推薦本 : ジム・クレーマーの”ローリスク”株式 必勝講座

2006年の前著は名作だった。

今回は、もう少し枝葉末節、四方山話をカバーしている。

ジム・クレイマー

前著を先に読んでからのほうが、より理解が深まると思う。

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これも、1回では無く、2−3年で、3−4回読む本だと思う、体に刻み込まれるまで

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購買力は武器である :危機の二十年― 理想と現実 : E.H.カー

購買力は武器である。

100年前から変わらぬ真実
相手国の商品を買ってあげて、代金として支払うのは「自国通貨

自国通貨=無コスト(印刷代だけ)
しばらく持っていてもらい、時間差で自分のものを売りつける。

これを「大砲を資本に変えた」とマルクスは称し
現代のドル外交にまでつながっている

今、それをソックリ真似しているのが中国、
アジア、アフリカで人民元決済を追及しているのは、まさにソレ

しかし、この新しい力は「消耗資産」であって、もし濫用されるなら、その力自体が失われることになる

危機の二十年― 理想と現実 : E.H.カー

モンゴル帝国と長いその後 杉山正明

2012年〜2013年に読んで、色んな意味で視野が広がったのは、モンゴルの歴史に関する本だった。
これ、「モンゴル帝国と長いその後 杉山正明」、もその一冊

モンゴル帝国_2

世界史で習ったとは言え、通り一遍の表面をなでるだけ。
その背景、その前史、その後どうなって現代につながっているか、そんなことは授業では全く教えてくれない。

ようやく今になって、おぼろげながら全貌がつかめるようになってきた。

モンゴル帝国_1


一番なるほどと思ったのが、モンゴルの軍事戦略
戦う前に、勝てるように、非軍事的な手段を多用する
人的被害を最小限に食い止めるための策だ。

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モンゴル帝国の多くが、イスラム教に改宗したことが、今日までの大きな歴史の流れを作っている。
改宗理由は、宗教を政治的統治のために最大限に利用するためだ。

宗教と政治と日常生活を三位一体で統率するイスラム教だからこそ、統治者は有効性を感じて改宗したのだろう。

モンゴル帝国

筆者は、東西世界が初めて結合された意義を論じている。
シルクロードは、それ以前には機能していなかったのだから、モンゴル帝国の果たした機能は大きいと思う。
通貨の統合、制度の統合、安全の維持、それがあってこそ、経済が動き出すのだから。
しかも、地域経済ではなく、結合された世界経済が動き出したのだから

遊牧民族国家

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モンゴル帝国と長いその後 杉山正明

チンギスハーンは有名だが、モンゴル帝国については「分裂して、4か国になった」程度しか、学校では習わなかった。
投資をすることは様々な歴史を紐解く作業が伴うことが多い。

世界史を調べていると、どうしてもモンゴル帝国を知らないと古今東西がつながらないことが多い。
そこで昨年から、モンゴル帝国など「ユーラシア大陸の内陸部」に栄えた国の勉強をしている。

まずは、ど真ん中のモンゴル帝国
モンゴル帝国_2

モンゴル帝国は、分裂したわけではない。
ジンギスハーンの時代、その子孫の時代、常に緩やかな連合体、今日的に言えば連邦国家、という形態だったようだ。

モンゴル帝国_1

何故、短期間でこのように巨大な地域を席巻できたのか?

