前回自由から規制に社会が変化のは第二次世界大戦後だった。
当時はソ連が欧州各国の共産党に国内経済を混乱させ革命を起こすよう指示をしていたので、欧州政府が重要企業を統率・支配・管理することで自由主義を守るという錦の御旗が存在していた。

米国のマーシャル・プランは欧州に経済復興計画の策定を強要した。
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アメリカの資金が欧州をこんなに素晴らしく復活させ、共産主義化するのを防止する。しかもアメリカの製品を大量に輸出する市場にもなる。
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これがマーシャル・プランをアメリカ議会と有権者に納得させるために必要とされた大義名分だった。

提出される計画が実現可能か否かは重要ではなかった。
むしろ実現不可能なほどバラ色の計画の方が議会を説得するためにアメリカ政府にとって好ましかった

欧州の父、EUの父、ジャン・モネもそのような状況を積極的に利用した。
マーシャル・プランのために壮大なバラ色計画がフランス(=ジャン・モネ)によって策定された。もちろん、モネはその計画が絵に描いた餅だと心得ていた。

しかし、一旦公表された計画は独り歩きを始めた・・・・

===2000年にあるコラムに書いた文章===
< 長期的な視点 >
最後に、先日10年以上のお付き合いのある米国人エコノミストと話をしていたら、彼が以下のことを述べました。
年金 などに代表される社会福祉制度は、ある意味では東西冷戦の産物であります。当時は、自分の陣営はこんなに暮らしやすい社会だと見せる事が政治的に重要でし た。その社会福祉制度が計算上成り立たない仕組みであったとしても、冷戦の間だけでも維持する必要がありました。しかし、もう冷戦が終了し、維持が不可能 なものを続けることが政治的に不要となりました。
政治的に不要なものは、経済的に成り立つレベルまで縮小されるか、廃止されます。
われわれは、政治のショーが終わった事を認識する必要があるのです。

===迷走する年金(2)、2000年にあるコラムに書いたエッセイ===