火(ホ)と「ニワ」と鍋釜

庭を造るという現場から体験したこと、そして「人はなぜ庭を造るのか?」考え続けてきたことなどを、ぼちぼち綴るブログ。 等ブログの履歴などの情報は、最下部にあります。

火はホと読む。「ニワ」は庭と漢字で書かずカタカナで書く。鍋釜は漢字。
火は唯一人だけが制御できるエネルギー。「ニワ」は人としての基盤。鍋釜は人の食の道具。
一見、脈絡のない言葉がつながる。

「上森三郎」さんが今回の剣山方面探索で最も注目していたのは、先に書いた「槍戸のピラミッド」だった。

8月14日、「槍戸のピラミッド」に登ってみたが、著しく違和感を感じた。

今までに上森さんと沢山の山・聖地に行ったが、こんな感覚は初めてだった。

本来なら大聖地であるはずなのに、すでに荒らされてしまって、何だか悪い気が表面を覆っているようだった。

と言っても、僕には気を感じる能力が無いので、あくまでも感じだけ。
その能力を持った、上森さんや田中さんも、僕と同様の感じを受けていたから、そうに違いないとも思う。

三人ともいささか疲れてしまったので、山を下り、当日の宿泊地「四季美谷温泉」に向かった。

のんびり温泉につかり、上森さんが注文してくれていた最高の料理をいただき、お酒も沢山飲んだ。
食事中、三人でいろいろ語り合たが、その殆どは忘れてしまった。

おかげで元気を取り戻せた。

明くる15日、 上森さんは「四季美谷温泉」の駐車場から見える山をしきりに気にしていた。

その山は主峰ではないが、稜線上にドームのように膨らんだピークで、よく目立つ。

上森さんはいつものように「人工的な山!」と言う。(上森さんの記事「山頂都市が・・!!」参照)

「四季美谷温泉」を出発してすぐ、「小畠」という標識があり、上森さんは気にしていたが、通り過ぎた。
しかし気になるらしく、「確かめたいので行ってみる!」とUターン。

ヘアピンカーブ連続の急な道を登って行くと、山腹に集落がある。この辺りを「小畠」というようだ。

ある程度登った時点で、この先行き止まりの標識が出て来た。

上森さんは「引き返しましょうか?」と言ったが、僕は「行けるところまで行きましょう!」と答え、先に進んだ。

上森さんが注目した場所には必ず何かある、その場所でその何かを見つけるのが、僕の役割。

この頃、このように思える。
上森さんと僕で、ワンセットなのだ。

車がU転できる広さのある場所で車を停める。
周辺は植林されていた。

車から降りて、すぐさま僕は、林の中に入って行った。

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すぐに目に飛び込んできたのが、これ。

石で楕円形に囲み、土盛りがされていて、その上に小さな「ドルメン」のような石組。

最初お墓かと思ったが、そうでもなさそう。

緩やかな斜面を上の方に進むと、

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特徴ある「石灰岩」が現れた。

「これは面白い。やはり有った!」

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次々に現れる。

四角なタンクは、どうも水源らしい。
ボコボコ音を立てている。

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石垣も現れる。

使われている石材は「石灰岩」。
周辺に有ったものを割って使ったのだろう。

ただ、作りは粗雑。
これは僕の推測だけれど、戦中戦後の食糧難の時代に、急遽石垣を積んで、段々畑にしたのではなかろうか。

今は植林されてしまって薄暗くなっているが、山の南斜面で日当たりは良いだろう。
また水源もあり、畑を作るのにはもってこいの場所であったかもしれない。

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ただ、結構大きな「石灰岩」も残されている。

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けっこう沢山残っている。

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面白い組み合わせも見つかる。

位置情報
N33°51’53.44”  E134°15’30.1”  高度764.37m(誤差あり)

おそらくこのあたりには「石灰岩の磐座」が在り、超古代重要な祭祀場ではなかったか。
何時しかそれも忘れ去られ、食糧難の時代に畑にされ、今や植林。

このあたりの「石灰岩」は「剣山」や「次郎笈」で見たのとは違い、水の浸食を受けているように思う。

愛媛県の内子の「名も無い449.3mの山」に在った、「石灰岩の磐座」と形体的にはよく似ている。

何らかの繋がりを感じるが、今のところまだ分からないことばかり。

元の場所に下りかけた時に、植林帯の中に一か所、植生の違う所があり、気になったので行ってみた。

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樹木の大きさがまるで違うし、元々の原生樹木だと思われる。

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この樹木の根がすさまじい。
根元のコブは「サルノコシカケ」。
樹種を調べなかったが、常緑広葉樹。

その足元に面白いものがある。

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板状の石を組み合わせて作った、小さな祠。
中に小さな仏さんが鎮座。