チンギス・カンが史上最大の帝国を統一した原動力は、統率された軍隊であった。
その軍隊は、騎乗の弓矢が主体で、個々の破壊力は大したものではなかった。

敗者との大きな違いは、
敗者の軍隊の主体は傭兵、彼らはいわゆるサラリーマン
傭兵同士の戦いでは、本気で相手を殺そうとせず、なれ合いの戦争ごっこも散見された
戦利品の分捕り合戦、戦場での裏切り、要は地獄の沙汰も金次第という状況だった。

チンギス・カンの軍隊は、
組織力・結束力、ともに富貴を享けるパートナー的参加者であり、首脳部の命令に従った
武具などすべて自前負担
敗者も「純朴、勇敢、命令規律に従う」と記録していた

極端に言えば、敗者の軍隊は「債券投資家」、チンギス・カンの軍隊は「出資者」であった。


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家系図
モンゴル帝国

現在の地図に重ね合わせると
遊牧民族国家

遊牧民のダイナミズムは、軍事力と言う形でおおいに発揮された。
個人、家族、氏族、部族の4重構造で広がる組織と集団性は、騎射と高速・自在な展開力とによって、近代以前の世界においては、飛び切りの戦闘力、決定力となった。
 
遊牧騎馬戦士は生まれながらにして軍人・戦闘者であり、それが複数の部族集団を束ねて、より大型の軍事連合体をつくると、定住社会では抗しがたかった

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平和と調和は異なる : 危機の20年 E.H.カー

平和と調和は異なる
一般的には、平和とは武力行使を認めないという状況にしぎない。

平和を望む、または武力行使を認めない背景には、2種類の異なった理由がある。

1:現状に満足、もしくは現状が自分にとって有利であるために、「現状固定」を願う。それゆえ「争いや戦争は、誰のためにもならない」と主張する。
現状固定の作戦としての平和の推進

2:現状に不満、もしくは現状が自分にとって付利であり、「現状打破」を願う。しかし武力を以て現状打破をする実力を欠いているので、武力が優位にある相手の武力行使を封じ込めて「外交による現状打破」を推進する目的で「争いや戦争は、誰のためにもならない」と主張する。
現状打破の作戦の一貫としての平和の推進

危機の20年


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歴史とは何か 岡田英弘

読書メモ : 歴史とは何か 岡田英弘

普通の人は、歴史に真実を求めない。
情緒的な満足感、心がときめき、ワクワクする壮大な非日常感を求める。

韓国が歴史認識を執拗に繰り返す背景は以下のようなものだ。
朝鮮半島は1000年以上にわたって中国の皇帝に臣下の礼をとってきたが、傲慢な日本は日中は対等だと主張して正式な朝貢を拒否して現代に至った。
だから中国の朝廷(韓国は現代の中国政権をも、そう位置付けている)における席次は韓国が日本より上だと考えており、それを基礎に日韓関係を是正したいという気持ちがある。

歴史とはなにか_岡田英弘


人間にとって「何かを理解する」ということは、それに起承転結ストーリー、物語を与えるという事だ。
正しい歴史では、発生した歴史的事実に対する善悪と言う道徳的価値は無意味だし、役に立つか否かという功利的な価値判断も禁物だ。
歴史家にとって重要な事は、何が本当に起ったかを明らかにするために、資料の矛盾を突き詰め、最も可能性の高い解釈を構築することだ。

歴史の主流は政治史だ。
1689年のアメリカ成立する以前の世界は、君主制と自由都市しか存在しなかった。
君主の支配地域、自由都市の支配地域と言う概念はあったが、それらは地続きではなく飛び地が多く、現代で言う国境はなかった。人々は自由に往来していた。

アメリカ独立革命とは、イングランド王の財産をアメリカ市民が強奪したことを意味する。この財産の相続人を法的に確定するために、市民の集合体=国家という概念が生まれた。

フランス革命では、ルイ王朝をギロチンにかけて消滅させ、その資産を強奪した後の相続人を確定させる作業に数年を要した。
言語も異なり複数の文化が並存する状態に対して「フランス語をつくり、同じの法律が通用するフランス国という概念を創造し、フランス人という同一意識を作り出す」作業が必要だった。
ナポレオンによる徴兵制度とナポレオン法典の公布によって、ようやくフランスが成立した。その意味ではフランス革命は、1787年の王権に対する貴族の反抗に始まり、1804年のナポレオン法典まで17年を費やした政治劇だった。

