沖縄・米軍基地データ

沖縄の編集・出版社「沖縄探見社」およびオンライン書店「沖本屋」の代表を務める高橋哲朗が運営。ブラジル、オーストラリア、アメリカと移住を繰り返した筆者が、沖縄の米軍基地にまつわるニュースをお伝えします。「沖本屋」のホームページのアドレスはhttp://okihon.comです。

那覇市頭上の戦闘機と大型機 006 沖縄では米軍の占領者意識を感じざるを得ない。最近、日米政府間の約束に反して、米軍が事故を隠すとともに訓練を強行している。

 11月3日の地元紙によれば、2016年4月28日の夜間、嘉手納基地沖の上空で、米海兵隊岩国基地所属のFA18戦闘機が空中給油を受けている最中、KC130空中給油機と接触事故を起こし、給油ホースを引きちぎった。2機は順次、嘉手納基地に着陸、けが人はいなかったが、事故は公表されず正式な調査もしなかったという。米軍の報告書で分かった。同報告書によれば、岩国基地所属の部隊では、薬物乱用やアルコールの過剰摂取、戦闘機内で手放し操縦、読書、ひげを剃りながらの自撮り行為など規律違反が横行しているという。

 1029日夜には、本来は「例外的」とされ県や地元自治体、日本政府が中止を求めていた嘉手納基地でのパラシュート訓練を強行、特殊作戦機から20人以上が降下した。また、同月18日には、嘉手納基地に着陸した米空軍のMC130J特殊作戦機が重さ3.6キロの部品(離着陸の際に使用する車輪と機体をつなぐ「主脚」関連部品)を落としている。

 


辺野古工事 059 名護市辺野古の新基地建設をめぐっては、2018年8月に沖縄県が埋め立て承認を撤回したが、同年10月、沖縄防衛局が撤回の取り消しなどを求め、これに応じて国土交通相が取り消しの裁決を下した。この取り消し裁決を「違法な国の関与」として、県が国を提訴した裁判で、福岡高裁那覇支部は1023日、国交相の裁決について訴訟の対象にはなりえないと、県の訴えを却下した。

裁判の素人には、分かりにくい裁判である。辺野古沖の埋め立て承認を撤回した県の措置を、防衛局の申請に基づいて、同じ政府内の国交相が取り消したが、これが公正な判断なのか。なぜ、行政の判断を裁判の対象になりえないと司法が門前払いするのか。


 基地をめぐる裁判では、司法が判断を放棄する事例が目立つ。単純な比較はできないが、米国の裁判所が積極的に行政の措置に対して判断を下しているのに比べると、日本の司法は行政のやることに口を出すことをためらうように見える。一方、
1022日、「即位礼正殿の儀」に合わせて、政府は55万人を対象とした政令恩赦を公布したが、司法判断を覆す恩赦は三権分立に反する可能性があり、行政権が肥大化している印象がぬぐえない。

辺野古移設工事 031 内閣改造に関連したテレビのニュース番組で9月12日、沖縄担当相を引き継ぐ場面が映っていると、新旧の大臣の間で「沖縄県とは感情的なもつれ」という言葉が交わされた。「えっ、国と県の間にあるのは『感情的なもつれ』なのか」。すごくひっかかった。

同じことを感じたのは自分だけではないようだ。翌日の沖縄タイムスには、見出し「県と国『感情的なもつれ』」の記事が掲載された。会見でこの発言の意味を問われた衛藤晟一・新沖縄相は「(国も県も)沖縄振興、基地負担軽減(という一つの方向)に向いているのに、なかなか歯車がかみあわない」と説明したという。

沖縄戦では本土防衛のための捨て石にされ、戦後は本土の独立と引き換えに、本土より20年長い米軍支配下に置かれ、本土復帰後も40年以上、米軍基地が集中する状況が続いてきたのに、米軍普天間基地の移転先が県内の名護市辺野古になれば、永遠に米軍基地集中が続くことになりかねず反対する。政府には政府の見方があるだろうが、こうした沖縄の考えが「感情的なもつれ」だろうか。国と県の間に横たわる、意識の断層の深さを思わずにはいられない。


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