空手道 辻堂道場のブログ

神奈川県藤沢市辻堂にて「辻堂道場」という空手の道場をやっております。 空手の平和と強さの心を活かし、皆様の日常を前向きに明るくしていただきたいと願っております。道場生の皆さんは真剣に楽しく稽古に励んでおります。 とても良い雰囲気の道場です。 試合の勝ち負けではなく、心を重視し、基本・型を中心に稽古しております。 よろしければ一緒に稽古しましょう。 空手道 辻堂道場 ホームページ

正しい稽古を通じて、「自分に負けない強さ」と「心の豊かさ」を共に身につけていきましょう!

(空手道 辻堂道場)「武道で日常を深める」

武道の稽古は人の心を深めます。人生も深めてくれます。
本当にお互いの共存のための道だと確信します。
それは型の技1つ1つが力(固い心)ではなく、呼吸・心(柔らかい心)でないと成立しないものばかりという事に表れています。人と衝突する、勝つから強くなるわけではない。生き方も同じ。社会が競争・勝ち負けを優先しようとも人間の生き方は本来はそうではない。心も人も大切にする。という気付きにもつながります。この点が本当に皆様の希望になりえる武道の本質だなと思います
そして、辻堂道場には心を大切にしたい、武道の「人を傷つけない」という心を求めて稽古に来てくださる方達がたくさんいます。心から感謝いたします。
これからも型・技1つ1つを大切に稽古していかなければと思います。
ねじ曲げて人を苦しめる技にしていってはいけないなと強く思わされます。
私は以前、型や心を無視して力ずくで技を稽古していましたので、その事を強く感じる事があります。
今にして思えば、そのような稽古の仕方では空手も日常の生き方もどんどん悪い流れになり、苦しくなっていく、人も不幸にする。当然の迷いだったなと思います。人間の心は正直で体の状態というものをモロに受けます。「人を傷つけない」という型の技ではなく、それを無視した勝ち負けを目的としてしまうと、力ずくでも何でも良くなってしまう事がたびたび起きます。お互いに力で殴り合わないのが武道なのですが、力で殴り合うのが目的となっていってしまうのです。
そうなると体もたくさん無理に痛いのを我慢します。恨み、悔しい、我慢、勝利への欲望を繰り返す。そのような体からの影響で心はどんどん我が強い人格になり、頑なな心になっていってしまう。自分の事しか目に入らなくなっていく。
・・・今の社会構造に似ているなと思います。
自分の体にも、周りの皆様にも申し訳ない事をしてしまいました。
ただ、良かった事は武道であったという事です。
心、人を大切にする為に稽古する武道での失敗だったという事です。型や礼といった道標が用意され、修正できるものだったという事です。
そして、色々な方がご相談をくださいますが、その気持ちをよく理解してあげられるという事。何故ならそういった方達も今の競争社会で生きているなかでの悩みなので、力ずくの技で失敗した構造と同じなのです。
共通する部分があるのでよく気持ちが理解できるのです。
技を通して人生が深まっていく。心が本来の静けさを取り戻していく。
人の気持ちにも共感出来るようになる。
武道は生きる事に通じるというのは、この点だと思います。 
今も道に迷っている方はたくさんいると思います。
心を大切にしている方もたくさんいると思います。
そのような時に武道には心があります。生きる道標があります。
きっと皆さんの力になると思います。
私もそのような方達と技を通して心を共有し、少しでも力になれれば幸いですし、そのような稽古にしていきたいと思います。
これからも武道の心を大切に進んでいきたいと思います。
道場生の皆さん、活動を支えてくださる皆様に感謝します。
これからも共に頑張っていきましょう。
更に良い稽古にしていきましょう。
武道で日常を深めていただければ嬉しく思います。


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(空手道 辻堂道場)「稽古をする事の意味と喜び」


最近は普段の稽古に加えて日曜の稽古や稽古生同士の交流も深まり、以前にも増してとても充実した活動ができております。
武道といえば戦い・競い合いというように誤解されがちですが、決してそのようなものではなく、お互いの心と技を深め自分と他人の調和に向かうものです。
お互いの平和を実現させようとするものです。
その武道を理解し、熱い思いで稽古をし、日常に活かしていこうとする人達とこんなにたくさんのご縁をいただいて感謝するばかりです。
そういった意味でも武道の稽古の意味というものを改めて考えてみました。武道の稽古は心を成長させるという事を重視して行っております。

心というものは目には見えないものですが皆さんも感じているように確かに存在しています。
よく経営者の方が「最後は人なんです」と言われている事からも解るように、人としての核(最も大切なもの)と言っても良いと思います。
その最も大切な心を稽古するのが武道の意味だと思います。
それでは人としての心の何が大切なのか。それは自分と他人との調和に向かおうとする心の事です。
それを理屈ではなく、具体的に稽古をしていく。
調和の大切さを型や基本で体を通して実感していく。
型や基本には力(衝突・優劣)ではなく、呼吸や柔らかさ(調和・心)によって成り立つ動きが数多く存在しています。
特に呼吸が大切で、頭では解っていても心に落ち着きがないと固さが生まれ技が成立しません。
技をやってやる!(相手は破壊する・自分が優先)を消す。
型の技(人を傷つけずに制圧する動き)そのものをやる。自分も他人も無事であることが大切。
その体を通した本当の体験が、勝った方が偉い。負けた方が悪い。果たして本当にそうだろうか。真実は違う。
という貴重な気づきを与えてくれます。
心に希望を持つきっかけになるといっても良いと思います。
何故なら誰でも固いと技が成立しない。柔らかい(自分も他人も大切にする)と成立する。
誰も強くなどない。傷つけあってはならない。という武道の意味に気付く。それは人としての道でもある。
なので、武道を稽古することによって凝り固まるのではなく、どんどん日常が良くなっていく。
広がりをみせていく。稽古した人間が調和に向かっていく。
もちろん武道ですから厳しい部分もあります。
しかし、それも真剣に技を稽古することによって調和の大切さに気付けるから。全てがそこ。
優しさと厳しさの意味の気づきまでついてくる。
こういった経験を長くする事によって武道の技と人を信じる事がだんだんと解ってくる。

