散歩道が終わり、駅に向かって歩き始めた。
大人だけならいけるが、子どもたちはちょっと遠いかと思い始めたとき、何とタクシーが通りかかり、それも信号待ちで目の前に停まった。
ラッキー！ と運転手に合図を送り、ドアを開けてもらった。「近くてすいませんが、駅まで」と言うと、「全然構いませんよ」とにこやかに言う。昨晩のホテルから旅館までの運転手といい、さすが観光地、タクシードライバーの教育が行き届いている。
駅に停まり、妻が帰りの切符を買っている間、子どもたちと一緒に一階のコインロッカーに荷物を預けに行った。こうやって観光地でコインロッカーに預けるの、移動途中のコルドバ(スペイン)以来じゃないだろうか。それ以外はホテルに預かってもらったし、こっちに帰ってからは車ばかりなので荷物を預けた記憶はない。あのあとマドリッドに行けず、大変な目にあった……(興味のある方は2013年6月8日のブログをどうぞ)
今回は切符を無事に買え、身軽な恰好で高山朝市を目指した。ツネ君とはその辺りで待ち合わせだ。確か日本三大朝市はここ高山と石川県輪島と千葉県勝浦だったと思うが(佐賀の呼子を入れる場合もある)、これで全部制覇だ。
川を渡ると宮川朝市が見えてきた。大勢の観光客でにぎわっている。農産物を始め、漬物、玩具、細工物、農産加工品など色んな店があって楽しい。だが人混みが嫌いだし、子どもから目を離すことが出来ず、のんびり落ち着いて散策などできない。妻と娘はまた四角い、小さなパンみたいな、中に甘いものが入っている何かを買い食いしていたが、あっと言う間に朝市を通り抜けてしまった。
そのまま昨日は行っていない東の方へ向かう。そちらにも陣屋前朝市というのがあり、そこを目指した。溝をまたいで歩く娘があまりにも遅いので、背後から「キ〜ック！」 。その決定的瞬間を妻に撮られた。
相変わらずの人混みや行き過ぎる観光バスをよけながら、陣屋前に着いた。妻と娘は朝市を見に行くというが、息子は「ぼく、つかれた〜」というので男たちは四阿で休むことにした。座るだけでなく、息子はごろりと横になった。
「おんぶ」とか「だっこ」とかしてもらってこれだもの……
息子が静かにごろごろしているのいいことに、その辺りの人を見ながらぼーっとした。
2016年11月
お客が多くて慌ただしかったのか、あやうく朝食代金を払わずチェックアウトとなるところだった。だがおいしいご飯をたっぷり食べさせてもらったのにそれだと申し訳ない。きちんと申告し、朝食分も払ってチェックアウトした。
予定は特に決まってないが、とりあえず高山朝市を見るつもりで駅に向かうことにした。送迎バスが行ったばかりだったので宿を出てぶらぶら歩きだす。茅葺と紅葉のコントラストがきれいな景色があったので歩いていくと、そこが文学散歩道の入口だった。
アリスのような気持ちで林の中を歩きだす。
左側は低い崖になっているが、時折高山の街が一望できて美しい。
黄色もいいが、紅葉の主役はやっぱり赤。枯れ落ちる前の命の高揚が感じられる。
色の違いで高さを感じる。
高山は朝晩の温度差が激しくて、こんな鮮やかな赤になるのだろうか。
出口近くに水車があった。娘が興味津々で見ていたので、妻がシステムを紹介していた。
あまり考えずに高山に来たが、ベストタイミングな気がする。
酒がよかったのか朝はすっきりと目覚めた。
せっかくの温泉だから朝食前に一風呂浴びようと階段をおりたら、なんと、家族風呂が空いていた。これはラッキーとみんなでのんびり家族風呂につかった。三〇分以内という条件があるにせよ、この空いていたら使っていいというシステムはなかなかいい。
朝食は七時半だったので大広間へ行った。そこにはかなり離れて三つの島があり、ステージ側が俺たちだった。外国人は一組もいず、みんな日本人。それも二〇〜三〇代の男性ばかりが二組だった。外国人は座って朝食を食べないから別の部屋なのか、或いは一般的にさほど社交的ではなく、英語が苦手という日本人が多いから配慮してくれているのかもしれない。どちらもそうではない我が家の女たちには不要な配慮だが、もしそうだとしたらこれも実に日本的なおもてなしと言える。
注文したのは和食が二つ、洋食が一つ。値段はどちらも同じで、娘が洋食になった。息子は「これたいべたい」というものをお茶碗に乗せ、色んなものに手を出す。一番のお気に入りは温泉卵。自分で割ったから食べたくなったのだろう。
席についてすぐ朴葉味噌が出てきた。おそらく朝食で出ると予測して昨晩の居酒屋では頼まかったが、これまた飛騨名物、というか一番有名な食べ物だろう。甘じょっぱい味噌がご飯に合い、食欲がどんどん湧く優れものだ。富山の場合、カニの甲羅に味噌やカニの身を入れたものを朴葉焼きにすればいいかも知れないと思いながら、ご飯をどんどん口に運んだ。
みんなお代わりまでして朝食を食べた。
これにて高山食べつくし、終了〜
