尾林星ブログ

sei obayashi blog

リサーチのため盛岡へ。
行きの車中はユーミンの宇宙図書館。良いなあ。ユーミンの曲の情景喚起力はやっぱりすごい。
サウンドだけでもなく歌詞だけでもなく両方合わさってユーミンの声で発された時の世界の現れ方というのか。良く出来たポップスはVRよりずっと臨場感のあるタイムマシンでもあるしどこでもドアだと思うんだよな。ポップスの魔法。
次にかけたThe 1975はちょっと飽きてきたなあと思ってしまった。

盛岡ついて
openしたばかりのつながる台所Hana、景色が良くて落ち着けて美味で健康になりそうなご飯が食べれるとても良い店だった。メニューがひとつという潔さも良い。
 
Neat Recordでボビー・ダーリンとバッハとベートーベンと久保田早紀のレコードを購入 。


CROSSROADは店主に電話してみたがつながらないので場所だけ確認して
Sora Cafeへ。ライブが出来るっぽいということで向かってみた。広々として不思議なスペースだった。
ワッフル美味だった。

帰りの車中でひさびさに聴いたSugar Soulのon、震えるほど良かった。
こんなに凄かったっけ。事故らなくてよかった。

今なにしてんだろと帰ってから調べたら熊本のサイハテというエコビレッジで子供と暮らしてるらしい。
うーん興味津々




 

どんな時でも、自分が思っている以上に自分は何かに囚われてるものだという可能性を胸の隅においておく事はとても 大事だと思う。

それはつまり自分がより自由になれる可能性に対し心を開いておくという事でもある。

じゃあ実際に、「自分が何かに囚われていた」と気づかせてくれるもの、そしてより自分を自由にしてくれるものとは何か?


それは友達の何気ない一言かもしれない。
ラジオから流れてきた聞いたこともない曲かもしれない。
テレビドラマのワンシーンかもしれない。


道端に落ちてる空き缶や空の雲をなにげなく眺めていてふと閃く思いかも知れない。

散々苦しい思いをして、胸の中で「もう十分だ」と自分に自ら出す許可証かもしれない。


とにかく僕が思うに、人が受け取るものというのは「受け取ろう」という態勢をとってない人、受け取る準備の出来てない人のもとにやって来ることはない。あるいは来ても気づかないだけかもしれないけれど、
だからといってそれが存在してないわけではない。


ラジオと同じでチューニングを合わせなきゃその局の番組は聞こえない。かといってその番組が存在してないわけじゃない。


何が言いたいかというと
「見えるもの、聞こえるものがすべてで自分が知っている事以外には大した価値はない」という態度は、
自分自身が無視され無価値とされる現実を招いているし、
ちょっと足の先っちょいれたりちょっと首つっっこんだだけで全部分かったような顔をする事は、その本人も他者に対して表面的で限定的な理解しかのぞめないという事だ。


まあ人の自由も不自由も本人の自由なのでとやかく言うまい。


けれど僕が好き勝手な事をいうのもぼくの自由だ。
謙虚さと好奇心、そして畏敬の念こそが新しい出会いやステージへの鍵だとおもう。

で、風呂に入ってきたわけだけれども、
幽☆遊☆白書というのはつくづく名作だなあと思うわけであります。
当時は火影と蔵馬が圧倒的人気を得ていましたけども
僕は中性的というかちょっと軟弱さがあるキャラが好きなので蔵馬が好きだったりしましたけども、(ちなみに北斗の拳だとトキ、聖闘士星矢だと氷河と瞬あたりですね。マリンさんも良かったなあ)


今だと浦飯が一番魅力的に思えます。
人気投票で一位になれないとこも含め。

物語後半の魔界編での彼の立ち回りというのはちょっと革命的なまでにカッコいいというか、何のことかいうと国同士の全面戦争に突入しようかという局面であえて個人参加による武闘大会の開催を提案した場面ですね。


結果、戦争は回避され、それぞれの国王は毒気を抜かれ人間性を取り戻し(妖怪だけど)
優勝したのはどこの国王でも幹部でもなく無欲に隠遁してたおっさん。そして彼の無欲で平和的なリーダーシップによって魔界にも人間界にも平和がもたらされてしまうという驚異的結末、、、。


そんな浦飯のやり方を評して誰かがこう言いました。
「あえて味方をつくらない事により結果的に全員を味方にしてしまうなんてなんて面白いやつだ」的な感じだったと思うけど


