大川村の下剋上! ~日本一小さな村からの挑戦状~

離島を除いて日本一人口の少ない自治体・大川村で暮らす住民のブログです。大川村を盛り上げるための「下克上」を目指しています!日々の暮らし・農業・地域おこしのための活動などを取り上げます。

 こんばんは。高知県大川村の和田将之です。先日、大川村の友人から結婚式に招待してもらい参加しました。彼は私と同い年で、2013年に大川村へ移住。一年後にやってきた私に村の案内をしてくれて、馴染みやすい雰囲気作りをしてくれました。そんな彼の晴れの舞台に出席できて、感無量でした。これからも力を合わせ、互いに大川村で幸せな暮らしを築いていきたいと思います。


20171210_144230

 さて、季節は冬へと移り農業がオフシーズンへと向かう時期になりました。しかし、この時期に済ませておかなければならないのが小麦の種まきです。小麦は主に、45月に種をまいて秋に収穫する「春まき」と、秋にまいて78月に収穫する「秋まき」に分けられます。大川村では少し遅めの11月中旬~下旬に種まきを行なうのが一般的です。


20171125_110911

 また、小麦は連作障害が発生しやすい特性を持っています。連作障害とは、同じ場所に同じ品種を繰り返し育てる際に発生する現象です。土の栄養バランスが崩れることで病気が発生したり、特定の害虫の被害が大きくなったりというデメリットがあります。これを防ぐために、一度小麦を作ったらしばらく間隔を置かねばなりません。


20171125_110855

 私の畑では新しい土地を開墾し、小麦を植える場所を作りました。しばらく耕作放棄されていたスペースが広がっており、雑草や葛の根っこが張り巡らされている土地を耕します。開墾した土地には大川黒牛の牛ふん堆肥や草木堆肥、雑草を燃やした草木灰を入れて土作り。嶺北地域で販売している固形の有機肥料も入れ、栄養分を調節しました。


 畑を耕し終わったら浅い溝を掘り、小麦をバラバラとまいていきます。種まきの45日前には小麦に水分を含ませてビニールに入れ、日に当てることで発芽させました。バラまきを終えたら土を軽く被せ、作業が終了。後は発芽を待つのみです。


20171210_144247

 それから約2週間―。小麦の小さな芽が生えてきたのが確認できました!これから寒さは増していきますが、冬の厳しさを耐えながら小麦は育っていきます。成長が楽しみです。


20171103_082005

 収穫した小麦はピザにして石窯で焼いたり、天然酵母パンを作ったりして楽しみます。妻のおばあちゃんは手作り味噌にも使っています。田んぼで採れるお米と、畑で採れる小麦。2つの穀物が、私の大川村生活をとても豊かにしてくれます!

20170611_192248

こんばんは。高知県大川村の和田将之です。12月に入り、気温もかなり下がっています。今日は冷たい雨が降りましたが、山のてっぺんが白く染まっていました。集落への初雪もそう遠くはなさそうです。


さて、先週のブログでは新米の試食について取り上げましたが、昨日は大川村の山村留学の子供たちと一足早いお餅つきを行いました。今年は一般的な白ご飯に使われる「うるち米」に加え、もち米の苗も植えています。5月には地域住民の皆さんと共に、留学の子供たちも田植えを手伝ってくれました。


20171203_144307



山村留学制度とは、村外の子供たちが親元を離れて村内の施設で共同生活し山の暮らしを体験するプログラムです。日中は大川村の小中学校に通い、部活が終わると留学センターに帰ってきて食事や宿題をして就寝。日頃の世話をするのは、留学指導員やふるさとむら公社の職員です。


受け入れの対象は小学5年生から中学3年生までで、現在は10名の子供が在籍しています。遠くは北海道や東京から来ている子たちもいるようです。週末は田舎暮らし体験や農作業などで地域に入ることも多く、子供たちの元気な姿は大川村の人々にも活気を与えていると感じます。