こんないっぱい食べ切れるかという懸念は、子どもたちの食欲のおかげで杞憂に終わった。精算を済ませ、すごそこにある土産物屋へ入った。部屋飲み用のつまみを買うためだ。「まだ？」妻に怒られながらいろいろ物色し、ようやく納得して買った。
スマホの表示によるとここから旅館まで歩いて一キロ強。大人だけなら歩くが、子どもがいるし、寒いしでフロントでタクシーを呼んでもらった。おそらく日本では初めて乗るタクシーに息子は大喜び。運転手も若い頃世界を旅して歩いたとかで社交的。スーパームーンや旅館近くのテディベア博物館について楽しそうに話してくれた。
宿に到着し、せっかくの温泉に入ることにした。ここは男湯、女湯の他に家族風呂もあり、空いていればいつでも無料で使っていいという素晴らしいシステムになっている。おそらく人前で肌を晒したくない外国人観光客への配慮なのだろう。小さな旅館(失礼)でもここまでできるのが観光都市としての底力、さすが高山だ。
結局空いていなかったので男湯、女湯、二組に分かれて入った。ちょうど一人出たところで俺と息子の貸切りだ。眺望は全くないが、お湯は俺の好きな無色透明でさほど匂いのないつるつるの湯。三畳くらいの湯船で息子と親子イルカになって遊んだのだった。
はしゃぎ過ぎて疲れていたのと妻の添い寝で子どもたちはあっさり寝た。入口に近い側だけ電気を点け、ワカメ兄貴が即売していたスーパー駿河屋でツネ君に勧められた地酒の封を切る。
一番酒のつまみになりそうなぶっかけ飛騨牛生姜の瓶詰は箸がなくて食べられなかったが、同じく買ったあたりめとこの豆菓子をつまみに妻と地酒を飲んだ。
ふむ……あまり個性が強すぎず、しみじみとした味わいが実にいい。
夜はしみじみ更け、四合瓶はどんどん減っていく。
ツネ君はワカメ兄貴と銭湯へ行き、そのまま高山の仲間たちと誰かの家で飲み会だという。もし子どもたちも元気で起きていれば合流で、そうじゃなかったら明日また会おうということになった。
宿で夕食は頼んでいないので、ツネ君に紹介し、なおかつ送ってもらって、高山で一番格式の高いホテル内にある郷土料理居酒屋へ入った。値段はそれほど安くはないが、名物なものはほぼ食べられるという。
早速瓶ビールと地ビール（あとで気付いた）を頼んで乾杯した。車じゃないので二人とも飲めていい。そのままメニュを吟味し、俺が高山名物を片っ端から注文した。
まず漬物ステーキ。野菜不足に成りがちな極寒の冬、凍りついた漬物を解かすため、囲炉裏で朴葉に載せて焼いたのが始まりだという。珍しい料理なのでテレビで何度か取り上げられたことがあり、すっかり有名になった。あまり漬物っぽくなく、野菜炒めを食べている感じだ。
高山と言えば飛騨牛。ミディアムレアに塩胡椒とワサビだけでとろけるほどうまかった。もちろん値段ものそれなりにする。四片あったが娘と息子ががつがつと食べ、俺と妻の分まで食べようとしたので「一個、二五〇円やぞ、駄目！」とせこいことを言いながら死守した。
おそらく肉のうまさが欧米からの旅行客を引きつける要素の一つだと思う。時間があったら調査したいが、魚のうまいところより肉のうまいところ(牛ブランドが確立したところ)のほうが、観光客、特に欧米からの客を引きつけるのではなかろうか。一度は魚を食べるが、やっぱり肉に帰るというか。親日家のシモン先生ですら刺身は苦手だったし。そのうえ高山にはやはり外国人に人気があると思われるラーメンもある。
鶏肉と野菜を味噌や醤油ベースタレで炒めた料理、けいちゃん。これも普通の野菜炒めな感じ。漬物ステーキとかぶった。
あっさりとした高山ラーメン。あっさりしているから他のつまみと一緒に食べることができる。ラーメンは国内でずっと人気があり続けるが、おっさんになったせいか、こってりで脂ギッシュなラーメンはどんなうまくてももう食べたくない。好きな味は塩だが、醤油も悪くない。
もちろんうまいのだろうが、それ以上に旅先の外食ということでテンションが上がりまくり、食べまくる餓鬼のような子どもたち。それだけガシガシ食べてくれて嬉しいぜ。
もうすぐ仕事が終わりになるワカメ兄貴をツネ君が紹介してくれた。素朴だが社交的なワカメ兄貴は子どもたちにワカメを食べさせてくれたあと、一緒に写真を撮ろうという。行く先々で記念写真を取り、時間に遅れることもよくあるマイペースな人だと聞いていたので、思わず妻を顔を見合わせてニヤリと笑った。
ワカメ兄貴はツネ君と同じ年、つまり俺の二つ下。何年か前に兄貴に昇格したそうで、それまでワカメ小僧と呼ばれていたのだとか。子どもたちも漁師が着るような黄色い繋ぎに興味津々だ。娘がいつも以上に目を輝かせているのは、最近ははまっている漫画�爛疋薀乾鵐棔璽覘瓩療仂貎擁�の衣装に似ているからかもしれない。
息子は目の前のワカメに目を奪われている。鋏で切って食べさせてもらったが、おいしかったらしく、お代わりしている。春先、近所のＮさんに天然ワカメをもらうことがあるが、普段使うのは小さな乾燥ワカメばかりなのでこんな長いワカメが珍しいのだろう。
