年金&福祉医療 

目次 : ありがとうが消えたコミュニティでの「年金&福祉、医療」

過去に散発的に書いた年金、福祉、医療など、いわゆる社会保障に関するエントリーを整理中

2012年8月24日:相互扶助が、権利に変身した社会保障

2011年7月27日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その11)都市化が破壊した相互扶助の精神
2011年5月5日:高齢者生活保護拡充が進みます
2011年5月2日:高齢者生活保護に変身する「新基礎年金」 : From「払ったから、もらえる」 To「払っても、もらえない」
2011年4月11日:年金ファンドからの資金流出
2011年3月22日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その10)ルビコンを渡る年金制度
2011年3月4日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その9)介護は年金世代の健康保険問題
2011年2月20日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その8)多すぎ、かつ少なすぎた年金保険料
2011年2月13日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その7) "食いつぶし"になっている年金収支
2011年2月7日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その6) 社会福祉を支えるヒト・モノ・カネ(その一)医療保険
2011年1月25日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その5):余裕は自然には生まれなかった
2011年1月20日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その4)動物は理性的、霊長類は感情的
2011年1月19日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その3)社会的価値と個人的感情、税金による強制か保険制度や自助努力か
2011年1月18日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その2)
2011年1月10日:借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その1)
2010年12月20日:欧州危機の根本原因(第二次世界大戦後に、社会福祉を借金に頼ってしまった)
2010年8月12日:民主主義は正解を選ぶシステムではない
2010年8月3日:市場の復権 : 国家は対案を出せなかった、その原因は「間接民主制 + other people's money」
2010年8月1日:良い決定は、多数決では得られない
2010年7月20日:インドの「名誉殺人」 : 多過ぎる人口、少ない職場、解決策としてのwork sharing=カースト制の悲劇
2010年7月13日:日本株の課題 +もろもろのこと(税収資料)
2010年5月16日:週末の定点観測 : 日本(PIIGs危機の本質に気付いた市場)
2010年5月5日:ギリシアのゼネストの様子
2010年4月27日:アリとキリギリス(2) : お金と借金 、伸び縮みする民間市場経済と、異質な政府、予算、政策
2010年4月1日:アリとキリギリス(1) : お金と借金、返済資金は「あなたが持っているお金」です
2010年4月22日:番外 : 文明=civilization、 英国と大陸欧州は大きく異なる、 internetが加速した文明化
2010年4月21日:アメリカ社会の方向性
2010年4月9日:余剰、 貯蓄、 信用創造
2010年4月8日:労働所得 VS 資本所得 : 税率は、違うべきか? どうあるべきか?
2010年2月20日:週末の定点観測 : 日本(世界の所得分布資料)
2010年2月11日:前回の「自由から規制へ」の局面 : マーシャル・プランと計画経済
2010年2月6日:PIIGS(落ちこぼれ先進欧州) VS CCE(欧州新興国)
2009年12月16日:2010年を考える : 税金が足らないので、民間から金を奪う
2009年10月14日:FRB副議長Kohn氏の景気見通し +"JAL"と「長銀、山一」との類似性
2009年10月6日:老人介護医療をどうやって正当化するのか?
2009年9月25日:スウェーデン・モデルは、小沢の「日本改造計画」の目指すところだ
2009年9月7日:65歳以上の老人は、2819万人、なら消費税は+10%=>9月5日の記事への加筆 : +17%の消費税増税が必要な、「7万円の最低保障年金」(民主党案)
2009年8月30日:日米トレンドのすれ違い (2) +民主&自民の公表されたベースの年金政策比較
2009年8月25日:一人一票 = 民主主義 ? 、若者の年金VS老人の年金 、 自民党のマニフェスト
2009年8月4日:401Kに後ろ向きの隠れた理由
2009年7月25日:週末の定点観測 : 日本(経済白書)
2009年7月15日:年金積み立て不足
2009年7月12日:内閣府のレポート
2009年7月3日:意見交換
2009年6月27日:国民年金は、計算上成り立つのか? (2) 何故、国庫負担が無いとダメなのか
2009円6月26日:国民年金は、計算上成り立つのか? (1) <現実との違いは(2)で>
2009年6月17日:欧米年金問題、
2009年6月6日:公的年金の資産配分
2009年5月28日:国の年金は、40年間運用して、+10%のリターン
2009年4月23日:年金、社会保障、富の再分配
2009年4月18日:中国(社会保障充実政策)
2009年2月23日:欧州内部の雇用対立
2009年2月1日:アンチ構造改革が、古き良き時代の自民党&社会党を復活させる (2)お札を印刷するぞ!
2009年2月1日:アンチ構造改革が、古き良き時代の自民党&社会党を復活させる、、敗者は誰?(1)
2008年12月29日:2008年のハイライト : (4)アメリカの挫折
2008年11月12日:ドサクサにまぎれてズルをする??
2008年7月18日:2000億円もかかるって、何か変だぞ!
2008年7月7日:アメリカの退職予定者
2008年6月28日:老後生活資金(郵便局のパンフレットより)
2007年10月23日:迷走する年金(2)、2000年にあるコラムに書いたエッセイ
2007年10月23日:迷走する年金(1):国民皆保険の体裁維持のために犠牲になる真面目な支払者
2007年9月4日:平均的なアセットアロケーション、、、と、国の年金のアロケーション
2007年7月14日:韓国の公的年金は、株への資金配分を↑
2007年3月13日:団塊の世代の退職を再度考える (2)
2006年5月14日:年金制度の変質とエマージング市場投資 (2)
2006年5月13日:年金制度の変質とエマージング市場投資 (1)
2006年4月30日:小沢の考えている脱・格差社会は生ぬるいものでは無いと思う
2006年4月15日:(資料)アメリカの年金における株式ウェイト
2006年4月14日:定年後の生活費の試算 (3) 希望の持てるプラン
2006年4月13日:定年後の生活費の試算 (2) えっ! 1億じゃ、足らない! 大変だ!
2006年4月13日:定年後の生活費の試算 (1)
2006年1月9日:団塊の世代の退職金
2005年11月8日:酒販組合関係先を捜索 元事務局長の横領
2005年7月21日:日本の貯蓄率と個人金融資産1400兆円
2005年5月13日:ヘッジ・ファンドを、とっちめろ!(3) 被害者が出ていた日本の年金
2005年3月27日:株式投資で生活する

