岡山健二のBlog

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中原中也という詩人が、確かこんなことを言ってた気がする。

詩とは自己との対話なのだと。

間違ってるかもしれないけど、俺はそんな風に記憶してる。

だから、詩の中に出てくる僕も君も、けっこう同一人物だったりするのかなと。



classicusの曲は、ラブソングがないねとたまに言われる。

歌詞を読み返してみると、確かに世間一般のラブソングは無いよな。

自問自答の20代。

曲にするとなると、そればっかり。



最近は昔に比べたらよく人と話すし、明るくなったなんて言われたりする。

なるべく背筋も伸ばすようにしてるけど、やっぱり人は変わらないよなとか思ったりしてる。

友達に勧められたマンガを読んでたら、「お前の頭は本で覚えたことばかりだろ」

という台詞があって笑ってしまった。





よく即興で詩みたいなものを書いた。

これは、4月17日の。



「知らない誰かも」


遠くを見つめていても
近くを見すぎていても
本当のことはわからない
自分が今どこにいるか

歩く人には花束を
口ごもる人には1杯のコーヒーを
だけど 僕には何もない
ねえ きっと何かが多過ぎたんだ

知らない誰かも眠りについた頃
 




明日から、また東京での日々。

曲は、またギターとピアノで作り出した。

自分にしかできないことを、ちゃんとできたらなと思う。

でも、ふざけることが大事だな。

このブログ、文字だけ見てるとすごく深刻っぽいけど、

俺は別にそんな奴でもない。



 
名古屋で買ったSADEのレコードでも聴いて寝ます。

それか、無音。





 




昔、地元でライブしてた頃(僕は高校生だった。)
40〜50才くらいの金髪のおじさんのシンガーがいた。
ライブと言っても、ライブハウスなんてない街だから、楽器屋の二階や、
小ホール、倉庫みたいな所ばかり。
そういった場所に、若者たちが集い、それぞれ好きなロックを演奏したり、たまに会社員や、おばさんたちが昔のフォークを歌ったり、ダンスグループがカラオケに合わせ踊ったり、
そんな中、その金髪のおじさんは際立っていた。
その髪の色に、パーマ、全身黒ずくめで、(下は半ズボン)、
シルバーのアクセサリーもしていたか。
とてもじゃないが話しかけられる雰囲気じゃなかった。
だから、そのおじさんはいつも孤立していたように思う。
それには、彼がやっていた音楽にも理由があったと思う。
言葉にすると難しいが、あえて言うなら、リズムの不規則な、
アコギ1本の、メロディーのない、朗読調の、それでいて半分絶叫の音楽、表現か。
歌詞と歌詞の間の妙な間合いも独特すぎた。
その頃の僕は、多分おじさんのことを白い目で見てたと思う。
井の中の蛙だとか、自己中な人だとか。(今思えば自分の理解を越えたことをやっていたから、受け入れることができなかったんだと思う。)
だから、結局、そのおじさんと話したことは一度もない。
そこから、月日は流れ、僕は東京で暮らすようになり自分の音楽をやるようになった。
地元に約20年、東京に約10年暮らした。
地元の音楽のことを思い出そうとすると大体いつもあのおじさんのことを思い出す。
何でなんだろう、もう15年も前のことなのに。
自分の頭の中で、あのおじさんは今でも歌を歌ってる。
よくわからないけど、多分、それは僕が初めて触れたオリジナリティーというもの
だったからなのかなと、今、思い当たった。
人が何と言おうと、自分の歌を歌っていたあのおじさん。
誰かに標準を合わせるでもなく、(そういったことも考えていたかもしれないけど)
淡々と、でも、限りなく自分の表現というものをやっていたあのおじさんのことを、今では、すごくかっこいいなと思う。










 



夏のような暑さが何日か続いた。
僕は最近はドラムばかり叩いてる。
遠くの街のあの人は元気にやってるのだろうか。
東京の夜は静か。
窓を開ければ風が忍び込んできて、
日々のいろんな物事をリセットしてくれるかのよう。
今までたくさんの人が目の前を通り過ぎていった。
また会いたいと思う人もいるし、そうでもない人も。
夏が好きだという人が多い気がする。
どの季節が好きだとか、あまり考えたことがない。
どれにも良い所と悪い所がある。
ここは天国じゃないんだ かといって地獄でもない
良い奴ばかりじゃないけど悪い奴ばかりでもない
と歌う良い歌があるんです。
昔、バイト先の店長にそんなことを話したら、
そんなの当たり前じゃないか、と言われたな。
マスターはお店を畳んだ後、
ゴルフ場で働くんだと張り切ってたな。
暑さは落ち着くらしい。
そのうち梅雨がやってきて夏になって、
今の気候のことなんて忘れてしまう。
なぜ歌を作るのかなと最近よく考える。
俺は歌を上手に歌いたいなんて思ったことはあまりない。
ドラムも昔はすごいドラマーになりたいと思ってた時があったかもしれないけど、
今じゃ、その瞬間・空間を良くしたいとか、そういうののほうが勝ってるかも。
そりゃ良いドラムは叩きたいけど。
やっぱり楽しくなれるような曲が作れたら一番いいかなと思う。
俺は過去に生きてると、この前飲みの場でそんな話題になり確かにそうだなと思った。
過去の出来事を参考にいろんなことに取り組んでるのも確かだ。
道のりは別でも辿り着く場所が同じだとしたら、
きっと俺に合ったやり方はそういうことなんだろう。
気付けば風は止んでしまっていた。
またすぐに朝が来て都会の営みが繰り返される。
僕は明日もカウントし続ける。
宮沢賢治の「告別」という詩を教えてくれた先輩と今日メールしてた。
最近の僕はあの詩のことをよく考える。
 



 

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