火(ホ)と「ニワ」と鍋釜

庭を造るという現場から体験したこと、そして「人はなぜ庭を造るのか?」考え続けてきたことなどを、ぼちぼち綴るブログ。 等ブログの履歴などの情報は、最下部にあります。

火はホと読む。「ニワ」は庭と漢字で書かずカタカナで書く。鍋釜は漢字。
火は唯一人だけが制御できるエネルギー。「ニワ」は人としての基盤。鍋釜は人の食の道具。
一見、脈絡のない言葉がつながる。

021年(令和3年)6月11日、成田市台方の「麻賀多神社」に行った。

後で知ったのだが、「岡本天明」に「国常立神」から「麻賀多神社」で「日月神示」が降ろされた最初の日が、昭和19年(1944年)6月10日だった。(「「369トリップ」-17・・麻賀多神社と大杉-1」参照)

「日月神示」「富士の巻 第01帖・・・01帖」は、「富士は晴れたり日本晴れ」で始まる。

昭和19年6月10日に始まったその始まりの文章の原文は、

二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる

と数字の羅列らしい。(「ウイキペディア」よりコピー)

これを

富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる

と読ませている。

富士二二としている。

この「
二二」に大きな意味があるらしい。

「至恩之巻第02帖・・・932帖」には、

フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ
神示では012345678910と示し
その裏に109876543210があるぞ
〇九十まことの誠であるぞ
合わせて二十二、富士普字、不二であるぞ
神示ふでの始めに示してあろう
二二富士は晴れたり日本晴れぞ

と書いている。

012345678910」の数字数は「11」であり、
その裏の「
109876543210」も「11」で、合計「22二二」となる。

これを表にすると分かり易い。



012345678910」の合計数は「55」で、平均値は「5」。

「富士山」を「吉野信子」先生の「思念と数霊」で読むと、興味深い結果が出た

フ・・ 2・・増える・負・振動

ジ・・-23・・内なる示し

サ・・28・・隔たり・差

ン・・48・・掛る音を強める

数霊の合計 2-23+25+48=55

合計数の「55」は、上記の表の正の「5」と裏の「5」の上下と同じになる。

これは、0~10の中心数「5」でもある。

5」は「」で、の思念は、伝わるモノ・陽


一桁化して行くと、55→10→1

になる。

10」の思念は、指向・思考・芽

1」の思念は、根源から出る・根源へと入る

となる。

「日月神示」には「二二富士は晴れたり日本晴れ」が何度も何度も出てくる。

「富士山」が、日本の中心、いや世界の中心であることを示唆しているのかもしれない。

それと共に「中心数5・イ」の示唆かも知れない。

「岡本天明」は最後の著書「古事記数霊解序説」において、「第六章 5と言う根本数に付いて(上)」、「五と言う根本数に付いて(下)」などいたるところで「5・五」を追及している。

しかし、「岡本天明」はその芯髄までに至らなかったように思う。

これはまた、誰もその芯髄にまでは至れないのかもしれないが。

僕も「伊豆」を「イツ」と思い始め、「5・イ・五」の追求が始まり、2019年、2020年と伊豆半島をめぐり、2021年6月8日から「369トリップ」をスタートし、6月9日の「369の日」に、「富士山」の麓に立った。

そして、6月11日早朝、「麻賀多神社」の「大杉」の前に立った。

「日月神示」とはまた違うルートで「岡本天明」に接してみたいとの願いを抱いている。

僕にとっての「5・イ・五」の追求は、ここから再スタートするような気がしている。

つづく

Gardening研究会9月定例会のご案内

いつもの第三日曜日は、武部の所用で開催できず、古川さんとの相談の上、第四日曜日の9月26日に開催することになりました。よろしくご了承ください。

日時 2021年9月26日(日曜日) 13時より17時まで

会場 河南町立中央公民館3階会議室 (大阪府南河内郡河南町大字白木1387番地)

