November 03, 2001
「芸術文化振興基本法案を問う〜憲法政策論の観点から」 山口順子
第151回国会より「芸術文化振興基本法案」が継続審議中となっている。
山本育夫氏主催によるメーリングリストaw-ml上の11月2日付の宮崎刀史紀氏の発言によれば、WEB上において公明・保守党案及び民主党の案も参照できるものの「自・公・保のいわゆる「与党案」がWEBでは見られません...(これがだいぶ問題があるとされている案です)この法案は、現在、音楽議員連盟(超党派)が検討をすすめていて、11月1日には音議連の特別委員会で、与党案からさらなる検討が行われたようです。とりあえず、与党案がそのまま国会に上程されるということはなくなった模様です。」ということである。この法案がその活動形態から美術分野に比較して共同体的性格をもちやすい音楽関係者中心に進められてきたことから、美術関係者を中心とした同メーリングリスト上では、にわかに法案策定に関する市民的議論の必要性について関心が高まりつつある。
ここで、小林直樹教授の『憲法政策論』(日本評論社、1991年)を元にしながら、芸術文化に関する基本法(以下、「文化基本法」と省略する。先の法案の対案を想定)の位置について少しく考察してみたい。
同書p30では、「基本法秩序のあり方に関係するために、憲法政策論は高度に政治的な性格を有する。」ということが述べられているが、文化基本法は、現行の憲法の規範的理念=恒久平和、主権在民、基本的人権の尊重の3つの原則いずれにも深く関わり、憲法政策の一端をなすと考えられ、むしろこの憲法理念と現実の乖離を埋めることを目的とすることにその意義があると考えられるので、政治性を強く有し、それゆえ、できるだけ広範な市民的議論が必要であることは明らかである。ここで国民的議論といわず市民的議論とする理由は、高度情報化や国際化に伴い、芸術文化の創造の場が国という範囲をすでに超えており、市民であるかどうか問わず、さまざまな時空のなかで生きられる場としてのアイデンティディの模索と芸術文化が深く関わることによっている。
小林教授は、憲法政策論の整理の基準として多々あるなかで、改正を要するか要しないかという分類に則して、憲法秩序の中で各政策の位置や意味を概観させている(同書p14-23)が、もし、新しい人権として文化基本法が「文化権」を盛り込むことを考える場合は、人権条項への新たな付加として憲法の部分改正を必要とする。(環境問題に関して「環境権」を確立させたい場合にも同様)改憲を要しない場合の文化基本法の位置は、思想・表現の自由や信教の自由、社会権といった領域にまたがり、憲法の根本原理との複雑で深い関連を考えざるを得ない。
より善い立法実現に向けての実践的戦略としては、生涯学習との連携を視野に入れつつ、文化基本法に基づく文化政策が、社会権の拡張原理をもつような構成を法の中に求めていくことになるだろう。
また、小林教授は、政策をめぐる諸理念の調和と方向性について、「個人の「人権」と「公共の福祉」、「自由」と「統制」又は「秩序」、「進歩」と「安定」という対概念は、日本の法政策の場合、ほとんど後者に重点がおかれ、前者は軽視もしくは抑制されているが、前者に重点をおく理念論的枠組みは憲法の要請と合致すると思うと述べられている。
(p27-30)
すでに、80年代以降、すでに展開されてきた文化政策及びそれに隣接した国際文化交流や観光政策においてはどうか。とりわけ、国の文化機関の独立法人化と地方への波及(これ自体、地方分権の本旨から大きくはずれていると思えるが)を考えた場合、新自由主義に基づく経済効率優先のアプリオリな政策原理が浮かび上がってくる。そうした政策を方向付け、あるいは後押ししてきた文化経済論並びにその周辺の論説を、筆者は強く疑問視せざるをえないのは、その基底に政策原理として憲法の理念が置かれているかどうかという点からである。