その間にもワカメコーナーに、主に中高年の女性客やってくる。
「ワカメ兄貴、おばちゃんたちに人気あるんですよ」
ツネ君が囁いてくれた。海がない高山だから新鮮ワカメが珍しいということなのかもしれないが、腰の低さと親近感のブレンドが絶妙で、なおかつワカメへの愛情を感じるのだ。ワカメ兄貴からワカメ王子へ、そして王へとステップアップしていくのは間違いないだろう。
ワカメ兄貴はキャンピングカーに乗り、全国各地を回っているらしい。大きな車好きの息子が「ぼく、みたい」とうので、仕事が一段落ついたところで見せてもらった。
そこは商談する応接室であり、パソコンのあるオフィスであり、書斎であり、寝室だった。
息子や娘、そして妻は目を輝かせている。俺は「こんな生活楽しそう」と自分が全国を回り、ここで寝泊まりする妄想にふける。
まだ打ち合わせが残っているらしいワカメ兄貴だが、各地の映像や自分の歌う様子を移した動画を見せてくれる。サービス精神と自分の世界をしっかりもった人だ。
ツネ君もその都度解説してくれ、楽しい仲間だというのがしっかり伝わってくる。何でもワカメ娘という後継者もいるらしく、ワカメネットワークは今後ますます充実していくだろう。
もう日がだいぶ傾いてきた。いずれにしてもいったん宿にチェックインすることにした。
宿は駅の反対側にあるので、そちらに向かって歩き出すが、妻と娘と息子はバームクーヘン屋でつかまった。屋台会館へ行く時は団子を買い食いし、今度はバームクーヘン。ほんと、買い食いが好きな人たちだ。
「あっ！ Ｎさんからメールが来てる」
高山と言えば前職後輩、妻には先輩に当たるツネ君。突然の高山旅行なので事前に連絡は取っていなかったが、駅に着いたところでFBにメッセージを送っておいた。妻のスマホに何か入ったらしい。
｢『今日、ワカメ兄貴に会うことになっているので、よかったら一緒にどうですか？』だった」
「ワカメ兄貴って誰？」
「知らない。Ｎさん、ボランティアでよく東北へ行っているから、その関係の知り合い？」
頭の中に？が次々と浮かんでくる。いずれにしても一度宿に顔を出すというので、とりあえずチェックインだ。
駅西口にマイクロバスが迎えにきた。客は俺たち一組だけ。紅葉時期で確か予約のとき、あと一室と書いてあった気がするが、みんな車で来るか、チェックインの時間帯が違うのだろう。
*写真は翌朝、宿近辺の風景。そう、紅葉にはグッドタイミングだった。
五分くらいで旅館むら山に着いた。大きな民家を改造した昔ながらの旅館だ。そんな和風だからか外国人も多いのだろう。食事に関した英語の張り紙があるし、迎えにきたいかにも日本人なおじさんも英語を話していた。さすが世界から人が集まる観光都市だ。
部屋は子上がりに洗面所とトイレ、襖をあけると二〇畳くらいの部屋に布団が四つ敷いてあった。外履きのまま布団に飛び込もうとする子どもたちを制し、座布団に座らせる。Ｅテレをつけ、妻が入れてくれたお茶と用意してあったお菓子で寛ぐ。
ふ〜、これこそ伝統的�猩体広瓩澄�
「あっ、Ｎさん、もう旅館に着いたって」
「相変わらず、早いな」
行動的でエネルギッシュはツネ君を思い浮かべながら、子どもたちを急かし、出かける準備をした。
七、八年ぶりにあったツネ君は少し年齢を重ねていたが、興味と問題意識と利他心を感じさせる目の輝きは昔のままだった。
これで東北や熊本に行くという大きなワゴンに乗り込み、とりあえずワカメ兄貴が今働いているスーパーへ行ってみることにした。ざっとした説明によると、生産者と消費者を繋ぐため、ワカメや昆布などを実演販売をしながら、車で全国を回っているらしい。直接届ける関係や全国を売り歩くなど、共感ワードがたくさんあって何だかおもしろそうな人だ。
こうやって一個一個ぶら下げて干している柿を見ながらぶらぶら歩く。勝手に�猯浚海鍬瓩般症佞韻拭�たくさんの家の涙干しを見ながら、桜山八幡宮に隣接する屋台会館の窓口に立った。
目の前のカップルはスペインから来たそうで、おそらくスペイン語で書かれた折り畳みパンフをもらっていた。
入場料は何と大人一人九〇〇円。もう一ヶ所別の施設も見られるというがかなり高い。
「ようし、九〇〇円分の価値があるか見てやろうじゃないの」
同じ重要有形・無形民俗文化財の高岡御車山会館が三〇〇円だから、ライバル心のようなものに火が付いたようだ。
館内は先に入ったスペイン人カップルとずっと先を歩く一組くらいで閑散としていた。
「へえ、やっぱりここも平笠なんだ」
御車山と同じ装束に親しみを覚えた。
屋台は足元の車輪や木組みの太さ、幔幕など高岡のほうが立派だ。ただ大和朝廷に税の代わりに送り出され、奈良の宮殿や寺の建築に従事したという�猗�騨の匠�瓩領�れを引く匠たちの手による彫刻や、屋根装飾の見事さには目を奪われる。
映像コーナーがあったのでそこで高山祭りの勉強をする。そこは座席があってシアターのようになっているので足を止める人も多かった。最初は俺たちとスペイン人カップルだけだったが、最後は五〜六組の客が視聴していた。
