「種市」での、根本きこさんとの対談を、「雛形」さんがしっかりまとめてくださいました。
対談は多岐にわたり、こりゃーまとまらないぞーと思っていたのですが!
すごく要旨がわかりやすいです。

コチラです。
ただ、それ以上に、前編の、岩﨑さんのお話を読んでいただきたいです。

言い忘れたとしたら、生産者さんと、同時に流通というか、心ある八百屋さんも同じくらい大事、ということですね。

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問題は山積みです。
種子法も廃止され、輸送費もさらに上がり、原発は、核廃棄物の廃棄方法もわからないまま次々再稼働されます。環境汚染も刻々と。
本来「知」とは、原発を停止しても、人びとが豊かに争わず暮らせるように、新システムを構築する力であるべきです。同時に、お金が少ない人びとも困らないようなシステムを構築すること、だと思うのです。ですが、現在は(も?)、逆にというか、利己主義に、人びとの対立や困難も利用するために使われているように見えます。

でも、時代は移り変わっていきますし、心ある、懸命な方達、愉しい方達は沢山いらっしゃって、人はやっぱり素敵だなあと思うことができます。
論理的に理詰めでいくと、それこそ「打つ手なし」と思えますが、でも、どっこい、人生は世の中はいつだって「想定外」にすすむもの。「時代」「時」という生き物がいますからね。人の頭で想定したことなんて、すぐ覆されます。
私達が「種市」をやってみようと思ったのもそれなんです。とにかく何かやってみようと。厳しい状況だからこそ。そこから広がる風景は違うものが見えてくるのではないかなと。

どんなときも、諦めないというか、たのしくなる力がいいなと思います。
どんなときも、人・生き物は「食べる」わけで。
今日も台所に立ち続けていきたいし、台所に立つ自由があることに感謝しています。