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右手に「五鈷杵(ゴコショウ)」を持っているので「空海さん」。

位置情報
N33°51’50.17”  E134°15’30.71”  高度739.56m

上森さんは「空海さん」に導かれているようなので、上森さんを呼びに行く。

「空海像」の多くは、右手に「五鈷杵」を持つ座像か、網代笠を被った旅姿の立像がほとんど。
みな結構怖い顔をしている。

この小さな座像は、石製か粘土製かもよく分からない。

頭部が取れてしまって、後から作り直したようにも見える。

ところが僕は、この座像を見た瞬間、とても親しみを感じた。

作りは稚拙だが、その夢見るような恍惚とした柔和の顔に、深い精神性さえも感じてしまった。

今までに、結構沢山の「空海像」を見てきたが、僕にとってはこれが一番。

そんな思いを抱きながら、この場所に立っていると、気持ちの良い風が吹いてきた。

周辺は長らく手入れもされず、いささか荒れた状態になっているにもかかわらず、この部分だけに気持ちの良い風が吹く。

この様な体験は、あちこちでしてきた。数m位置を変えるだけで雰囲気が変わる。心地よさが違う。
そして何故だか心地よい風が吹く。

鈍感を自負している僕でさえ、この感覚は分かる。

そのように感じる場所は、僕にとって特別な場所であり「聖地」。

そしてほとんどの場合、その場所には何らかの形で「石・岩・磐座」が在る。

この場所を「地理院地図」で示しておこう。

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下の赤丸が「空海像」の有った場所。
上の赤丸は今回見た最上部の「石灰岩の石群」。

この「小畠」地区のほぼ北方に「しがきの丸」という不思議な名前の山がある。海抜は1163.1m。

ネット上の登山記録を見ると、山頂から南西方向に伸びる尾根上に「石灰岩」と思われる石が見える。
登山者の殆どは、山に登ることが目的なので、登山中に見る石・岩はよほど特徴のあるもの以外、興味を示すことはない。たまたま写っている写真から探す。
「しがきの丸」の山頂には「石・岩・磐座」らしきものが写されている写真は見つからなかった。

駐車地に戻り、周辺を観察すると、

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稜線の中腹にポコリと膨れたピークがそれ。

この写真には写っていないが、この山系の最高点は「六郎山」1287.3m。

ここでも因縁を感じる。

上森さんの名前は「三郎」。

六郎=六芒星=ダビデの星=ユダヤ

三郎=正三角形(最小単位の面-2次元)

正三角形が上下に二つ重なることによって、六芒星が出来る。

車を走らせて少し下った道端に、特徴のある花が咲いている。

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ヒオウギ」。
種は真っ黒で「ヌバタマ」と呼ばれる。和歌の「黒」や「夜」にかかる「枕詞」。
花弁は顕著に分かれた六枚で緋色。
ここでも六。
花の頂点を辿れば六芒星や正六角形が描ける。

この「ヒオウギ」、実は「祇園祭」に欠かせない花らしい。

その由来を調べていて、見付けたのがこれ。

「ひおうぎ」という名前ですが、資料によりますと漢字で「檜扇」と書くそうです。
この檜扇とは檜の薄板を重ねて扇子の形にしたもので、かつて宮中で公卿が厄を祓ったり、災難が降り掛からないようにいつも持っていたそうです。 
祇園祭は疫病の流行により10世紀からは毎年行うようになったとされています。
この檜扇にヒオウギという植物の葉の形が似ているため「扇に見立てた葉が厄をはらう扇に通じている」ということで、檜扇の代わりに厄を払いのける願いを込めて、祇園祭の時期に各家で飾るようになったようです。

(ふしぎな森のふしぎ先生のブログ記事-祇園祭に欠かせない「生け花」植物-より)

確かに「ヒオウギ」の葉は、少し縦長の扇のような形をしている。
むしろ災厄除けに使われたのは植物の「ヒオウギ」で、年中使えるように台品として造られたのが「檜扇」ではなかろうか。

その秘密は、この緋色の六弁の花と真っ黒な「射干玉(ヌバタマ)」にあるのではないかと、直感的に思う。

ここまで書いて、さらに調べて行くと「ほつまつたゑ解説ガイド」の語義解説で的を得た解釈を見つけた。

ヒアフギ(日扇)の花は、日の出のように赤い。花が終ると真っ黒な種を結ぶ。これは昼が終れば夜が来るという、日・月(陽・陰)の循環を象徴する植物。穢虫も含めて「汚穢の発生の根本は陽陰の節の乱れによる」と考えられていたようで、その故にヒアフギをその乱れを直す物実としたものと思われる。