とりわけ、憲法の私人間適用ノ間接適用説(注)が有力な国内において、文化創造の基本原理中の基本にある「表現の自由」が、公益「法人」を通じて確保されるのか、きわめて疑わしい。公立施設においてさえ、その確保が難しい現状があることは、富山県立美術館収蔵作品をめぐる争いと裁判によって明らかになったところである。
文化基本法では、この基本的権利に深く注意した構想が必要となる。
さらに、2つの国立文化財研究所が法人化されたこと、地方自治体の考古資料の整理が進まない一方、遺跡捏造事件が起きている事などを考慮しながら、文化財保護法との整合性を問う視点も重要である。
では、実際に、この基本法の立法を含めて法政策が展開される場合、そのプロセスに市民的参加をどう挿しはさんでいけるのか、ということになるが、小林教授は、法政策の全過程を、政策立案=決定過程と実施過程があり、前者の決定過程に3つの段階があることを平井宣雄論文(注)に基づきその過程モデルを提示している。以下数記号を省略しつつ引用すれば次のようになる。(p30-31)
・問題形成過程:問題の探索→問題の確認→問題の分析→問題の定式化
・対策立案段階:代替案の探索→各代替案から生じる事態の予測→代替案の評価→代替案の選択
・行動計画段階:実定法体系との接合→解決案の実施
そのうえで、小林教授は、問題の分析・定式化のプロセスに、他の諸問題との比較による優先順位の検討、必要性の計測を、可能な限り民意を導入する手続きが要請されると述べている。
対案立案段階でも代替案の検討を広く討議していく制度的保障をおくべきという。
行動計画段階では、憲法政策については、憲法との整合性を問題形成過程と対案立案段階で十分に検討されるべきであり、最終段階の実定法との調整は立法技術的処理にとどめるべきだと述べている。(p31)
しかし、この文化基本法を考える場合、現行文化政策を規定している実定法との調整無く、国立の文化諸機関の独立法人が誕生し、同様の趨勢が地方公共団体にも及ぼうとしている以上は、出発点の問題形成段階の視野になかに実定の文化関連法との調整を含めざるをえないと考える。具体的には博物館法、文化財保護法、図書館法、教育基本法、社会教育法、いわゆるNPO法等である。
以上まとめれば、すでに文化立国をめざして文化政策が展開されている現状の問題を深く分析し、憲法の3つの原理との整合を改めて問い、その理念と現実との乖離を埋めるべく、対案法案を早急に練っていくほかない。その場合、芸術文化の領域を問わない、広範な議論フォーラムが必要なことはいうまでもなく、その設置役割は、文化事業をメディアイベントとして利用し、とりわけ美術文化振興においてそれが顕著になっているマスメディアが負っていると考える。(2001年11月3日)
注)例として簡単にいうと、aw-mlなどメーリングリスト上での発言について争いがおきた場合は、国や地方自治体といった行政府が関与しているわけではないので、直接的に憲法を根拠として争うのでなく、民法の不法行為を争点として争う。
注)平井宣雄「法政策学序説」『ジュリスト』(1976年)及び『法政策学』(1987年)
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March 24, 2001
「イタリア・古都シエナの女性活動紹介」
油彩画の色名の一つ、バーントシエンナの語源となった、赤みの強い茶褐色の
レンガの家並が連なり、中世の都市国家の面影を今に残すシエナ。イタリア中
部のトスカーナ州フィレンツェから南へ約70kmに位置する古都を初めて
訪ねたのは1989年の冬のこと。その後,2度ほど訪ねる内にその魅力に魅せられ
て、とうとう1997年から1年間を過ごすことになってしまった。イタリアで最
も美しいイタリア語が話されるこの街は人口約57,000人。不思議と街の歴史は
女性イメージに彩られている。教皇庁をアヴィニヨンからローマに戻すための
