2005年10月06日

与え続けたものが返ってくる喜び

最近少し体調を崩して元気なくしていたのですが、
前は心配して一緒になって落ち込んでいた妻が
招き猫のまねをしたりして、「元気出して」といわんばかりに
笑わせてくれるのです。

実は、この招き猫のまねは、何を隠そう私がいつも
妻にしていたことなのです。

妻はどうもネガティブに物事を考えてしまう癖が
あったのですが、最近は私のおかしなところが移って
きたらしくふわふわと私張りに自然に楽しく振舞うように
なりました。

自分では、ただ相手を笑わせたくて、笑った顔が見たくて
(実は、おかしなことがしたくて)私自身が楽しみながら
生活する事で笑顔の絶えない場所であり続けてほしいと
思っていただけなのですが、自分が元気の無いときにまさか
このような形で戻ってくるとは思いもしなかったことなのです。
楽しませてくれと私が言ったわけではないのに、すすんで
そのようにしてくれた気持ちが何より心に響きました。

仕事で疲れているのに、家事も大変で一生懸命やってくれている
上でそうやって元気になるように楽しませてくれて

本当にありがとう。。

今後は、まねじゃなくって妻独自のお笑いキャラクターが誕生
してくれるのを期待しつつ、早く元気になってまたどこかに
おいしいものを食べに出かけようね。
そろそろ、日焼けは気にしなくてもいい季節になってきたので
公園のバトミントン、フリスビー・・も早くまた一緒に
やりたいね。

もう一度、いつもありがとう。あなたの存在自体に感謝しています。

  
Posted by okayoshi at 10:37Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2005年10月03日

テンプレートを変えてみました。

少し不具合も起きていたので思い切ってテンプレートを変えてみました。
いつかはそうしようと思っていましたが、やはり、やってみたらすっきり
しました。

いままでの記事についても、整理をしてみました。やはり、自分で書いたものを
並べた方が、見やすいと思ったからです。

これから少しずつですが、また新たな気持ちで記事を書いていこうと思います。
  
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2005年08月02日

ありがとうございます。

こちらのブログを見ていただきまして、ありがとうございます。
もうすぐブログを始めてから1年が経ちます。

私の他のサイトも同時に見てくださっている方もいらっしゃいますが
見ている方の希望や目的を打ち砕くことばかりで、
不甲斐なく本当に申し訳ありません。

色々なトラブルやクレーム、暖かいコメント、それらを
心に受け止めて、今までと変わらず「私」でいきます。

よろしくお願いします。

ブログやHPをはじめて思うのは、たくさんの方がいて、それぞれの
思いがあって、いらっしゃっているということです。それぞれの方の
すべての思いに答えていくのは、とても難しいことだと実感しました。

少なくとも、過去のものだけでなく、現状をありのままに
受け止めていくことは、マイナスではないと考えています。

私の問題を指摘していただけたのであり、それによって、よりよい
自分になっていくチャンスを与えられたということだからです。

私は今まで、必ずといっていいほど、前進の前には、いろんな問題が
立ちふさがって、そこから逃げずに直視をしながら歩みを止めることなく
ここまで来ました。変わりようのない真の自分を発見するためです。

どんなつらいことがあっても逃げない、、というよりも逃げることなど
出来ません。
必ず、別の形で追ってくるからです。それがわかったときから、
私は、自分や、他人や、問題から絶対に逃げないことを決めました。

自分の人生ですから、自分で切り開いていかない限り道は出来ません。
他人の創った道を進む前に、私は、本当に必要な方向へは
先に茨の茂みがあったらそこに自分の道を創りたいと思います。

進む先に道がないわけではない、道でないだけだと思う。

  
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2005年05月04日

心地よい水のように在りたい

今お昼寝をしている大切な人へ

私は今日限りの命というつもりで、生きています。
そして、今日がまた来たことへの感謝。その繰り返しです。
新しい日々が訪れる中、あなたがまた新しく私の前に
在ることを幸せに思います。

過去にどんなによいことをしても、悪いことをしても
今、まさにあなたが持った悲しみや苦しみはそれを貯金として
癒せるものではありません。だから、そんなものの力を借りず、
いつもいつも新しい新鮮な水のように、それを絶やさぬように
いつも、あなたが心地よく感じる水であるように湧き出る源泉を
守っていきます。昨日あなたを洗い流した水は、今あなたが手に
触れた水とは違います。でも、あなたが同じように心地よく
感じるために、私は、源泉を守っていきます。いつあなたが
その水に触れてもいいように。

だから、今日は今日のあなたへ。感謝してるよ。お疲れさま。。
眠っているあなたへ。ありがとう。


  
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2005年03月09日

ワープロって

3月7日父の誕生日だったのですが、あったかくなってしまいましたし
先日のストーブではなく、父が使うための、ワープロをプレゼントする
ことにしました。

富士通のオアシス、、今は、パソコンのソフトとしてあるよう
ですが、ワープロです。ワープロというのは少し使い方に
メーカーごとの癖というか、傾向というのがあって、多くの
人は同じメーカーで買いつないでいくそうですね。

父が使っていたのは、なんとひじょーに初期オアシス。
フロッピーが、なんと5インチです。それも、富士通専用。
探すのも一苦労です。形は、昔の一体型マックみたいな
レトロな感じです。しかもディスプレーの文字の色が

・・緑です。

私もパソコン始めた頃は結構まだ5インチがありました。

ワープロって、2、3年前に多くのメーカーが生産をストップして
今は、あまり、売ってないみたいですね。ですから、今回のは、

「新しく買おうと思っても買えないもの」をプレゼントできたわけです。

そして、機種も生産中止のすぐ前、の型らしく、なかなかのものでした。
カラー液晶、そして、ペンタッチ。でも、指でタッチしても
動きました。

まさにコンピュータなどに弱い

父向き・・な一品(逸品?)でした。

明日届くそうで、父の反応が楽しみです。

味があって、壊れない、レトロなワープロのような父。。
これからも元気でね。。

  

2005年02月10日

これいいなぁ

ブルーフレーム石油ストーブ

いやぁ、このストーブ、昔、うちにあったんですよ。
父の部屋にこれがあってなんかなつかしく感じました。

もうすぐ、父の誕生日なんだけど、これをプレゼント
したいなと思いました。


ブルーフレーム石油ストーブ  
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2005年01月31日

人とのつながり

私は、空いた時間、思いつくままに、気の向くままに任せて
ここ何日か過ごしています。

前からはまっているここで、ずいぶんと広告費が
たまってしまいました。自分のものは出してしまったので
何か有効に使えないかと、ここのバナーを広告として出してみました。ここについては以前もブログで紹介をしました。

特に日本語のものでしたら見た人がわかりますから、
日本語のサイトですることに決めました。

1人だけで1クリックするだけでは、気持ちが足りなかったんですね。
1人では、1日に1回しか出来ません。
100人も1000人も集まれば自分の求めるようにできるのでは
ないかと思いました。

おかげさまで3日で130人もの人が見てくれました。どなたかはわかりませんが
ありがとうございます。

このようなことに関心を持っている方が、私の思いを感じ、同じように
自分のできることを探してくれたらいいなと思いました。

貼ったバナーが誰の物だっていいんですよ。私は、このバナーが増えたら
いいと思っただけです。目の前になかったから、ない場所に
自分で頼んで貼り付けてもらっただけです。

お金儲けのための広告ばかりですからね。逆に目立ち、もともと、
関心を持っていた人がクリックしてくれるんじゃないかと思いました。

でも正直なところ理由は、

    しようと思ったから。

これ以上に理由なんてありません。



さて、以前、買った本の中にこんなことが書いてありました。

「砂漠にソーラーシステムの板を並べていったらかなりの電気が
まかなえるだけの電力を発電することができる。」

あー、でも修理するのにそこまでいくの大変だなー。。

そこで考えたのが、砂漠の端から端までを横断できる道です。
太陽光ソーラーシステムのついた屋根を持ち、その中を飲料水が走る。

まあ壊れたって、砂漠に水まきされますから、その辺に湖でもできるのでは
などと楽観的に考えていると面白い。。

お天気の心配もないですからね(いつも晴れ!!)。。


砂漠が砂漠なのは、そこまで、人や電気や水が届かないからかなーと
思って、砂漠にとっても何とかならないかと考えていたら
思いついたものです。そのあまった電気が電気の足りない国に送れたら
一挙両得です。

使い方を考えれば、一見無駄なように見える砂漠にはとてつもない力が
あるんだなーと思いました。

ただ一人では出来ないから、ここに書いてみているわけです。
実現できたらいいなー。


自分自身にだってそう。一見無駄だと思っていても、そういう人こそ
とてつもない力を秘めていると思いませんか?

1日中外にでれなくてパソコンに向かっている人、、時間はたっぷり
ありますね。

今あるもの使ってできることをやればいい。自分がそこにいる
理由を自分で作ってみれば、堂々とそれを続ける事だって
できるのですよ。

そういうことをしないから、自分で自分を必要ないなんて悩んで
しまうんだと思います。自分でできることなんてあっという間に、

自分自身で考えたら創れるから。

自分にとってどんな小さい事だっていい。
大きい小さいなんて他の人が決めるものじゃないし。


そもそも人の大きさなんて決められるほど、みんな偉くはないんだから。


人に認められようなんて思わなくてもいい。自分で自分が認められる
ようになればそれで充分。認めるは 言 を 忍 ですから。


他人にどんなに認められたって、自分で自分を認めることに
勝るものはない。認められたいと思ってはじめなければ、
いいのです。自分の意思だと思いますし。自分の人生ですから。

認められることを考えるから、認められないことが怖くなるだけです。
自分を認めるならいつでもどこでもできます。自分が認めさえすれば。

他人に認められないから悲しいのではなくて、


自分で自分を認められないから悲しいだけだと思います。



自分がすることは他人が認めると思うから怖いだけです。

昨日より、今日の自分が少しでも自分で認められるように
がんばるだけです。一生懸命、自分らしい自分を創りましょう。

それは、自分にしか出来ないことですから。

100人いれば100の方法がある。
あなたは何を持っていて何かができますか?

