2012年02月04日
山中湖ワフでディスクドッグ教室
2012年02月01日
2012年01月28日
お尋ね者
仕事前に歩いて動物病院まで。外耳炎との戦いに終止符を打つ。
そして帰りの散歩コースで独り身の柴さんに遭遇。
「お嬢さん、おひとりでどちらへ?」
「供の者とはぐれてしまいましたの
」
「そいつはいけねえ、もののけの森を出るまで、拙者が案内いたしやしょう
」

病院で使うようにロングリードの他に普通のリードをもう一本持っていたので、公園事務所まで連れてった。ロッシくん、初めての二頭引きにも関わらず仲良く絡まずに歩けたね。
柴のお嬢さんもイイコでした。鑑札札を着けてたし、キレイな身なりであれだけ人に慣れた子だから、きっと飼い主さんに可愛がられてるはず。心配してるだろう、早く迎えに来てくれるといいね。
ちよっと多頭飼い気分の散歩だった。
そして帰りの散歩コースで独り身の柴さんに遭遇。
「お嬢さん、おひとりでどちらへ?」
「供の者とはぐれてしまいましたの
」「そいつはいけねえ、もののけの森を出るまで、拙者が案内いたしやしょう
」
病院で使うようにロングリードの他に普通のリードをもう一本持っていたので、公園事務所まで連れてった。ロッシくん、初めての二頭引きにも関わらず仲良く絡まずに歩けたね。
柴のお嬢さんもイイコでした。鑑札札を着けてたし、キレイな身なりであれだけ人に慣れた子だから、きっと飼い主さんに可愛がられてるはず。心配してるだろう、早く迎えに来てくれるといいね。
ちよっと多頭飼い気分の散歩だった。
2012年01月27日
2012年01月24日
2012年01月12日
2011年10月16日
2011年10月01日
2011年07月05日
2011年01月22日
2011年01月18日
2011年01月09日
2010年12月25日
2010年12月18日
おす。おらロッシ

“散歩でびゅー”の頃です。セケンは怖い物ばかりです。
10月1日長野県で生まれ、先月から人間がおとーさんになってくれました。
…家ではいろんなものを噛んで壊します。
おとーさんの手なんかも毎日噛み噛みしてます。
2010年11月26日
2010年06月30日
2010年05月30日
2010年04月30日
2010年03月31日
2010年03月04日
7Days In Myanmar 夏休み’09年分 4
6時30分発のYH917便で、今旅の目玉Baganへ。
前夜は宿の屋上で一服しつつ、日本から修行に来た比丘尼とお話。早朝5時には空港へ向かうので、宿の朝食はありつけないと思っていたら、前夜ポットに入れたコーヒー、果物とともに部屋に届けてくれた。シャワーも熱いし気持ちいい屋上と親切スタッフの安宿だった。
バスや列車では、丸一日の行程のBaganへも、飛行機はひとっ飛び。お値段10倍のUS$80。本当は大戦時代のレールをガッタンゴットンのんびりと、移動中の面白ハプニングがバックパッキングの醍醐味と思うけど…。
さて、空港から街への交通手段はタクシーのみ。回りの旅行者は皆ホテルやガイドのお迎えつき。ローカル空港の少ない乗客のなかから唯一の一人旅風人物が、タクシーと交渉しているのを発見!すかさず「ハロー」っと爽やかに相乗りを持ちかけた。相手も一人バックパッカーで快諾、5000チャットのタクシー代をシェアして街へ向かった。相乗りバックパッカーはスパニッシュフレンチ(スペイン生まれフランス在住)、相当旅慣れた様子。運転手を交え車中話し合ったところ、中級ホテル「Aunmingalar Hotel」に行ってみようということに。で、3種類の部屋を見て、一番安い部屋13US$でも広々清潔、ホットシャワーにエアコン・衛星チャンネルテレビつき、窓から遺跡も望め同乗者とともに即決。宿で遺跡めぐりの相棒「千葉の美しい子自転車 ちのすは」号もレンタル(2000チャット/日)。


まずは遺跡めぐりの拠点、Nyaung Ooの街をぐるり。マーケットを覗いてみたり、雄大なエーヤワディーの河岸を眺めたり。住居はヤンゴンと異なりニッパ椰子を葺いた高床式、市場は賑やかだけどヤンゴンの都会とは明らかに趣きが異なる。ビールやタバコ、激安のミャンマーラムなど買い込みいったん宿へ。冷蔵庫にビールを仕込みつつ1本消費。まだ10時。


芝生の前庭でビールの一服をつけ、宿から見えるシュエズィーゴォン・パヤーから遺跡めぐりにいざ出発。摂氏40度近い乾いた道を「ちのすは号」で考古学保護区オールド・パガンを目指すものの…。約千年前の11世紀から13世紀、歪んだ密教色を排し上座部仏教を取り入れ栄えたビルマ族の王朝パガン。最盛期には2000、今も1000以上の史跡が残る地で、ガイドや地図にも乗っていない遺跡だらけの情景に目移りし、寄り道し、木陰で休みつつカメラを構え。ようやくたどり着いた1つ目の大規模な「ティーローミィンロー寺院」では、露天のみやげ物屋の娘さんと世間話。遺跡の情報や、この国のことなどいろいろ話して仲良くなると、1ドルくらいの可愛い置物など購入し、
「また明日」
「もう買わないし、来るか分からん」
「じゃぁまたいつか来て下さいね」
なんて感じ。自分も相手もタドタドシイ英語だが、お互い一生懸命分かろうとするし、冗談を言えばケラケラと笑顔が返ってくる。若い娘さんだけでなく、おばちゃんや子ども、お兄さんも気さくで会話が楽しい。