相互扶助が、権利に変身した社会保障

社会保障は、相互扶助の精神の・・・と言われるが、負担の平等性が悪化したと思う。
相互では無く、片務や一方的に近くなった。
だから不平不満が増えたのだ。

そもそも、ごく少数の困った人を支えるのは、ファミリー(家族、親戚)だ。
ファミリーが嫌がるような負担を、どうして他人が引き受けるだろうか?

ファミリーには、義務がある。
憲法上は、ごく少数の困った人を支える為に、ファミリー全体が必要最低限の生活レベルまで落ちても政府には援助する義務はない
それ以下になったら援助をする仕組みだ。それが健康で最低限度の生活をする権利だ。

どうも今は、他人の金で必要以上の生活をする権利があると勘違いをしている人が増えたように思う。
それは、金を払う人間の顔が見えなくなったからだ。
感謝の気持ちが低くなった人が増えたと思う。

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昔は、社会保障は「施し」だった。
裕福な人が、「富裕層のモラル」として所得の中から毎年一定の寄付(=援助)を行った。 
この時代は、施す人間が見えていた
施しを受ける側も、誰の金なのかを認識することが多かった。

 
その後、一般庶民まで含めた層で、薄く広く資金を拠出して、ごく少数の困った人を援助する思想に変わった。
誰の金なのか、という意識は無くなったが、援助を受ける側に感謝の気持ちは強く残っていた。

しかし、それが冷戦時代になると、社会保障が有権者を買収する手段に変質して、大盤振る舞い競争が与野党入り乱れて、世界中の先進国で起こった。
大盤振る舞いの資金である「拠出者の同意=増税、拠出金アップ」は審議されなかった

年金などに代表される社会福祉制度は、ある意味では東西冷戦の産物であります。当時は、自分の陣営はこんなに暮らしやすい社会だと見せる事が政治的に重要でした。
その社会福祉制度が計算上成り立たない仕組みであったとしても、冷戦の間だけでも維持する必要がありました。しかし、もう冷戦が終了し、維持が不可能なものを続けることが政治的に不要となりました。
政治的に不要なものは、経済的に成り立つレベルまで縮小されるか、廃止されます。
われわれは、政治のショーが終わった事を認識する必要があるのです。

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21世紀になって、大盤振る舞いの資金である「拠出者の同意=増税、拠出金アップ」が審議され始めた。お尻に火がついて世代間の争いが始まったからだ。 
 
