火(ホ)と「ニワ」と鍋釜

庭を造るという現場から体験したこと、そして「人はなぜ庭を造るのか?」考え続けてきたことなどを、ぼちぼち綴るブログ。 等ブログの履歴などの情報は、最下部にあります。

火はホと読む。「ニワ」は庭と漢字で書かずカタカナで書く。鍋釜は漢字。
火は唯一人だけが制御できるエネルギー。「ニワ」は人としての基盤。鍋釜は人の食の道具。
一見、脈絡のない言葉がつながる。

6月6日、前日に出会うことの出来た「サムハラ神社・奥の宮」が鎮座する「日詰山」の「ホト型の磐座」へ、希望者を案内した。

宿の「ウッディーハウス加茂」を出発したのは5時半頃で、参加希望者は全員で8名だったか?

車は2台。

今回の主催者「服部純子」さんが、「金刀比羅神社」の許可を得ているので、車で拝殿の前まで行くことが出来た。

現在の「サムハラ神社・奥の宮」とは別の東側に鎮座する元宮へ。(「サムハラ神社・奥の宮-2 奥の宮と磐座に出会う」参照)

服部さんは地元・津山の方で、「サムハラ神社」の崇敬者でもあるようで、何の躊躇もなく階段を登って行く。

社の前で「御挨拶を!」と、社の扉を開けた。

そして持って来た塩、日本酒などを供えた。

社の中は空っぽに近い状態で、服部さんは「木の勾玉が二つ在るだけ!」と言っていた。

場所は狭いが、しばし全員で祈る。

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(この写真は、「カタカムナ・リトリートinサムハラ神社奥の宮 カタカムナ平和の詩を響かせる」の奉納の後撮ったもので、時間軸は違っているが・・・)

この社のすぐ背後が尾根で、「ホト型の磐座」はその尾根を少し登った所に在る。(「サムハラ神社・奥の宮-2 奥の宮と磐座に出会う」参照)

やっぱり複数人で行くと、新たな発見がある。

僕は、向かって右端っこから「ホト型の磐座」に相対していた。

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すると「ホト型の割れ目」の最上部に、「線刻のような人面」が見えた。(磐座の全体像は「サムハラ神社・奥の宮-2 奥の宮と磐座に出会う」参照)

5日に出会った時は気付かなかったが、見る位置を変えたことによって、ハッキリと見えた。

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部分拡大をして見る。

掃除をしていないので、ゴミなども多数付着したままだが、僕にはハッキリと「線刻の顔」に見えた。

キリッと凛々しい顔に!

この面はほぼ、東北を向いている。

つまり「夏至の日の出方向」を向いている。

周囲はジャングル化してしまて、直射日光は望めないが、夏至の最も強い朝の光が差し込んでいたのではないかと思う。

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夏至(6月21日)に近い6日の朝日が木間から差し込んで来た。(撮影したのは、6時16分)

宿に帰って朝食前に、宿泊参加者全員集まって「ウッディーハウス加茂」の駐車場から、先ほどであって来た「ホト型の磐座」に向かって、「かたかむな・ウタヒ5首、6首、7首」などを奏上。

位置もピッタリの場所。

そして朝食。

そして集まって「カタカムナ平和の詩」の練習と、地元の崇敬者で「サムハラ神社」の研究者の方からレクチャーを受ける。

当日参加者も含めて30名ぐらいに成っていたのだろうか、歩いて「日詰山」に向かう者と、荷物などをもって車で向かう者と別れて出発。

11時11分、「サムハラ神社・奥の宮」の元宮の前で「カタカムナ平和の詩」奏上。

盛大に行われたが、その模様は、


参照。

儀式の後、希望者を募って再び「ホト型の磐座」へ。

地元の崇敬者や研究者が多数登る。

「ホト型の磐座」の手前に在る「塚」のような膨らみに来た時「お墓かも知れないので、挨拶をお願いします。」と僕。

そして磐座へ。

地元の方の一人が「この瘤のところまでは何度も来たが、この磐座は今まで気付かなかった。」と言っていた。

地元の崇敬者や研究者も、この磐座他相対するのは、初めてだったようだ。

そして、山上に山城が在ったこと、尾根上に元の社が在ったことを教えてくれた。

その元の社が焼かれてしまったので、今ある元宮が再建されたようだ。

そして今は、西側の山腹に遷座している。

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植林されていて分かりにくいが、元の社が立っていた場所で、平らに開削されていた。

