世界の終わり。


8月9日。木曜日。

深夜。

阿呆みたいな仕事から帰宅。

いつも以上に陰鬱な面持ちの細谷くんと部屋で待ち合わせて三軒茶屋栄通り商店街にある鳥貴族へ行く。

華族制度が廃止された現行憲法下において、あそこまで大々的に自身の特権階級をひけらかす人を僕は見たことがないから、鳥貴族さんは大したものだと思う。

池田貴族が没してからは尚更である。



不快になるほど騒がしい店内で、ただ苦いだけ
のお酒を必死で飲み干しながら細谷くんとあれこれ話をする。


思えば今年の夏はずっと細谷くんと一緒にいたような気がする。

春からずっとだったような気もするし、冬からだったような気もする。

それもこの日が最後である。


夏のはじめくらいから彼が東京で黙々と制作を続けていたCDが先日ようやく完成して、それで彼は翌日の朝には新幹線で京都に帰るという。

明日からはまたひとりである。

明日からはあの部屋には「おかえり」を言う相手もいなければ、「ただいま」を言う相手もいないのである。

「おやすみ」を言う相手も「おはよう」を言う相手もいないのである。

あれこれ文句を言いながらも、およそ十数キロに及ぶ真夜中のパトロールに付き合ってくれる人もいないのである。

コンビニのレジのところで、さも今バッグから財布を取り出しますよ。というOLのような佇まいの僕の代わりにいち早く会計を済ませてくれる人もいないのである。

駅前のツタヤで旧作7泊8日でレンタルしてきた「ひよっこ」のDVDを観ながら、僕が澄子のことを口汚く罵る度に声を荒げて叱ってくれる人もいないのである。

偶然うちの近所のラーメン屋であの有名なマツケンサンバの振り付けの人を見かけて、慌ててメールでお知らせしてくれる人もいないのである。

僕のTシャツをなじってくれる人もいないのである。


狭いテーブルに直列に並べられたピーマンの肉詰めをぼんやり俯瞰しつつ、頭上の業務用冷房機から断続的に滴り落ちてくる汚染水を右肩でキャッチしながら、そんなことを考えていた。



彼の作ったCDは9月5日に店頭に並ぶ。

彼は「世田谷ピンポンズ」という名前で活動しているから、たぶん瀬川瑛子か世良公則の隣あたりに並ぶと思う。

そしてその日は偶然にも山村美紗先生の命日でもあるし、僕の誕生日でもある。

嬉しいことだと思う。



いつもよりすこし覚束ない足取りで、いつもと同じ道を歩いて帰る。

いつもと同じコンビニで、いつも通り無愛想なバイトにレジを打ってもらって、いつもの部屋に帰る。

いつもみたいにたいして面白くもない深夜放送を垂れ流しにしつつ、いつも通りいつのまにか眠る。

毎日、毎日、楽しかった。

サイボーグのKAZ。


7月25日。水曜日。

昼まで阿呆みたいな仕事。

午後からは最近僕の部屋の管理をしてくれている細谷くんと丸ノ内線で中野まで。

大好きな中野通りを細谷くんと一緒に歩きたくてわざわざ新中野の駅で降りるけど、細谷くんときたらやれ暑いだのやれ足が痛いだの凡人が思いつくかぎりのありとあらゆる不平不満を口にするものだから僕はたまったものではなかった。


中野サンモールにある回転寿司で遅い昼食。

鮭ばっかり食ってんじゃないよ。とかなんとか悪意に満ちた罵声を右半身から浴びせられたような気がしたけれど、まさか細谷くんがそんな心無い言葉を僕に吐きつけたりするわけないのだから気のせいだったと思う。


アスタキサンチンをたらふく摂取した僕らサモハンキンポーズはそのままの足で中野ブロードウェイへ。

懐かしくて恥ずかしいかつてのお気に入りのバンドTの価格設定に震えたり、急速に市場から消えつつあるマルチトラックレコーダーの肩身の狭さに過剰に慄いたりしながら、随分長いことブロードウェイ各階を徘徊して過ごす。