日本でも、4年ほど前から、現実の姿がネットを通じて広く一般に「知らされる」ようになった。
下図にあるように、「支払い年金−収入保険料=▼5兆円」の状態が続けば、2030年代にはファンドがゼロになる。だれが計算しても答えは変わらない。

 社会保障

名目経済が増大して、企業利益、給与所得が増えて、年金保険料を増やせるようになれば、解決の糸口がつかめるだろう。

税収


冷戦が終了したのが1989年だ。
それから20年以上が経過してようやく、
「拠出者の同意=増税、拠出金アップ」が審議され始めた。
これまでなかなか審議されなかったのは、民主主義政府の内包する欠陥だ。

( 以下は、アリとキリギリス(2) : お金と借金 、伸び縮みする民間市場経済と、異質な政府、予算、政策より抜粋 )

民間市場経済と、政府が異なった考え方、ルール、哲学で行動している
< 市場経済 >
民間経済自由度が高く伸縮が大きい
変調が発生したら、民間経済なら、贅沢を中止する。身の丈の生活に戻る。金が続かないからだ。
民間経済 には自制心があり生き伸びるために自制する。

< 政府部門 >
政府や予算は、自由度が低い。軍事費や社会保障費は特にそうだ。
しかも、変調が発生した時の対応が、民間と違う。自制しない。
経済が疲弊して保証を賄う資金(=税収)が減少する時に保証需要が拡大する。

政府は、他人から金を奪う手段(=税金)を持っている。
将来の国民に借金を押し付ける(=国債の発行)こともできる。

そもそも、社会保障はバブル経済期に政治家が夢を大盤振る舞いするので、巡航速度経済になった時には裏付けとなる資金が不足する宿命にある。
つまり、政府は自制心とは最も遠い存在なのだ。

民間の借金は、借金した人が返済する。
政府の借金は異なる。借金した人(=受益者、現役国民)はエンジョイして死ぬ。返済は、子孫(=将 来国民)だ。子孫は受益しない。


かつては
、資本財、道路・港湾・空港、ガス、水道、電力、通信など子孫も使えるモノの建設に借金が使われた。しかし、現在は引退世代の社会福祉の ため使われる借金が増えている。自国経済の現状と比較して分不相応な社会保障を借金で賄っている。

堕落した民主主義、人間の弱い心だけによって移転(=政府行為、政治)が実施されると、移転の前提となっている経済が壊れる。移転は寄生行為だから、寄生虫が宿主の死亡で自滅するのと同じだ。しかし、寄生虫は宿主を考えないのが通常だ。生きるために寄生しているのだから、どこまでも吸血行為を継続する。

節度やモラルの欠如は、民主主義が本来的に内包する欠点だ。

個人の夢と異なり、政治家の約束した夢は公約、法律、政策となって長期間経済を縛る
バブル期に設計された夢は見果てぬ夢として経済と子孫を苦しめる。

歴史を見れば、大国の滅亡や衰退の一因 は、
馬鹿げた政 治家の約束した夢、公約、法律、政策を修正できないために、長期間にわたって経済が低迷して防衛力も維持不可能になり、他国に侵略されることで発生してい る。 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜 以下参考 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その11)都市化が破壊した相互扶助の精神

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目次 : 年金&福祉、医療
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借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その11)都市化が破壊した相互扶助の精神

番号はズレますが、借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その9)介護は年金世代の健康保険問題の続きです。

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個人であれ企業であれ国家であれ、大量に借金したら、借金返済が困難・不可能になる。

そしてすったもんだの挙句、返済が免除される傾向がある。
借りた方は、一定年数だけ信用を失えば良く、程ぼりが覚めれば、また借りられる。
 
何故なら、金を貸している金融機関は、他人の金を貸して鞘を抜いているのであって、手金をリスクにさらしているわけではない。

信用本位(=借金本位)の資本主義においては、悪意を持った借主が儲けてしまう制度的欠陥を内包している。
一部であれば、その損失をその他大勢で負担すればよいが、一定限度を超えて悪意者が増加すれば信用本位制度自体が崩壊する。


こういう事を頭に入れながら、福祉を考えると・・・・・ 
福祉の大原則に関して、福祉は外部の第三者が与えるものではなく、全員が相互扶助に参加することが基本だと、私は認識している。
相互扶助に参加するということは、社会(=コミュニティ)に対する一種の義務だと思う。
人間は個々人が社会に対する貢献を果たすことが求められているのだ。