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石垣の一部も残っていた。

元々の「サムハラ神社・奥の宮」の社も古いものではなく、

サムハラ神社の歴史
1581年、加茂町中原(現在サムハラ神社がある山)に落合城があり、そこにはサムハラと神字で書かれた石碑がありました。
その石碑を拝み、その神字を紙などに写して身に付けた武者は矢や鉄砲の弾が当たらないということで熱心に拝まれており、さらには災厄除けとして拝まれていました。
 
1935年、田中富三郎氏が荒れ果てたサムハラの祠を復興します。
さらに1950年に大阪にも建立し、地元である加茂町のサムハラ神社を奥の院としました。


とあり、この「磐座」の少し下の旧地に社が建てられたのは、1935年ということだろうか?(「サムハラ神社はたどり着けないパワースポット」よりコピー)

「日詰山」は359mの低い山で、尾根は東北東方向に伸びている。

その山麓に「ウッディーハウス加茂」が在る。

5日に登った時も、この尾根が本来の参道ではないかと思っていた。

朝陽を受けて清々しい気分で昇り降りできるこのルートが本来の参道であるはずだ。

かなりジャングル化しているものの、帰りはこのルートを降るつもりでいた。

磐座から祭祀広場に降りてくると、もう誰もいなかった。

残ったのは、男性二人と女性二人。

この本来の参道を降ると伝えると、皆付いて来た。

しばらく踏み跡らしきものが在ったが、そのまま尾根を降るにはジャングルが厳しい。

左手に少し進むと、開削された道が現れた。

軽四輪程度なら登れそうな道だが、このところ全く使われていないようで、草やイバラの藪と成っていた。

よけながら降りて行くと、今朝「カタカムナ・ウタヒ」を奏上した駐車場に降り立った。

先に降りた人たちは、まだ到着していなかったし、車の人達もまだだった。

やはり、この東北東の尾根が、参道として最もふさわしいことが確認できた。

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赤のラインが実降りたルート。

上部の赤のラインとブルーのラインを繋いだラインが、本来の参道ではなかったか?と推測している。

つづく

6月5日、「サムハラ神社・奥の宮」から美作國一の宮「中山神社」(「美作国一宮・中山神社と猿神社」参照)に行き、今夜の宿の「ウッディーハウス加茂」での集合時間は、午後3時。

「ウッディーハウス加茂」は先ほど出会った「サムハラ神社・奥の宮」の「ホト型の磐座」ほぼ真下の「日詰山」の山麓に在った。(「サムハラ神社・奥の宮-2 奥の宮と磐座に出会う」参照)

正に絶妙な場所に在った言える。

今回の企画は、「吉野信子カタカムナ研究会」の二期で一緒だった「服部純子」さん。

タイトルは、「カタカムナ・リトリートinサムハラ神社奥の宮 カタカムナ平和の詩を響かせる」。

この能の謡を作ったのは、「黒田順子」さん。

 

「カタカムナ平和の詩」についてのミニ解説は「メーメー」さんのブログ「カタカムナ平和の詩<創作能>」参照。

今回の企画の目的は勿論、「サムハラ神社・奥の宮」で「カタカムナ平和の詩」を参加者全員で奉納すること。

そのために、5日の夜と、6日の朝に練習もあった。

5日の夜、僕は「サムハラ神社・奥の宮」の元宮の奥で、「磐座と出会えた!」ことを報告した。

「行きたい!」とうう方が何人かいたので、6日の早朝、朝食前に出かけることに成った。

参加希望者は、合計で8名だったか?