僕の直感はある程度当たっていたようだ。

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もう少し降った所から撮影した上森さんが気にしていたピーク。
左手のドーム状のピークがそれ。

帰ってから「地理院地図」で今回の探索で行った場所や気になる場所にポイントを打ち、ラインで結んでいて、上森さんがなぜこの山を気にしていたのか、その理由が説けた。
(それについては後日書く。)

地図を見ていてこの「小畠」地区にも神社があるのを見つけ、行ってみる。

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本殿の背後に「磐座」の様な石組。

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近づいて観察してみると、人為的に組んだ「磐座」だと思える。

神社は「八幡神社」とあったが、古くは違っていたかもしれない。

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本殿の両脇に小さな祠があり、祭神は分からないが三神祀っている。

「人為的な磐座」から察するに、神社のほぼ真北にある山「しがきの丸」には、「本体となる磐座」がきっと在るものと推察している。

再度探索する機会が来るかどうかは分からないが、何らかの情報が現れることに期待したい。

つづく

8月13日~15日、剣山方面の磐座探索に行った最大の目的は、「上森三郎」さんが「ピラミッド」で、かつて「アーク」などの宝物を埋納していたという「名も無い1646m」の山に登る事だった。

僕はその山を、仮に「槍戸のピラミッド」と名付けた。

実は上森さん達は、7月中旬にすでにこの山に登っている。
その時僕も誘われたのだが、仕事で都合が付かなかった。
いつもなら僕の都合に合わせてくれるのだが、今回は出来るだけ早く行きたかったのだろう。

ところが、僕も伴い「田中孝子」も含め 、再度「槍戸のピラミッド」に登ることになった。

僕はまだ「剣山」に登ったことはない。特に「大剱神社」にあるという巨大な「磐座」に出会っておく必要がある、と強く感じていた。

その出会いの後でないと、「槍戸のピラミッド」に行く意味が無いようにも思えた。

そのように上森さんに申し入れると、13日初日に「剣山」に登り、山頂のヒュッテに泊まって、明くる14日、「大剱神社」に行きその「磐座」に会い、いったん降って「槍戸のピラミッド」に登るという計画を立て、宿の手配などもしてくれた。

僕のわがままを聞いてくれて、有り難いことだ。

再度「槍戸のピラミッド」に登る上森さんの意図について詳しくはきいていないが、僕と行くことによって、新たな発見があることを期待していたのかもしれない。

上森さんにとっては、それほど重大な場所なのだ。

「次郎笈」から降りて、登山口の「奥槍戸山の家」に付いたのは、11時半ごろだった。

昼食を「奥槍戸山の家」で取り、缶ビールを一本飲んだ。

「槍戸のピラミッド」に向けて出発したのは、12時半。

剣山スーパー林道の、昨年の大雨で通行止めになっている剱トンネルの側から登り始める。

「新九郎山」方面に向かう登山道は整備されているようだが、上森さんは、「次郎笈」から繋がる尾根伝いに登りたいという。

剱山スーパー林道から少し入った所で、すぐさま「石灰岩」の巨石が現れる。

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この巨石の間を真っ直ぐに登れば、すぐ尾根にたどり着くはず。

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次々に「石灰岩」の巨石が現れるので、僕は撮影に忙しい。

滅多に先頭に立たない上森さんが、先を急ぐ。

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登山道らしきものは無いが 、原生林は比較的明るく見通しも利く。

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鹿の食害があるのか、幹に網がかぶせられている。

やはりここも、石の上に樹木が生えている例が多い。

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尾根近くになってもなお、巨石が続く。
苔生してはいるが「石灰岩」。

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形の良い組み合わせも。

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尾根上に出る。
先ほどいた「磐座の在る小さなピーク」が見え、手前の石と繋がっているように思える。

期待しながら、北北東方向から「槍戸のピラミッド」の斜面に取り付く。

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所々に小ぶりの石が見られるが、枯れ木が増えだす。
荒れた感じ。

このあたりから、僕はなんだかしんどく成ってきた。

先ほどビールを飲んだせいだろうか。

田中さんにも抜かれ、写真を撮りながらゆるゆる登る。

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小ぶりの石が「小さなピーク」方向に並んではいるが、荒れた感じがする。

時間的には30分ばかりなのに、やっとという思いで山頂にたどり着く。

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やはり荒れた感じがする。

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「槍戸のピラミッド」の1646mの山頂部から「小さなピーク」が真正面に見える。

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「Geographica」で記録した、「次郎笈」から「槍戸のピラミッド」に至る軌跡。
高度の記録では1640m地図に示された1646mの、-6m。
JPS精度は、半径5m。

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「次郎笈」山頂付近から見た「槍戸のピラミッド」。(「剣山方面の磐座探索-6 次郎級からの降り」より)
この山頂部分の禿げ具合が、気になっていた。