人の行動に大きいも小さいもないのだから。違いは、

自分の意思で「する」か「しないか」だけです。

たったそれだけの違いです。

例えば、ここには自動的には飛びませんよ。ここをクリックするのは
あなたの意思でしかありません。

そしてその先で何かをしたとしても、それは、自分で決めて
自分でしたことです。

そして、それは、他人のためにするのではありません。
他人に認められたいからするのではありません。

自分が自分で決めた1歩を踏み出すために、自分自身のためにしても
いいのです。

あなたが決めてしたことに、誰も何もいうことなどできません。

自分が自分の意思でそうしたいと思って決めたことですから。

何かのきっかけとして使おうが、始まりはどんな理由だっていいのです。
他の人がやらなくても最低1人でできることですから。

でも大勢ならもっと大きなことができるかもしれません。

クリックで救える命がある



  

2005年01月20日

待つということ

「待つということは、積極的な行動である。」

こんな価値観は生まれて初めてでした。
人は何か行動をして、その結果が自分の前に現れる
と考えてきましたが、この「何か」とは、
能動的に、そして行動的に働きかけることをさしている
と思っていました。

だから、何もしないことや止まってしまうことというのは
消極的なことだと考えたのですが、webであれこれ検索など
している中で上の言葉を見つけました。

そして、自分の一番恐れているものに向かっていくことが
好転の鍵ということも書かれていました。

なんだろうなと自分であれこれ考えたら、

  「待つ」

これが一番自分の怖いものでないかと思えてきたのです。
信じながら、何かをするというのではなく

信じながら待つ

待っている間っていうのは、なんか暇な様な気がして
なんか別の事やったりしてしまいますよね。

ある意味自分には、「待つ」という時間が
なかったのです。

私は、今やっている途中のものがありました。
これをやらないといけない とか
まだ途中だから完成させなきゃ とか

待っている間というのは、いろんなことを考えてしまいます。
ネガティブなもの、ポジティブなものいろいろですが。。
でも、「ここまでこれをやった」というのがない状態ほど不完全な
ことはないなと思ったのです。


ここまでしたものを見て、これでどういわれようとも
受け入れるという姿勢が欠けていたのだと思います。

待ったことに対して結果が出ることを恐れてしまっていたのです。

やっている最中はそれに向かっているからいいのですが、
それに手をつけられぬまま待っている瞬間にあれこれ
マイナスのことを考えてしまいがちです。

そして、ここが悪かったのかなとか、こうしたらいいん
じゃないかとか、こうしたらよくなるとか。。

でも考えてみたら、これでよしという自信を持って
それを出していないことであるかのように思えました。

単に自信がないって事だけですよね。

私は、ここまでこれをやった。
そのことの結果に目を向けずに、それが来るまで
何かをしているのではなくて、「静観してよう」と思いました。
同時に、それが来たときにすばやく動けるように
積極的な気持ちを持ち続けます。

自分がしてきたことに自信を持ちながら、待ちます。

  
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2005年01月12日

意味

何か起きそうな予感(昨日のブログを参照)
なんとなくその意味が判りました。

本当につまらないことで悩んでいたんだなーと
とても拍子抜けです。しかしその悩みは、
無駄なものではありませんでした。

以前にも紹介しました私のはまっているもの(これ
が、少し行き詰った感じに思えてしまったんですね。

何とかこのページにあるものを有効に使えないかと
一生懸命に考えてみました。

そして、ちょっと前に、私がはまっていたものを
結び付けてやってみようと思いました。

それぞれは独立していて接点はなかったんですが

これだ!!

という方法が見つかりました。
たとえば私は以前このようなページを立ち上げて
色々と工夫してみました(ここ)。

こちらでもそこそこのアクセスはあったのですが直接
収入には結びつきませんでした。

でも、よく考えていたら、ここにもここにも
ちゃんと今回気づいたものが使われていたんです。

あともうひとつが足りなかったのです。

このもうひとつ、めちゃめちゃシンプルなことでした。

私は、グーグルの検索を使って片っ端から自分の
欲しいものを探しました。

そして、こういう結論に達しました。

クリックされて効果のあるものはこういう共通のものを
持っていて、こういう理由で、クリックされていたんだ。

上のサイトを見たら簡単にわかることでした。

有名なマーケッターの方が言っていることが、
すべてつながりました。そして、お金持ちに
なる本に書かれていることのすべてが、

「このこと」を指している

と思えてきました。かなり悩んできたけれど

これが足りなかったというのが判りました。

私は以前から、ビジネスに関するたくさんの本を
読んできました。一番お気に入りのこの本

もおそらく、この簡単な真実につながっていると思います。

人間ってこうなんだ。以前書いたブログを見たらなんと

ちゃんと書いてある!

ではありませんか。書いてはいたけれど、
それに気づいていなかったのです。

ある大きな事に気づくために、人はいろいろと
無駄に思えることをしているのだと思いました。

でも、はっきりいえます。

無駄なものは何もないです。無駄だと思っていただけです。

あなたの身の回りをぐるっと見渡してみてください。
世の中は、そういうものであふれています。



  
Posted by okayoshi at 14:18Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2005年01月11日

何かが起きそうな気がする

何かが大きな変化が起きる。今とても強くそれを感じました。
それは何を表しているのか具体的には判らない。
自分になのか、それとも多くの人に関係するのか。
それはわからない。

私は、これまでもっていたものの整理を終了しました。
来るべき新しい時に備え、今必要でないものと必要なものを
すべて、自分の中で思い出して整理しました。

最近、レンタルして借りてきた映画で、どういうわけか同じ人物が
出てきました。3つのビデオの中にすべてヒラリースワンク
という女優さんがでていました。たくさんあるビデオのなかで、
適当に選んで借りたビデオが、偶然にもそういうものでした。
なんか意味があるのかなーとネットで調べたところ、

その女優さんは左利きということがわかりました。

実は、私は、どうやら、小さいころに左利きの要素をもって
いたようなのですが、いつのまにかそのようなことを
意識することなく生活するようになっていました。

私は、両方の手を使って、字が書けますし、ボールを投げること
が出来ます。電話をかけるときはボタンを左手で押して
押し終わったら、左手に持ち替えます。
他にも、電車に乗るときに、パスネットを左手に持ち体をひねって
通したり、自動販売機でお金の入れる位置が逆で入れにくいなとか、
いろいろと不便が多いなとたまに思っていましたが、当たり前だったので、
特別に意識することはありませんでした。

通常は右利きなのでその当たり前を当たり前のものと捕らえていた
ことに意識が向きました。

さて、数日前に、私は、電気ガス水道など物質文明の恩恵が
全く無くなってしまったらいったい何が大切なのかと
いうことを急に考えるようになりました。

物の価値、知識の価値・・文明の恩恵が、何もない中で、
何が大事で何が必要なのか?

食べ物、水など、普段当たり前にあるものが多くの人や
多くの技術によってまかなわれていることにあらためて
気づきました。そして、どんな時でも変わらずに存在する
自然。

自然を犠牲にして、自然でないものに変えていく文明。

そのようなものがなければ、生命を維持していけないという
大きな問題についても考えました。

本当に価値のあるものは、自然と共存していく中にその答えがある。
身のまわりに役立ちそうなものが何もない時に、いかにそこに
あるものを使って工夫して生きることが出来るのか?

そのような考えが、頭から離れません。

内面的に大切なものとして、忘れてはいけないのが当たり前のものは
本当に当たり前なのかという目と、異なるものが共存していくために
考えなければいけないこと、そして、絶対にこうなるという希望です。
なぜこのようなことが浮かんだのか判りませんが、今大切なものとして
浮かんできてしまうのです。

そして、生物学的に忘れてはならないのが、自然の理です。
地球上に住むすべての生物が共存していける秩序。

電気もガスも水道も科学技術も何もない中で、大切なものとは
いったい何でしょうか?

でも、人間は、そんなものがないずっと昔から生きていくことは
出来ているのです。そんな知恵が、一番大事なものだと思います。

原始の時代、私たちは一体どのように生活し、どのような心を
持ちながら生きてきたのでしょうか?

苛酷な環境を生き抜いた、原始の人が一番のお手本ではないでしょうか?
そのように思われてなりません。

携帯も電話もなく、遠方の人とどのように連絡を取っていくのか。
スーパーもなく人はどのように食料を確保していたのでしょうか?
世の中に起こっていることをどのようにして知るのでしょう。

今ここはどこで、今何日で、今何時なのか?一体どうやって知るので
しょう。

便利とは一体なんでしょう。その土地が恵まれているというのは
一体どういうことでしょう。

疑問はつきません。今書いたことに何の意味があるのか判りません。
しかし以前にも書きましたが、何か書かなくてはならないような力が
はたらいた、、そう考えるしか今は答えようがありません。

その答えはすぐそこにあるという気がします。

同じようなことを感じた方、そして、偶然にもこのブログにたどり着き、
何か感じたという方がいましたら、コメントをいただければ幸いです。
強制ではありませんが、今感じているこの感じ、この気持ちが何なのか
知りたいだけです。


  
Posted by okayoshi at 12:29Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年12月22日

人にものを頼んでみよう

さて、私のはまっているものは見ていただきましたか?

