リート&不動産

またホット・マネーに揉みくちゃにされそうなJリート (その5)銀行のディーリング資金の参戦

2013年の日本国債市場は、アベノミクスを徐々に織り込まざるを得ない。それは長く続いた超低金利が終わり、ゆっくりとではあるが、金利が上昇する事を意味する。
それは銀行にとっては重大問題だ。

下は、2005年以降の10年国債先物金利の推移 
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これまで長期間続いた金利が反転上昇すれば、2個の重大な問題を銀行に引き起こす。
(1)金利低下は、債券ディーリングという短期の利ザヤ狙いの売買で銀行の業務純益を賄ってきた。債券デーリングによる銀行の業務純益確保が困難になるなら、何か別の方策を探すことになる。
 
(2)景気軟調による銀行ローンの不振をカバーするためにローンの代替投資先として国債を大量に購入してきたが、金利の反転上昇は保有国債に膨大な含み損を発生させる。
損失回避のために国債の売却や国債先物の売りヘッジをしても、相場下落を加速させてしまい、ますます損失は拡大するというジレンマに陥る。

結局、銀行としては何か別の業務純益獲得手段を急いで模索せざるを得ない。
米国債券も金利が上昇傾向であり、これも利益確保には力不足だ。
既に昨年10月以降、一部銀行のJリートや不動産への投融資の拡大が見られており、2013年新年度の4月以降はJリート・不動産への傾斜が大幅に増大すると推定される。

Jリート市場への銀行資金の参入は、銀行の横並び体質によってあっという間に全国規模に拡大するだろう。
2005年〜2007年がそうだったように、規模が小さく流動性の低いJリート市場銀行の巨大な資金が入ることは、小さな池クジラが乱入するに等しい。
今後、銀行は意図せずしてJリートをバブル化させるだろう。

個人の長期的なインカム商品としてのJリートの時代は2012年で終わった。
2013年は、銀行など機関投機家の短期値ざや稼ぎの短期ディーリング商品の元年である。

下図は、1990年以降の日本国債先物金利の推移
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なお、不動産業界、Jリート、銀行の関係については、過去ブログ記事の<< 不動産業界と銀行業界が、Jリートの復活を心待ち >> の後半部分に解説したので、お読みいただきたい。

アベノミクスの帰趨は、株式、為替や金利に大きな影響を与える
高邁なベキ論に惑わされずに、冷徹に対応したいものだ

3ALL

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またホット・マネーに揉みくちゃにされそうなJリート (その4)Jリートの削減

下図は、Jリートが始まって以降の長期チャートだ

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今後を推定しよう。

価格形成の主役が、インカム収益目的の長期投資家から、キャピタル・ゲイン狙いの短期投機家に移行する。
長期投資家は少額をまれにしか売買しないが、短期投機家は大量の金額を頻繁に売買する。
価格は売買の結果を反映するから、価格形成力が短期投機家にシフトするのは当然の成り行きだ。

価格形成の担い手の変化は、2つの変化を引き起こす
(1)volatilityの拡大
(2)価格の継続的上昇による維持不可能な割高レベルまでの上昇と、その後の急反落リスクの増大

(1)volatilityの拡大は、リスクの増大を意味する。
短期的に高値掴みをする確率が上がり、その結果投資家は心理的に不安定になる。

(2)反動安による長期含み損リスクの増大
最初は含み益がどんどん増えるので結構な話に聞こえるが、多くの投資家は「価格上昇とともに強気になり、ポジションを増やす」傾向がある。
また「販売会社は一般的に、売却を推薦しない」ので、価格が大幅に反落すれば大きなポジションを持ったまま巨大な含み損を抱え込むことになる。前回のバブル崩壊の過程を振り返れば、一目瞭然だろう。

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なお、アベノミクスが実現した際には、インフレ率2%、国債金利3%という世界になるだろう。
それが実現するプロセスはデフレ脱却であり不動産市況は活況を呈する。
税制の後押しもあり、活況度合いは高まるだろう。

今後2年間に関して、2つのケースを想定して、Jリートの将来像を推定しよう

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ケース,両豺隋下図のように、イールド・スプレッドは、2.406%まで縮小する。
またホット・マネーに揉みくちゃにされそうなJリート (その3)で書いたように、イールド・スプレッド2.5%は2005年1月のバブル突入の水準だ。
2.406%は、バブルに片足を突っ込んだ状態と考えられる。

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ケース△両豺隋下図のように、イールド・スプレッドは、1.734%まで縮小する。
これは、バブル状態だと考えられる。

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2つのケースから得られる結論は、
1400レベルは、多分維持可能だろうが、
1600レベルは、反落リスクがかなり大きい、

ということだ。

現在の1200から1400までは、+17%1600までは+33%
そろそろJリートのポジション全体を完全にホールドする時期が終わり、部分的に流動化すべきフェイズになったと思われる。
そして、家賃収入の上がり辛さを考慮すれば、景気回復に比例してEPSが増加する恩恵を受ける株式へとよりシフトするフェイズでもあると思われる。