会費 無料

コロナ禍故に、会食はひかえるようにしますので、弁当は用意しません。各自昼食は済ませて来てください。飲み物もご持参ください。

テーマ:今、庭に求められているもの・・・討論形式

コロナ禍故に、世界的に大きな影響が出ているようです。特に交通、旅行、飲食店などの打撃は大きいようです。その材料を提供する産業も大変な状態だと察せられます。
詳しく調べた分けではありませんが、我々の造園界への影響は、何故か比較的少ないようです。
今この時代、庭に何が求められているのでしょうか?漠然とはしていますが、今我々がしていることから、探りを入れて行けば何らかのつかみどころが得られるかもしれません。
そのためにも各自の新作や、今取り組んでいることなどを発表し合うのは、有効だと考えます。
特別にテーマは決めませんので、何なりと発表し合い討論をするのも、未来に繋がると思います。
また、何か問題を抱えている人は、その問題をさらけ出してください。解決策が見つかるかもしれません。


Gardening研究会はプロを対象としていますが、「庭」に興味を持つ方なら、どなたでも参加出来ます。
公共交通機関では行きにくい場所ではありますが、多くの方の参加を歓迎します。
会場は広いので、予約なしでの飛込参加も可能です。


2021年(令和3年)6月10日は、茨城県の神栖市のビジネスホテルに泊まった。(「「369トリップ」-08・・鳥居と太陽」参照)

6月11日、6時前にホテルを出て、向かったのは、成田市台方の「麻賀多神社」だった。

「麻賀多神社」は今回の「369トリップ」で行かねばならない神社の一社だった。

ずっと以前から気に成っていた神社だったが、50数年前の僕の個人的な出来事で封印してきた地域であったので、行けないでいた。

その封印はともかく、今回行かねばならない理由は、「岡本天明」の「日月神示」故だ。

「吉野信子カタカムナ研究会・三期」の論文として「フトマニ・・・369真法陣とカタカムナ」を書いた。

この論文を書こうとしたことが、「369トリップ」を企画する切っ掛けともなった。

この論文を書く中で、「日月神示」を参考にしなければならないことが次々に出てくると共に、「岡本天明」の最後の著書「古事記数霊解序説」が大いに参考になった。(「「369トリップ」-01・・プロローグ」参照)

詳しくは別項で書くとして、6月11日に「麻賀多神社」に行ったのも奇遇だった。

「岡本天明」に「国常立神」から「麻賀多神社」で「日月神示」が降ろされた最初の日が、昭和19年(1944年)6月10日だった。

この件に付いては、帰るまで知らなかった。

僕が「麻賀多神社」に行ったのは6月11日だった。

10日は、50年らいの封印を解くために、香取市のある場所に行っていた。

僕自身がけじめを付けようと意思表示をしたのが、6月10日だったのだ。

ある意味、運命付けられていたのかもしれない、と思っている。

スマホのナビに案内されて「麻賀多神社」の駐車場に着いたのは、6時40分ぐらいだった。

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駐車場から見た「麻賀多神社」。

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周辺の森は、整地故に残されたようだ。

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鳥居には何故か「十六弁菊花紋」。

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「道祖神」も祀られていて、何と無く「申田彦大神」の匂いも。

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「祓戸四神」も祀られていて、「瀬織津姫」も。

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「麻賀多神社由緒」

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拝殿にかけられた扁額。

「日月神示」で有名になる前は、寂れた神社だったとか?

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拝殿。

「十六弁菊花紋」と「六芒星」が目に付く。

これは、いかなる暗示か?

