アンパンマンの町からジジ通信

 アンパンマンが生まれた町から、
ジジが発信する。

むかし、映画館だった

2017/3/14 の記事を改めて掲載しました。

母ときたこともある映画館

入場券売りの窓口

 
 昭和35年(1960年)ごろまでやっていた。母に連れられて来たことがある。愛せん桂だったか。

昔の山羊は白かった

2017/2/10 の記事を改めて掲載しました。

 
子供のころ、飼っていた山羊は白かった2014.02.24 |昔むかし/子供のころ| 谷相部落(高知県香美市香北町)は、ちょっと山の上にある、谷あいの集落です。  日当たりの良い、住みよい所で、県外から移り住んでいる芸術家もいます。  染織家山田裕司さん、陶芸家とそのパートナー小野哲平さんと早川ユミさんなどなど。  そこへ行く途中に、車道から黒い山羊が見えましたので、坂道を歩いて登って面会してきました。  山羊は優しい、人懐っこい。子供のころ、家で一匹の山羊を飼っていましたから、そのころを想い出しました。  飼っていたのは白い色の山羊でした。当時、山羊のいる家は珍しくはありませんでしたが、ぜんぶ白で、写真のような黒い山羊はいなかったように思います。    一家に一匹の山羊がいると、その乳を搾って、一度沸騰させてから、分け合って飲んでものでした。子供の私が優先的に頂いたかもしれません。  今では、牛乳が簡単に手に入りますから、乳を搾るために山羊を飼っている家はないでしょう。  この山羊も大きな乳房はなかったみたい、もしかしたら雄かも。

シャカドウに釈迦堂なし

2017/1/28 の記事を改めて掲載しました。

釈迦堂屋敷には、若一王子宮が鎮座している。釈迦堂屋敷には、若一王子宮が鎮座している。

釈迦堂は、山の手に移されている。釈迦堂は、山の手に移されている。釈迦堂の側に、お大師様と子安地蔵釈迦堂の側に、お大師様と子安地蔵

 
   ジジの生まれたのは、物部川の北岸の小高い所にあって、南の、やや見下ろす川向一帯をムカイと呼んでいた。そのムカイにシャカドウという場所があった。
 シャカドウは国道第195号線のすぐ近くで、バス停もあって、今でも、バス停「釈迦堂前」の標識が立っていて、小さな待合室もある。

 ところで、このシャカドウと呼ばれている場所には、釈迦堂はない。あるのは氏神様で、正式には若一王子宮という神社だ。子供のころから大人になるまで、この神社を釈迦堂と思い込んできた。

 釈迦堂が廃されて、シャカドウという地名だけが残る、ということは良くあることだが、もっと深い事情がある。
 この場所がシャカドウと呼ばれていたからには、もともとここには釈迦堂があったはずだ。その側に氏神様が並び建っていただろうが、主は釈迦堂であったのではないか。

 明治政府の「神仏混合すべからず」いう神仏分離令によって、同じ境内にあった釈迦堂と氏神様は引き離され、 釈迦堂は山の手に追いやられた。そしてシャカドウという地名のみ残った。
 なにも当時の人々が釈迦堂を嫌ったのではなく、ともに心尽してお祭していたはずだ。

 なにぶんにも山の手入れは難しい世相なので、釈迦堂のあるここは薄暗らく、淋しい場所となっていが、いまでも、旧暦4月9日には地元の人たちがここでお祭しているそうだ。
 釈迦堂から10メートルも離れていない所に、お大師様と子安地蔵がある。 この二つも釈迦堂とともにここに移されたものだろうか。
 いずれにせよ、お堂が三つ固まっていることで淋しさを和らげているように感じられた。


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