それゆえ、1月31日の夜に、以下のような資産配分の変更をした次第である。
Jリート: 40% → 30%
MMF: 0% → 10% 

MMFへシフトしたのは、そろそろ株式の調整が近いことを想定してのことである。

なお、過去の資産配分の推移は下図ようなものだ

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参考:一年前のブログ:
2011年2月5日:分配金利回りが4%を下回ったら危険、復活したJリートが、もしかしたら将来的にもたらす可能性のある副作用
2011年11月13日:6%を超えていた分配金利回り、配当利回りで、不動産を見ています

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またホット・マネーに揉みくちゃにされそうなJリート (その3)

Jリートの価格形成が、長期分配金目的の投資家の手を離れ、キャピタル・ゲイン目的の不動産投機家、短期トレーダー、ヘッジ・ファンド、外人投資家達の手に移ると・・・・・
(1)Jリートの価格変動性(volatility)が増大する
(2)家賃収入に基づく分配金では正当化しずらい領域まで、Jリートの価格が上昇する

・・・・・という状態になる。
その状態が長期化し、程度が高ずればバブルになる。

前回の2005年〜2007年のバブル期の状態を振り返ってみよう。

下記チャートは、不動産証券化協会HPより
分配金利回りと国債利回りの格差(利回り格差)は、Jリートが活況になるにしたがって徐々に低下していたが、
バブルに突入する2005年1月には、2.5%まで低下した。
バブルのピーク、2007年5月には0.855%まで格差が縮小する。

分配金利回り

その後は、サブ・プライム住宅ローン証券化の破たんを合図に、Jリートバブルも一気に崩壊した。
崩壊後の最悪期、2009年2月には、利回り格差は6.328%にまで増大した。


その後は、羹に懲りてなますを吹く状態が続いた。
素晴らしい投資対象とんでもなく安価に放置されているのに、誰も見向きもしない状況(利回り格差4%以上、分配金利回り5%以上)が長期間続いた。
その後2010年以降、徐々に回復し、先週末は
分配金利回り:3.9988%
利回り格差:3.2378%(3.9988%−国債利回り0.761%)
まで格差が縮小した。

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今後、利回り格差が、2.5%を割り込むときは、バブルに突入したと判断してよいだろう。
それまでは長い道のりあろうが、それを認識しつつ、Jリートを観察したいと思う。

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またホット・マネーに揉みくちゃにされそうなJリート (その2)

Jリートに投資するに際して教科書を読んだり、販売会社の話を聴くと・・・
Jリートは株式よりも安定した収益構造をもった優良な投資対象です
Jリートの価格変動も株式のような激しい上下動はしません
・・・・という答えが返ってくる。

(1)Jリートが投資対象とする物件の賃料と価格、経済の関係に関して、一般的には下図のように説明される。
物件を購入する際に必要な資金の調達コスト < 物件の生み出す収益
という関係が満たされるように物件価格が決まる、という。
さもなくば、資金調達(=銀行ローン)の金利が払えない。

不動産価格決定式


(2)一般企業の業績(EPS)は、景気変動によって、大きく上下動する。それゆえ、一般企業の株価は大幅に上下動する(=volatilityが高い)。

しかし、家賃は景気の上下動ほどには、増減しない。
契約期間が満了しないと、増減が発生しないし、既存テナントに対しては変動幅の緩和策がとられるのが一般的だ。
それゆえ、家賃は景気ほどには変動しない。
つまり、Jリートの分配金(家賃収入−支払金利などの経費)は、景気変動に比べてマイルドな動きをする。

Jリート&一般企業

上記(1)、(2)を理由に、Jリートは安定した、価格変動(volatility)の小さな、優良な投資対象だと言われる。
しかし、現実は異なっている。

景気が好転し始めた初期、金利がまだ低い時期は、不動産を買う絶好のチャンスだと不動産投機家は判断する。
徐々に景気回復の本格化を織り込みながら、不動産価格が上昇を始めるからだ。

購入した物件から十分な家賃収入が無くて、銀行への金利が払えなくても、数年後に値上がりした不動産を売却してキャピタル・ゲインを得れば十分だと考える不動産投機家が一般的である。

彼らは、Jリートに対しても同様に考える。
不動産が値上がりするなら、Jリートの価格も上昇する。
分配金など微々たるものでも構わない。値上がりしたJリートを売却して儲ければ十分だと。
短期トレーダーとヘッジファンドも同様に考える。
外人投資家の多くも、このグループに該当する。

昨年12月後半以降、不動産投機家、短期トレーダー、ヘッジ・ファンド、外人投資家達のJリート市場への参入が増加してきた。

Jリートの価格形成は、長期分配金目的の投資家の手を離れ、キャピタル・ゲイン目的の不動産投機家、短期トレーダー、ヘッジ・ファンド、外人投資家達の手に移り始めた。

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またホット・マネーに揉みくちゃにされそうなJリート (その1)

2003年にJリートが生まれた時、健全な発展を願った人が多かったと思う。
しかし、一旦生まれた金融商品は時代の流れに翻弄される宿命から逃れられない。

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当時は、2000年にITバブルが崩壊して企業経営者は打ちひしがれていた上に、2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件が追い打ちをかけて、世界経済が深刻な状況だった。
世界経済のリード役として、米国経済を活性化するためにFRB議長グリーンスパンは、米国民の消費に火をつけて「買い物三昧」をさせる決断をした。
金利を猛烈に下げたのだ。

