揄されていた野田首相の二枚腰が徐々に評価されてきている。
政権の安定長期化は、外人投資家がポジティブに評価するだろう。

我々が海外に投資する時に、「A国は政治が不安定で、毎年のように首相がコロコロ変わります」と言われたら、腰が引けるが、日本を見る外人の目も変わらない。

下の赤色枠は、小泉政権、 橙色枠が、野田政権

小泉野田

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目次 : 昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書

(1)当時の株価

(2)当時の物価・賃金・為替

(3)バブル経済と決別する中国

(4)歴史的な出来事のめぐりあわせ

昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書:(4)歴史的な出来事のめぐりあわせ

国民的行事の終了
(日本)東京五輪(昭和39年、1964年)、大阪万博(昭和45年、1970年)
(中国)北京五輪(2008年)、上海万博(2010年)

国民的行事は、国威発揚というお題目が付与されるので、費用対効果、副作用の後処理を度外視・無視した「イケイケ・ムード」に国中が覆われて、行き過ぎを引き起こす。

外的要因ショック
(日本)オイルショック(昭和48年、1973年)による不況
(中国)リーマン・ショック(2008年)による世界的な経済危機

海外から災難が降りかかる。
せっかく築いた経済モデルの改善&変革が求められ、国民的には不満が増加
何故、我が国がこんな目に合うのかと、被害者意識が高まる

内需振興中心の経済対策 
(日本)列島改造計画
(中国)リーマン・ショック対応の4兆元の内需振興経済対策

輸出先の海外経済がガタガタになる。
これまでの輸出依存経済モデルでは景気回復が心もとない。
勢い内需景気を頼りにする大型の経済対策が計画され、不動産建設セクターに財政資金が大規模流入する。

副作用との戦い
(日本)
列島改造論は、田中角栄が1971年出版している。オイルショックの経済対策として書かれたものではない。
田中角栄の首相就任後に、インフラ整備(主として新幹線)の候補の土地が買占め・買い上げられ地価高騰が始まっていた。そこに、オイルショックによる物価高騰加わり、1974年は狂乱物価を出現させた。
大蔵大臣福田赳夫総需要抑制策に舵が切られ、列島改造ブームは沈静化に向かった。

(中国)
世界的な資源エネルギー高騰と、経済対策による住宅投機により、住宅価格と一般物価が高騰
温家宝首相の強力な引き締め政策、住宅投機抑えこみ政策が2010年から実施され、2011年夏以降、住宅価格やインフレは鎮静化に向かった

それ以前に始まっていた通貨高
(日本)1971年ニクソン・ショック<下図右>
(中国)2005年人民元為替の自由化<下図左>
通貨高は、覇権国家(両方とも米国)への輸出超過が常態化した結果、米国が黒字国に向かって通貨の切り上げを求めたことで始まった。

原因が原因だけに、長期間継続する通貨高を甘受せざるを得ない。
一度味わった美味しい輸出依存経済は、「輸出利益は既得権」、「我らは被害者」という国民意識を植え付けてしまい、その後の経済の構造改革(=内需振興&規制緩和)の足かせになる。

cnyJYS

内需中心の経済への移行を目指した前川レポート(昭和61年、1986年4月)が出たが、民主主義国家日本は「変化の痛み」を嫌がって構造変化を先送りした。
そしてバブルを生み、バブルが崩壊し、現在でもなお「輸出片肺飛行」の経済構造を引きずっている。

日本は、内需経済への変化のキーワードであった規制緩和を実行しないまま資本の自由化を推進した。
旧態然として変化を拒否した国内勢は資本取引&証券取引の分野では劣勢だった。
規制緩和資本主義に鍛えられた外資系は、日本の金融機関から優秀な人材を札束で引き抜いた。そして、変化は商売のチャンスと狙いを定めて雲霞のごとく群がって、80年代〜90年代の日本の金融ビジネスを席巻した。


田中角栄内閣の列島改造論、地価高騰、狂乱物価という昭和40年代終盤が過ぎ去り、その後の静かな昭和50年代が、2010年代の中国の状況かもしれない。

振り返れば、昭和50年代の日本人は「家が買えなくなった」という怒りを持ち続けた。
政府は物価&地価対策に追われ、それが政策の中心になった。(21世紀の今日までr続いている)
2010年代の中国もそういうことになるかもしれない。