高山祭りの屋台は何と二三台もの屋台が残るのだとか。高岡は七台だからその数なんと約三倍。これらが一堂に揃えばさぞ壮観なことだろう。提灯の入った夜屋台も美しかった。さすが全国に五つしかない重要有形・無形民俗文化財の一つ、どちらも日本文化と胸を誇ってよいものだ。
ただ会館のほうは新しいだけあって御車山のほうが展示の構成、順路、音楽、体験ゲームなど洗練され、工夫してあり、子ども連れも楽しめる内容になっている。是非、このまま高岡に足を運んで御車山会館をみてほしいものだ。
そう思いながら会館をあとにしたのである。
一時間半で高山駅へ着いた。ホームは人がごった返している。どうやらここで名古屋行きの四両が接続されるらしい。いる人は大きなバッグやスーツケースを持った東洋西洋問わず外国人が多い。さすが人気の観光地だ。
実は今回の小旅行には一つテーマがあった。外国人に富山県を、高岡を素通りさせずにどうやって呼び込むか、高山からヒントを得ようというものだ。
息子をトイレに連れていったりして改札を出るまで時間がかかった。左側に高山祭りの屋台の一部を展示したスペースがあった。外国人が来る入口となる新幹線新高岡駅にもでかい兜のモニュメントや工芸品が展示された観光案内所はあるが、そこから高岡駅への流れをどう作っていくか。高山の場合、新高岡から高岡へ行くまでの範囲の中に観光地がほぼまとまっている。高岡は瑞龍寺と利長墓所くらい。伝統的町並みは高岡駅からさらに同じくらい歩いて行かねばならない。だから観光地を巡るバスを走らせているのだろうが、荷物を預けてまで見に行こうと思わせられるか。日本的情緒では高山や金沢、ましてや京都や奈良ブランドには敵わない。だから体験型というのは悪くないが……。そんなことを考えながら観光地側へ進んだ。
時刻は三時ちょっと前。土曜日で紅葉時期ということもあってか、観光地はかなりの人出だ。
街並みに行く間に高山名物大きなさるぼぼがいたり、
山下清の顔出しパネルがあったり、子どもが喜びそうな、無料の装置が用意してある。
庭の木一本にも情緒を感じる。
下二之町の混雑ぶり。写真ではそれほどでもないが、実感として祭り並みに混雑していた。あと女子と呼ばれる人たちが好きだろうなあという興味深い店もたくさんあった。
俺たちは日本で五つある有形・無形民俗文化財の高山祭りの様子がわかる屋台会館へ向かった。
会社の駐車場へ車を停めさせてもらい、リュックを背負った。駅まで歩いて七〜八分だが、富山は高岡と同じで路面電車が走っている。乗り物好きの息子やお祭り好きの娘が「のりたい！」と主張し、まずそれに揺れらることにした。
改札を抜け、特急ワイドビューひだ乗り場へ向かった。富山駅は高架になり、風情はすっかり変わった、だけでなく売店や立ち食い蕎麦屋など一切なかった。しょうがないから娘と改札の外に弁当を買いに行くことにした。ところが娘の切符は妻が持っていたので改札を抜けることができない。「ちょっと待っとけるか？」と聞くと「大じょうぶ」というのでそのまま待たせた。こんなところで一人で待っていられることに成長を感じる。幕の内と三食弁当と暖かいお茶を二つ買って改札へ戻った。娘は元の位置でちゃんと待っていた。
特急ひだはこちら側からグリーン、自由、指定席二両の四両編成だった。それにしてもこの特急に乗るのは何年ぶりだろう。おそらく九九年に仕事のため名古屋から高山まで乗って以来だから十七年ぶりか。
待っている人もそれほどでもなく、二人掛けを対面にして楽々と座ることができた。
早速弁当を広げる子どもたち。娘は三色弁当だがあんまり分けてくれず、幕の内を三人で食べる。最後は分けてくれたが「いくらはだめ」「タマゴのところはだめ」「うめぼしちょうだい」と制約や要求がうるさかった。
ワイドビューは空いたまま出発した。それにしてもこの列車の景色は見事だ。市街地を抜け速星に行くまで神通川や立山連峰が見送ってくれ、八尾を過ぎたあたりからは里山の紅葉がお出迎えしてくれる。山はどんどん奥山となり、空は狭まっていくが、青空と紅葉と緑の川のコントラストが「This is the first Japanese beauty！」と息を飲むほどだ。高山は外国人観光客が多いと言うが、この時季のこの景色を見ないのはもったいない。富山を素通りして高山→金沢コースなんてガイドブックに乗せられたamateur travelerだ。それとも自然は征服するものと考える外国人、特に欧米人は、人の造った街並みには関心を示すが、自然美にはさほど感動を覚えないのだろうか。機会があったらシモン先生に聞いてみよう。
そして特筆すべきことが一つ。何と八尾から富山が誇る大女優の一人、柴田理恵さんご一行が乗り込んできたのだ！ 声のでかさ、話しかた、富山弁、雰囲気、おばちゃん笑い、すべてが本人を思わせるそっくりさんだったけど。だけどこれだけ似ているのは姉妹か従姉妹に違いないと妻と頷きあった。