アメリカとフランスが始めた徴兵制を基礎とする国民国家は、傭兵を主とする君主制に対して、戦争に強かった。戦争に負けずに生き延びるために世界中が一斉に国民国家と言う政治形態に変化した。
君主制が立憲君主制という国民国家に移行したのは、国民国家の利点を君主制が取り入れる為であった事を考えると、自然の流れだった。

国民の最大の財産は領土だ、という概念は徴兵制を精神的に支える大きな力だった。
そして、それが領土を拡張する目的の多くの戦争(自国の概念が支配する地域を拡大する)を引き起こした。

アメリカやフランスが始めた国民国家は民主主義を採用するが、民主主義の前提とする「人間は全員が平等」という概念は「市民革命の必要性から生み出された」概念であり、理論的に正しい訳でもなく、長い歴史の時間と言う裁判を経て選択されたものでもない。
現実の多くの人間は、自分がしている事を自分で理解する頭もなく、自分の生き方を自分で決めるだけの強さも持ってない。しかも、個々人の能力には歴然とした格差が存在している。
つまり現実の社会は民主主義には向かない。
もし民主主義がそんなに理想的であるならば、なぜ人類はそれを実現するために18世紀末まで何千年も待たねばならなかったのだろう。人類の歴の中では君主制の時代の方がはるかに長かった。

国民国家+民主主義は、賞味期限切れになってきた。
EUが各々の国民国家の主権を制限して、より大きな何かを目指しているのは、その「もがき」だろう。

「中国の皇帝がなぜ、儀礼を大事にするのか」だが、中国の政治では、どんな局面でも多数派がいない。誰でも、みんな少数派だ。
中国はいつの時代でも多くの政治勢力の寄り合い所帯で圧倒的多数を代表する人はいない。
だから皇帝はそんな状況の中、自分は正当性を持った皇帝であると一般の人民に向かって繰り返しアピールして稔を押さねばならない。
それは外国から中国には無い土産物を持参して中国皇帝に儀礼を尽くす「独立した外国」が必要だったのだ。それが朝貢という制度を中国に根付かせた。

歴史資料は作者や、彼が属している社会の好み(都合のよい、正当化のため)の物語だ。
作者や社会が記録すべきものと選択したものだけが、何かの目的に沿った形で改ざんされて書かれている。
社会、民族、国家を超えて正しい歴史を記述すると、「困る人々、民族、国家」が多いので、正しい歴史は多くのグループから歓迎されない。
しかし正しい歴史ほど、文化の違い、個人の好みを超えて、さらには書かれた時代を離れても、多数の人を説得する力を持つ。
現在の国民国家の賞味期限切れ状況、国家間の「自国にとって都合のよい歴史」の押し付け合い、これらの解消には正しい歴史が必要である。
それが時間はかかっても、お互いの対立を解消する手助けとなるだろう。

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フランシス・フクヤマ : 歴史の終わり(上)

リベラルな民主主義が人類の最終到達地点である。

それは信賞必罰、努力の「結果に応じた」格差を許容する世界である。政府にぶら下がる「エセ民主主義」とは別世界だ

著者や哲学者は、・・・
人間は経済的な欲望(食べ物、飲み物、隠れ家、肉体の保存)だけで生きているのではない。
自尊心という「威信を他人に認めされる」気概によって突き動かされている。
・・・と言う。

しかし、自尊心や気概によって経済的な利益をもたらす「政治的な権力=他人を支配するソフト・パワー」が得られる。

リベラルな民主主義を認めることは、自分と他人の対等性を認めることだ。
自分の欲望と他人の欲望が対等であることを認めることだ。

それは、お互いの欲望を調和させるために、「全員が不満足で満足する」ことを体得することである。

民度(精神)がここまで高まった国をリベラルな民主主義国家と呼ぶ。
フランス革命を経験したフランスと、アメリカ独立を果たしたアメリカが、その最右翼と位置付けられている。