1.社会とは、家族・一族、地域社会、国家、人類という区分と広がりを持つ
2.貢献とは社会の役に立つことである
3.役に立つとは社会が「それを貢献と認めること」である
4.個人は、隔離された自給自足生活を除いて、社会に対する貢献の対価を受け取り生活している
5.社会的に何も貢献ができない状態になれば、人間は社会的には無価値になる。無価値になれば、受け取りが消える。その後はそれまでに蓄えた資産で生活するか、他人の慈悲にすがって生きるか、になる。

現代先進国家の国民で、蓄えた資産を持たない者は、他人の慈悲を国に請求している。
顔の見えるコミュニティ内の他人に請求するのは恥ずかしく、思いとどまり、何がしかの努力をするが、顔の見えない政府に対しては、「俺に金を恵むのは当然だ」と請求をするようになる。


羞恥心の消えた理由は、都市化

都市化以前は、慈悲の融通(一種の地域内保険制度、地域内所得の再配分)がコミュニティ内部で機能していた。
誰が払い、誰が受け取っているかの対応関係が見えるので、コミュニティへのチャリティの道徳心、受け取る側にも感謝の念があり、コミュニティの負担能力も見えるために限度が認識できた。
一方コミュニティを維持するために構成員は一定の時間と労力を提供する義務を負った。

都市化はコミュニティから足抜けすることを意味した。
古い因習、負担、束縛から逃れて、自分で稼いだ収入を一定の税金さえ納めれば時間と労力を提供する義務を免れた。
免れるために支払う税金は、時間と労力の提供に比べれば負担感が少なく、かつ実際上安価だった。

古いコミュニティに残された構成員は、足抜けして都市に逃げた構成員の分まで時間と労力の提供をするハメになった。足抜けした構成員が払う税金は古いコミュニティには還元されなかった

経済的な算数の答えは、「都市化=負担の少なく、自由で裕福な生活」であった。
 
しかし、都市住民の高齢化は時間の問題だった。
コミュニティ内の相互扶助システムのない都市部では、民主主義が謳歌され、少ない納税&多額の福祉が住民の合意となった。
しかも誰も負担しようとしなかった

社会的価値を相互に保険するために集められた資金プール(年金基金、福祉予算など)から、個人の欲求・感情(原因が私のセイだとしても、私は現実に困窮しているのだ。お前らは、私を助ける義務がある)を満足させるために、過大な資金を引き出す(=奪う)ことは許されないはずだ。

保険が守る(=相互に補てんし合う=保険も本来的仕組み)べき価値は、社会的価値部分であって、それを上回る個人感情部分をカバーしてはいけない。
個人感情は非合理的であり往々にして際限が無い


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目次 : 年金&福祉、医療
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高齢者生活保護拡充が進みます

老人は弱者だ
弱者は保護されるべきだ
日本人全員で援助をしよう
だから、全員からお金を徴収する

反論するとバッシングされる話題だ
*あんたも、もうすぐ老人だよ、あんたが介護されるのだよ
*家族に要介護老人がいないから、そんな文句が言えるのだ

記事オリジナルはこちらです
介護保険_20110505

この手の制度は始まると自己増殖する
見事にその典型を歩んでいる

制度導入のコツは、最初は「小さな制度に見せて、予算も少なくてすむ、現役世代に迷惑をかけない」と見せることだ。制度が始まれば、もうこっちのもの。その後はズルズルと金をせびればよい・・・そういう典型です
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目次 : 年金&福祉、医療
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高齢者生活保護に変身する「新基礎年金」 : From「払ったから、もらえる」 To「払っても、もらえない」

毎月15000円払っているから、65歳になれば788900円/年もらえる

この制度が事実上(=15000円から、劇的に大幅な引き上げをしない限り)破綻したので、辞める決断をしたのが民主党だ。

払い : 15000円 × 12カ月 × 40年 = 720万円
受け取り : 788900円 × 20年(85歳まで) = 1580万円
これは、だいたい年3.3%の福利だと思う。後日正確に計算してみたい

何故破綻したのか?
(1)現在の投資環境では、このリターンは無理のようだし。。。
(2)そもそも少し前までは集めたお金を運用などに回していなかったし、役所の経費や建物に化けた部分が多いし。。。
(3)40年間はらっていない人にも気前よく、過剰に払っているし。。。
文句を言っても、消えた金は帰ってこない

