近松門左衛門の浄瑠璃『卯月紅葉(うづきのもみじ)』からお灸の話をします。

 

心斎橋の小道具商笠屋の娘〝おかめ〟と婿養子の与兵衛の心中物語です。

主人長兵衛の正妻が死に、妾の〝ゐま〟が弟の伝三郎と組んで与兵衛を

追い出し、伝三郎をおかめの入婿にして家督を乗っ取ろうと画策します。

ゐまは与兵衛の悪口を言いふらし、与兵衛を家の内外で不人気者にした

ててゆきます。

            ◇   ◇


(与兵衛を)道楽者で のら者で、在所(ざいしょ)(もど)せ ()なせとて、

(ひたい)(かど)もいれた者。丁稚(でっち)小者を()ふごとく 内の手代や庭宝(にはだから)の。

悔者(あなづりもの)になし()てゝ。

あの女めが弟を内へ()れふといふ(たく)み。町内からも小柴垣(こしばがき) 

ゆひたつれ共世の中の。(くすり)(やいと)は身に熱く、(どく)な酒は甘ひとかや。

何を()ふても()に入らず ()()()ちる左縄(ひだりなは) 

ゆひ甲斐(かひ)もない身なれ共。(中略)

粉糠(こぬか)三合有るならば入婿すなといふことは 我が身の上の(たと)へかや・・・


            ◇   ◇


          『身体によいお灸』

 

 上記のように与兵衛が追いつめられてゆきます。傍線の部分で、薬の灸は

身に熱くとは、単に身体によいもの、理にあるものといった意味で漢方薬と

は関係ありません。世の中、道理が通らず無理が通るという意味です。

 

 江戸時代、漢方薬を全く扱わず、、もぐさ専門のお店でも、看板は『薬艾』

とするのが一般でした。

 

 ところで「粉糠三合有るならば入婿すな」とは現在でも使われています。

この言葉の出典としては、この浄瑠璃が最も有名です。

 

 この話、次回も続けます。ゐまと伝三郎の策謀により、主人でありしゅうと

の長兵衛の怒りをかった与兵衛は相愛のおかめと梅田の池で心中します。

 


狭山養生鍼灸院 福西佐元
 【上記は地方紙に掲載されたものです】