いつかの細谷青年の宝物だったという表面にみうらじゅんが印刷された安っぽい缶バッジが今だにタコシェで売られていたことがなんだか感慨深かった。買う奴の気が知れないとも思ったけれど。


夕方からは中野サンプラザでボウリング。

馬鹿みたいにはしゃいでしまった夏の思い出の代償として二人そろって手首を痛める。


結果はといえば不本意にも細谷くんに花をもたせる形になってしまったけれど、僕が早々にカーディガンを脱いでいたなら結果はまた違ったものになっていたであろう。

いい気になるなと言いたい。



中野のディスクユニオンでCDを一通り眺めて、あの人元気でいるかしら。と昔の知り合いに想いを馳せながら中野通りを歩いて新中野まで。

大好きな中野通りを細谷くんと一緒に歩きたくてわざわざ新中野の駅まで歩くけど、細谷くんときたらやれ暑いだのやれ足が痛いだの凡人が思いつくかぎりのありとあらゆる不平不満を口にするものだから僕はたまったものではなかった。

新中野のベローチェで一服。

慢性的な睡眠不足のせいか、はたまた先程のボウリングのせいか、抗うことすら馬鹿馬鹿しくなるほどのリン酸化蛋白質の猛攻に思わず意識を失う。

一口かじっただけでほったらかしにしていたココアの上のバニラアイスがだらしなく溶けて、窮屈なテーブルを汚していた。


丸ノ内線と副都心線を華麗に乗り継いで渋谷まで。

五月リョウタくん主催の五月会を見に渋谷ガビガビへ。

嫌な予感は当たるもので、この日も飛び入りで二曲ほど歌わされる運びになる。

正直を言えば渋谷に来た時点でそのくらいの覚悟はしていたのだけれど、前述のとおり僕はこの時リン酸化蛋白質の再三の猛攻にすっかりやられていたものだから、もうそっとしておいて欲しかったのだ。

それで、やっぱりもうびっくりするくらい声が出てこなくて苛々したけれど、僕はちっとも悪くない。

概ねリョウタが悪い。


2018年7月25日 水曜日
渋谷GABIGABI
「五月会〜第十八夜〜」

1 ゆうやけ、みてた
2 ほほえみがえし


帰りは大好きな三宿通りを細谷くんと一緒に歩きたくてわざわざ渋谷から三軒茶屋まで歩くけど、細谷くんときたらやれ暑いだのやれ足が痛いだの凡人が思いつくかぎりのありとあらゆる不平不満を口にするものだから僕はたまったものではなかった。





BASEさんとおにぎりさん。


7月12日。木曜日。曇り。

昼まで阿呆みたいな仕事。

午後からは最近僕の部屋の警備をしてくれている細谷くんとふたりで出掛ける。

ファンシーなふたりが行くところといえば言うまでもなく北半球で最もファンシーなサンリオピューロランドと相場は決まっているのだけれど、生憎この日はピューロランドは休館日。
仕方なくピューロランドの次にファンシーな鎌倉に行く。

田園都市線下り方面各駅停車に乗り込んで中央林間まで。

まだ大学に入学したばかりのかつての細谷少年が住んでいたという青葉台の駅を通り過ぎるけど、勿論僕にはなんの思い入れもないわけなのだから、彼が切々と語り始めたほんとうにどうでもいい思い出話は不愉快極まりなかった。

これから僕と思い出をつくりに行こうっていうのにいったいなんなんだろうか。



中央林間で小田急江ノ島線に乗り換えて藤沢まで。

これまで一度も江ノ電に乗ったことのないという可哀想な細谷くんのために、これまですでに二回ほど江ノ電に乗ったことのあるベテランの僕の案内の下、わざわざ江ノ島電鉄線に乗り換えて江の島まで。

