福西式お灸・指圧blog

狭山養生鍼灸院

2015年09月

 

 前回、ハリ・灸の先人である岡本一抱について、次のような話をしました。
 
 一抱は師から破門された後、医者としての出世をあきらめ、古典の解説書をつくることに使命を感じていました。また、一抱は歌舞伎や浄瑠璃で有名な近松門左衛門の弟に当ります。

 今回は、兄弟間の会話を浅田惟常の『皇国名医伝』から引用しましょう。漢文をとばし読みしていただいても結構です。


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簡単に解説しましょう。なお『矻矻(こつこつ)とはコツコツ仕事をすることであり、『鹵莽(ろもう)』とは軽率な者の意で、『諺解(げんかい)』とは解説書のことです。




大人物らしい兄と弟の会話




ある時、一抱が兄に尋ねました。「兄さんは世に珍しいすぐれた才能をもっているが、していることは歌舞伎や浄瑠璃の脚本書きで、世に益のないつまらぬことだ。大変惜しいではないか。」これに対し、兄の門左衛門が笑って言うには「お前を見ていると、毎日コツコツと古典の解説書をつくっている。自分の恐れるのは、後世の医学を勉強する者が、手取り早くお前の解説書だけを読んで、その原理を研究しなくなる。そんな軽率な者が医術を行なって、人の命を落とすようなことになるのではないか。そうならば、お前の書物は世の害になるぞ。」これを聞いて一抱は大いに悟る所があった。ちょうどその時、『()(もん)』という古典の解説書ができ上がる寸前であったが、これを中止して以後再びつくらなかった。



上の会話は(すご)いことを言っています。弟が兄のしていることは世に益がないと言えば、兄は弟のしていることは世に益がないどころか害になるぞ、と言い返しています。それを聞いた弟が、大いに悟る所があるとして、まともに受けとめているところに、おもしろさがあります。まさに超一流人物の間の会話と言えましょう。


狭山養生鍼灸院 福西佐元
  【上記は地方紙に掲載されたものです】
  
  

 


 


 



 


 ハリ・灸の道における偉大な一人として岡本
一抱(いっぽう)という人の話をしましょう。



 一抱は江戸中期の人で、歌舞伎や浄瑠璃で有名な近松門左衛門の実弟です。また、その『人物』にもおもしろいところがあります。一抱の人柄を、浅田惟常の書いた『皇国名医伝』に見てみましょう。なお、漢文の面倒な人は読みとばしても結構です。

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出世をあきらめ学問の道へ





 簡単に説明しましょう。

 岡本一抱の先祖は代々医者であり、豊臣秀吉や福井候につかえて法印や法眼になったといっています。法印・法眼とは医者の位のことで、最高クラスのものです。一抱は京都で味岡三伯という医学者に入門したこと、その三伯のもとには学徒が群集していたと記されています。



 また、一抱は、高弟であったが、師の細部の学問をおさめなかったので三伯の意にそわず、(つい)に破門されたこと。そこで先祖のような輝かしい医者としての出世をあきらめ、多くの古典の解説書をつくり、医学を勉強する人の役に立つのが自分の努めと考えたこと。そして、その解説書は大いに読まれたことなどが記されています。文中、(げん)(かい)とは、解説書のことです。実際、一抱には多くの解説書がありますが、『(なん)(ぎょう)(げん)(かい)大成(たいせい)』はいまでも『(なん)(ぎょう)』という古典を勉強する際の必読書です。



 ところで、先日、大学受験に失敗した若者が「死んでしまいたい」と言って筆者を訪ねてきました。その際、岡本一抱の例を引いて、人間の才能は多面的であること、入試は才能のほんの一面をテストしているにすぎないこと、だから自己の真の才能を見つけるべく、いろんな面で武者修行すべきであることなどを話しました。



 次回は、一抱と門左衛門のおもしろい会話を紹介しましょう。

狭山養生鍼灸院 福西佐元
  【上記は地方紙に掲載されたものです】


 


 


 


 


           


 

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