さて民主党の決断だか・・・
辞める決断は正しい。
経済的に無理なことは辞めるべきだ
辞めなければ、日本はギリシアのように、年金を外国からの借金でまかなうことになる

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しかし、次にやってくるのは・・・・払っても、もらえないという世界だ
これまでは、集めるお金は保険料という名目だから、払いと受け取りに比例関係が必要だ
今後は、集めるお金は税金(消費税)だから、払いと受け取りは無関係(=所得の政治的再配分)だ

現在の平均所得は、H20年度=547万円だ
民主党は、平均所得者以下にしか、政治的再配分をしない方針だと判断できる
要は、平均以上の人から集めた金を、平均以下の人にプレゼントする、これが新年金制度だ。

なお、所得=収入−経費 ・・・ だから、新年金制度は、経費コントロールができない給与所得者には不利な制度
日本は経費申請に関して、さまざまな分野で領収書が不要な国だ。世界的には珍しい国だ。

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プレゼントは、年金ではない
プレゼントは、富の再配分だから、どちらかと言えば生活保護に属する
現在の生活保護に加えて、老人生活保護が上乗せになると言うのが、新年金制度の客観的な判定

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プレゼント・システム(=年金制度)の管理費用は高額だ。
管理者の役人の給料、ビルの確保、システム会社への支払い、集めた金の何割がプレゼントに回るのだろう?

民主党の方針に関しては多くの報道がある

年金改革:最低保障年金、年収600万円超から減額−−政府・民主検討

税と社会保障:集中検討会議、意見集約 「給付抑制」「負担増」基調に

社会保障改革 自助自立で実現可能案を

なお、下記は4月29日の日経新聞

新年金制度_20110502

なお、所得比例年金だが・・・所得の15%を徴収するようだ。
春山が思うには、数十年先には、所得比例年金にも高額所得者制限が導入されるような気がする
何故なら、集めたお金の全額が運用に回されず、過去同様に役人の給料・経費や建物に化けると思うから
政治とはそういうものだ、と思う

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年金ファンドからの資金流出

年金を10年後、20年後になって、もらう予定の現役世代にとって、年金ファンドの残高は重要な観察項目だ。

年金収支は悪化の一途である。
H20年度は、ファンドから3兆5342億円が取り崩された

H20収支_20110408

H21年度は、4兆7534億円が取り崩された。

H21収支_20110408

H22年度は、何兆円が取り崩されたのだろう?

関連する過去記事 : ルビコンを渡る年金制度

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目次 : 年金&福祉、医療

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年金の資産売却

年金は収入より支出が多くなっている。
昨年は、ここ(=>2月11日の借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その7) "食いつぶし"になっている年金収支)で書いたように5兆円の資産を売り越している。

昨年と年金収支が変わらないとすれば、2011年も自然体で約5兆円の株と債券を売り越すことになる。
3月11日の東北関東大震災の復興資金を調達するために、2兆5000億円の国庫補助をやめる可能性が高くなってきた。
おそらく2011年の年金の売り越しは7.5兆円になるだろう。

国内債券67%、国内株式11%、外国株式9%、外国債券8%、短期資産5%という資産配分に比例して売却が実施されるなら、売却金額は、国内債券:約5兆円、日本株:約8000億円の売り越しになる。

昨年は全額を国内債券の売却でまかなった。
2011年は金額が増えるので、全額国内債券とはならず、比例配分に近くなるだろう。
需給の悪化は避けられない。

借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その10)ルビコンを渡る年金制度

東北関東大震災の復興に多額の資金が必要です。
(1)特別な国債を発行して日銀が直接引き受ける
(2)通常の赤字国債を増発する
(3)復興税を徴収する
など様々な案が出ています。

そんな中、苦しいやりくりの過程で、基礎年金の国庫補助を削減して、その資金を震災復興に使う案もでています。

基礎年金の金額は減りませんから、不足分は積立金を取り崩すことになります。
残高はどうなるのでしょう?

