2013年08月

サマーズFRB議長

クリントン陣営の強力な推薦、ルービン元財務長官のプッシュ、銀行証券の要請、これらでサマーズがFRB議長レースを一歩抜け出したと言われる。
次期大統領を自負するヒラリーがイエレンにダメ出ししたとも伝えられる。
イエレンの代わりの形式的な対抗馬はドナルド・コーン元FRB副議長だ。

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サマーズFRB議長を予習する。

1:サマーズの得意技は政治的な寝技だが、ソレでは経済は動かない。

2:新興国を馬鹿にしてきたサマーズだ。汚染企業、公害排出企業は新興国へ輸出してしまえ、などと公式の会議の場での発言は消せない。アジアや新興国との関係はぎくしゃくするだろうし、新興国の経済的な危機に対してサマーズは冷たい態度になるだろう。

3:合意形成を軽視し、自説をごり押しするサマーズの性格は継続する。イエレンなどFRBから数名が脱出し、サマーズ・イエスマンFRBになるだろう。残った良識派FRB理事との不協和音が増すだろう。

4:銀行証券から多大な便益(高額報酬、講演会収入など)もあり、銀行証券に対する規制(ボルカー・ルール)は骨抜き化される。金融がエンジョイできる時代に戻る方向がくる。

5:ノーベル賞が欲しいようなので、名誉を得るために、例えば、経済危機が大きくなった時に、一転政策を変更し大盤振る舞いする。それをUSのいう事に従わせるに条件化する。経済金融政策のvolatilityが増すだろう。

なお、Sheryl Sandbergがfacebookをやめてワシントンへ行く可能性がある。
サマーズのお気に入りだし、facebookは彼女にはフィットしない。

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シャドー・バンキングは世界一周で、次は再び日本の番ですか?

シャドー・バンキングは、世界共通の問題で過去から繰り返している。

1:日本の住専と、含み損の株や不動産の飛ばしなど、1980年代バブルの後処理
2:住宅ローン証券化など、欧米を中心に発生した2000年代の証券化バブルの後処理
3:中国のシャドー・バンキング

中国のシャドー・バンキング問題の歴史は古い。
小平の開会開放路線が産み落とした「副作用」とも言える。

世界中に共通することは、後処理とは銀行の不良債権問題に帰着するということだ。
中国の銀行の不良債権問題は、私の知る範囲では過去2回
1:アジア危機後の小規模な不良債権処理・・部分処理だったと記憶
2:4大銀行のIPOのための「不良債権一掃処理」・・・1で残った部分も含めて、完全処理
今回のシャドーバンキング問題が、仮に2014年以降に銀行に不良債権処理を強いることになれば、3回目となる。

過去2回の経験、サブプライム証券化の後処理、日本の処理、これらを通じて、中国は「銀行の不良債権処理に関しては世界で一番上手」と言う声を先日出席したセミナーでも聴いた。

一党独裁、資金はジャブジャブ、名目GDPは8%〜11%で増加
これは不良債権処理をするには、理想的な条件だと言える。
悲観しすぎてはイケナイと思う。

アベノミクスはゆくゆくは2020年代〜2030年代の日本にバブルを発生させる可能性がある。
1980年代のバブルと90年代の苦難の時代を経験した人が退職するからだ。
いわゆる「戦争を知らない子供たち=新人類」が、各企業で決定権を持ち始めるのが、2020年代以降の日本だ。

イメージ11

給料の上昇をエンジョイするのは、2014年後半からだろう。
その後、やっぱりダメか、日本は・・・・という不安フェイズが来る。
その後の回復で、ようやく多くの人が、日本は変わったのだと信用するようになる。

信用が高じて・・・・・2020年代〜2030年代のどこかで・・・


関連する過去記事
(1) 中国シャドー・バンキングと理財商品

8月の投資家の心理

年初から7月までは、強気の投資家が増えていた。
5月以降の調整局面でも、「ここが買いチャンス」と考える投資家が増えていた。
しかし、8月になって手のひらを返したように、投資家の心が変わった

下のチャートにあるように、一定のレベルを達成したのだが、それ以降なかなかもう一段上へ動かなくなって不安が徐々に大きくなって、ある種の我慢の臨界点を超えたのだろう。

n_1

急に弱気派になった人から聞こえてくるのは、
1:もう、こんなに上がったから、ここから上は困難だろう
2:円安が無くなったから
3:毎日上がる状態ではなくなってしまったから