自動車ローン、住宅ローン、カードローン、すべての金利が大幅に下がった。
月々の支払金額がみるみる減っていった。
同じ支払金額なら、もっと良い車、もっと高価な住宅を求めるようになった。
そして景気が改善するにしたがって、住宅ブームが起こった。


住宅ブームは、住宅ローンを証券化して売りさばく「証券化商品バブル」を生んだ。
好景気でローンの返済は良好であり、「この状況は永遠に続きます。返済遅延は考えられません」的な営業をする証券マンが跋扈した。

しかし、ブームは終わるものだ。
確かに終わった。
その辺は、サブプライム問題とは何か?という本があるので、読んでいただければ幸いだ。

Jリートも不動産関連の証券化商品という位置づけで、時代の寵児になり、2005年〜2007年の3年間、バブル的な状況に陥った。
本来は、利回り商品として配当金を目的に投資するものが、「上がるから買う、買うから上がる」という短期トレーディングの対象として持て囃された

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しかし、バブルは終わるものだ。
Jリートのトレーディング・バブルも確かに終わった。

バブル崩壊後は、素晴らしい投資対象とんでもなく安価に放置されているのに、誰も見向きもしない状況が長期間続いた。
2008年10月〜2012年9月の、価格が1000ポイント以下で、利回りが5%以上であった時期だ。

グラフ:上、Jリート価格、中、Jリート利回り、下、10年国債利回り
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2012年末に安倍政権が発足してから、日本の不動産はブームが始まりつつある
その背景は・・・・
住宅減税が拡充される
相続税が強化される結果、相続時に現金や有価証券よりも、不動産が有利になる点が脚光を浴び始めた
消費税が値上がりする前に駆け込みで買いたい需要が出てきた
海外へ資金を持ち出して脱税することに対策が強化された結果、国内の有利なものにお金が集まり始めている

・・・・・というようなものだ。

不動産ブームの足音は、Jリートの相場にも火をつけた。
安倍政権の誕生が期待され始めてからのJリートの上昇率は目を疑うばかりだ。
どんどん利回りは低下し、ついに4%を割れてしまった。
2月1日で、3.9988%

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1月に入ってから売買高が急増し始めた。
2005年〜2007年のJリート・バブル時のように、利回り商品として配当金に投資するのではなく、「上がるから買う、買うから上がる」という短期トレーディングの対象として持て囃す投資家が乱入を始めたのだ。

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2013年を考える : 11月15日の振り返り

11月15日に
1:基本、強気継続
2:日本株の復活

という判断をした。

その際に考えていたことを、まとめて記録しておこう。
長文だが、色々と考えて、最後は「エイっ!」と決断するとは、こういうプロセスなのだ。

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2010年以降の全体観の振り返り
参考過去記事

1:2009年は、リーマン・ショック後の「売られ過ぎ」の反動に、中国の4兆元の経済対策など世界の経済対策が加わり、復活を見せた。
2:2010年、2011年は、バブル崩壊後の現実と欧PIIGS問題の大きさに市場が委縮して夏場に弱いレンジ相場に終始した。 それゆえBuy&Holdは不適当と考えて夏場はゼロ・ポジションにする戦略を採用した。
3:2012年、正確には、2011年10月以降、これは過去2年とは異なる「持続性のある上昇相場」に転換する可能性を感じ、「夏場のゼロ・ポジション戦略」を変更した。
相場は、US住宅の下げ止まりと欧州政治家の問題解決への努力を評価して、ゆっくり戻り始めた

< 参考過去ブログ&facebook >
2012年5月29日:さて起きて行動開始
2012年4月5日:
しばし相場を離れて昼寝をして横目で観察することにしたい
2012年1月13日:2012年を考える(15) : セミナー資料のおすそ分け
2011年10月6日:ようやく、今年一回目
2011年7月6日:"Sell in May"のリズム : 落胆の5月、6月、安堵の7月、不安の8月、9月


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2012年の資産配分の振り返り
2010年、2011年は、4月〜10月に軟調になることを考慮して、株式の持ちきりの運用に対して積極的になれなかったが、2011年10月以降は「過去2年とは違う」継続的な上昇相場の始まりを想定した積極的な姿勢に転換した。
ただし、日本株は震災と原発事故の後遺症を考慮して消極的な姿勢を維持した。 

下記が、2011年10月以降の推薦資産配分だったが、その2012年の成果は下記の通りだ。
5月にヒヤリとする場面はあったが、今年は非常に良い年だったと思う。
特に、Jリートは想定以上のパフォーマンスを示した。

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2013年を考える:利回り追求商品に関する考察
景気に対する悲観的な見方の広がり、安全資産への逃避、それらが債券への大規模な資金流入を引き起こした。
その結果、世界の債券金利は大幅に低下した。 10年債券金利は、USもドイツも2%を割れている。
日本やスイスは1%以下だ。
この非常な低金利の内外債券に資金を投ずる魅力は少ないと判断している。

一方、Jリートは依然として魅力的な高金利(約4.8%)を維持している。
日本全体の不動産は魅力が無いが、東京圏の商業用不動産は別世界の魅力を維持しており、最近は魅力アップの動きも続いている。
それにも拘わらず「Jリート=不動産」と十把一からげで軽視されている。

