2012年11月

貿易赤字が顕著に改善するか否かの判断は、8月

1:為替が動き
2:株が追随し
3:経済が最後に立ち上がる
古典的な経済サイクルだ。

(A)日本の景気が底打ちから回復に向かえば、エネルギーの輸入「量」は増加する。名目GDPとエネルギー消費には高い相関関係があるからだ。
一時よりエネルギー価格は低下したが、為替は円安になった。円ベースのエネルギー代金はあまり変化していない。こからら先の景気回復に伴うエネルギー輸入増加は、貿易赤字の悪化要因だ。

エネルギー輸入


(B)一方、世界景気サイクルの先頭車両である米国景気の回復と、中国経済の最悪期からの脱出は、日本からの輸出の増加をもたらし、貿易を黒字化に向かわせる要因だ。

この(A)と(B)が相殺し合って、貿易終始の変化は少ないかもしれない。
近年は中国との貿易が対米貿易を上回っていた。尖閣問題により低迷に拍車のかかった対中貿易の回復こそが、貿易収支改善のポイントだ。

3月に中国は新政権に代わる。新年の日本も新政権だ。両者の話し合いが急速に進めば、5月頃から日中正常化の動きになるかもしれない。それを受け貿易の改善が経済統計に反映するのは、8月頃だろう。

つまり、貿易赤字が顕著に改善するか否かの判断は、8月ごろに考えれば良いのだと思っている。
 
そして、それまでは上記の古典サイクルの「1:為替が動き」が大きく反転する可能性は小さいと考えておきたい。

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目次:2013年を考える
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新資産配分に関する心配事

11月15日(facebook参照)に資産配分の変更をした。

現在の私の最大の懸念は、日本株が2013年春までに想定されるパフォーマンスの大部分を出してしまう事だ。

AA_2012_1115

日本株の特徴は、
1:情報が行きわたる速度が速いこと
2:織り込む度合いが、世界平均よりも大きいこと

である。

その結果、上昇する時も、下落する時も、想定される期間全体の1/3程度の期間で、ほとんどの上昇/下落を演じてしまう。
流動性の高い大型株、インデックス採用銘柄の上位企業に関しては、のんびりしていては、買い遅れる、売り遅れる、と言われたりするのは、そのためだ。この辺は、良く観察して柔軟な考え方で臨もうと思っている。

長期的に考慮すべき「日本株にとってラッキーな点」がある。

米国では「シェール革命」と言わるように、シェール・ガス、シェール・オイルの生産量が増加している。世界需要の増加ペースを上回る勢いで増えている。

その結果、足元でジワジワ起こっているトレンドは、・・・・
1:エネルギー価格の頭打ち〜低下、特に米国内が顕著
2:米国の原油輸入量の減少
3:中東原油の需給の緩み
4:2によって、エネルギー輸入代金の支払US$の減少による「ドルのばら撒き」の縮小
・・・である。

「ドルのばら撒き」の縮小は、ドル不足をゆっくりと着実に引き起こし、・・・
(1)USドルを上昇させる。
(2)ドル・ファンディングが必要な欧州金融機関を困窮させる。
・・・という事態を招くだろう。

日本にとっては、原油価格の低下とドルの上昇の相殺効果で、原油輸入代金は変わらないままだろう。
原発が稼働しないと、貿易赤字は続くかもしれない。

2013年に関して、安倍自民党総裁の政権が誕生し、期待されているような「マイナス金利、日本円の大量印刷」が起これば、「日本円紙幣の増加量 > ドル紙幣の増加量」という事態も起こるかもしれない。

そうなれば、基本的な為替の方向を決めるトレンドが逆転して、持続的な円安の可能性も出てくる。
こうなれば、大型輸出株の上昇は長期化するかもしれない。
 
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目次:2013年を考える
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MEDIA MAKERS : 田端信太郎 (後編) 

前篇からの続きです。

きちんと読まれる
読み手の心を動かす
世の中に対する影響力がある

この3点が継続する、、、
これはメディア・コンテンツが、ビジネスとして成立するための条件だ。

一定多数の読み手に届かなければ、読み手の心に届かなければ、、、作品ではあるが、メディア作品ではない。
誰にも読まれない小説、見せない日記、レス無しブログ、フォロワーの無いtwitter、これらは個人的な満足は満たすが、社会的には無価値だ。

