エンドロール。


三軒茶屋一丁目の白い部屋で随分長いこと一緒に暮らしていた人と別れてから早いものでもう一年になる。

寂しくなったり悲しくなったりしなかったといえば嘘になるのだろうけれど、幸いなことに僕にはわざわざ僕を訪ねてきてはいつまでも帰る気配のない図々しい友人がいたし、なにより今迄ずっと抱え込んでいたお金の心配だとか暮らしの不安だとかがなくなったことのほうがはるかに大きくて、ひとりになったときに思わず胸を撫で下ろした自分にすこし青ざめたりもした。

いつか温泉でも行けたらいいですね。とか恥ずかしいことを言いながら、毎月毎月微々たる金額を出し合って貯めていたはずの箪笥貯金はいつのまにか知らないうちになくなっていたし、明るかった部屋の灯りはひとつずつ消えていって、薄暗くなった部屋の電球をだんだんとどちらともなく換えなくなっていった。

そういうことなんだと思う。


作り笑いもぎこちなくなった深夜3時の大森海岸の住宅街で、なんだかもうほんとうに疲れ果ててしまって、まるで何かが壊れたみたいに急に涙が止まらなくなってしまったけれど、それでもそんな期待外れの生活の何処か隅の方で、とにかく毎日一生懸命働いてたくさんお金を稼いでくればなんだかもう全部がうまくいくような気がしていたのだからほんとうにどうしようもなかったと思う。


そういえばあの人が何年か前の僕の誕生日に買ってくれたいまどきのブランドのTシャツは、僕が着るにはあまりに恥ずかしい柄で、それで結局どうにも着れないまま押入れの奥の方に大事にしまっていた。

最後のほうになってからへらへら笑いながら嫌味のひとつでも言われたような気がするのだけれど、どういうわけかそのことをついこのあいだまですっかり忘れていた。

恥ずかしいTシャツのひとつも着てあげられなかった自分の小ささに戦慄しながらも、あの胸のところにプリントされた阿呆みたいなデザインに無性に腹が立った。

たぶん一生着ないと思う。

マオ。



6月14日。木曜日。

気の狂ったような雨、のちに曇り。

ここのところ毎日顔を付き合わせている倦怠感満載の細谷くんとふたりで上野・浅草方面に出掛ける。

たらふく人間を積載した各駅停車銀座線で上野の駅まで延々と揺られ、そのままの足で実に20年ぶりの東京都恩賜上野動物園に行く。

ありえないほど長く連なったパンダの行列を軽やかな足取りでかわしつつ、ついでに細谷くんの曇りなき笑顔も軽やかにかわしつつ、ぼんくら二人は園内へと歩を進めるわけである。


僕はといえば動物園なんていうアーバンなところには滅多に行かないものだから、それはそれは馬鹿みたいにはしゃいでしまったけれど、どんなところにもそんな楽しい一日を台無しにする阿呆がいるのは周知の事実で、この日もバズーカみたいな一眼レフを首からぶら下げた半袖チビTのキャメラマンが嬉々としてライオンの檻に群がる子供達をお尻でぐいぐい押し退けながらじっとシャッターチャンスを待っているのを見て、さっきまで散々膨らませていたはずの黄色い感情がすっかり萎んでしまったのがわかった。

ほんとうに嫌になる。


天気がいいので園内のくすんだベンチに腰掛けてお昼ごはんを食べる。

例えるなら風邪をひいたときの喉の奥みたいななんとも言えない不快さを確かに滲ませつつも、それでもなんだか嫌いになれない生きてる物の匂いを使い古しの肺胞いっぱいにキャッチしながら、カロリーと利益率だけは高そうなジャンクな食べ物に齧り付く。


ついさっきまで隣のベンチに腰掛けて鳩に餌を与えていた温和そうなおっさんが一転して鳩に対する殲滅戦を仕掛け始めた時にはまるで都会の病巣を見たような気がして戦慄したけれど、見るからに安っぽいシュリンプのバーガーが思いの外美味しくておっさんのことはすぐ忘れた。

