弥勒三尊
出口王仁三郎作品 三聖会 仁愛神像

本日掲載の王仁三郎墨画は、みろく神像です。
 (弥勒如来三尊 - 中尊は弥勒如来 左脇侍が法苑林菩薩、右脇侍が大妙相菩薩

みろく如来と両脇侍の菩薩の下 を龍が支えるような構図が取られていますが、この絵の構図を見ると思いだすのが王仁三郎の代表的な言行録『玉鏡』に記された下記の一節です。

(引用開始)

男装坊の再生(なんそうぼうのさいせい)

 月鏡つきかがみ十和田湖とわだこ神秘しんぴんだものはたれつてゐるごとく、みづうみぬし昇天しようてんとき王仁わたし約束やくそくした言葉ことばがある。再生さいせいとき大本おほもとうまれてまゐります」と。……元来ぐわんらい王仁わたしとなつてうまれるはずであつたが、それが出来できなかつたので、八重野やへのましてもらつた和明やすあきがそれである。十和田とわだ竜神りうじん再生さいせいであるから、十和田とわだをとりあきつきかみあらはすつもりで命名めいめいしたのである。王仁わたしをばかりしたつて、父親ちちおやはそつちのけで聖師様せいしさま聖師様せいしさまとつけまとふ。れい因縁いんねん不思議ふしぎなものである。

 編者へんじやまをす、月鏡つきかがみ十和田湖とわだこ神秘しんぴ」には、とほしめされてあります。
 前略ぜんりやくかくて男装坊なんさうばう三熊野みくまの三神さんじんけて神素盞嗚尊かんすさのをのみこと神示しんじによつて弥勒みろく出現しゆつげんちつつありしが、天運てんうんここ循環じゆんくわんして昭和せうわ三年さんねんあき四山しざん紅葉もみぢいまにしきらむとするころ神素盞嗚尊かんすさのをのみこと神示しんじによりてここみづみたま十和田湖畔とわだこはんきたり、弥勒みろく出現しゆつげん神示しんじりしより男装坊なんさうばう欣喜雀躍きんきじやくやく風雨ふうう雷鳴らいめい地震ぢしん一度いちどおこして徴證ちようしようしめしつつ、その英霊えいれいてんのぼりたり。それよりふたた現界人げんかいじんはらりてうまれ、男性だんせいとなりて弥勒みろく神政しんせい神業しんげふ奉仕ほうしすることとはなりぬ。嗚呼ああ神界しんかい経綸けいりん深遠しんゑんにして宏大くわいだいなる到底たうてい人心じんしん小智せうち窺知きちかぎりにあらず、かしこしともかしこ次第しだいにこそ。

惟神かむながら霊魂幸倍坐世たまちはへませ

(『玉鏡』「男装坊の再生 昭和7年7月」より)

 (引用元: 霊界物語ネット http://reikaimonogatari.net/

この文章は引用元の「霊界物語ネット」さんで無料で閲覧頂けます。また、王仁三郎言行録(如是我聞集)の代表的作品である『水鏡』『月鏡』『玉鏡』はみいづ舎( http://www.miidusha.jp/ )や三冊まとまった形で、『三鏡』として八幡書店( http://www.hachiman.com/books/89350-182-8.html)から発売されています。

上述の「和明」とは、王仁三郎の孫の出口和明氏(故人)のことですが、氏の生涯は王仁三郎と『霊界物語』を伝え、世に出し、広めることに捧げられたと言っても過言ではありません。

『大本神諭』の大正6年に書かれた一節には出口王仁三郎の御魂こそが「みろくさまの御魂」であると 高らかに宣言されており、「弥勒神政に奉仕する」とは即ち、王仁三郎と『霊界物語』を伝え、広めることでもあるという事が言えると思います。

また、我々一般人にとっては『霊界物語』を読むことが王仁三郎の活動の一端を支援することになるのではないかと思います。王仁三郎は自身の「本物の遺言」である『錦の土産』に『霊界物語』を読むことだけは、どんな事があっても、誰に反対されようとも辞めてはいけないと特筆しています。(拙ブログの過去記事をご参照下さい

真実の出口王仁三郎の遺言!「錦の土産」



王仁三郎によると、『霊界物語』を音読すると副次的効果もあるようです。

「…善悪  ぜんあく不二ふじ正邪せいじや一如いちによ顕幽けんいう一致いつち真諦しんたいは、この神著しんちよによつて明白めいはくになること確信かくしんする次第しだいであります。この物語ものがたりすべ宇宙うちう精神せいしん一斑いつぱん説示せつじしたものであります。大病人たいびやうにんなどが枕頭ちんとうにてこの物語ものがたりかされ、即座そくざ病気びやうき全快ぜんくわいするくらゐなんでも事実じじつであります、これをても人間にんげん頭脳づなう営養物えいやうぶつたることわかります。大本おほもと大精神だいせいしんは、このしよによつて感得かんとくさるべきものであります…」出口王仁三郎 (引用:『霊界物語』第十三巻 如意宝珠 子の巻 モノログより抜粋)