ビジネスが成立するメディアは、金銭的な対価を堂々と請求する。
スポンサーは古き良き時代とは異なり、貴族、旦那衆など富裕なパトロンが主役の座を降り、大衆マネー、少額課金、チャリンチャリン・マネーが跋扈するようになっている。

富裕パトロンの個人的な目利き力によって選ばれた創作者は時代遅れになり、その他大勢の「いいね!」がワッショイするカリスマやアルファーの時代になった。

大衆芸能、庶民感情重視、軽薄短小、お気軽使い捨て、何と言われようが「顧客が殺傷与奪の権利を持つというルール」は、古き良き時代から変わっていない。

顧客向けて出荷するには、顧客の属性に合わせて、創作物はお化粧を施される。お化粧のノウハウやルールは、前篇に書いた通りだ。大衆向けのお化粧方法がわかっているから、「メディア企業が主導する”企画物”」が幅を利かせる。
古き良き時代は、富裕パトロンは個人的な物であり、「その旦那」に合わせる個別特注品だった。

出来合上がる作品が、古き良き時代は「多種多様、少々多品種」であったのに対し、現代は「統一規格の着せ替え人形」になっているのも、時代背景からして当然の結果である。
前者は庶民が見たり手にしたりする機会が非常に限定的であるが、後者はいつでも、どこでも、だれでも、視聴できる。

何が面白いか、楽しいか、受けそうか、、、この判断基準も顧客次第で変わる。
現代は、楽しい、充実した時間を過ごせる、といった消費文化とベクトルを同じくするものでなければ、メディア的な価値が無い。
今ココで金を払う(ボタンを押す、クリックする)ように背中を押されるコンテンツであるためのルールだ。
メディア企業は、そのルールを創作者に教育する役割を担っている。

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ここまで書いたようなルールからすれば、私のブログは「メディア的な傾向に背を向けたモノ」の範疇に分類される。
1:対価を受けない。
2:大衆ではなく、一部のグループだけを対象にする。
3:受けを狙った化粧をせず、「アンタが勉強して、これを理解できるようになれ!」と要求する
という「一種の顧客軽視」を貫いているからだ。

MEDIA MAKERSを読んで、自己認識した事は、「私のブログはストック型コンテンツだ」という再確認だ。
これまでも、過去のエントリーを改良、修正したり、新しいエントリーとの間にリンクを貼ったりして、ブログ全体が「一種のデータ・ベース」を構築するように、コツコツやっている。
MEDIA MAKERSに書かれているように、必要な時だけ利用する辞書のような位置づけなのだ。

特に、facebookと並立して書くようになってからは、鮮度重視のものはfacebookに書き、後から読み返しても価値があるものはブログに書く、という風に使い分けを自然とするようになった。

フロー型コンテンツが読まれる理由は、文化、趣味、生活、「joy」という分野で輝いているからだと思う。
ストック型コンテンツ、非鮮度重視のコンテンツであれば、ビジネス、欲望、経済、政治、出世、というドロドロとした世界で存在感を示すべきだろう。

MEDIA MAKERS : 田端信太郎 (前編) 

MEDIA MAKERS
11月10日、田端氏から献本を頂戴した。2回読んだら、感想文を書こうと決めた。
11月12日の前中に1回目を読み終えた。読み物としても面白いし、勉強本としても秀逸だと思った。

私は本を読むに際して、
1:線を引く、 2:付箋を貼る、 3:メモ出しする(単なる付箋以上に大事だと思うから)、 
4:自分に置き換えて、ポイント出しする(自分の人生に活用すべきだと思うから)
、、という行為をしている。
これらの行為は、おそらくはブログを書き始めた頃に自然と身についたと思う。