初めて見る方は、少し重いので時間がかかります。
(私がはまっているものはこちら←です)

寝不足になるくらいにはまっています。
毎日いろいろなところに顔を出しながら新しいものがないか
チェックをしています。

この中で、私が今一押しなのは、ここです。

非常にお手ごろなのでバランスがいいなと思っています。
後は本格的に稼動するのを待つだけです。

そして、ここの広告用のバナーなんですが、実は、オリジナルの
ものを作ってもらいました。それがとても出来が良くて、
何人もの人がこれを見て、登録をしてくれました。
こちらは重いので、興味ある方のみどうぞ→作ってもらったバナー

そしてこっちがオリジナルです→オリジナルのバナー

といいますか、「これをつかって!」って指定されているのに

無い・・・(泣)

のです。ですから、自分で作らなければなりませんでした。
私は作れないので頼んだら、いいのが出来ました。
バナー作者のホームページはこちらです。

やっぱり、それを専門にしている人に頼むのがいちばんだなーと
思いました。

私は、人に物を頼むのが苦手で、なんでも自分でしようとして
しまうので行き詰ってしまいます。

でもこういう経験をしていると、なんで、それぞれの人が、それぞれ
違った才能や感覚を持っているのかというのが納得できる気が
します。

人にものを頼んでみよう。そうしたら、あなたが思うよりもっと
今以上にすばらしいものが目の前に表れるかもしれません。

そして、自分の人とは違う意味やほかの人が自分と違う意味が
わかるかもしれません。

それはとても素敵なことだと感じました。





  
Posted by okayoshi at 15:28Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年12月15日

できることからやろう

仕事がいっぱいたまっていました。
でも、考えているだけでは何も変わりませんでした。

出来ることからやってみよう。これが答えでした。

それは、考えていても、仕事が減らなかったからです。

本などを見ていると、出来ることを後回しにしないということが
よく書いてあります。でも同時に進めないと終わらないよといって
理屈で考えますが、結局は同時にも進められず、ほとんど
手付かずに終わってしまうことを繰り返していると、やはり、
後回しにしない意味が判ってきます。最低限1つ終わっている
ということは、前よりも負担が少ないということです。
ですから、次のものに取り掛かる元気も沸いてきます。

ブログがなかなか手につかなかったのも同時に何とかしたいという
間違った考えから陥ったものでした。でも、自分で目標を決め
これは、これだけしか出来ないという目標を決めると、別のもの
に取り掛かれる心の余裕が作れることを実感しました。

ブログだって、今の状態で書ける文だけ書けばいい。そう思えたら、
心が軽くなりました。

人は、ひとつのことにしか集中は出来ない。だからこそ並行でなく
直行で目の前のものをひとつずつ仕上げることにしました。

考えるばかりで動けない時は、頭に浮かんだものからやってみる。。
そう考えていこうと思います。

ということで、今日のブログが完成しました。
今日はこれで良しとします。


  
Posted by okayoshi at 12:12Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年12月11日

人と人との距離

留守の間、ブログペットのこうさぎががんばってくれました。
本当にありがとう。言葉も、だんだんと覚えてきたね。

さて、久々にブログへ戻ってきました。
それまでの間、たくさんの本に出会い、たくさんの経験をしました。

何よりも大きいのは、新しいビジネスとの出会いです。
これを機にお金に対する考え方が、がらっと変わった気がします。

そして、意識は日本を離れ、海外へと広がってきています。
日本の中でしか通用しないものが、実際、海外へと目を向けて
公開してみるといろいろなところから、アクセスがあり見ているだけ
でも本当に面白いです。アメリカ、イギリス、フランス、ハンガリー、
ドイツ、インド・・30以上の言語圏から見に来てくれています。

トップページには招き猫がいるので、知っている人がたまたま
見つけて「見たよー」と教えてくれることもあります。

世界との距離が近くなっています。そして、実際には遠いところでも
インターネットは、人と人の距離を縮めてくれるすばらしいものです。

インターネットがなかったら知らなかったものがたくさんあります。
どのような使い方がこれから出来るのか、とても楽しみです。

上で紹介したページはこちらです。

Readmail Ranking - How to earn 1000 dollars per month !!
http://okayoshi.hp.infoseek.co.jp/readmail/en/en.htm


  

2004年11月11日

笑えること、それが幸せではないですか?

今日、先の心配ばかりをして、今を見失っている人に会いました。
その人は、目の前をまっすぐ見ながら、こういいました。

お金があれば安心する。だから、仕事をしなくてはならない。

確かにそういう面はありますね。でもその人はこういうことも言って
いました。

仕事がきついからせっかく稼いだお金をストレス解消に使ってしまうんです。
いわゆるストレス買いというやつですね。

お金を使うということは確かに気持ちのいいことです。

でも、この人は、仕事でストレスを溜めて、そのストレスを解消する為に
お金を稼いでいるっていうことです。一体、仕事って何でしょうか?
これは稼いでいないのと同じということだと思います。

楽しいことを仕事にするとよいと、いろんな本にかかれています。
確かに楽しいことをして、お金がもらえるなんて本当に楽ですよね。

楽しいという字は「楽」(らく)と書きます。ですから、楽しむには
楽ということを考えながらそれを探すといいっていうことですね。

さて、大切な今というのは、過去の方へ流れていきます。ですから、
一瞬を取り逃してしまうともうその一瞬は帰ってきません。

私は、最近、本当にやりたいものをしないということは、大切な
一瞬一瞬を取り逃してしまうと考えて、楽しいもの、わくわくするものに
没頭することに意識を集中しています。何か先のことを気にしながら
やっているときには、いつまでたってもそういう気持ちは消えないのに
一生懸命にそれを考えるより効果があるんですよね。

すずめが鳴くまで考えたってひとつもわからなくて。。

これは私の好きなバンプオブチキンの歌の一部ですが、考えても判らない。
そんなときは自分に問い掛けてみます。

そして続きがあります。

すずめが鳴く様に唄ってきたけど、気付いたよ
君に触れていたいと思う俺は何だ・・・・
大切なこと唄い忘れてた。   バンプオブチキン title of mineより

自分の中にある確かな思い、でもそれをしていないことに気付いた
瞬間に感情が蘇ってきて、また歩くことができるのです。

生きる上で大切なことを忘れてしまう。自分がなぜ生きているのか
自分が何の為に生きているのか。その意味を見失ったときに
歩みが止まります。でもそれは悪いことではありません。

立ち止まってもう一度、今歩いている意味を真剣に考えてみなさい。

心からの声なんだと思います。

今、何かを失って、夢が壊れてしまったとします。
でも、何かを得て、夢が叶ったときに本当に幸せになれるのでしょうか?
何かを得たとき、夢が叶わないと幸せにはなれない。
ということは、今は幸せではない??

むしろ追っている瞬間瞬間が、とても幸せなのではないかと思います。
幸せが目的ならそれはもう叶っているといってもおかしくありません。

そして、私は思います。夢は終わらない、その続きがある。
夢によって得たいもの、それこそが

自分が真に望む、本当の願いである。

夢の先に幸せを求めているのであれば、なぜ、そのものずばり
幸せを探して、いつも手元に置いておかないのでしょうか?

鏡に向かって自分に笑いかけてみましょう。笑顔がその答えを教えてくれます。

私は、笑うことができ、楽しく生きることを欲している。
私は一体、どうしたら笑うことができるのだろうか。
でも逆に考えてみてください。幸せなときには多くの人が
笑っていると思います。

お金を稼いだ先に幸せがある。そう考えている人も同じです。
違うのはお金があるかないかの違いしかありません。
あるかないかと、笑えるか笑えないは別です。
笑うことはいつでもできます。

心から素直に笑うことができたときあなたは何を考えていましたか?
その瞬間、ただ笑っていただけだと思います。それは、今だけできることです。
過去に戻って笑うことはできませんね。

笑って過ごそう。それが幸せだから。
いつも笑っていよう。それがいつも幸せということだから。

自分はどうしたらいつも笑っていられますか?
それを考える前に笑おう。

そうしたら、今すぐに、幸せになれます。

  
Posted by okayoshi at 23:27Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年11月01日

早いものでもう11月ですね。

早いもので、もう11月になりました。
ここ数日間、本当に早く過ぎた気がします。

下にも書いていたリードメールというものにどっぷりと使ってしまって
こちらの更新がお留守になってしまっていました。

別サイトでもたくさん情報を更新したり、来て下さったからの質問に
お答えしたりと、とても多忙な日々を送っていました。

忙しいですがひとつずつ、丁寧に対応することというのは本当に
大変ですが、生の声、生の疑問、そして、貴重な情報をいただくことができる
こちらからの情報発信とともに相手の声を聞くというのは本当に
大きな経験となりました。

何よりもうれしいのは、私の妻も私のしていることに興味を持ってくれて
いっしょに喜びを分かち合ったり(睡眠不足も分かち合っています・・)
できるということです。

前に、ブログでも書きましたが、どんなにお金持ちになっても自分の身体と
心しか相手に与えられるものはないということを忘れずにいるということ、
改めて確認をしたいと思います。久しぶりに連続でお休みを取ることが
できました。この貴重なお休みをどのように過ごすか、これは自分にとって
自分の心に向き合ういい機会でもあり、自分の生きる道を決める意味でも
とても貴重な時間だと思います。

ブログに向かうことは、ある意味、心の整理の時間でもあります。
ですから離れていたということは、そういう大切なものをないがしろに
してしまっていたということでもあります。

いま、いつもと同じようにパソコンに向かっていますが、いつもとは違う
見え方で画面を眺めています。少し、画面から目を離してみます。。

こんなに遅いけれど、眠い目をこすりながら、妻も、一緒に付き合って
くれています。画面の向こう側にのぞく顔、真剣に画面に向かっている顔、
そして、顔を眺めるとにこっと笑いました。

この笑顔を守るために私は生きている。。

やはりこのことは、何よりも優先して、一番大切なものです。
それだけはちゃんと自分の心から、素直に発してきます。その心の
動きは、ちゃんと自分でも捉えることができます。

少し疲れたなぁ。ゆっくり休もう。


  
Posted by okayoshi at 03:06Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年10月19日

カブトムシ特区承認

いやーうれしいです。前から注目していたカブトムシ特区承認されました。
子供たちの喜ぶ顔が見たいとの事でしたが、大人だって喜びますよ。

小さなころにたくさんのカブトムシをとって育った私にとっては、このような
特別な計らいによる承認というのは本当にうれしいと思います。

自分が特別に可能であることとして人に喜ばれることをしたい。これがやはり
思いであっても、ビジネスでも基本です。思いは届くことを証明した、そして
心温まるものでした。おじさんありがとう。

新聞で見つけてついうれしかったので記事にしてしまいました。
  

中立の大事さ

今日、時間があったので、久々にテレビを見ました。

コメンテーターの方が、ハムスターにかまれてアレルギーにより命を
落としてしまったことに関連して、アレルギーというものを怖がるのではなく
それを知ることによってペットとはこういう付き合いはできるのだということを
知識として得て、そういうものと共存していくことを考えていくことが大事と
おっしゃっていました。人は、恐怖やいいもの、悪いものに対して敏感に
反応してしまいますが、本当にコメンテーターの方は公平な意見を言って
くれていたなーと思いました。

最近戦争関連の記事を見て思うことなのですが、戦争は、お互いが、
自分は正しいとする考えにより起きているなーということを痛感しています。

正しいものが正しいものとしてあるために、正しいものであるはずのものが
そうではなくなってしまうことが多く起きています。「正当性」というものです。
やっていることは正しいことであっても、その「正当性」というものに取りつか
れてしまうと公平な見方を失い、これはいったい何のためにしていることなのか
という大義が失われてしまいます。