午後2時過ぎ、ようやくオールドパガンの入り口で、冷えたビールとミャ
ンマー料理のランチ。ずらり並んだ料理をたらふく食って飲んだら、気に入った遺跡の中で悠々千年の歴史を感じる昼寝。
その後も「ちのすは」号でチャリチャリ、チャリチャリと散策は続き、陽が傾く頃にシュエダンドー・パヤーに。アンコールワットやボロブドゥールと同じく急激な階段をよじ登って振り向くと…。



こいつぁスゲー。360度、乾いた大地と遺跡の大海原。陽が完全に大地に沈むまで、静かに一人でたたずむ…と思ったら、さまざまな国からの旅行者、団体ツアー客や、必死に土産物を売り込む子どもたちで結構にぎやか。土産売りの少女が隣のカップルに、
「You from German?」、「No I'm from Spain」、すると途端に「コモエスタ、セニョール☆〇△〜」と物凄く流暢なスペイン語で怒涛の売り込み、カップルとともに大爆笑。他にも根気負けしてポストカードを買った陽気なイタリアおばちゃんが、自分に向かって「1ダラー、1ダラー」と言い寄ってきたり。なんだかこの地を旅する人々も、ミャンマー人や遺跡の大地の様に優しく大らかな感じ。
そんなにぎやかな遺跡の上の面々も、夕日が赤く乾いた大地に沈む頃、それぞれ静かに、何かを思い、その時を見守っていた。

前夜は宿の屋上で一服しつつ、日本から修行に来た比丘尼とお話。早朝5時には空港へ向かうので、宿の朝食はありつけないと思っていたら、前夜ポットに入れたコーヒー、果物とともに部屋に届けてくれた。シャワーも熱いし気持ちいい屋上と親切スタッフの安宿だった。
バスや列車では、丸一日の行程のBaganへも、飛行機はひとっ飛び。お値段10倍のUS$80。本当は大戦時代のレールをガッタンゴットンのんびりと、移動中の面白ハプニングがバックパッキングの醍醐味と思うけど…。
さて、空港から街への交通手段はタクシーのみ。回りの旅行者は皆ホテルやガイドのお迎えつき。ローカル空港の少ない乗客のなかから唯一の一人旅風人物が、タクシーと交渉しているのを発見!すかさず「ハロー」っと爽やかに相乗りを持ちかけた。相手も一人バックパッカーで快諾、5000チャットのタクシー代をシェアして街へ向かった。相乗りバックパッカーはスパニッシュフレンチ(スペイン生まれフランス在住)、相当旅慣れた様子。運転手を交え車中話し合ったところ、中級ホテル「Aunmingalar Hotel」に行ってみようということに。で、3種類の部屋を見て、一番安い部屋13US$でも広々清潔、ホットシャワーにエアコン・衛星チャンネルテレビつき、窓から遺跡も望め同乗者とともに即決。宿で遺跡めぐりの相棒「千葉の美しい子自転車 ちのすは」号もレンタル(2000チャット/日)。
まずは遺跡めぐりの拠点、Nyaung Ooの街をぐるり。マーケットを覗いてみたり、雄大なエーヤワディーの河岸を眺めたり。住居はヤンゴンと異なりニッパ椰子を葺いた高床式、市場は賑やかだけどヤンゴンの都会とは明らかに趣きが異なる。ビールやタバコ、激安のミャンマーラムなど買い込みいったん宿へ。冷蔵庫にビールを仕込みつつ1本消費。まだ10時。
「また明日」
「もう買わないし、来るか分からん」
「じゃぁまたいつか来て下さいね」
なんて感じ。自分も相手もタドタドシイ英語だが、お互い一生懸命分かろうとするし、冗談を言えばケラケラと笑顔が返ってくる。若い娘さんだけでなく、おばちゃんや子ども、お兄さんも気さくで会話が楽しい。
午後2時過ぎ、ようやくオールドパガンの入り口で、冷えたビールとミャ
その後も「ちのすは」号でチャリチャリ、チャリチャリと散策は続き、陽が傾く頃にシュエダンドー・パヤーに。アンコールワットやボロブドゥールと同じく急激な階段をよじ登って振り向くと…。
こいつぁスゲー。360度、乾いた大地と遺跡の大海原。陽が完全に大地に沈むまで、静かに一人でたたずむ…と思ったら、さまざまな国からの旅行者、団体ツアー客や、必死に土産物を売り込む子どもたちで結構にぎやか。土産売りの少女が隣のカップルに、
「You from German?」、「No I'm from Spain」、すると途端に「コモエスタ、セニョール☆〇△〜」と物凄く流暢なスペイン語で怒涛の売り込み、カップルとともに大爆笑。他にも根気負けしてポストカードを買った陽気なイタリアおばちゃんが、自分に向かって「1ダラー、1ダラー」と言い寄ってきたり。なんだかこの地を旅する人々も、ミャンマー人や遺跡の大地の様に優しく大らかな感じ。
そんなにぎやかな遺跡の上の面々も、夕日が赤く乾いた大地に沈む頃、それぞれ静かに、何かを思い、その時を見守っていた。




