細谷くんはといえばひたすら不味いポテトを食べていて、最高にお似合いだと思った。


ありとあらゆる動物とエンカウントしないことには家に帰してくれそうにない知的探究心の怪物こと和ちゃん先生に連れられて園内をひたすらに歩くけど、ガラパゴスゾウガメやらアズマヒキガエルやら僕はもうすっかりくたびれてしまって、それからしばらくは園内を闊歩する幼女もしくは童女を観察していたわけだけれど、そんなこととてもじゃないけど和ちゃんには言えやしなかった。

和ちゃんはといえばヒッポポタムスアムピービウスとかいう只のカバにすっかり夢中になっていて、最高にお似合いだと思った。



夕方からは上野広小路にある超高層ビルのユニクロでお気に入りの黒いカーディガンを探すけど、僕の目は節穴なのでちっとも見つからなかった。

細谷くんは細谷くんでお気に入りのマオカラーのシャツを探すけど、彼の目は僕のに輪をかけて節穴なのでやっぱり見つからなかった。

肩を落として帰る。


お馴染みの銀座線に揺られ、夜は渋谷のルノアールでとっても宇宙規模な話をする。

それから三軒茶屋のいつもの店でいつものお寿司を食べてから帰り、およそ20年ほど前にプレイステーション用ソフトとしてリリースされた金田一少年の事件簿2を細谷くんと交代でプレイする。

どうかしていたんだと思う。



IMG_1479

つぼみのままで。


「年齢とは只の数字であり、誕生日とは只の記号である。」で、おなじみの私の部屋に、殊更そういう類の記念日を大切にするぼんくらがひとり転がり込んできているものだからほんとうに困っている。

そして、殊更に自身の誕生日をお知らせしてくるものだからほんとうに困っている。

スヌーズ機能でも付いているのではないかと思う。


そもそも私は自分の誕生日にすら興味がないのだから、他人の誕生日などに興味を持てるはずがないのである。

ともすれば失念してしまいがちになる自身の出生日を、それでも幸いなことに私が覚えていられるのは、あの「赤い霊柩車」シリーズでおなじみ山村美紗先生の命日と私の出生日が偶然にも同日であるからという、ただそれだけの話である。

ちなみに地球上に現存している数多の有機生命体のなかで私が唯一その出生日を確認できているのが四つ歳上の姉だけなのであるが、これも別に彼女が血族であるからとか、第三順位の相続人であるからとか、そういったハートウォーミングな理由からではなく、ただただ彼女の出生日があの「赤い霊柩車」シリーズでおなじみ山村美紗先生の命日の翌日であるからという、ただそれだけの話である。


そんな誕生日とも山村紅葉とも無縁な私ではあるけれど、件の彼があまりにも物欲しそうにするものだから、いつもは仕事帰りに店先を冷やかして帰るだけのお洒落な洋菓子店で生まれてはじめてのバースデーケーキを買った次第である。

中村静香似の小柄なパティシエールに促されるまま書き入れてもらった彼の下の名前は、見慣れない片仮名で書かれていたせいか知らない人の名前みたいになってしまって急に不安になったけど、男の名前を強くケーキに刻み込むという行為に私ははじめての興奮を覚えていた。


真昼間の三軒茶屋栄通り商店街を大仰な四角い箱をぶら下げて部屋まで帰るけど、こんなときにかぎって彼は何処かに出掛けていたものだから、私は唇を尖らせながら買ってきたばかりの脂質と糖質の塊を冷蔵庫の奥の方に滑り込ませる。

ひんやりと冷えた箱から剥がれ落ちたロウソクの束をやや気怠そうに拾い上げてから、煙草のひとつも吸わない自分がそのお目出度い色のパラフィンの先端にすら火を灯す術がないことに気づいて途端に悲しくなった。


彼は今年でいくつになったのだろうか。

ほんとうにどうでもいいのだけれど。

そういえば私ももうじき彼と同じ歳になるのだし。
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