2019年10月28日

いわて盛岡シティマラソン

いわて盛岡シティマラソン
今シーズン初フルマラソンは、岩手県まで遠征。大阪・神戸・奈良・福岡と秋にエントリしていたマラソンには、ことごとく外れてしまったので、エントリのハードルが高くない大会にエントリした。そして、47都道府県マラソンは15道府県目となった。




盛岡でスタート9時なので前泊。盛岡は、大宮を出て仙台しか止まらないはやぶさに乗れば、東京から2時間半もかからないのだが、マラソンの影響でホテルの宿泊がやたら高いので、のんべぇランナーは少し手前の花巻に宿泊。花巻はチェーン系の居酒屋もいくつかあり、今回は一人だったのでそのほうが入りやすいのだが、思い切って地元のろばた焼きのお店に入ってみた。2階には団体客がいるようだったが、1階はカウンターにランナーっぽい人が一人と、地元の方2人が座敷に座っていた。お店は3人で切り回していて、結構忙しい様子、おつまみを3品ほど注文したが、1品目が出てくる前にお通しをつまみながら生ビールを1本飲み切ってしまった。頼んだおつまみは、鮭ハラス焼き、冷奴、サンマの刺身だったが、それぞれボリュームがあり、これだけで生ビールを4杯飲んでしまった。。。
前日は花巻に宿泊し、一人飲み

















さて、当日。花巻を5:51に出発する列車に乗り盛岡へ。列車はすでにほぼ満員だったが幸運なことに座ることができ、40分仮眠をとることができた。盛岡駅を降りてシャトルバスにのり、会場となっている岩手大学へ移動。更衣室になっている体育館は時間が早かったのでまだ空いていて、余裕をもって朝ごはんを食べて支度を整えることができた。まだスタートまでは1時間30分あるが、慌ただしくなってしまう前に荷物を預けトイレを済ませ、スタート40分前くらいにはスタートブロックに整列した。前はまだ空いているがそんなにガツガツ走るつもりはないので中ほどより少し前の右端に整列した。スタート20分前くらいから開会式のようなものが始まり、ゲストランナーの紹介などがあった。ゲストランナーは、山の神と言われる神野大地選手、石田純一さん、物まね芸人のMたかしさんなど、結構豪華だ。神野大地選手やMたかしさんは、開会式前にAブロック横をランナーとタッチしてまわってくれ、のんべぇランナーもタッチした。
かなり前のほうに並んだ





そして、9時、号砲。かなり前方からのスタートだったので、スタート直後から自分にしてはハイペースで入った。前のほうからのスタートだったせいか、道が広いせいか、まったく混雑している感じはなく、すぐにランナーがばらけた感じで走りやすい。序盤は県庁や市役所がある地帯や、盛岡八幡宮などの歴史を感じる地帯を進む。盛岡駅の近くを通ってからは、新幹線を越える陸橋をのぼりそのまま雫石川を渡り、大型の路面店がいくつかある大きな通りを往復するアップダウンの多い地帯が10キロ過ぎまで続く。この辺りまでは、最初の1キロを5分15秒くらいで入ったが、下り中心であれば4分45秒くらい、登り中心であれば5分をわずかに切る程度のペースで、3時間30分を目指すにはいいペースなのだが、頑張りすぎの感覚があった。12キロくらいのところで雫石川沿いを走るが、土手に登ったり道路をくぐるのに土手を降りたり、数メートルのアップダウンが続く。やがて、3.5時間のペースランナーのすぐ後ろに追いついたが、今回は追い抜かずに数十メートル間をあけてペースを保つことにした。17キロ過ぎの折り返しまでは同じくらいの距離を保っていたが、18キロを過ぎて進行方向が変わり向かい風を感じるようになったあたりで、ペースを保つのが少しきつくなってきてしまい、ペースランナーとの距離が空き始めた。そして、景色は完全に田舎の風景、近くの山は紅葉が進んでいていい景色なのだが、あまり目を向ける余裕もなく、ペースも完全に5分を越えるようになった。ハーフ地点の通過は1時間44分台なので、この先に大きくスローダウンしなければ3時間30分は切れなくてもまずまずのタイムでゴールできる可能性が残っている。だが、23.5キロの給水のところからは、とんでもない上り坂となる。歩いているランナーも出始め、自分も歩いてしまいそうな気持をぐっとこらえて頑張って走って登り切ったが、ペースは6分を完全に超えている。景色は完全に山の中で、坂を登り切るとそこは何とダムではないか!実はダムの下から上までを登っていたとはびっくりだ。ダム湖の横をしばらく進んでやがて折り返しとなるが、ペースランナーとはずいぶん手前ですれ違った。既に5分近く遅れている感じだ。

ダム湖の周辺まで走る

折り返しを過ぎて急坂の手前の30キロのエイドでごはんをいただき、もう少し頑張って下りはペースをあげて走り、そのまま何とかペースダウンをしないように頑張ったが、もう一度34キロから雫石川を渡るアップダウンのある橋の往復でかなり辛い状態となった。体中が痛くなり、6分近くまでペースダウンしてしまったが、それでも何とか体を前に運んだ。36.5キロのエイドで食べ物があったが、もはや固形物は食べることができず、持っていたゼリーで栄養補給をして少し復活し、いったん5分30秒くらいまではペースを戻した。コースは急坂を上って再び雫石川沿いを走るため、時々土手を降りて登るアップダウンがあり、最後の39キロの給水でついに一旦ストップし、又ワリをして水をがぶ飲みした。痛い足を最後の力を振り絞って動かし、土手を下ってついにゴール、タイムは3時間41分4秒であった。
ゴール後は、地元の子供にメダルをかけてもらい、チップを外してもらってタオルとアクエリアスを受け取った。盛岡3大麺を食べられるので、ジャジャ麺をいただいたが、冷たい麺だったので寒くなってしまい、半分ほど残してしまった。
荷物受取と更衣エリアのあるタカヤアリーナというところまでが遠く、足をつりそうになりながら歩くのが辛い。荷物を受け取り、アリーナの中でゆっくり着替え、出展ブースでベアレンビールのピルスナーを飲んで、さっさと盛岡駅までシャトルバスで戻った。
盛岡駅ではキリンシティでもう1杯飲み直して、こまちで缶ビールをもう1杯だけ飲んで帰宅したのであった。

今回のレースは、正直、辛かった。コースはアップダウンがあるとのことだったので、3時間30分を目指すレースではないと思っていたが、本当はもう少し余裕をもった状態で完走し、タイムも3時間40分を切りたかった。
今年の春から右足の足裏が恐らく足底腱膜炎になっていて、完全に治らないままなので痛いのを我慢しながら走っている。練習を長く休めば治るのかもしれないが、日ごろから通勤でもかなり歩くし、痛みとは上手につきあうしかないと思っている。今シーズンはこんなコンディションだが3月までにあと3レースにエントリしているので、その中で3時間30分を切りたい!
走った後は、地元のベアレンビール

okap_san at 15:00|PermalinkComments(0) ランナー 

2019年05月19日

剣山

DSC07036今年のゴールデンウイークは、四国の百名山に登った。四国は人生初上陸、百名山は36座となった。


今回は岡山の友人と昨年の斜里岳以来の久しぶりの登山だ。ゴールデンウイークの混雑の中、幸いにもサンライズエクスプレスがとれたので、前日夜から移動しての登山であった。まったく土地勘がないし天気もどうなるかわからなく、登山の取止め、石鎚山か剣山かはっきり決めないまま当日の天気と交通状況でということにしていた。
直前の情報では幸いにも天気は大丈夫そう、友人の情報では、どちらも倉敷からのアプローチは3時間強ということであった。倉敷に0646にサンライズが到着、すぐに友人の車に乗り込んで出発。ひとまず、瀬戸大橋を渡り松山道と徳島道が分岐するところまでは同じ道を通るのでそっち方面に向かう。途中で天気予報を改めてチェックしたところ、午後からは雷雨の可能性があるということで、登山行程が短い剣山に向かうことに決めた。
DSC07016