でも、・・・
1:は、理由でも何でもない
2:は、5月から為替はボックスであるから、理由としてはオカシイ
3:は、アハハである
・・・だと思う。

8月に弱気派に転向した人は、
7月までは「強欲」だったのに、8月になって「暴落の恐怖」に怯えている、
それは、心の振り子運動みたいなものだろう。

口では色々強気や弱気を言うが、売買行動をしない人がほとんどだ。
売買行動をしない人の言う事には、耳を貸さない方が良い、雑音に過ぎないからだ。
行動する人だけを観察するべき

n_2

11月15日から日本株は新世界にいる。
デフレが終わるのなら、1989年末を起点とする長期弱気相場は終わる。
相場とは、そういうものだ。
デフレ継続なら、ダメである、これもまた相場だ。

n_3

付和雷同している投資家の多くは、経済や企業の業績といった実態を観察しない。
根拠のない自分勝手な感覚を反映した「自分の心」の変化が「強欲と恐怖の間を往復」しているに過ぎない。

心の変化は、自己ポジションの含み損益に連動して動いている。
平均的な投資家の動きだが、・・・
1:12月から2月にかけてバタバタ売買してそれなりに儲けた。
2:その後少し休んだ。
3:4月以降の上昇で、活動を活発化させた。
4:5月23日以降の調整では、買いポジションを持ったまま今日に至っている
・・・が多いようだ。

4月以降のポジションだと、現在では「全員が含み益、とは言えない」
含み損になって、不安心理が大きくなった投資家も多いハズだ。

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セカンド・ブログ、始めました

セカンド・ブログ、始めました

セカンド・ブログ→
「文字と言葉」の豊健活人生

sb

21世紀はcommunityがclosed化する世紀

facebookは入場制限が出来る。
理不尽な発言をする人、分別の無い大人を「ボタン一つで追放」できる。

しかし、マスを対象にするメディア(いわゆるマス・メディア)は、理不尽な発言をする人、分別のない大人を排除できない。
つまりマス・メディアとしてビジネス(または活動)するなら、分別の無い人間を基準に事を成す必要があるのだ。

マス・メディア業界、金融業界、大衆にモノやサービスを販売する業界、いずれも、一握りのおかしなヤカラから「企業やビジネスを防衛するため」変なルールを十重二十重と作っている。
不自由極まりないし、ユーザーからの視点でも、1人の無分別者のために999人が犠牲となって不自由を甘受させられている。
openや、publicという世界とは、このように非効率な世界だ。

一方、closedされた、club的なcommunityでは、そのcommunityにフィットする人間しか参加していない。
非常に効率的で、生産性の高い世界である。
SNSは、ヤンワリとではあるが、club的な姿勢を強めつつあると感じている。

大胆で極端な言い方かもしれないが、21世紀はcommunityがclose化する世紀ではないだろうか、と思う。

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目次 : Web2.0第二フェイズ:Google VS Facebook
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Big Data Marketingが引き起こす「Short Tail化」

今朝、子供のアッシー君をやりながら、JWAVEを聴いていたら
1:メディア産業は、Big Dataの活用で様変わりする
2:コンテンツで勝負する時代から、Big Dataマーケティング時代へ変わる
3:ネットも、もっと集客できるように「外見90%、内容10%」という戦略を採用すべきだ
、などなど(発言そのままではなく、意を汲んで文章化しました)を、東洋経済オンラインの編集長が解説していた。

Big Dataを使って集客、SEOで検索上位に表示、など現在のトレンドを考えると
1:幅広く数を集める競争、集客数で評価
2:その結果到達するのは、どれも似たり寄ったりのTVのバラエティ番組のようなメディア
というゴールが見えてくる。

ネットとTVは似ていると東洋経済オンラインの編集長が指摘していた。
先にバラエティ化したTVをネットが追いかける、という事だろう。

これまでネットはLong Tail化を促進する、と言われてきた。
しかし、ネットへの参加者が下図のように裾野を拡大した結果、受動的なネット利用者が過半数を占めるようになり、それがネットのShort Tail化を促進するようになったのだと思う。

Big Date Marketing

発見の喜びに誘引されて、自らドンドン検索をする、、それは今ではネット利用者の中では少数派なのだろう。
ならば、それに最適化したネット・メディアであるべきだ。
東洋経済オンラインの編集長の主張は、そういう冷徹な現実判断なのだと思った

