2007年11月26日

海外旅行外来 5

2007.03.11 02:01 | 旅行 / 宿 | Tai-chan | 推薦数 : 4
海外旅行外来

海外旅行外来をしている矢野先生が昨年10月に長崎医師会報に書いた文章をご本人の許可をもらい、以下に紹介させて頂く。日本人が予防接種にいかに甘いか、渡航前の健康診断にいかに無頓着か、アメリカに来て強く感じている。是非、お時間の許す限り読んで頂ければ幸い。

海外旅行と健康
国立病院機構長崎医療センター 国際医療協力室長 矢野公士

はじめに
年間1800万人が海外渡航をする時代となり、毎年ゴールデンウイークや年末年始ともなれば、成田空港が出入国ラッシュとなります。海外で仕事に従事する長期赴任者の数も軒並み増え、景気回復に伴って企業の海外進出も復調の兆しが見えてきたようです。まさに世の中グローバリゼーション一色の様相です。その一方で、外務省統計によると毎年、邦人約500人が海外で死亡していて、その大半は突発的な事故によるではなく、病死であることが明らかになっています。2002年にはSARSのアウトブレイクという、アジアのみならず世界を震撼させる感染症のエポックがありました。
「トラベルメディスン」という言葉をご存知でしょうか? 欧米の医師を中心に「旅行」に関する疾病を扱う応用医学としてこの10年ぐらいで急速に成長した分野で、感染症を中心に、予防接種、長期赴任先での健康管理、時差に伴う問題、渡航先の風土病、世界共通診断書発行などを対象にした旅行のための健康管理学です。最近では航空医学、登山医学、救急医学といった領域がいずれも旅行医学に関与してきています。長崎地方でもアジアを中心に毎年述べ10万人弱の方が海外旅行ないし海外赴任されています。しかしながら、専門的に海外旅行者をサポートするシステムはまだまだ希薄であると言わざるを得ません。

このような中、平成15年4月、国立病院機構長崎医療センターでは国際医療協力の一環として、九州で初めて、渡航者の健康をサポートするための専門科「海外旅行外来」を開設いたしました。

欧米に見るトラベルメディスン

開設後まもなく、受診者に占める外国人の割合が妙に多いことに気づきました。
曰く「今度、フィリピンに行くのだが予防接種をしてほしい」「イギリスから英語を教えに1年間長崎に来ていた。帰りにインドに寄って帰るのだが、注意すべきことを伺いたい」「マラリアの予防内服について教えてほしい」などなど、旅行に際して実に具体的に、健康対策の準備していることが伺えます。このようなことから、私は、如何に欧米人に旅行医学が浸透しているかを実感しています。
2003年にヨーロッパの空港で行われた調査によると、海外渡航者の半数以上が旅行前に健康指導を受けていたそうです(1)。一方、日本人はどうでしょうか?予防医学に感心が低いせいか、はたまたワクチンに対する恐怖感からか、トラベルメディスンの概念がいまひとつ浸透していない、と感じられます。

2000年に「The Japanese need travel vaccinations」と題する衝撃的な論文が国際雑誌に掲載されました。ネパールを訪れる90%以上の欧米人がトラベルクリニックを経由しA型肝炎のワクチンを打っているのに対し、日本人は殆どが打っていなかった。日本はもっとしっかり旅行者に対し、トラベルワクチンの重要性を啓蒙すべきである、という、日本を名指しで非難する旨の論調でした(2)。

長崎県の人口は約146万人で、そのうち年間約9万人が出国しています。また、県内に居住する外国人は約7,000人 (人口の0.48%)なのですが、当院の旅行外来を訪れる約1/3の方が外国人、という事実は、長崎地方においてもその傾向が明らかであることを物語っているのかもしれません。

私は、かつて、長崎大学からの出向で西アフリカのガーナで日本国大使館医務官を勤めていました。医務官の仕事はまさしくトラベルメディスンに相当します。そのころにも、遠く日本を離れた地で、同じように日本と欧米の差を感じたことを思い出します。西アフリカ一帯は、マラリアの高浸淫地域で、しかも、放置した場合死に至る熱帯熱マラリアが大半を占め、WHOも同地への渡航の際は予防内服を勧告しています。そこで私が出会った欧米人は当然のようにマラリア予防内服をしていました。彼らは、例外なく出発前にトラベルクリニックに立ち寄り、熱帯熱マラリアの危険性と予防法などを熟知して現地入りしていたのです。

一方、日本人旅行者、とくにバックパックで世界中を旅する若者の殆どが予防内服をしておらず、マラリア原虫を媒介する蚊に対しても無防備でした。その結果、熱帯熱マラリアに罹患し残念なことになった邦人旅行者の例も経験しました。予防内服をすべきか、そうでないかは地域(流行地か否か、都心部か田舎か)、旅行形態(ホテル住まいか、バックパックか)、滞在期間などによってケースごとに決定されるべきですが、そのためには総合的な旅行医学の知識が必要となります。このような情報を提供するのもトラベルクリニックの大きな役割です。