それにしても、せっかくベテランの僕が江ノ電の見所をいろいろと教えてあげたっていうのに終始不機嫌だったのはいったいなんなんだろうか。

そんなにポムポムプリンに会いたかったんだろうか。



江の島のこじんまりとした駅舎から随分長いこと歩いて江の島まで。

超高熱量の熱線にじりじり焦げながら、悲喜交々の橋を渡り、渡りきってすぐの古い食堂で生しらすをたらふく積載したご飯を食べる。

やや旧式の業務用冷房機が大袈裟な音を立てながら冷たい空気の粒を乱暴に吐き出すけれど、それでもどうにも下がりきらない執拗な七月の温度が買ったばかりの黒いTシャツを汗で汚した。


気の狂ったような長い階段をのぼって江島神社にお参り。

遠慮がちに両の手を合わせながら、まったく遠慮のない要求を次々と神様に突きつけてゆく。

投下資本利益率が気になるところである。


いつもならこのまま児玉神社にもお参りに行くところなのだけれど、どうでもいいお饅頭なんかにかまけているうちにすっかり忘れてしまった。

また今度行こうと思う。



どこにでもあるような萎びた土産物屋の店先で瓶のラムネを二本だけ買って、まるで存在意義の見出せないビー玉にあれこれ苦戦しながらちびちび飲みつつ駅まで歩く。

まるで全盛期の一色紗英を彷彿とさせるほどの爽やかな面持ちでさっき買ったばかりのポカリスエットを飲み干した細谷くんを尻目にようやくやって来た電車に乗り込む。

今にもこぼれ落ちてきそうなぐずついた曇天に落ち着きなく視線を泳がせながら、僕は電車がホームに滑り込むのをただ待っていた。

ほんとうのことを言えば、途中の駅から僕の隣の席に腰掛けた素朴な顔の女子高生に、すっかりいい感じに芳ばしくなった僕の匂いを嗅がれているような気がして、その自意識過剰な罪悪感にひとしきり身体をうち震わせながら、僕は電車がホームに滑り込むのをただ待っていた。



鎌倉に着いたぼんくらふたりはいよいよ降り始めた雨にぶつくさ言いながら最寄りのコンビニでビニール傘を二本買う。

傘を社会全体の共有物と捉えるアンブレラ共産主義思想の急速な拡大、及びシンパの急増に警鐘を鳴らすべく、僕らは傘をさすのである。

だって傘なくなると悲しい。


そのあと数分であっという間に止んだ雨にぶつくさ言いながら、小町通りを歩いて鶴岡八幡宮にお参り。まじ傘とか買っちゃって馬鹿みたい。

遠慮がちに両の手を合わせながら、まったく遠慮のない要求を次々と神様に突きつけてゆく。

投下資本利益率が気になるところである。


主に女性客で賑わうイワタコーヒー店で主に細谷くんが購入したパンケーキをもりもり食べてから湘南新宿ラインで東京へ帰る。

渋谷に近づくにつれ急騰し始める乗車率にすっかりメンタルをやられたパンケーキさん達は恵比寿の駅で途中下車して阿呆みたいに渋谷まで歩く。

名前も知らない地下アイドルの引退公演のあまりの客入りの悪さにすこしだけ心を痛めながら、線路沿いの道を明るい方へ明るい方へ歩く。


いろいろと煩わしい細谷くんを渋谷センター街のブックオフに置き去りにして、渋谷で働くまりこさんに会いに行く。


この日もまりこさんは僕を見つけて笑いかけてくれたからほんとうに嬉しかった。

なにこれ恋かしら。と思う。

一説によるとあれは別に僕に笑いかけてくれているのではなくて、僕の着ているダサいTシャツを嘲笑っているのだという根拠に乏しい噂も耳にするけれど、僕のTシャツはどれもこれも極めてセンスフルなのでまったく的外れな意見だと思う。

前に一度だけ褒めてくれた黒のTシャツを甲斐甲斐しくもまた着てきてしまったことが途端に恥ずかしくなって、へらへらと不恰好な笑顔を浮かべることしかできなかったことがひどく悔やまれる。

唇が読めたらいいのになと思う。




そういえば後で聞いたところによると、ブックオフに置き去りにした細谷くんはあれからずっと川島永嗣さんの著書を読んで時間を潰していたということだったから、ほんとうに申し訳ないことをしたと思う。

今度、川島永嗣さんのご著書を何冊か買ってあげようかと思う。





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