田端氏の処女作品を読むに当たり、2,3,4を計測した。
2:付箋 : 31枚  3:メモ出し: 14か所  4:ポイント出し:5項目
という結果になった。

一回目読了後に感じた事は・・・
私がブログを書き始め、その後本を3冊ほど書きながら、苦労をして回り道の時間を費やして、やっと体で感じた事が、「さらり」としかも「テンコ盛り」で書かれている。
この事自体が、メディア業界の一流人”田端信太郎”という証明だと思う。
読み物としても面白いし、勉強本としても秀逸だ。
本の構成という面でも、さまざまな伏線、各章の「つかみと結論」までの流れ、、、これから本を書こうと志すメディア人候補生にも参考になる。
・・・であった。 
Media Makers_1

11月14日、2回目を読み終えた
間髪を置かずに読んだので、2回目は1回目の1/4程度の時間で読了。付箋の総枚数は偶然にも変わらなかったが、5枚ほどが剥がされて別の場所に貼られた。4点ほどポイント出しが増えた。

さて、読むだけは終わった。これから、感想文+書評+自分の考え方、という文章を創造する作業を始めるのだが、これには時間がかかる。
重要文章のコピペ+軽妙な感想、これだけなら〜6時間の作業だろう。しかし、「ポイント出し」した項目を熟慮し、色々調べて自分の考え方に組み替えて図や文章化する創造作業には数日を要するのだ。

Media Makers_2

勝手サマリー + 感想みたいなもの

 メディア経由で流通する情報や記事に、あなたがどのような解釈を加え、どのように反応するか、あなたの人生に大きな影響を与える。玉石入り乱れた情報の洪水の中、情報をうまく取り扱えれば良い人生を過ごせる。そのためにも、この本を読んでメディアをつくり情報を発信する側のことを理解することは有用だ。

 メディアはタレントを発掘して大衆のアッテンションを動員することができる。それが更なるタレント候補のモチベーションを高める。メディア人は目利き力を持っていると自負しているゆえに、上から目線的な言動をするが、職業としてメディア・ビジネスをする限り上から目線態度は必要だ。

 どんなに素晴らしい内容でも、メディアを通じて世に知らしめられなければ、この世に存在しなと同義語だ。メディア度が高いとは、いかに大衆に読まれる・見られるかということだ。

 メディアの役割は、様々な情報を観察して、それに正しい評価を付与して大衆に知らしめることだ。正しい評価をバブリッシュすること(=メディアの評価機能)はメディアに与えられた社会的組織的な責務である。

 同様に、メディアはここに注目しましょうという「提案機能」を持っている。メディア希望者が憧れるブーム・メーカーというメディアが持つ魔力であるが、エセ目利き、独りよがりと隣り合わせだ。

 カリスマ・メディアは、予言や提言したことが、大衆を動員する魔力を通じて、自分の予言と提案を実現することができる。予言の自己実現は、消費者分野において特に力を発揮する。なぜなら90%の大衆は、カリスマ・メディアの言動を素直に受け入れるからだ。

 ビジネスとしてのメディアは、消費者に対して、今ここで、「金を払って読む、見る、聞く」べきだと思わせる事で成立している。(プライオリティの強制力
 鮮度が勝負ではない「ストック型コンテンツ」であっても、「今ここファクター=プライオリティの強制力」を付与して消費者のアテンションを高めることが重要だ。

 ネットの隆盛が、高品質のリニア型メディア(例:長編小説)の許容度を低め、「サビだけつまみ食い」的な刹那刺激型メディアを氾濫させた。
 背景は現在のIT環境、生活環境がもたらした現代人の生活環境の変化なので、プロのメディア人は文句を言わず対応するしかない。

 メディア・コンテンツは、それが「どんな人=視聴者属性」をターゲットにするかを明確にイメージしなければならない。広告をゲットするには、広告主のターゲットとコンテンツのターゲットが一致する必要があるからだ。

 メディア・ビジネスの収入増加には、
1:「刹那刺激型、フロー型」と、
2:検索から流入する「資産型、ストック型」
のバランスが重要だ。
 稼げるメディアになれば、「編集の自由、編集権の独立」も容易に達成できる。

 メディアがブランド性を持たなければ、その他大勢のメディアと十把一からげで「安売り競争」に巻き込まれて、「自由と独立」が得られない。
 ブランド化のためには顧客ターゲットを明確にして、コンテンツ製作者へのリスペクトを醸成しなければならない。このリスペクト
は説明不能な定性的なものであり、一定の上から目線と表裏一体だ。
 現代日本では、メディア製作者に対するの「畏怖の念、尊敬の念」を備えたメディアが欠如している。
 「畏怖の念、尊敬の念」を得るには、メディア編集者が「俺はこう思う」と熱き思いを発信し続け、読者の共感を得続けなければならない。