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山頂付近の植物の枯れ方は異常だ。

細い枯れ枝は笹。
笹はめったに枯れない。枯れる時は一斉に枯れるらしいが、細い樹木も刈れている。

新規に茂りだしているのは羊歯だけ。

本来ここは聖地であるはず。
聖地に来れば、必ず心地よい気分になる。

爽やかな風が吹き、心地よさを感じることが出来れば、そこは僕にとって間違いなく聖地。

そして時には鳥が上空を飛び、アゲハチョウも飛んでくる。

ところがここは、森閑としている。

そして何より、気分が悪い。

登る途中でしんどく感じたのも、このせいか。

上森さんも田中さんも、押し黙って離れたところにいる。

それでも、僕は写真だけ撮って回った。

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山頂付近には、「次郎笈」へと繋がる尾根上のあの「小さなピーク」との繋がりを示すような石があちこちに在る。

「槍戸のピラミッド」山頂付近は、比較的なだらか。
そこに特筆すべき樹木が生えている。

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株本は太いが、すさまじい樹形。

真ん中のコブ状の部分は、「猿面」を思わせる。

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何度も障害を受け、このような樹形になってしまったのだろうか。

葉は小さくなってしまっているが「桜」ではないかと思う。

この樹木は、何かを象徴しているのであろうか。

僕はついに上森さんに言った。

「ここはあかん!気持ち悪い!」と。

上森さんも、田中さんも同調した。

僕は「枯葉剤が撒かれているかもしれない?」とも言った。

上森さんは「ここはきっと何者かに掘り返されている!」とも言った。

僕は造園家であるので、この土地の異常さにについてはある程度察知できる。笹やその他の樹木の枯れ方が異常で、羊歯や苔は新たに生えてきている。羊歯や苔は枯葉剤(除草剤)には強い。

僕はここが掘り返されているかどうか、判断できないが、その可能性も否定できない。

ここに「アーク」やその他の秘宝が埋まっているものとして、それらを探している筋が、密かに掘ったというのであろうか?

上森さんは「もう降りましょう!」と言う。

僕はもう少し周辺を観察し、一応写真も撮っておきたかった。

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枯れて禿げ上がった部分に、明らかに植え付けられた植物。
これは「ミツマタ」。

「ミツマタ」は、日本紙幣用の和紙の原材料。

何故、こんなところに植えられているのか不思議でならない。
生産が目的なら、こんなところに植えるはずがない。

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周辺の土を靴底で均してみたが、黄土色でサラサラ。

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南東斜面にかなり大きめの石。
笹の立ち枯れが目立つ。

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斜面に結構いろいろ巨石が点在している。
いずれも「石灰岩」。

登山道に降りると、

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登山道に降りると、このような看板。
ツキノワグマの生息地。

僕は「新九郎山」の方にも行ってみたかったが、上森さんは「今日の宿泊地の四季美谷温泉に早く行き、温泉につかって、ゆっくりしましょう!」と言う。

いつものなら、「いや山に登りましょう!」と強引に引っ張って行くのだが、今回はその気力が湧いてこない。あっさり同調して、登山道を降る。

途中、山側には結構沢山の巨石が見える。

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山裾に「石灰岩」の巨石が多くみられるという事は、この山は、上森さんが言うように「人工的に造られたピラミッド」かもしれないと、僕まで思っていしまう。

この山の基部が「石灰岩」であるとするならば、内部に「鍾乳洞」が在ることも否定できない。
もし「鍾乳洞」が在るとするならば、それは「天然の岩屋」でもある。

ここで「地理院地図」を使って「槍戸のピラミッド」の位置関係について検証しておこう。

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「剣山」と「槍戸のピラミッド」を繋いでみた。

剣山方面の磐座探索-7 小さなピークに在った磐座」で紹介した「小さなピーク上の磐座」を通る。
ブルーのラインは尾根を強調するために標した。

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「槍戸のピラミッド」付近の詳細。

「名も無い646mの山」のコンタラインは、ほぼ長方形。
これも上森さんが「ピラミッド」とする根拠の一つ。

さらに長大なラインを示してみよう。

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上の赤点は、兵庫県中央部、神河町に在る、上森さんが「イエスキリストの陵墓」と言っている山。

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上森さんが「イエスキリストの陵墓」という836mの山。
綺麗な「前方後円墳」。
その「後円部」と「前方部」の頂点をラインが通る。

この「後円部」に「イエスキリストの遺体」が埋められているという。

すぐ東側に「ハート形のコンタライン」。今回は示さないが、すぐ北西部には、「魚型のコンタライン」もある。

ハートも魚も、イエスキリストのシンボルマーク。

「イエスキリストの陵墓」から「槍戸のピラミッド」までの水平距離は、153.64km。

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「剣山山頂」と黒ラインの誤差は36m。
0.036/153.64=0.002 極僅かといえる。