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1931年は、日本の不幸が確定した年だった。

2012年は集中的に「何故日本は、中国との泥沼の戦争にはまり込んでしまったのか?」を調べた。
大学ノートに4冊ほどのメモ書きが出来た。 
ブログに一回、途中段階のまとめを8月に書いた。
コレです→http://blog.livedoor.jp/okane_koneta/archives/51721474.html

その後、11月から相場が急変(良い方向に!)したので、まとめる作業が中断してしまった。
そして今2013年8月、書きかけのメモだけでも文章化しておくことにした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

日本が、最終的に、一線を踏み越えて、戦争への道から戻れなくなったのは、1931年だ。
3月、3月事件(クーデター未遂)
8月、浜口雄幸死去(前年に東京駅で狙撃され、4月に首相辞任)
9月、柳条湖事件(満州事変の始まり)
10月、10月事件(クーデター未遂)
どんどん陸軍が暴走していく。

そして、 12月、国連が日本に中国からの撤退を命ずる決議をしようと投票にかける。
投票結果は、13対1、
反対の1票は日本、
全会一致じゃないと決議は不成立、
決議を阻止できても、日本は世界から完全に孤立した。
 
この後は、一方通行出口なし
1931年は、日本の不幸が確定した年だった。


10月事件http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E6%9C%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6


経済面では、・・・・金本位制に復帰すべきか否かという、今から考えれば不毛の議論に、日本経済は翻弄された


1923年の関東大震災とそれに伴う金融措置の必要から、金解禁は先延ばしにされた。
震災は大幅な円安と過度な輸入を招いて、経済混乱に拍車をかけた。
( 生産設備の破壊で、輸出は回復しなかったのだろう ) 

このような中で、1926年(大正15年)1月に成立した憲政会・第1次若槻内閣の大蔵大臣片岡直温は、金解禁の断行を公約として、その障害となる震災手形の処理を行おうとした。
 
だが、この対応の拙さが1927年(昭和2年)の金融恐慌を招き、政権は再び政友会の田中義一内閣に移って積極財政路線が復活。為替相場は乱高下を繰り返したのである。

1928年(昭和3年)に入り、フランスが金解禁を行うと主要国でこれを行っていないのは日本のみとなり、内外からの批判を浴びた。
また、為替相場の不安定ぶりに悩まされた金融界と貿易関係の業界からは、金解禁を行って為替相場を安定させることを望む声が上がり、東京・大阪の両手形交換所と東京商工会議所からは「金解禁即時断行決議」が政府に対して突きつけられた
(ウィキペディア:金解禁より) 

問題は、解禁時のレートであった。
市場実勢で実行すべき、今では当然のことと誰でも思うことだが円の切り下げは不名誉と考える経済がワカラナイ政治家の手によって、国際競争力が破壊されるような大幅な円高で金本位制に復帰してしまった。
1930年1月のことであった。

その結果は、円高不況、円高デフレ・・・であった。

1929年10月29日、NY市場は大暴落、そのご欧州は大不況に突入
そういう国際情勢を無視して、経済がワカラナイ政治家の手によって、日本経済が破壊された。

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モンゴル帝国と長いその後 杉山正明

2012年〜2013年に読んで、色んな意味で視野が広がったのは、モンゴルの歴史に関する本だった。
これ、「モンゴル帝国と長いその後 杉山正明」、もその一冊

モンゴル帝国_2

世界史で習ったとは言え、通り一遍の表面をなでるだけ。
その背景、その前史、その後どうなって現代につながっているか、そんなことは授業では全く教えてくれない。

ようやく今になって、おぼろげながら全貌がつかめるようになってきた。

モンゴル帝国_1


一番なるほどと思ったのが、モンゴルの軍事戦略
戦う前に、勝てるように、非軍事的な手段を多用する
人的被害を最小限に食い止めるための策だ。

tt

モンゴル帝国の多くが、イスラム教に改宗したことが、今日までの大きな歴史の流れを作っている。
改宗理由は、宗教を政治的統治のために最大限に利用するためだ。

宗教と政治と日常生活を三位一体で統率するイスラム教だからこそ、統治者は有効性を感じて改宗したのだろう。

モンゴル帝国

筆者は、東西世界が初めて結合された意義を論じている。
シルクロードは、それ以前には機能していなかったのだから、モンゴル帝国の果たした機能は大きいと思う。
通貨の統合、制度の統合、安全の維持、それがあってこそ、経済が動き出すのだから。
しかも、地域経済ではなく、結合された世界経済が動き出したのだから

遊牧民族国家

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過当競争のインスタント麺業界は、風向きが変わるか?