 メディアの中立性が犯され、特定企業のヨイショ記事を掲載する地位に陥ることは避けたい。
 
 企業が自分の情報発信サイトを持つことは当たり前になった。それは「Owned Media」であり、中立性とは別世界のヨイショ・ワールドだ。
 それゆえ「本来のメディア、Pure Media」では編集の高潔さを持ち、読者からの信頼性を保持しなければならない。それは関わる人間の気構えや自負、プライドによって維持される壊れやすいものである。

 ネットの検索に引っかかって読んでもらうためには、内容と多少違っていても、検索対応(SEO:Serch Engine Optimization)をしなければ、読んでもらえず埋もれるコンテンツになる。
 情緒がなくなり、文章の質が低下し嘆かわしいと文句を言わずに、SEO対応するのがプロのメディア人だ。

 ネットの隆盛が個人型メディアを飛躍させている。しかし、メディア的な成功のためには、認知されるレベル・アップが必須だ。
 高いレベルの認知度は、コンテンツ製作者個人に対する信頼、そして彼、彼女の影響力に対する評価に比例する。

=== 後編へ続く ===
後編は、少し考えたことを私なりの言葉で書いてみます。

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広告とコンテンツの呉越同舟の終焉 その4

広告とコンテンツの関係が変動したのが21世紀の特徴だと思う。
広告がコンテンツを奴隷化した、という事だと私は思っている。

しかし、コンテンツが無くなったわけではない。
特定企業の商品サービスを番組化しても、それを視聴者が番組と認識する限り、それはコンテンツである。
広告に100%身をささげたコンテンツというカテゴリーを立ち上げて、その存在価値を確立したのだと、私は評価している。

さて、第4回目は、影響を受けたコンテンツの話をしたい。
本に絞って話を進めたい。

書籍(本や雑誌)は大別すれば2つのカテゴリーに分けられる。なおこの分類は、良い悪い、価値が高い低いとは無関係の分類だ。
少し無理して単純に2分すれば、1:暇つぶしの本(娯楽本)、2:勉強の本、に分けられる。
前者の典型は週刊誌、月刊誌、そして新聞だが、その特徴は広告が沢山掲載されていることだ。

暇つぶし本
2回読むことが、ほとんど無い。
時間をつぶすために存在するのだから、ライバルは本以外に多く存在している。コーヒー、映画、コンサート、観劇、テーマ・パーク、CD、ゲーセン、要は各人にとって「充実した暇つぶしの満足感」が提供されれば合格なのだ。
なるべく頭を悩まさない、エンタテインメントであることが肝要だ。暇な時間を、考えるために使うのではなく、楽しみたいのだ。
暇つぶし本の価格はライバルとの比較で決定される。サラリーマンの昼食代を超えると売れないと言われている。暇つぶしに3000円の本は普通は買わない。

勉強本
勉強のために本を買う事は稀である。反面、少々高くても買う。販売量は暇つぶし本の10分の1以下が通常だろう。
知識欲や知的好奇心を満足させるために存在する。娯楽とはベクトルが異なる。何かを調べるなど、その本を購入する目的(=事前の疑問点)が明確に認識されていることが多い。
本と言うよりは、資料、マニュアル、という位置づけの場合もある。

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電子書籍に向いているのは、暇つぶし本だろう。後で読み返すことがなく、線を引いたりメモしたりしない、消費される本だから、前のページすら読み返さないだろう。

電子書籍は、暇つぶし本の消費を増やすと思う。何冊買ってもかさばらない。沢山買ったことさえ認識できない、カード決済が来るまでは。
古本が出ないので、古本を買っていた層も新本を買わざるを得ない。業界にとっては電子書籍は「本不況のなかに現れた干天の慈雨」だと思う。
困るのは古本屋と駅のゴミ箱から週刊誌を回収する業者だろう。

