尾林星ブログ

SEI OBAYASHI BLOG

You exist



「やるかやられるか」

なのか

たしかにそういう世界はある

しかしぼくは

「やらないでいいしやられなくていい」

世界を好む

コロナ禍は私に「心の免疫」というもののあり方を見直させることに成功した



雪ふっとる、、、、(明後日から5月)

色々あるけど顔を上げていこう

人間の一番のトラウマは生まれたことなんじゃないだろうか





これだけだとネガティブに聞こえるが

トラウマを克服するということは新たな誕生だと思うので

人は生まれた瞬間に自分自身を身籠り

人は傷ついた瞬間に新しい自分を身籠もるのだと思う

あれかこれかではなく
両方持っていくという選択の末に

人は生まれたと
僕は思う



発表会の映像が出来ましたのでご覧ください。


🎸発表会1日目🥁

https://youtu.be/hNINCWsZet0

🎸発表会2日目🥁

https://youtu.be/0S-bvVaOJek



3/29までの限定公開なのでお早目にごらんください!


世界に闇がある

闇は光を欲しがっている

光は闇に与えたがっている

闇は闇だけでは力を持たない

だから光を自らに取り込んで支配しようとする

光は光だけでは力のやり場がない

だから闇に自らを与えて自分の力を知ろうとする


自分が何かに支配されそうだと感じるなら

それは自分に力を感じるから


自分が何かを支配したいと感じるなら

それは自分に力を感じないから


それらはすべて

一人の中に起こること


それが世界に映し出される


それを僕らは見ている

自分自身の心の中を


ギタードラム発表会の収録終わりました。


今のご時世イベントをやる事の困難さよ、、、、



当初は普通に有観客開催する予定で進めていたのがその後の状況により二転三転、


最終的に無観客、後日配信のための収録のみ(それも一演目ごとに換気時間を設けつつ)という形になりましたが本当に前日の夜まで開催できるのか?


ということ続きでした。


でもだからこそ協力してくれた皆様のありがたさが身に染みました。


関係者のみなさま本当にありがとうございました。




コロナ禍という先の見えない、目にも見えないものに世界中が変化を迫られて2年が経とうとしています。


今の時代に子供であること、学生である事は自分の子供時代にはなかった困難さがあります。
 



そんな中コツコツと楽器の練習を重ねてきた生徒たちの本番の演奏には感動させられる事ばかりでした。


観客は生徒の家族しかいないホールの空気が、生徒それぞれの色に染め上げられていく様は感動的で、子

供の演奏だからと侮るなかれ、表現として目を開かされるような場面が沢山ありました。


やっぱり音楽って、ステージ演奏って面白い。


そんな風に思わせてくれた生徒たち、そして日頃支えてくれている保護者のみなさま、一緒に発表会を作


ってくれたみなさまに心からありがとうございます。



今回の収録は後日(3月の予定)輝きの和YOUTUBEチャンネルで期間限定で一般公開されます。


詳しい日にちも追ってお知らせするので、個性豊かな生徒たちの演奏を是非ご覧ください。



うーん、どんちゃん騒ぎしたい



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買った壁掛け時計が壁紙にいまいち合わない気がしたのでスプレーで塗ってみた
意外と上手くぬれた

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僕の成人式は高一の時に誤った瞑想法によって発症したパニックのフラッシュバックでかなり最悪で、終日不安だった事以外あまり記憶がない。かろうじて覚えているのはこんな事だ。



式典のあと誰かから近くの居酒屋で中学時代の飲み会をやってる、先生たちも来ているという話を聞き、本当は一刻も早く帰りたかったのだが頑張って顔を出してみた。

そしたらそこに中一の時の担任T先生がいて、誰かから「尾林はいまバンドをやっている」と聞いたらしく、「おい尾林〜獣医の夢はどうなったんだよお〜?」と言われてバツが悪くてそっと逃げた。


中一の時、将来の夢作文に、「獣医になりたい」と僕が書いたのをT先生は覚えていたのだ。

(本当はミュージシャンになろうと思ってたのだがそれは何となく書けず、なりたいと思った事もなくはない獣医と書いた)


