アンパンマンの町からジジ通信

 アンパンマン生みの親やなせたかしさんが生まれた町から、
ジジが発信する。

炭焼き 復活か

2016/6/25 の記事を改めて掲載しました。

最近できた炭焼き窯

 先日、庄谷相で黒い山羊を見たことを書きましたが、その帰り、車道のすぐ側に炭焼き窯がありました。
 窯の周りには、木材が積み上げられていました。遠くの山から切り出した木をトラックでここまで運んできたのでしょう。
 子供のころは、近くの雑木林に入ると、炭焼き窯がありました。
 私の父も、家からそんなに遠くない山に、窯をつくっていました。自家用のほか、炭俵に詰めて出荷していたように思います。

昔の炭焼き窯跡

 炭は薪とともに、当時家庭になくてはならない燃料でした。七輪で魚を焼いたり、冬は火鉢に入れたり・・・。 それが、ガスや灯油などに熱源がとってかわられると、炭は余計なものになりました。
 炭の材料になるカシやナラなどのある里山は、ほとんど杉の植林に替わりました。
 杉林には、意外と珍しいラン科の植物が多いので、私は良くそこへ出かけます。そこで炭焼き窯の跡を見つけることがあります。
 昔は、材料になるカシ、ナラなどがある里山の中に窯を構えたものです。重い、生木の木材を人力で運ぶより、軽い炭に加工してから山から運び出す方法をとったわけです。

 いま、炭焼き窯がぼつぼつ復活しています。これは、炭がまた家庭で使われ始めたというのではないと思います。おそらく、一部の高級料理店が昔ながらの料理方法をするのに使っているのでしょう。








 

むかし、映画館だった

2017/3/14 の記事を改めて掲載しました。

母ときたこともある映画館

入場券売りの窓口

 
 昭和35年(1960年)ごろまでやっていた。母に連れられて来たことがある。愛せん桂だったか。

昔の山羊は白かった

2017/2/10 の記事を改めて掲載しました。

 
子供のころ、飼っていた山羊は白かった2014.02.24 |昔むかし/子供のころ| 谷相部落(高知県香美市香北町)は、ちょっと山の上にある、谷あいの集落です。  日当たりの良い、住みよい所で、県外から移り住んでいる芸術家もいます。  染織家山田裕司さん、陶芸家とそのパートナー小野哲平さんと早川ユミさんなどなど。  そこへ行く途中に、車道から黒い山羊が見えましたので、坂道を歩いて登って面会してきました。  山羊は優しい、人懐っこい。子供のころ、家で一匹の山羊を飼っていましたから、そのころを想い出しました。  飼っていたのは白い色の山羊でした。当時、山羊のいる家は珍しくはありませんでしたが、ぜんぶ白で、写真のような黒い山羊はいなかったように思います。    一家に一匹の山羊がいると、その乳を搾って、一度沸騰させてから、分け合って飲んでものでした。子供の私が優先的に頂いたかもしれません。  今では、牛乳が簡単に手に入りますから、乳を搾るために山羊を飼っている家はないでしょう。  この山羊も大きな乳房はなかったみたい、もしかしたら雄かも。
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