2010年8月10日に公表されたデータによれば、年金資産の残高(時価ベース)は下記のとおりです。
厚生年金:121兆円 + 国民年金:8兆円 = 128兆円
下図の出典はこちらです。

年金資産残高_20110322

次に、H21年度の年金関係の資金の流れを理解しましょう。
下図の出典はこちらです。
下図をクリックして拡大してご覧ください。

国庫補助は、国民年金、厚生年金を経由して、基礎年金へ流れ込んでいます。

基礎年金支払い金額:17兆円
その他基礎年金関連支払い金額:4兆円
=====両者合計すれば========
基礎年金関係合計支払い額:21兆円・・・・(A)

国庫補助金額:10.4兆円(厚生年金経由:8兆円、国民年金経由:2.5兆円)・・・(B)

(A)/(B)=50%・・・・国庫負担率50%という意味

H21_年金資金流れ_20110322

今朝(3月22日)の日経新聞報道は、国庫補助2.5超円分減らして震災復興資金使うということです。

国民年金、厚生年金に比例配分して国庫補助を減らせば、国民年金は6300憶円の資産を取り崩すことになります。
国民年金の残高は、7.5兆円しかありません。
今後も補助率が50%ではなく、1/3であれば・・・・・12年後残高がゼロになります。
「そんなすぐに枯渇するの!」と考えるか?
「なーんだ、まだまだ十分だ」と思うか?

いずれにしても、震災復興資金の財源確保で基礎年金の国庫補助が減る
=>積立金が取り崩される
=>積立金の多くが枯渇する
=>なし崩し的に基礎年金は税金が賄う制度に変質(=民主党のマニフェスト案)する

という流れが促進されるわけです。
年金制度は東北関東大震災を契機に、ルビコンを渡ろうとしているのかもしれません。


日本の長期金利は、東北関東大震災による景気下方屈折懸念、復興需要期待、国債増発による金利上昇懸念などが入り乱れて、神経質な展開の中ボックス圏で動いている

JB1_20110322

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下は、少し前の日経新聞に掲載された記事です。
非常に現実味を帯びてきたと思います

三世代連結の家計防衛_20110108


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目次 : 年金&福祉、医療

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借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その9)介護は年金世代の健康保険問題

年金世代の健康保険問題が「介護」だ。
人間の肉体の各パーツには耐用年数がある。介護は老後にやってくる肉体や脳機能が過度に劣化した高齢者の「生活サポート」の問題だ。健康な高齢者であれば、生活資金をサポートすれば通常の生活が維持できる。
しかし、肉体や脳機能が極端に劣化した高齢者はそもそも「現代社会が前提としている自律的な生活」が不可能だ。

健康保険制度の支払い税源になっているファンドは、多くの人の生活余剰資金の一部を健康保険税として集めたものだ。
歴史的な観点からは、以前書いたように、人間は道具や言語を使い初めて以降う、外敵に対抗できる武器を得て、他の動物が獲得できない数量や種類の食料を入手・保存することで、生活物資の余剰を発生させた。
そして、リーダーがコミュニティ全体の幸福を考えて、余剰を弱者保護に使うようになった。これが福祉の始まりだ。健康保険制度、年金制度などのDNAはここにある。

介護に話を戻すと。。。。
本来は子供世代が田舎に帰って親の面倒をみるべきところだ。しかし、現代社会、特に都市労働者が組み込まれた現代社会の仕組みは、帰郷を許さない。帰郷は失業に直結するからだ。
だから子供世代は金を払って第三者に代行してもらう。第三者に委託するのだから少々割高な金を払ってしかるべきだ。本来子供世代が責任を持つべき親世代の面倒を、民間よりも非効率な国が代行している。子供世代は、サービスの質と料金に文句を言えない。

そもそもコミュニティに対する義務・負担は、資金提供だけにとどまらなず、経済効率性を無視した奉仕活動(使役=時間と労力の拠出)であった。
一方、経済効率性とは、現代社会が暗黙のうちに要求するもので、冷たい言い方をすれば、福祉の概念とは本源的な部分で立脚する世界観が異なっている。

現代社会やコミュニティという概念を、世界という枠まで広げた時に、日本の都市労働者が世界平均よりも経済効率性に縛られている。( 今や人口比では都市労働者は多数派になっているので、社会通念が支配されていると還元できるだろう。 )
そう考えれば、1990年の湾岸戦争でお金だけ出して使役を拒否した日本が受けた非難が理解できるだろう。金を払ったんだから世界から文句を言われる筋合いはない、、、この考え違いが、現代日本社会の縮図だろう。

借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その4)動物は理性的、霊長類は感情的で書いたことだが・・・・長年にわたって冷徹に判断して行動パターンがDNAに刻まれるまでに深化した野生動物は、死にかけた家族の一員(子供など)を放置して群れと共に立ち去るこのルールを無視して死にかけた者を思って共にとどまれば、グループを離れた少数弱者になり敵の餌食になって死亡する。

