May 22, 2005

ガンで逝った友人のこと

木の芽どきになって、ふと彼女はどうしているのかと思った。卵巣ガンだとわかって休職したと聞いてからずいぶん時がたっていた。春の挨拶状にも返事がない、おかしい、と思って知り合いを辿ると、3月に東京の郊外のホスピスで他界したという話だった。

何かすーっと消えていってしまった彼女との間のできごとを思い出しながら、声もなく花をぼんやりと眺めた。自然のとても好きな人で職場のベランダで矢車草をきれいに咲かせたり自然観察などの会によく出かけていた。彼女のくれた四万十川のトンボを美しく撮った本が手元にある。私は入院した彼女を見舞ったとき、ヘッセの庭仕事の本とシエナで買ったきれいな花の栞を送った。ふと花を育てていたに違いないからその花に水をやりたいと思い、最期を送ったホスピスに電話した。4月からの個人情報保護法で電話回答できない、公的機関を通してほしいというのである。面倒な社会になってしまった。しかも公的機関の具体的な部署や方法は相手方も正確に答えることができなかったので、しかたなく彼女の元の職場である公的機関から電話を入れ副申のようにこちらの訪問意図を伝えてもらうことにした。結果は育てていた花のようなものはないのだという話だった。家庭の事情で墓参も難しいということも聞いた。一人身で逝った彼女の最期の地をどうしても訪ねるべきだという思いが募り、わたしと彼女の関係を証明できるものを考えた。あの森という男の学生時代の蛮行を暴くという男によるスキャンダリズムが大きな梃となった個人情報保護法の元で、私的でささやかな友人関係まで公的機関に証明されなければならない道理は全くないのだ。シエナ在留中に、大腸全摘出手術で一月入院した夫の退院直後、はるばる訪ねてくれた彼女と撮った写真、そして入院中の焦燥からやや興奮気味にメールを送ってきた彼女を静めるために書いたわたしの長いメールというやりとり(下記に添付。公表にあたり内容を一部変えている)をもって、よく晴れた日にそのホスピスに向かった。

駅からの道はまっすぐで点々と続く店のなかにコム・サ・デ メゾン(家々のように)という小ぎれいな花屋を見ながら、駅前で簡単に買ってしまったトルコキキョウとユリの安易な花束を後悔しつつ、部屋を出てこの道を歩いたこともあったのかなあと彼女の生活を思ったりした。終末期医療に着目されるなか、近郊で唯一のそのホスピスは普通の住宅街を入っていった奥に、ふと開けた大きな病院に隣接してあった。応対してくださったシスターから、彼女にはもう花を育てる体力はなかったという話を聞き、健康ということが言わせる傲慢さに初めて恥じ入った。そしてまた花をよく買ってきて飾っていたということを聞いた。せめて我が家のベランダにも花が絶えないようにしていくことくらいしか、手向けとして思いつかない。ご冥福を心からお祈りします。

*****************************************
From: 彼女
To: わたし
Subject: RE: くれぐれもお大事に

長くて力の入ったメールありがとうございます。
ご心配も当たっており受け入れます。
きのう忽然と自分が戻ってきました。もう大丈夫です。
一週間かかりましたが、怒ってばかりいたり、急に悲しくなったり
病院の「システム」(といえるものではないかも)に改善提案のレポートを出し
たりとにかくそうでもしないと自分が不満で壊れてしまいそうでしたが、
昨日見舞いに来てくれたNさん(人権課のときの課長で、とにかく愉快な人)
とIさん(保全局の友人で遊びにいつも誘ってくれる人)と笑い転げているうち
にふと気がつくといつもの自分になっていたのです。
どこまでお話したかよく覚えていませんが、病気の発見者(健保診療所の所
長)も主治医(発見者が配慮してくれた)もまれに見る優れたお人柄(どちらも
自然に患者の意向を尊重してくれ、隣人のように話せ相談し合える)で、めぐり
合わせの奇跡を感じ、何にもまして恵まれているとふたりに感謝しています。
メールももっと短くて軽いのにします。
秋のシエナはいいでしょうねえ・・・できたら前にくださった花の表紙のノート
を買ってきてくれませんか?