本当の意味で正しいものって何なのでしょう。それはやはり、どのような人、
どのような考え方、どのような価値観に対しても公平であるということが
大切なのだと思います。そうならないものに関してもどれだけその公平な
考えに近づけるかを考えていくことが必要だと思います。

その意味では、いい、悪い、中立には意味があるということをしっかりと
考えなくてはならないと思います。そして、そこに、これらがどのようにしたら
「共存」できるのかを考えていく視点がもっとも大切だと思います。

まとまらなくても、そのことをやめてしまったらいいものも悪いものも
何のために存在しているかの意味を失ってしまうのです。

夫婦、自分、他の人となど、どんな立場や価値観のものとも共存していく
考え方、それが、人の和を考えていくにはいろんな意味で大切だなーと
痛感しています。自分自身の中にあるものが、自分の今のあり方や考えと
状況と「共存」ができなくなったときに行動や思考が止まってしまう気がします。

争いは、悪しきものを断つことから始まります。そこには正しいものが存在
しています。それは価値観というものです。正しいとされるものが負けた段階で、
自分の正義が崩れたときそれは怒りにかわります。悪くないものを悪いものへと
かえてしまうのです。このことはどんな正義を持っていても理由になりません。
相手ではなく、自分に負けたのです。悪しきものを悪しきものと決めず、
悪しきもので終わらせないために、たくさんの知識や経験を積む必要があるなー
思います。良いを得てその先にいい悪いの中間が生まれて、公平にものを
見ることができるようになるのだと思います。

これからも、悪しきもの、いいものでなく、そのものの本当の姿を見つづけて
いこうと思います。

それは違いと言い換えることも出来ます。人それぞれが持つ違いを大切に
できなければ、そこには排他的な考えが生じることになります。それが自由
というものではないでしょうか。真剣に相手との違いを知ることで、同じ人間
であるということを理解できそうです。そして、共存ができるのだと思います。
見方が偏らないように気をつけていこうと思います。

それから余談ですが、スポーツジャーナリストの二宮清純さんという方のコメントは
とてもためになりました。初めてこの方を知ったので、ちょっとこれから調べてみようと
思います。この方に、今ちょっと注目です。

  
Posted by okayoshi at 10:54Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年10月16日

真に望むことが状況を変える

ブログを一つ消して、できる限り本当に望むことを書いていたら
思いが届き、本当に望むことや欲しいものがあらわれ、状況が
変化したのを感じました。

正しい、間違い、説明、、そういうものではなくて、やはり「真に」
ということが大切なことにあらためて気づきました。
他人にとっていい、自分にとっていいということではなく、あくまでも、
在るがままに「真」であるということが大切なことに気づきました。

いい文章、悪い文章、、そうではなくて、「目に見えぬ思い」がそれ
相応に現実というものを引き寄せるのだと実感するにつれ、心を
深く掘り下げて本当の自分に気づき、プライドや変化への抵抗を
ありのままに認めて受け止めると、本来あるべき方向へと自然に
軌道修正されるようです。思いを実現するやり方を模索する際に
失敗を恐れないことも大切です。軌道修正された状態から出る
ものは自然に自分の中の「真」であるということです。

失敗の数と、自分の道を発見することに比例して成功への確立は
高まっていくようです。

心から湧き出るもの、そして、その流れにそのまま思いをのせて
それに従っていくことがやはり人生の本質なんだと思います。

正しい道ではなく、本当に自分が「歩むべき」道。。その道には
正しい、間違っているというのはなく、正しくても得るもの、間違って
いても得るものがちゃんと存在すること、、それはつまり、行うこと
のすべてには意味があるというのを忘れず受け入れていきたいと
思います。間違いを間違いで終わらせず、気づきとして新しいもの
を「真」として得るまで、間違いは繰り返します。

何が大切なものであるかに気づくのが人生の目的であるなら、失敗は
本来の目的ではありません。だからこそ、失敗したがゆえに逃げたり
意識して避けてしまう自分の心の持ち方に対して、それを乗り越える
ために自分と向き合い、何故避けるかをあらわにして、失敗では終わ
らせない覚悟で真剣に臨み、除き、望みと変えていこうと思いました。

人は間違うということでもあります。必要だからです。しかしそれを
自分の言い訳にしてはいけないと思います。失敗したのです。
ただ何のために失敗したのか、失敗には理由があることを問わなければ
なりません。つらい作業ですが、そこには、自分の本質があからさまに
なっています。そして、本来の目的は何かが大事です。

怠けている、恐れている、ごまかしている、失敗のショックに対して自衛し
構えている、、のように、自分が望むものに到達することをこばむ原因を
作っているのは、自分であり、自分自身が失敗を導いていることに
気づかなければなりません。それが見られないこと自体、自分が自分を守る
弱さなのですから。自分の道を見失っているのです。

現実をありのままに直視することは、自分に対しても同じように働くわけです
から、落ち込みやすく、自分に対しても自信をもつことは難しいです。
だからこそ、いい悪いを基準としてもってしまう自分のものさしのあり方を
見直す事が大事です。

自分に低い評価は他のものに対しては高く、自分に高い評価は他のもの
を低くしてしまっていることを知らなくてはなりません。
そのためにも1cmの物をちゃんと1cmと測れるものさしをもっていなけ
ればなりません。長いからいい、短いから悪いというものでもなく、ただ、
その長さを持っているものであることにだけ目を向けていくことです。

一つ大切なのは、それは、「在りのまま」なのであって、いい悪いと
決め付けてはいけないということです。そのためにも、普段から先入観
なく、いかにものと向かい合うかが大切です。過大でも、過小でもあっては
ならないと感じました。



「真」はひとつ、いつなんどきでも変わらないものでなければそれは、
「真」ではありません。

  

ブログをひとつ消しました

ブログをひとつ消しました。大切な人に思いは届かなかったからです。
私は、見る人がどのように受け取るかは考えていませんでした。

どんなに書きたいものでも、やはりその文章には目的というのがあって
何か私にはわからない思いが届いているのだと思います。

だからこそ、書いた文章を読み返したり、どんな思いで書いているのかを
もう一度考えてみる必要があると思いました。その結果、新しくこの文章を
書いているわけですが、私は、寂しい思い、相手まかせの思いを言葉に乗せ
言葉でないもので相手に訴えたり、伝えたりするためにこのブログを書いている
わけではないからです。

相手に、本当の思いが伝わらなければ、「あなたが真に望むのは何ですか?」
というこのブログの存在する意味を消してしまうことにもなります。

こんな風にブログを消してしまうことは、今までありませんでしたが、読んで
しまった人には本当に申し訳ないことをしたと思います。

ただ、この決断自体、本当に望むものとして、この場で伝えることが必要だと
思いました。

これからも、本当に伝えたいこと、本当に望むことを書いていこうと思います。
今本当に望むことは、大切な人とゆっくり過ごしたいということです。
それができなくて、こんなことになり、ごめんなさい。


  
Posted by okayoshi at 00:16Comments(0)TrackBack(0)

2004年10月13日

心で語る言葉

心で語る。。言葉で書くと本当に簡単な4文字で済んでしまいますね。
言葉にはいろんなものがのってます。感情、意味、イントネーション
音色。。

宇多田ヒカルさんがutadaとして、アメリカでアルバムを出しましたね。
宇多田さんの声、言葉にはいろんなものがのっているように感じます。
前に紹介したバンプオブチキンの藤原基央さんの声や言葉にも
やはりいろんなものがのっているように感じます。

二人の共通点は何でしょうか?

言葉に何をこめるか。それによってただの言葉はよく言う「言霊」
となって人の心を打ちます。

ブログでは、声は聞くことが出来ませんね。でも、言葉の使い方や
言い回しなど、その人独特のものがいろんなブログを見ていると
感じられます。

あなたには、私の声が聞こえますか?

私の心の声は聞こえますか?

いろいろな感じ方、いろいろな人がいると思います。前にも書き
ましたが、私は、私が唯一生み出せるものを考えながら生きています。

最近は、たくさんの方がこのブログに来て下さっているようですが
何を見て、何を感じて、そして、どんな思いでここへ来てこのブログを
読んで下さっているのでしょうか?たくさんの方に語るのは苦手です。
だけど、一人一人になら、伝えることは出来そうです。だから、まず、
「あなた」に、伝えていこうと思います。

私は、時にこのブログに対して、不思議なことですがふっと意識が
向くことがあります。昔から、そういった強い思いに関して敏感な
ところがあって、そこに導かれるようにして惹きつけられることが
あります。

読んでいる方の一人でもいい、でも本当ならもっとたくさんの人に
私だけが持つものが通じたらよいなと思っています。ただ私が望むのは、
今見て下さったあなたに、まず、たくさんの思いが伝わることです。

私が物を書こうとするとき私は必ず心から突き上げるものを感じます。
かわいい、うれしい、楽しい、がんばれとか他にもいろいろな感情です。

今、起こっているのは、励ましの感情です。でも多分それは、
私自身が自信を持つために、励まされたいのだと思います。
こういうことは、正直に話しておきます。
私は、多分このブログを、私には何があって、何ができるのかを
知りたくて、書いているのだと思います。

さて、あなたが大切に思っている人が、どんな感情を持って欲しいか
考えてみてください。そして、自ら進んでその感情を強く持ってください。

笑って欲しければ、心から笑ってください。
一緒に泣いて欲しい人は、他の人のために一緒に泣いてあげてください。
あなたがして欲しいことを相手にしてあげてください。
それが出来たときあなたはあなた自身が苦しいときでも自分で自分自身を
助けることが出来ます。


人に何かを与えるというのは、自分から何かがなくなっていくことでは
ありません。自分に、与えることのできる領域を広げることなのです。
広げたところは、与えた瞬間、空になり、そこに、外から同じものが
流れ込んでくるのです。それが、心が広がるということです。
良く心が広いといいますね。それは、受け止める大きさと解釈されますが、
本当は、与える心の大きさのことです。