認知欲は、
1:他人を支配する欲望の源泉
2:勇気や公共心、正義のような政治的美徳の心理的基盤
という両面を持っている。

政治的共同体(一般的には国家)は、認知への欲望を上手に利用するとともに、その暗黒面の破壊力から身を守らねばならない

リベラルな民主主義は、チャンスの平等を実現した。
しかし結果の不平等は残る。

昔は、生まれながらにして固定された不平等があり、そのために結果も不平等であった。
今は、努力した結果としての不平等(格差)がある。

前者の場合は、普通の人間は、「そういう社会なのだ、とあきらめる」ことで静かな生活を送ることができる。
後者の場合は、「同じことをやっているのに、何故俺だけが損な状況になるのか?」と不満を募らせる。

民主主義は、些細な不平不満で腐食・攪乱・動揺・麻痺する壊れやすい制度だ。(vola高い)
社会主義は、ヒドイが安定している。(vola低い、停滞?)

第三世界の社会主義政権は、自由選挙や公開討論会は無くても、無償医療、土地改革、その他福祉を提供することで正当性を主張できると言われる。

民主主義や社会主義は、何かを達成するための「制度や手段、ツール」だ。
でも、何を達成するための手段だろう?

国民の満足度の最大化だとしても、満足のレベルや内容は誰がどういうプロセスで決定&測定するのか? 選挙で判定というのは回答では無いだろう。
人間の尊厳を維持する最低限度の生活を保障と言うが、それって具体的には何だろう?

満足や幸福を具体的に示す必要がある。
もしそれが各国や民族でバラバラであり、それを達成する最適な制度や手段が異なるのなら、民主主義は一部の国や民族でのみ最適だという結論になる。

西欧諸国は、ソ連と東欧の政治的な安定性をその国民が心から支持している証拠だと誤解した。
文句を言えないから、安定していただけだったのだが、民主主義の不安定性に直面していた西欧諸国は、「隣の芝が緑に見えた」に類する誤解をしたのだ

支持する支持しないが重要なのであれば、社会主義や民主主義は「支持を得る」ことを達成するための手段ということになる
支持は、Visionの共有によって合意されるらしい。
うーーん、Visionは都合のよい「まもれないお約束」や「とらぬ狸の皮算用」みたいなものだから、Visionを共有させて支持を得るのは、違う、オカシイ、と思う。単に夢を見させて=だましているだけだ。

独裁政権といえども、政権の正統性が必要だ。
国民から支持される必要は無い。
体制に結び付くエリートたち、支配政党、軍と警察などの弾圧勢力のエリート層に正当性を定着させれば良い。

独裁政権の正当性の危機とは、国民のことではない、エリート集団内部における危機である

1989年から1991年のソ連とワルシャワ条約機構の崩壊を見て、その原因が経済が弱すぎるという「経済問題」であることを理解した中国共産党は、保身のために資本主義化へ舵を切った