-----Original Message-----
From: わたし
Sent: Tuesday, September 30, 2003 5:46 AM
To: 彼女
Subject: くれぐれもお大事に

Junko Yamaguchi Onoです。
病院というのは隔離施設なので、身体的自由は拘束されてしまうものですが、情
報に対する権利、あるいは医療従事者とのコミュニケーションの自由はあるとい
う基本的なことが日本ではまだよく理解されていないと思います。(シエナの病
院で仲良くなった隣のベッドの患者のおつれあいの女性は、食事内容について猛
然と看護師(男性)に抗議し、その迫力には夫も私も驚くばかりでした。あとか
ら食事に招かれてわかったことですが、この女性は料理とお菓子がほんとに上手
な人なのです。(略)

カルテが開示されない以上、自分の健康を自分で守るための基本的情報を得て考
えることができないというのが最たるものです。それをおざなりにしてコンピュ
ータ利用と遠隔医療が推し進められているところに、私は怒りを覚えます。

加えて女性の生殖器が自分自身で確認できないということが、産婦人科診療の患
者側のストレスを高めます。それを診療する医者の多くは男性であり、ストレス
原因が理解不能であって、女性の看護師の声も届きにくいという問題もありま
す。
私は子宮筋腫の手術後、工学部のロボット研究の先生に、医師と視線を交差させ
なくてもすむような産婦人科内診用ロボットとマック型のかわいい計測パネルの
アイデアを伝えました。2足ロボットやアイボよりもずっと重要だと思います。
なぜ産婦人科を受診しにくいかという理由は、他人の視線が直接入ってくること
にあるからです。

また、医療機関が中絶代金という現金収入を手放したくないために、薬業と結託
してピルの前面解禁にいたっていないという事実も怒りを超えています。
(この問題についてhttp://finedays.org/pill
また、関連してオーストラリア政府提供の妊娠中の薬物副作用についてのサイトも、
有益です。)

昨年シンガポールで行われた未成年者対象の公的実験では、携帯電話で自分の排
卵期データを知ることのできるサービスがあり、サービス提供者はピルを売る薬
品会社です。お試し期間の無料メールサービスを試してみましたが実に快適なも
のでした。日本では全く話題にもなっていない代物ですが、欧州では未然に防止
することが困難に成っている、強姦被害を跡から手当てするために、緊急避妊ピ
ルを無料配布するというのは重要な施策になっています。いわゆる青少年対策の
一環でもあります。
こういう問題への世論形成ができない女性センターは無用の長物以外の何者でも
なく、ただの地区センターであって、かつてこのような代物の全国一号をつくる
のに加担してしまったことを私自身は、ひどく恥じています。

というように産婦人科をめぐるストレスは増大なものがありますが、そういうこ
とと闘うのは、全快されてからにしたほうが絶対によいと思います。特に暗がり
で液晶画面を見つめつづけると、脳へ刺激が強く働くので、一層PCから離れら
れなくなって、ハイテンションに働いてしまいます。微量ですが電磁波も出てい
ます。自重されたほうがいいと思います。

私たちは、今月末から来月に14日ほど、ミラノ、ラベンナ、シエナ、ローマと回
り、待望久しい、Duccioの大展覧会をシエナにみにいく予定にしています。あ
と半世紀はそういう企画はないだろうということなので、後悔しないためです。
停電もおきないことを祈っています。ちなみにシエナのサッカーチームは高校並
みの小さなグラウンド(あのホテルの裏にあった小さな小さなものです)からセ
リエAを果たし、昨日パルマと引き分けました!