そのほかのトラベルワクチン

アフリカ、南米の多くの国で黄熱病の予防接種証明(イエローカード)がないと入国を認められません。日本で狂犬病の心配はありませんが、世界中の地域で野生動物にかまれた場合には発症の可能性があります。特にインド亜大陸は要注意です。蚊によって媒介される日本脳炎もワクチンによって予防可能です。現在、日本ではその副作用に対する懸念のために、学童への接種が控えられて(次世代ワクチンの承認を待っている状況)いますが、この対応には疑問を抱かずにおれません。残念ながらエイズやC型肝炎のワクチンはまだありませんが、A型肝炎、B型肝炎はワクチンで予防可能です。特にA型肝炎はワクチン予防可能疾患のうち、旅行者が最も罹患しやすい疾患とされ、海外旅行の際は行き先を問わずお勧めしています。

意外と身近なところに、 、 、

先日、両親が某社旅行パックで中国の秘境「九寨溝」に行ったときのことです。海抜1,500 mの飛行場に降り立ち、バスで数時間後に海抜4,500 mにまで上ったそうです。すると父が吐き気と頭痛に見舞われ、ひどく具合が悪くなってぐったりした、と、典型的な高山病の症状が出現してんてこ舞いだった、と聞きました。幸い旅行は続いたそうですが、よくよく聞いてみると以前スイスのモンブランでも同様の症状を経験したことがある、と。高山病の感受性は個人差が大きく、またはっきりとしたリスクファクターがわかっていない。つまり誰がかかりやすいのかがわからない、のが特徴ですが、このケースではそこそこの高度で症状出現しやすい、ということがわかっていたので、予防手段を講じておくべきだったのかもしれません。高山病の予防には、アセタゾラミドが有効であると言われています。このケースも行く前に相談してもらっていたら、と後になって思った次第です。身近な人間でもこの調子ですから、まだまだ啓発活動が足りない立派な証拠、と自戒した一件でした。

英文診断書はなぜ必要か

高齢や、持病持ちの方が、旅先で具合が悪くなったときのために持参したり、渡航先で継続治療を受けるためには英文診断書が必要です。日本では「医師の応召義務」があり、誰もが病院に行きさえすれば、診断・治療をうけられます。しかし、一歩海外に出れば医療においても契約社会であり、一定のルールをまもらなければ治療はおろか診断をも拒否されかねません。日本においては患者の権利のみが強調されますが、欧米におけるインフォームドコンセントは、患者が自分の医療情報を病院に伝える、治療の選択に関しては患者が責任を持つという「義務に関する同意」の側面が強調されています。「応召義務」のない状況での「相互」契約ですので、自分の身体情報を提供できない患者は治療を拒否されかねません。このような状況から、身体情報を確実に伝えるための旅行用診断書というシステムが必須になるわけです。 最後に大切なことは、「自分の身は自分で守る」という認識であり、守るための盾や矛(武器)が予防接種や予防薬、そして病気の知識です。これらをどのように選択し、接種するかをアドバイスし、情報提供するのがトラベルクリニックの役割です。前述のように、残念ながら日本においては、まだまだトラベルメディスンの認知度が低いために充分な役割を果たせていない、と感じることがあります。保健適応でないために、全てが自費診療となることも理由のひとつかもしれません。今後、細々とではありますが地道な啓発活動を続け、当院の海外旅行外来がこれから海外渡航される方の役に立ち、ひいては長崎県の国際化に貢献できれば、と考えています。


長崎医療センター 海外旅行外来 ホームページ
http://www.hosp.go.jp/~nagasaki/sinryou/sinryouka/travel.htm

参考文献
1. Van Herck, K., P. Van Damme, F. Castelli, et al. 2004. Knowledge, attitudes and practices in travel-related infectious diseases: the European airport survey. J Travel Med 11:3-8.
2. Basnyat, B., G. Pokhrel, and Y. Cohen. 2000. The Japanese need travel vaccinations. J Travel Med 7:37.

コメント一覧
九寨溝はぜひとも行ってみたい世界遺産の一つです。
ネパールに行く際、ダイアモックスは睡眠時無呼吸症候群の病名にて、処方していただきました。
貧乏学生であったため、A型肝炎や狂犬病のワクチンはうっていきませんでした。

海外旅行外来、魅力的な外来です。
脳外科で花が咲かなかったら、
海外をぶらぶらしてから考えてみようかな?
おっといけないいけない・・・。
written by アジアフリーク脳外科見習い / 2007.03.11 03:18
Diamoxって脳血流検査の時にしか使ったことがなかったのですが、睡眠時無呼吸で通りますか。勉強になりました。アジアフリーク脳外科見習い先生、コメントありがとうございました。
written by Tai-chan / 2007.03.11 05:55



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