 ソ連も中国も、その政権の正当性は「国民に物質的な豊かさを提供する能力いかん」にかかっていたからだ

雇用、住宅、医療を要求することは、政治的自由主義に反する
財産の保護や自由な経済活動と矛盾する
アメリカの人権宣言でも権利と認められていない

それらを要求を政治的自由主義に加えるのは、社会主義国の常套手段であるが、破たんする運命である

自由主義の経済面の大きなファクターは資本主義だが、この言葉に対する反発(資本をエコヒイキ)が強いので、自由市場経済と言う言葉の方が今は受け入れられる

経済的正義という概念は、自由主義ではない。正義は往々にして我田引水的に支配権力が使う常とう句であるから

経済的正義 VS 経済的自由主義
経済が好調な時期、地域では、自由主義が歓迎され
経済が不調な時期、地域では、正義が要求される

この振り子は、現在は自由主義→正義のベクトル下にある
「武士は食わねど・・」は現代社会には存立できない

他国に比べて近代化が成功したか否かは、戦争に勝つという結果、もしくは勝てるという推定によって「測定」される

人類は対立関係のおかげで、社会で生活するようになり、社会の可能性を高めていく

他国と対立することが少ない日本(四方を海で囲まれているゆえ)は、社会が発展しずらい、民度が高まりにくい

近代化・工業化は、労働の合理的組織化を要求する。
工業社会が都市に集中するのは、都市だけが近代工業の運営に欠かせない熟練労働者を十分に提供でき、また極めて専門化した大企業を支える基幹施設やサービス施設を備えることが可能だからだ

中央計画経済は、もっとも尊い人的資産である「勤労を善とする労働倫理」を台無しにした。
勤労意欲を否定する社会政策・経済政策を実施すれば、労働倫理は破壊されてしまう。
それを取り戻すのは、きわめて困難である。
インセンティブの問題である

共産主義が資本主義に負けたのは、世界の全部を征服できなかったからだ。
共産主義は、現状凍結を基礎に全員が貧乏平等になる仕組みが内包されていた。
資本主義は敗者を作りながら、勝者が豊かになる仕組みである。
共産主義国家にも、資本主義の勝者の生活情報が流れ込み、共産主義国家の人民の心(嫉妬心、向上心)に火をつけた。
その結果が、1989年のベルリンの壁崩壊以降の共産国家のドミノ倒し的崩壊に結実した。

重化学工業分野の工業化の時代では、社会主義は負けなかった。
量が物を言う世界だったからだろうか?
テクノロジー主導の経済近代化の時代(情報化社会)になって社会主義は負けた。
情報化社会では、価格、価値といった質情報が物を言う世界である。
社会主義は質の判定が不得意な主義であった、とう事になるのだろう。
経済合理性の観点から的確な判断を下すには、適切な情報が市場価格で判断者に提供される必要がある。
市場が存在せず、社会正義の視点で提供される情報では、経済合理性に沿った判断は、そもそも無理であったのだろう。

経済発展とは、変化である。
変化は、対応できる人と、対応できない人を発生させる。

社会主義による近代化の過程で発生した膨大な人的犠牲(粛清、弾圧)は非難されるべきだが、資本主義による近代化でも「対応できない人という犠牲者」はつきものだ。
どちらが、より少ない犠牲者で経済発展を実現できるかという比較・競争に過ぎない

社会主義革命を採用して急速な発展を目指した途上国は、労働者階級から労働倫理(働かくインセンティブ、意欲)を奪ってしまった。
今や第二の革命が必要だ。
第二革命とは、規制と官僚主義の古い国家構造をうち砕き、旧来の社会階級を国際競争にさらすことによって、その富や特権や地位を奪い、自国の市民社会のもつ創造的なエネルギーをっ解き放していくことだ。
このフランシス・フクヤマの言葉は途上国に向けられたものだが、2013年の日本に向けられる言葉として最適だと思う。

先進技術と、それを有効利用するための労働の合理的組織化(国際分業化)は、巨大な規模の経済を伴った「高い生産性」と世界を飲み込む「ダイナミズム」を生み、世界を結合し同質化している。
この同質化された世界に適した(向いた)性格の民族・国民と、向かない民族・国民が存在する。
向かない民族・国民は、別の経済システムを提示できるのだろうか?
中国の主張する社会主義市場経済は、「民主主義市場経済(民主主義+資本主義)」の真の対抗馬たりえるのだろうか?