一方、人間は個人的な感情を前面に出して、群れに迷惑をかける欲望や行動を見せる。自分の親のを3カ月長生きさせるために非常に高額の医療費を湯水のごとく使って、健康保険ファンドの資金を浪費することも、気持ちはわかるが、感情を前面に出して、群れに迷惑をかけている行動だと思う。

一定限度を超えた個人的感情を満足させるための「健康保険ファンド」への負担は、助け合い、相互扶助の領域・限度を超えてしまい、最終的には他人の財産権を侵害する行為に達している。何故なら、自分および自分の身内のために使った金は、(1)返済しない、返済の意思が無い、(2)その金はもらったもの、もらう権利が当然ある、(3)他人が自分および自分の身内に援助資金を与える社会的義務がある、と認識されているからだ。

この考え方を伸ばした先には・・・・(4)黒字国(強者)は赤字国(弱者)を永遠に救済援助する義務・責務がる、という同じベクトルの考え方が広がっている。

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目次 : 年金&福祉、医療

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借金に頼った福祉の弊害は、社会全体が多重債務者になることだ(その8)多すぎ、かつ少なすぎた年金保険料

年金、医療などの福祉は、人間らしい生活、Quality of Lifeを維持するための制度だ。
前回は、医療保険は、突然やってくる病気や怪我で必要となる資金をサポートするために、税金(健康保険税)、または、取りっぱぐれのない給与天引きで集めて所得移転する制度だと書いた。

今回は年金について考えてみたい。まずは、年金制度のお題目と実態を書いておこう。
( お題目=国民の誤解 ):皆様から集めた保険料を、運用して増やして、老後に年金としてお返しします。
( 実態=法律を読めば明白 ):徴収したお金は色々なモノに浪費(一部は、良かれと思って)してしまった。年率+5.5%で財産を増やす予定で頑張った投資も意に反して上手くいっていない。そもそも「私の払った分」を分別管理するというのは「どこにも書いてない」ので、私の分とか返す返さないという議論は受け付けない

( 歴史的にフェアだと思われる解釈=調べれば、こういうことだねと納得
):世代間バケツリレー制度をそれなりの保険数理をベースに当初は設計したが、田中角栄に代表される政治家の「選挙民への媚(=一種の買収)」のごり押しにより、収入/支出のバランスを1970年代に喪失した。その後は穴のあいたバケツを誰も修理(=保険料値上げ、増税、年金減額、非常に良好な投資成績の連続)しないまま放置されてきた。

老後の生活資金をサポートする年金は、第一義的には個人の自助努力によって賄われるべきものだ。
何故なら、人は必ず老いるわけで、時間の経過とともに老後の生活資金の準備の必要性は認識されている問題である。
準備していない人がその時になって他人(国も含めて)に請求書を回すのは正当化できない

備えは、本来的には個人的なものだった。
国家が表舞台に登場して、国民が「福祉を受けるのは当然の権利だと主張する状況」に至ったのは最近のことで、しかも先進国に限られている。
福祉を支える社会的な余剰資金が生まれたのが、いわゆる産業革命以降であり、その余剰が先進国のみに蓄積されたからだ。

日本の年金制度の年金財政に関して分析すれば・・・
(1)今年支払う年金に必要な金額という点では、お金を過大に徴収しすぎた。(単年度所得移転)
(2)将来支払う年金に必要な金額を事前に積み立てるという点では、必要な金額を充足できない金額しか徴収しなかった。(将来積立)
・・・・というシンプルな構図が見える。

(1)は、過大な資金は政治家による浪費を生んだ。選挙区に不必要な巨大建造物を立てることで土建屋を潤すだけで、その後は朽ちているセメントや鉄骨の塊が全国に散乱している。今や維持費が地方自治体を困窮させている。

(2)は、現役時代の50%の年金のために必要な積立金の実施に必要な適切な水準の年金保険料を国民に請求せずに今日まで来てしまった。
無い袖は振れないので、保険料値上げ、増税、年金減額、非常に良好な投資成績の連続のうちどれかを選択する。もしくはギリシアなどPIIGS諸国のように借金でまかなう国家の福祉をトコトン行ける所まで行って、その後は運を天に任せる現状を放置するかだ。

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目次 : 年金&福祉、医療
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