2007年12月10日
水木しげる探訪/鶴岡法斎
もう10年位前になるんだろうか。
自分は雑誌「スタジオボイス」の企画で水木しげるさんのインタビューに行った。
自分にとっては水木しげるというのは多大すぎるほどの影響を受けた作家である。事前からかなり緊張していたのを覚えている。
インタビューの内容自体は雑誌に掲載されたからいいとして、今回はその周辺の話を思い出せる限り、書いていこう。
多分、これ続きます。
思い出したら書き続けるという感じで。
インタビューの数日前だったか、編集から電話。
「あのご挨拶に何を持っていったらいいでしょうか。お酒か何か買っておきましょうか」と。
気遣いとしては常識の範囲だと思う。しかし自分はエッセイその他などで水木さんがほとんど下戸に近く、むしろ甘いものが好きだということを知っていた。なので、
「水木さんは酒を飲まないはずです。ええと、東京で一番高級なドラ焼きとかどうでしょう」と提案した。
実際、インタビューでドラ焼きを持っていった。銀座で買ったらしい。店の名前は失念。
それを見ると水木さんは喜んでいた。
娘さんかスタッフの人に、
「いま水木はドラ焼きに凝っているんですよ」といわれた。よかった、偶然に救われた。
そして水木さん、そのドラ焼きを箱ごと持ってしばらく仕事場のほうに行ってしまった。
スタッフに人によれば「自分専用の冷蔵庫」というものが仕事机の後ろにあるらしい。ここで自分はこのマンガ家の「食」に対する、こだわりを超越した執念を感じた。
仕事場から戻った水木さん、開口一番、
「お客さんにドラ焼きを出しなさい」と。
我々が持っていったのとは違う、来客用のドラ焼きがあるらしい。とれだけ凝っているのか。某ネコ型ロボットよりドラ焼きがすきだったのだろう、この時期は。
そして水木しげるとドラ焼きを食べながらお茶する、という状況に遭遇する。
そして自分は見た。
水木しげるは、自作のマンガそのものの食べ方をするのだ。
擬音で表現すると、
ガッ、モガーッ、ムシャムシャ、ムフフフフ…。
そして食べ終わって一言。
「水木さんはダイエットしているんです」
何のことをいっているのかよくわからなかった。(つづく)
自分は雑誌「スタジオボイス」の企画で水木しげるさんのインタビューに行った。
自分にとっては水木しげるというのは多大すぎるほどの影響を受けた作家である。事前からかなり緊張していたのを覚えている。
インタビューの内容自体は雑誌に掲載されたからいいとして、今回はその周辺の話を思い出せる限り、書いていこう。
多分、これ続きます。
思い出したら書き続けるという感じで。
インタビューの数日前だったか、編集から電話。
「あのご挨拶に何を持っていったらいいでしょうか。お酒か何か買っておきましょうか」と。
気遣いとしては常識の範囲だと思う。しかし自分はエッセイその他などで水木さんがほとんど下戸に近く、むしろ甘いものが好きだということを知っていた。なので、
「水木さんは酒を飲まないはずです。ええと、東京で一番高級なドラ焼きとかどうでしょう」と提案した。
実際、インタビューでドラ焼きを持っていった。銀座で買ったらしい。店の名前は失念。
それを見ると水木さんは喜んでいた。
娘さんかスタッフの人に、
「いま水木はドラ焼きに凝っているんですよ」といわれた。よかった、偶然に救われた。
そして水木さん、そのドラ焼きを箱ごと持ってしばらく仕事場のほうに行ってしまった。
スタッフに人によれば「自分専用の冷蔵庫」というものが仕事机の後ろにあるらしい。ここで自分はこのマンガ家の「食」に対する、こだわりを超越した執念を感じた。
仕事場から戻った水木さん、開口一番、
「お客さんにドラ焼きを出しなさい」と。
我々が持っていったのとは違う、来客用のドラ焼きがあるらしい。とれだけ凝っているのか。某ネコ型ロボットよりドラ焼きがすきだったのだろう、この時期は。
そして水木しげるとドラ焼きを食べながらお茶する、という状況に遭遇する。
そして自分は見た。
水木しげるは、自作のマンガそのものの食べ方をするのだ。
擬音で表現すると、
ガッ、モガーッ、ムシャムシャ、ムフフフフ…。
そして食べ終わって一言。
「水木さんはダイエットしているんです」
何のことをいっているのかよくわからなかった。(つづく)