他は、簡素。

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本殿は、赤と黒の色調が強調されている。

本殿左手背後に、

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「大杉」。

先ず「天日津久神社」を探していた。

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写真を撮っていたのに、気付かなかった。

本殿から、離れた場所に在るのでは?という調べもせずの勝手な先入観故だった。

背後の森を探しても見つからない、のは当然。

うろうろしながら、

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「大権現社」、

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「麻賀多大権現」、

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神楽殿などウロウロ。

参拝に来ていた方に聞いて、やっと分かった。

本殿の右側のすぐ後ろに在った。

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こんなに大きく書かれているのに、気付かなかった。

おかげで、周辺の観察が出来た。

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「天日津久神社」の祠。

再度「大杉」へ。

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「岡本天明」の最後の著書の復刻版である「古事記数霊解序説」と、僕の論文「フトマニ・・・369真法陣とカタカムナ」を「大杉」の前に置き「カタカムナ5首・6首・7首」、「あわ歌」、「君が代」を、一人大声で奏上した。

「岡本天明」と何らかの形で繋がりたいと感じた。

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朝日に「大杉」が光った。

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見上げてみると、真っ直ぐ伸びた幹が力強い。

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「大杉」の下部は、裂けている。

上部には裂け目が見られないので、落雷によって裂けたのかどうかは分からないが、神木には雷が落ちることが多いように思う。

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「大杉」の幹には、「人面」が浮かんでいるように見える。

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「天日津久神社」の鳥居の扁額にも、朝日のハレーションが当たていて、何だか祝福を受けたような気がした。

ゆっくり周辺を探索したいのだが、これから東京の都心を通り超えて、諏訪まで行かねばならない。

諏訪で「吉野信子」先生達と合流する。

つづく

「369トリップ」二日目の令和3年6月9日に「富士山の麓に立つ」が、僕にとってのメインのイベントとしていた。

何処に立つか?検討していた時、「不二阿祖山大神宮」の情報があちこちからもたらされた。

「神気の素晴らしい場所だ!」と書いている人もおれば、「新興宗教の酷い場所!」と酷評している人もいた。

そんな時、「カタカムナ学校」校長の「吉野信子」先生が、「この場所が気になるので、6月9日頃に行く!」とおっしゃっていたので、僕もこの場所を「369の日」に「
富士山の麓に立つ場所」と決めた。

地理院地図」上で「
不二阿祖山大神宮」と「富士山」の繋がりを調べていると、

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「富士山本宮浅間大社」の「湧玉池」と繋がった。(これに付いては、後で詳しく述べる)

それ故に、
不二阿祖山大神宮」に立つ!と決めた。

不二阿祖山大神宮」の「渡邉聖主大宮司」著の「【世界最古】不二阿祖山大神宮」という本(ヒカルランド刊)を見つけ、買って読んでみた。

表紙には、

もうこれ以上はない日本根本の秘密

と書かれ、

ここは世界鎮火の役割を担った富士山の大神宮

再建に傾くと富士は鎮まり、忘却に傾くと噴火する

日本沈没から世界沈没へのシナリオをくつがえすために
宇宙神社【不二阿祖山大神宮】から消された歴史・伝統の
すべてを「文献と科学」と共によみがえらせる!

富士(不二)こそがホンモノの高天原、
人類と世界文明のホンモノの発祥地


と、凄い言葉が並ぶ。

見返りには、

◎不二阿祖山大神宮は、宮下文書に書かれています。富士山は、平安時代に10回噴火して、大きい頂が2つになっていた。このときに不二阿祖山大神宮は焼けて消滅しているのですが、頼朝公が再建して、私の再建は4度目となります。
◎宝永噴火のときももそうですが、富士山が噴火すると神奈川県が大打撃を受けます。鎌倉に幕府をつくろうとしていた頼朝は、富士山の噴火があってはならないということで、大神宮を再建したのです。
◎徐福の一族の秦氏を使って、方術、方位学、今でいえば四柱推命学とか風水とかいろいろありますが、その元みたいなものを使って、富士山の鬼門の阿祖山大神宮を再建しないとダメだと、阿祖山大神宮を再建すると、富士山の噴火がおさまるということで再建します。
◎400年前の慶長の大地震ですが、このときもまた不二阿祖山大神宮が復活し始めます。1435年に富士山が噴火するのは、足利尊氏がここ(太神宮)をやっつけてしまうからです。これは南朝と関わっています。後醍醐天皇が鎌倉を打つとき、太神宮にカッ州しました。
◎慶長大地震のときは、富士山は噴火しませんでした。武田信玄とか豊臣秀吉とか、みんながここを何とかしようとして力を貸してくれたから、噴火しなかったのです。再建に傾くと、富士山は鎮まる。逆になると爆発します。