政治的交渉を行った,聖女カテリーナの生家があり、また、プロベンザーノの
マドンナと聖母に捧げる旗=パリオを奪い合う祭で名高い。
パリオは年2回7月2日、8月16日にカンポ広場で行われる裸馬の競馬大会で、
コントラーダという17の地区対抗で行われ、トスカーナの夏のバカンスのハイ
ライトとして、世界中から人々を集める。しかしシエナの人々にとってこれは
単なる競馬 大会を意味しない。地縁互助組織でもあるコントラーダは生まれた
場所又は親の選択によって定まり、洗礼を受けることで一員となる。いわば、
カトリックとコントラーダと2つの宗教を信じているようなものだ。コントラー
ダを一生 変えることはなく町を離れたとしてもいつでも迎えてくれる故郷でも
ある。
このパリオの歴史をひもといても、今日の開催形態を決定した重要な女性に出会
う。中世の共和国時代に最も栄えたシエナの地域軍事組織がコントラーダの原型
であるが、街そのものは1348,1352年のペスト禍での人口衰退、フィレンツェとの
攻防に敗退したのち、1560年メディチの支配下に入った。1718年馬好きの王女ベア
トリーチェ・ヴィランテ・ディ・バヴィエラが執政に就き、1729年 彼女は現代に
至る重要な2つの取り決め、すなわち17地区の境界を制定して、祭りごとの10頭の
選出規則を創ったとされている。
こうした歴史上の女性の功績にあやかってか、毎年8月にシエナ近郊で行わ
れる「女性文化史サマースクール」(シエナ大学とイタリア歴史学会との共催。)
は、イタリア女性史研究の重要なセミナーともなっている。そして、シエナの
女性たちはこうした歴史的風土の上に新たな連帯と創造の活動を生み出してい
る。筆者が出会ったいくつかの活動を紹介したい。
<Centro Pari Opportunita・Retravailler>
男女機会均等センター・ルトラヴァイエセンター
シエナの歴史的中心地区を貫く、目抜き通りバンキ・ディ・ソプラに面した
オフィスビルの一角に、シエナ県が管轄する「男女機会均等センター及びルト
ラヴァイエセンター」が存在する。1986年に設立され、法律に基づく雇用機会
の平等化、平等施策の推進、啓発活動、法律相談などとともに、女性のための
再就職プログラム「ルトラヴァイエ」を実施してきた。1970年代にフランスの
社会学者エヴリヌ・シュルロ女史の創設したこのプログラムは、パリを本部に
フランス、イタリアを中心にEU諸国で展開されている。日本では財団法人横浜
市女性協会が、日仏女性資料センター創始者の一人である寺田悠子さんの協力
を得て導入し、日本で唯一の実施団体となっている。イタリアでは、20州の内
15州にセンターがあり、そのうち半数が中部の州に集中している。この国内
での支部活動をまとめたイタリア国内協会の年報は、シエナのファシリテータ、
マルチェラ・ジリオーニさんのイニシアティヴで編集が行われており、プログ
ラムの改善のための情報交換も活発だ。ちなみに、シュルロ女史の考案した元
祖ルトラヴァイエは、「ルトラヴァイエ・クラシコ」(古典的ルトラヴァイエ)
と名づけられ、基底にあるオリエンタメント(生き方の方向付けと進路指導)
を共通コンセプトとして、若年層対象、起業支援、収監女性や薬物中毒者の更
正保護プログラムにも応用されている。
特に起業支援については、1992年に商工省による法・第215号の女性企業支
援法以降、雇用機会の創出のため力点がおかれている。1994年から毎年秋に開
催されている「ドンナ・プロデュース」というイベントでは、テーマだてて、
地方産業の振興に女性企業家が位置付けられるよう、展示やワークショップ、
講演会などを行っている。98年は協同組合方式の起業が取り上げられトスカー
ナを中心に活動している、観光、縫製(舞台衣装など)文化財修復、保育や児
童社会教育、リハビリ・介護、酪農、環境保護といった23企業団体が紹介され
た。
