2007年12月

2007年12月26日

もうだめ          ケー

 家計簿 もうわかんなくなっちゃった・・・・。よく考えたら私は夫の月収もよく知らないんだった。給料明細みたことないもん。

 普通の家計簿じゃだめみたいなので やり方を考え直す。だいたいもとから「足りなさそうだから買い控えよう」なんて思ったことないもん。

 どげんかせんといかん。根本的に。そして それに気づくの遅すぎる!!!!!

 ええと、もう今月は無理なので 1月20日からどげんかする。ほんとに!

okirakumadam at 17:35|この記事のURL

いただきます まる

これからは説教するときの最後にママもそういう風になれるように一生懸命頑張ってるんだよって付け加えます。魔法のような言葉だ。

家計簿。
うちは25日がお給料日なんだけど来年度に向けて本屋さんで熟考して購入した新しい家計簿。昨日、うきうきでつけようと思って探したらどこにもない!たぶん雑誌と一緒に捨てたんだ。。。あれこれ見比べて探したとっておきだったのに。290円と安いのでまた買いにいけばいいんだろうけどとりあえず気持ちが萎えてしまった。がくん。
仕方がないのでエッセの付録家計簿に記入した。

昨日はインフルエンザの予防接種受けて、置き薬屋さんにはお金を払い、新聞の集金がきて子どもの給食費にピアノや陸上の月謝を払った。
今日は排水溝洗浄屋さんがきてお風呂の灯油の給油がきてナンだカンだであっという間に1万円札がヒラヒラヒラとはかなく消えていくのでした。

okirakumadam at 15:04|この記事のURL

2007年12月21日

そうそう        ケー

 まるちゃん、子供に説教する時 私はいい言葉を知ってるよ。「なんたら、かんたら・・・・(こんな私がこんな説教してもなあ)・・・なんたらなのよ。お母さんだってそうなれるように一生懸命頑張ってるんだよ」って言うの。便利でしょ? 

 そんな私が来年はものすごく高い目標を掲げてます。それは家計簿です!!生まれてこの方そのようなものはいっさいトライしたことがないけれど 頑張ってみようかと思って 12月20日から つけはじめた。うちはお給料日が20日だから。

 でもなんか おかしい、合わない。すでに変なことになってるなあ〜〜と思ったら20日と思ってた日は19日だった。お給料日の前日だったのだ。どおりでなあ、なんかお金が少ないと思ったよ。少ないじゃなくて 全然なかったのに、気づかなかった私だった。

 ほら ボーナスとかが入れっぱなしになってるじゃん、通帳に。(イヤ 入れっぱなしなんて人は私だけか?) だからなんとなく一年通せばプラマイ0みたいな・・・、そんなような・・・、感覚的に。

 ステンドグラスでもうけたお金も部屋の引き出しに突っ込んだままで時々取り出すとびっくりするくらい溜まってたり、いっぱいあるはずと思ってたら なんだかんだと流用したの忘れてて全然無かったり。

 以前ガラスの買出しに若い生徒さんを連れていった時 「高速代は経費から出すから、あなたは気にしないで」と私が言ったら「経費ってあの引き出しのことでしょう?」と笑われたことがあるのです。はははは。

 でも1日でも2日でも3日坊主でも 全然やらないよりは少しマシだよね。

okirakumadam at 11:14|この記事のURL

2007年12月19日

今年も まる。

あっという間の一年間でした。
煩悩で頭の中いっぱいのいつもの一年間でした。
もっと精神的に上等の人になれればケンカもしないし愚痴もこぼさないで毎日を心静かに送れるのかも知れませんね。
無理だろうけど目指してるところはそこです。