5時半頃宿の「ウッディーハウス加茂」を2台の車に分乗して出発。

5日に見つけていたが確認していなかった石が在った。

「日詰山」の南東麓の墓地の傍の畑に「丸石」が在る。

車を停めて観察。

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見事に丸いが、川石ではない。

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「丸石」は「丸石神」として祀られているのによく出会う。

特に山梨県の「丸石信仰」は有名。

「日本伝承大鑑」の「丸石神」よりコピー。

丸石神 【まるいしがみ】
ある意味、日本有数の謎ではないかと思っている物件である。何が謎かと言えば、とにかく山梨県一帯に数百か所も祀られているにもかかわらず、他地域ではほとんど全く見ることが出来ず、しかもその出自に関する伝承もない。そして信じられないほど真球に近い形をしていながら、自然の産物なのか(自然状態でもこのような形の石が出来ることは可能であるという)、あるいは人の手が加わったものなのかも分からない。そして最も驚くべきことは、地元の人にとってこの丸い石がある風景が日常であるという事実である。それ故に、観光の対象ともなることもなく、また本格的な学術調査もほとんどなされたことがない。言うならば、日本人の石に対する自然崇拝が原形のまま残されていると言ってもおかしくない印象なのである。
この丸石神信仰と言えるものが見られるのは、山梨県一帯とその隣接エリアだけに限られる。特に多いとされるのは、山梨市一帯であると言われている。最も大きい丸石神とされるのは、山梨市七日市場にある。ここのものは台座に置かれている(その台座自身も丸石なのだが)が、そのまま地べたに置かれているもの、下手をすると石垣状になって既に祀られている状態ではないものまで、ありとあらゆる形で散見することが出来る。言うならば祀り方のルールすらない。
さらに言うならば、置かれている場所もまちまちである。多くは道祖神のように道路の辻や人の集まる公共の施設の近くにあるが、神社の境内にあったり、屋敷神よろしく家の敷地内にあることもある。何らかの信仰の対象であることは理解できるが、特定の宗教や神に限定されることもない(というよりも、丸石神という呼称も便宜上ものであり、地元でも統一された呼び名があるとは思えない)。あまりにも素朴で自然すぎるとしか言いようがない。

山梨県に多いのは事実だが、他の場所でもひっそり祀られているのによく出会うので、超古代からの祭祀ではないかと思っている。

この「丸石」は、かなり大きいが、祀られている形跡はない。

しかし、邪魔になると思うが取り除かれることも無くこの場に在る。

何らかの伝承が残されているのかもしれない。

石・岩・磐座に惹かれる身なので、見過ごすことはできない!

この「丸石」が「サムハラ神社・奥の宮」と何らかの関係があるのかどうか、全く分からないが、気に成るので書いてみた。

つづく

本来の神社・奥の宮」と思しき社に出会い、その上で出会えた「ホト型の磐座」に、いささか興奮気味で、しばらく階段下の広場にいた。(「サムハラ神社・奥の宮-2 奥の宮と磐座に出会う」参照)

すると何組かの参拝者がやって来た。

深々と祈り、その後、尾根筋から社まで行く人もいた。

これもやっぱりという感じ。

気に成っていたのが、駐車場で出会った女性。

駐車場横の祭祀空間に行ったまま消えてしまった。

昼食後階段を登り「金刀比羅神社」に向かう途中、その女性が下りてくるのに出会った。

ということは、階段以外に参道があるということ。

登山用地図アプリ「Geoguraphica」で調べてみると、南南東方向への尾根を降ればすぐ。

かすかに踏み跡も在り、何の問題も無い。

祭祀空間の少し下に降りた。

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丁度、日が射して神秘的に見える。

この祭祀空間は、三段の平らな空間で構成されていて、それは僕の探し求めている「原初のニワ」でもある。

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駐車場側から見ると、このような形で、結構広い。

「日詰山」の中腹より、やや下に成るだろうか?