20171203_141944

123日に留学センターで行ったお餅つきでは、昔ながらの石臼と杵を使用しました。蒸したもち米を石臼に移し、杵で潰してこねます。重い杵を担いで行う作業は想像以上に重労働です。米粒の形が崩れたら、勢いよくもちをつきます。子供たちのテンションもMAXで、威勢の良い掛け声も上がりました。いよいよ完成!と思いきや…。米を蒸す段階で水分が多すぎたらしく、のっぺりしたコシのない仕上がりになってしまいました。


20171203_145605

さらに…2度目についたもちは水分が少なすぎたせいで固くなり、米粒の形がたくさん残った状態に。子供たちはさぞ落ち込んでいるだろうと思いきや、「半殺し(米粒が残っている状態)の方が好き!」と言ってくれる子が多く、美味しそうに食べてくれました。僕自身、本格的なもちつきを企画するのは今回が初めてです。どんな準備をしたら良いか、たくさん学ぶことのあったイベントになりました。


20171203_195210

今年の年末は、自宅でもちつきをしても楽しいだろうなと考えています。一年が暮れようとしていますが、毎年新しいことにチャレンジできる環境にいられることは本当に幸せです。年の締めくくりも楽しいものにしていきたいですね(-^^-)

 こんばんは。高知県大川村の和田将之です。ここ数日間イベントや飲み会が続いたこともあり、ブログの更新が滞ってしまいました。体調不良も重なりしんどい日が続きましたが、今日はかなり回復しています。明日からはいよいよ12月。忙しい日が続きますが、元気に今年最後の1ヶ月を走り切りたいものです。


20171130_073354

 今年1年間をかけて取り組んだ、大川村での米作り。先日、ついに新米が食卓に並びました!11月の半ばに脱穀したお米を、籾すり・精米。脱穀とは稲穂から実を取る作業で、籾すりは米の周りについている殻を取り除くことです。籾すりをしたお米は、玄米と呼ばれています。その玄米から糠(ぬか)と胚乳(はいにゅう)を除く精米作業を経て、普段目にする白米になるのです。


20171129_142649

11月末に機械を地域の方からお借りし、お義父さんに教わりながら籾すりを行いました。古くから使っている機械だったため、お米が詰まったり玄米と籾がらが混じったりするトラブルも発生。分解したり、叩いたりしてかなり強引に作業を進めました。バンバン叩いても壊れない昔の機械はとても頑丈ですね(笑)


20171129_143625

この行程で発生する籾がらや米ぬかは、貴重な副産物です。畑の敷き藁や肥料の代わりに活躍します。玉ねぎやキャベツの植え付けを行った箇所に、籾がらを撒きました。保温や保湿、微生物が分解することで肥料の役割も果たします。米ぬかは他の材料と混ぜ合わせて、ぼかし肥料作りに使ってみる予定です。


20171110_163426

さて、前回の本ブログでご紹介した『本川風土記』には、1700年ごろの大川村の米の収穫高についても記録されています。私の住んでいる井野川集落では約14(こく)、田んぼのある大平も約14石の収穫だったようです。


20171130_172744

石とは江戸時代まで使われていたお米の単位で、1石が1000合になります。成人が1食1合食べると仮定すると13合になり、一年間に換算すると約1000合。つまり、1石は1人の大人が1年間食べるお米の量と言えます。


その計算では、14石は14人分の米の量です。『本川風土記』によると、当時の井野川、大平の人口は194人でした。1人の成人に必要な米の量の、わずか10%以下しか収穫できないことになります。妻のおばあちゃんは84歳ですが、子供の頃は焼き畑で作る雑穀が主食だったと話していました。大川村がいかに稲作に向かない土地であるか、江戸時代の史料が裏付けているのです。


20171129_145331

そんな過酷な歴史を持つ大川村での米作り。今年収穫した新米は、小粒ながらも旨みが詰まっていて食べごたえがありました。お世話になった地域の方や、田植えを手伝ってくれた子供達にも提供しようと思います。急峻な山奥で続けられてきた米作りを、地域の人々共にこれからも続けていきます!

20171129_145331


↑このページのトップヘ