火(ホ)と「ニワ」と鍋釜

庭を造るという現場から体験したこと、そして「人はなぜ庭を造るのか?」考え続けてきたことなどを、ぼちぼち綴るブログ。 等ブログの履歴などの情報は、最下部にあります。

火はホと読む。「ニワ」は庭と漢字で書かずカタカナで書く。鍋釜は漢字。
火は唯一人だけが制御できるエネルギー。「ニワ」は人としての基盤。鍋釜は人の食の道具。
一見、脈絡のない言葉がつながる。

上森三郎」さんに初めて会ったのは、2012年5月19日、関西日本サイ科学会で「地上絵の発見から邪馬台国の謎を解明」というタイトルで、講演会をしていた。

僕は「邪馬台国」に興味を持っている分けでもなかった。
 
当時、「関英男」さんに興味を持っていて、一冊本を読んでいた。

「関英男」さんを調べていて、「関西日本サイ科学会」に行き着き、その時の講演会が上森さんだった。

別に興味があったわけでもないが、なぜか気になってその講演会に参加した。

第一印象は「胡散臭い」だった。

しかし何故か、この人物が気になって仕方がなかった。

それで、その後の上森さんの講演会に何度か参加した。

直接話すことはなかったが、ますます胡散臭く、かつ気になって仕方がなかった。

それで、その年の8月末、上森さんの会社に行った。

結局これが、運命的な出会いになってしまったようだ。

それから、上森さんが地図上で重要ポイントだという場所、殆ど誰も行かないような山中に分け入ることになった。

僕の若い頃の山の体験と、磐座への強い関心が生きたのか、次々にその重要ポイントを確認して行った。

何故かそのポイントの近辺には、磐座が在った。

それ故か、上森さんも「磐座」に目覚めた。

上森さんと出会って、もう丸5年経った。

一緒に沢山の山に登り、僕までが不思議世界にどっぷりつかってしまっている。

上森さんは、いわゆる常識外れのことを言う。
それも、堂々と言い、今までに本を3冊出版し、間もなく4冊目が出版される。

イエス・キリスト、聖母マリヤ、モーセ、アブラハム、テラなど、旧約聖書や新約聖書に出てくる聖人の陵墓が日本に在るという。

信じがたいような話だが、その全ての場所に、僕が道案内のごとくして行っている。

僕はどちらかというと、このような話には疑り深い。
物証がなければ信じがたい。

しかし、そのような場所に実際に行き佇んでみると、それも有りかと思ってしまう。

そこでは、僕も不思議人間になってしまう。

もう一つ、上森さんが言う常識外れ。
それは「弘法大師・空海」は高野山・奥の院の「弘法大師廟」には居ない。

「空海さま」の遺体は、運び出されている。

と、上森さんはずいぶん前から言っていた。

今回は、この「空海さまの眠る陵墓」を探すのが、目的。

上森さんは、「神さま」から教えられて地図上にポイントを打つという。
上森さんの話を聞いていると、「神さま」と「空海さま」がいつもダブル。
上森さんを導いているのは「空海さま」らしいが。