このほか、女性就労機会の創出をめざした研究調査「Labour Team」において
育児・介護社会的サービスの需要分析を行ったりしているが、実施プロセスで
は、トスカーナ州の他県、商工会議所やEU,女性団体グループとの連携が積極
的に進められている。その女性団体の一つが次に紹介するマラ・メオーニ記念
女性文化センターである。
<Centro Culturale delle Donne“Mara Meoni”>
マラ・メオーニ記念女性文化センター
1981年、U.D.I(Unione Donne Italia旧イタリア共産党女性部)の活動グル
ープとフェミニストグループのイニシアティヴによって、女性解放のための主
人公にふさわしい生き方をしたシエナの女性、マラ・メオーニの名において、
かつ彼女を記念して設立された。平均年齢40歳くらいの約100人の会員を擁す
る。大学事務室や公共的な教育機関と共同利用する近世の館の3階に、図書室
兼事務室、集会室そしてアーカイブをもつ。他の施設と共用で150人くらい収
容可能な大ホールもあるから、民間の女性センターとしては非常にリッチな空
間といえるだろう。
女性の創造した無形の文化財を歴史的に継承したいという意思の表れが、約
3,000冊の女性文学、女性あるいは女性に関する論文、雑誌を所蔵する図書室
として具現されている。スチールの本棚に整然と整理されたあ書内容は、全国
の女性図書館やセンターを結んでいるLILITHネットにつながってインターネ
ット上で検索可能となっている。イタリアでは、民間の女性グループ主導で、
1980年代各都市に女性問題研究情報センターや図書館をつくられ、1986年に初
めての国内全国会議が開催されたのがシエナであった。この会議ののち全国的
情報ネットワーク構想が生まれ、今、インターネットによる女性関連図書雑誌
検索システムLILITHに結実している。年間維持のための各施設分担金は約2万
円、事務局はサルデニアにある。
図書館と共にセンターの基底には文書館がある。1982年U.D.Iは第11回全
国会議で37年間の活動を事実上終結し、各地方の女性解放運動の行方にその行
く末を委ねることになると、シエナでは、1942年からの文書群をアーカイブと
して残す作業が選ばれた。廊下の壁にそった文書ファイルの一群と、小さなカ
タログのなかに、自らの足跡に自ら責任をもとうとする女性たちの強い意志が
込められている。
センターの財源は、地元シエナのモンテ・ディ・パスキ・ディ・シエナ銀行、
シエナ市、県、州、会員会費によって賄われており、週2回、火曜、木曜の夕
方2時間、ボランティアによって開かれる。みな常連の話し相手を見つけに、
三々五々皆集まり、そのなかから、季節ごと主催イベントの企画が練られてい
く。私の在留中に行われた主だった事業としては、市立ギャラリへの持込企画
として実現した、ミラノの女性アーチスト、アントネッラ=プロータ・ジウル
レオの個展、女性作家の指導による「女性のための著述表現シリーズ講座」の
発表会、子供たちの人種差別意識を全国調査した「La pelle giusta」(正しい
皮膚)の監修者である女性社会学者パオラ・タベットの講演会、先の男女機会均
等センターと共催で、全国巡回されたイタリア女性政治運動ポスター展
「Reguardarsi」(再び省みる)などがある。
シエナが誇る世界一美しいといっても過言ではないカンポ広場に面して、中
世以来この街の執政をつかさどってきた市庁舎とマンジャの塔がたつ。この市
庁舎の壁画に、アンブロージオ・ロレンツェッテが描く大フレスコ画「善政と
悪政の寓意」(1338-40年)がある。西洋絵画の最初の大風景画として名高いこ
の絵には、善政を司るシエナ共和国の執政者を囲んで6人の寓意的女性像が描
かれる。カトリックの枢要な徳目virtu:giustizia正義、prudenza思慮、
temperanza節制、fortezza剛毅、pace平和、magnanimita高潔を、女性名詞で