人によっては「ネタ切れで武闘会というバトル漫画の定番に逃げただけだろ」とか言う意見もあった気がしますが、その展開を素直に楽しんだ僕としては漫画の楽しみ方が違うんだなという感じでどうでもいいんですが


漫画だとはいえなんて斬新な発想だろうと膝を打ったものです。

現実の国の対立に置き換えてみると絶望的にあり得ない気もしますが、
その発想というのは僕は大いに有効だと思ったのでした

一国の王という少年漫画の主役にあるまじき、今までにない大役を負わされた幽助の土壇場でやった事が猛勉強でも誰かに意見を仰ぐでもなく「自分が一番楽しめる、一番得意なシチュエーションに周りを引き込む」
だった。結果的にそれが世界を救った、

というのはまあ漫画の話だけど真理を含んでると僕は思います。





また酷い風邪をひき数日寝込みました。やっと快調してきました。同居の皆様にはご迷惑おかけしました。
感染源は数日前に手伝ったコンサートの疑いが強く、聞くところによるとコンサートホールの職員の方々もほぼ同じ症状に苦しんでいたようです。

今年は寝込むほどの風邪が早くも二回目です。もうこれっきりにしたいものです。


ざっくり症状を説明しますと僕の場合はさいしょ喉の痛みがやがて全身に広がって二日目からは頭痛と目の奥の焼けるような痛み、例えてみると目の奥でモトリークルーが街を燃やし荒らし回りながらDr.フィールグッドを演奏してるような痛みが30時間は続きました。

このウィルスに感染した人が皆ここまでの症状が出たのか、僕が体力的に弱っていたか何かで特に酷かったのかは分かりません。


まあ浦飯遊助も霊光波動を継承する際に凄まじい苦痛に耐えた事ですし、何かがマシになったのだと信じたいものです。


というわけでとりあえず3日ぶりの風呂に入ろうと思います

ある村に正直者と嘘つきがいた。

ある日、嘘つきは正直者を指して「あいつは嘘つきだ」といった。

正直者は「彼がそういうなら彼にとって自分は嘘つきなのだろう」

と思い「そうです。僕は嘘つきです」と言った。



こうして嘘つきは「お前はなんて正直者なんだろう」と村人から褒められ村の偉い人になった。

こうして正直者は「あいつは嘘つきだ」とみんなから嫌われ、村の乞食になった。



ある日、村の偉い人になった嘘つきが、乞食になった正直者のところにやって来て言った。

「お願いだからおれの嘘を村人にばらさないでくれ。お前が欲しい物は何でもやるから」




すると乞食になった正直者は言った。

「何をおっしゃる、村の偉い人。あなたは今までに一度も嘘をついた事はありません。あなたが今までに話した言葉は全部本当のこと。あなたの心の真実でしょう。あなたにとっては私こそが嘘つきなのです。でもあなたが自分の事を嘘つきと思うなら、あなたは嘘つきです。」