前置きがずいぶん長くなってしまったが、上森さんは今年1月9日「空海様の御遺体が最終埋められた場所」という記事を、自身のブログ「かごめかごめの真実とは」に書いた。

そのブログでは、ほとんど何も分からない。

1月12日「先人たちは魚やウサギを造って楽しみながら仕事をしていましたね」と記事を書き、地図も示したが、その地図では場所を探すのも容易ではない。

1月14日「二匹の魚と同距離に弘法山」という記事でも、まだよく分からない。

上森さんは、広島県三次市にある「弘法山」を注目しているらしい。

「弘法山」という山名が示す通り、標高584.2mの弘法大師信仰の聖地らしい。

もう一ケ所「空海さまの眠る陵墓」を示す山が「遙照山」だった。


「弘法山」と「遙照山」が示すポイントは、山口県周南市にある「616mの山」で、地理院地図には山名の記述はない。

この「616mの山」の情報をハイキング記録などから調べた見ると、通称「望海山(ノゾミヤマ)」というらしい。

「望海山」のコンターラインは「魚の形」をしている。

2月11日、「望海山」探索の前に行くべき山として、「弘法山」と「遙照山」のどちらに行くべきか迷ったが、時間的な理由で「望海山」に行った。

「遙照山」については「岡山県浅口市の大聖地・遙照山」シリーズですでに三度書いてきた。

上森さんが、「遙照山」に注目した理由。

まず、高野山の「弘法大師廟」~山口の「望海山」にラインを引く。
その中間地点から直角ラインを引き、めぼしいポイントを「地理院地図」上で探す。

そのポイントから、両ポイントにラインを引くと「二等辺三角形」が出来る。

上森さん方法は「直角三角形」や「二等辺三角形」。

02-21-1
上森さんのデータから、僕が地理院地図上に書いた「二等辺三角形」。
右端のポイントが高野山の「弘法大師廟」。

上のポイントが「遙照山」。

左のポイントが「望海山」。

途中に打った赤丸ポイントは、僕が興味深く思った場所。

02-21-3
「弘法大師廟」周辺の詳細。

02-21-2
「遙照山」。

02-21-4
ターゲットである「望海山」。

海抜600mのコンターラインは「魚の形」に見える。

この「魚の形」と「空海さま」の幼名「真魚(マオ)」から、上森さん達はこの山を「真魚の山」と呼んでいる。

「地理院地図」の機能で距離などの計測も出来る。

「弘法大師廟」~「望海山」-365.6km

「遙照山」~「弘法大師廟」-187.6km

「遙照山」~「望海山」-188.6km

「二等辺三角形」の距離の誤差は、僅か1km。

「遙照山」が、「弘法大師廟」と「望海山」を繋ぐ上で、極めて重要なポイントであることが理解できる。

「遙照山」山頂には「両面薬師堂」があり、不思議な石仏である「両面薬師」が祀られている。

開山は「慈覚大師・円仁」延歴13年(794年)~貞観6年(864年)。
円仁は「伝教大師・最澄」に師事した、天台宗の高僧で入唐し、第三代天台座主にもなっている。
それ故勿論、「両面薬師堂」は天台宗の寺院。

それなのに不思議なことに、「両面薬師堂」の西側に「南無大師遍照尊」という扁額のかかった堂がある。

「南無大師遍照尊」といえば当然「弘法大師・空海」。

その横には、明治時代の建立だが、五鈷杵を持ったお馴染みの「空海さん」の石像まである。(「岡山県浅口市の大聖地・遙照山-2 何故か空海さん」参照)

「遙照山」は察するに、「天台宗」の山。

であるのに「伝教大師・最澄」を祀らずに、「真言宗」の宗祖「弘法大師・空海」を祀っている。

「空海さん」宝亀5年(774年)~承和2年(835年)なので、円仁は20歳年下。
同時代人といえる。

円仁は入唐時、「空海さん」が行った「長安」にも行き、当時天台宗には無かった「金剛界曼荼羅」を手に入れている。


ここからは僕の妄想。

円仁は「伝教大師・最澄」に師事しながらも、密かに「弘法大師・空海」への憧れを持っていたのではなかろうか。

それを密かに表すのが「両面薬師」。

同時代人だから、「空海さん」と何らかの接触があっても不思議ではない。

上森さんは、「空海さん」没後15年経ってから、遺体は運び出されたと言っている。
「神さま」に教えられたそうだ。

計算してみると、円仁 56歳。

「空海さん」の弟子や信者が、その遺体を「弘法大師・空海」の聖地である「高野山」から持ち出すなどとは、とても考えられない。

持ち出す可能性のあるのは、密かに「空海さん」への憧れを持ち、しかも「空海さん」と生前に接触のある人物で、力のある人物。

当然のことながら、遺体を持ち出すことについて「空海さん」の許可を得ておかねばならない。

「円仁」しか僕には考えられない。

では「空海さん」は「円仁」に許可を与えたのだろうか。

それは「空海さん」没後、「真言宗」は「空海さん」の思いとは別の方向に進んでしまうと睨んでいたからではなかろうか。

「空海さん」のの願いは、真実を見出す時代と人物の到来。

その人物とは「空海さん」が導いている「上森三郎」さん、その人。

上森さんは「遙照山」山頂に在った「二層の塔と仏像の彫られた石」の上部に付けられた傷が示す方向から、「望海山」との繋がりを確信していたようだ。

僕には、上森さんのような神懸りなあるいはスピリチャルな能力はまるで無いので、「望海山」の登山記録から、山の状況を想像したりしていた。山頂から海が見えるようだが、石・岩・磐座のようなものが見当たらない。
前山ともいうべき「城山(452.6m)」には磐座らしいき物があるのだが。