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アップしてみると、このような感じ。

丁度参拝に来た人がいたので、この場について訊いてみると、「金刀比羅神社の御旅所と聞いているが、それ以上は知らない。」とのことだった。

帰って調べてみたが、よく分からない。

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「地理院地図」で見る。

紫で四角く囲った部分が、祭祀空間。

赤のラインが、降った尾根。

北東の山裾に在るのが「ウッディーハウス加茂」で、6月5日の宿。

この宿、絶妙な場所に在る。

つづく

6月5日、「サムハラ神社」の鎮座する山「日詰山」に登り、「何か違う!」という感じのまま山頂にも登った。

山頂の近くには、大きな展望台が在り、ピッタリではないが東の方向を向いていた。

山名の「日詰山」にどのような意味があるのか分からないが、太陽の登る方向を向いている。

何か充たされない気分のまま、「稲荷神社」の場所まで降りてくる。(「サムハラ神社・奥の宮-1 サムハラ神社へ」参照)

振り返ってみると、山頂へ向かう登山道とは別に、東に向かう踏み跡が在るのに気付く。

何と無く呼ばれているような気分がして、行ってみる。

道は、やや下り。

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広場が在り、ペタンこの薄い石が立てられている。

何よりビックリしたのは、綺麗に掃き清められていること。

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箒目がくっきりで、踏み跡がまるで無い。

僕がここに来る直前に、掃き清められたのかもしれない。

何より、空気感がそれまでとまるで違う。

「ここだ!」と感じる。

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コンクリート製の階段の上に、古ぼけた社。

注意書きには、

注意
石段崩壊カ所あり。
危険ですので
登段しないでください。
サムハラ神社


と書かれている。

このような注意書きを見るとついつい、「注意して登り、その先を探索しなさい!!」と聞こえてくるのは、へそ曲がり故か?

確かに急な階段の一部が壊れているが、危険というほどでもない。

これから先は「自己責任!」

社の前で、深々と挨拶する。

この時点では、この社が「サムハラ神社・奥の宮」であるとの確証はまだ無かった。

社の右手にも、かすかな踏み跡が在る。

崩落した階段を避けて、横から社にまで登って来る参拝者がいるのかもしれない。

これから先に行く狙いは、上部。

かすかに踏み跡が在り、雑木と笹の生えた斜面を登る。

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写真では分かりにくいが、「塚」のような膨らみが在り、あるいは「墓所」である可能性もあるので、「入らせていただきます!」と挨拶して登る。

その「塚」のような瘤から一段下がると、そこから先は急斜面と成っている。

笹で隠れてはいるものの、「石・岩」がある可能性もある。

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少し、笹を抑え込むと、岩の一部が見えた。

一気にテンションが高まる。

「やっぱり在った!」

一人なので、声を上げなかったが、同行者がおれば、気っと叫んでいただろう!

笹を抑え込んで行くと、

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真中に割れ目のある「ホト型の磐座」。

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決して大きくはないし、苔生してしまっている。

おそらく長らく、人眼には付いていないのではないかと思う。

道具も何も持ってきていないし、これ以上の掃除を一人でするわけにも行かない。

一人「カタカムナ・ウタヒ・5首・6首・7首」を奏上し、「キミガヨ」を歌う。

「やっぱり在った!」と清々しい気分。

周辺を少し探して見ると、

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先ほどの「塚」状の部分と、「ホト型の磐座」の左手にも、小ぶりの石が在った。