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 最悪期終了を織り込んだ2012年のJリート
 リーマン・ショック以前は、世界的な不動産の証券化ブームが発生して、世界の不動産はあちこちでバブル域まで上昇した。
日本では、Jリートがバブルに巻き込まった。

 バブル崩壊による価格下落があまりにも激しかったので、Jリートは投資家の信頼を完全に失い、「バブル崩壊 → 正常化」で止まらずに、「極端に安すぎる」レベルまで叩き売られた

 しかし、「東京の不動産市場の最悪期の終わり」を徐々に織り込みながら、Jリート市場は着実な回復を見せている。
6%近かった配当利回りは、10月末現在で、5%弱まで低下したが、まだ割高なレベルには到達していない。

国債利回りとJリートの利回りの差で、Jリートの割高割安度を判断するのが一般的だ。
Jリートの現在の「利回りの差」は過去平均よりも「大きい=割安」である。
また、海外のリートとの比較でも、「大きい=割安」のままだ。

 Jリートの「超割り安、バーゲン期間」は終わり「やや割り安〜適正フェイズ」になったと判断している。
それゆえ、あとで説明するように、最大級の積極姿勢で保有を推薦(50%)という位置づけを、普通の積極姿勢(40%)まで下げた。 仮に現状からJリートの価格上昇が無くでも、4.8%の利回りを1〜2年享受できれば、それで十分だと判断している。
 
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都市化の歴史と、東京の不動産の特異性
戦後の日本経済は工業化の進展の歴史だった。
1950年代初頭以降、地方の農村部から東名阪の工場に向かって大量の人口が移動した。国も「1954年から就職列車を国鉄に制度化」させるなど、工業化の促進を応援した。
1965年に都市化率が70%に達するが、その直前の1961年には、年間650万人が地方から都市部に移り住んだ。

当然これは工業用地を中心とした戦後最大の地価バブルを生んだ。
 2回目の地価バブルは列島改造論の時で、3回目は80年代の資産バブルだが、全国平均の地価上昇率は徐々に低下してきた。

都市化の進展はオイルショックで一時中断した。その後、ペースは鈍るが1990年代中盤まで都市への移動は続いた。
 21世紀になって、地方を遺棄して都市へ逃げ込む現象が始まった。 地方経済の疲弊によって地域が必要とする病院、警察、消防、道路などの公共インフラの維持が困難になっている。劣化したインフラに我慢のできない人は都市に逃げ出し始めた。

 3回目の都市化は、総人口が増えずに高齢化が進む中で進行している。便利な都会の典型である東京23区の人口は1997年以降ジリジリと増加している。

そんな中で発生した4回目の不動産バブルが、2006年〜2007年の「証券化バブル」だ。世界的な不動産証券化バブルの波が日本にも押し寄せた。しかし、Jリートなど不動産ファンドが購入する大都市のビルだけがバブルの対象だった。

最近の数年間の顕著な動きは、東京の再生、近代化、高度化、耐震性強化、さらなる都市化、という東京だけに人口が集中する動きだ。
 丸ビル、新丸ビル、ミッド・タウン、スカイツリー、東京駅再開発、さまざまなプロジェクトが東京だけに集中して実施されている。 

 労働者の住宅も郊外の一戸建てから、便利で快適な職住接近の都心回帰が鮮明になっており、この傾向はますます強まりそうだ。
 Jリートが対象としている投資物件は、このような東京の特異性を背景としており、当分は魅力的な投資対象資産という地位を維持するだろう。

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値上がり追求の資産に関する考察
1:US株

 2011年までの米国経済は、住宅市場の低迷が主因で内需活動は低調である一方、ドル安を背景に輸出は好調という「輸出依存の構造」だった。
2012年は、欧州や中国の景気に対する景気懸念から輸出企業に対する不安が増したが、住宅市場が底打ち反転の気配を強めてきたことを受けて、内需セクターへのバトンタッチが始まった。

米国は内需中心の経済構造なので、住宅市場の底打ち状況を受けて、米国株式市場は安定的で堅調な推移を示した。 住宅価格の反転は、銀行の資産状況を改善させ、消費者マインドを積極的にする。

リーマンショック後に、消費者マインドは、オイル・ショック期や湾岸戦争当時のような激しい落ち込みを見せたが、ようやく最悪期を脱してきた。
 「大規模減税切れの懸念」があるが、政治的な妥協が成立し、来年末には「実害は限定的だった」という評価になっているだろう。

 2013年の米国経済は、住宅など内需の回復の恩恵から、懸念するほどには悪化しないだろう。 依然としてやや割安なPERという株価評価にとどまっていること、景気サイクル的に世界の先頭を走っていること等を背景に、米国株式はそれなりのリターンを示すと思われる。

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2:アジア株
高い経済成長は持続する
 2012年は、中国、インド、欧州の経済に対する懸念が広がり、不安定な投資環境が続いたが、アジア4(韓国、台湾、香港、シンガポール)株のリターンは良好だった。

やや減速したとはいえ、アジア地域は絶対レベルでは高い経済成率が続いており、世界中の企業がその恩恵に浴しようと人・モノ・金をアジア地域に投資している。

アジア4(韓国、台湾、香港、シンガポール)地域は、その経済成長の中心である「インド、中国、インドシナ」との結びつきを継続的に強めており、かつ株式市場としても相対的に低リスクと認識されている。
リスク回避的であるものの「アジアの成長に投資したい」と願う世界の投資資金は、2012年に続き2013年も増加するだろう。