と、この場所と再建の重要性を強調している。

本の内容には、いろいろ疑問もあったが、先ず行かねば分からないので、行くことにした。

当初「吉野信子」先生と現地で会えるかと思ったが、先生たちは9日に大阪を出発するとのことだったので、現地では会うのは無理と判断した。

「石割神社の磐座」に行ったこともあって、「不二阿祖山大神宮」に着いたのは11頃だった。

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不二阿祖山大神宮」の社。

祭神は、

「元主一太御神(モトスハジマリオオミカミ)」

「御親元主国万造主・国常立太御神(ミオヤモトスクニヨロズツクリヌシ・クニトコタチオオミカミ)」

「元主天照主日太御神(モトスアマテラスヒオオミカミ)」

の三神で、配神の一神が、

「伊都能売大国魂大国主大御神(イツノメオオクニタマオオクニヌシノオオミカミ)」であるのが興味深い。

「伊都・イツ」は「5・イ・五」だと思っている。

今回の「369トリップ」の旅は、5・イ・五」を探す旅でもあったからだ。

出発前にFacebook友達になった方から、「階段の上に立つと、背後の山から素晴らしい神気を感じられるので、是非会員になって、階段の上にあがってください!」とのコメントをいただいていたので、社務所で会員登録をした。

会員になると、階段の上まで上がれる。

そこに立ってみた。

本殿の背後の樹木の枝が揺れ出して、心地よい風が吹いて来た。

聖地に行って、立つと、同じような風が吹いて来るのを、何度も経験している。

しばらくその風を楽しむ。

「不二阿祖山大神宮」の由緒をHPからコピー

始原神であり唯一神、宇宙の創造神たる「富士太神(不二太神)」を祀る日本最古の神宮である。不二高天原の御世は、凡そ三百万年前から二百万年前、此の地で国常立天皇により興され、富士太神(不二太神)を皇祖皇大神宮 別祖太神宮に祀り、祭政一致の神都として繁栄していく。

  ― 神皇紀に曰く ― 
『阿祖山太神宮は、地神第一代天照大御神の御宇、太御神親ら神祖神宗天太御神を高天原に奉らせ給ひし、神代唯一の大御社なり。
太御神は高天原小室阿田都山なる父太御神の止りましし、大御宮長日向の宮に止らせ給ふ。其傍に、宮殿を造営ましまして、神祖神宗代々の天つ太御神を奉らせ給ふ。之を高天原宗廟天社大宮阿祖山大神宮と名つけ祀らる。
後大柏木の下に、大神宮の宮殿を改造ましまして、更に、元宮阿祖山大神宮と改称あらせ給ふ。而して三品の大御を拝き、之を捧けさせ給ふを以て、儀典となすべし。且つ子孫代々、此の儀典を堅く守るべし。幾もなくして、太御神神避りましぬ。其心霊を、太御神の政所を設けさせ給ひし中室の麻呂山に奉り、麻呂山の神廟とぞ称し奉りける。』

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丸太で造られた階段の左側に、小さな池が在り、その背後に洞窟状の構造物もあった。

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説明には、

蓬莱山島石組
不二山の真北にあり、
宇宙エネルギーが高い金峰山奥之院と不二山奥宮のエネルギーがこの石組に繋がっていますので
世界最大の宇宙エネルギーがあるところといわれております。
ここでは、日・水・土大神様のエネルギーを感じていただけます。