石質は「花崗岩」であるが、飛び切り硬質でもないようだ。

ここに「ホト型の磐座」がある意味は大きいが、それに付いては、別項で考察したい。

先ほどの崩れた会談ではなく尾根筋を降る。

階段下の広場の左側に降りたが、

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そこには無残に壊れた建物の残骸が在った。

かつての社務所か、崇敬者の休憩所だったかもしれない。

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このような小さな広場も在った。

この「サムハラ神社・奥の宮」の本来の参道は、東側の尾根を登って来たのかもしれない。

階段下の広場に戻り、あの不思議なペタンこの立石を観察。

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この薄い角面が、何と無く「人面」に見える。

裏面には「矢跡」があった。

「金矢」の跡なので、この石は薄く割られたもので、江戸時代以前のものではないことが分かる。

やはり、この場所が本来の祭祀の場。

その晩、今回の津山市在住の「服部純子」さん企画の「カタカムナ・リトリートinサムハラ神社奥の宮 カタカムナ平和の詩を響かせる」は、6月6日のゾロ目の日に、この場で開催されることを知った。

やっぱり!

つづく

6月5日、「大ヶ山」を降りて先ず向かったのは、「サムハラ神社・奥の宮」だった。(書く順番は後から行った「中山神社・猿神社」を先に書いたが。)

スマホのナビの案内で、すんなり行くことが出来た。

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道路際の鳥居と階段で、この上だと分かる。

周辺を探索し、もう一段上の駐車場に向かう。

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平らな空間が在り、駐車場に成っていた。

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大きな石碑には「金刀比羅神社」と記されていて、「サムハラ神社」のあの難しい文字は無い。

津山市加茂町に鎮座する「サムハラ神社」に付いて何も調べてこなかったので、予備知識は全く無し。

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駐車場の向こうに、かなり広い祭祀空間が在り、注連縄がめぐらされている。

僕の後から来た女性が、この方向に向かい、それから姿を見せないので、この場所がずいぶん気に成った。

丁度昼だったので、弁当に買って来た「柿の葉寿司」を食す。

階段を登る。

階段は途中何度か折れ曲がっている。

一昨年の大雨で、斜面がかなり崩れたようで、土嚢で補修されていた。

この階段を登りながら、なんとなく違和感を感じる。

この参道は、本来の参道ではないような気がした。

階段を登り詰めると広場に成っていて、

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ひときわ立派なのが「金毘羅神社」。

右手には、

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「稲荷神社」や、

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「荒神社」が祀られている。

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背後に岩壁。

やはりこの山にも岩が在る。

ところが肝心の「サムハラ神社」が見当たらない。

「金刀比羅神社」の左手に行くと、鳥居が見えた。

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「サムハラ神社」の文字はとても読めない。

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社殿はまだ新しいようだし、背後の状況からも、近年この場に遷座したように思われた。

一応、形通りに挨拶はしてみたものの、直感的に「こことは違う!」感が。

何だか「金刀比羅神社」の境内を間借りしている感じさえしてしまった。

「稲荷神社」に戻ると、

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右手に「展望台」とあり、登山道へ導く。

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岩壁に真っ直ぐ生える樹木の根元が面白い。

山頂のすぐ手前に、大きな展望台があったが、先ず山頂へ。

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山頂にも社が在ったが、これも「サムハラ神社」ではなさそうだ。

神社名を書いた札があるが消えてしまって分からない。

一応挨拶。

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石仏も在り、背後に「椿」。

このところこのような場所で「椿」の木を見ると「申田彦大神」の別名「椿大神」を思い浮かべて、何と無く嬉しい。

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「楠木」の根元に祭壇があり、神木として祀られていたようだ。

展望台に戻る。

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「日詰山展望台」と書かれていたので、この山が「日詰山」と言うことを知った。

大きな展望台で、何故このようなのを作ったのか不思議に思う。

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眺望は素晴らしい。

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この山が何となく気に成る。

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「Googleマップの衛星画像」で見た「日詰山」の「サムハラ神社」、「金刀比羅神社」、「展望台」の位置関係。

あとで知ったのだが、「日詰山」山頂にはかつて山城が在っただ。

この時点ではまだ、「サムハラ神社・奥の宮はどこ?」という感じだった。

つづく

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