暇つぶし本の消費が増える=掲載する広告を見る人が増える=広告単価を引き上げる事が可能、、という事になる。これも暇つぶし本を発行する雑誌社には朗報だ。

しかも、電子書籍の場合は、読者の属性を把握することができる。
これも広告単価アップに直結する。


== 続く ==

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広告とコンテンツの呉越同舟の終焉 その3

過去記事
1:その1
2:その2

さて、第三回です。
ネット広告の主戦場は、PCからスマホに移りつつある。
成長率は、断然スマホは高い。

戦場が変われば、戦略も変わる。
スマホの広告に関連する特徴は・・・

1:画面が小さい 
= 広告スペースも小さい、、、メッセージや内容を伝えるよりも、イメージ、雰囲気、乗り、つかみ、に特化した広告デザインで、インパクト重視、煽って即断即決を誘う。
短い文章、印象的な写真、ハイライト、キラキラ動く、などイフェクトを多用し、アオリが目的の広告になり、商品やサービスを正確に伝えるという意図は小さい。

2:一画面の滞在時間が短い 
= スマホで外で何か見る時は、「調べる方も急いでいる」、「考える為では無く、即断即決的に使われる」という傾向がある。
 
対して、PCの場合は、画面が大きく、ジックリ読む、詳細に調べる、その場の即断即決のために急いではいない。 一つの広告を起点に情報チェックのために数か所のサイトを回遊する。スマホでは回遊しない

金銭支払いに関しては、スマホでは既に決断済みの物の購入を除いて、高額商品の購入は少ない。
高額商品の購入はPCでなされる。
したがって、スマホでは低額商品の即断即決への誘導が多くなる。

スマホ広告は、コンテンツと広告の関連性はPCの場合よりも希薄だ。
目立つ広告である事が重要で、関連性は無くてもかまわない

3:スマホ広告は、特定された個人に確実に届く
これが個人情報を必死に収集し、活用する主要因だ。
PCは別人が使う事もあるが、スマホは他人が使う事は無いに等しい。

タブレットの場合、使われ方の特徴は、画面が小さくなればスマホに近づき、大きくなればPCに近づく。

低額商品なら消費者が仮に誤解して購入しても苦情や返品リスクが小さい。感情や雰囲気で購入してしまっても、「ちょっと無駄遣いしたか、あはは」で自分を簡単に納得させる傾向がある。

有名人や知人の口コミに背中を押されて即断即決購入する傾向が強く、口コミを装った広告が有効だ。だから対価を受領してヤラセ口コミを書くビジネスが成立する。
なお口コミサイトでは、「欠点評価、ネガティブ評価」は掲載しない、削除する、掲載しても多くの書き込みの一番下に表示するなどの手法が多用されている。

== 続く ==

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広告とコンテンツの呉越同舟の終焉 その2

前回の続きです。

広告の「ターゲッティングの精度」という分野に関して、広告を掲載するスペース(=個々のメディア・広告媒体)が持っている属性の把握と分析の手法の進化が著しい
それを担当するのが「アドテク企業」だ。
アドテク企業は、ネット広告の配信ビズネスにおいて、様々な役割を担っているが、基本的に元気が良い。

大雑把にそのビジネスを分類すると
1:広告主からネット広告を集めて、広告主の目的に合致したサイトに、なるべく安く掲載する
そのための最新鋭のシステム(Demand Side Platform:DSP)を提供する

2:広告を掲載するメディアを集めて、 それを広告主に、なるべく高く売る
そのための最新鋭のシステム(Supply Side Platform:SSP)を提供する 
「このサイトの属性は、*+*です」という情報を、DSP側に提示できる

3:広告が、どのような属性の人に、どの程度クリックされたか等、様々な広告成果を測定レポートする 

最近は流行ってきたのが、Real Time Bidding:RTBと呼ばれる手法だ。
概略を下図に書いたが、株のシステム・トレードに似ている。
広告を出す側(DSP)と広告場所を提供する側(SSP)が、マイクロ秒の世界で取引されている。

下図で説明すれば、
1:メディア企業2のサイトの「あ」というスペースが、SSPを通じて「ここに、*+*円以上で広告出したい人います?」という「
広告場所を売りに出す」 