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成長が高いのに低いPER
高い成長期待があれば、通常PERは高くなる。
しかし、アジアの株は欧米投資家から見れば「詳しく知らない地域、中国減速でリスクが高い地域」と見なされて、現在は歴史的にみて低いPERに留まっている。

 なお、米国の「輸出→内需」への経済パターンのシフトは、対米輸出の増加となってアジア地域に恩恵をもたらす。
2013年のアジア株は2012年と同様に良いリターンを投資家にもたらすだろう
 
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3:日本株:大貧民から貧民へ出世が始まる
 リーマン・ショック、震災・原発事故・中国の対日バッシングと懸念のデパート状態の日本経済だ。
確かに、リーマン・ショックの傷が癒えようしていた時期に発生した震災と原発事故の実害は大きく、「2年間のペナルティ・ボックスに入った日本」と判断せざるを得なかった。
それゆえ2012年の資産配分では日本株を採用しなかった

秋以降の尖閣騒動、対日暴動、経済バッシングという流れで、日本株に対する投資マインドは完全に冷え切ってしまった。
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 政治は春に動き始め、相場は先に織り込んで待つ
 しかし、来春の中国は新政権が動き出している。
国内的な民心対策としての「暴動&バッシングを通じた国民の不満をガス抜きするフェイズ」が終われば、大人の外交交渉フェイズに変化する。それが国際政治だ。

2013年は日本も新政権だ。
誰が政権を担当しようとも、口では何と言おうとも、中国との関係改善に乗り出すハズだ。さらには景気回復、デフレ脱出政策が本格化すると思われる。

株式市場は、このような可能性を感じて「好材料を半分ほど織り込んで反発」という状態まで回復するだろう
 
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2013年の資産配分で考慮するポイント
 これまで述べた事を簡単に図示すれば下図のようになる。 考慮するポイントは、・・・
1:今年最高のパフォーマンスを示し、その結果利回り面の魅力が若干薄れたJリートを少し減らす 
2:今年最低グループのパフォーマンスに甘んじ、かつ悲観に溢れている日本株のゼロ・ポジションを再考する

・・・・という2点だろう。

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決定:新配分
下図が、11月15日以降の2013年に向けての資産配分だ。
もう少しリスクを取れる投資家は、「日本株:10%」ではなく、「日本株:5%、新興国株式:5%」という組み合わせでも良いだろう。

なお、内外債券は金利が低すぎることから、利回り商品の世界では「Jリートの方に分がある」と思われる。
また、欧州株式は「2013年も欧州は不況」と言われる中、ユーロ安が進展する為替リスクが残っており、無理する必要はなさそう(上がるかもしれないが、日本やアジアで、パフォーマンス的にはカバーできる)だと、私は判断した。

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目次:2013年を考える
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バブルの中心的役割を演じた"住専"の後処理が、New Japanの始まりだった

1970年代に労働者の住宅取得を促進するために設立されたのが住専(住宅金融専門会社)

全部で8社なので、住専8社とメディアでは言われるようになった。

銀行が親会社
6社)

社長が大蔵省の天下り6社)
これを部外者が見て、大蔵省と銀行がタッグを組んで造った国策会社だと思っても仕方が無いだろう。

都銀が個人向けローンなど見向きもにないので、造られたので「住宅金融
専門」という名前が付いているが、 住専の親である都銀は徐々に住宅ローンを強化する戦略を採用する。
 

親が子供の領分を荒らし始める。まともに競争すれば、子は親にかなわない。
その結果、しかたがないので、住専は親が手を出さない商業用不動産へ活路を見出すことになった。
 

住専_20120606



そして、プラザ合意以後のバブルが始まった。
BIS規制をクリア―するために、都銀は利益率が8%期待できる商業用不動産・不動産投機の分野の融資を拡大する。

見栄え、規制、汚い事は他人にやらせる、、、様々な理由から、都銀は子会社の住専に融資して、住専が
商業用不動産・不動産投機に融資するという構図ができあがる。

そして不動産価格を半値にする運動(by日銀)が始まった1990年に不動産融資の総量規制が導入される。平成の鬼平(三重野日銀総裁)の時代である。

しかしこの時、官庁の縦割り、縄張り構造が、バブルの傷を拡大させる措置が取られる。
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農林系金融機関は、組合員(農民)への貸し出し限度規定があるが、非組合員に対する融資限度を
1980年に撤廃していた。この状態で、1990年の不動産融資総量規制は、農林系金融機関は対象外とされた。
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農林は、銀行が親会社社長が大蔵省の天下りという状態を見て安全な貸出先と判断していた。