人は人に、与えた分だけ、与えられます。これは事実です。
「私は何も与えられない」という前に、見返りなく、自分が唯一
生み出せるものを与えてみてください。あなたにはあなたにしか
ない役割があります。この世にそれがない人はいません。
ないのではなくて、見つからないだけです。だから、あなたは
この世にとって、とても必要な人なのです。
見つからない人は探しましょう。必ず見つかります。

それは、必ず在るのですから。。

・・必ず、同じか、それ以上の価値をもつものが返ってくる日に出会えます。


冒頭に書いた二人の共通点は何でしょうか?それは、

・・・自分だけが持つものを多くの人に与えているということです。

  
Posted by okayoshi at 23:39Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年10月12日

おひさまを見たいから、携帯から投稿してみる

040930-1123~00.jpg最近きれいな青空が見えませんでした。台風、秋雨、雲ばかりの空。考えていたら突然、日が差しました。写真みたいなぬけるような青空ではないけれど久しぶりの太陽に眩しさを感じました。朝のこない夜はありません。この雨降りだって同じだよね。今というのは大事だけどそこで何を準備することが出来るだろう。私にとってのおひさまが私という光を待ちわびるようにどんなときも輝いていよう。そしたらその輝きが見たくて雲は早く切れるかもしれない。それは雲に隠れているだけだから。あなたはいつも輝いているよ。今は雲に隠れて輝きに気付かないだけ。この雲は私にとってもあなたにとっても雲だから。二人で輝いて雲を飛ばしてしまおう。おたがいがおたがいのおひさまになって。。  
Posted by okayoshi at 09:59Comments(0)TrackBack(0)

2004年10月11日

リンク追加

リンク追加しました。

Wings&Planets&???というサイトです。
羽根、惑星、ブログペットの背景などを扱っている
素材集です。
ブログペットの背景などを探している人は、
いってみてください。

トップがほんとにきれいです。
http://shirototink.hp.infoseek.co.jp


 

  
Posted by okayoshi at 18:59Comments(0)TrackBack(0)

2004年10月08日

フラッシュを使った時計と黒猫の設定について

はじめてお越しの方、はじめまして。
そして、いつも見てくださっている方、本当にありがとうございます。

知っている方も多いと思いますが、まずフラッシュのダウンロードの
ボックスが出てしまった方がいらっしゃいましたら、知らない方の
ためにその説明をしたいと思います。

これは、ページの左に時計とブログペットを飼っているため
フラッシュプレーヤーというもののダウンロードが必要なために
出てくるものです。

出てきたボックスはそのままENTERにて、自動的にダウンロード
されます。安全なものですのでご安心ください。
うまく表示されない方は、下のリンクへ飛んでインストールという
画面のボタンを押すと導入できます。

マクロメディアダウンロードページ:
http://www.macromedia.com/jp/shockwave/download/index.cgi?P1_Prod_Version=ShockwaveFlash&Lang=Japanese

-------------------------------------------------
さて、時計は(豚)ボンジュールさんのところにありました。
すごくきれいなページです。
時計をそのままクリックしてもトップページへジャンプできます。

(豚)ボンジュール:http://www.butabon.com/

トップページの時計レンタルのところから入ると、左に
この他にもたくさんの時計が出て、お好きな時計をクリック
すると色を変えたり背景を選んだりできるところに飛びます。
そのページで変更したもののタグは下に表示されますので
コピーしてもっていくことができます。なかなか種類豊富です。

-------------------------------------------------
黒猫の方も同じくフラッシュを使っています。メインページは以下の
場所です。

Maukie home:http://home.wanadoo.nl/annekebroenink/

リンク先の黒猫の絵をクリックすると黒猫の本体にジャンプします。
ここに大きなものがあります。ブラウザのウィンドウサイズを変更すると
表示のサイズによって黒猫の方も小さくなったり大きくなったりします。
リンク先の黒猫を右クリックして対象をファイルに保存することができるので
ファイルのアップロードなどを使ってできるだけ自分のところで使った方が
よいと思います。
下の○○○○はログインID名を入れます。アップロードすると名前が
変わりますので××××.swfとして指定します。

○○○○と××××は半角文字です。
私は以下のように指定しています。

<!以下黒猫設定>
<center><EMBED SRC=http://blog.livedoor.jp/○○○○/××××.swf WIDTH=150 HEIGHT=150 wmode=transparent quality=high loop=true menu=false></center>
<!以下黒猫設定>

最大画面の方は、右上3っつのボタンの真中の「元のサイズに戻る」を
押してから、サイズを変えます。最大だと日本語入力のツールバーに
隠れてますからね。自分の画面で大きさを確認して見られるので便利です。

ちなみに私は、そのままだと大きすぎるので幅と高さを150ずつ
に変えています。(WIDTH=150 HEIGHT=150)
猫は縦長に見えますが、尻尾とかがちょっと長いのでこのくらいで
ちょうどいいと思います。
私は、ゲストブックに書き込んだ後トップページに join the maukieという
ところがあって、私はそこで左のjoinからメンバーになって使っています。
ちなみに私は、member 423番です。

説明が英語なんで使い方合っているか??ですが、
できるだけのことをやってみましょう。

下のメンバーのページから左のjoinで登録の方がよさそうです。

http://www.broenink-art.nl/anneke/members.html

ちなみに左のcodesのところのリンクバナーはうまく表示できなかったので
勝手にですが、タグを作ってみました。このブログの左の黒猫の下にバナー
があります。

<!maukieバナーリンク以下ここから>
<a href="http://www.broenink-art.nl/anneke/members.html" target=new><img src=http://www.broenink-art.nl/anneke/bannersmall.jpg alt="Member of the Maukie fanlisting"</a>
<!maukieバナーリンク以上ここまで>

ダウンロードボックスが出てしまった方、突然ボックスが出てびっくり
された方もいらっしゃるかもしれません。
ちなみに私は、パソコンが壊れて新たにインストールしなおしたところ
いきなりいつものページなのに、ボックスが出ました。また、音量の
調整をしていなかったのでいきなり大音量でびっくりしてしまいました。

結構、間違いやなおしも多くすみません。これに懲りず、
末永くお越しください。

これからもよろしくおねがいします。。
                         okayoshi

  
Posted by okayoshi at 14:51Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年10月07日

温もりというもの

ブログに新しく黒猫と時計を追加しました。フラッシュというものを
使わないといけないですがなかなかリアルでいいです。

さて、黒猫といえば、前に黒い招き猫のお話をしました。
もう一つ黒猫にまつわるお話をします。

私は、バンプオブチキンという邦楽のグループが好きです。
黒猫が詞として出てくる歌があり、その歌が一番好きです。

その曲は、

 「K」

という名前の歌です。本当にいい歌でバンプの2枚目の
アルバムの中に入っています。

さて、バンプの中でも一番良いところは、なんと言っても
その「詞」のよさにあります。Vocal&guitarの
藤原基央さんがその詞を書いているのですが、藤原さんの
詞は、本当に心の奥にストレートに入ってきます。
時には、心を締め付けられるようなそんな言葉があふれて
います。

バンプの詞の中で出てきて、特に好きなのは、

「温もり」

という言葉です。色々な言葉がありますが、この言葉は
本当に奥の深い言葉だなと感じます。

どんな言葉よりも、どんなものよりも大切な人の温もりが
欲しいときってありますよね。

言葉を越えた何かがその温もりを伝って流れてくる。
人はその温もりが不足すると寂しくなるようなそんな気が
します。心が寒くなりますね。

藤原さんの詞には、その背景にその「温もり」を感じられます。
その温もりというものを言葉を使っていろんな形で表現して
います。

自分の温かさを造るもの。バンプの詞では言葉、命、血と
いうものにも触れます。自分が持つ自分の命を維持する
とともに相手に温もりを与えることのできるもの。
自分に何もなくてもその温もりだけは相手に与えられる
ものです。

お金などなくても、何もなくても自分に持てるもの、それが、
命なのだと思います。よく命の灯という言い方にもあるように
温もりを育てる命そのものが絶えないように人は生きます。

それが風であったり、倒れたり、人生にふりかかる困難の中で
命の灯を守るために苦しくても生きます。

本当に欲しいものはわかってます。大切な人の温もりと、大切な
人へ伝わっていく温もりの喜び。それが欲しくて、生きていること。
でも、それは身体だけでなくて、本当は、大切な人の心の温もりと
大切な人へ伝わっていく心の温もりの喜び、それが欲しくて
自分で自分の命の灯や希望の灯を消さずに温め続けながら、
どんなに苦しくても生きているということ。

それはどんな温もりですか?お金で買えるものですか?
お金では買えないものですか?

そこには、あなただけが持つ温もりはありますか?

・・・あります。

どんなにお金持ちになったとしても、どんなに苦しいことがあっても、
どんなときでも、本当に自分があげられるものは、

温かい身体と心だけだということ。

これだけは忘れない。

  
Posted by okayoshi at 15:08Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年10月04日

言葉は足りなくてもその思いは必ず伝わると信じている

紹介したこうさぎは投稿の間隔を指定してあげると
このブログ内の言葉の中から自分で覚えた言葉を探して使って
一生懸命(こうさぎ)として投稿してくれたりするみたいです。


言葉覚えてまだ間もないけれど、がんばれ!!