このご一行、六人ぐらいの集団で、うちの子どもたちの騒がしさを帳消しにしてくれるくらい豪快に楽しんでいたのだが、最後は「他のお客様のご迷惑になりますので」と車掌にやんわり注意されていた。
美しい列車の対面シートに乗った息子は楽しさマックス、テンション揚げ揚げではしゃぎまくっていた。あちこち席を移動し、真ん中のバーに座ったりして。ところが特急ひだはかなり揺れる。そして座席と通路に二〇センチくらいの段差がある。
クイッと曲がった瞬間、頭から通路に落ちた。いちおう抵抗しようとしたのだろう、その瞬間はスローモーションのようにゆっくりだった。
だけどやっぱり（一番重い）頭から落ちるんだな。大声で泣く息子の頭をすりすりしながら思ったのである。
一週間の仕事を終えた金曜日、俺は心地よい酔いに包まれてパソコン向っていた。
来週の土曜日は妻が遅くまで取材があるって言ってた。再来週はナリＰ夫妻が来るし、その次の日曜には息子の発表会がある。……だが今週末は特に予定はない。
先月までならキャンプだが、近場はほぼ行きつくしたし、「寒いから嫌だ」と妻と娘は付き合ってくれそうにない。
「そうだ、飛騨高山へ行こう！」
突然思い浮かんだ考えに興奮した。
念のため、突然仕事が入ってしまう妻に確認の電話を入れたら、「大丈夫、何もない。いいよ〜」と乗り気だった。ネットで宿泊場所を探したら、案外簡単に、さほど高くなく、それも温泉が見つかった。予約を入れ、忘れちゃ困るとプリントアウトしておいた。
翌朝、そんなことを思いついて予約したことなど、全く覚えていなかった、なんてことはなく、しっかり覚えていた。そして一泊分の宿泊の用意を始めたのだ。
実は飛騨と富山は昔から縁が深い。氷見鰤を運んだ鰤街道やノーベル賞受賞者をたくさん輩出したノーベル街道、ＪＲ高山本線、東海北陸道などで繋がっているからだ。そういえば高山出身の清水みち子さんも富山へよく遊びに言ったとかつてテレビで言っていた。
車で行ってもおそらく三時間はかからないだろう。荷物も片っ端から詰め込めるし、コスト的にも安い。だが旅と言えば列車に勝るものはない。ワンカップなど飲みながら、きれいな景色を眺め、ごとんごとん列車に揺られるほうが旅情がかきたてられる。それに列車を使った方がよく歩いて健康にいい。何より乗り物好きな息子が大喜びだろう。
「よし、富山まで車で行って、高山本線に乗ろう」
列車の旅という心地よく、浪漫あふれる状況に浮かれながら、十一時過ぎ我が家を出発した。
月曜日。スーパームーンだということは通勤途中のラジオで知った。そして雨だということは目の前でよく働くワイパーを見ていればすぐわかった。
火曜日。スーパームーンの翌日。だが月はまだまだ大きいだろう。だがこの日も雨。二日続けてワイパーが大活躍だった。
ところで�犧擇硫屬箏遒賄譴貌�は西に�瓩箸いη亢腓�あるし、太陽と月は対照的に言われることから、月は太陽と反対に西から上って東に沈むものだと勝手に思っていた。だが実はそれは違うことをラジオで知った。月は太陽が西に沈んだ頃、東から昇り、太陽が昇る頃、西に沈んでいくのだそうだ。つまり時間差攻撃なだけで同じ軌道だ。そう言われれば今よりもっと早く起きている頃、その事実をちゃんと目撃していた。それなのに理解してなかったなんて、思い込みというか、何も考えてないというのは恐ろしいことだ。
水曜日の朝、最近の起床時間である四時に起きたら、やけに室内が明るい。あっ！ と思って外を見たら、スーパーではないが大きな月があたりをしみじみ照らしていた。昨晩は雨だったが、天が気まぐれで月を見せてくれることにしたらしい。
それにしても月って何て優しいんだろう。
日曜日にも関わらず、妻の仕事は続く。国際交流イベントの次は児童クラブ主催の子ども祭りだ。
車で十分くらいで会場のおとぎの森公園へ着いた。さすがに混雑していて駐車場探しに苦労したが、ちょうど一台出て行ったところへ停めることができた。
学校から案内チラシをもらっていた娘はチャレランというのをやりたがっていた。色んな競技(遊び)にチャレンジし認定証をもらうというものだ。
俺と息子がミニ電車に乗っている間、娘は缶積み(結果は十本)やフリフリ(何のことかわからないが一二二回)をやった。
合流したとき、ちょうど我が校区の児童クラブが担当しているスリッパ飛ばしをやるところだった。知り合いのよっちゃんパパに挨拶し、娘のスリッパ飛ばしを見守る。高く舞い上がったスリッパは風に乗ったのか、思いのほか遠くへ飛んだ。記録は八・九メートル、マイク・パウエルの走り幅跳びの世界記録(八・九五メートル)とほぼ同じだ。
「すげぇ！」
思わず叫んでいた。
そしてグランドゴルフへ。パー五のところをパー五で終了。これはまあ普通か。次はボール投げ。スピードガンは壊れていたので担当者が適当に言った五〇キロだが、的のネットに初球ですっっぽり入っからやっぱり「すげぇ！」。