その結果、住専の資金調達は農林系に急速に傾斜
融資残高は、
19903月末、12268億円、
1992年3月末、3兆4000億円

に膨れ上がる。


その後は、ご存じの株価と不動産価格の大暴落


苦しくなった住専に対して、1993
年に金利減免(農林系も減免に協力)をして助け船を出すが、それに際して、

(1)銀行局長・農水省経済局長に、住専処理は母体行が責任を持ち、農林系に”迷惑をかけない”覚書

(2)日銀が農中に大量の日銀貸し出しを実行し、長短金利差をプレゼント開始
という農協優遇(=金利減免の損失補てんby日銀経由)を実施する。

その後は、ドンドン含み損が拡大し、
( 例:住総の95年6月末、全融資の92%が不良債権 )
ついには住専国会を経て、8社全員が消滅する。 

損失先送りをやめて、最終処理をはじめたのが、これが最初、
このあと、長銀、山一、など続々と・・・・
こうしてNew Japanの時代が始まった

New Japan=苦難の時代である

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日本の4回の土地バブル & 中国の4兆元の経済対策=列島改造計画

原因は何であれ不景気になると、景気対策が実施される。

名目GDPの成長力が高い時代(=経済が若い時代、若い国)なら、税収が時間とともに増加するし、足元の財政も余裕があるので、財政支出(=実弾)で景気を復活させるきっかけを作れる。

しかし、成熟国になれば、巨大化した社会福祉が予算の大半を占める状態になるうえ、選挙目当てにバラマキが累積しているので、国家予算は「借金に借金を重ねる」状態になっている。
ゆえに、成熟国では実弾、真水の財政支出が打てないので、景気対策のほとんどが、金融政策(=金融緩和)になってしまう。

経済に活力が残っていて、企業経営者にファイティング・スピリッツがあれば、金融緩和で大量に供給された資金が現実のビジネスに使われて、名目経済を活性化させる。

経済の活力がなければ、金をつぎ込んでビジネス的な勝負に打って出ても、事業に失敗して借金だけが残る確率が高いので、企業経営者は殻に閉じこもってしまう。
そうなれば、ジャブジャブになったマネーは証券市場、商品市場、不動産市場という非実物経済領域に投機マネーとして流入する。

活力のある国家や地域においても、 企業や経済が手ひどい打撃を受けた場合には、マネーがリアル・ビジネスに流れずに、一時的に 非実物経済領域に投機マネーとして流入して一定期間滞留して問題を起こす時がある。

経営者や消費者の心の問題、心の状態は経済の復活上昇の重要なファクターだ。 

21世紀になって起こった世界的な住宅不動産価格の上昇は、後者の状況で発生したものだった。

参考 関連する過去記事
(1)日本の景気回復に必要なこと (1)規制緩和
(2)日本の景気回復に必要なこと (2)技術開発と能力開発を応援する制度と風土

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戦後日本の不動産のバブルに関しては、「2010年10月10日:都市再生に活路を求める国土交通省」で触れたが、4回あったと言うのが国土交通省の認識である。
4回の内容は下図の通り。

不動産バブル

これを矢野研究所が出している市街地の価格動向と対比させると

1961年〜1962年 : 
戦後の復興期の後半で、朝鮮戦争(1950年〜53年)特需で儲けて余裕のできた日本の製造業は、体力をつけていた。1964年の東京オリンピックに向けて、首都高速道路、新幹線などの巨大プロジェクトが始動していた。
元気な日本企業が、工場の新設・拡張などの大規模設備投資を始めた時期に当たるのだと思う。(データで裏はとっていない)

1973年〜1974年 :
これは田中角栄の 日本列島改造計画の落とし後だ。
オイルショックと相まって、当時の狂乱物価は猛烈だった。
労働者の賃金が上昇するのは2〜3年のタイム・ラグがあるので、「住宅は庶民には高根の花」という叫びが長期間続いたと記憶している。

1987年〜1990年 :
金融バブルが引き起こした土地住宅投機とその崩壊は、鮮明な記憶、多大な損失、そういう経験をした人が数多く生存していると思うので、説明は不要だろう。

2006年〜2007年 :
世界的な不動産関係の証券化商品バブルの波で、Jリートが変な暴走をした事も、このバブルの構成要件だが、それゆえ大都市の商業用ビルだけがバブルの対象だったと判断している。


地価上昇率


上記の土地不動産バブルを、日本の都市化と組み合わせてみれば面白い。

1回目 :実需
東京オリンピックの頃を最盛期として、猛烈な都市化が進んだ。
戦後の日本経済の復興再生は、地方と農村部から安価な労働者を都市部に引っ張ってきて、工場労働など第二次産業に従事させる、これは国策だった。

都市部の住宅は無かった。
団地(6畳+4畳半+DK)が都市周辺部に猛烈に増え始めた。
建てても、建てても、足らなかった。
一時的な余剰感はあっても、オイルショックで経済が冷え込むまでは、慢性的な住宅不足への対応は政府の緊急の課題だった。

住宅公団、住宅金融公庫、銀行の住宅ローン、住宅金融専門会社、多くの対応がなされた。
それでも後手後手と言われた。


あq人口の流出入


2回目 : バブル
1987年ごろをピークとした都市への人口流入
これは規模が小さい。
東京の国際都市化、Japan as No.1、東京への外資系証券の大量進出、
株式バブルで時価総額が増えたことで、何かを勘違いした企業の土地投機


まさに一生に一度の異常なバブルだった。
異常の後は悲惨が来た。

3回目 : 避難
2008年ごろをピークとして、現在まで続いている都市化
これは社会インフラという観点で、地方を遺棄して都市へ逃げ込む現象だと、私は理解している。
地方財政と地方経済を冷徹に観察すれば、地方での社会インフラの維持は困窮を極めている。
今後も、都市への避難は継続するだろう。

