平成28年7月3日(日) 雨
94日目 隠岐の「愛の橋」

::::ご注意:::
愛の橋は平成30年3月15日から当面の間,人・車ともに通行禁止になっております。
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今日は全国的に非常に暑かったらしいが,
隠岐も,まあ暑いは暑いけど最高気温が25度ということで
夏は過ごしやすくていいかなと思う。

四国では毎年夏時に水が足りないという話題になるが
隠岐の島で水不足とか,意外にも聞いたことがない。
一応ダムもあり,島のメインストリーム八尾川(やびがわ)を制御している。

そこにかかるのがこの「愛の橋」
BlogPaint

ご近所の篤志家が子どもたちのために自費を投じて昭和4年に作ったのが始まりだという。

この八尾川(やびがわ)には2つしか橋がなかった。
上の写真で上が西町,こっち側が港町という。
ある日,大火があり西町の多くの家が焼けた。港町の人はただ見守るしかなかった。
このころ,八尾川に掛かる橋は天神橋と八尾橋の2つしかなかった。
(※この愛の橋は,その中間ほどにかかる)
「ここらに橋があれば,もうちょっと早く来れた」
「便利が悪い」
金物屋の藤原金市(きんいち)は心を痛め,ここらに橋を掛けるため奔走したが,西郷町には橋を掛ける金がなく,町の人も金の話になると尻込みした。
「藤原さんは自分の店に客をこさせるため橋をかけようとしている」などという人もでてきた。

昭和二年,大雨の日に天神橋から通学する小学生を見て,ついに金市はすべての金を投げ出し,橋を掛けることを妻に打ち明けた。なお二人の間に子どもが8人いた。

その後も業者との話し合い,資材の手配,各種許可申請など想像を絶する苦労を背負い込んだ。
橋を掛ける場所には特に気を使った。
町の人も自分の家の近くにかけろとか,自分の土地だからよそにしろとか言うものもあった。
かかった費用は当時のお金で2670円。
金市は「なんじの隣人を愛せよ」の信条から『愛の橋』と名付け,あっさり町に寄付したのであった。
(小学生向け道徳副読本?「隠岐の人びと」による)

現在のは二代目であり,さすがに公費でできたものと思われる。
それでもなんと昭和31年作成で,一応石橋ではあるがとてつもなく古く自動車は通れない。
ただ架替えとなると,橋だけポンとなおせばいいというわけでないようだ。
この港町周辺はこの橋に限らず全体にとてつもなく古い作りでいかにも昭和と言った風情である。
昭和といっても昭和50年代以前といった感じなので
正直長く生活するには,耐用年数がとっくの昔に期限切れの町並みである。
私は結構気に入ってるが・・・
もし橋を直すていうんだったら,町並みをごっつり改造するのかという話にもなるらしい。

ただ・・・そこまで行う活力がこの島にあるのか,非常に厳しいところである。