嘘つきは言った。

「おれを恨んでいないのか」


乞食になった正直者は言った。
「何を恨む理由がありましょう。私はずっと楽しんでいるだけなのに」


嘘つきは言った。

「正直者のお前が嘘つきと呼ばれて、村中に嫌われ乞食にまでなった。一体何が楽しいんだ」


正直者が言った。

「今あなたが言ったことすべてを私はとても楽しみました。でもついさっき、ひと際楽しみな事ができました」

嘘つきは言った。

「それは何だ」


「あなたはさっきこう言いましたね。『お前が欲しいものを何でもやるから』と。」


「それがどうした」嘘つきは少し震えながら言った。



「実は私は今までに何かを欲しいと思ったことは一度しかないのです。その時をのぞき、私が生きるのに必要なものはすべて『欲しい』と思う前に与えられていました」


「だから何だというんだ。何もいらないのか。」嘘つきは最早怒っていた。


「だから今、生まれて二回目に訪れた願いを叶えるチャンスにワクワクしているのです」


「何が欲しいのか早く言ってくれ」嘘つきは泣きだしてしまった。



乞食になった正直者は言った

「おお、泣かないでください村の偉い人。今私が欲しいものはあなたの笑顔、あなたの幸福です。

なぜならあなたは私の初めての願い、『嘘をついてみたい』『嘘つきになってみたい』という願いを叶

えてくれた人なのですから。」


嘘つきはそれを聞くと泣き崩れ、暗くなるまで泣いた。嘘つきは泣きながら「自分はこの人のような正直者になりたい」と強く強く思った。




翌日、嘘つきは村人たちに今まで自分がついた嘘をすべて告白した。

村中から責められる覚悟だったが、以外にも村人たちは「よく言った!やっぱりあなたは正直者だ!」

と嘘つきを誉め称えた。



そして正直者になった嘘つきは村人を集め、乞食になった正直者のために立派な家を建ててやり、

正直者を呼びに行ったが、彼はどこにもいなかった。

037b13e6.jpg人は人に期待する

人は人に理解を求める

人は人に愛を求める



では植物はどうだろうか

植物同士の心の交流を僕は今のところ知る事ができない


なので人と植物の関わりを見てみよう



例えば植物は僕らに説得を試みたりしない


自分が何者かをくどくど喋りもしない


水をあげなくても泣き叫んだりしない


ひょっとすると僕らに聞こえてないだけで何かを訴えているかもしれないが


木をいくら切り倒しても木は抵抗しない

それはある種、ぼくらに委ねているという事だ


じゃなければ切り倒されたり引っこ抜かれないように何か対策をとるはずだ


「恐怖」という自己保存機能を持つ動物は身の危険に対して、逃げたり攻撃したりと行動する。

なので植物には動物が持つような恐怖や物質的な「痛み」はないのかも知れない


木は僕らに物質的には働きかけもせず脅かしもせずただ生きている。
(花粉などの結果的な例外を除いて)
そして僕らは本能的に緑に安らぎを感じるように出来ている。

おそらく人間は植物のない世界には生きられない

植物は人間の食物になり、道具になり、住居になり、薬になり、人間の目をやすませ、人間を含めた動物の世界を包み込んでいる。


植物は植物であるだけで僕らに素晴らしい恩恵をもたらしている


そして僕らは彼らの事を大して知らない


知っているとすればそれは物質的で分析的な情報や、人間にとってどういった用途が期待できるといった人間本位な情報だろう。


どんな成分だとかどんな薬効があるとか建材として優れているだとか。


もしあなたの事を知っているという人がいて、その人があなたの職業上の役割や、あなたの特技、そして彼にとってあなたが何であるかという事しか挙げなかったら、あなたは少し物足りなく思わないだろうか。


ただの同僚や顔見知り程度ならそれでもいいだろう。


でも例えばあなたが大切に思う人がいて、あなたはその人が求めるものを惜しげなく与えてきたとする。
その相手があなたの考え、あなたの気持ちといったものを全く汲んでくれてないと分かったら、虚しくならないだろうか。