徳島道の美馬インターを降りて登山口に向かうのだが、ここが長い長い、そして道が狭いこと。すれ違いに気を使いながら一時間近く走り、見ノ越という登山口ち着いたのは11時前となった。そしてリフトもあって観光で来る人も多く駐車場が大混雑、登山口からはだいぶ下った駐車場に車を停めた。
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ま、気を取り直して登山開始。まずは10分程で登山口となっている剣山神社に到着。お参りをして登山開始。この辺りは杉などの大木が多く、それほど急な坂も危険な所もない。少し耳障りなリフトの音を聞きながら40分程でリフトの終点に到着。この先はコースが複数あり、まずは一番時間の短いコースを登り少し遠回りをして下ることとした。リフトでここまで来たついでに頂上を目指す観光客も多く、スニーカーやヒールっぽい靴の人までいて、全く登山の気分ではない。スタート地点の標高が既に1500メートル近いのであっというまに森林限界を越えて景色が変わり、30分も経たないうちに山頂手前に到着。山頂は広い草原になっていて、なかなか壮大な眺めだ。木道を更に奥に進むと山頂だ。剣山は四国で2番目の標高で、360度見渡すことができる。春霞で見渡せる範囲は限られるが、うっすらと四国もうひとつの百名山である石鎚山と思われる山も見えた。空気が澄んでいれば紀伊半島の山々や鳥取の大山なども見えるそうだ。
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景色を見ている間に雲が多く寒くなってきたので、友人のガスバーナーでお湯を沸かし、コーヒをいれて昼食。雨が降りそうな気配がしてきたので30分程で下山開始したが、山頂にこれだけ留まったのも久しぶりに思う。帰りは少し遠回りのコースを降り、こちらは比較的観光客が少なく、途中からの雑木林では鳥たちがさえずる中を歩いた。リフトの終点からは登ってきた道を辿り、剣山神社に戻った。更に駐車場に戻ると1430となっていた。
帰りにまた狭い山道を一時間走ると思うとややげんなりしてしまう。20時くらいに倉敷を出ないと最終の新幹線に乗れなくなるので、温泉か駅の近くに飲みに行くかの二択となり、飲みに行く方を選んだ。ま、山自体は楽だったので、それほど汗かいてないし。途中で一度休憩をとりつつ、友人宅の最寄り駅に18時過ぎに到着、そもそも飲み屋が少なく営業している店を何とか探してカンパイ!この後にお互いエントリするレースを確認して帰路についた。最終の新幹線は大混雑、帰りはどうなるかわからなかったので切符はとっておらず自由席勝負だが、勝負にならない。何とか自由席車輌の通路に立ち、たまたま新大阪で座ることができた。新大阪から西の区間は新大阪行きも走っているので、新大阪までに降りる人はそっちに乗ることもでき、名古屋で始めて座席が入れ替わることを学んだ。

それにしても、西の方の百名山はなかなかアプローチが大変そうだなぁ。石鎚山は前泊でもっと早く出なくては。

okap_san at 17:36|PermalinkComments(0)

2019年03月23日

韓国岳

韓国岳
今年最初の登山は何と3月。鹿児島マラソンのついでに霧島の韓国岳に登った。百名山は35座目だ。












登ったのは鹿児島入りの翌日、鹿児島入りした日はとてもいい天気だったが、残念ながら曇の日であった。
前泊したのは霧島温泉の丸尾というところにある大きなホテル、そこそこいい値段であったがお風呂もたくさんあってそれなりに満喫した。
丸尾から大浪池登山口まではバスで移動、乗客は自分一人であった。途中で、いわさきホテルという今はやってないホテルで時間調整をする間、運転手さんが帰りの時間を訊ねてきたので、1230くらい、バスが少ないのでここまで歩いてしまうつもりと伝えると、あぁ、解っているなら大丈夫、帰りのルートは大回りで700円くらい余計にかかるので一応教えておいたほうがいいと思ってとのことだった。前の日の空港からのバスでも、韓国人と思われる団体さんの旅程表を見て降りる停留所を教えている方がいたり、鹿児島の人は、結構親切だと感じる。
そして登山口で運転手さんに挨拶してバスを降りた。
登山口近くには駐車場とトイレがあり、10台くらいの車が留まっていた。バス停は登山口の目の前でトイレは少し離れた場所にあるが、念のためトイレに寄って出発、時刻は9時ちょうど、翌日にフルマラソンを控えていたので筋肉にできるだけ負担をかけないよう、トレッキングポールを持っていった。
暫くは整備された石段を歩き、それから山道となる。雨を予想してか早い時間に登ってきたと思われる人と何回かすれ違った。たいした難所もなく大浪池に到着、韓国岳と大浪池をバックに大浪池の標を撮影できるところがあるのだが、自撮棒を持ってはしゃいでいる年輩の女性3人組がいて関わり難かったので、少し離れた場所で池と韓国岳を撮影してさっさと立ち去った。この人達とはこの後会わなかったので、大浪池を一周して帰ったものと思われる。
登山口付近の山道

















大浪池を半周してから韓国岳の山頂を目指すが、大浪池はぐるりと一周歩けて西回りも東回りも同じコースタイムだ。行きは西回りを選んだ。緩やかなアップダウンがあり20分ほどで韓国岳に登る道の入口に到着。ここには非難小屋があった。
大浪池と韓国岳



ここからは、少しの間は緩やかな山道だが、やがて木の階段となり、これがかなりの傾斜だ。階段がなければかなり難儀していたと思われるところが続く。そこを通り抜けると、植物のほとんど生えていない地帯に出る。登山道は不鮮明だが人工の建造物らしきものが見えるのでそちらを目指して進む。建造物は再び木の階段であった。ほどなく階段を上りきるとケルンがあり、そのすぐ先が山頂となるが、かなりの強風で気温も低く、ケルンの影で上着を着て山頂へと向かった。

山頂からは、登ってきたのと反対側に大きな深い火口が眼下にあり、強風の中で火口をよく見下ろせる場所に立つのはかなり勇気がいる。間もなく雨になりそうな気配だし、景色もよく見えず寒くてたまらないので、すぐに山頂を後にした。

帰りは大浪池まではきた道を戻る。一瞬、登山道を外しかけたが木の階段を見つけて事なきを得た。
大浪池の東回りと西回りの分岐のところでパンを食べ、帰りは東回りのコースに進んだ。ちょうど少し雨が落ちてきたが傘やカッパが必要なほどではないので気にせず進んだ。天気が悪くなってしまったので見えなかったが、東回りコースは、行きに通っていれば実は新燃岳や横岳が見えたのではないかという気がする。行きの西回りよりアップダウンはないが何となく長く感じるのと、大きな一枚岩の上を歩くところが2ヶ所あり、道が少し解りにくかった。まだ見通しがきいていたし、岩も濡れていなかったので大丈夫だったが、天気の悪いときは西回りのほうがいいようだ。
再び西回りとの合流地点に着き、最初の道を降りていく。この辺りからはハッキリと雨になり、急いで下っていった。途中からの整備された石段は濡れるとツルツルで、たいした傾斜ではないがツルリと滑って転んでしまった。。。
たいした距離でもないので、程なく登山口まで戻り、再びトイレへ駆け込もうとしたら、女性二人組に頂上の様子を訊かれた。どうやら、これから登ろうかどうか迷っていたらしい。何も見えないし風も強くてとても寒かったというと、今日はやめようと言って車に戻っていった。

トイレを済ませて、傘をさしていわさきホテルまで歩いたが、結構な距離だ。途中でバスとすれ違ったが、どうやら朝の運転手さんだったらしく、合図をしてくれた。こういう気遣いはなんか嬉しい。
その先でも、一度ご年配の方の車が歩いているのに見かねて、乗っていかないか?と声をかけてくれたが、やけにきれいなクラウンで山の格好で汚しては済まない感じがして遠慮してしまった。
いわさきホテルまでは40分くらいで到着しただろうか。さらに20分待つと霧島温泉駅に向かうバスがあり、それに乗って丸尾で下車、日帰り入浴施設でザバっと汗を流して25分後には霧島神宮駅方面のバスに乗り換え、霧島温泉駅へ。そこでも50分待って鹿児島市内へと向かった。