と書かれているが、どれがその石組かよく分からないし、そのようなエネルギーも感じることは出来なかった。

奥秩父山系に2599mの「金峰山」という山が在るが、富士山の真北ではない。

「不二阿祖山大神宮」の北側にも871mの「金峰山」が在るが、「富士山」との南北関係はない。

聊か検証がずさんなように思う。

「富士山」のほぼ真北にある山は、甲州市の「塩ノ山」であり、この山に付いては、当ブログでも紹介している。(「烏帽子山→富士山→塩ノ山の南北ラインと伊豆半島の浅間山-18 塩ノ山に登る」,「烏帽子山→富士山→塩ノ山の南北ラインと伊豆半島の浅間山-19 塩ノ山山頂周辺と南中する太陽」、「烏帽子山→富士山→塩ノ山の南北ラインと伊豆半島の浅間山-19 塩ノ山から尾根を降り、巨石・磐座出会うに」、「伊豆半島のイワナガヒメを訪ねる旅-11 ピッタリ繋がった塩ノ山」参照)

一応僕は専門家でもあるので、石垣や池の作りはかなり稚拙に思う。

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石垣の右側。

階段を挟んだ石垣の左右に、石で彫刻されたプロペラのようなものが不明だったが、先に引用した本に、

正中
向かって右が火、向かって左が水。御本殿の真ん中を正中というのですが、向かって右が上座になります。しかし、上様の方から見ると左の方が上座です。左は火の方で、左回転で、下に左に回転するスワスチカを置いている。神様の方からごらんになると右側に、右に回転するスワスチカを置いている。真中で一つになる。これを正中といって、火と水で神、神の气が下にずっと流れています。
祭事をするときは必ず正中でします。普通の人は通れません。横綱がしめ縄をすると相撲道の神になるので正中を通れますが、普段着では通れません。
男性が左、女性が右という歩き方になります。全部意味があるけれども、なかなか伝わらなくなっている。ここでやっていると、何もしなくても勝手に左に回ったり右に回ったりします。くるくるくるくる回ります。何故かというと、要するに開店するから。
气に合わせてくるくる回ってしまう。

と説明していた。

スワスチカ」とは「卍」のことらしい。

それで、

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このような「
」マークがあるのかもしれないが、作りがいかにも安易。

石垣の左側に、

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小さな立石が祀られていた。

本の解説によると、

本殿の左側にあるお社は、東北本宮小室浅間神社の山神社であり、山神と共に地神が祀られていたといわれている。太神宮の境内にある「地神」。これは、太神宮と浅間神社が元は一体であったことを意味している。

とある。

しかし残念ながら、使ってある石にモルタルが付いたままであったりで、粗雑さが目立つ。

古材を使うのは良いが、やはりきれいに掃除して使わねばならない。

ましてここは、神域。

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この藁で巻かれた「三つ鳥居」が何を表しているのかよく分からない。

石垣の左側に「山神」立石が祀られていたが、「不二阿祖山大神宮」の谷を挟んだすぐ北側に、

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「山神社」があったので行ってみる。

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古くから祀られている感じで、植林された杉を、鳥居代わりにしていた。

このような鳥居も、今までに何社か出会っている。

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赤い鳥居と祠。

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「阿祖山大神宮」とは違い、地元が古くから祀って来たという感じ。

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祠は石。

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「山神社の石の祠」と「阿祖山大神宮」の本殿の位置関係は、この写真でありあり。

この「山神社」配置的にも無視はできない。

冒頭にも「不二阿祖山大神宮」→「富士山」→「湧玉池」のレイラインを示したが、それをもう少し詳しく。

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「不二阿祖山大神宮」は、「富士山本宮浅間大社」の「湧玉池」と繋ぐと、

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ラインは、「富士山頂上久須志神社」を通る。

「石割神社の磐座」と「五ケ所・浅間山」繋いだラインも同じ場所を通る。

富士山頂上久須志神社」は「富士山頂上浅間大社・奥宮」の末社とされているが、祀られているのは、「國づくりの神」として名高い「大名牟遅命」と「少彦名命」を祀っている。