あるが故に女性の擬人像として表すということだが、治世の根幹にあるべき理
想を女性たちこそが主体になって追求していくべきではないか、とこの絵は静
かに語りかけてくる。そして、善政の街シエナの中心には、美しく思い思いに
着飾った女性達が輪になって踊り歌う姿が描かれる。それはまさに私がみた、
シエナの女性活動、平和のうちに質実だが人生を謳歌するために連帯する女性
たちの姿に通じている。
●参考
*シエナ県観光協会(日本語あり)
http://www.terresiena.it/
*シエナ・女性文化センターhttp://www.women.it/luoghi/luoghi-it/meoni.htm
*リリス:イタリア全土の女性図書館、女性センターの図書検索ネットワーク
http://www.women.it/lilith/docs/prog.htm
*国立女性図書館の検索ページへの入口
http://www.women.it/bibliotecadelledonne/catalogo.htm
*初出:日仏女性資料センター発行『女性空間』2000年
*著作権は、小野(山口)順子が有します。
レンガの家並が連なり、中世の都市国家の面影を今に残すシエナ。イタリア中
部のトスカーナ州フィレンツェから南へ約70kmに位置する古都を初めて
訪ねたのは1989年の冬のこと。その後,2度ほど訪ねる内にその魅力に魅せられ
て、とうとう1997年から1年間を過ごすことになってしまった。イタリアで最
も美しいイタリア語が話されるこの街は人口約57,000人。不思議と街の歴史は
女性イメージに彩られている。教皇庁をアヴィニヨンからローマに戻すための
政治的交渉を行った,聖女カテリーナの生家があり、また、プロベンザーノの
マドンナと聖母に捧げる旗=パリオを奪い合う祭で名高い。
パリオは年2回7月2日、8月16日にカンポ広場で行われる裸馬の競馬大会で、
コントラーダという17の地区対抗で行われ、トスカーナの夏のバカンスのハイ
ライトとして、世界中から人々を集める。しかしシエナの人々にとってこれは
単なる競馬 大会を意味しない。地縁互助組織でもあるコントラーダは生まれた
場所又は親の選択によって定まり、洗礼を受けることで一員となる。いわば、
カトリックとコントラーダと2つの宗教を信じているようなものだ。コントラー
ダを一生 変えることはなく町を離れたとしてもいつでも迎えてくれる故郷でも
ある。
このパリオの歴史をひもといても、今日の開催形態を決定した重要な女性に出会
う。中世の共和国時代に最も栄えたシエナの地域軍事組織がコントラーダの原型
であるが、街そのものは1348,1352年のペスト禍での人口衰退、フィレンツェとの
攻防に敗退したのち、1560年メディチの支配下に入った。1718年馬好きの王女ベア
トリーチェ・ヴィランテ・ディ・バヴィエラが執政に就き、1729年 彼女は現代に
至る重要な2つの取り決め、すなわち17地区の境界を制定して、祭りごとの10頭の
選出規則を創ったとされている。
こうした歴史上の女性の功績にあやかってか、毎年8月にシエナ近郊で行わ
れる「女性文化史サマースクール」(シエナ大学とイタリア歴史学会との共催。)
は、イタリア女性史研究の重要なセミナーともなっている。そして、シエナの
女性たちはこうした歴史的風土の上に新たな連帯と創造の活動を生み出してい
る。筆者が出会ったいくつかの活動を紹介したい。
<Centro Pari Opportunita・Retravailler>
男女機会均等センター・ルトラヴァイエセンター
シエナの歴史的中心地区を貫く、目抜き通りバンキ・ディ・ソプラに面した
オフィスビルの一角に、シエナ県が管轄する「男女機会均等センター及びルト
ラヴァイエセンター」が存在する。1986年に設立され、法律に基づく雇用機会
