江戸時代の笑話に出てくるお灸の話をしましょう。安永六年に出版された

(あぜ)落穂(おちほ)』という本に出てくる『名灸』という話です。この本の作者は不詳ですが、出版元は遠州屋久次郎です。

 

名灸

 

 「貧乏を直す名灸、此方にてすへ置し申候」と看板

「さて/\世にはいろ/\の灸も有ものか」とすっとはいって、

「ちと御頼申ます。わたくし到って貧者(ひんじや)で御座りますが、どふ御療治(ごりようじ)で直りませふか」。息子が出て、

「親どもは今日は他行(たぎよう)(注①)で御座るが、拙者がすへて進ぜませふ」と、すへている最中(さいちゆう)親仁(おやじ)帰って、

「ヲゝよふ御座った、どれどれ」顔色を見て、

「ハアゝ貴様は余程強い困窮じやの」

「ハイ」

「そして何処をすへる」

息子が、「まづ七(注②)をすへて、根をたちませふと存じます」

「イヤ/\(それ)ではいくまい、章門(しようもん)(注③)を焼てしまへ」

                                   名称未設定 1

ツボの名前でかけことば

 

 右の文中、①の他行とは外出のこと、②の七とは、7番目の胸椎の両横で背筋のうえを示します。つまり背骨と肩甲骨との中間の場所を示し、今でも年配の人はよく使います。③の章門とは、脇腹で肋骨の一番下端にある肝臓に関する重要なツボの名前です。この場合、借金の“証文”とかけて使われています。

 

 以上を踏まえて、簡単に説明しましょう。

 

 貧乏をなおす名灸をすえるという所へ、すえて欲しいという人が来たので、外出中の主人に替って息子がすえる場面です。帰ってきた主人の質問に対し、息子が背中の“シチ”の部位に灸をすえて根本治療をしようとしている旨をこたえると、主人は「それでは手ぬるい。借金の証文を焼いてしまえ」と答えたという話です。江戸の庶民はツボの名をよく知っていたのです。

狭山養生鍼灸院 福西佐元
      [上記は地方紙に掲載されたものです]



 




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