T先生はクラスでのいじめが発覚した時にいじめた生徒の机を蹴飛ばして怒鳴るような激しい面があり賛否両論ある先生だったがやたら僕に優しかった。

いくつかT先生との思い出を書いてみる。



僕の中学は男子は学ランの第一ボタンまで締めないといけなかったのだが、スタンドカラーが痛くて首のアトピーが悪化すると申し出てみたところ、T先生が尾林は締めなくてもいいと言ってくれたので僕は卒業まで第一ボタン締め免除になっていた。他の生徒から「ひいきだ」と苦情があってもよさそうなものだが僕が知る限りではなかった(僕自身がなんとなく珍獣みたいな扱いだったのもあるかもしれない)


あと校内行事に関するアンケートに、僕は避難訓練がつまらないしみんなぼんやりやってて意味ないと思っていたので「抜き打ちでもっとスモークとか焚いてやった方がみんな本気になると思う」と書いたら、それを避難訓練担当だったT先生が面白がって採用したらしくスモークもわもわの避難訓練になった。

(本当は学校をリアルに燃やせば尚いいと思っていた。)



あと3年の進路相談の時はT先生は担任じゃなくなっていたが廊下で会った時に「お前はどこに行っても大丈夫だよ」とやさしい言葉をかけてくれたが、なんでそんな事を言われるのかさっぱり分からず、「じゃあ何を決め手に行く場所を決めればいいのか」とむしろ悩みが深まった。



その後もたびたび苦々しく思い出すことになった事がある。

部活の時だったかに校庭で遭遇したT先生が、自宅で飼っている金魚やらザリガニやらを僕に譲りたいと言ってきて、僕はそれは迷惑だと思ったが言いづらいので適当にはぐらかした。

おそらく先生自身が飼うのが面倒になってきたところで「獣医になりたい尾林に譲れば罪悪感なしにペットを手放せる」と思ったのだろう。そうは問屋が下すか。

はぐらかしてよかった。でもはっきり断った方がもっとよかった。今思えばあの時が「本当は獣医になりたいと思ってません」と伝えるチャンスだった。



とういうわけで成人式の時期になると、自分に目をかけてくれたT先生を結果的に騙す形になってしまった苦い気持ちを思い出すのだった。

あの時の居酒屋でT先生に「尾林は昔の夢を忘れてチャラくなった」と思われたとしたら、ガッカリさせてしまったならすまなかったなあと思う。

T先生が生きている間に自分の音楽を聴いてもらいたいものだ。

なんかのチャートで10位になったら「ほら先生、作文に書いたとおり10位(じゅうい)になりましたよ!」と報告に行こう。



中学生活は小学校より少し大きな社会生活のはじまりだ。成人する事だってちょっと巨大になった学校に入るみたいなものだろう。

そんなこんなで中学での最初の担任がT先生でラッキーだったと思う。

T先生のバランス感覚のおかげで特例をもらって微妙な思いをする事もなかったし(大人による子供のえこ贔屓はしばしば破壊的で、小学校ではその事でかなり苦い思いをしたせいで僕は逆に先生を匿名でいじめる生徒になるという陰険なひねくれ方をした。)


自分のアイデアを大人が真剣に受け止めてくれる事があるという自信がついたし、かなり感情的なところもあったがしっかり先生をやっていたT先生は社会に出ることは自分の心を殺すことではないと教えてくれた。

(ちなみに高校時の担任は3年間同じ生物のM先生で、同じ高校で成績の良かった二個上の兄と僕を比べてガッカリしてる感じを隠さない先生だったが、もはやバンドと音楽以外に興味がなかった僕はむしろそう扱われる事に気楽さを覚えた。)



人間性に年齢はあまり関係ないと思う。年上でも幼いと感じることはあるし、年下でも自分より成熟してると感じる人はたくさんいる。

なので新成人のみなさんやや成人するという事に関して特に感想はないが、

とにかく今まで生きてくれてありがとう、一緒に頑張ろうねと思う。

あとたとえその場の通りは良くても嘘は後で祟るからなるべく本音で生きた方がよいと思う。



T先生は僕の担任だった当時多分40代だったと思われるが、スピッツが好きで喫煙者で授業中によく脱線して自分の青春時代を熱く語ってるうちに鐘が鳴ってしまうあの時のT先生の年に、自分もかなり近づいて来たのかと思うとしみじみするものがある。



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