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中国の土地バブルは、1990年前後にもあった。それ以前は調べていないので知らない。

まずは、経済成長が続いていること、都市化が進んでいること、それらがある限りは住宅価格は下がりづらいと、私は判断している。
それに、中国の現状は、日本の一回目:実需の土地上昇メカニズムが働いているわけで、中国も田舎から住宅を背中にしょって都市に来ることはでないという事実は、日中の変わりは無い。

関連する参考過去記事:昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書 

GDP成長率だが、今後は、徐々に経済成長率は下がるだろうが、10年単位の出来事だと考えていた方が良いだろう

下は、中国のGDP成長率推移

中国GDP

なお、胡錦濤・温家宝コンビは、リーマン・ショック後の世界経済の落ち込みに対応して、2008年11月に4兆元の大規模緊急経済対策という大盤振る舞いを実施した。
この資金が、とりあえず早期に経済対策の効果・成果を北京政府に誇示できるビル住宅開発、港湾道路インフラ工事に流れこみ、下図にあるような不動産価格の上昇になってしまった。

意図的、確信犯的(=副作用を認識上での)な中国版列島改造計画だったと、私は理解している。
確信犯であれば、その後に何をすべきかも最初から分かっているわけであり、その後の不動産に対する引き締め政策がキッチリと「お灸を据える」方針で実施継続されたのだ。

下は、2010年末までの推移
 chinaPP


最後に、PIIGS危機の次のターゲットとされているスペインの住宅価格の推移を最高に掲載しておこう。

House price


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昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書:(3)バブル経済と決別する中国

前回、昭和50年代に関して「 低下するインフレ、増加する賃金、鎮静化していた地価住宅価格を合わせると、昭和50年代の労働者は幸福な時代を過ごした」と書いた。

2010年代の中国に、そういう状況が示現する可能性という観点で、現在の中国を観察してみたい。

まずは、インフレ状況
消費者物価は、明確な低下基調に入ってきた。さらに低下するだろう。
生産者物価は、前年比でゼロまで低下した。今後はマイナス圏に突入するだろう。
99年以降のサイクルを参考にすれば、2013年前半まではインフレ圧力は緩和傾向だと思われる。

China Inflation_1

2004年は、国内景気の過熱による古典的なインフレ
2008年は、海外好景気で輸出ブームに沸く景気過熱と、資源エネルギー価格の高騰によるインフレ
2011年は、リーマンショックによる世界同時不況に対抗する2008年11月発動の4兆元の内需拡大の経済対策の副作用に、資源エネルギー価格の再高騰が加わったことに起因するインフレ

副作用に対する引き締めは、2010年春から断続的に実施、強化されてきた。
2011年の夏をピークにインフレが低下を始めたのは、引き締め政策が功を奏した結果だ。
2012年の大半は、懸念は残るもののインフレは鎮静化だろう。

China Inflation_3

先日2012年の経済運営の方針が温家宝首相から発表された。
その内容を中国網の解説記事で読むと、日本の前川レポート(1986年4月7日にまとめられた「国際協調のための経済構造調整研究会」による報告書)を彷彿させる。

*******************************************************
消費の拡大につながる長期的かつ効果的なメカニズムをいち早く構築する。
所得分配の構造調整に力を入れて、中・低所得層の収入増をはかり、住民の購買力を高める。
住民の消費を奨励する政策を完全なものにする。
社会的な高齢者対策や家事代行、不動産管理、医療・保健などのサービス業を大いに発展させる。
文化面の消費と観光や健康増進などの消費を奨励し、有給休暇制度をしっかり定着させる
オンライン・ショッピングなど新しいタイプの消費形態を鋭意発展させる。
環境に優しい建材や、節水型のバス・洗面所・トイレ設備、エコカーなど環境に優しい商品の消費を支援し、誘導する。
消費者金融を拡大する。
都市・農村部における流通システムや道路、駐車場などのインフラ整備を強化する。
製品の品質安全の監督・管理に力を入れる。
消費環境を改善して、消費者の合法的な権益を守る。
*******************************************************

前川レポートは、輸出偏重の日本経済を、内需中心へと変革しようと目指したものだ。
2012年の中国は、同様な政策を遂行しようとしていることは明白だ。

消費を持続的に拡大させるためには、所得の上昇が必要だ。
日本の昭和50年代にはそれがあった。
過去10年間の中国の所得推移は以下のようなものだ。

中国都市部年間所得
 
過去2年間、所得倍増計画のような政策が北京政府によて実施されており、最低賃金は2年連続で10%以上引き上げられた。
また、外資系の工場で働く工場労働者の賃金を15%〜20%程度引上げるようにヤンワリと指導しており、2011年は大幅に賃金が上昇している。

10%以上の賃金上昇が10年も継続するとは思わない。
仮に、2010年代を通じれば、
2010年〜2012年: 12%
2013年〜2015年: 7.5%
2016年〜2017年: 4.5%
2018年〜2019年: 3%

という急速な上昇率低下を想定しても、2010年代は高水準の所得上昇が実現する

住宅価格
はどうだろう?
中国の北京や上海の大都市部の住宅価格(90屐砲惑収の10倍と言われる
世界平均は6倍らしい。
( 90屬凌恵曠泪鵐轡腑鵑、山手線の内側で1億円、東京駅周辺オフィスへのドア・ツー・ドア1時間で5000万円弱なので、日本は依然として6倍以上である )
 