これには、隠された何らかの意味があるように思われる。

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「不二阿祖山大神宮」と「山神社」の位置関係。

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「富士山本宮浅間大社」と「湧玉池」の位置関係。

この地図からも、「富士山本宮浅間大社」が、「富士山」を向いていないことがよく分かる。

「不二阿祖山大神宮」は、このレイラインからも、しかるべき位置に在ると感じる。

しかし、聖域のデザインは、極めて稚拙で、美意識に欠ける。

宗教施設の「美」は極めて重要だと考えている。

それが稚拙であると、集金目的の新興宗教と思われても仕方がない。

「不二阿祖山大神宮」する評価が、判れるのもこの辺りに在るようだ。

この「不二阿祖山大神宮」という神社名から、「阿蘇山」→「富士山」のラインを引くと、そのラインは、「鹿島神宮」にまで伸びていった。

そしてその壮大なレイラインは、最強のパワーラインでもある。

「中央構造線」の絡みも面白い。

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(「「369トリップ」-04・・東京オリンピックとレイライン」参照)

つづく

「369トリップ」二日目の「369の日」、急な情報から「石割神社の磐座」に行った。(「「369トリップ」-14・・石割神社の磐座」参照)

「石割神社の磐座」と「富士山」を繋ぐと、「外宮」の真南に在る綺麗な三角の山「五ケ所・浅間山」と繋がることを見つけた。

その向かう途中、道路脇に氣になる神社が在ったので、帰りに寄ってみた。

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氣になる予感は的中した、「天狗社」とある。

写真には、虹のような霞が写り込んでいるが、僕はこのような現象をあまり気にしない。

のべつ写すわけでもなく、たまに写ることがある。

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神紋は、勿論「葉団扇」。

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祭神は「武甕槌命(タケミカズチノミコト)」とあり、???。

「武甕槌」は「建御雷」とも書き、「鹿島神宮」の神とされている。

この由緒書きには、

当社は古くは字天神木に祭祀されていたが、寛文年中現在地に移された。その後美(御)正体権現を勧請併祀し、御正体山下の宮と称した。降って宝暦二年(1752)年、近郷近在は勿論駿州御厨地方の村々の多大な協賛を得て社殿の大修築をした。」明治初年神仏分離令によって祭神を
武甕槌命と定め以来武勇の神とされてきたが、戦後になって従来の信仰がよみがえってきた。

と、書かれている。

祭神を「
武甕槌命」としたのは、明治以降だったようで、それまではどのような神を祀っていたのだろうか?

「天狗」と「武甕槌命」とは、結び付かないように思う。

「天狗」の風貌は、「猿田彦」、そう「申田彦大神」。

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扉などの彫刻も素晴らしい。

同じように「天狗」がいっぱいいた沼津市の「大瀬崎」の「引手力命」を祀る「大瀬神社」の彫刻も見事であった。(「烏帽子山→富士山→塩ノ山の南北ラインと伊豆半島の浅間山-7 大瀬神社と大瀬神池」参照)

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見事な「天狗」。

この後にも、何度か「天狗」に遭遇した。

「天狗」と
武甕槌命」との関係を調べてみたが、よく分からない。

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ブルーシートの下は、明らかに「土俵」。

毎年10月19日に「奉納相撲」が行われるらしい。

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このような祠も在った。

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境内から見る「富士山」も見事。

「天狗社」の向いている方向が気になったので「地理院地図」で調べてみた。

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「天狗社」は、「諏訪大社上社」の方向を向いていた。

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ほぼ正確に向いていると言えそう。

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「天狗社」と「諏訪大社上社」を繋いだレイラインは、「諏訪大社上社・前宮」と「ミシャグジ神社の傍も通る。

「天狗社」に祀られている
建御雷命」は「出雲の国譲」において、国譲りに反対した「建御名方命」を追い出したとされる神。

その建御雷命」が「建御名方命」を遥拝する形になっている。

「369トリップ」-13・・忍草浅間神社」で書いたように、「忍草浅間神社」には、「建御名方命」と建御雷命」の両神が祀られている。

富士山周辺の「浅間神社」には、摂社・末社として「建御名方命」が祀られていることが多かった。

まだよく分からないが「出雲の国譲」には、多くの謎が秘められているように思う。

そして「富士山」と「諏訪湖」との関係にも、興味を持っている。

つづく

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