つづく

「両面薬師堂」の周辺の磐座・磐境群の観察をしていると、同行の田中孝子さんが「あっちにも大きな石が在りますよ!」と、声を掛けてくれた。

早速見に行った。

IMG_1504
山頂の標識のすぐ横の笹薮の中に「陽石」お思わせる石が在った。
 
手前に、踏み石か祭壇を思わせるような、天端の平らな石も在る。

決して大きくはないが、山頂に在り、存在感もある 。

IMG_1506
すぐ横に「三等三角点」。

「遙照山」は標高405.0m。

02-17-1
地理院地図から「遙照山」をカット。

山頂付近は、かなりの面積比較的平。

そのコンタラインは「勾玉型」。
これも何らかの暗喩か?

山頂のすぐ下に温泉マークがある。
ラドン温泉」。
鬼の怪我を治したという伝説の温泉らしい。

これも「聖地」を示している。

件の石を観察していてびっくり。
クッキリとした線刻が施されている。
 
IMG_1530
二層の屋根の上に、「相輪」。
 
一番上の長円形の窪みは「宝珠」であろうか。

9本の横線は「宝輪(九輪)」であろう。

 「相輪」があるので「層塔」だと思うが、通常は三・五・七・九・十三重塔であるようだが、「二重」は珍しい。

IMG_1529
その一重目の四角の中に「梵字」あるいは「サンスクリット文字」。

上森さんはこの梵字を「ウーン」と見た。

確かに。

「三十日秘仏」の十二日仏の「難勝仏(ナンショウブツ)」とか。

「遙照山」に登ったのは2月11日。
12日に本命の山口県の山に行く。
十二に、上森さんは何らかの縁を感じたらしい。

僕には「オーム・OM」。
これは、僕の屋号でもある「OM環境設計」。
僕はこの屋号(当初は「創作庭園オム」としていた)を使い始めて45年以上になる。

「聖音オーム」は「ア・A」「ウ・U」「ム・M」とされ、宇宙の始まり、持続、終滅を表すと聞いていたので、これよりでかい意味を持つ言葉は無いだろうと思って屋号にし、サンスクリット文字をマークとした。(きちんとした解説は、先のリンクを参考に)

もしこの「梵字」ないしは「サンスクリット文字」が、「オーム・OM」だとすれば、僕との縁も深いものがある。

僕も何だか嬉しくなってしまった。

上森さんは、石の天端の割れ目を気にし、「コンパスグラス」で方位を計測している。

その時田中さんが「仏さまがいる!」と言った。

IMG_1531
向かって右側の石の地際に、二体の石仏。
上部は庇状になっている。
石仏はごく小さなもので、地際に在り極目立たない所に彫っている。

上下に二体彫っているのも珍しいように思うし、彫りも違うように思える。

上の石仏はやや風化が見られるが、下の石仏はクッキリとしている。
何故か色合いも同じ石と思えないぐらい、ずいぶん違う。

IMG_1532
上の石仏のアップ。

IMG_1533
実に柔和な美しい顔。
何という仏か、僕には分からない。

上森さんが気にしている、天端の割れ目。

IMG_1528
この割れ目と、祭壇石の様な石の右ラインが、12日に行く本命の山を指しているという。

僕たちは、勿論このような石が在るとは予想もしていなかった。
上森さんは、この石が在ったことで、もう大満足。
12日に登る山に大いに期待をしている。

先に示した地図の左側のラインが、その山に至る。

ちなみに、右側のラインは、高野山の奥の院「弘法大師廟」に至る。

この地図の示す意味については、次回。

つづく

「遙照山(ヨウショウザン)」の山頂には「両面薬師堂」がある。
薬師如来と釈迦如来が合体した石仏が安置されているらしいが、2月11日に行った時は、お堂は鍵が掛かっていて、「両面薬師如来」に対面することは出来なかった。
(「両面薬師如来」の写真が掲載されているブログ。http://www.asakuchi-kanko.org/blog/?itemid=125)