かなり待ち時間の長い行程となったが、もっと効率よい移動手段もあったのだろうか。
ま、景色はよく見えなかったが、百名山ひとつ登頂ということで。
翌日のマラソンは先にアップした通りだったが、実は前モモが少し筋肉痛であった。
霧島神宮駅からは特急

okap_san at 09:44|PermalinkComments(0) 山登り 

2019年03月04日

鹿児島マラソン2019

鹿児島マラソン2019
3月3日、同じ日に開催された東京マラソンには抽選で外れていたので、今回は鹿児島まで遠征した。








金曜日から鹿児島入りし、土曜日は霧島の韓国岳に登り、日曜日にマラソンというけっこうハードな行程。韓国岳は別途アップします。

金曜日の夜の段階では、マラソン当日は大雨の予報、中止の可能性もあるので当日朝にネットで確認するよう、テレビニュースで呼びかけていた。前日の夜の予報でも雨だったが、当日の朝になってみればなんと雨は止んでいるではないか。
会場はホテルから歩ける場所だったので、前日にコンビニで買っておいたパンを食べて7時にホテルを出発だ。受付は前日にしていたので、荷物預けでは上着を脱ぐだけでいい状態、シューズのはきなおしも面倒なので、下は走るまんまの格好で出た。荷物預けの場所は公園の下の地下駐車場、結構広いスペースが更衣エリアになっていてなかなかいい。さっさと荷物を預けてスタートエリアに向かうが、これが距離がかなりあって、信号も何回かあるので時間がかかった。スタートエリアのトイレも割りと並んでいて、余裕を持って出たつもりだったがスタートエリアへの入場が制限される3分くらい前にギリギリになってしまった。
スタート前、Bブロック後方何と桜島が噴火





並んで間もなく開会式。地元テレビ局アナウンサーの司会でテンポよく進む。ゲストがたくさんいて、千葉まさ子さんの元気な声が響く。フルを走ったゲストランナーは知らない方だったが、ファンランには石原良純さん、ココリコの遠藤さんが参加していた。
そして開会式の最中にビックリなことに桜島が噴煙をあげた。地元の皆さんは特に動じる様子なく、風向きがあっちだからあの辺は降灰で大変そうだなどと話していた。
そして830に号砲、のんべぇランナーはBブロックの後ろの方だったので、約1分30秒後にスタートラインを踏んだ。フルマラソンはEまでの5ブロックなので、自分より早い人が大半だと思っていたが、ゆっくりランナーも多くややストレスの多いスタートとなった。最初の1キロは5分40秒、あと15秒くらいは早いペースで入れるとよかったが、ま、こんなもんかと思いつつ、ゆっくりとペースをあげていく。3キロまでには5分フラットに持っていきたかったが5秒以上の遅れ、5キロまできてようやく目標の4分55秒。コースは一旦南へ向かい市街地を外れるが、時計回りに進路を変えて北上、市街地へと向かっていく。暫くは路面電車が走る道で、実際に路面電車とも何度かすれ違う。歴史を感じる建物のデパートを過ぎると路面電車ともお別れ、市街地を過ぎ距離も10キロを過ぎて北上していく。
路面電車が走る横を走る





ちょっとキツい坂を登ってトンネルを過ぎると海の近くに出て、向い風がキツい。地元の高校・中学の生徒たちがたくさん応援をしてくれるので元気をもらうが、風の強さにはなかなかかなわない。そこそこのアップダウンもあり、特に登りで向い風となると進むのが大変なくらいだ。折返しは25キロなので、15キロも果たしてもつのか、折返してから追い風とはいえ、既にヘトヘトでかなりのスローダウンになってしまうのではないか、そんな思いがよぎる。
沿道の応援を味方に、前にいるランナーを風よけにしつつ少しずつ歩を進めていく。20キロを超えた時点で既にペースは5分を越えてしまった。モチベーションが一気に下がってしまいそうだったが、折り返しの25キロを目標に頑張ることにして、何とか5分10秒程度のタイムに留まった。25キロの手前で大きなアップダウンがあり、重富駅という付近でものすごい応援の人たちがいるところす過ぎて折り返しとなった。再びアップダウンを越えて頑張って進む。行きにあれだけ苦しませてくれた向かい風は追い風にならず、小刻みなアップダウンを繰り返し進む。ペースは5分10秒前後をキープしたが、28キロくらいの給水でアンパンを口にしたのを機会にたまらず一旦止まってストレッチ。気持ちを元に戻してリスタート、沿道の中学生・高校生の声援を受けてハイタッチをしながら気持ちを保ちながら少しずつ進む。32キロくらいを越えるとハッキリした追い風を受けるようになり、足はだいぶ重いが前に進にで行くことができた。38キロくらいの給水にソバがあり、特段休憩したかったわけではないが思わず立ち止まって頂いた。その先に登りがあってトンネルを越え、長い下りがあって、ここから最後の力を振り絞ってペースアップしたつもり。もう1回登りがあって、その先1キロくらいでやっとゴールだ。

ゴール後も中学生や小学生にタオルやメダルをかけてもらい、記録賞をもらって豚汁とおにぎりをいただいた。走っている間は暑かったが止まっていると寒く、豚汁は本当にありがたかった。地下駐車場でさっさと着替えて霧島温泉という銭湯で汗を流して帰宅の途に就いたのであった。

タイムはコースが厳しそうだったので3時間40分を覚悟していたが、最後の最後まで大幅なペースダウンをしなかったので、何と3時間35分台であった。これで47都道府県マラソンは14道府県目だ。いいペースだが、まだまだ道は長い。(すいません。前回防府に14府県と書きましたが、今回が14です)
空港で自分にお疲れさま!



okap_san at 15:08|PermalinkComments(0) ランナー 

2018年12月24日

第49回防府読売マラソン

防府読売マラソン
今年最後のレースは、山口県防府市まで遠征。47都道府県マラソンは14道府県目だ。





防府マラソンも制限時間4時間のレースで、市民ランナーにはややハードルが高い。昨年の大田原マラソンも4時間制限であったが、大田原はサブ4チャレンジを応援する雰囲気を感じるのだが、防府は4時間切れないランナーはお断りといった雰囲気が漂う。なので、恐らく申告タイムか過去の実績タイムを考慮したゼッケン番号なのだと思うが、サブ3.5ののんべえランナーも3000人中2470というゼッケン番号を頂いた。シャトルバスを待っている間も聞こえてくる会話は「最近はサブ3タイムが達成できないことが増えた」といった感じだ。な訳で、何となく引け目を感じながらの会場入りとなった。
会場は室内体育館が使えるので、雨で寒かったが、準備や待機は楽であった。

スタートは1202と、時間自体が遅く、この2分は何の時間何だろう?陸上競技場のトラックに並ぶが、ゼッケン番号は何と100番刻みだ。ブロックへの入場が制限されているわけではないが、こんなに細かく刻まれるケースは珍しい。のんべえランナーは、後ろに500人しかいないので、ほぼ最後尾に近いスタートだ。
100番刻みの整列



スタートしてほぼ一周トラックを走りロードに出る。コースは、周回ではないが体育館の前を何度も通るコースであった。ペースはまず最初の1キロを5分33秒と理想的なペースで入り、次の1キロも5分フラットと、理想的な序盤戦であった。4〜6キロにかけては4分50秒を少し切ってしまったが、10キロ過ぎにかけて は4分55秒前後にペースが安定し、まあ理想的な序盤戦となった。寝不足と風邪?の影響があるのかないのか、意識はちょっとふんわりしていて、やや危なげではあったが周りの声援に応えながらペースを保って走った。