民主主義、キリスト教、共産主義、イスラム教、これらはすべて同じ範疇に属する「イデオロギー」である。
これらは、人々の社会生活を律する考え方であり、様々な社会集団の利害調整を担うもの、価値観にまつわるものである。それゆえ、構成員の政治的合意(コンセンサス)を決定する政治システムとの関わり合いが避けられない。

何にもまして経済成長を国家の第一目標とするならば、それに一番ふさわしい体制は、リベラルな門主主義でもレーニン流の社会主義でも、あるいは社会民主主義でもなく、自由経済と権威主義の組み合わせがベストである。
この体制は「官僚的な気に主義国家」あるいは、「市場志向の権威主義」と言われる。
帝政ドイツ、明治維新期の日本、ピノチェット政権下のチリ、アジアNIESなど多数の事例がある。
小平以降の中国も該当するかもしれない。

「幸福」が相対的な、もしくは相対比較の「感情」であるなら、
全員が貧乏平等は幸福なのかもしれない、それ以外の世界を一生知りえないならば

歴史とは、重要な事実とそうでない事実を分別する「意識的な抽象化」の作業である。
分別の基準は固定的なものではなく、社会の発展・変質に伴い変化してきた。
過去に発生した事実の総体は何も変わらないが、歴史的な事実として認識される重要な事実は変化する。

フランスとUSが自由と民主主義を称賛する時、世界中の人々が共感するが、
フランスは、経済的に弱い民主主義国家であり、
USは、経済的に強い民主主義国家である。

初期の人間社会は、自らの生命を進んで危険にさらした主君たちと、それを望まなかった奴隷たちに分かれた。(ヘーゲル)
伝統的な貴族政社会は、冷酷無情さと残忍性を武器に定住性民族を征服した遊牧民族の「勇士の気風」から発生した。
現代で言えば、リスク・テイカーとぶら下がり族という区分だろう


アメリカの建国者たちは、自国民の上にいかなる政治的権威が打ち立てられようとも、それ以前から「生命、自由、幸福を追求する」権利を有しているのだと確信し、同時に、政府の第一の目的はそのような権利を守ることにあると考えていた。

アメリカ建国と言う事業には、隅々にまでロックの理念がいきわたっている。不満が残るのは、ホッブスやロックの思想が自己保存あるいは快適な自己保存を道徳的に最優先させている点だ。

リベラルな社会とは、相互の自己保存のためのルールを設定するだけで、市民のための積極的な目標を定めないし、寄り卓越した生活様式や望ましい生き方を提唱もしない。

国家は生活の中身に関心を示さない。政府は権利行使がや人の権利を侵害する場合を除いて、様々に異なったライフ・スタイルを容認するものである。

しかし、自由主義の中心部に積極的に高尚な目標が示されない場合、ロック流の自由主義の中心部には大きな穴が開いてしまい、そこを占領するのは、際限のない富の追求だけになってしまうのだ。

気概

認知への欲望の背景には、自分が設定した価値判断の世界がある。
それは政治的な自己主張へとつながっており、共同体の利益に貢献する場合は公共心を形成する。

ソクラテスは、人間の魂の3要素として、欲望、理性、気概を考えた。
気概は、換言すれば自尊心とも言え、自分に対して設定する評価基準、価値基準であり、正しいと思うものに味方して戦う正義感である。自分の自尊心に自分が応えきれない時は、自分に対して腹を立てる。

気概は、勇気、豊かな公共心、道徳的な妥協への不服従の源であり、「正しい政治秩序」につながっている。
正しい政府とは、尊厳や価値を認められたいという人間の正当な欲望を満たすものでなければならない。

歴史の終わり

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日本で一番誤解されている「江沢民」

キッシンジャー著、中国の続きです。

江沢民は日本では評価が低い
保守派、反改革派、反日強硬派、老害、、、色んな悪口がメディアに氾濫している。
それは間違いだ。

まずは、参考過去記事:2012年10月7日、中国政治史の復習より、抜粋ですが・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
小平が、同世代を自分とともに引退させた功績は大きく、