さて、『大本神諭』や王仁三郎の後継者は誰それだ、とか、この書物こそその後継者でトドメの書物だ、と「虎の威を借る狐」の如く宣伝をする方々がいらっしゃるようですが、『大本神諭』は王仁三郎の御霊こそが「艮の金神、国常立大神」が待ちに待っていた「てんのみろくさま」の御魂であると大正6年に明言し、王仁三郎はその遺言で『霊界物語』の拝読こそはどんな妨害も誰の反対にも負けずに継続すること、と言い、他では「わしの全ては『霊界物語』に書いた、わしに逢いたくなったら『霊界物語』を読め」とまで言い切っています。

つまり、『大本神諭』に権威付けを求める人はこの大正6年の発言を無視することはできない筈で、王仁三郎に権威付けを求める人は王仁三郎の『霊界物語』に対する思いを無視するはずはないということですから、「『大本神諭』や王仁三郎にかかった神」という権威付けを利用して、王仁三郎や『霊界物語』以外の人物や書物を宣伝している人や文書を見たら「おかしいな」と疑問を持つべきだということです。

少なくとも、それら他の書物などが、『大本神諭』や王仁三郎を引き合いに出す必要は無い筈です。
本人が言ってもいない「お墨付き」をもらったと言って人を信用させたり、名前を売ったりすることは世間では「売名行為」と言いますし、酷い場合は「詐欺行為」ともなります。

また、「売名」や「詐欺」に引っかかるケースと云うのは、自分で良く調べもせずに書かれたことや言われたことを鵜呑みにする場合に多いのですが、「裏を取る」ことや、その人や書物が引き合いに出している原典や証拠、記録に「一度は当たる、一度は調べる」ことを怠る場合に多いようです。

自分が信じ込んだり、時には人生の指針にまでしている書物が、本当に自分が信じている通りの繋がりや権威のあるものかどうか、しっかり調べないとあとで嫌な思いをするのは自分自身です。是非、お気を付け下さい。

*王仁三郎や『霊界物語』『大本神諭』自体の信ぴょう性は二度に渡る政府による弾圧の際、刑事裁判が開かれており、その際の凡ての文書や記録を国会図書館や過去の新聞記事、裁判記録などで確認することまで可能です。(王仁三郎は生前、大本事件を国家による「誓約(うけい=証文)」であると表現したことがあります。)

さて、冒頭の『玉鏡』に述べられている「『月鏡』の十和田湖の神秘」が気になる方は、上記の原典か、「霊界物語ネット」さん掲載の一節 http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=kg461 に当って見て下さい。とても神秘的で、興味深い伝説について語られています。

今日は最後に王仁三郎のユーモラスですが、考えさせられる歌をご紹介したいと思います。
昨今の、神仏に背を向け、ただただ地震に怯える私達現代人にはぴったりの歌かも知れません…

(引用開始)

おれは鯰(なまず)だ
(大正十三年一月二十三日記 『神の国』大正十三年四月二十五日号掲載)


俺は地中に潜む大鯰だ  平素は重い大地を布団にして

おとなしく眠っているのだ  併(しかし)ながら余り地上の

有象無象が  俺を造った親分の

命令も聞かず  勝手なことばかり

おっ初めると  それが癪に障って

時々尾を振り頭をふり  一寸体をひねってみるのだ

蛆虫のような  地上の人間共は

おれの一撥(いっぱつ)に会うて  物質文明の極致だ

天然力を支配するなどと  勝手な熱を吹いて

横柄面をさげ  科学万能主義だと

大法螺を吹いていても  おれの一蹴に会うて

何もかも滅茶苦茶に  こわれて了(しま)うだないか

地上における最高権威も  軍隊も

文明の利器も  俺の前には

何の権威もない  みじめなものだ

時々癪にさわると  何時はね廻すか知れないぞ

テモさても憐れな人間共だ  地震博士だとか

預言者だのと  小間しゃくれた事を

熱を吹いているが  俺の腹が分かっているか

思えば思えば  小っぽけな人間共の

頭の悪さよ


(引用元:出口和明著『出口王仁三郎 入蒙秘話』より)


聖師様3
本日も最後までお読み頂き誠に有難うございました。

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