「イエスキリストの陵墓」の「前方部・後方部の頂点」が示す方向は、正確に「剣山」並びに「槍戸のピラミッド」をむいている。

極めて強い関係性を示しているのではなかろうか。

また上森さんは、「剣山」~「次郎笈」~「槍戸のピラミッド」~「新九朗山を結んだラインと、「次郎笈」~「丸石」~「高ノ瀬」~「三嶺(ミウネ)」の各ピークを結んだラインが「サソリ座」を表していることを発見した。(「剣山系にサソリ出現」参照)

僕は稜線を繋いでみた。

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微妙な違いはあるもののサソリに見えなくもない。

僕にはこの意味はまだよく理解できないが、「剣山系」極めて重要な聖地であることを示しているように思う。

それにしても「槍戸のピラミッド」の山頂で感じた違和感。気持ち悪さは何だったのだろうか。

僕は常々、自分自身は霊的には極めて鈍感な人間だと思ってきた。
しかし、上森さんと付き合うようになり、共に聖地や磐座探索にだ欠けている内に、ある種敏感になってきたのだろうか。

この山は、あるいは悪意を持って荒らされてしまったのかもしれない。

上森さんは、いよいよ最終章は近づいていると言うけれど、僕にはまだまだ謎だらけ。

つづく

8月14日、「次郎笈(ジロウギュウ)」から降る。

降りは「次郎笈」から東に伸びる尾根を進む。
尾根上には、次々巨石が現れ、景観も素晴らしい。(「剣山方面の磐座探索-2 次郎笈・南面の巨石群」と「剣山方面の磐座探索-6 次郎笈からの降り」参照)

高度約1800mの地点で、登山道はU転するように西に向きを変える。
そこからは、殆ど高低差のないトラバース。

上方「次郎笈・南面」の斜面に点在する巨石群が素晴らしい。

しばらく進むと、幅は狭いが「ガレ場」が出てくる。

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「石灰岩」大きめの石ころがゴロゴロ。

規模は小さいが、まるで山添村の「鍋倉溪」のよう。
ここにだけこのようガレ場があるのが、不思議に思える。

登山道はこの地点でほぼ直角に曲がり、南に向かう。
ここからもトラバース。

このトラバースルートの西側に小さなピークがあり、「上森三郎」さんは、「山頂に三角の石が見える!」と言い、「行ってみよう。」と言った。

僕はあまり目がよくないが、何とか確認できる。

この小さなピークは、「次郎笈」の東尾根からもよく見えていた。

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この写真は、「次郎笈」の東尾根から、南方を撮った写真。

巨石の先端部の小さなピークが、目指すピーク。

「槍戸のピラミッド」は、このピークの陰で見えない。
背後の三角形の山が「新九郎山」。
さらにその奥の高い山は「石立山」1707.7mの四国で最も厳しい山とか。

この小さなピークを、モニター上で拡大してみた。

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上森さんが言うように、この写真でもピーク上にいくつかの石が見える。

スマホ・アプリの「Geographica」(登山用地図アプリとしておすすめ、いろんな使い方が出来る)で、登るルートを検討してみる。

ピークの真下まで行って、直登がベストと判断。

約40mばかりの登り。「ミヤマクマザサ」の斜面は結構きつい。

上森さんは、その急斜面を見て「やめときましょうか!」とつぶやいたが、「石が在るのだから、登りましょう!」と僕は、躊躇なく、生えている樹木や笹を掴んで登り始める。
上森さんは付いてきたが、同行の「田中孝子」さんは、「下で待っています。」と。

当初、笹の藪漕ぎも覚悟したが、草丈が低く、問題なく登れる。

稜線にたどり着くと、

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この光景が目に飛び込む。
小ぶりながら、なかなか良い。思わず声を上げる。

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このピークから見る「次郎笈」の南斜面は素晴らしい。
画面中央の少し下に、先ほど通ったガレ場も見える。

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ピークの石組と上森さん。
これは方位も示しているので「磐座」といってよいと思う。

二人で調査を始めると、田中さんも登ってきた。

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一番大きな石に「三七」の漢数字。
「三八」なら面白いのだが、意味不明。

ここにも人が来ていることが分かる。

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一番大きな石の前に、天端の平らな石が在る。
「祭壇石」とも解釈できる。
この方向に「槍戸のピラミッド」が在る。

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一番大きな石から撮った石群。
一部は崩れているようにも見えるが、左手の立石が面白い。

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一番大きな石の上から、その石を撮影。

これは正しく「スクレーパー」。

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「スクレーパー」と「次郎笈」南面の巨石群。
一番上に注目の犀の角のような巨石。
肉眼では一直線に並んでいるように見える。