理論や理屈ではなく体と心がそうなっていく。本当に調和が自分の実感できるものになっていく。
心に希望が持てるようになっていく。
武道を稽古する意味はここだなと改めて思います。
今の社会は衝突や競争を基本としています。

そこに影響されて、勝ち負けのための衝突の心や体を作ってしまうと、武道だけではなく他の物事もそのような物の見方になっていきます。

実際に強くなるためだ!と称して稽古の仕方を間違え人間的に凝り固まってしまう人たちもたくさんいます。

何より私自身が体験者です。したがって武道をやればやるほど不幸な人間になっていくという事にもなりかねません。社会全体の価値観に武道が影響されているという事もあるのかもしれません。
強い体を作る、強い心を作る。だから負けない!ではなく、だからその力を自分と大切な人達のために使っていく。であるはずです。

それはたとえ周りで嫌なことがあろうが、それによって自分の心まで影響されて不幸にならない生き方を作っていく。
稽古に来てくださる人達の真の幸せや自信を育んでいくという事です。

実際に頑張って対応しても今の社会は次から次へと厳しい出来事は続きます。
大人になってもいつまでも続きます。

負けない!とか勝つ!という価値観はそういった時に必ず限界がきます。生きるのが苦しくなる時もあります。

こういった事からどうすれば人を幸せにすることができるのか・・・。
そういう事を考えると武道は本当に色々な方達の生きる力にしていただけるなと実感します。
私も皆さんとの稽古が深くなっていけばいくほど、心のあり方、稽古する意味を大切にしていきたいと思います。
何よりも稽古生の皆さん、保護者様にとっても一番のお返しになるかと思います。
これからも共に武道の道を追求していきましょう。
改めて稽古する意味を考えてみて皆さんとのご縁、武道というものに感謝いたします。


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(空手道 辻堂道場)「稽古の深さ」

武道には型稽古というものがありますが、空手は特に型を大切に稽古します。
この型稽古は実に奥が深く体の動きだけではなく、呼吸、心の状態などを合わせて稽古していきます。
単純に同じ動きを繰り返すだけのものではなく、やればやるほど深まっていきます。体の使い方、呼吸、心の状態。それらを調和する方向に向かわせるので生き方も深まっていくというのが更に深みを感じさせます。
型というのは一見すると不思議な動きをするものが多いですが、その体の使い方自体が呼吸や体を柔らかく、強くするように出来ているのです。
私も初めて型の具体性を知った時は驚きました。
それぐらい見事に上手く作られています。
そして、この型のなかにある具体性に気付いていけると「空手は平和の為にある」とか、「空手は人を傷つけないもの」という事の意味が理解できるようになっていきます。
人間の体は力ではなく呼吸で強くなるようになっている。
呼吸は心の状態も大切。
という事は人としての心を大切にするという事は本当に意味のある事。
そういった事を基点に型の技は作られている。
決して力ずくで人を倒す為だけに作られているものではない。
人を必要以上に傷つけない技がたくさんある。
技という厳しさ、その技を成立させる為の柔らかい心と体。その両方を同時に鍛錬できるように作られている。
だから人間が育つ。人を思いやれる。武道(厳しさ・平和)なんだな。
という事がだんだんと解ってきます。
「武道は勝ち負けではない。人を大切にするものだ」という教えは正になのです。
初めて知った時は本当に感動しましたし、今もその気持ちは強くなっています。
自分が凄くなろうという世界ではなく、本当に人を大切にする道だからです。
心の大切さが見直されている社会にあって、このように深く感じ入れる武道ならば道場生の皆さん、生き方に迷っている方のお役に立てると確信します。
これからも大切に皆さんと武道の道を歩んでいきたいと思います。

思えば型の大切さに目を向けずに稽古している頃は、人に勝つことや自分の体を鍛えてガッチガッチにしておく事に躍起になっていました。
そういう事をやっていると生き方も、物の見方も全てがそのようになっていってしまいます。良くも悪くも体を通しているので、衝突をしている事によって心も頭もそうなっていくのです。
つまりはやればやるほど人が不幸になっていくという事にもなりかねません。
当時の私も「空手は平和の為と言われているのに何だろうこれは・・・」と矛盾と迷いを感じていました。
その当時の経験のおかげで、ジャンルは違っても同じような苦しみを抱えている人の思いが理解できるようにもなり、空手が人様の役に立てるものだと確信する事につながりましたが、今思い出しても良い教訓です。
今の社会は競争や衝突を基本としているものがたくさんあります。
切磋琢磨と言えば聞こえは良いですが、実際は行き過ぎた競争により潰し合いになっているケースも多々見られます。空手の事を例にあげましたが、似たような苦しみを感じている人はかなり多いという事も感じています。
思いやりの心が失われ、引きこもったり、更に衝突したり、逃げたりする人もいるかもしれません。
そういった方々もぜひ心の大切さに気付き、希望を感じて、立っていただければ嬉しく思います。
体を鍛錬するのも、心を尽くすのも、仕事をするのも共に良くなっていくため。
1人1人がそういった心を持てればと思います。
武道には答えがあります。深い道があります。これからも共に歩んでいきましょう。

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