なんか本当にペット飼っている感じでいいです。
昔、自分のうちでもウサギ飼ってました。小学校で「飼育委員」
ていうのをやってて、そのうさぎがまわりの鶏にいじめられていて
「誰か飼ってくれる人いませんか?」という言葉に思わず手を
上げてしまいました。

手を上げたのはいいものの、親に反対されました。でも、親を
説得して木のみかん箱で小屋を作って八百屋さんに野菜くずを
もらってきたり、給食で余ったパンをもらってきたり。。

でも、飼い始めると結構みんなかわいがってくれました。
結局、そのことがきっかけでペットを飼うことが楽になって
いきました。そのあと、ウサギ2匹、猫2匹・・・と増加。。

新しいことを始める時、それを変えていくのにはエネルギーを
使って大変だけれど、それはそのときだけで、流れができると
その楽しみを知ったり、経験することで人の気持ちが変わって
くる。。

保守的な日本の中では、こういうことって大事ですよね。
そういう意味でも、ライブドアの堀江社長はすごい。。

2番目は「楽」なんですよ。。

こんなことは成功するかわからないけれどやる人いま
せんか?・・・はい!!と手を上げられる人になりたい。
でも自分はまさにミスチルのヒーローの歌詞みたいな
情けない人間になってる。。

でも、人生は一度きりですからね。手をあげないで後悔
するよりも、手を上げてただがむしゃらにがんばる方が、
生きていく上で、絶対に正しいと思う。

考えてみれば、自分から手を上げて選んだものだけが
今もしっかりと芯として残り、強い自分を育てていますから。

草かんむりに心で「芯」とはよくできてる漢字です。まるで、
育っていく心のようですね。

  

2004年10月03日

ブログペットこうさぎを追加しました。

776868d1.jpg

ブログペットこうさぎというアクセサリを追加しました。
なかなかかわいくて、その上芸達者(多機能)?です。
左の紹介リンクの下にいます。
もし気に入って導入されたい方は詳しい設定方法を
書きましたので、読んでみてください。>>


ブログペットのコントロールパネルの設定
(URL・RSSの"xxxxxxx"のところを、自分のユーザーIDに置き換えます)
・BlogのURL:http://blog.livedoor.jp/xxxxxxx/ 
・BlogのRSS:http://blog.livedoor.jp/xxxxxxx/index.rdf


・Blogのmt-xmlrpc.cgiのURL(共通):http://blog.livedoor.com/atom/
・BlogID:○○○○○○(半角数字)
 (IDわからない人はhttp://blog.bulknews.net/atomchecker.cgiで判定)

・背景の画像:ファイルのアップロードでファイルを送るとファイル名が変わっている
 ので探して指定します。拡張子は.jpegとします。
 画像の指定が少し難しいですが好きな絵が設定できるとなかなかいいです。
 (ちなみに私のページのブログペットの月と団子の背景は妻が創ってくれました。)
・MTのユーザーIDとパスワード:LivedoorBlogにログインする時のものを入力
・Blogの文字コード:EUC-JPを選択 
・こうさぎのBlogへの投稿:「許可する」を選択
・こうさぎのBlogへの投稿頻度 :自分の好みに応じて選択
・こうさぎのBlogへのコメント:「許可する」を選択


ブログペットのコントロールパネルで「決定/変更」を押した後、
コード生成のプログラムをコピーし、Blogに貼付け直した後に
Blogの再構築をかけます。


ブログペットこうさぎ紹介のページへのリンク
http://cousagi.yomiusa.net/

  

2004年10月01日

「クリックで救える命がある」の紹介


こういうのはいいですね。最新の技術使ってこんなことができるなんて、本当にすごい。お金ではなくて、こういうことをする時間を相手に間接的に形として届けられるのはいい。インターネットの世界もこういう生かし方ができるなら存在の意義はあるなと思います。
一日ワンクリックまでなので個人では限界がありますが、たくさん人を集めるのに理由が一つ増えればやりがいが出ますからね。




サイト内に「リンクで貢献」というところがあるのでバナーをもってきて、紹介が出来ます。興味のある方はどうぞ。リンクを載せておきます。


「クリックで救える命がある」リンク先:http://www.dff.jp/contribution.html

  

2004年09月29日

flipstartという小型パソコン

ef9261ad.jpgネットで、小型のpcを探していたらこんなのを見つけた。
(フリップスタート)というパソコンだそうです。
http://www.flipstartpc.com/

本体の重さが450グラム100mm×148mmのWindowsXp搭載の超小型パソコンです。

字の大きさとか大丈夫かな?と考えたけれど今これだけ携帯電話が
普及して小さな画面にも慣れているから、これなら大きな携帯みたいな感覚で
持ち歩けるなぁと思いました。

小さいパソコンが好きなのでこれは、買いたいなと思いました。
2004年末ごろ、発売されるようで、値段は1200ドル〜1400ドル
の予定だそうです。

ちょっとかっこいいパソコンだったので紹介しました。  
Posted by okayoshi at 11:02Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

自分の気持ちの持ち方

自分の気持ちが少し整理されてくるとまわりの環境がすぐに
変化するのを感じました。

最近、新しいお客さんを、過去のお客さんから紹介されました。
そして、その人が助かるように、それだけを考えながら
仕事をしたところ、とても感謝され、気持ちよく作業が
できました。

前にもブログで書きましたが、自分は仕事によっていったい
何をしたいのか。それは、お客さんとの中で明確になりました。

素直な感想、そしてトラブルが解消された満足感。。
相手からそれを肌で感じることができたとき、私が相手に
与えたいものはこれだなと思いました。

仕事というのは、お金を払う見返りに与えるものという見方が
多いみたいですが、やはり、私は、

「私だけが持っている何かを、必要とする相手に与える機会」

そう考えることが自然とできました。
やはり、自分の持つ何かを与えたことに対する見返りであって、
「与えることができる」ことが、ビジネスではお金儲けの
ノウハウなんかよりも何よりも先だと再度、実感しました。

お金から自由になる・・そういうことが、お金を得るために
まず準備として必要だなと思いました。


答えはあとからついてくる。
自分の持つ何かが、必要とする誰かのために使えないだろうか。
・・一生懸命、それを考えてみよう。お金のためでなく価値
ある自分を見つけるために。。

少しでも多く、効率よく相手に、与えられるように考えてみよう。

自分にふさわしい値段は、やはり、自分が持っている与えられる
何かを生み出す量と比例している。


  
Posted by okayoshi at 02:00Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年09月26日

ピーターパンは実は幸せなお金持ち??

物事がある方向に進むとき、そこには必ずしるしがあるという話をしました。そして、私はお金を落として、ティンカーベルのキーホルダーを見つけた話をしました。

その後日談です。

さて、私は、自転車に乗って近所の豪徳寺商店街にいきました。裏道の方に、よく行くリサイクルショップがあるのですがその前を通り過ぎようとショーウィンドウを見たとき、

「あっ」

と急停車しました。

そこには、ティンカーベルのオルゴールがあったのです。普段見落としていたのか、それとも新しく入ったのかわかりませんが小さなかわいいオルゴールでした。
そのオルゴールは、ゼンマイを回すときれいに色を変えながら回るものです。これも、即購入。500円でした。

私がなぜティンカーベルにこだわるかといいますと、実は、私の妻、、、ティンカーベル似です。だから好感が持てたのです。前はそんなことは考えたこともありませんでした。緑色の服と、羽根がついて頭が金髪なら、、間違いなく同じです。ちなみに妻は・・・羽根好きです。

ティンク(ティンカーベルの愛称)はピーターパンを慕っていつもそばにいて、時に怒り、時にやきもちを焼き・・・でもピーターパンから離れずいつもそばでピーターパンを見守り、助けます。そういうところも似ています。

私は、社会生活をしていく中、あまり器用に生きてきた人ではありません。いつも妻には、助けられてばかりです。そういう立場であるのに大事にできず傷つけたり、悲しませたり。。本当は、心やさしく、とても感謝してます。

そういう心うちをなかなか言葉にすることはできませんが、こうやってブログを書いているうちにだんだんと自分の心が整理されてくるのがわかります。

これは、意識をもつと普段見えなかったものが見えるようになる、、そういうことをあらわしているのだと思います。
私がティンカーベルのキーホルダーを拾っていなかったら出会うことはなかったものだと言えます。まずそれが、出会いの不思議です。

「それを受け入れる準備ができた時、そのものは目の前に現れる」

それは、なかったものが急に、目の前にあらわれたように見えるのですが、それはそこにすでにあったものなのです。言い方を変えれば

「以前なら気づかなかったものに気づくようになった」

「準備ができたとき」と言うのは、「意識にある」と言うこと、そして、それを見たときに以前であれば絶対に選ばなかったり、進まない方の道へと進むきっかけとなるのです。その道しるべのようなもの・・・

それが「しるし」です。

さて、いつも常にたくさんのことを考えることは大変ですが、こうやって文に書いて、どこからでも見られる場所に置いておけば、いつも常に感じる心を空っぽにしたまま、いつも新しいキャンバスのように、たくさんのことを受け取ることができます。

「お金持ちには、考えついたことを書く習慣がある」
と言われています。頭の中に話したいことや考えが明確になっていなければ紙に書くことすらできませんし、後で同じことを思い出すことも難しいです。

書いたものとは、「自分の考えたことが目の前に見えるようになったもの」と言うことができます。忘れてしまったらそれを目の前にあらわすことはとても難しいことです。

さて、またピーターパンの話に戻りますが、、
兄弟を楽しませるために創ったお話しの中のピーターに、会えるとは思っていなかった少女が、一人部屋に移り、大人になりなさいとお父さんに言われたそんな夜、本当にピーターがあらわれます。

ピーターパンとは、大人になれない子供という言い方がよくされますが、果たして本当にそうなんでしょうか。

私も同じような印象をもち続けてきましたが、もう一度ピーターパンのお話を先入観なく素直に見てみるとその考えは一転しました。

ピーターは空を飛びます。そして、ずっと変わらない姿です。

ピーターは空の飛び方をこう、周りの子供に教えます。

「とても楽しいことを考えるんだ。そうしたら簡単に飛べる」

そして、ティンクが金色の粉を振り掛けます。そうすると体が宙に浮き飛ぶことができます。

ピーターパンは何のためにこのことを子供たちに教えているのでしょうか?また、ピーターパンが仕事している姿なんて想像もつきません。

でも、考えてみたらこれこそが彼のライフワークであり、したいことなのではないのでしょうか。

なんか、お金持ちになる本に書いてある「幸せなお金持ちの姿」と似ていないでしょうか?

周りの人はピーターパンを大人になりきれないと言いますが、悠々と困ることなく自由に過ごす彼に、「そうできない人」は本当はそうできることにうらやましさを感じながら「私にはできない」と飛ぶことをあきらめているのではないでしょうか。

あなたは、本当は飛べるのにその方法を見失い、あきらめてしまっていませんか?あなたは本当はどこへ飛んでいきたいですか?