認定証をもらった娘は大満足だったから、間違いなくチャレラン金メダルだろう。
息子がずっと「ぼく、あれやりたい」と手を引っ張って連れていこうとしていた�爐佞錣佞鎰瓩波瑤喞靴諭⊂召椶辰�りでクリスマスツリーを作り、ぐるりと一通り見学し、寒くなってきたので帰ることにした。
「ああ、ここ寄ってみた〜い。すぐ出て来るからいい？」
おとぎの森公園の駐車場を出て一分、答えを待つまでもなく妻は車をケーキ屋＆カフェの駐車場へ突っ込んだ。
「まりんも」
「ぼくも」
三人でカフェへ入っていった。ケーキを食べるより、じっくり本を読んだほうが幸せな俺は車に残って読書だ。
それから三〇分、彼らはカフェの中でじっくり時間を過ごし、俺ものんびりとページをめくった。
子ども祭りのあとは大人祭りだったのである。
図書館のあるウィングウィングの四階で毎年恒例の国際交流イベントがあった。
以前なら異文化に興味があっても積極的に参加することはなかったが、英国を経験したことと、昨今の何ら恥じることのない排外主義の台頭に対するアンチテーゼとして、参加してみることにした。
ちょうど始まったばかりで開会式をやっていた。妻は取材を兼ねているので、写真を撮るためあちこちを歩く。俺と子どもたちは目の前にあった英国紅茶を飲むことのできるテーブルに座り、出してもらった無料紅茶と俺はブラックで、子どもたちは冷ますためミルクをたっぷり入れた紅茶を飲んだ。
開会式は終わり、ステージでフィリピンの伝統音楽と踊りが始まった。俺たち、というか子どもたちはブラジル人コミュニティのおじさんに声を掛けられ、輪投げで楽しんだ。娘は花の形をした耳かき、息子はクリスマスツリーに飾るきらきらボールをゲットした。
妻はあちこち動いている。混む前にということで受付で買った食券でブラジルお菓子、ロシアのボルシチ、中国の餃子、パキスタンカレーを買って、テーブルに座った。その頃になるとかなり人は増え、座る場所を探すのも一苦労だった。
第一段階は国際交流のようなこうしたイベントだろう。おそらく参加しやすく、触れやすく、理解しやすい。問題は次の段階、一過性ではない継続的な�狢進顕酋�生�瓩澄�
合コンで芽生えた好ましい感情が、付き合いが始まるに連れ、幻滅し、嫌いになってしまうということだってあるだろう。それを乗り越えるというか、ありのまま受け入れることで多文化共生になる。
拙い分析では○○人という集団で見るとちょっと変な言動がその集団すべてのように思い、巨大な不気味さというか圧迫感というか引く感情を持ってしまう。それをそのまま放置したり、高じると嫌悪になる。
だが△△さんという個人として見れば変な言動はちょっとした違和感でしかない。それは日本人同士だってよくあることだ。つまりいいところも悪いところもあるから人なんだという穏やかな諦め、ちょっとした悟りだ。
我が家の子どもたちがこれからどんな思想を作っていくかわからないが、居心地のいいホームから隣の家に石を投げ、溜飲を下げることだけはしてほしくない。幸い今のところ、どんな人でも文化でも興味を持って見てくれている。
ワトトコンサートのの帰り、どこかで飯を食おうということになった。
娘はいつもながらのパスタを主張し、俺は居酒屋、妻は妥協を図るべく色んな案を、息子はそのたび「ぼくも〜」と付和雷同する。
結局言ってみたことがないところがいいだろうと、妻のFB友達が以前書いていたＲ八近くの居酒屋に行くことにした。
チェーン店でない居酒屋はカウンターの上に大皿で惣菜が並べられていた。個室の小部屋では小さな子どものいる親子三代の小宴会が開かれている。俺たちは大きなテーブル席に隅っこに座り、色々なものを注文した。
注文が出てくるのは早くないし、値段も決して安いわけではないが、知り合いの家で寛ぐ安心感や丁寧な、かといって過干渉ではないおもてなし感がある。娘や息子は常連のような顔で手羽先に食いついている。
うちの近くにあればな…
街場近くの住居をちょっぴり羨みながら、日本酒をぐびりと飲んだのであった。
県公安委員会から五年ぶりに�牘薪礁筏�更新�瓩里�知らせが届いた。
思えば前回の二〇一一年は、妻の転勤で東京で暮らしていた年だった。翌年度からロンドンへ行くことがほぼ決まっていて、体は日本にありながら気持ちはロンドンへの期待と不安でいっぱいで、あまり地に足が付いていなかった。
当時のことを思い出そうと前回の免許更新のブログを読んだ。あの頃の気持ちや状況が走馬灯のように蘇える。漠然とではなく、具体的に過去の状況や心境を思い出せるから、記録を残しておくのはいいことだ。
二〇一一年一二月二日のブログにはこんなことを書いていた。せっかくだから比較できるところを比較してみよう。
９時１０分講習が始まった。講習生は１９人、教室くらいの大きさなのでガラガラだ。
