江戸幕府の重臣中の重臣であった彦根藩井伊家にまつわるお灸の話をしましょう。

 

 後に14代藩主となり幕府の大老ともなった井伊直亮(なおあき、1794年~1850年)が若殿であった時、側役(そばやく)の西尾家が若殿に苦言を呈した文が残っています。沢山ありますが、その中からおもしろいものを少し書いてみましょう。なお私の独断と偏見で、その趣旨を「 」にて記します。

 

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一、御煙草召上り候節、御自身被遊候様仕度事。
     「たばこくらいは人の手をかりず自分ですって下さい。」
一、
御乗馬被御出候刻限に相成り、御供揃候而も御侍セ被遊、外之事被遊候事。
     「乗馬の際、時間を守って欲し い。」
一、
御鎗術御嫌ひ被遊候様奉存候事。「槍(やり)のけいこをもっとして欲しい。」
一、
御猥二御家来之御評判被遊候事。「みだりに家来の評判をしないで欲しい。」
一、
御灸治無御油断被遊候様奉願候事。「お灸をしっかりすえるようにしてほしい。」

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     右にみるように、お灸をすえるよう注意がなされています。いかにお灸を重視していたかがわかります。

     

    “触書”にもお灸

     

                名称未設定

     直亮が没した3年後にペリーが黒船をひきいて来航し開国を迫ります。これに応対したのが、直亮の弟で大老になっていた井伊直弼(なおすけ)です。直弼は開国し、それが元で暗殺された桜田門外の変は、あまりにも有名な事件でした。

     

     ところで、右の西尾家文書が書かれたのは幕末ですが、ずっと古く、三大将軍徳川家光は慶安の触書を発布しています。その中に、年中お灸をすえよ、との一条があります。お灸の普及ぶりがよくわかります。


    狭山養生鍼灸院 福西佐元
         [上記は地方紙に掲載されたものです]
     



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