の平等化、平等施策の推進、啓発活動、法律相談などとともに、女性のための
再就職プログラム「ルトラヴァイエ」を実施してきた。1970年代にフランスの
社会学者エヴリヌ・シュルロ女史の創設したこのプログラムは、パリを本部に
フランス、イタリアを中心にEU諸国で展開されている。日本では財団法人横浜
市女性協会が、日仏女性資料センター創始者の一人である寺田悠子さんの協力
を得て導入し、日本で唯一の実施団体となっている。イタリアでは、20州の内
15州にセンターがあり、そのうち半数が中部の州に集中している。この国内
での支部活動をまとめたイタリア国内協会の年報は、シエナのファシリテータ、
マルチェラ・ジリオーニさんのイニシアティヴで編集が行われており、プログ
ラムの改善のための情報交換も活発だ。ちなみに、シュルロ女史の考案した元
祖ルトラヴァイエは、「ルトラヴァイエ・クラシコ」(古典的ルトラヴァイエ)
と名づけられ、基底にあるオリエンタメント(生き方の方向付けと進路指導)
を共通コンセプトとして、若年層対象、起業支援、収監女性や薬物中毒者の更
正保護プログラムにも応用されている。
特に起業支援については、1992年に商工省による法・第215号の女性企業支
援法以降、雇用機会の創出のため力点がおかれている。1994年から毎年秋に開
催されている「ドンナ・プロデュース」というイベントでは、テーマだてて、
地方産業の振興に女性企業家が位置付けられるよう、展示やワークショップ、
講演会などを行っている。98年は協同組合方式の起業が取り上げられトスカー
ナを中心に活動している、観光、縫製(舞台衣装など)文化財修復、保育や児
童社会教育、リハビリ・介護、酪農、環境保護といった23企業団体が紹介され
た。
このほか、女性就労機会の創出をめざした研究調査「Labour Team」において
育児・介護社会的サービスの需要分析を行ったりしているが、実施プロセスで
は、トスカーナ州の他県、商工会議所やEU,女性団体グループとの連携が積極
的に進められている。その女性団体の一つが次に紹介するマラ・メオーニ記念
女性文化センターである。
<Centro Culturale delle Donne“Mara Meoni”>
マラ・メオーニ記念女性文化センター
1981年、U.D.I(Unione Donne Italia旧イタリア共産党女性部)の活動グル
ープとフェミニストグループのイニシアティヴによって、女性解放のための主
人公にふさわしい生き方をしたシエナの女性、マラ・メオーニの名において、
かつ彼女を記念して設立された。平均年齢40歳くらいの約100人の会員を擁す
る。大学事務室や公共的な教育機関と共同利用する近世の館の3階に、図書室
兼事務室、集会室そしてアーカイブをもつ。他の施設と共用で150人くらい収
容可能な大ホールもあるから、民間の女性センターとしては非常にリッチな空
間といえるだろう。
女性の創造した無形の文化財を歴史的に継承したいという意思の表れが、約
3,000冊の女性文学、女性あるいは女性に関する論文、雑誌を所蔵する図書室
として具現されている。スチールの本棚に整然と整理されたあ書内容は、全国
の女性図書館やセンターを結んでいるLILITHネットにつながってインターネ
ット上で検索可能となっている。イタリアでは、民間の女性グループ主導で、
1980年代各都市に女性問題研究情報センターや図書館をつくられ、1986年に初
めての国内全国会議が開催されたのがシエナであった。この会議ののち全国的
情報ネットワーク構想が生まれ、今、インターネットによる女性関連図書雑誌
検索システムLILITHに結実している。年間維持のための各施設分担金は約2万
円、事務局はサルデニアにある。
図書館と共にセンターの基底には文書館がある。1982年U.D.Iは第11回全
国会議で37年間の活動を事実上終結し、各地方の女性解放運動の行方にその行