それでもただ愛と慈しみを持って与え続ける事ができるだろうか。

そんな事ができるのは神様か天使くらいのものじゃないか


そうなると植物は人間にとって神様や天使のような存在だと言えるかもしれない。


僕は植物にも意識があると思う。その気になれば人間をもっと害する事もできるし自ら地上から姿を消す事もできると思う。


でも敢えてそうしない。

彼らが敢えてこの地上で、生きとし生けるものを包み込み、我々の糧となり続ける事を選んでいるとしたら。


そんな事を想像すると僕は自分が日々抱く不満や不安なんてちっぽけなものだと思えるのだった。

「今日の晩御飯なににしよう」
「今度の日曜日何して遊ぼう」

「ガリガリ君とベビースターラーメンを買いたいけど50円しか持ってない」

「彼にプロポーズされたけど彼との未来に確信が持てない」


「罪を犯して出頭したいのにできずにいる」



人はその人生において何度も決断を迫られる

何気ない1日でだって人はいくつもの決断を下している


人生で一番最初にする決断とはなんだろうか

もしかしたらほとんどの場合それは忘れられているかも知れない



決断とは選択すること


選択することは別れ道に立って一歩踏み出すということ


一歩踏み出すということは


選らばなかった方の道を諦めるということ


すなわち決断とは決別のこと



何かと決別するには
それだけの材料がいる


それはしばしば
「二度と味わいたくない痛みや悲しみ」であったりする


というかそれぐらいの事がないと人はそうそう決断できるものではない


「夕飯を決めるのに二度と味わいたくない痛みが必要かよ!?」


と思ったあなた、

まさに食事の内容こそそんな苦い経験を重ねた末に決まる場合もあるのだ


アレルギーを起こした食材は二度と使わないだろうし


死ぬほど不味かった店には二度と行かないだろうし


大好物だって毎日それを食べていたら病気になったから週に一度までにしている、といった類いの決断だってあるのだ



ちなみに「最高の選択肢」というものがハッキリしている場合、それは決断とは呼ばないだろう。


いくつかに別れた道を前に、どれが正解かわからない、どれも正しい気もするしどれも間違いな気もする、

そしてどの道を行くかの判断が100%自分に委ねられている


そういうのが決断だと思う。


そしてその決断を他者に委ねるという決断だってある。

今の世の中はこの「委ねる決断」によって成立している。


およそ共同体や組織というものはそれがないと成り立たない。

たとえば僕の手は僕の意志に応じて動く。

それは僕の手が手自身の運命を僕の意志に委ねているからだ。


でも僕が僕の手をあまりに酷使すれば手は僕の意志では動かなくなる


この世にあなたの意志で動かせないものがひとつでもあるならば、それはあなたの支配の外にあり、あなたが支配者でない以上、あなたはあなたではない支配者に何かを委ねているのだ。

委ねた覚えはありますか?


そしてこの世にあなたの意志で動かせるものがひとつでもあるなら、それはあなたに委ねてくれているのだ。



自分が運命を委ねたもの

自分に運命を委ねたもの


みなその狭間で毎日色んな事を決断しているのだろう


決断を重ねていけばいくほど、何かから遠ざかる気がする事もあるかもしれないが


結局すべての道は繋がっているので、まあなるようになるだろうと気楽に構えて一番面白そうな道を僕は行く


突然ですが東京ライブ決まりました☆


◆6/6(火)神保町試聴室

尾林星ライブ〜Into You 2017〜

19:00/19:30  \2300(1drink、スナック込み)


 東京近郊の皆様、這ってでも聴きに来てください!

・・・・・スイマセン言い過ぎました。せめて、

仕事をやめてでも...!


いやいや何を言ってるんだボクは・・・


久しぶりなもので距離感が少し混乱気味の模様です。


もしご都合つけば会いにきてくれたら嬉しいです☆

内容はこれからですが寒冷地で育でた白菜のごとき水っぽい愛をお届けにイ、イ、行きますー♡♡♡


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ご近所さんだったタカちゃん一家(タカちゃん夫婦と小一と幼稚園の娘2人)が先月少し離れたところに引っ越した。
タカちゃん一家とは何かと共通点も多く、僕がこっちに来てからは貴重な同年代の友達だ。
今日の午後は引っ越し祝いも兼ねてゆきんことひろしと僕の3人で新居に遊びにいった。


新居は相当年期の入っていそうな古民家(平屋)だけど家の中はとても綺麗にしており(入居前の掃除には相当苦労したらしい)とても居心地のいい家だった。


面白いのが引っ越してまだ間もないのに早くもちびっこのたまり場になっており、
お邪魔した時には既によその子が遊びにきていて、しばらくするともう一人遊びにきた。
毎日そんな感じだという。


僕はタカちゃんとアコギでセッションしたりと和やかに過ごしていたところ、
別室でお医者さんごっこをしていた少女らがしきりにこっちへこいと言う。
新しい獲物が欲しくなったらしい。
「僕は健康だから〜」と受け流してたがあまりにしつこいので診察を受けてやったところ、
いきなりガン宣告された。
一幕あって色々面倒くさくなってきたので注射された時に死んでゾンビになって蹴散らしておいて逃げようと試みるもキャーキャー喜ばれたのみで効果なく、その後はひたすらジャンケンをふっかけられたり「お地蔵さんごっこ」なる妙な遊びに付き合わされるという幸せなひとときを過ごした。


家に帰ってからは親戚が立て続けに来て、誰かは新婦さんを連れて来たりとめでたい日であった。


数日前に書いた鯉のぼりといえば、手を一日休ませた甲斐あってライブにも支障なく
義父の協力を得てこどもの日の朝には無事放流成功したのだった。

わりとずっと天気もよくよいGWだった。
そしてさらなるゴールデンライフは続く。


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よき出会いがたくさんありました。よき一日をありがとうございましたIMG_4722IMG_4727IMG_4728☆ 

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