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「スクレーパー」と一番大きな石の並び。
一番大きな石の片面が、すっぱり切れたような平面であることが、意味ありげで。方向を表す。

位置情報
N134°50’22.63”  E134°5’13.28”  高度1812.6m(誤差あり)

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茂みの中に隠れている石も在り、探せばまだ在るかもしれない。

田中さんも登ってきたし、はっきりした踏み跡もあったので、尾根をさらに進んでみる。

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「地理院地図」では分からないが、崖状の突端に出る。

「槍戸のピラミッド」が少し見える。

少し休憩をして、少し戻って、登山道に向けて、急な斜面を降る。

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登山道に出会う手前で、岩の上で不思議な生え方をした樹木に出会う。

この樹木については「剣山方面の磐座探索-1 巨石と樹木」でも紹介した。

「地理院地図」上で、「小さなピーク」付近を示しておく。

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赤のラインは「槍戸のピラミッド」から「剣山山頂」に向かってい引いたライン。

「小さなピーク上の磐座」がほぼこのライン上にあることが分かる。

また、「次郎笈」の東尾根上の巨石は、

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この巨石。
「立石」と爬虫類を思わせる「伏石」。
これも、「槍戸のピラミッド」への方向性を示しているように思う。

なお、「小さなピーク上の磐座」の石質は、他の巨石に共通していた「石灰岩」とは異質のように思えた。

他の巨石群と違い、この「磐座」はあるいは「人工」か、と僕は考えている。

上森さんはどちらかというと、「全て人工説」の立場を取っているが、僕は「ほとんどが自然で、ごく一部人工」が加わっているとの立場でいる。

上森さんと僕は、考え方の違いはあるものの、いいコンビで「聖地・磐座探索」を続けている。

上森さんが、地図上で場所を特定し、道中の段取りは上森さんがし、その場(多くは山)へ僕が案内する。
そして多くの場合僕が、「石・岩・磐座」を見つける。
多少考え方は違うものの、お互い信頼関係で成り立っている。

この「小さなピークの磐座」は、極めて重要な磐座だと考えている。

つづく

8月14日、「大剱神社」の巨大な岩塔「御塔石(オトウイシ)」に出会い、「剣山」をトラバースして「二度見展望所」に至る。

ここからの景観は素晴らしい。

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これから登り返す「次郎笈(ジロウギュウ)」。

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振り返ってみる「御塔石」。
 
「二度見展望所」から、「剣山」~「次郎笈」への縦走路に向かう。

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その途中で見えた巨石。

そして昨日通った縦走路に至る。

行きと帰りでは、同じところを通っても見え方が違う。
時間の差、天候、見る方向が違うので、印象も変わる。

どんな事柄も「一期一会」。

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剣山方面の磐座探索-3 次郎笈~剣山の尾根上の巨石」で紹介したこの巨石も、この平らな面がより鮮明に撮影出来た。

「次郎笈」への登りは結構きつい。

山頂からは360°の展望が開けているが、日差しを遮るものは何もない。

「剣山」から「次郎笈」に登る登山者は結構多い。しかしその殆どは引き返す。
したがって、「次郎笈」の東側の尾根や南面にある巨石群を見る登山者は少ない。「奥槍戸山の家」~「次郎笈」のルートをたどるものだけが、それを見ることが出来る。

それも、このような「巨石・磐座」に興味のない人達には、ただの景色の一コマにすぎないのかもしれない。

突然、アゲハチョウが飛んできた。

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けっこう飛び回るの、なかなかカメラに収まらない。石の上に停まった瞬間に、やっと撮影。

磐座探索をしていると、なぜか大型の蝶類の、アゲハチョウ類によく出会う。

「神さま」が歓迎しているという人もいるが、僕にはよく分からない。
それでも、なんとなく嬉しい。

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「次郎笈」山頂付近から見た南方の山々。

手前の山頂が禿げた山が、「上森三郎」さんがピラミッドだという「1646mの名も無い山」(これからは「槍戸のピラミッド」と呼ぶことにしよう)。

その左手の山は、同じ高度の「1646mの山」。
僕はこの山が気にかかる。

奥の山頂付近が三角の山は「新九朗山」。1635.3mで三角点がある。
 
08-26-1
地理院地図でその三山を示しておこう。この地図の上部に「次郎笈」。

僕が気になるという「1646mの山」が中心であることが分かる。
さらに地図で見ると「新九郎山」の南東斜面が崩落しているように見えるのも気がかり。

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これから「奥槍戸山の家」まで降り、この「槍戸のピラミッド」に登るのだが、山頂周辺が禿げているのが、気になる。