それまでの、個人崇拝、非法治国家を脱して、
テクノクラートが集団で指導する新世代中国へとバトン・タッチしたのです。
ただ、それはスンナリと実現したわけではなく、
胡耀邦、趙紫陽という犠牲者を乗り越えて、江沢民という妥協の産物が選択されたのです。
江沢民は保守派と目されましたが、実際にやったことは大幅な経済自由化でした。
副産物として、国内のガス抜き対策として、反日教育が強化され、
上海閥と揶揄されるような、金権体質も蔓延しました。
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なお、江沢民が反日教育を推進したのは、・・・1:彼の実父が日中戦争時代に日本軍に協力していたという過去を引きずっていた、2:共産党の中で権力を維持するためには、そういう過去を相殺するような反日姿勢(=踏み絵)を示すしかなかったのだ。

参考:ウィキペディア:江沢民より・・・中国の家族慣行では異例であり、「漢奸
の息子」という出自を隠すためと考えられている

保身行為かもしれないが、改革開放を推進するための一種の必要悪(日本にとては不幸なことですが)だったと思う。子供である江沢民には、実父の責任は問えないのに・・・

(1)反日無し+毛沢東主義の中国、
(2)反日+改革開放の中国、
この選択を強いられたのが、江沢民だった。

キッシンジャー:中国(下巻にも当時の記述がある。


キッシンジャー_中国

該当部分を抜き出して編集したものだが・・・
江沢民が、小平と協力して、保守派と戦った様子が記述されている。
江沢民は、小平が選んだ。
( ちなみに、胡錦濤も小平が、江沢民の次として実質的に指名している )

1

それでも、天安門事件後は、保守派(=反江沢民、反小平)の勢いは強かった。
党が正式に間違いであると認定した「文化大革命=原始共産主義、全員が貧乏平等」を、保守派が復活させようと画策した。

中国の将来を憂慮した小平が、人生最後の国家への奉公として立ち上がったのが、南巡講話だった。

2

現在の、江沢民、胡錦濤+温家宝、そして習近平は、南巡講話の精神を共有している。
2012年3月以降の薄熙来事件の顛末は、下図で言えば、
上の
共青団と右下の上海閥協力して、左下の薄熙来を追放したという構図になる。

重要な事は、
(あ)江沢民、胡錦濤+温家宝、そして習近平は、小平路線である
(い)薄熙来は、かつては右下にいたが、出世のために、左下に転向した
という、政治的な路線の違いである。

現在の中国の主流は、あくまでも小平路線の中にあるのだ。


中国政治マッピング


なお、胡錦濤が決断実行した「軍事委員会主席の地位も、習近平へ委譲」という事実は、相場的には縁起が良い。

参考過去記事:2004年9月21日、江沢民氏が完全引退で、中国関連株レンジを上抜け!!

この9月21日のブログに掲載されたチャートを見て、なんだか2012年に似ていると、今更ながらに感じた私でした。
 
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推薦図書の目次 
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キッシンジャー : 中国

中国・香港株に投資する者の必読書である。
そして、アジア株に投資する者、さらには日本株に投資する者の重要な参考図書だ。

これは、キッシンジャーの目を通した中国、米国、アジア諸国の政治史である。

我々日本人は米国に対して冷静で客観的になれない。
1940年代に米国と戦い、その後彼らに占領され、その配下の国として同盟関係を結び、国防を米国に委ねているからだ。
つまり、米国に対して精神的に独立していないのだ。


中国に対しては、日本人は非常に複雑な感情を持っている。
侵略してしかも負けた側として特有の「できれば忘れたい、無かったことにしたい」という感情が、歴史的な事実を冷静に詳細に観察し判定する作業を封印してしまうからだ。
つまり、中国のことを知らないのだ。 


この本は、中国、米国、ソ連、ベトナムなどに関する歴史的な事実を、キッシンジャーが、冷静に、詳細に、観察し判定した作業レポートである。しかも、超一流のレポートである。
3回は読むべき本である。

特に、第15章天安門は、白眉である。
世界のメディアが、感情的な論評に拘泥するか、もしくは避けるかに留まるに比し、キッシンジャーの冷徹な観察と判断には、恐ろしさすら感じさせる迫力がある。