次期政権の10年間で6倍達成できるのだろうか?
上記の賃金上昇率を前提に、2010年から10年間を試算してみた。
なお、世帯年収(都市部は、共働きの世帯が多い)という考え方は考慮せず、厳しい計算をした。 

2010年を起点に、所得は1.88倍になる。住宅価格は1.42倍だ。

中国住宅価格賃金倍率

2019年末で、住宅価格の所得倍率は、7.6倍になる。
共働き世帯では、5倍以下になるだろう。

この計算では、住宅価格が10年間連続で+4%で上昇することを前提とした。
3%なら、6.9倍まで改善する
5%なら、8.2倍に留まる
つまり、重要なことは、住宅価格の上昇をゆっくり上昇させることだ。
大幅下落は困る。急騰も困る。そういうことだ。

住宅価格所得倍率

中国は政策の浸透力が先進国よりも強力だ。
一党独裁国家の有利な点だろう。

2008年夏以降の全国の住宅の状況は下記チャートのようなものだ。
上段の取引件数はかなり鎮静化してきた。
価格は、2010年からの2年間は横バイだ。


China PP 

4大都市の価格(下図)状況だが、やはり横バイだ。

ChinaPropASP

温家宝首相が将来の住宅価格抑制を目指して引き締め策を継続する理由が理解できる。

なお、狙われるアジア(2)の後半に書いたように、中国都市部の住宅は不足している。
都市に移住する時、田舎の住宅を引っ越し荷物として持って来れない
都市で住宅を借りるか、購入するかするしかない。
中国では、賃貸住宅が非常に少ないお国柄なので、住宅購入意欲は長期的に旺盛な状況が続くだろう。 


一方、中国の都市化はまだまだ続く。
個人消費が活性化するので、都市の小売業が発展する。
日本の昭和50年代がそうであったように、商業用ビルに対する需要は高まるだろう。

中国都市化


(参考過去記事:)
1:2010年12月18日 中国不動産 : 投資妙味は住宅から商業用ビルにシフトする
2:2011年5月16日 フォロー・アップ(前篇) : 中国のSocial Housing & Economic Housing
3:2011年3月14日 「商業用ビル投資」に手を出し始める中国海外発展
4:2010年7月14日 インドと中国の都市化の比較と、中印不動産

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目次 : 昭和50年代の日本のエッセンス = 2010年代の中国の教科書
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加筆版 : 80年代の不動産バブルなんて無かったように見える

アメリカの不動産バブルと言えば、2006年〜2007年のことで、その前は1925年だと思う人が増えてきたようだ。

1980年代の不動産バブルはひどいものだった。
金融機関が多数倒産し、預金保険機構も破たんする事態となった。

その内容には今日は触れないが、興味のある方は下記を読んでほしい
参考ウィキペディア
1:Savings and Loans Crisis
2:ここの1980年代の金融危機参照


今日のポイントは、
(1)1925年をピークにバブル崩壊し、その後しばらくして、1928年から株式に資金が集中した。

(2)1980年代の不動産バブルの後始末は、1991年から本格的に始まったが、不動産のパフォーマンスは、1996年頃まで冴えなかった。
1990年代株式投資が盛んで、ドットコム・バブルが生まれ、個人のディ・トレーダーが跋扈した。

1980年代のバブルは、オイル・ショックによる原油価格高騰が引き金だった。
テキサス州を中心に原油開発に群がって開発業者とそれを後押しする資金が群がった。
テキサスは大ブームで超近代的なバブリーな商業用ビルが乱立した。

しかし、肝心の原油価格は下がり続けた。
原油開発&商業用ビル・バブルは崩壊した。
1980年代後半にはローンは焦げ付いて大騒ぎになった。

すったもんだで時間だけが経過した。
偉大なレーガン大統領が、「ガツンと処理をするしか無いだろ!」と、ようやくバブル崩壊の処理が始まった。

住宅だろうが、貸しビルだろうが、ローンは巨額だ。
それが焦げ付いたら、金融機関は委縮する。
レバレッジが銀行の基本だから、委縮しなければ一瞬で倒産に追い込まれるからだ


この委縮が、不動産市場全体を下押しする。
かなり長期間にわたって下押しする。

商業用ビルのバブル崩壊であっても、
下図の赤枠の後に示されているように、居住用不動産価格は、長期間にわたって低迷した。
不動産は、居住用であれ、商業用であれ、銀行の創造する信用の上に浮かんでいるものなのだ。
だから、銀行がシュリンクすると、トバッチリを受けてしまうのだ。

US House Price_2

今回2006〜2007年の不動産バブルのスケールは、上記チャート(GSから頂戴しました)に見れるように、空前絶後のスケールなので、投資マインド全体の委縮が激しい。

投資マインド全体の復活までには、1929年代、1990年年代よりも時間がかかるだろう。
そして今回も、今後資金が戻るとすれば、不動産ではなく株式に戻ることになるだろう。

This time differentには、ならないだろう。

なお、1925年の不動産場バブルに関しては、
ウィキペディア(英語):1920年代のフロリダ不動産バブル

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