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それに引き換え、振り返ってみる「剣山」は雄大。

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稜線上の巨石。

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この巨石も南面がスパッと切れたように平ら。
「鏡石」の可能性は大。
黒ずんで見えるが「石灰岩」。

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尾根から少し下った所にある巨石と「槍戸のピラミッド」と「新九郎山」とは、相対峙しているかのように見える。

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この巨石の東面は真っ白。これも「鏡石」。

尾根から少し下った所にあったので、近づいて観察しなかった。
今思えば、無理してでも近づいて、その位置情報を捉えておくべきだった。

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尾根上のこの「立石」と「伏石」の対比は象徴的。
「伏石」は爬虫類の頭のようにも見える。

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この「立石」も存在感たっぷりで美しい。

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「次郎笈」側を振り返ってみる。尾根上の巨石群は、石好きにはたまらない美しさ。

「美しさ」は僕にとっての大きな価値基準。

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力強い巨石群の美しさと共に、恰も「槍戸のピラミッド」と呼応しているかのように思えてしまう。

登り時に見落としていた重要な巨石があった。

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石の表面が真っ白でツルツルでの部分がある。

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表面の一部は風化して剥離しているようだが、超古代、若し全面がこのように真っ白でツルツルであるなら、それは鏡そのものではなかろうか。

今でもこの石の表面を洗えば、あるいは鏡のような写り込みがあったり、日の光を強烈に反射するかもしれない。

その反射光はどこに届いていたのか、精査すれば探しえるかもしれない。

しかも、この巨石群には大きな隙間があり、その中に入ることが出来る。

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その隙間に入り、北方を見れば、真ん中に「剣山」。

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南方を見れば「新九郎山」。
「槍戸のピラミッド」はその山頂部だけが確認できる。

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その隙間。
石の節理の角度が近似しているので、この巨石群は自然に出来たものだと、僕は考えている。
あるいはほんの少しだけ、人の手が加わっているかもしれないが、その痕跡を探すのは、極めて困難。

「自然か人工か?」、にほんの「磐座」を考える上での難問題。

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この隙間部分にも、所々に真っ白でツルツルの石肌も覗く。

この巨石群の隙間の位置情報
N33°50’33.43”  E135°5’24.87”  高度1826.0m(誤差あり)

尾根からトラバース道に入って上を見上げると、「次郎笈」南面の巨石が次々に現れる。

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最上部の角のようにとがった巨石は、先ほど紹介した尾根のすぐ下にあった巨石だと思われる。
この正確な位置情報を取得しておくべきだったと、少し悔やんでいる。

トラバース道は西向きから南向きにほぼ直角に折れる。

その時「次郎笈」から南方向に伸びる尾根の小さなピーク上に、上森さんが何かを見つけた。
「巨石がみえる!」という。
上森さんはカメラをズームアップして確認したようだ。

僕の眼はあまりよくない。その霞んだ眼にも、かすかに石のようなものが見える。

行かねばならない。

つづく
 

8月14日、「剣山頂上ヒュッテ」での朝食後、「上森三郎」さんが、剣山山頂から方位チェックをしておきたいという事で、木道を通って山頂に向かう。

スカッとよく晴れていて、機能通ってきた「次郎笈(ジロウギュウ)」がくっきりと見える。

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右側の稜線が「次郎笈」から「剣山」に至る登山道。
「次郎笈」の山頂付近は「ミヤマクマザサ」に覆われ淡いグリーンが美しい。そこに白い「石灰岩」の巨石が点在している。

南方の「次郎笈」を眺めていると、東方に雲が現れ、その動きが面白い。

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まるで龍が山を越えて来るさま。

朝日や夕日の斜めの光で、それらの巨石が茜色や黄金色に輝けば、どれほど神々しく神秘的であろうか。
残念ながら今回はその光景に遭遇することは出来なかった。

今日の最初の目的は、「剣山山頂」から西に下った所にある「大剱神社」。
そこには巨大な「磐座」があるという。

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山頂近くにあった案内図によると、「大剱神社」に下る途中に「鶴岩・亀岩」があるらしい。
「鶴亀山」の山名にも通じるので、期待をもって降る。

少し下ると、山の斜面の「ミヤマクマザサ」の中に「立石」のような巨石が見える。

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これが「鶴岩」だろうか。
側に「亀岩」らしきものが無い。

少し下ると、登山道沿いに巨石群が現れた。

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こちらは「伏石」ばかりなので、あるいは「亀岩」だろうか。
名版らしきものは見つからなかった。

先ほどの「立石」をズームアップしてみる。

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すっきりした「立石」で「鶴岩」にふさわしいように思う。

帰ってから「鶴岩・亀岩」についてネット検索して調べてみたが、特別な情報は得られなかった。

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登山道から見上げた「鶴岩」と思われる巨石の最下部。
やはり巨石の上に樹木がよく茂っている。
それ故「鶴岩」の本体部分がほとんど見えない。

