福西式お灸・指圧blog

狭山養生鍼灸院

2015年07月

 わが国のハリ・灸医学をヨーロッパに紹介するのに〝力〟のあった、エンゲルベルト・ケンペル(Engel-bert Kämpfer)の話を続けましょう。

 オランダ商館の医師として元禄3年(1690年)に来朝したケンペルは、驚くべき好奇心をもって、日本のあらゆる事情について書き記しています。後年、それらをまとめて出版したのが『日本誌』です。

          「もぐさ」が各国の語源に

 
下記の図は、この本に出てくるハリ・灸医学に関するツボの説明図です。ケンペル2
 また彼は、灸療法のことを『もぐさ』(Moxa)の名とともに紹介しました。現在、灸療法のことを英語でmoxibustion ドイツ語でMoxibustion フランス語でmoxibutionと呼んでいますが、いずれもその語源がわが国の『もぐさ』にあることは明瞭です。

                 ◇    ◇

 当時、ハリ・灸医学は、すでに中国からもヨーロッパに紹介されていました。にもかかわらず灸療法がわが国の『もぐさ』に語源をもつことは、当時すでに、灸療法の主流が日本にあったことを示しています。現代中国にあっても、ハリ麻酔に代表されるようにハリ療法が中心であり、灸はあまり実施されていません。あっても、間接灸です。だから、お灸の最先進国は日本なのです。

狭山養生鍼灸院 福西佐元
  【上記は地方紙に掲載されたものです】


 わが国のハリ・灸医学がヨーロッパに紹介されたのは、南蛮人つまりポルトガル人によってでした。時は戦国時代であり、代表的な人物がルイス・フロイスです。しかし、彼らの母国ポルトガルが凋落したことにより、彼らの著書も埋没することになりました。

 ヨーロッパ中にわが国の事情が本格的に紹介されるのは江戸時代になって紅毛人つまりオランダ人によってです。

              ハリを広くヨーロッパに紹介

 
江戸時代に来朝したオランダ商館付の医師は百数十名の多きに達していますが、日本を最初に紹介した人はエンゲルベルト・ケンペル(Engel-bert Kämpfer)です。彼はドイツ人ですが、商館付の医師として1690年(元禄3年)に来朝しました。


           ケンペル 1


 彼はわが国滞在中の見聞をもとに本を何冊も出版していますが、代表作である『日本誌』の中で、鍼(ハリ)および鍼箱の図を掲載しています。それが上記の図です。おそらく、わが国のハリがヨーロッパ中に紹介された最初のものであろうと推察されています。

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  【上記は地方紙に掲載されたものです】

 21年の歴史ある『お灸指教室』を今年度後期も開きます。(平成23年10月第4週~平成24年3月。毎月2回ずつ計10回)。

 熱くない・アトのつかない“八分灸”と医学的指圧を、それぞれ簡単な器具を使って自分でできるようやさしく指導します。

 前回まで、八分灸ががん予防に効果があることを、いろいろ状況証拠を積み重ねて説明してきました。では、どこにすえるのか。昔から図の『足三里』というツボがよいと言われています。三里について誰でも思い浮かぶのは松尾芭蕉の『奥の細道』です。その他三里についてすでに私の書いたものを挙げてみましょう。兼好法師の『徒然草』(一四八段)、神沢杜口の『翁草』(おきなぐさ)、滝沢馬琴の『玄同放言』(げんどうほうげん)がすぐに思い浮かびました。この外にも、昔から多くの人が、三里に灸をすえると呆けずに丈夫で長生きすると、口を酸っぱくして述べています。長生きするということは即がんの予防になっていることを示します。がんは老化現象である、とすでに理由をあげて説明しました。老化を遅らせる八分灸は、まさにがんの予防になっているのです。


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                無理なくがん予防


 八分灸をすえると自律神経の調整が行われ、それを通じてホルモンの調節、免疫システムの強化がはかられます。つまり、身体自身に、その時点において最適な状態にもっていってもらうのです。人為的なサプリメントなどと違って無理なく自然なのです。だから副作用や害が発生する余地がありません。お灸が何千年も続いてきた理由がここにあります。
 『青い鳥』は身近にいるのです。

 日程は毎月2・4(水)の1時30分~3時30分で、案内書をお送りします。昔の人の言いつけを守りましょう。

狭山養生鍼灸院 福西佐元
  【上記は地方紙に掲載されたものです】 

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