2:それに対して広告主からの条件(広告を掲載するサイトの属性、価格など)に合わせて、「あ」に対して「私は、*+*円で出します!」と買い注文をいれる。

3: 両者が合致した瞬間に、広告がサイト「あ」に表示される

このプロセスが、マイクロ秒という単位で行われる。 

CM_2


個別の売買だけでなく、不人気サイトの広告場所が、パッケージで売買されることもある。バルク・セールだ。

アドテク企業が前提としていることは、・・・・
1:一定の属性(行動特性、消費行動)をもったaudience(視聴者)が多く集まることが重要
2:audienceが、コンテンツの善し悪しやコンテンツの価値の高低を判定する
3:多くの目が判定するので、audienceの判断は正しい、という前提(大数の法則)に立ち、audienceの判定に対しては、その正誤や善し悪しはそのまま受け入れて、システムを組む
4:広告を配信する配信先サイトのコンテンツは問わない。そこに集まるaudienceの数と属性のみが、重要だと考える。ただし、広告主が条件として提示する場合は、ビッド・システムに組み込む。

このような現状を観察していると、・・・・株の世界で言えば・・・個別株をコツコツ投資する時代が終わり、複数銘柄のパッケージ売買やインデックス全体の多頻度高速売買に主流が移行したのと似ていると思う。

=== 続く ===

9月14日をピークに調整が続いているUS株

オバマ再選直前までの動きの特徴は、
1:金融が買われている
2:ITと通信サービスが売られている
という傾向だった。 

US_1


1:の背景は、ロムニー大統領誕生への期待だ
ボルカー・ルール撤廃で金融セクターに、やりたい放題のわが世の春が戻ってくる
Fiscal Cliffの完全撤廃で、金持ち優遇が延長される
ヘッジ・ファンド、プロップ・トレード、PEファンド、これらが息をぶり返す、そんな期待だ。

何を馬鹿な事を考えている、と思うだろうが、こういうポジションで短期ベットするヤカラは相当多い。だから、オバマ再選が決まった瞬間に金融セクターは「期待裏切りの投げ」がドカンと出た。

2:は、Appleとfacebookの心理的影響かな??
通信は、競争激化ですね。ソフトバンクのスプリント買収で、それがハッキリしてきたと思う。孫氏は低価格攻勢をUSで実行するだろうから


US株全体・・・

値幅、期間、両面から見て、「昨夜〜来週火曜」がボトムで、調整が終わるだろう。誤差があっても「青い四角部分」にすぎないだろう。

反発の最有力候補は、一番下がったITセクターだろう。

US
 
今朝は、4年前、オバマが勝利した日のブログを読み返した。
書き残しておくことは大切だと再認識

>ブッシュ時代より、オバマ時代の方がマシだと思う

読み返して思う事は、
1:大きなセレモニーが終わった直後は、「冷静に、広く、熟慮」してはいない。
2:その後年末までに、熟慮した良いエントリーを書いている。
という事だった

 
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広告とコンテンツの呉越同舟の終焉 その1

営業活動としての広告宣伝、これは重要だ。
良い製品やサービスを造れば売れる・・・・それは「提供される商品サービスが少なすぎて、結局毎回決まったモノを買う」という昔の時代、もしくは「これを買うべし、これを買うものだ」と示唆、指導、決められるなど自由競争レベルの低い時代の話であり、そんなこと、とっくの昔に終わった夢物語だ。

今は、同じようなモノなら売り上げは宣伝広告で決まる。
むしろ宣伝広告が上手であれば粗悪品でもヒットしてしまう。それほど広告宣伝はビジネスには重要になった。

宣伝広告ビジネスの戦場は、賃貸不動産業に似ている。
多くの人が見てくれたり、特定の商品に興味を持つ人がより多く視聴する番組は、高い値段で広告枠を販売できる。
雑誌やネット広告の場合だと、販売部数やページ・ビューの多寡により、同じ面積の広告スペースであってもスペース単価には大きな格差が生じる。

より多くの人に伝えたい。
より興味を持った人に伝えたい。
広告業界は、100年以上も前から、「リーチの広さ」「ターゲッティングの精度」を真剣に考え続けてきたのプロ集団である。
その両ファクターが良ければ、広告主も商品が多く売れるし、広告を掲載するメディアもスペース販売収入が増えるからだ。 

