尼崎市武庫之荘西に鎮座する「磐長姫神社」は、住宅密集地にポツンとある。

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Googleマップの衛星画像で見ると、その様子がよく分かる。

「磐長姫神社」に向けてズームアップして行くと、興味深いシンボルマークが浮かび上がる。

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拝殿の屋根の上にクッキリと「十字」が浮かび上がる。

十字」は、もっとも単純なシンボルマークなので、いろんなバリエーションがある。(リンクしたウイキペディアで、いろんなバリエーションが見られる)

「イエス・キリスト」が磔刑にされた「十字架」が、イエス・キリストのシンボルとなり神聖視されているので、そればかりが強調されがちだが、それだけではない。

ウイキペディアの概要解説。

十字は最も古代から存在する人類のシンボルの1つであり、多くの地域で使用されている。太陽のシンボルや、キリスト教の十字架、南十字星の他にも、世界の四大要素や方位、あるいは縦線を神性、水平線を世界とした統一概念の象徴などとして使われている。
現代でも多数の国旗、赤十字社などの標章や紋章、家紋などにも使用されている。なお中国の、晋の時代に十字をつけた餅を食して厄除けとする風習が、日本に伝えられると鎌倉時代に流行し、その餅のことを「十字」といったともされる。

「磐長姫神社」の拝殿の「十字」を見て思い出したのが、琵琶湖西岸の高島市に鎮座する「白髭神社」の拝殿。
 
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この拝殿の屋根にもくっきりと「十字」が現れている。
しかもこちらは、「十字架」のような縦長。
「白髭神社」は「猿田彦」を祀る神社。

神社の拝殿の建築様式で、このように「十字」屋根という形式があるのかどうか知らないが、僕が今最も興味を持っている「磐長姫」と「猿田彦」が繋がった気がする。

それで、「地理院地図上で、「磐長姫神社」と「白髭神社」を繋いでみる。

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右上の赤丸ポイントが「白髭神社」。
左の一番下の赤丸ポイントが「磐長姫神社」。

このレイライン近辺に興味深い場所が沢山ある。

まずは、茨木市の「大岩」。
「大岩」周辺にはキリシタン伝承があるらしい。

続いて「淳和天皇陵」。

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京都市西京区大原野春日町にある。
「眞名井御前」は「淳和天皇」の第四后。

(俄然面白くなってきたので、後程「磐長姫神社」と「甲山」も繋いでみる。)

続いて、「松尾大社」。

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「松尾大社」の背後の山にある巨大な洞窟状の「磐座」の位置は正確には分からないが、よりラインに近い位置にあるように思う。
(松尾大社の磐座について、過去ブログ「日吉大社と松尾大社の磐座とレイライン」参照)

続いて「双ヶ岡」。

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「船岡山」と共に、京都盆地の興味深い小山。
船岡山」には重要な意味を持った「磐座」があるが、「双ヶ岡」にはそれらしいものは無い。その代り「古墳群」があるらしい。

続いて、「上賀茂神社」。

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加茂別雷神社」とその背後の山を通る。

この山の山裾には「磐座」があるので、おそらく山中にもあるのではないかと思う。

たまたま、拝殿の屋根の上に「十字」があるという共通点だけで、繋いでみた尼崎市の「磐長姫神社」から高島市の「白髭神社」のレイライン近辺に、次々重要ポイントが現れるのは、単なる偶然なのか、それとも強い意味が込められているのか?

軽々に結論などでないが、僕にとっては、なんと言っても「磐長姫」と「猿田彦」が繋がったことが、興味深く面白い。

「磐長姫」と「猿田彦」のレイラインの近辺に、「淳和天皇陵」が出て来たので、「磐長姫神社」と「甲山」を繋いでみた。

このラインの距離は短いが、ライン上に鳥居マークがあった。

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「神呪町」にある神社なので調べてみると、「神呪厳島神社」とある。

祭神は勿論「市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)」

「宗像三女伸」の一柱で、「弁財天」ともされる。

そして「水の神」から「瀬織津姫」。

神社名は「厳島神社」。
「厳(イツ)」という文字が付く。

「眞名井御前」の実名は「厳子姫」。
同じ文字が付き、いろいろ集合してくる。

妄想がいろいろ広がるが、実に面白い。

尼崎市武庫之荘西にある「磐長姫神社」は、平野部の現在は住宅密集地にポツンと鎮座している。

何故にこのような場所に「磐長姫」が祀られているのか不思議に思ったが、このようにラインで結んでみると、絶妙の交点に鎮座していることが分かる。

拝殿の屋根の「十字」も意識してそのような様式にしたのか、あるいは「無意識」によるものなのだろうか?

自ずとそのように成る。

無意識」これがこれからの僕の課題のようだ。