キッシンジャー_中国



以下に記載されていた私の読書メモは、文字数オーバー(2000文字限度)のため、いったん削除しました。
別エントリーとしてアップする予定です。

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推薦図書の目次
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MEDIA MAKERS : 田端信太郎 (後編) 

前篇からの続きです。

きちんと読まれる
読み手の心を動かす
世の中に対する影響力がある

この3点が継続する、、、
これはメディア・コンテンツが、ビジネスとして成立するための条件だ。

一定多数の読み手に届かなければ、読み手の心に届かなければ、、、作品ではあるが、メディア作品ではない。
誰にも読まれない小説、見せない日記、レス無しブログ、フォロワーの無いtwitter、これらは個人的な満足は満たすが、社会的には無価値だ。

ビジネスが成立するメディアは、金銭的な対価を堂々と請求する。
スポンサーは古き良き時代とは異なり、貴族、旦那衆など富裕なパトロンが主役の座を降り、大衆マネー、少額課金、チャリンチャリン・マネーが跋扈するようになっている。

富裕パトロンの個人的な目利き力によって選ばれた創作者は時代遅れになり、その他大勢の「いいね!」がワッショイするカリスマやアルファーの時代になった。

大衆芸能、庶民感情重視、軽薄短小、お気軽使い捨て、何と言われようが「顧客が殺傷与奪の権利を持つというルール」は、古き良き時代から変わっていない。

顧客向けて出荷するには、顧客の属性に合わせて、創作物はお化粧を施される。お化粧のノウハウやルールは、前篇に書いた通りだ。大衆向けのお化粧方法がわかっているから、「メディア企業が主導する”企画物”」が幅を利かせる。
古き良き時代は、富裕パトロンは個人的な物であり、「その旦那」に合わせる個別特注品だった。

出来合上がる作品が、古き良き時代は「多種多様、少々多品種」であったのに対し、現代は「統一規格の着せ替え人形」になっているのも、時代背景からして当然の結果である。
前者は庶民が見たり手にしたりする機会が非常に限定的であるが、後者はいつでも、どこでも、だれでも、視聴できる。

何が面白いか、楽しいか、受けそうか、、、この判断基準も顧客次第で変わる。
現代は、楽しい、充実した時間を過ごせる、といった消費文化とベクトルを同じくするものでなければ、メディア的な価値が無い。
今ココで金を払う(ボタンを押す、クリックする)ように背中を押されるコンテンツであるためのルールだ。
メディア企業は、そのルールを創作者に教育する役割を担っている。

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ここまで書いたようなルールからすれば、私のブログは「メディア的な傾向に背を向けたモノ」の範疇に分類される。
1:対価を受けない。
2:大衆ではなく、一部のグループだけを対象にする。
3:受けを狙った化粧をせず、「アンタが勉強して、これを理解できるようになれ!」と要求する
という「一種の顧客軽視」を貫いているからだ。

MEDIA MAKERSを読んで、自己認識した事は、「私のブログはストック型コンテンツだ」という再確認だ。
これまでも、過去のエントリーを改良、修正したり、新しいエントリーとの間にリンクを貼ったりして、ブログ全体が「一種のデータ・ベース」を構築するように、コツコツやっている。
MEDIA MAKERSに書かれているように、必要な時だけ利用する辞書のような位置づけなのだ。

特に、facebookと並立して書くようになってからは、鮮度重視のものはfacebookに書き、後から読み返しても価値があるものはブログに書く、という風に使い分けを自然とするようになった。

フロー型コンテンツが読まれる理由は、文化、趣味、生活、「joy」という分野で輝いているからだと思う。
ストック型コンテンツ、非鮮度重視のコンテンツであれば、ビジネス、欲望、経済、政治、出世、というドロドロとした世界で存在感を示すべきだろう。
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