く末を委ねることになると、シエナでは、1942年からの文書群をアーカイブと
して残す作業が選ばれた。廊下の壁にそった文書ファイルの一群と、小さなカ
タログのなかに、自らの足跡に自ら責任をもとうとする女性たちの強い意志が
込められている。
センターの財源は、地元シエナのモンテ・ディ・パスキ・ディ・シエナ銀行、
シエナ市、県、州、会員会費によって賄われており、週2回、火曜、木曜の夕
方2時間、ボランティアによって開かれる。みな常連の話し相手を見つけに、
三々五々皆集まり、そのなかから、季節ごと主催イベントの企画が練られてい
く。私の在留中に行われた主だった事業としては、市立ギャラリへの持込企画
として実現した、ミラノの女性アーチスト、アントネッラ=プロータ・ジウル
レオの個展、女性作家の指導による「女性のための著述表現シリーズ講座」の
発表会、子供たちの人種差別意識を全国調査した「La pelle giusta」(正しい
皮膚)の監修者である女性社会学者パオラ・タベットの講演会、先の男女機会均
等センターと共催で、全国巡回されたイタリア女性政治運動ポスター展
「Reguardarsi」(再び省みる)などがある。
シエナが誇る世界一美しいといっても過言ではないカンポ広場に面して、中
世以来この街の執政をつかさどってきた市庁舎とマンジャの塔がたつ。この市
庁舎の壁画に、アンブロージオ・ロレンツェッテが描く大フレスコ画「善政と
悪政の寓意」(1338-40年)がある。西洋絵画の最初の大風景画として名高いこ
の絵には、善政を司るシエナ共和国の執政者を囲んで6人の寓意的女性像が描
かれる。カトリックの枢要な徳目virtu:giustizia正義、prudenza思慮、
temperanza節制、fortezza剛毅、pace平和、magnanimita高潔を、女性名詞で
あるが故に女性の擬人像として表すということだが、治世の根幹にあるべき理
想を女性たちこそが主体になって追求していくべきではないか、とこの絵は静
かに語りかけてくる。そして、善政の街シエナの中心には、美しく思い思いに
着飾った女性達が輪になって踊り歌う姿が描かれる。それはまさに私がみた、
シエナの女性活動、平和のうちに質実だが人生を謳歌するために連帯する女性
たちの姿に通じている。
●参考
*シエナ県観光協会(日本語あり)
http://www.terresiena.it/
*シエナ・女性文化センターhttp://www.women.it/luoghi/luoghi-it/meoni.htm
*リリス:イタリア全土の女性図書館、女性センターの図書検索ネットワーク
http://www.women.it/lilith/docs/prog.htm
*国立女性図書館の検索ページへの入口
http://www.women.it/bibliotecadelledonne/catalogo.htm
*初出:日仏女性資料センター発行『女性空間』2000年
*著作権は、小野(山口)順子が有します。
March 25, 2000
イタリアの女性起業支援策
1 はじめに〜日本とイタリア,どっちが進んでる?・ネット起業家として期待される日本女性? 今年の7月に、アメリカのComputer Economicsが発表した、今後5カ年にみるE-businessへの女性の参入に関する期待感は、日本がカナダ、アメリカを押さえて第1位、ヨーロッパ先進諸国では、フランス、オランダ、スペインが続き、イタリアが第16位と低位だった。この評価指標には、高等教育進学レベルやインターネット利用度、コンピュータ教育の進展、英語力といったことが使用されたため、日本女性への期待感第1位とありがたい(?)推定がなされたわけだ。しかし、女性がE-businessに参入する以前に、社会基盤としての日本の国内状況は果たして女性起業家や経営者に追い風であるといえるだろうか。
・「雇用」優先、「独立」まで手が回っていない?
