2010/10/7の記事(増補改訂版)

c kleiber
クラシックは余り聴いた事が無い、況してやクライバーなんぞと云う指揮者の名前も知らないと云う方に、カルロス・クライバーのベートーヴェンを聴かせると、すこぶる評判が良い。
内心そうではないかなぁ、とは予想していたが、矢張りクライバー/VPOの演奏は、先入観の無い初心者には好感度No,1であった。
今時、フルヴェンだのワルターだのクリュイタンスだのコンヴィチュニーだのと言って胸を熱くしているのは例カフェのマスター氏と私くらいのものだ。
時代遅れなのか感覚が古いのか…

しかし分からないではない。我々とてカルロス・クライバーの第5が出た時には高揚感があった。陳腐な表現をすると「新鮮な衝撃」と云うやつだ。
少し前にはベームやショルティの第5の新録音が出て、その度に喜んで聴いていた時期である。
ブーレーズの第5のように聴いてガッカリするようなものもあったが、兎に角時代は前に進んで居る感があった。
そのような中でカルロスの第5は、突然ド真ん中に直球をブチ込まれたような驚きがあった。
煮込まれて凝縮した、エキスのような第5であった。
そこには揺らぎのない、確信に満ちた音楽があった。

でもそれで、ハイそうですか、と言う訳には行かない。
私は親父、エーリッヒ・クライバーの演奏を知って居るからである。
そんな訳で今回、改めて親子を聴き比べようと思い立ったのである。


カルロスの第5。74年録音。DGの国内盤である。
bet5 c kleiber
この盤は中々に良い音がする。録音エンジニアはシュヴァイクマンで、ムジークフェラインに響く美しい響き、と云うよりは、近接音に重きを置いた録音だ。これが功を奏して居る。
出だしから音楽に勢いがある。フレーズの最後にアクセントを置く事で、しなやかさとインパクトを感じさせる「ムチ」のような表現だ。
ティンパニの打ち込みも効果的である。ドン、と言うよりはバン、と云う表現が当てはまる。
3楽章以降の推進力も小気味良く、初心者でもこの音楽の渦に巻き込まれるのである。





エーリッヒ・クライバーの第5。53年録音。これは何とスウェーデンのRECUT盤である。
bet5 e keiber
いつの間にか私のコレクションに入っており、長い間全く聴いて居なかったのであるが、或る時ふと針を下ろして驚いたのなんの。
これはオリジ盤でもどうかと思う程抜群の音質なのだ。いや、寧ろ盤質等を考慮すると、この盤の方が余程聴き易い音がすると言って過言ではない。
調べると、どうやらオリジナルマスターからのリマスターらしい。
こう云うものを聴かないと昔の巨匠達の凄みが実感出来ない。
オケがコンセルトヘボウなのでカルロスよりは柔らかく奥深い響きだ。
しかし、表面の柔らかさを剥ぎ取って見ると、そこにはムチのようにしなやかさを持った痛撃が隠されて居る。
こう云う腹芸は「通」向きである。初心者には中々解し得ないであろう。
3楽章から4楽章にかけては圧巻である。4楽章の出だしの一撃はどうだ!
フルヴェン先生やトスカニーニオヤジが吹っ飛ばされる程の巨大なベートーヴェンが出現する。
これを、充分に低域の再現出来る大型システムで聴いたならば、もうそれだけで親父クライバーの偉大さが理解されるであろう。偉人メンゲルベルクでさえこれ程の底力は無かったような気がする。
ここは敢えて親父の勝ちと言いたい。





カルロスの第7。75年録音、DG国内盤である。
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録音エンジニアはシャイベで、この録音はムジークフェラインの響きを考慮した音響になって居る。
これが始めて出た時はウームと唸った。第5の時はちょっと構えて静観していたが、この7番で一気にカルロスが好きになった。思いで深い盤である。
先述した「ムチ」のような表現が充分に生きている。第7の曲想にマッチしているのだ。
私はカルロスの残した正規録音では、この第7が最も優れていると思っている。
勢いの良さや流れの良さだけではない。第2バイオリンのリズムを浮き立たせるなど、随所に小技が効いている。たまに顔を覗かせるVPOの美音が又魅力的だ。
多分にウィーン・フィルの力量と云う処も有るが、7番はオヤジに勝ってるな、と思わせるに充分である。





親父エーリッヒ・クライバーの第7。オケはコンセルトヘボウ。50年録音。DECCAオリジナル盤(ゴールドデッカ)である。
bet7 e kleiber
第5と同様に、コンセルトヘボウの音色は柔らかい。この柔らかさが第7の場合は録音の所為か物足りなさに繋がるのが惜しい。
しかし、4楽章は一聴の価値ありだ。
この楽章、ダンダダダン、と云うリズムがモチーフになっているのだが、オヤジの出だしは微妙に影がある。
敢えて表現するならば、ダン・ダダダン、と引っ掛かる感じなのだ。
テンポはこのモチーフを噛み締めるように遅めで進む。勢いや推進力で聴かせるのではなく、音楽を立体的に表現して居る。当然、コンセルトヘボウの力量があっての表現だ。
音楽が盛り上がり、怒涛のコーダに突入する時、渾身のダン・ダダダンが響き、肌に粟が生ずる。
ウーム。これもまた捨て難い…
全体の魅力で、カルロス。4楽章の魅力で親父。と云う感じだろうか。






最後は、カルロス/コンセルトヘボウの第7。83年収録(unitel DVD)である。
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エーリッヒ縁のコンセルトヘボウで、息子がどのような演奏をするのか、と云うのが聴き処だ。
コンセルトヘボウは会場自体の響きが柔らかい。従ってVPOとの録音のように跳ね返るような瞬発力は後退して居るかに聴こえる。しかし、オケは上手い。危うい処が無いので、スリルと云う点ではVPO盤に譲るが、大きな安定感が有り、終盤の加速はライヴならではの興奮を誘う。
だが、この日の演奏は前半の第4交響曲が素晴らしく、オケもカルロスも7番ではエネルギーが弱まって居るのを感ずる。
完成度は高いが、若いカルロスのエネルギーを的確に捉えたVPO盤の方が魅力では勝ると思う。
さて、親父と比べてはどうだろうか。
矢張り、私は親父クライバーの音楽センスに軍配を上げたくなる。





皆の衆はどちらに軍配を上げるだろうか。