「両面薬師」が祀られているので、お堂の入り口も南北にある。

IMG_1508
北側の欄間。
「虎」がいる。

IMG_1507
裏側には、「波兎」。

IMG_1510
南側は「龍」。

IMG_1509
裏側には「蓮」。

何か意味ありげだが、僕にはよく分からない。

「両面薬師堂」の開山は「慈覚大師・円仁」延歴13年(794年)~貞観6年(864年)。
円仁は「伝教大師・最澄」に師事し、第三代の天台座主。

したがって「両面薬師堂」も天台宗に属するはず。

ところが、こんな石碑が在った。

IMG_1483
彫られているのはお馴染みの、右手に御故障を持った「弘法大師・空海」像。
明治時代に建立された石碑。

IMG_1522
「南無大師遍照尊」と。
勿論表しているのは「南無大師遍照金剛」、つまり「弘法大師・空海」。

IMG_1523
このお堂の欄間にも「龍」。

IMG_1524
裏面は「雲」。

天台宗の山に何故に「弘法大師・空海」が祀られているのか、いささか不思議に思うが、「これでいいのだ!」

上森三郎」さんは、2月12日、「空海さん」を求めてある山を目指す。

勿論、何の文献資料もない。
示しているのは地図上のポイントだけ。

「遙照山」がその重要ポイント。

上森さんは「神さま」に教えられるという。
その「神さま」とは「空海さま」でもあるらしい。

僕にはいまだ「神さま」がよく分からない。

しかし、何の予備知識も無く「遙照山」に来たが、やはり「空海さん」がいる!

IMG_1482
そしてやっぱり「お稲荷さん」。

IMG_1521
「白光稲荷大明神」とある。

建築の造りは、神社というよりお堂だが、仏教系の「荼枳尼天(ダキニテン)」を祀る「お稲荷さん」とは違うようだ。

中を覗いてみたが「狐さん」が見当たらなかった。
「空海さん」と「お稲荷さん」は縁が深い。

また「稲荷神」=「猿田彦」でもある。

IMG_1514
「遙照山」の山頂付近の土はかなり「赤い」。

聖地を求めて探索していると、このような「赤い土」によく出会う。

それ故に僕は、「赤い土」を聖地の目安の一つにしている。

それと「電波塔」。

四方を見渡せる山の多くは「聖なる山」とされていた。

今はそのような山の山頂付近に、「電波塔」が建ち並んでいる。

昔も今も「通信基地」。そのような気もする。

「遙照山」にも数基の「電波塔」!


 つづく

2月11日、上森三郎さん田中孝子さんと共にまず向かった先は、岡山県浅口市の「遙照山(ヨウショウザン)」。
標高405.0m。三角点がある。

上森さんは、この山を非常に重要視していたが、僕は予備知識・零。

上森さんが重要視した分けは、後で書くとして、予備知識なしで行くのも、無垢でいられるので良いかもしれない。

新倉敷駅近くでレンタカーを借り、「遙照山」に向かう。

山頂には数基の電波塔があり、山頂まで車で上がることが出来る。

山頂には「両面薬師堂」があり、開山は「慈覚大師・円仁」との事。

祭られているのは「両面薬師」。
南面が薬師如来、北面が釈迦如来という二仏一体という石仏が安置されているらしいが、扉が閉ざされていて、会い見えることは出来なかった。

山頂に到着し、車から降りたとたんに目に付いたのがこれ。

IMG_1465
「両面薬師堂」を取り囲んでいるようにも見える列石。

IMG_1466
反対側から見る。
左手にも石が在る。

お堂の前にも、平たい石。

IMG_1469
石の窪みが面白い。

IMG_1470
反対側に回ると祭壇もあり、明らかに祀られた石。
つまり「磐座」。
こちら側は北側。

IMG_1478
南側にも祀られた石。

IMG_1479
さらにもう一基。
南側には二基の祀られた石・磐座が在る。

IMG_1480
この様な列石も。

なぜか東側には、石が見当たらない。
降りて行けるので、降りてみると、一段下に石が現れる。

IMG_1486
石積みの上に石組。

IMG_1487
最上部の組み方が面白い。

IMG_1495
裏側に回ると、石垣。
明らかに人為的に組まれたものであると分かる。

IMG_1496
最上部の石組を、真横から見る。

IMG_1497
最上部の石組の細部。
位置情報、
N34°34’23.48”  E133°36’40.12”  高さ413.3m(誤差あり)