中国が今月発表した政策(前回の再掲)は、当時の日本がダブる。
*******************************************************
消費の拡大につながる長期的かつ効果的なメカニズムをいち早く構築する。
所得分配の構造調整に力を入れて、中・低所得層の収入増をはかり、住民の購買力を高める。
住民の消費を奨励する政策を完全なものにする。
社会的な高齢者対策や家事代行、不動産管理、医療・保健などのサービス業を大いに発展させる。
文化面の消費と観光や健康増進などの消費を奨励し、有給休暇制度をしっかり定着させる
オンライン・ショッピングなど新しいタイプの消費形態を鋭意発展させる。
環境に優しい建材や、節水型のバス・洗面所・トイレ設備、エコカーなど環境に優しい商品の消費を支援し、誘導する。
消費者金融を拡大する。
都市・農村部における流通システムや道路、駐車場などのインフラ整備を強化する。
製品の品質安全の監督・管理に力を入れる。
消費環境を改善して、消費者の合法的な権益を守る。
*******************************************************
中国は2012年の温家宝首相の「前川レポート類似の経済運営方針」を、着実に実行するだろうか?
中国は一党独裁の国家である。命令的に実行するのだろうか? 
中国の金融業界は変化に対応できるだろうか?
中国の政策担当者は、日本のようなバブルを防止できるだろうか?  
 

昭和50年代の日本の地価は、昭和40年代、60年代と比較すれば、上昇率(下のピンク枠の中)は鈍かった
昭和50年代の前半は、消費者物価(下の青枠の中)に劣後した。

 経済指標1970-1990
これが癒えたのは昭和59年(東京は昭和58年)だった。

 S59_2

金融自由化の本格化が引き金だった。

昭和50年代_1

資本の自由化は、昭和48年、1973年に総論としては決定済みだったが、各論は20年以上かけて実施された。
この遅れが比較的停滞した昭和50年代とバブルに踊った昭和60年代という段差を生んだのかもしれない。
遅滞なく実施されていたら・・・・、タレレバはわからない。

昭和50年代_2


中国も最近、資本の自由化をリークした。
日本と同じように20年以上かけて実施するのか、早いのか、わからない。おそらくは、バブル前後の日本を研究したと言われる中国は、上手に処理すると思うが、結果が出るまでには紆余曲折あるだろう。

中国資本取引自由化


なお、中国の地方政府の財政収入に関して、不動産売却代金から、固定資産税への転換は、良いことだ。
前者は、常時バブルを維持する必要があるから、避けたいハズだ。
(参考記事: http://www.shanghaidaily.com/article/?id=496011&type=Business)

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目次 : 昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書
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昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書:(3)バブル経済と決別する中国

前回、昭和50年代に関して「 低下するインフレ、増加する賃金、鎮静化していた地価住宅価格を合わせると、昭和50年代の労働者は幸福な時代を過ごした」と書いた。

2010年代の中国に、そういう状況が示現する可能性という観点で、現在の中国を観察してみたい。

まずは、インフレ状況
消費者物価は、明確な低下基調に入ってきた。さらに低下するだろう。
生産者物価は、前年比でゼロまで低下した。今後はマイナス圏に突入するだろう。
99年以降のサイクルを参考にすれば、2013年前半まではインフレ圧力は緩和傾向だと思われる。

China Inflation_1

2004年は、国内景気の過熱による古典的なインフレ
2008年は、海外好景気で輸出ブームに沸く景気過熱と、資源エネルギー価格の高騰によるインフレ
2011年は、リーマンショックによる世界同時不況に対抗する2008年11月発動の4兆元の内需拡大の経済対策の副作用に、資源エネルギー価格の再高騰が加わったことに起因するインフレ

副作用に対する引き締めは、2010年春から断続的に実施、強化されてきた。
2011年の夏をピークにインフレが低下を始めたのは、引き締め政策が功を奏した結果だ。
2012年の大半は、懸念は残るもののインフレは鎮静化だろう。

China Inflation_3

先日2012年の経済運営の方針が温家宝首相から発表された。
その内容を中国網の解説記事で読むと、日本の前川レポート(1986年4月7日にまとめられた「国際協調のための経済構造調整研究会」による報告書)を彷彿させる。

