アンパンマンの町からジジ通信

 アンパンマン生みの親やなせたかしさんが生まれた町から、
ジジが発信する。

アンパンマン

てのひらを太陽に

2017/1/20 の記事を改めて掲載しました。

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 てのひらを太陽に
      作詞 やなせたかし
       作曲 いずみたく
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
 てのひらを太陽に
     すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血しお
とんぼだって かえるだって
みつばちだって
 みんな みんな生きているんだ
 ともだちなんだ





  香北青少年の家(高知県香美市香北町吉野)に、やなせたかしの歌碑てのひらに太陽をが建っている。作曲は、いずみたく
 1961年に制作され、翌年にNHK『みんなのうた』で放送されそうだ。詳しくはこちら
 私も、放送で聞いて、良く知っていたが、それがやなせたかしの作詞だとは知らなかったように思う。(それとも、忘却してしまったのか)
 この歌碑を見て初めて認識したような次第。
 放送されたのは50数年まえのことだが、この頃の やなせたかし は、それほどの売れっ子ではなかったかもしれない。

 なお、歌詞は三番まであって、歌碑に刻まれているのは、二番です。

アンパンマン、空を飛ぶ

 
 5月5日は、「子供の日」だが、男の子が生まれて家は鯉のぼりを棹の上にあげる。 また、全国同じ風習かどうかは知らないが、フラフを一緒にあげる家も多い。 もちろん、これはマンションなどに住んでいる場合はできない。 田舎の家の特権かも知れない。
 近くの家のフラフには、なんとアンパンマンが登場した。 伝統的には金太郎桃太郎が主人公だった。 世の中変わったものだと思うし、子供のアンパン好きの現れでもある。 また、この町(高知県香美市香北町)は、アンパンマン生みの親である やませたかしさんの故郷であいり、アンパンミュージアムの第一号館もある。
 アンパンマンが五月の空を飛ぶのはうれしいことだ。
 なお、フラフという言葉はオランダ語の「旗」からきているらしい。英語ならFlagの発音に似ている。




てのひらを太陽に (やなせたかし詩碑) 

 
 香北青少年の家(高知県香美市香北町吉野)に、やなせたかしの歌碑てのひらに太陽をが建っています。作曲は、いずみたく。

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
 てのひらを太陽に
     すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血しお
とんぼだって かえるだって
みつばちだって
 みんな みんな生きているんだ
 ともだちなんだ



 1961年に制作され、翌年にNHK『みんなのうた』で放送されそうです。詳しくはこちら
 私も、放送で聞いたのでしょう、良く知っていましたが、やなせたかしの作詞だとは知りませんでした。(それとも、忘却してしまったのか)
 この歌碑を見て初めて認識したような次第です。
 放送されたのは50数年まえのことですが、この頃の やなせたかし は、今ほどの売れっ子ではなかったかもしれません。

 なお、歌詞は三番まであって、歌碑に刻まれているのは、二番です。


アンパンマン対バイキンマン 勝ったり負けたり

 
 香北町はアンパンマンの町です。
 アンパンマン生みの親、やなせたかしさんの故郷であり、アンパンマンミュージアムが最初につくられた町だから。
 香北町は物部川流域にできた町で、川によって大きく南北に分かれています。
 この川にかかった橋はいくつもありますが、もっとも西にあるのが、香麗橋(こうれいばし)です。
 アンパンマンを中心に、いろいろなキャラクターが登場しますが、いちばん面白いのは、 アンパンマンをやっつけて、飛び上がって喜んでいるバイキンマン。
 やなせ先生は、アンパンマンを正義の味方スーパーマンと、英雄にはしていないようです。











インフルエンザが我が家に やってきた

 
 いま流行のインフルエンザが我が家にもやってきた。
   まず、保育園の孫娘がかかった。そして、間もなく、小学一年生の孫娘が、これに続いた。
 薬は飲んでいるが、二人とも普段と変わらず元気だが、インフルエンザと診断されると、一週間は保育園も小学校もいけない。
 そんなわけで、今日は昼間から、テレビの前に座って、大好きなアンパンマンのアニメをみている。 テレビを見る時間は、母親に規制されているが、特別の計らいである。

 ジジの子供のころは、もちろんテレビはなかったが、風邪をひいたときは(インフルエンザもなかった)、学校が休める以外にも、何かしらご褒美(?)があったように記憶している。
 茶碗に片栗粉を入れて、熱湯を注いで(砂糖は入っていたかどうか)、飲ませてくれた。
 昔も今も、子供にとっては風邪をひくのは、悪いことばかりではなかった。




 

 アンパンマンミュージアムへ行ってみた

アンパンマン公園
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 アンパンマンミュージアムへ行ってみた。日曜日の割りには、人は少ないようだ。いつもなら、駐車場もいっぱいだが、今日すきすきだ。
 正月の連休中に、子供たちには十分サービスしたから、親御さんたちも疲れていて、遠出は勘弁してね、ということかな。
 まあ、そういうジジも、いつもなら二人の孫娘を連れてくるのだが、今日は、母親とどこかに行ったのか、それとも、団地の子供同士で遊んでいるのか。