同じ市内の会場で講習が始まったのは九時五分。連休の谷間(十一月四日)だったせいか、「今日は普段より更新の人が多い」と講師が言ったくらいかなり人がいた。三〇人くらいいただろうか。
講師はまず県内死亡者数について説明する。
「一昨年は５９人、昨年は５８人。県内では徐々に死亡者数が減っています。これは交通戦争と言われたときよりもずいぶん減りました。それでは県内で一番死亡事故が多かったときは、何人くらいの人がお亡くなりになっていたでしょうか。１００人以内だと思う人？」
２人の手が上がる。
「１５０人以内だと思う人？」
ほとんどの手が上がる。
「それじゃ２００人以上だと思う人？」
手は上がらない。
「正解は昭和４６年の２３１人です」
「ほお」
オレを含めた２、３人から驚きの声が上がった。
去年、交通事故件数、負傷者数共に下がったが、死者数だけはかなり増えた。二〇一一年、五〇人だった死者数は四七人、五三人、四四人とほぼ横ばいだったのに二〇一五年は七〇人を記録した。全体のほぼ六〇％を六五歳以上の高齢者が占めているという。
あとは道交法の改正ポイント（飲酒運転罰則強化、後部座席のシートベルト着用、中型免許）を聞き、講習はあっさり終わった。
今回の改正ポイントはラウンドアバウト(英国風に言えばランナバウト)。現在全国に四八ヶ所あるが富山県にはまだない。だが二〇一八年、上市町にできる予定なのだとか。「ないなら別にいいじゃん」と思ったが、確かに他県に車で行くことはあり得るわけで、混乱しないために教えておくことは必要だ。
ウィンカーの出し方や徐行しなかればならないなど、まず交通ルールに従わせようとしていたのが日本的。事故を起こさない、運転手が混乱しないということを優先するのであればただ一点、「右から来る車が優先」だけを強調すればいいのだ。
そこで三〇分の講習はあっさり終わった。
あれから五年、息子が生まれ、その息子が三歳になり、娘はロンドンのナーセリー、小学校、日本の幼稚園、小学校と通算四つのコミュニティに通い、妻はあの頃より数倍忙しそうにしている。俺も想像だにしなかったサラリーマン＆主夫(最近こちらはサボり気味だが)になっている。
長いようで短く、それでも濃い五年間だった。免許更新は改めて五年前を振り返ってみるきっかけになった。
追記
英国では運転免許更新は十年単位。国際免許が切れた二〇一三年、ウィンブルドンの運転免許センター(？)で更新した免許書はまだ英国(おそらく他のEU諸国でも)で使える。だがまさかあの頃、英国がEUから抜ける選択をするとは思いもよらなかった。そうなるとEUでは使えなくなるのだろうか。
USAと言い、日本と言い、信じられないことが起こる。五年後、まだ生きていればどんなブログを書いているのだろう。
アフリカ人の子どもたちのコンサートがあることは妻に聞いた。当日券が残っているかわからなったが、とりあえず会場のクロスランド小矢部のホールへ行ってみた。
駐車場はガラガラだったのでチケットもあるだろうと思っていたら、やっぱりそうだった。ガラガラだし、全席自由席なので入ってみることにした。
妻と子どもたちは前方真ん中あたりがいいとそこに座った。俺は途中で車に戻ることも考慮に入れ、最後尾の真ん中エリア通路側に座った。
コンサート前のスタッフによる前説が始まった。ワトトとは内乱があった国で孤児となった子どもたちが、キリスト教会の支援やスポンサーの資金の下、集団で暮らすビレッジだという。
(終わったあとも別の人による説明があったが、結局その国はウガンダなのか、ルワンダなのかよくわからなかった)
映像や日本語通訳が入るトークなどを交えてコンサートが始まった。
音楽はゴスペルだが、歌の日本語字幕がスクリーンに出るので、これでもかとばかりにキリスト教やジーザスやあなたの子がアピールされ、かなり引いた。
だが子どもたちのキレッキレの踊りや、ちょっと大きい(十代後半くらい)子の歌のうまさ、五歳くらいの男の子が緊張しながらもしっかりと意見を話す様子など見ていると、自分なりの生きている意味を見つけて頑張っているなあと応援したくなった。
立ったり、ステップを踏んだりにはついていけなかったが、結局最後まで見て妻や子どもたちの席へいった。
異文化を違和感なく受け入れ、なおかつ単純で健全な娘は「大人になったらワトトではたらく」と宣言し、問題意識高い系の妻は募金袋に千円いれ、音楽好きな息子は満足げににこにこ笑っている。
俺は引いてしまった気持ちと、応援したい気持ちにうまく折り合いをつけることができず、ホールを出てそそくさと車に戻った。
妻や子どもたちはワトトの子たちと会話を交わし、写真を取り、それから二〇分近く、戻ってこなかった。
俺はともかく、子どもたちにとって音楽が宗教や国境や思想心情など色んなものを越えて心に届いているのが嬉しかった。
旧福岡町は養鯉業が盛んだった。なので鯉の釣堀がある。
カープファンの俺とすれば、鯉を釣るなんて罰当たりなことはできない。だから妻と子どもたちが見学に行ったとき、車の中で本を読んでいた。