46都道府県の幟

















18キロを過ぎると会場近辺から離れ、駅の方へむかう。駅からのシャトルバスに乗ったルートを辿り、10メートルくらいの坂も何度か越えペースもやや不安定となるがフラットなところは5分を切るペースを保つことができた。駅前を通過し23キロくらいのところで先頭集団とすれ違い、5人くらいの集団で川内優輝選手もいた。28キロくらいから少しペースが落ちてきて5分を越えるようになったが、大幅なペースダウンにはならなかった。30キロ手前で折返し、気がつくと雨もあがっていたので、ずっと着ていたウインドブレーカーを脱ぎ、気持ちを入れ換えて思いきってペースをあげた。このままだとジリジリとペースを落としてしまうのは必須なので、どこまでもつかわからないが、サブ3.5を目指して賭けにでた。33キロくらいの高架橋を登りきるところまではペースをあげて走れたが実際のタイムはやっと5分を切る程度で、高架橋を下ったところで力尽きて34キロの給水でついにストップした。少しストレッチをしようと思ったが、雨の中を走っていた体はかなり疲労していて、脹ら脛をつりそうになってしまい、ストレッチはやめてゆっくり走って行くことにした。
再び駅の近くを通り、残り距離も5キロを切ると再び軽いアップダウンがあってとても堪える。ペースは5分30秒を越えてしまっているが精一杯走り、あと1キロくらいのところで再びスパートをかけ、トラックを一周してようやくゴールした。

タイムは3時間33分42秒と、目標には全く及ばなかったが、実は自己ベスト5のタイムであった。ゴール後、再び雨が強くなり体育館に駆け込んでさっさと着替えてシャトルバスに乗り、新山口で軽く一人呑みをしてのぞみで帰路についたのであった。

帰ってから改めて今までの記録を振り返ってみると、フルマラソンとしては歴代5位のタイムであったし、給食のないガチレースであったことを思えば、いい出来だったと思う。まだまだ、サブ3.5目指して頑張ります!

新幹線で飲んだくれ



okap_san at 16:33|PermalinkComments(0) ランナー 

2018年11月18日

おかやまマラソン2018

おかやまマラソン2018
今シーズン最初のフルマラソンは、岡山に遠征。47都道府県マラソンはサロマ湖もカウントして12道府県目だ。










岡山は昨年横浜を離れた友人のいるところなので、今回の遠征では家に泊めて頂いた。
新横浜を13時前ののぞみに乗り、16時前には岡山に到着、岡山ってこんなに近かったのかと驚いた。改札を出たところで友人と再会し、近況を語りつつ20分くらい歩いて受付会場のジップアリーナという大きな室内競技場に到着。受付を済ませて会場近くをブラブラしたが、横浜はまだまだだが岡山は既にだいぶ紅葉していてびっくりした。再び駅に戻り、居酒屋を探して歩き、壱厘というお店に入った。美味しい肴をつまみながらビールを頂き、レースの抱負を語り合う楽しい時間だ。そしてピルスナーのボトルだったが独歩ビールがあったのが何とも嬉しい。ひとときを過ごしてバスで友人宅へむかった。翌朝は630のバスに乗らねばならないので、コンビニでパンかお握りと思っていたが、お米がたくさんあるので炊きたいらしく、卵とウインナーを買って卵焼きを作ってあげることにした。
部屋に行ってからはもちろん飲みなおし、うーん、ちょっと調子に乗りすぎてしまった。。。

さて当日。朝は5時に起床、体は飲みすぎを訴えているが、まずはお湯を沸かして卵焼きを作り頂きます、お米は友人が炊いてくれた。ミルキーウェイという岡山のお米で、なかなかむっちり感があって美味しかった。
615に出発しバスに乗って会場まで15分位のところで下車し、歩いて会場に向かう。着いた時間が早かったので会場はまだスタート地点のセッティングをしていた。更衣室兼荷物預け場所のジップアリーナも、まだ比較的人が少ないので悠々と支度を整える。トイレを済ませてだいたい準備できたがスタートまでまだ1時間あり余裕、だかストレッチをして整列終了30分前にトイレ小に並んだら大混雑で、整列締切ギリギリになってしまい大いに焦った。

Aブロックとは言え、かなり後方





スタートブロックは何と先頭のAブロック、まあ、ブロック内では一番後ろだが。整列した状態で開会式、岡山は有森裕子さんの出身地とのことで、有森さんもフルに参加だ。他にもゲストランナーが何人もいて、結構盛り上がっていた。順調に開会式が終わっていよいよ845スタート。のんべぇランナーは号砲から1分くらいでスタートラインを踏んだ。道幅も広いので走りやすく、ストレスなく自分のペースで走ることができ、最初の1キロは5分26秒と理想のペースで入れた。だが、そのすぐ先でBブロックの先頭にいたと思われる3時間30分のペースランナーに追い越され、ちょっと悩ましい展開となった。ペースランナーは恐らく4分50秒前後のペースなので抜くには速いが着いていくと人混みで走りにくい。このまま後ろを行くか先に出るか迷いつつ、まずは人混みに巻き込まれない距離をとって着いていくことにした。だが、ペースランナーのペースはそれほど早くなく、4分50秒を少し越えるペースでもすぐに間がつまってしまい、結局は9キロくらいのところで前に出てしまった。一旦前に出てしまうと、少しでも距離を開けたくなってしまい、ペースが4分45秒くらいまで上がってしまった。これはけっこうマズいパターンというのはわかりつつも、暫くこのペースをキープしてしまった。コースは暫くフラットな区間が続いたが、15キロを過ぎて倉敷川を渡る橋では大きなアップダウンがあり、ペースを落としたつもりはないが4分50秒を越えるようになった。その先18キロくらいで折返しとなり、ペースランナーとの差を把握、意外にも1分近く前に出ていた。自分のペースはほとんど5分近くまでダウンしているので、まぁ25キロくらいで抜かれるであろう。中間地点はほぼ1時間44分と前半にかなり消耗した割には貯金は少ない。それでも暫くは5分前後のペースを保っていたが27キロくらいでペースランナーの大集団の足音が迫り、追い付かれたところでモチベーションが保てずスローダウン、足の裏の痛みが一気に襲ってきて28キロの給水で一旦ストップしてしまった。少しストレッチしてゆっくり出発、辛かったが5分30秒くらいのペースで頑張り、やがて最大の難所である岡南大橋にさしかかる。25メートルくらいの登りで、歩いているランナーもいたが、頑張って走りきった。同じ高さを一気に下り、少しするとラーメンのあるエイドに到着、入った一番手前のラーメンを頂いた。こってりスープが実に旨い、体のミネラルがだいぶ抜けてしまっていたことを感じる。そして少し座って休みつつシューズのヒモを結び直して出発。ここからは暫く川沿いを走る。
31キロ過ぎのエイドにはラーメンが





ペースはだいぶ遅いが、5分台は何とか維持して頑張った。35キロを越え川の対岸には岡山城址、せっかく岡山に来たので帰る前に寄ろうと思っていたが、間近に観れたので満足。更に川沿いを進んで39キロを越えて街中に向かうが、気がつけば足裏は痛いがまだ体力はかなり残っている。思いきってペースをあげて激走し、回りの多くのランナーより遥かに早いスピードで走った。と言っても5分10秒程度だか。スタジアムに入り3/4周してようやくゴール。女子高生ボランティアにタオルをかけてもらい、メタルをかけてもらい、完走証を受け取ってジップアリーナに戻った。寒くなかったせいか、足をつりそうになることもなく結構体は余裕が残っていた。着替えて暫くごろごろしていると友人が戻ってきた。友人もかなり腑甲斐無い結果だったようだ。友人はかなりよれていたので、先に外に出て売店でビールを頂いた。そう、独歩ビール、前日はピルスナーのボトルだったがデュンケル(アルトだったかも)の樽生だ。前日の受付時に密かにチェックしていたのであった。
それからシャトルバスで岡山駅に戻り、海鮮焼のお店で二人で反省会をして、新幹線での帰路についた。新幹線はもちろん乗った瞬間に爆睡であった。

今回は、何と言っても前日に飲みすぎたことにつきる。二日酔いにはならなかったが、気持ちがフワフワしたままスタートに並んでしまい、レース展開も余り考えず、沿道の応援に応える余裕もなく、景色も楽しめず、ただ、ただ反省だ。
年内にサブ3.5と思っていたが、チャンスはあと一回、今度はベストを尽くしたい。
ゴール後の独歩デュンケル.JPG

okap_san at 10:31|PermalinkComments(0) ランナー 

2018年10月27日

第26回日本山岳耐久レース(ハセツネ)

