江戸時代を代表する作家であった井原西鶴の作品にあらわれたお灸について述べましょう。『好色五人女』の中の巻三“おさん茂右衛門”からとりました。



 これは、京の商家の人妻であったおさんと手代の茂右衛門との悲恋物語です。二人は主人が江戸へ出張している間に深い仲になり、そのことが露顕して処刑されてしまいます。引用するのは、茂右衛門が下女のりんに灸をすえてもらう場面です。



    ◇



 折柄、秋も夜嵐いたく、冬の事思ひやりて身の養生のためとて茂右衛門、

()思ひ立ちけるに、腰元のりん手軽くすゆる事をえたればこれを頼みて、もぐさ数(ひね)りて、りんが鏡台に(しま)の木綿蒲団(ふとん)を折りかけ、初め一つ二つはこらへかねて、お(うば)から中居からたけまでもそのあたりをおさへて顔しかむるを笑ひし。(あと)程煙強くなりて、塩灸(・・)を待ちかねしに、自然と据え落して背骨つたひて身の皮ちぢみ、苦しき事しばらくなれども据え手の迷惑さを思ひやりて、目をふさぎ歯を食ひしめて堪忍(かんにん)せしを、りん悲しくもみ消して、これより肌をさすりそめて、いつとなく「いとしや」とばかり思ひ込み、人知れず心地(ここち)なやみけるを、後は沙汰しておさん様の御耳に入れど、なほ()みがたくなりぬ。



お灸がとりもつ“恋”も・・・




 簡単に説明すると、茂右衛門は風邪の予防のためにお灸をすえているのです。実際、お灸をすえるとひきません。



 次に、もぐさを段々と大きくしてゆき、最後に塩灸でしめくくるという当時のすえ方の一つが示されています。塩灸とは、ヒフの上に塩をおき、その上にもぐさをおきます。こうすれば化膿しないと考えられていたのです。



江戸時代には、大変強い灸がすえられていました。しかし、私が推奨するのは、平安貴族のすえていた“八分灸”です。これは八分ぐらいもぐさが燃えたときに消してしまうもので、熱くなく、アトもつきません。小学生でも多数すえるゆえんです。



 りんがお灸をすえるために茂右衛門の肌にふれることから、恋心が芽ばえますが、このようなお灸のとりもつ恋愛発生は、当時の文学におけるモチーフの一つでした。



   狭山養生鍼灸院 福西佐元
      [上記は地方紙に掲載されたものです]


 

   


 
一度の来院で「熱くない、アトのつかない
八分灸」のすえ方とツボの取り方をお教えします。図のお灸器具(3,000円)を用いますので、肩や腰をはじめ全身に御自分で施灸できます。予約の上お越し下さい。
      お灸器具jpg

 
                  TEL   072-367-7329
 
                  MAIL  okyumeijin1@gmail.com