そんなときは、

「とても楽しいことを考えるんだ。そうしたら簡単に空を飛べる。」

と言う彼のこの言葉をもう一度考えてみましょう。そして、大人になり、心の中にいるけれども一人部屋に閉じ込められている、見失ったと思っていた心がなんと叫ぶのか。この声に耳を澄ましてみましょう。
  
Posted by okayoshi at 16:46Comments(0)TrackBack(0)日常の気づき

2004年09月22日

ありがとう

ありがとう。見てくれて本当にありがとう。

これを見ている「あなた」のために。

これをまだ見ていない大多数の「あなた」のために。

ありがとう。

私がここにいるのは「あなた」のおかげです。あなたが感じたその何かは、目には見えないけれどたくさんの人を幸せにしました。私にはそれがわかります。

それを感じたければ、心を澄ましてみてください。

人の気持ちというのは周りの人を幸せにして、そして励まし、いつも笑っていられるように与えられたものです。

自分の身近な人から試してみよう。あなたがいつも笑っていれば、


必ず、その大切な人もいつも笑っていてくれます。


自分がその人の笑顔を見て、いつも笑っていられるように。言葉なんかなくても、伝えなくても本当にそう思うなら、必ず伝わります。

  
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2004年09月21日

お金持ちになる本にも書いてあるけど

お金持ちになれる本というのがいっぱい出ていますね。
私が好きでよく読んでいるのは、マーフィ博士の本、そして、本田 健さんの本です。

お金の稼ぎ方ではなく、お金持ちから学ぶ「お金についての考え方」「心持ち」・・どの本にも必ず共通してかかれていることが多いですね。

でも多くの人は、その内容で悩み、結局のところ現実的かつ、具体的に実行する手立てなく読むだけで終わる人も多いと思います。

さて、ある本にはこう書かれています。「宝は心の中に眠っている。」「あなたの周りに見える世界はあなたの心をあらわしたものになっている」と。

私は以前、ある出来事をきっかけに、お金や、お金に勝る気持ちを惜しみなく相手に与えたとき、それが戻ってくるということを現実として知りました。

そのヒントを与えてくれた本が同じページにも紹介してある「神は私にこう語った」アイリーン・キャディ著という本です。

この本は、読み物としてもとてもよい本です。しかし、それだけではなくこの本には別の使い方があります。

迷い、悩み、苦しみなど、自分がどう歩いていけばよいのかを迷ったときや、自分が歩いている道に不安を感じたときに、「私には今どのようなものが必要か」と強く考えながら適当に、

本を開く

そうやって「使う」本なのです。それは本にも書いてあります。

あなたは、自分の歩いていこうとしている向きに心から望みながら、歩いていこうとしていますか?

自分が望む一歩は、あなたの進むべき道です。例えそれがどんな道であっても「いい悪いの存在しない」あなたが刻む「唯一の道」であるからです。

そのことに納得できなければ立ち止まり、真剣にそれを考えてみるべきです。

しかし、それができなくて自分がいったい何のために動いているのかがわからないままであることは多いと思います。

人は間違いなく、自分の望んだ道以外の道を歩こうとすると、そこに大きな力が加わり、本来自分が歩くべき道に引き戻そうとされます。迷い、悩み、苦しみなどの多いときは「自分の望むものでない」ものを追い求めている証拠です。

しかし、間違えてはいけません。それが多くても、もし、進むことを選んでいるときは「その先に必ず何かがある」ということがあります。そのようなときには別の方向を向いても、また目の前に立ちふさがることが多いです。
やはり、それは外れた道を「正しい道に戻すため」の迷いや悩み、苦しみなのです。

自分がもし本当に望んでいることをしているのに、悩み、苦しい必要がありますか?喜びで満ちていなければおかしいはずです。

自分が進みたい道を歩いているときには、そこに必ず、

「しるし」があります。

というよりも、しるしがないことはありません。それは、言い方を変えると「何かと何かが目の前でつながっていく流れ」があるということです。
お金にはお金の、そして、人には人のつながりに必ず、「しるし」があらわれ、流れが生じてくるのです。

さて、私は今、自分の住んでいるところの近くに家を欲しいと思っています。

家を望むのに理由などありません。
心から「そこに住みたいから住む」と、決めたからです。そう思える場所に出会ったからです。

私は、妻にも同じ事を思います。

それをかなえる流れが、現在進行中です。

だからお金が欲しい人は、お金を得ると決めることです。必ず叶います。

しかし、それ以上に大切なのは、それを得たいのは何故か、それを与えたいのは何故か、を知ることです。そして、理由のないところまでたどり着くことです。

その中でも、どうやらお金というのは、「人に与えたいと思う」ものに大きく力を貸す性質があるようなのです。

さて、前にも書きましたが、

「お金」とはその「何故」を叶える手段です。

映画マトリックスで、モーフィアスはネオにこう言いました。

「早く動こうとするな、早いと知れ。」

本当にそのとおりです。このことは、ほかの本でも紹介されてました。

「お金を得ようとするな。得ると知れ。」

ということです。あなたが真に望み、得る道にどのような「しるし」があるか、、それを知れば、あなたの道は決まります。

「しるし」についてやそれに関連したエピソードのことは、また書きます。
  
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2004年09月17日

ただ、あきらめた後でなく、前向きにあきらめようとした瞬間に叶った

私は、ある日家の前で、小銭を落としたことがありました。そこは、草が10cmくらい伸びていて、小さなものは見つかりにくい、そんな場所に小銭を落としてしまいました。

「あっ」と落とした瞬間にはいくらを落としたか見えなかったけれどそこらへんを探してみました。

なかなか見つからないのでもういいやと思ってそちらに背を向けました。しかしどういうわけか「納得がいくまで探しきりなさい」と後ろ髪を惹かれるような気がして
また、その場に戻り探し始めました。

そして、きらっと光るものを見つけました。

「あった」

手を伸ばしてつかみました。そしてそれを見てみると
違うものでした。でもそれを見て驚きました。

妖精?・・そうです。それは、ディズニーのピーターパンに出てくる「ティンカーベル」のキーホルダー(プレートの部分だけが外れて落ちていた)だったのです。
そして、「お金を落としたことはこれを見つけるためだったのかな。そうか、これを見つけたのだからお金が見つからなくても残念に思わないようにしよう」と前向きに思い、目を留めた先に、落としたお金。。10円でした。というか、戻ってきたんですけどね。でも、10円落としたことで、何か変化というかお金にまつわる何かが始まるような予感がしたのです。いま、私はそのときには考えられないような自分、、ネットでショップを開いたりしています。

いまでも、それはお守りとして持ち歩いています。これにはまだ後日談がありますので。。

さて、皆さんも経験あるかわかりませんが、私は、人ごみで小銭を落としてしまったとき、特に人の邪魔になるようなところで落としてしまったとき、一瞬迷いがあります。
それは、恥ずかしさ。小銭なんだからこんな場所でこんなに一生懸命探したら邪魔になるし、「そのくらいの額を一生懸命に拾うなんて、そして拾うところを見られているなんて恥ずかしい。。そして、

「恥ずかしいから、このまま気にせず諦めていってしまおうか」

と思ってしまうことがあります。

「諦める」それをしないこと。とても大事だと思いました。でもやはり、現実、、、私は弱い人間です。落ち込んだりすると、すぐめげてしまう。。

お金を稼ぐ「こつ」は、それを実現させるまで諦めなければ絶対にそれは叶う

と、どこかの本に書いてありました。同じように、まだ10円だけですがそれが10万円、10億円となっていけばいいなと思いました。同じお金であって、額が違うだけですから。「恥ずかしさ」と同じように、10万には10万の、10億には10億にふさわしい「何か」を手放したときそれは必ず得られると思っています。それを「与える」と呼ぶこともありますね。

そして、お金は天下のまわり物ともいいます。支払った額はある法則でまわって帰ってくる。落としたお金もそんな風に考えてみると10円を一時失い、10円以上の価値あるものになって戻ってきたのだと思いました。
落としたお金が高額だったらそんなことは思わず一生懸命に探すのに小額ならなぜ諦めてしまうんでしょうか。1円を笑うものは1円に泣くともいいます。額ではないんでしょうね。お金の額を意識せず、大切にすること。それがお金と親しくなるってことだと思います。

恥ずかしさを紛らわすために落としたお金が払われた。。そんな感じがしますね。でも恥ずかしい気持ちを捨てて、また諦めず探したらたら戻ってきた。お金を落とすという経験はお金に対する自分の考えをあらわにしてくれる貴重な経験でもある、そんな感じがしました。

日本にも小さいもの話として「一寸法師」というお話しがありますね。

 「金の小さな鎚で、欲しい物をでろ、でろと言いながら振れば、何でも出す事ができます。鬼が宝物にしていましたが、後に一寸法師が手に入れました。」

その中に出てくる打ち出の小槌。これもよく縁起物として知られていますね。しかし、鬼が宝物にしているというところが面白く、それを鬼から手に入れたとかいてあるのは、興味深いです。
正しい使い方をするところに最後は収まるというのも、お金のことを考える上で生かせそうな気がしました。
  
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2004年09月12日

したいことをわくわくしながらやってみる

お金はただの紙で、小銭はただの金属で、区別がつくようにデザインや、模様が違うだけのものですよね。だけど人は、「お金が欲しい」と言います。

何か欲しいものを買えるとうれしいと人は思うけれど、うれしくないものは買わない。買うものの多くは「欲しいと思うもの」であることが多いけれどそれは、人それぞれで、違いますね。。

「お金を買う」って言い方は変だけれどお金を得るためには、自分の時間を売る。労働ってそういう意味だといいますね。自分という人間の価値と時間をいくらで売るか。誰でもできるものは単価が低くて、誰にもできないものは単価が高い。裏を返せば、代わりがたくさんいるようなことでは、価値は上がらない。

ほかには欲しいお金に見合うものを売って得る。当然見合うものはお金で買ったもの。でもそうでないものもあるね。それは希少価値というもの。満足感という目に見えないものに払われるお金もある。

でも、お金得るために時間を売って、疲れて解消のためにお金を払って、払ったお金を稼ぐためにまた時間を売って。。それではいったい何のためにお金を稼ぐのかって、なってしまいますね。だったら、本当にわくわくするようなことに時間を売ってお金をもらってそれをまた本当にわくわくするものを買うために使ってみよう。

どうやら人は、買ったものにお金を払うのでなくて、わくわくする自分の気持ちをお金と交換しているようですね。そんなときが一番うれしく感じるときではないでしょうか。安くても、高くても、ただでも、本当に欲しいものは、どんな値段がついているかわからないけれど、自分が本当にわくわくするような欲しいものに惜しみなくお金を払って、手に入れてみよう。