「金魚の釣堀があったよ。子どもたちがやりたいって〜」
財布を取りにきた妻が楽しそうに言う。
「金魚釣りか〜。なら俺も見てみよう」
本に付箋を挟み、車を降りた。
二〇分一〇〇〇円だが、竿を二本借りると一五〇〇円らしい。さっそくお金を払って妻が戻ってきた。
練りエサを、かえしのない(突起物がないため、口から取りやすい)針につけ、糸を垂らす。大小さまざまな金魚が寄ってきて餌を突いていく。
娘が竿を引き上げた。だが釣れたはずの金魚は水面にポチャリ。娘は大層悔しがっている。それから闇雲に竿を引き上げるので釣れるはずもなく、エサもどんどん無くなっていく。
「こうするんだよ」
見本をみせ、手元にくくっと来たときさっとつり上げた。子どもたちが羨望のまなざして見ている。親父の面目躍如だ。
その後娘や息子は楽しく真剣に取り組み、結果、大小さまざま七匹の金魚を釣り上げることができた。
釣った金魚は持ち帰るのではなく、そのまま釣堀に放流。でも支払った分、十分楽しめた。子ども連れにお勧めです。
高岡駅クルンの地下の支柱にしりとりコーナーがあった。
大きな付箋に絵を描いてしりとりをしていくもので、誰でも参加できるという。何の絵かわからない人のため、付箋の下に文字で答えが書いてある。
「おもしろそ〜」
「やりたい！」
積極的な我が家の女たちが絵を描き始めた。最後の絵はネズミだったので�爛澂瓩�らだ。
まず娘が描いた。次いで妻。そして俺、ではなく妻と娘が合作した。最後は妻が、そして息子がペンでぐじぐじした。
俺もパーカッションを書こうとして慌てて筆を止めた。そしてパインを、いやパンを、駄目だ、ンのつく言葉しか思いつかない。
あっ！ パンナコッタがある。だがどんなものかよく知らない。
そうか、パーソナルコンピューターなら毎日触っているから描ける。略してパソコ……。
「四人家族で五枚描くのもな、そろそろ行くか」
俺は嘯き、彼らを促してクルン地下をあとにしたのである。
娘が子ども英検試験を受けている間、利長墓所で歴史の勉強をしてきた。講師は妻なので心もとないが、いろいろ教えてもらったので記しておこう。
瑞龍寺から八丁道をほぼ東に歩くこと890メートル(ああ、ほぼ八丁だから八丁道なのか、今気付いた)。国宝瑞龍寺には観光客が多いが、利長墓所はほとんど観光客もなくひっそりとしている。
だがこの墓所、今でこそそれほどの面積ではないが、昔は今の芳野中学校や庭球場、武道館のあたりまでが全部敷地で外堀まであった。大名の墓としては日本最大級だ。
そしてこの墓所前の灯篭、これまた日本最大級らしい。だがなぜか向かって右側にしかない。左側の灯篭はどこに行ったのだろう？
みんなそれを疑問に思って、いろいろ仮説を立てた。船で運ぶ途中、川に落としてしまい、ここまで持って来れなかったという仮説があった。その人たちが庄川を探して見ると、この一番上の庇の部分が見つかった。……当時のことだから運んでいた人、船頭など、大変な罰を受けたことが容易に想像できる。そういう意味で権力者、もしくはその権力に依拠するものってロクなもんじゃねえ。
この灯篭、おそらく乗っけているだけだ。中越だか、能登地震のとき、灯篭の下敷きになって亡くなった人がいたが、その危険性は十分にある。そんなことを考えて息子を素早く呼び戻した。そういう想像(時に妄想)が働くところが、高所恐怖症などに繋がるのだ。だがおよそ三五〇年間、まだ一度も落ちたことがないという。だがそれはこれからも続くという保証にはならない。
この灯篭、北東方面に切り込みがある。なぜかと妻に問われ、玄武とか朱雀とかそんな昔から続く陰陽道絡みだろうと想像したが、そこまでだった。北東と言えば鬼が出入りすると言われ、嫌われる鬼門。その侵入を防ぐため、そこに切り込みが入れられたのだとか。だが疑問に思う。切り込みを入れたら、余計鬼が進入しやすくなるのではないかと。そこを突っ込むが、俄か講師はわからなかった。
墓所には色んな形の灯篭があるが、これが一番雰囲気があった。回りの景色と共に、ジブリ映画に出てきそうな灯篭だ。丸い上を平らにしてあるのだろうが、よくこんなデザインを思いつき、よく作ってみたものだ。職人の技巧や心意気を感じる。しばし見とれ、息子を呼び戻すことを忘れた。
俄か講師だったが、改めて説明を聞くとなかなかおもしろかった。だが以前から思っていた一番の疑問点は結局わからずじまい。知っている人がいたら教えてください。
なぜ墓所は、菩提寺である瑞龍寺の総門や山門、仏殿、法堂と向かい合わず、北に向かってぐにゅっと曲がったところにあるのか。(仮説：城＝今の古城公園をバックにし、従えているもしくは守られている構図にしたかった？)
利長墓所はもう少し、観光地として注目されていい場所だと思う。墓所だからひっそりしていたほうがいいという意見もありそうだが、利長は人が集まる、賑やかな高岡を喜ぶだろう。自分が開いた街なのだから。