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宣伝広告は、直接的に「パンフレットを配布する、人の集まる場所で実演する、顧客ターゲットを訪問して説明する」ということから始まった。
駅前のティッシュやビラの配布、ポストへのチラシの投げ込み、新聞の折り込み広告、電車の中吊り広告、これらも同類だ。
 
これらの多くは、ターゲッティング・レベルが低い。チョコレートの中吊り広告を例にとれば、電車に乗っている人が乗っていない人よりチョコを沢山食べるわけではない。電車サービスという主体と、広告内容には関係性が無い。まさに「Broad Casting、広くばら撒く、下手な鉄砲も数撃ちゃ当る」の戦略で、数が重要なのだ。

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「電車サービスと広告内容は無関係」という「数撃ちゃ当る」の世界から、広告の費用対効果という点に注目し、ターゲッティング精度を高めたものとして、CMが求める人々に近い属性をもった読者が多い新聞や雑誌に広告を掲載したり、TVラジオ番組にCMを挿入するという世界に力点がシフトしていった。

ここでは、新聞、雑誌の記事やTVラジオ番組の内容(コンテンツ)と、掲載・挿入する広告・CMとの間の関連性が重視される。
料理番組には食品企業が広告をだし、スポーツ番組にはスポーツ・シューズ・メーカーが広告を出すなど、主体の属性に合わせた広告CMが選択されるのであり、まさにターゲッティングである。

最近では、露骨に「特定企業の商品そのものをTV番組にしてしまう」という手法まで登場した。もともとのコンテンツが消えて、CM100%に極まった観がある。 

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ターゲッティングが無い、もしくは出来ない時は、情報がどの程度拡散できるかといった「リーチ、量的効果」が重視される。
いかに大量に配布できるか、いかに多くのひとに見てもらえるかが重要だ。人気のコンサート、イベント会場やターミナル駅周辺でのチラシ配布は、その代表だ。


「ホーム・ページA」に掲載するバナー広告料金に関しても、下図下段に示されたように、時間帯によってサイト訪問者の人数が変動する。それに比例してスペース単価も変動する。 

CM_1


ターゲッティングが可能になれば、世界が変わる。
主体(新聞、雑誌の記事やTVラジオ番組の内容=コンテンツ)の持つ属性が重視される。
どんな人が読む・見る・参加するのか、それらの人々の行動特性、特に購買特性(どんな製品サービスをどんな頻度で買うか)が重要視される。
これは宣伝広告のヒット率(現実に宣伝広告された商品を買う割合)に直結する。

ヒット率が高いと、宣伝広告の広告掲載料金、CM配信料金のスペース当り単価、秒当り単価は高くなる。この関係は、リアル(新聞、雑誌、TVラジオ番組)の広告でも、ネットの広告でも同じだ。

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広告ビジネスは、21世紀になって飛躍的な進歩を見せている。
それは
属性の把握と分析の手法の進化に負う所が大きい。
 
同時に、コンテンツに対して「消極的に付随していた広告」が、その属的な地位を脱して「金を出すのだから口を出す」というコンテンツに影響を与える主体的な地位になってきた。

以前は、良い番組を製作する「作品の純粋性」が優先され、広告側が作品(コンテンツ)の属性を判断して、自分にふさわしいコンテンツに寄り添っていた。
 
現在では、「広告がコンテンツに命令する」かのように、CM側の目的に沿った「属性をもったaudience」を集められるコンテンツに仕立てて、広告単価が高まる作品にする「意思」が生じている。
前述した「特定企業の商品そのものをTV番組にしてしまう」手法は、その最たるものだろう。

昔風に言えば、不純なコンテンツが増えてきたのだが、尻尾が頭を振り回す時代に変わったと言えるかもしれない。
しかし、作品の良し悪しは、多分に主観的なものである。特にCMの主戦場である娯楽番組においては、専門家や権威が判定するのではなく、多数の目や耳(=広告のターゲットたるaudience)が決定権を持っている。
 