*******************************************************
消費の拡大につながる長期的かつ効果的なメカニズムをいち早く構築する。
所得分配の構造調整に力を入れて、中・低所得層の収入増をはかり、住民の購買力を高める。
住民の消費を奨励する政策を完全なものにする。
社会的な高齢者対策や家事代行、不動産管理、医療・保健などのサービス業を大いに発展させる。
文化面の消費と観光や健康増進などの消費を奨励し、有給休暇制度をしっかり定着させる
オンライン・ショッピングなど新しいタイプの消費形態を鋭意発展させる。
環境に優しい建材や、節水型のバス・洗面所・トイレ設備、エコカーなど環境に優しい商品の消費を支援し、誘導する。
消費者金融を拡大する。
都市・農村部における流通システムや道路、駐車場などのインフラ整備を強化する。
製品の品質安全の監督・管理に力を入れる。
消費環境を改善して、消費者の合法的な権益を守る。
*******************************************************

前川レポートは、輸出偏重の日本経済を、内需中心へと変革しようと目指したものだ。
2012年の中国は、同様な政策を遂行しようとしていることは明白だ。

消費を持続的に拡大させるためには、所得の上昇が必要だ。
日本の昭和50年代にはそれがあった。
過去10年間の中国の所得推移は以下のようなものだ。

中国都市部年間所得
 
過去2年間、所得倍増計画のような政策が北京政府によて実施されており、最低賃金は2年連続で10%以上引き上げられた。
また、外資系の工場で働く工場労働者の賃金を15%〜20%程度引上げるようにヤンワリと指導しており、2011年は大幅に賃金が上昇している。

10%以上の賃金上昇が10年も継続するとは思わない。
仮に、2010年代を通じれば、
2010年〜2012年: 12%
2013年〜2015年: 7.5%
2016年〜2017年: 4.5%
2018年〜2019年: 3%

という急速な上昇率低下を想定しても、2010年代は高水準の所得上昇が実現する

住宅価格
はどうだろう?
中国の北京や上海の大都市部の住宅価格(90屐砲惑収の10倍と言われる
世界平均は6倍らしい。
( 90屬凌恵曠泪鵐轡腑鵑、山手線の内側で1億円、東京駅周辺オフィスへのドア・ツー・ドア1時間で5000万円弱なので、日本は依然として6倍以上である )
 
次期政権の10年間で6倍達成できるのだろうか?
上記の賃金上昇率を前提に、2010年から10年間を試算してみた。
なお、世帯年収(都市部は、共働きの世帯が多い)という考え方は考慮せず、厳しい計算をした。 

2010年を起点に、所得は1.88倍になる。住宅価格は1.42倍だ。

中国住宅価格賃金倍率

2019年末で、住宅価格の所得倍率は、7.6倍になる。
共働き世帯では、5倍以下になるだろう。

この計算では、住宅価格が10年間連続で+4%で上昇することを前提とした。
3%なら、6.9倍まで改善する
5%なら、8.2倍に留まる
つまり、重要なことは、住宅価格の上昇をゆっくり上昇させることだ。
大幅下落は困る。急騰も困る。そういうことだ。

住宅価格所得倍率

中国は政策の浸透力が先進国よりも強力だ。
一党独裁国家の有利な点だろう。

2008年夏以降の全国の住宅の状況は下記チャートのようなものだ。
上段の取引件数はかなり鎮静化してきた。
価格は、2010年からの2年間は横バイだ。


China PP 

4大都市の価格(下図)状況だが、やはり横バイだ。

ChinaPropASP

温家宝首相が将来の住宅価格抑制を目指して引き締め策を継続する理由が理解できる。

なお、狙われるアジア(2)の後半に書いたように、中国都市部の住宅は不足している。
都市に移住する時、田舎の住宅を引っ越し荷物として持って来れない
都市で住宅を借りるか、購入するかするしかない。
中国では、賃貸住宅が非常に少ないお国柄なので、住宅購入意欲は長期的に旺盛な状況が続くだろう。 


一方、中国の都市化はまだまだ続く。
個人消費が活性化するので、都市の小売業が発展する。
日本の昭和50年代がそうであったように、商業用ビルに対する需要は高まるだろう。

中国都市化


(参考過去記事:)
1:2010年12月18日 中国不動産 : 投資妙味は住宅から商業用ビルにシフトする
2:2011年5月16日 フォロー・アップ(前篇) : 中国のSocial Housing & Economic Housing
3:2011年3月14日 「商業用ビル投資」に手を出し始める中国海外発展
4:2010年7月14日 インドと中国の都市化の比較と、中印不動産

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目次 : 昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書
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