 アンパンマンミュージアムも、今では、全国に5か所あるらしい。
  ●横浜アンパンマンこどもミュージアム&モール
  ●名古屋アンパンマンこどもミュージアム&パーク
  ●仙台アンパンマンこどもミュージアム&モール
  ●神戸アンパンマンこどもミュージアム&モール
  ●福岡アンパンマンこどもミュージアムinモール
 なにも、四国高知の片田舎まで、はるばる車を走らせなくても、一番近くで事足りるかもしれない。

 しかし、夏休みなどには、全国の車ナンバーが駐車場に並ぶ。
 ここは、アンパンマン生みの親やなせたかしさんが、生まれ、永眠する町なのだ。
 そして、アンパンマンミュージアムの第一号館はここなのだ。


保育園の生活発表会のトリは「アンパンンのマーチ」合唱

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2014年2月の記事を改めて掲載したものです。

 今日、孫が行っている保育園の「生活発表会」というのがありました。
 場所は香美市(高知県)美良布の保健福祉センター。
ここはアンパンマンミュージアムのすぐそばで、日曜日なら、アンパンマン目当てにくる車で駐車場がいっぱいになります。
孫が「おじちゃんもきてよ」というので、行きました。
 3歳児の孫たんぽぽ組が「手のひらを太陽に」を歌いましたが、やなせたかし作詞、いずみたく作詞です。
 最後に、3~5児全員が「アンパンンのマーチ」を合唱して終わりました。
 この歌を作詞した、またアンパンマンの生みの親の やなせたかしさんは、昨年亡くなりましたが、子供たちは元気いっぱいに歌いました。
 先生も、きっと喜ばれていることでしょう。

アンパンマンミュージアム第一号館のある町

 ジジ(80歳)の住んでいる香北町を、まず紹介しよう。
 今は、合併して高知県香美市の一部になっているが、前は、一つの自治体であった。
 一級河川である物部川の激しい流れに削られて、その両側にできた僅かな平野に田畑と人々が集中しているが、いくつもある支流の、山深い里に集落が点在している。
 過疎化現象で、全体として人口は減っているが、中心部は、山間部から人口が流入するので、それなりに賑わっていて、スーパー、コンビニ、量販店などがそれぞれ一つづつある。

  やなせたかし記念館 もここにあり、アンパンマンミュージアム詩とメルヘン絵本館で構成されている。アンパンマンミュージアムは、この他に、5か所できたらしいが、ここは第一号館である。
詩とメルヘン絵本館には、やなせたかしの作品が展示されている。
 記念館の前には、広い芝生の公園が広がっていて、滑り台やブランコなどの遊具もあって、子供たち元気に遊んでいる。ジジも、6歳と3歳の孫娘に急かされて、ときどき訪れている。

やなせたかし(本名 柳瀬 嵩)は、1919年(大正8年)に、香北町の朴ノ木で生まれた。その縁で、記念館が建てられた。
 先生は、2013年(平成25年)に亡くなられたが、生前からの希望で、墓地も朴ノ木に作られた。墓地と言っても、墓碑に向かって左側にアンパンマン、右にバイキンマンの像が立っている。ほかにも、沢山の像や歌碑があって、田園地帯の一角をしめる公園となっている。 

やなせ兎は、「たたかう武器はなにもない」

 朝刊(高知新聞)を見ていたら、「来春 やなせさん偲会」の見出しに目がいった。アンパンマンミュージアム振興財団、高知県、香美市、南国市、高知新聞社が共催して、10月に亡くなられた やなせたかし さんを偲会を来年の4月に行うとのことです。
 また、同時に納骨式も行われるそうです。
 ご本人は賑やかなことが好きで、「お別れの会は盛大に」とも言っておられたそうですから、それにふさわしい納骨式と偲会になることでしょう。

   アンパンマンミュージアムのすぐ近くにやなせたかし記念公園があります。公園といっても大きいものではありませんが、中央にご本人を模したやなせ兎の像が建っています。
 その台座のプレートにはやなせ兎の歌を見ることができます。

たたかう武器はなにもない
やなせ兎はよわいから
こころはいつもおびえがち
愛をたよりに生きるだけ
ウサギ ウサギ
ヤナセウサギ


 私はこの場所が、墓地になると聞いたように思っていましたが、新聞によると、もう少し離れた「朴ノ木(ほうのき)」という集落にできるこのことです。ここは生家があったところで、先祖のお墓も近くにあるそうですから、安らかにねむろことができるでしょう。
 もっとも、ここも公園になるそうですから、子供たちのはしゃぐ声で賑やかなことでしょう。  
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