CM側が指示コントロールするコンテンツが、一定の特性をもった100万人のaudienceを集めることと、、、、、作品の純粋性によって創られたコンテンツが様々な特性の混在した100万人のaudienceを集めること、、、、ここには視聴率的には差は無いが、CM単価的には大いに差がある。つまりメディア・ビジネスの経営者にとっては、前者が選好される。

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属性の把握と分析の手法の進化はネット広告で顕著だ。
そしてネット広告においては、把握と分析のための
個人情報の収集ありきになっている。
個人が特定される場合と、特定されない場合と、二通りがあるが、いずれにしても個人情報が重要な付加価値を生んでいる。

例えば、商品の購入履歴がある人に、メールで広告を配信することは、事前に了承された個人情報の利用だ。

ログインした人の特性情報を利用した「ログイン者に適した広告情報の配信」や「クッキー、cookie」情報を利用した広告配信も個人情報の利用だ。ここでは、「ログイン=自分の属性を開示する事の了承」という解釈が成立しているのだろう。

現在(表の世界で)主流になりつつあるのは、「個人を特定しないギリギリの限界」の個人情報の活用である。
広告主からすれば、個人はあくまでも「一匹のメダカ」であり、価値があるのは「メダカの群れ=同種の属性をもった集合体」である。CMは群れに向かって放たれるのだ。だから、個人を特定する必要が必ずしも無いのだ。

〜 続く 〜

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民主党政権の方が、株が上がる


オマバ再選が決まった
 


1:大統領と株価 : Presidential Cycle



アメリカは株式市場のパフォーマンスと大統領を結び付けて論じる風潮が日本よりも強い。


下図は、ブッシュ政権の8年間とオバマ政権の3年10カ月のUS株(SP500指数)の推移だ。


任期最後の2008年に借金バブルの経済政策が行き詰まり、サブプライム・ローンの崩壊に端を発しリーマン・ショックを引き起こして世界経済を混乱させたブッシュ政権時代の株価パフォーマンスは大幅なマイナスだ。

一方、大きな政府と共和党から非難されながらも経済対策に邁進しているオバマ政権では株式市場は回復基調で好調な推移を見せている。


1


大統領と株価の関連を、米国では「presidential cycle:大統領サイクル」と呼んでいる。

民主党政権と共和党政権の株価パフォーマンスの比較に留まらず、1年目、2年目、3年目、4年目の株価パフォーマンスに関しても色々な事が論じられる。


2:戦後の大統領の成績表


第二次世界大戦後の各政権に関して計測集計した下記表を使いながら、2013年の株式市場を考えてみたい。


下記の1944年以降の68年間の集計データからは、

1:民主党政権の方が、株価パフォーマンスが良い

2:大統領任期の1年目は、圧倒的に民主党が好パフォーマンス


という事実が浮かび上がる。


一般的に共和党政権は株式市場に優しく、民主党政権は厳しいと言われるが、データが示す事実は全く異なっている。

2013年に関して好調な株式パフォーマンスを願うなら、過去のデータが示唆することは、オバマ再選が良いという事である。
  今回は違う、という人もいますけど・・・


2

3:2期目の大統領の特徴


米国の大統領は三選が禁止されている。

そのため再選を果たし二期目を迎えた大統領は、二期目を「再選を気にした人気取り政策から離れて、本当に自分のやりたい事が出来る4年間」と考えるようになる。

一般的には、支持率に密接に関連する国内問題より、外交問題や世界平和問題に関係する活動が増える。「***和平実現で世界的に名を残した***大統領」という名誉、名声を望む傾向が強くなるからだ。

例えば、クリントン大統領の場合、医療保障改革で苦労した一期目から、二期目になると、バルカン半島や中東の紛争の解決に終結に熱心に取り組むように変化した。

オバマ再選の場合も同じだろう。とりわけオバマ大統領の場合は、ノーベル平和賞を授与されたわりには世界平和に貢献した実績が乏しい、と言われているので、紛争地域に対する和平促進活動に力を入れると思わる。

なお株式市場は、政治家があれこれと市場に関して口出しせずに無関心の方が、良いパフォーマンスを示すと言われている。この点からも、オバマが再選され国際平和の推進に活動の中心を移すほうが好ましいかもしれない。


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