そのためにも相手をわくわくさせることにわくわくすることが、一番効率がよさそうだ。

どうやら神様は、私たちの欲しいものがよくわかっているようで、わくわくしながらそれを欲していると手に入れることができるらしい。お金がかかるものならちゃんとそれが手に入るようにそれが買えるだけのお金をその人に与えてくれるようだ。

その考えからすると人を一番わくわくさせて、一番わくわくしながら欲したものにお金を払う人が、どうやら、一番のお金持ちになるってことになるね。

人をわくわくさせるものを生み出して、それを与えよう。それはお金を与えるよりも何よりも人が欲しているものだから。その人が倒れてそれを生み出せなくならないように、お金を与えてあげよう。あげられなかったら相手がわくわくすることをして、交換してもらおう。感謝の気持ちも添えて。その人も、わくわくするものが買えるように。。

あなたにしか生み出せないものを生み出して、それを与えてみよう。ただそのときには、お金を欲しいと思わずに、本当に相手がわくわくするように相手にあたえられるように、考えてみよう。値段は相手が、決めてくれるから。相手がどれだけわくわくしたか、それがあなたの生み出したものの値段です。

相手に何もしなければ、相手をわくわくさせることはできない。ただ人にわくわくさせてくれることだけを考えているだけでも相手をわくわくさせることはできない。

でもただいるだけで私がわくわくするような相手であれば、自分だけにできるような、相手をわくわくさせる気持ちを持って相手に惜しみなく与えながら相手のそばにいてみよう。相手はどんなことでわくわく感を感じる人なんだろう。それがなんだか探ってみよう。

相手を愛してみよう。そうしたら、いつもわくわく感を持っていられるから。自分にしかできない愛を相手に与えてみよう。それが欲しくて、相手も同じ愛で返してくれるまで。相手の笑顔があれば、心が満たされる。相手がいつも笑っていられるように私は、自分だけの笑顔を相手に与えよう。

欲しいなら与えよう。それを手に入れる方法はそのものによって違うけど、二つだけ。お金で得られるものにはお金を。お金で得られないものには、同じだけ価値のあるものを相手に与えよう。

自分の値段はいくらでしょう。オープンプライスです。自分というものの希少価値を一生懸命あげてみよう。自分というかけがえのないものをしっかり見つめてみよう。どんなわくわく感を相手に与えることができるのか考えてみよう。自分の価値は、あなたにしかできないものを使って、どのくらい与える相手がわくわくするかによって変動します。

  

2004年09月07日

そして、、、

db8fe4f7.JPGそして、新しく来た黒と白の招き猫はこんな風に並んでいます。まわりにいっぱいいるのは、もらったものや、妻が毎年買い揃えていったものなどです。

こうして見ると本当ににぎやかです。いつも主人の帰りを待っている、かわいい招き猫たちです。。
  
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白い招き猫の次に来たのは?

85e2d941.jpg8月27日の白い招き猫の次に見つけたものの紹介です。
実は、私は、骨董品めぐり(古道具やめぐり)が好きでいろんなお店に顔を出します。
そんな中、前回の白い招き猫を見つけました。別に意識していたわけではありませんが、何か1匹では寂しい感じがしていて、一緒に並べて置けるようなものが見つかるといいなと思っていました。

車で走っているといつもよく通る場所でしたがふっと後ろ髪をひかれるように車をとめました。

「骨董屋」

と目に入ったからです。こんなところに骨董屋があるんだなーと入ってみると、はーっと声が出るようにものすごい数の骨董品がたくさん並んでいました。それも値段が安いものからけっこうするものまでありました。

そして、発見しました。

黒い招き猫でした。とってもかわいかったので迷わず即決です。1500円でした。

1500万円なら考えてしまったけど、欲しいと思い、迷わず即決するのはとってもうれしいものです。

こういうものにあたると私はいつも、とっても幸せな気分になります。
  
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2004年09月05日

47歳の少年と出会った

今日、久々に美容室へ髪を切りに行きました。
結構長い間、髪を切りに行くのをためらっていました。
前に行っていた美容室は、いつものお気に入りの美容師さんがお店をかわってしまったためにあらためて新しい場所を探さなければならなかったからだ。

初めて新しい美容室に入るのは、とってもおっくうだし、勇気がいる。いつもなら前と同じに、、なんていえたのが、一からどう切ってほしいか、どんな髪型にしたいのかを説明するのは大変だ。そこで大事なのは、美容師さんがいかにその話から髪型をイメージして自分の持つ技術で近づけてくれるかだ。

さて、妻が教えてくれたその美容室は、行ってみるとうっちぱなしの落ち着いた店内で、一目で気に入った。

またそこにいる美容師さん(店主一人)がなかなか味のある人だった。

店長でもいいのだけれど、呼びにくいので名前をきいて、そして、お話の内容からお年を聞いてみたのだがなんと47歳だった。
その年の美容師さんならいそうなものだが、何より驚いたのはそんな年には見えないことだ。

どう見ても30代にしか見えない。実は私も年よりも若く見られる。実際には36歳だが20代とよく間違えられる。

二人して、見た目若いのにお話はレコードの話にまでさかのぼった。外から見たらいったいどんな風に見えたのだろう。

その人のことが印象に残ったのには、その人が楽しそうに仕事をやり楽しそうに話し時間がたつのを忘れさせてくれたことだ。その人は、少年のように楽しそうに目を輝かせてお話をしてくれた。

私の特技かもしれないが、その人の、くしあたり、雰囲気などが合う人だと、たいてい大丈夫なことが多い。でないとたいがい失敗して帰ることが多い。
しかし、髪を切り始めたら途中で止めるわけにはいかない。だからこそ、新しい場所を探すのには腰が重くなってしまう。

買っていって、パーマをかけている途中に読もうとしていた本は無駄な荷物になってしまった。
でも、本など要らないほど、楽しく話をしてくれる美容室は、なかなかない。いい掘り出しものを見つけたように気分がとてもよかった。
  
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2004年08月31日

みんなお金はほしい。

みんなお金はほしい。でも突き詰めて何のためって聞かれるとほとんどの人はなかなか答えられない。

私は、以前はお金に対して嫌なイメージを持っていました。なんか望むのはやましいというかそんな感じでした。皆さんの中にもそう感じている人はいませんか?

でも真剣にお金に向き合って、その上で思い出すと
いいこともいっぱいあったことに気づきました。

それは小さいころ近所の健ちゃんと魚釣りに行った帰り。お腹をすかせた二人は、お肉屋さんの前でとまりました。健ちゃんは「コロッケ食べたい」といってポケットを探ると100円だけ出てきました。お金持ってないから一人で買って食べていいよと私は言いました。でも健ちゃんは「これではんぶんこしようよ」といってくれました。内心とってもうれしっかったのだけど「でも悪いよ。」といって店の前で話していました。でも、やっぱり食べたかったので「じゃあ、明日50円持ってくるからそれでいい?」と私がいったら「いいよ、いいよ」といってコロッケを一個、おじさんに頼み健ちゃんがそれを受け取りました。
さて、袋をあけてみると、「コロッケが二つ入ってるよ」と健ちゃんがいいました。のぞいて見ると二つはいってました。おじさんに「おじさん、コロッケが多いよ。僕は頼んでないよ。お金持ってないから」っていったら、「おまけだよ。」とおじさんは笑って言いました。
健ちゃんにおまけの一つをもらい、「ああ、、よかったね。」といいながら二人で一個づつ食べました。私はうれしくておじさんに何度も「ありがとう」と頭を下げてきました。

大きくなってもコロッケを食べると思い出すし、そこのコロッケ屋は、今でもお気に入りです。たまにおまけもつきます。

考えてみると、健ちゃんのはんぶんこにしてくれようとした思い。そのときおじさんは、話を聞いていて、どんな風に思ったのかと思います。そして、人の気持ちを素直に受け取らないかたくなな私。驚かせたいな、喜んだ顔を見たいなと思い、コロッケとともに、やさしい気持ちも売ってくれたのでしょうね。

100円の話ですが。思い出したらお金にまつわることっていい思い出もあったなーと、しみじみ思いました。

食べたい、だから今お金があったらなーとか、買えない自分が恥ずかしく、お金を持っているのがうらやましいと本心で、私は思っていたはずです。結局分け与えようとした健ちゃんの思いがもう一個分を生み出したのではないかと思います。
だから、お金を欲するときには、自分の気持ちや足りないものを補うためのものとしてではなくて、お金は、相手のうれしい顔や喜びを与えるためにも使えるものなのだと気づき、そんな気持ちでそれを与えられる人にお金は集まる。お金を持つ余裕というのはそういうものだと思いました。

何でほしいのか。それは、自分の大切な誰かに喜びを与えたいから。自然にそう思えて、そう答えられたら、心が豊かになる気がした。

  
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2004年08月27日

はじめまして

c4a7d299.jpgはじめまして、okayoshiです。

このBlogでこれから私の経験で得たことを言葉に記していこうと思います。よろしくおねがいします。
さて、私は、昨日から寝ていません。なぜかというと何かわくわくするような面白いことに出逢ってしまったからです。それは後日ゆっくりお話します。

その予兆は、半月ぐらい前かなぁ?骨董屋であるものを見つけてしまってからです。
それは、白い「招き猫」でした。見つけた瞬間なんともかわいい顔でこっちを見ているものだから、ついつい、うちにつれて帰ってしまいました。値段は、500円。
この日から、私のうちには、いろんなものがやってきて、仲間に入るようになりました。
その頃からでしょうか、お金のことを考えることに火がついてしまったのは。。。
実は私のうちは、ご存知の方もいると思いますが「豪徳寺」という「招き猫」とは切っても切れない場所の近くにありまして、商店街が、招き猫だらけという大変おめでたい土地柄なのであります。
 つづく
  

はじまり

大切な人や自分のためにネットにショップを創った。お金のことをあまり考えない欲のないといわれた自分が、最近お金のことばかり考えている。きれい事に聞こえるかもしれないが、最愛の妻のため、そして自分のために何かを変えたいと思った。骨董屋で、あるものに逢い、また、家の前で、キーホルダーから取れたディズニーのキャラクターを拾い、ある本に出会い。。。紹介しきれないものが山ほどある。はじまり。

ビジネスブログから来ていただいた方。ありがとうございます。お戻りのときは
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