こんにちは。

少し落ち着いて来たと感じていたこのころ、「まめ」は私に対してかなり幼い甘え方をしていました。べったりとくっついて来たり、後ろをついて来たり、身の回りの事を「出来ない」と言ったり、言葉を使わずに「ん!ん!」と催促をしてみたりする姿は「もち」とさほど変わらない年頃に見えました。学校でも甘える対象として認識していた先生に対して普段以上に甘えようとしていたようです。

スキンシップが叶わなかった幼児期から、甘えると言えば愛情を測るように物をねだり、我儘にどれだけ振り回されてくれるかを試し(それでいて振り回される事となってしまった大人へは敵意を向け)、心の揺れを中身の確認もせず暴力で表現するしかなかった子が素直に甘えるという手段を手に入れたという事はとても大切な変化でした。
児童精神科医の佐々木正美先生がおっしゃる「充分に依存の経験を持つ必要がある」という言葉を思い浮かべ、ここがスタートラインという事だろうか、だからこんなにも幼い態度で甘えるのだろうかと思いました。状態に波があるために甘えて来る事はそれまでにもあり、その都度「取り戻しに来たのだな」と思っていましたが、この時はそれ以外にも関係がありそうな変化がありました。
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それは「不安を口にするようになった」という事です。
私の後ろを後追いのように付いて歩く時にも、夜にトイレに行くときにも、「まめ」は怖いと言いました。私はもしかすると「まめ」が怖いという感情を知らないかも知れないと思っていましたが、ここに来てようやくその存在が認識出来たとしたならば、本当に小さい頃に置いてきた発達が追いかけてやって来たようだな、と感じていました。それであれば後追いのような、ではなく本当に後追いなのだろうと思う事にして、年齢の事は気にしないようにしていました。
危険や何かが向かってくるといった直接的な物に対してではなく、見えない物や漠然とした物に対して怖がりはじめてから、うっすらと何となく、衝動的な行動にブレーキが掛かるような様子が見られました。例えば、夜中に自宅から脱走するような事は今はしないだろうと私が思えるといった程度の何となくの事ではありましたが、衝動の前に不安が立ちはだかって抑制を掛けはじめたのではないか、と思った記憶があります。同じ年頃の子達は理性がその役割を担っているような頃かもしれないけれど、今のこの状態をきちんと通りすぎなくてはその段階はやって来ないのかも知れないな、と思いました。

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