ハセツネ


2011年以来7年ぶりにハセツネ(日本山岳耐久レース)に参加した。











ハセツネは、前回に参加・完走して、もう出ないつもりで、仲間内で誰かか自分より早く完走したら参加すると言っていたのだが、新しく加わった仲間が昨年にとんでもないタイムで走ってしまい、今年は約束を果たすために参加した。約束した時の仲間ではないので、まぁ、無理する必要もなかったのだが。。。

レースの一週間前に台風24号が通り、コースをだいぶ荒らしていった。台風の後に試走に行った方のネットの書込みでは、とても一週間でレースができるコンデイションにはできないように感じたが、スタッフの方々の頑張りで無事に開催された。(ありがとうございました)

さて、レース当日。台風25号が通過した直後で気温が上がり、とても暑いレースとなった。ザックは前回のハセツネより小さい18リットルだが、周りのランナーたちのザックはもっと小さい。緊急用の防寒シートや軽量のレインウェア、アクエリアスを薄めた水をハイドレに1.5とペット500ミリのペットボトル2本、麦茶をペットボトルで600ミリ、更にアクエリアスを1本、お握り2つとクリームパン、ゼリータイプの補給食などを詰め込んだ。かなり重い。

さて、トイレに並び開会式には遅れ、13時にいよいよスタート。今回はほぼ最終ブロックからのスタートで、号砲からスタート地点までは軽く3分はかかったと思う。今年はトレランどころか山歩きをあまりしていないので、怪我なく無事にゴールすることが目標。でも、欲を言えば20時間以内に完走したいところだ。
序盤のラン区間は荷物が重いのでだいぶゆっくり走ったが、最初の渋滞ポイントまでに一緒にスタートした仲間二人よりは遥かに早かった模様、後ろを振り返っても見つけられなかった。そして、この渋滞を抜けるのに、なんと40分以上を要した。さすがにスタートが後ろ過ぎたか。。。ここまで歩いてもよかった感じだ。渋滞を抜けて変電所の横を通り今熊神社の手前までのロードは、ちょっとペースをあげて走った。神社のところでトイレ小を済ませ、いよいよ本格的な登山道だ。暫くは2列になって歩ける広さなので、決してガツガツしてるわけではないが、ペースの遅い選手は追い越して登った。一列になるところで渋滞があり、その先も急な所や迂回路になっているところで何度か渋滞があり、だいぶゆっくりのペースだ。前回参加した時は、生藤山の先の三国峠というところで日没に備えての夜間装備をした記憶があるが、今回はその遥か手前の醍醐丸にも着かない辺りで暗くなってしまった。ライトは二つ持っていたが、一つだけをウエストに着けた。電池の節約のため、登りではフルに明るくはせずに暗めに抑え、下りは明るくして走った。普段のジョギンクでもウエストにつけていて気にならないでいたが、トレランでは体の揺れで照らす所が大きくぶれる。手に持ち変えるのも頭に着けるのも、もう一つを出すのも面倒で、一先ず第一関門までは手で支えながら行くことにした。昨年に夜間装備をした三国峠で小休止し、ハイドレに水を足して再び出発、登り下りを繰返しながら第一関門に到着したのは6時間27分であたった。周りのランナーたちは結構疲弊している様子だったが、自分はかなりゆっくりペースだったので割と大丈夫、水はだいぶ消費したが、まだハイドレの残りと麦茶で1リットルはありそう、他にアクエリアスの500が未開封のまま残っている。ハイドレはまだ凍っていて全部飲める状態ではなかったが。。。
第一関門ではトイレ小を済ませてパンを食べ、もう一つのライトを頭に着けてて出発。休憩は15分程度だったと思う。頭に着けたライトはかなり明るいので見やすかったが、単4×3本ですぐに電池が切れてしまいそうなので、登りはウエストに着けたライトのみ、下りは頭に着けたライトという形で進んだ。暫くは、そこそこのアップダウンもあるが、フラットなところや下りもそこそこあって、歩いているランナーに声をかけて追い抜きながら進んだ。スタート前は一時間に一回は3〜5分くらい休憩をとるつもりだったが、スタッフがいた峠で一度小休止しただけで、三頭山まで登りきってしまった。タイムは9時間55分といったところだ。ここまでくると、距離はもう半分来たことになる。三頭山の山頂はさすがに標高も1500メートルあるのでじっとしていると寒く、パンをかじって5分くらい休憩をして出発。ここから第二関門までは下り基調となり、傾斜も結構きつい。そして割と滑りやすいので慎重に進んだ。それでも何度か尻もちをついてしまった。前回の記憶だと、割とすぐに第二関門に着いたのだが、今回は長く感じだ。鞘口峠まで下り、月夜見山に登り、第二関門に着いた時には、ちょうど水がなくなった。と言っても、ハイドレに氷が残っていたが。

第二関門のタイムは11時間25分、ここで再びトイレ小をして、シューズを脱いでゆっくり座ってパンを食べ、1.5リットルの給水を受けて出発。休憩は15分程度のつもり。小河内峠まで大きな下りと登りがあり、その先は惣岳山への急な登りだ。前回はこの区間は他のランナーが前後に見えなくなる瞬間もあったが、今回は前にも後ろにもライトが見えていて安心。ここもあまり休憩をとらずに進み、惣岳山への急登を登り切り、その少し先の御前山まで一気に進んだ。御前山を越えた避難小屋のところで休憩して給水しようと思っていたが、ここでスタッフからの衝撃の一言、水場はこの先13キロだって。避難小屋のところに水場がありましたよね?と聞いたところ、現在使えなくなっているとのこと。うーん、まぁ避難小屋の辺りで一休みしようと休憩をとらずに先へ進んだ。だが、避難小屋への道の辺りには休憩場所もなく、休めるところがあったら休もうと思いながら滑りやすい急な道を下っていった。よく滑るので何度も転びながら降りていき、緩やかなところをだいぶ進んだところにベンチがあって小休止。はー、疲れたと5分くらい休んで出発したが、実はその先300メートルくらいでスタッフもいてトイレもある大ダワに到着した。もう一息のところで休むんじゃなかった。。。

大ダワではトイレ大を済ませてパンの残りもしっかり食べて15分以上の休憩をしたと思う。次の大岳山に向かう道は、暫くは緩やかな登りだが、ここでかなりの眠気に襲われた。ちょっと広くなっている砂利場のところで一人寝ているランナーがいて、自分もザックを枕に少し仮眠。ちょっとだけ本当に眠りに落ちたが、すぐに寒くなって目が覚めた。時計を見ると5分くらい眠ったようだ。先に寝ていた方は防寒ジャケットを着こんでよくねむっている。ほんの5分だが眠った効果は絶大、眠気はすっ飛びいいペースが戻ってきた。暫くすると大岳山のピーク、岩をよじ登るような感じだ。ポールが邪魔だが、下りの急坂のためにしまわずに進む。そして漸く山頂。ここでは、スタッフの方が水場まであと13分とランナーたちを励ましていた。さっき眠ってから、それほど時間は経過していないので山頂での休憩はとらずにすすむ。滑りやすい岩場の急な下りのため、かなり遅いペースで後ろに譲ろうとしたが、ちょうどいいペースなのでと遠慮されて、そのまま進んだ。神社を過ぎたすぐ先に水場。10人くらい並んでいるが自分も最後まで行くには給水が必要なため並んだ。水の勢いが弱く、皆さんそれなりにたっぷり給水していくので、10分少々並んでいただろうか。自分もハイドレとペットボトルで1リットルくらい給水をした。
そこそこの休憩にもなったので出発、御岳山に向かう途中ですっかり明るくなった。明るくなるとやはり視界も広いし元気も出てくるので、多少の登りは走って第三関門の長尾平に到着。先の給水で休んだばかりだったのでそのまま通過、御岳山神社のところもスルーして一気に日の出山へ。日の出山のピーク手前まではほぼフラットなので激走したが、ピーク近くの登りは簡単には登れずゆっくり登った。そして日の出山頂。ここでは、もう一つのお握りを食べて小休止、ポールもしまって形はランモードだ。10分くらい休憩して、スタッフに颯爽と「残り頑張っていってきます!」と言って出発したが、かなり疲労していて急坂を下るのに一苦労だ。その先も下り基調とは言え登りもあり、急な下りは走れずにノロノロペースで自分が抜くよりも抜かれるほうが遥かに多かった。前回は夜明けのパワーでもっと走れたのだが今回は思うように走れないまま、やっと金比羅神社に到着。ここまで来て先が見えると体が動き、ここからは急坂だがかなり激走し、一気にゴールまで駆け抜けた。
ゴール後は、汁物を頂き、近くにいた方と暫しお話をして、仲間とは合流できずに着替えて帰路についた。武蔵五日市駅で缶ビールを買い、電車で一人飲みだ。