こないだ息子に説教をした。説教しながらしてる自分がまったくそういう人間ではないので心苦しかった。

目指すところをここまででいいやって妥協したらそこから上にはいけないんだからね。最初からあきらめてたらそこから先には進めないんだからね。云々。。。

日々の生活を流れるがままに流されている私がこんな説教しても果たして心に響いたんだろうか。響かないよなぁ。

ケーさんの決めたことを読んで私はいろいろ考えた。お父さんにとっては介護は大変なことだけど同居して旦那さんに気を使うのもまた精神的に大変なのではなかろうか?と思ったらケーさんの決断はベストのような気がした。お母さんの介護はお父さんにとっては今生き甲斐とやりがいのような気もするから。前に母が2ヶ月くらいうちに居て帰るとき気疲れしたと言ったことと最後までなじめなかったと言ったことを思い出しました。その時はこっちだって気を使わせないようにしてるつもりだったので腹がたったけどそれは母の正直な気持ちで今は理解できる。

うちの母が持ち堪えてるのは自分のことは自分でしないと誰もしてくれないからってこともあるらしい。それでも昨日電話で話したら最近薬の効いてる時間が短くなってきたと言っていた。なんだか耳も遠くなってきたみたい。会話してると面倒なことは考えたくなさそうになってきてるのがわかった。
めったに話さないのにすぐ電話を切ってしまった。

遠くに住んでる自分が恨めしい。月に一度は実家に帰れる身分になりたいと心底思う。

ケーさんの言うとおり、年末なんだからホント大掃除しなくちゃ。


okirakumadam at 12:06|この記事のURL

2007年12月18日

近況の一句 まる。

ケンカしてふて寝で今日もさぼりかな 

とこんな感じでゆっくり書けません。
いろいろ書きたいことあったんだけど、とりあえず。

okirakumadam at 16:00|この記事のURL

年末年始の・・・・       ケー

 毎年年末年始の一ヶ月間 ステンドグラスはお休みにする。なんせ 来るのも主婦教えるのも主婦。年末年始の主婦はやることいっぱいあるから。

 いつもいつも、時間がある時には きちんと掃除しよう。お風呂の天井拭こう。換気扇の中磨こう。シーツを全部はがして洗おう。子供のおもちゃやゴミみたいな製作物こっそり捨てよう。クッションカバー ソファカバー カーテン洗おう。庭の木の枝切ろう、片付けよう、そのほかなんだかんだ思ってるのに 年末年始のお休み2日目の今日 洗濯物も干さず昨晩録画してた お笑い番組を見てしまった。

 もう 親のとこに行く時間だ。

 そんなとき始まるのが私の妄想。自分の居住空間は1Kでたった一人で暮らしていて、小さな部屋だから掃除が行き届いてて、普段の食事は階下のレストランで済まし、部屋ではせいぜいお茶を沸かすくらい。お化粧は もうやめにして パーマもやめて 髪は短髪 切りっぱなし。服は夏3枚、冬3枚、合い物3枚ずつでアイロンの要らない、畳むとペッタンコになるやつ。それに何かちょっと羽折るようなもの2,3枚。小さなクローゼットはスカスカ。バッグは2つ。靴は5足。

 部屋は小さいベッドと小さいテーブル、椅子が1つ。お客さんが来たらベッドに座る。

 これは そのまんま老人用のケアハウス仕様。この夢はかないそう。私はスッキリ暮らしたい。そして体が健康で何か自分が役にたつような場があれば 最高。   

okirakumadam at 12:01|この記事のURL

2007年12月13日

はい      ケー

 どうもありがとう。ず・さんは一人っ子だからご両親のこといっそう心配になるでしょう。

 だれの人生も背負えるもんじゃないし だれの悩みも悲しみも肩代わりできるもんじゃないのに 相手が肉親だと つい気負いが出て なんとかしてあげれるんじゃないかとか 考えちゃうんだ。親でも子でも 相手の人生はその人のものなのに。

 そういう点で人間は一人一人きっちり孤独だと思うね。大事な人も 大嫌いな人も恵まれてるように見える人も、淋しそうな人も、そう考えるとほんとに平等だなあと思う。ただ自分の二本の足でたってるだけ。精神的に。誰かに頼れるだとか頼られるだとかは 妄想だ。