中国の食品業界は、私の好きな業界だ。
随分前から、ブログでも長期渡って書いている。
普通の日本人が投資する代表的な大きめの銘柄は下記のようなものだろう。

f1

インスタント麺業界は、多くの企業が乱立してる。
参入障壁が無い。大外れが無いビジネス。
特に流通網が未発達の90年代は、各地方に地場の企業が多数存在していた。

株式投資的には、食品業界は「大は、より大きくなる」という法則がある。
大量生産=コストカット=品質改善=R+D大量投入、という長期連続技が業界を支配するからだ。

f3

代表の2銘柄、康師傅322と、統一企業220を比較してみよう
両方とも、予想業績が急降下した。
康師傅322、統一企業220、両社とも▼20%程度の下方修正だ  

eps down

株価は、
康師傅322 : 24→19、▼20% (現在のPER=29倍)
統一企業220 : 10→7、▼30% (現在のPER=21倍)
下げの差は、信任度の差だ。
日頃の情報開示の差でもある。 

322_220

このPER格差は、企業に対する投資家の長期的な評価であり、1年や2年では縮小しない
特に業績低迷期は特にそうである。
大底からのリバウンドは、逆になるが・・

将来、どっちが有望か?
食品に対する庶民の嗜好はどんどん変化する。
所得の上昇に比例して、より美味しいもの、より安全なもの、より有名なもの、という方向に変化する。

1990年代は、列車に乗ると、カップ麺を販売するために大きなヤカンの熱いお湯を入れてくれる風景が一般的だった。
その当時の麺の味は、良く言えばシンプル、日本人的にはヒドイものだった。

2006年頃、まあ食えるようになった。コンナ感じだった。
この変化は、現地に近いほうが察知できるだろう。

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広告とコンテンツの呉越同舟の終焉 その5

過去4回に書かなかった、メモの断片で、このシリーズの最終回のつもりです。
下記は過去4回の過去記事
1:その1
2:その2
3:その3
4:その4


(1)バラエティ番組=集客が命、内容は不問=最大公約数に対する広告が最適だ。
内容不問なのだから、特定企業の商品やサービスをそのまんま番組にしてしまう方がCMとしては効果的だし、時間当たりのCM料金としては広告主には安価、という帰結は「目からうろこ、コロンブスの卵」ではないが、当然の結果だろう。

しかも一種の情報番組(へーっ、こうなっているのだ!)として、タレントの無価値な会話を垂れ流しする純粋バラエティ番組よりも視聴率を得られる。

これは、暇つぶし本にとっては、強敵だ。
TV番組は、音声+動画なので、暇つぶし本(紙であれ電子本であれ)よりも、パワフルだ。


(2)少し前に、情報収集やメディアに関してディスカッションした事だが・・・・・
 
1:メディアの数が増えすぎた。
TV、ラジオ、新聞、本、雑誌、ネット、電子本、音楽、観劇、映画、
一人の消費者はい一日24時間しかないのだが、メディアは圧出されずに垂れ流される。せいぜいタイム・シフトでCM飛ばししかできない。CM飛ばしは、メディアとしては本末転倒だ。
メディアの淘汰が進むしかない。
もしくは、メディアの作り手、届け方が変わるしかない。
 
2:目立たなければ生き残れない
録画されVTRで見る番組の場合、CM飛ばしが常識なので、その場でCMも一緒に見てもらう必要がある。
それゆえ、目立つこと=刺激的であること、が最優先になっている。
内容の5倍も10倍も過大に見せる事に努力が注がれている。
嫌悪する視聴者も増えるだろう。

3:読者が低レベル化し、ヘッドラインやタイトルしか読まなくなり、写真や絵しか見なくなった。(3分以上の議論をできなくなった)
その結果、刺激的なヘッドライン、表紙で、PVやクリックを集めてCM獲得する戦略が突出して有効という極端なまでのコンセンサスが出来上がっている。
 
4:無料が常識化したので、CM収入しかないという意識が極大化している。 
新聞、本、雑誌、電子本、音楽、観劇、映画は、以前として有料でコンテンツ勝負でビジネスしている。
それと比較して、TVのコンテンツ放棄の度合いは突出しているように思う。

5:良い情報は有料化、もしくは非デジタル化して、ますます一般人が得られなくなってきた。特に日本語では顕著な傾向だ。これは残念な事だ。

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