終わってみれば、18時間41分台、前回より1時間以上は遅いが、思ったより全然いいタイムであった。後で各関門の通過順位とタイムをみると、第一関門は1300位くらい、第二関門で900位くらいだったので、この区間でかなり頑張ったようだ。タイムも前回と比べると、第一関門までが2時間以上遅くて、あとは区間タイムは同じか早かったので、スタートで並んだ場所がもっと前なら前回と同じか、早いタイムでゴールできた可能性もあったようだ。ま、結果論であって、早いペースだったら違うアクシデントにあっていたかもしれないけど。ともあれ、前回参加した時と同じくらいのボテンシャルがまだあるというのは嬉しい。次は55歳の記念にでも出てみようかと思う。
スタートは後方から日の出山の朝

okap_san at 05:48|PermalinkComments(0) ランナー | 山登り

2018年09月02日

旧東海道LSD 蒲原〜藤枝(前編)

蒲原宿の東木戸跡からスタート暫くネタがないので、サロマ湖完走に無くてはならなかった練習のひとつ、旧東海道LSDをアップしておこう。だいぶ前だが走ったのは4月の終わり、前回の三島〜蒲原以来、旧東海道LSDとしてはだいぶ間があいた。そして東海道LSDを一緒に走っている友人は岡山に引っ越してしまったので、一人でのトレーニングだ。

東海道線の始発で熱海・沼津と乗換えて、7:15に新蒲原に到着、駅前で着替えと軽い準備体操をして前回ゴールの東木戸跡に戻り、ここからスタートだ。蒲原は古い街並みが残り、休日の早朝でまだ人通りもなく、何かいい雰囲気だ。だが、あっと言う間に国道と合流してしまう。

由比は歴史を感じる街並が残る





次の宿場町は由比、蒲原からは4キロくらいしかないのですぐに到着。蒲原も宿場町の名残のある街並みだったが、由比は更に古い街並みが残っている。本陣跡は広重美術館になっていたり、由井正雪の生家が残っていたり、少し時間を使って立ち寄りたいところだが、朝が早すぎて暫く開かないので先に進む。漁港の橋のところで宿場町はおしまい。さらに進むとすぐ先に由比駅、その先で国道と合流し、すぐに別れて再び街道の雰囲気が漂う狭い通りを進む。暫くすると薩垂峠の入口で、ちょうど一里塚がある。薩垂峠はそれなりの名所なので普通の観光客もいて、写真を撮っていたら何人かが峠から降りてきた。峠に向かう道はミカン畑の中の道で、傾斜がかなりキツい。走って登れないこともないが、この日はウルトラに向けたトレーニングとして50キロ以上の距離を走りたかったので、無理せずキツいところは歩いて進んだ。暫くすると舗装路ではなくなり、やがて景色が開けて眼下に海が迫り、崖との間の狭い空間を高速道路と鉄道が走り、実に素晴らしい。更に進むとまた舗装路になり、駐車場がある。ここから更に舗装路を進んで坂を降りたが、高速道路沿いの道になってしまい明らかに誤り、キツい坂を登り返すことになった。旧道は駐車場を横切ったところにあり、改めてこちらの道を進む。ビール片手に登ってくる観光客とすれ違いながら坂を下り、平地になった。この先も持っていた地図ではどちらに進むのかよくわからないが、勘を頼りに進んでいく。東海道線の踏切りを渡るところを見過ごしたが、進んでいた道が行き止まりになり、少し戻って無事に旧道を進むことができた。そして、やがて興津宿に到着。

薩垂峠からの素晴らしい眺め興津宿本陣跡









蒲原・由比と街道の面影の強いところを通ってきたが、興津宿はあまり面影が残っていない。東本陣跡の碑と西本陣の碑で写真を撮って通過。その先に坐漁荘という西園寺公望の別荘跡があったが、走っていたのと反対側だったので寄らずに通過した。その先で道は横砂地区というところにはいり、ここは少し街道らしさを感じる地域であったかな。
再び広い道に戻り、江尻宿へと向かう。細井野松原というところで大通りから分岐する。この辺りは昔は松並木だったようだが、全くそんな面影はない。江尻宿は現在の清水市で清水の次郎長で有名なところだ。それほど街道の面影は残っていないが、古い街並みであることは感じられる。江尻も宿場町でもあるが城があったところなので、特に本陣はなかったようだ。右へ左へと直角に二度曲がって稚児橋という河童の像がある橋に達する。河童の由来は、橋が出来た渡り初めの時に河童の子が現れて府中方面に消えたといったことのようだ。この先に、木戸跡がある筈なのだが見つけられずに諦めて先に進む。

細井野松原跡、松並木の面影はない稚児橋、河童の像が4つある





















東海道線を渡り県道を進むと草薙一里塚があり更には草薙神社の大鳥居がある。草薙神社は、日本武尊の草薙の剣と関係があるに違いなく、寄り道していきたい衝動に駆られたが、そろそろお腹も空いてきて、中間点として大休憩をとろうと思っていた府中にさっさと着いてしまいたく、寄るのを諦めた。鳥居から脇道に入るが、この脇道は結構なアップダウンで、下に平なところがあるのに何故かわざわざ斜面の中腹を通るようなところが旧東海道には何度となくある。更に進んで再び県道を越えて静岡鉄道の総合運動公園駅を通過すると、東海道線と貨物のターミナルによって街道が完全に分断されたところに出て、ここには記念碑が立っている。車が来たら逃げ場がないような地下道を通って反対側に渡り、何となくそれらしい道を通って静岡鉄道の横の道を走る。どこかで静岡鉄道と別れて県道と東海道線を横切って反対側に出るのだが、ここはさっぱりわからずにだいぶ街道からは離れた所を通ってしまったようだ。再び東海道線をアンダーパスで渡り県道を走り春日町というところに達すると、どうやらここが旧道だったのねというところに合流、ちょうど大通りを渡った反対側に東見附跡がある。。ここからは、旧道の面影もあって正しく進むことができた。

新幹線・東海道線・貨物駅によって分断府中宿の東の見附跡










府中、すなわち静岡市は、駿府城があった場所だ。2年前に静岡マラソンに出て、城址公園には行ったことがある。まずは近くのコンビニでおにぎりを買って公園内で長い休憩をとった。ブログもだいぶ長くなったので、一旦休憩しよう。
近いうちに駿府〜藤枝をアップするつもり〜。

okap_san at 13:45|PermalinkComments(0) ランナー 

2018年07月22日

斜里岳

斜里岳山頂今年、最初の百名山、34座めの登頂、昨年岡山に引っ越した仲間との登山であった。












前回アップしたサロマ湖マラソンと日付は前後し、登ったのは6月21日、マラソンの前々日であった。羅臼に登る選択肢もあったが、マラソンへの影響を考慮し、どちらかというとコースがキツくない斜里岳を選択した。


前日は、女満別でレンタカーを借りて、知床まで足をのばして観光船に乗り、斜里町に戻って素泊の温泉宿に宿泊した。宿のビールの自販機が故障していて、コンビニで買ったビールだけになってしまい物足りなかったが、ま、早めに登山開始しようということで諦めて早めに就寝。天気予報は、北見、網走、釧路・中標津で天気がバラバラ、不安定ということだけは間違えない模様だ。