 そう思うと みんな大変だなあ、頑張ろうよね、と親切心?連帯感?みたいなものが 嫌いな人に対しても生まれてくるのよ。

 けど それが親や子に対してはちょっとゆがんできちゃう私。ほんと 自分を責めることはないのに。

 両親の所に行って笑い話なんかをしてちょこちょこしたことをして「じゃあ マタ来るねー」と言うと 母が一生懸命顔をこちらに向けて「何もお構いできずに悪かったね。体を大切になさい」と まだ元気だったころと同じ言葉を発するの。灰色になった瞳で、じっと見るのよ。

 私は玄関のドアを閉めた後 急いで車に乗って 少し泣く。泣くことは何にもないのに親子のいろんな思い出がそうさせるんだ。

 ふふふふ。ほんとにねえ。しょうがないねえ。

okirakumadam at 22:34|この記事のURL

ずっと。。。ず

ケーちゃんの書き込みを読んで、ずっと考えてました。
私ならどうするだろうと。答えがでないまま今日になってしまいました。遅くなってごめんなさい。


結婚したばかりの頃、夫に両方の両親の看病や介護について話をした時、夫は言った。「今から考えても仕方ないやん。その時にならんとわからんよ。」私が真剣に考えてるのに、なんてお気楽な奴!と憤慨してしまったけれど、その通りなんだよね。どんな覚悟をしていても、していなくても、来るべき時は必ず来る。悲しいことだけれど。
その時自分にできる範囲で、できることをすればいいんだ。気負うでもなく、逃げるでもなく。自分の新しい家族も大事だし、親も大事。バランスをとりながらやるしかない。今はそう思っています。(夫もきっとそう思っているのでしょう)たぶん、すごく甘い考えなんだろうけど。
結局、私も『覚悟』なんて切羽詰まってもできないってことなんだろうな。


ケーちゃんの決心に賛成です。辛い決断だっただろうけど。どうか一人で頑張りすぎないで。そして、自分を責めないでください。
私も陰ながら応援することしかできないけれど、みんなが笑顔でいられる時間が増えるよう祈っています。

こんなことしか書けなくてごめんなさい。


okirakumadam at 12:56|この記事のURL

2007年12月12日

いろんな人に      ケー

 親のこと いろんな人に聞いてみた。介護の経験のない人は「いつかはやってくることだろうけど 今は考えたくない」 同居の親が弱りつつある人は「とにかく役所に行って相談する」、介護の経験のある人は「とにかく大変よ。ぎりぎりまで本人に頑張ってもらいなさい」

 ということで 「とにかく役所に行って相談」し、母が先に死ねば、父には同じところで死ぬ、または動けなくなるまで生活してもらい 父が先に死ねば母をひきとる、または施設にお願いすると決めました。「本人たちにぎりぎりまで頑張ってもらう」ということは「どっちかが死ぬまで」ということです。

 まるちゃんの「夫に相談する」ということを考えた時 私は夫のあばたをあばたとしてきちっと認識してると思いました。夫はいい人だけど無理です。あんまりはっきり書くと悪い気がするので書かないけれど やはり無理だと思う。そんな夫となんとか機嫌よく生活しながら 自分の親2人を引き取るには 私の器が小さすぎる。

 父が死んだ時に母をひきとります。それが本当のギリギリの時。母は一人では生きていけないから。それがわかってて「no」という夫ではないと そこのところは信じている。

 悲しくても 親の人生は親に背負ってもらう。そのうちみんな死ぬし。死ぬのを引き伸ばしたいから あれやこれや悩むわけだからね。「じいちゃんに何かあったら私がばあちゃんをひきとるから じいちゃん死ぬまでばあちゃんを背負ってくれ」ということです。

 私の時間をできるだけたくさん両親に使いたいと思う。じいちゃんが介護疲れで寿命を縮めても私は私を責めないようにしようと思う。みんな同じように一生懸命な人生を歩いていくんだから。

 おじさん まるちゃん 私の頭の中を整理できました。ありがとう。他のひとたちも。相談にのってくれたおば様方も。どうもありがとう。

okirakumadam at 10:05|この記事のURL

2007年12月08日

ありがとう     ケー

 まるちゃん おじさん ありがとう。時間ができた時また書き込みます。ありがとう。

okirakumadam at 20:51|この記事のURL
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