それではまた。
jy

*************************彼女が気に入っていた花のノートは、そのときもうシエナのサン・フランチェスコ教会へ行く道の文房具屋にはなかったが、思い出のためここに掲示した。(山口順子)


note

onore at 21:59|Permalink エッセイ 

文化資源の意味を再確認する会話

春のある日曜日に収録しました。

jy:イタリア中世美術がご専門で、日本の古典芸能にも造形が深く、また山梨県立美術館の準備段階から現場で実践的な経験をおもちですので、この際伺ってみたいのですが、文化財と文化資源あるいは、文化資産という場合の定義づけの違いについてどうお考えになりますか?
mo:まず有形文化財、ものとして物体としてある文化財は、滅びることを必至としている。時間を経た時に現在の状態より良くはなり得ないもの。路傍のパブリックアートも同類です。これに対して財を生むことを期待されまた可能性をもつものが文化資産なのではないか、人間国宝とか無形文化財は、今後現状より優れたものに発展する可能性を持っており資産に入りうると思う。
jy:滅びることを必至というのは、そのままでは朽ち果てるとか、変質するとかいう意味ですか?物体としての文化財がそのままでは財を生まないということですが、そこに実際の物体と人間との関係づけが介在することによって、例えば効果的な展示であるとか解説とかによって、新たな財や知を生むということも考えられると思いますが・・・。その場合の財は必ずしも経済的な価値のみをいうわけではないですね。共有財としての知といっていいのではないか。
mo:保存価値が稀少ということで政策的に指定されたものが指定文化財ですから、無形文化財の場合は、共有財として成長を保持していく可能性ももっているということ。
jy:一方で個人でもコレクションとして有形文化財の保存活動が新たな知をうむこともあるようです。
mo:例えば?
jy:最近発刊された『与論方言辞典』の共著というより原著者といってよい、菊千代さんは30年前以上から民具を家族とか地域とかで集めて個人資料館のようにしていたのですが、それが発展して与論民俗村になっている。一方で方言も集めて85年に著作を出しそれが今回の辞典に結実したということです。集めて保存展示する過程から知的活動として発展したよい例ではないでしょうか。有形、無形とかで切り離されない生活世界から菊千代さんが共有財としての方言の研究をされていったわけです。そうして新たな知を生んだという最近では珍しい佳話なんですが。
mo:なるほど。しかしそれは民具そのもの、方言そのものが生なかたちで文化財的価値を持ったというよりも、それらを収集あるいは研究するという行為を通して新たな意味づけがなされたという点で、行為のほうに多分に価値が存するように思える。
jy:では上位概念として文化資源があるのでしょうか?東大の文化資源学教室などもありますが・・・。
mo:文化資源とはどういう定義づけをしているのか僕は知らない。
jy:東京大学大学院文化資源研究室サイトの説明では、「(略)「文化」と呼んできたものを根源に立ち返って見直し、多様な観点から新たな情報を取り出し、社会に還元する方法を研究することが求められるようになった。それが「文化資源学Cultural Resources Studies」(resourceは泉に臨むという意味)であり、とくにその後半部が「文化経営学」と呼ばれるものである。具体的には、史料館、文書館、図書館、博物館、美術館、劇場、音楽ホール、文化政策、文化行政、文化財保護制度などの過去と現在と未来を考えようとするものだ。」とありますが、よくわからない。ただ、ものだけ見つめていると滅びは食い止められないから社会還元するということかしら?この社会が市民社会なのか市場なのか驚くほど緊張度は薄いですね、文化経営学といったときには・・・。すでに国立文書館も独立行政法人だし、美術館でやっている大規模美術展は新聞社やテレビ局といったマスメディアという資本権力によって展開される大衆動員イベントにすぎないという現状に対して最初から問題意識がみえてこないような感じもするんですけど・・・PFIなどの動きにもうまく対応できる技能としての学問領域なのでしょうか。文化への市場の侵食が政策的に進められていることへの批判は全く見えません。
mo:今述べた有形文化財を活用する行為ないしは知恵といったものが少なくとも文化資源と呼ぼうとしている学問領域の一端であるようには思う。そして、ほかの人はどう考えるかはわからないが、僕は文化資産の根本に言語と食文化を置く。その民族のものの考え方の基本を造っているものとしての言語と、生きていくための必需品である食べ物をその民族の嗜好と結びつけた食文化が、知性と感性の基本を成している。ともに生活文化の根源を成すものであり、ひいては文化創造全体の根幹を成すと考える。その上で、純粋美術、応用芸術としての工業デザインなど、そしてパフォーミングアーツ、音楽、演劇などが展開されていると考えるなあ。文化財と文化資産で文化資源なんじゃあないかな。
jy:なるほど非常にわかりやすいですね。ユネスコの世界歴史遺産などは面としての地区指定だったりするわけだから、財と資産をとりこんで観光にのせやすくしているわけですね。
mo:例えば、イタリアだとラヴェンナでモザイクの最高峰をみる、そのあと白トリュフのリゾットを食うと、ああこういううまいものを食ってたからああいうすばらしい造形感性が生まれた、と納得できるでしょう。トスカーナのシエナの料理も同じだよ。いのししの生ハムとか、トマトのこってりした煮込みを食ってモンタルチーノの赤ワインじゃないとね。これがアメリカンピザのような立ち食いですませたんじゃあ、文化資産も資源も総体として理解できないね。
jy:白トリュフのリゾットは5,6年越しで食べそこなったことを後悔していらっしゃいましたからね。あのモザイクの道具のあるリストランテでついに食べたときはどんな感想をもったんですか?
mo:もう何時死んでもいい感じですね。地上の楽園といった感じだったね。
jy:小さな夢(il sogno del cassetto:イタリア語でたんすの引き出しのなかにそっとしまってある夢)のリゾットが食べられたんだっていったら、お店の人もとっても喜んでましたね。日本でいうとどういう例がありますか?なかなか少ないかと思いますが。
mo:成功例は山梨県立美術館で、美術館をみてぶどう狩り、ワインと組み合わせることができて日帰りだから、ミレーの絵の前は床が減っているんだよ。美術と食事の片方だけではなかなかツアーが組みにくいと旅行社の人がいっていたんだ。
jy:そういえば、山梨県立美術館のシンボルマークはぶどうでしたね。やっぱり文化施設としては食べ物をシンボルマークにしたほうがよいということですかね。さしずめ茨城は梅干か納豆、千葉は房総のお魚か落花生、横浜はスープ中華まんじゅう、栃木は餃子ときて、埼玉は何でしょうか?
mo:埼玉は・・・むずかしいね。それに美術館のシンボルマークを直接食べ物に結びつける必要はないと思う。食べ物は飽くまで文化の根元を成しているものであって、発達した文化にあってはもちろんそれが全てではないのだからね。
jy:浦和に有名な鰻屋があったはずですけど、良いものをみて、佳話を聞き、ご当地のおいしいものを食べて帰るということですか。
mo:それが人生の楽しみってものじゃあないのかね。
jy:どうもありがとうございました。大変勉強になりました。