朝5時に起床、起きたときは晴れていたが、つい先ほどまでは雨が降っていた形跡あった。コンビニで朝と昼の食糧を調達して、登山口に向かった。登山口までの道は、まぁわかりやすかったが、未舗装区間が長く結構時間を要した。登山口にある清岳荘はまだ営業開始前で、小屋をあける準備をしている状況だが、小屋の人がいてコースの状況を聞くことができた。旧道はまだスノーブリッジがあるのでできれば新道往復とすることを奨められ、その分岐の手前に残雪で塞がれて木の枝に捕まって登り降りをしなければならない難所があることを聞いた。昨夜泊まった宿ではクマがよく出没すると言っていたが、斜里岳は例年ほとんど目撃情報はないとのことだった。
登山口





さて、支度を整えていざ出発。登山口には7時過ぎに着いていたので730には出発できると思ったが、何だかんだで8時になっていた。最初は登山道から林道に出て少し下っていき、やがて登山道となる。傾斜はそんなにきつくないが沢沿いの道で、何度となく右へ左へと渡りながら進んでいく。この時期は雪解け水で水が多いせいか、ガイドブックに書いてある印象とはかなり違い、どこを渡るかよく考えながら進まねばならず、ホップ、ステップ、ジャンプでいくか完全に足を水に入れないと渡れないようなところもあり、この区間を歩くのに結構疲れた。そして、仙人洞を過ぎると、清岳荘で聞いていた残雪で登山道が塞がれたところに到着。残雪の上を歩き行けるところまで行ったが、さて、これからどうやって降りる?という感じだ。仲間が先行して木の枝に捕まりながら降りることができたので、自分もそれに続いた。足を置く場所がなく懸垂状態になり泥まみれになりながら降りることができた。帰りに登れるかどうか不安な気持ちを抱えつつ登って行くと、下二股の分岐。
沢渡りにうんざりしていたので、迷わずに新道に進んだ。暫くはそれほどキツい勾配はないが、尾根にたどり着く手前は物凄い急勾配もあった。熊見峠というところで小休止、この先に尾根伝いを下ったり登ったりするが、高山植物園が目立つようになり、山頂方面の展望もなかなか素晴らしい。そして、勿体ないくらい一旦大きく下っていく。何度か雪渓を渡り、やがて上二股に到着した。少し休んでいたら、沢沿いのコースを自分達より少し早く出発した二人組が登ってきた。登山口から下二股まで追いつかなかった方々なので、沢沿いの旧道はやはり大変だったようだ。
お花もけっこう咲いてます数百メートル雪渓を歩くところも











上二股からは、まずは長い雪渓を歩く。踏み跡がはっきりせずにわかりにくかったが、新道ですれ違った方に、左のほうに進むように聞いていたので、迷わずに短時間でクリアできた。その先はそこそこの勾配になり、ガレ場もあるコースとなる。途中の展望が開けたところからは、島らしきものが見えたが、みるみる曇ってきてあっという間に見えなくなってしまった。少し進むと山頂の手前に祠があり、山頂には人が立っているのが見えた。もう一息登りきって山頂に到着。30分前までは晴れて360度見渡せたそうだ。雲はどんよりしているが、薄いところもあり、少ししたら晴れるのではないかと期待したが、裏腹に雨が落ちてきた。慌てて写真を撮っているとどしゃ降りになり、気温も下がって大慌てでカッパを上だけ着て下山した。
国後島が見えた頂上すぐ手前の祠












帰りは山頂にいた方が色々と話しかけてきて、花のことなど教えてくれるのはいいのだが、ペースがあまりにも違うのに先をなかなか譲ってくれずに、だいぶ時間がかかった。雨は上二股辺りでだいぶ小雨になった。そこから先も新道を戻り、下二股で小休止して例の難所に到着。下から見ると、もう少し端まで迂回すると登りやすいところがあり、思ったほど苦労なく乗り越えられた。その先の沢は雨で行きより増水していて、何度か完全に流れに足を突っ込みながら渡り、全身ずぶ濡れで登山口に戻った。

時計を見ると、行きと帰りのタイムがほとんど同じで、うーん、そんなに帰りに時間かかっていたのかと驚いた。
下山後は、屈斜路湖近くの川湯温泉というところに宿泊、国民宿舎で素朴なお夕飯を頂き、部屋で飲みなおして就寝。翌日、友人は雌阿寒岳を目指し、自分はのんびりと北見に向かった。駅まで3キロくらい歩く覚悟をしていたが、宿の方が車で送ってくださり、有り難かった。宿の方は、夜の間に濡れた登山靴に新聞を入れておいてくれたり、とても親切であった。
今回の旅は、友人と目的が異なっていたので、いつものようには噛み合わない感じが少しあったが、ま、仕方ないか。

斜里岳、本来は景色も花ももっと素晴らしいのだと思うが、今回はちょっと残念であった。遠いところはスケジュール優先にならざるをえないので、これも致し方なしだ。



okap_san at 10:11|PermalinkComments(0) 山登り 

2018年07月07日

第33回サロマ湖ウルトラマラソン

サロマ湖マラソン完走今年は50歳になった記念に、ウルトラマラソンに挑戦、その舞台はウルトラの老舗レースであるサロマ湖を選んだ。
(すごい長文です)


ウルトラに50歳の記念にチャレンジすることは、実は3年くらい前には決めていて、東海道LSDやフルマラソンへの参加を増やしたのはその準備でもあった。ま、その辺はさておき、サロマ湖マラソンの報告をしておこう。

全く勝手がわからないので、今回はオフィシャルツアーでの参加とした。レースと百名山を合わせたかったので、羽田発のツアーにはせずに現地集合コースにして、前々日に斜里岳に登り、前日を移動日とした。ホテルはルートイン北見西というところで、キレイでいいホテルであった。2泊でプラス4,000円でシングルにもできたのだが、安いほうがいいので相部屋コースとした。だが、結果的には相手が現れず一人でツインルームを使わせていただいた。ラッキーではあったが、相手が来ないことは事前にはわからなかったので、来たときに真っ暗では失礼かと思い部屋のライトを消せなかったので、寝たのか寝てないのか解らないような状態になってしまった。流石にもう来ないと2230頃に見切ってライトを消し、漸く完全な眠りに着いた。が、ツアーバスの出発は0230で0115には起きたので、睡眠時間はかなり短くなってしまった。
起きてまずは朝めし。とにかくエネルギーが大量に必要なので、普段のレースで気になり勝ちなトイレのことは気にせず食べられるだけ食べておいた。そして0230にホテルを出発、スタート会場には0400頃に着く予定だ。ホテルを出た時は小雨で、濡れた路面の上を進むタイヤの音を聞きつつ眠りに落ちた。かなり浅い眠りであったが、ここで少しでも眠れたのは大きい。
スタート会場は雨は上がっていて、爽やかな空気が漂う。荷物は昨夜寝る前にしっかり準備を整えておいたので、55キロのエイド行きとゴール行きそれぞれ分けて預け、トイレに並んだ。だいぶ長い列だったが、スタート15分前に済ますことができ、スタート地点へ並んだ。その時点では最後尾で、スタートから200メートルくらい後方だ。知人が一人、羽田からのオフィシャルツアーで参加しているのでメールを送ってみると、まだトイレに並んでいるとのこと、スタートに間に合うのか微妙だが、スタート2分前くらいに発見し、声をかけることができた。後方でキツキツのスタート行列ではないので、割り込ませることもできたが、後ろに回るとのことで、ここで別れた。