この形に何となく見覚えがある。

それは、和歌山の「緑風舎」で見つけた不思議な石組。

P1120552
この石組の前には、もと社があったという。(2014年4月1日撮影)

立石の間に小ぶりな石が組まれているのが、「遙照山」の東側で見つけた石組とよく似ている。

「緑風舎」の石組の軸線は「東西」だが、「遙照山」の石組は「南西-北東」。

日の出、日の入と関係あるのだろうか。

「遙照山」のこの石組は、庭園石組とは明らかに違う。
組まれたのはさほど古いようには思えないが、樹木の大きさなどから察して、50年以上は放置されているのではないだろうか。

さらに降ってみると、面白いものが現れた。

IMG_1488
石垣。

IMG_1489
両面積まれているので、土留めではなく、塀。

門を形成しているのなら、左右両面に無くてはならないが、片面しか無い。
何のために作られたのだろうか。
何とも不思議な構造物。

IMG_1490
壊れた建物の残骸。
ずいぶんあれている。
「両面薬師堂」の南側にも少し降りてみたが、沢山の石仏が在ったが、石は数個見つかっただけ。

北側は、表参道のよう。

IMG_1473
北側から見た「両面薬師堂」。

少し降りてみたが、こちら側にも目立った石は見つからなかった。

ただ、登山記録を見ると、「遙照山」の山腹には、「鬼の手形岩」など名前の付いた、巨石・磐座も在るらしい。(http://www.kct.ne.jp/~itadani/yousyouzan.html

つづく

GARDENING研究会2017年2月定例会ご案内
                      2017年02月13日
                        武部正俊
日時 2017年2月19日 11時より17時
会場 河南町やまなみホール(大阪府南河内郡河南町大字白木1387番地    TEL0721-93-6222)
昼食費 1,100円
随時参加者会費 2,000円
申し込みは2月17日までにお願いします。
TEL 090-2599-7367 
FAX 072-290-2813
E-mail  omtakebe@sakai.zaq.ne.jp

2月定例会の案内が遅くなってしまって申し訳ありません。

今年の冬は寒暖の差が激しく、いささか落ち着きません。インフルエンザも流行っているようです。肺炎を併発する事例もあるようですので、気を付けましょう。

テーマ① 甲田貴也の世界旅行報告・中国編・・・甲田貴也さん
先月に引き続き、甲田貴也さんによる旅行報告です。前回はさわりのピックアップでしたが、今回は中国を主に話してもらいます。
中国の主要都市だけではなく、かなりの辺境の地にも行ったようなので、その文化・景観の多様性も紹介してもらえるかもしれません。興味津々です。

テーマ② あるものを生かして使う・・・武部正俊
現在芦屋で新規工事の進行中です。仕上げ段階に来ています。
擁壁工事中、現場から沢山の石が出てきました。建築業者にその多くを残してもらい、その石を使うようにしました。六甲山系ですので、殆どは花崗岩です。大小の自然石で、間知石以外は切石ではありません。選んだ石ではありませんが、石垣と石組に使いました。
石ころやガラも沢山出てきました。それを捨てることなくほとんどすべて使いました。材料費はタダですが、それなりの手間がかかります。
あまり記録は取っていませんが、スマホの写真を見せながら、工事の過程を話します。
ただの材料ですが、究極の贅沢をしているような気にもなりました。

テーマ③ その他の新作発表・・・発表者未定
規模の大小を問わず、新作発表をどんどんしてください。
人に見てもらう。人前で話す。プレゼンテーションをする。スキルアップにつながります。特に若手の方はどんどん発表し、批判も受けましょう。



案内は武部正俊のブログやフェイスブックでも公開しています。随時参加も可能です。
随時参加費は2,000円とします。 

このページのトップヘ