山口順子より、小野迪孝氏(東海大学教員、オノーレ情報文化研究所顧問)へのインタビューをまとめたものです。

onore at 21:32|Permalink エッセイ 

May 05, 2005

風景の浮かぶ一皿−ジャンルーカのつくるトスカーナ料理

jianluca2
今から15年ほど前に毎年行われていた、イタリア料理の老舗リストランテ・文流の夏のフェスティバルにはイタリア人のシェフたちが招かれていた。そのうち、唯一残ったのがジャンルーカ・パルディーニ(Gianluca Pardini)である。今年は地元野菜とのコラボレーションということで楽しみにしながら国立に向かった。

ジャンルーカは日本にとても慣れているはずだが、寒暖の差が大きいなかで、かぜをずっとひいていると気の毒にちょっと凹んでいる。しかし、いただいた料理はどれも国立周辺の野菜と魚をうまくアレンジして、一口食べたときに、シエナのやさしい丘の風景を彷彿とさせて私たちを驚かせた。特に、ファッロ(スペルト小麦)とポモドーリ・セッキ(ドライトマト)のサラダは、以前いただいたトマトとミント風味のリゾットに負けず劣らずトスカーナの味わいそのものだった。細かく刻まれたチーズもてっきりもってきたのだろうと聞いてみると、こちらで手に入れたペッコリーノだという。少し大目のオリーブオイルがそれぞれの素材の塩味をうまく引き出してまろやかな風味を醸し出している。そのやさしさがゆるやかに続く丘の緑を脳裏に甦らせてくれた。

彼はフィレンツェの西のルッカという街の出身である。ルッカは丸い城壁の中に中世の教会が点在しており、重要な美術品も多い。美術史のドットーレだが、なかなか職業として成り立たないのでシェフの道に入ったのだそうだ。だからジャンルーカの一皿には見た目というよりも味わいのアーティスティックな創造が感じられるのである。それは、自分の原点にある風土を自覚できている料理とでもいえ、日本の素材を使ってもトスカーナの風土に根ざした味を作り出せるのである。イタリアンブームで留学したシェフたちの料理もよいが、どこかイタリアンジャポネーゼになってしまう。それはそれでしかたないのだが、それらが表現する風土はどこになるのかと疑問になるときがある。グローバルな味だという聞いたような言い回しでごまかしてほしくない問題である。

文流がシエナ郊外の古い館を利用して日本人のためのトスカーナ料理の学校チェンニーナを開校すると、ジャンルーカは永らくその指導者として多くの学生にトスカーナ料理の真髄を伝えてきた。日本に留学経験もあり、日本語に堪能だということもあって最後まで指導を務めたのはジャンルーカだった。2004年にその学校が終わる直前に訪ねたとき、一抹の寂しさもあるが、ルッカの郊外で後継となる活動を始めるため「新しい出発をする」と力強く語っていた。今はルッカにあるイタリア料理学院を主宰している。

ルッカで思い出深いのは、郊外の山の頂近くにある古い教会ピエーヴェ・ディ・ブランコーリを訪ねたときのことである。九十九折を車でようやく登ってたどりつくと、教会の扉が少し開いていて夕べのミサの前のそうじのため近所の人たちが立ち働いていた。夫の調査はいつもこうした教会の名も知れぬ画家の十字架形板絵やマリアとキリストの母子像を訪ねるもので、ノートや写真をとる間、少し寒いので私は車の中でまっていた。山の天気が変わりやすく、登ってくるときは晴れていたが、すぐに霧がかかった状態になった。その霧の切れ目から、セルキオ川の蛇行する光だけがちらちらと見えているのである。山並みの緑とうす白い霧、そして川の銀色の流れがなんとも印象的だった。それをながめながら、私はかつて暮らしたシエナの1年の出来事をなつかしく思い出していた。そうした情景もジャンルーカの料理とヴェルナッチャの黄金色のむこう側に透けてみえてくるのだ。

帰り際にとてもジャンルーカの似顔絵になっているポスターが気になってお店の人に聞いてみると、厨房にいる山澤さんの作品だそうだ。シェフへの尊敬と愛情あふれる表現をみて、お願いしたら特別にプリントアウトしてくださった。ジャンルーカが我が家を訪ねたときに見せて驚かせようと思っている。(山口順子・地名校訂小野迪孝)


onore at 16:17|Permalink エッセイ