さて、5時、号砲。といってもカウントダウンがあるわけでもセレモニーがあるわけでもなく、とても静かなスタートであった。自分がスタートラインを越えたのは、号砲から2分50秒くらい後だっただろうか。流石に周りにガツガツ飛ばす人はいないのでのんびりペースでスタートすることができた。最初の1キロは6分30秒より少し遅いペースだ、6分15秒くらいで60キロまで行ければと思っていたので、入りとしてはまずまずのペースだ。バクっとした作戦としては、6分15秒くらいで行けるところまでいきつつも登り坂は歩き、10キロごとに1分くらいのストレッチ休憩をとり、10分程度の長めの休憩を3回とって、12時間前後のタイムでゴールできればという感じだ。
だが、なかなか走り慣れないペースで、走っているうちに6分を切ってしまい、7キロくらいからは5分40秒くらいのペースで走ってしまった。まぁ、ペースはしっかり抑えてはいるので、あまり極端に落とさずに5分40〜50秒をキープし、少し貯金をしておくことにした。
12キロくらいだっただろうか、漸くサロマ湖が見えてきた。いやあ、広い広い。景色に心を奪われつつ進むと、折り返しのトップ集団とすれ違う。普段のマラソンで見かけるトップよりは遅いペースだが、やはり早い!何キロで折り返しなんだろうと思いつつ、最初の給食は20キロを越えてからなので、一旦ゼリーを食べて、トイレ小にも行っておいた。左側はオホーツク海、右側はサロマ湖という地帯に入り3キロくらい走ると折り返して20キロ地点だ。ほとんど最後尾に近い位置からのスタートだったが、だいぶ順位を上げていて、自分の後ろにこんなにランナーがいたとはビックリだ。20キロからは給食が登場したので、早速バナナを頂いた。元々10キロ毎を目安に1分くらいの休憩をとるつもりだったので、給食はこの先も含めて止まって歩きながらとることにした。
20キロ、まだまだ元気なランナーたち




更に進んで一旦サロマ湖からはお別れとなり、交通規制をしていない国道の端っこを走るようになる。立体交差とかで10メートルくらいのアップダウンが度々あり、登りは遠慮なく歩いたが、歩く速度はかなり早いつもりだ。トレランでさっさか歩くのは慣れている。35キロくらいまでは5分50秒くらいを保ってきたが、給食で止まったタイミングで5分台を保つことができなくなった。間もなくフルマラソンの距離という辺りで一旦国道を離れて湖畔の道を進む。ここら辺には応援の人たちがたくさんいて、とっても励ましてくれる。景色もサイコーだ。そしていよいよフルマラソンの距離を越えて、再び国道に戻った。45キロを越えるとアップダウンも割と多くなり、天気も日が射すようになりかなり暑い。登り坂は遠慮なく歩き、給食も立ち止まって食べ、黙々とマイペースで進んだ。走るペースは6分15秒をキープして走ったが、登り坂と給食でラップによって6〜9分くらいの振れ幅となった。
そして55キロ手前のエイド。ここで預けていた荷物を受け取ることができる。ティーシャツとソックスの着替えやゼリータイプとバータイプの補助食を預けていたが、バータイプのものはそれまで持っていたものにも手を出さず、この先も食べたくなるようには思えなかったので、ゼリータイプのものだけウエストバッグに入れた。また、暑くなったのでスタート時に着ていたウインドブレーカーとグローブもゴール行きの荷物に入たが、ウエストバッグに少し余裕があったのでウインドブレーカーは念のため持って走ることにした。
周りでは、暑さにやられて吐いている人や、ティーシャツを着替えようとしているが自分で脱げなくなっている人など、レースの過酷さが感じられた。ここでは10分で出発しようと思っていたが、もう少し時間を費やしてしまった。そして出発後も登り坂で、休んだ直後だが走らずに歩き、ゆっくりとレースを再開。ペースは少し落ちて、登りは歩くがフラットなところは6分30秒くらいを保ったと思う。60キロまでを6分15秒ペースと思っていたので、序盤の貯金を考えれば上出来だ。この辺りからは給食に必ず立ち寄るようになったのでタイムは悪いが、ペースは概ね6分30秒を保った。
フル地点の少し手前魔女の森少し手前、寒くなってきた










65キロくらいのところは魔女の森と言われる木樹の中を走る。暑い時に日射しを遮ってくれるところと聞いていたが、それまでと天気が変わり、すっかり曇って薄暗く、寒くなってきた。森の途中で魔女の応援を受けて少し元気を取り戻した。ペースはこからかなり落ちてきて、なんとか6分台を保ったが、かなりキツい。森を抜けて程なく50キロのランナーと合流。自分と同じくらいのペースのランナーが多いので、割と後ろの方のランナー達と思われる。途中の私設エイドでお汁粉を頂き、気持ちは元気になった。そして80キロ手前のエイド、この先がサロマ湖のクライマックス、ワッカ原生花園というお花畑の地帯だ。あと20キロ、制限時間までは4時間以上あるので、ゴールするだけなら歩いたって間に合うところまできた。まずは給食を十分にとり、トイレもしっかり大を済ませ、モチベーションも上がって万全の状態で最終区間に飛び込んだ。と、言っても登り坂がキツいので歩きだが。ワッカに入る手前は林の中で、曇っていて薄暗いと思っていたら、雨が落ちてきた。林を抜けてワッカに入るとすごい向かい風が吹き付けモチベーションは一気に低下した。雨はどんどん激しくなり、物凄い勢いで体温が奪われ、たまらずウインドブレーカーを着た。あー、持ってきて良かった!55キロ手前のエイドでの直感が大当たりした。寒いので暫くはペースがあがり6分30秒を切るペースで走ったが、さすがにそれは持たない。この区間はエイドに温かいお茶があったのでそれを頂きつつ、折り返しはまだかまだかと思いながら少しずつ進む。各エイドや退避場所には、リタイアして車を待つランナーがたくさんいる。やがて10メートルくらいは登る橋があり、その向こうで折り返しとなるが、この橋は風速20メートルは越えていそうな強風。前を向くことすらままならず、ウインドブレーカーを着ていても体温を奪われ、ブルブル震えながら風と闘った。折り返し、寒さに倒れたランナーが警備の人に助けられた瞬間であったが、それに関わる余裕はなかった。橋を渡れば風は少しマシになると思い、動かない足、震える体を必死で前に進めた。橋を渡りきり、風は少し弱まったが、冷えた体を容赦なく後ろから押してくる。少し先のエイドに逃げ込み、たむろしているランナーたちの中に潜って風をしのぎ、温かいお茶を頂いてやっと落ち着いた。本当にウインドブレーカーがなければ、あの橋の往復は難しかったと思う。
この先は、完全に体力を奪われ、寒いから頑張って体を動かして走ったが、8分を越えるペースとなった。早く、ワッカを抜けたいとおもいながら、ただただ右足と左足を交互に動かした。ゴールまであと4キロの看板を過ぎると林のところにもどり、かぜもなくなって下り坂となり、やっと走っている感じに戻った。最終エイドからはあと3キロ。バナナとオレンジジュースでエネルギーを補給してリスタート、ペースは戻らなかったが頑張って最後まで走りきり、感動のゴールを迎えた。
ゴール後は着替える余裕もなく、上に着れるものを着て、更衣室となっている体育館のようなところでシャトルバスの時間を待った。
帰りのシャトルバスでは、隣に60くらいと見える女性が座ったが、この方はワッカの折り返しの橋を過ぎたエイドで寒さに堪えかねてリタイアしたとのことだった。歩いてもゴールできるところまで来ていながら、それ以上は続けられなかったそうだ。自分もウインドブレーカーを持っていなければ同じであった。

ホテルに戻った後は、まずはお風呂で解凍。あー、温かくて気持ちいい。体も気持ちもだいぶ元気になり、夕食では生ビールも飲んだが、体はクタクタで部屋飲みに買い足したビールは飲み残してしまった。

ということで、だいぶ長文となったとおり、本当に大変なレースだった。つくづく、前々からの練習があり、当日のコンディションや持ち物の準備やレース中の感に至るまで、全部が全部いい方向に作用して完走できたんだと思う。一緒にLSDに付き合ってくれた仲間や、群馬100ウォークを紹介してくれた仲間、一瞬しか会えなかったがサロマ湖にエントリした仲間にも本当に感謝感謝です。

実は、この旅では、マラソンの二日前に斜里岳に登ったので、そちらも近日アップします。

okap_san at 05:35|PermalinkComments(0) ランナー 
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