たとえば映画であっても演劇であっても(たとえば料理であっても)、監督や演出家の(あるいはコックさんの)意図が絶対なのではなく、お客さんのフィルターを通して感じたものが重要だし、真実だと思う。

なので、作品制作の意図などを記すことが正しいのかどうか僕にはわからない。

もし、今回の公演を見てご満足いただけた方であれば、以下の文章を読んで頂く必要はないと思います。

 

でも今回は、有名な戯曲を使い、有名な作品をモチーフにしました。元の作品を知っている方であれば尚更、イメージとのギャップに遮られた部分もあったかと思います。

 

特に「かみふうせん❤」に関しては、観る人の側が消化不良を催す可能性を含んだ作品を上演してしまった。

と言うよりは、確信犯的にそういう作りにしたので、記しておきます。

 
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【紙風船について】

岸田國士「紙風船」は大正時代に書かれた作品です。

新劇のスタイルで上演されるのが基本だと思うのですが、僕は新劇について勉強したことはありませんので「新劇らしさ」というものは皆目、見当がつきません。

とにかくテキストを大事に、戯曲で表現されているであろう大切な部分を丁寧に、と心がけました。それに尽きます。

その上で遊べるところは遊びました。テキストは言葉を縛りますが、インクののっていない余白で自由に生きることこそが俳優と演出の仕事なのではないかと思っています。

あとは「かみふうせん❤」との兼ね合いで演技としてはっきりとしたもの、観る側を楽しませるもの、観る側に「伝えられる」演技、というところを意識しました。

若い夫婦の初々しさと、倦怠。相反する難しい心情・状況を俳優さんはとても素敵に作り上げてくれたと思います。

 

【芋虫について】

「芋虫」は僕が書いた作品です。初稿は六、七年前になりますが今回が初上演です(「『キャタピラー』を意識したの?」と何度か聞かれましたが偶然です)。

岸田國士さんの名戯曲に挟まれて僕の台本を上演するのは非常に気が引けたのですが、若夫婦ものという共通点もありましたし、なにより僕の伝えたい演劇の魅力をある程度網羅する上で、紙風船の2バージョンに加え上演したいと思いました。

 

江戸川乱歩の「芋虫」に触発されて書いた作品ですが、原作の根幹をなしていたグロテスクさ、妻の持つサディスティックな部分はほぼ描いていません(翻案というかたちでは生かしていますが)。

おそらくはこの翻案の時点で入り込める人と、入り込めない人を大きく二分してしまう作品になっていて、ひょっとすると「inspired by 江戸川乱歩「芋虫」」という部分を書かない方が楽しめる人の絶対数は増えたのかもしれない、と思います。チラシを刷る時点でも迷いました。でも僕自身が、ここまで不遜に大きく違う物語を書いていてもなお、「これを機会にもし読んでいない方がいればぜひ、江戸川乱歩の「芋虫」をぜひ読んでほしい」という気持ちを捨てきれなかった。終わった今も、ベストではなかったかもしれませんがベターな選択であったのではないかと思っています。

 

明るいシーン  →暗いシーン  →明るいシーン  →暗いシーン

冗談っぽいシーン→真面目なシーン→冗談っぽいシーン→真面目なシーン

 

と、極端な波を意図的に作ってお客さんが見やすい、飽きにくい構造を目指して書きました。

ついさっきまで笑っていた人が、今は不幸のどん底にいる。誰が悪いわけでもなく、けれど、正しいわけでもなく。そういった人生のある一点では起こりうる、大きな振り幅とメリハリ。

そして「演じてるような冗談(=嘘、あるいはそれに近いもの)」と「素の部分(=本音)」との対比。

嘘は「かみふうせん❤」にも埋め込まれていて、僕の初演出作品だった『少女地獄』でも重要なキーワードでした。カップルや親しい男女の間で交わされる冗談に僕はある種のわざとらしさを感じています(もちろん僕自身が好きな女性に対するときも、客観的に眺めることができたなら相当にわざとらしいのは間違いないでしょう)。照れや愛情というものが大きな部分を占めますが、僕が注目している点は「二人の間だけで成立するギャグ」というのが多用される点です(もちろん人によって頻度は違いますが)。

例えば僕の古くからの友人のK野君は嫁のSちゃんがちょっと不機嫌そうにしていると(時には不機嫌そうにしていなくても)唐突にSちゃんの鼻に触れるか触れないかの位置で自分の5本の指をもにゃもにゃさせます(説明が難しいのでイイ感じのもにゃもにゃを想像してください)。例えばある人にとってそれは、テレビに出ている芸人の一発ギャグかもしれないし、親しい友人やあるいは彼女のモノマネだったりするかもしれません。

(往々にして男性諸氏のこういった苦労は女性から「ちょっと飽きた」みたいなリアクションを受けがちなのですが、こういう面倒くさい行為を繰り返すことによって男性はある種の安心感を与えようと頑張っているのだと僕は思っています。島木譲二のパチパチパンチは笑えませんが、安心するでしょう? 新喜劇を見に行っているのにパチパチパンチがなかったら不安になりませんか?)

芋虫も俳優さんたちは素晴らしい演技を見せてくれました。

いろいろな嘘と本当を物語にのせて、きちんと僕が見せられてさえいれば、楽しんで頂けた作品だと思います。

サブちゃん(少年役)の「奥さん、俺、赤紙がきたんです」も、

本当に赤紙が来たのか、

優しさや罪悪感から生まれた嘘だったのか。

観ている方にはどう映ったでしょうか。

 

公演中、映像・テロップが半分以上流れなかった回がありましたので後日、公式サイトのほうに上演台本をあげておきます。もしご興味があれば覗いてみてください。