さらに下ると、奇岩が現れる。

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2つの巨石の間に「次郎笈」が見えるが、少しガスっている。

右側の巨石が「大剱神社」の神体とされる「御塔石」。
左側の巨石は、崩れずによく残ったという形をしている。
帰ってから、いろんなブログなどを読んでいると、この巨石が「剣山」の中で、最もパワーが強いとか。
僕には残念ながら、まだそのパワーたるものを感じることが出来ない。

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この姿は力強く、いかにもパワーがありそう。
位置情報
N33°51’20.68”  E134°5’32.17”  高度1842.9m(誤差あり)
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周辺にも巨石が点在している。

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「王剱神社」に下って来るにつれ、「御塔石」見え方が変わる。

祭神は「素戔嗚命(スサノウノミコト)」、「安徳天皇(アントクテンノウ)」、「大山祇命(オオヤマツミノミコト)」とされているが、僕は何故か違和感を感じる。

さらに降って行くと、「御塔石」の見え方は、さらに変わって行く。

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手前にも「立石」があるが、写真では分かりづらい。

石質は勿論「石灰岩」。
かなり白い。
朝日、夕日で光り輝けば、それはそれは見事だろう。

さらに降ると「御神水(オシキミズ)」。

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「御塔石」の真下に湧く石清水。

名水百選」にも選ばれているという。

「石灰岩層」を通ってきた水で、飲んでみたが冷たくて美味しい。

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位置情報
N33°51’19.00”  E134°5’31.02”  高度1787.95m

ここから「剣山」山腹をトラバースして「次郎笈」へ向かう。

トラバース中、木間から見える「御塔石」が素晴らしい。

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この角度から見ると「御塔石」は巨大な人面岩。

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僕の写真では分かりづらいので、ネット上で登山記録などを調べていたら、素晴らしい写真を見つけた。

御塔石
DIGITALわいどびゅう」というHPで見つけた画像を転用させていただく。

写真は勿論素晴らしいが、落葉期なので「御塔石」の左右の「立石」もはっきり写されている。
さらに「御神水」も写っているので、位置関係がよく分かる。

巨大な「御塔石」の左右に、小ぶりな「立石」がある。

これは、「三尊」や「三位一体」と同じような意味を暗示しているのではあるまいか。

「御塔石」は「天柱石」ともいうらしい。

同名の「立石」が、愛媛県の「石鎚山」にもあるらしい。
また富山県「五箇山」の「天柱石」は有名だが、僕はまだ出会っていない。

先にも書いたが、「大剱神社」の祭神は「素戔嗚命」、「安徳天皇」、「大山祇命」とされている。

「剱山本宮宝蔵石神社」も同じ祭神。

僕は先に違和感を感じると書いた。

僕がまず注目したのは、中心の巨大な「御塔石」の両脇に形の違う「立石」がある事。

「3」。

「3」は最小単位の面、「二次元」、「三角」。
「正三角形」が二つ180°ずれて重なって「六芒星」。
その頂点を結ぶと「正六角形」、「ハニカム」。安定した連続模様が得られる。
「3 6 9」、「ミロク」の基本数。

「三尊」、「三位一体」。

それに、今回の旅をプロデュースしてくれたのが「上森三郎」さん。

したがってこの三体の「立石」には、強い繋がりが無ければならない。

ところが、「大剱神社」の祭神である「素戔嗚命」、「安徳天皇」、「大山祇命」に強い繋がりを僕は感じない。

そしてもう一つの注目点は、巨大な「御塔石」の根元部分から「聖水」がわきだしていること。

「磐座」の根元から水の湧きだしているのを、何度か見ている。それは極めて重大な意味のある「磐座」ではないかと思っている。

「水」はあらゆる生命の根幹。生命の可能性の元。

「水」という溶媒があってこそ、生命は成り立つ。

「水・H
2O」は、ありふれた物質でありながら神秘的。

巨大なそそり立つ「石灰岩」の「御塔石」は天地を繋ぎ、命を育む象徴ではあるまいか。

母性と父性の統合の象徴でもある。

さすれば、古事記に登場する創造神「天御中主神」。

あるいは「旧約聖書」の「ヤハウェ」。(参考として「古代日本人はヤハウェを信じていた」)

このような事を書きつつ、僕の頭は益々混乱。

神には沢山の名前があり、何が何だか分からなくなってしまう。

それらの既成概念をすべて捨て去り、この場の雰囲気を真摯に受け止めれば、何か見えてくるものがあるかもしれない。

「場」の繋がり・・・・


つづく

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