この4月、「改正雇用機会均等法」と「男女共同参画社会基本法」の成立をみたばかりであり、依然として施策の大半は、雇用労働女性の環境整備に注がれている。雇用改善のための創業や新産業創出の原動力として、積極的に女性の力を引き出そうとする具体的な施策はまだ乏しい。
他方、中小企業の活躍で注目を集めてきたイタリアだが、女性の自営業比率はヨーロッパ諸国(平均10%)日本(12%弱)と比較して16%以上と高い。そして、慢性的な高失業率の改善や女性の活動の経済分野への広がり、経営意志決定への参加をねらって、女性起業者支援プログラムがさまざまに実施されてきている。このレポートでその一部を追いかけてみたい。
2 女性企業家支援法とその余波
・1992年に女性企業家支援法が誕生 イタリアは、1977年にすでに「労働の場における男女平等取り扱い法」を生み、女性労働力は飛躍的に増大した。その後、90年代に入ると、1990年法律第164号で首相直轄の男女機会均等国内委員会の設置、翌年に法律第125号「男女平等のための積極的行動法」の施行と労働省内機会均等委員会の設置、さらに92年法律第215号「女性企業家支援法」により、商工業省内に女性企業委員会の設置と女性企業家への具体的支援策が実現した。この法律は、イタリア国内の全産業分野と全業種サービス部門について、50人以下の従業員をもつ女性企業家、又は構成員の女性比率が最低6割である個人経営会社あるいは協同組合、少なくとも出資者の3分の2が女性あるいは3分の2の女性管理職をもつなど一定の条件を満たす場合、税制優遇、有利な資金貸し付け、税の減免措置などの経営面だけでなく女性企業家への投資行為にも納税の優遇措置がある。この法律の制定以降1993年から96年にかけて、農・工業、サービスいずれの部門でも女性企業家は増加を見せた。
・州レベルでもさまざまな女性支援策を展開 また、従来、州や県レベルを中心に、産業振興策がとられているが、起業や自営業支援策に男女平等取り扱いを定めた条例をもたない州はなく、女性のみ対象とした積極支援条例は3本(アブルッツォ州・1995年第143号、カラブリア州・1995年第22号、ラツィオ州・1996年第96号)、女性への優遇措置を含む条例としては、15州で24本制定されており、そのうち、16本が1992年以降の制定。前述の商工業省第215号法の影響をうかがわせている。ただし、女性優遇措置を含む州条例は、北部や中部の州に偏っており、国内の開発途上地域のような扱いの南部では未だ産業振興の底上げ策が優先されるものと思われる。州条例の数は、最も多いトレンティーノ州の15本から最も少ないピエモンテ州やトスカーナ州の2本までさまざまで、各州の独自性がうかがえ、女性支援策を実施する窓口も多岐にわたってわたる。では具体的な動きを中部からみていこう。
3 トスカーナ州:「ドンナ・プロデュース(女性の生産)」
・進路指導プログラム「ルトラヴァイエ」 先述の起業や自営者支援策に女性支援の視点を含んだ州法を2つしかもたないトスカーナ州は、中世に共和制が行われていたため、県の自立性や独自色が強く、州全体のまとまりが各分野でいま一つみえにくいのが特徴である。しかし、女性の就労支援において、EUの共通プログラムである「ルトラヴァイエ」という女性の再就職プログラムを導入し、その普及を進めてきた。もともと70年代に、フランスの社会学者エヴリーヌ・シュルロ女史が開発したこのプログラムが、イタリア・ミラノに導入されたのは1987年のこと。1997年時点で30センター、そのうちトスカーナ州は8センター、エミリア・ロマーニャ州7センターと中部で半数を占めている。ちなみに、日本では1988年に財団法人横浜市女性協会が移入し唯一の実施主体となっているが、EU諸国全体では7ヶ国に展開され、イタリアは本家のフランスについで普及度が高く、国内委員会も有している。
本来、この「ルトラヴァイエ」は、結婚や出産育児を理由として離職した女性を再就職させる目的をもったプログラムだったが、就労継続があたり前になってきたこと、実際の就労先が少ないことなどから、イタリアでは「ルトラヴァイエ・クラシコ」(古典的ルトラヴァイエ)と位置づけられている。現在では、このプログラムの根幹にある「オリエンタメント」(本人の生き方の方向付けを含んだ進路指導)を機軸にした、さまざまなバリエーションのプログラムがあり、その一つが女性の起業支援プロブラムとなっている。
・94年から毎年秋に啓発イベントを実施
フィレンツエとローマの間、赤ワインで有名なキャンティ地方を含むシエナ県では、県の男女機会均等センター兼ルトラヴァイエセンターが、毎年秋に啓発イベント「ドンネ・プロデュース(女性の生産)」を主催している。シエナ商工会議所や1472年設立のモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行のスポンサーを得て、州や近隣の自治体、また、EUのビジネスセンターBICと協力ネットワークを組みながら、女性の起業家紹介や啓発・情報提供活動を進めている。場所はシエナ市の中心的歴史地区、大聖堂前にある中世からの病院跡を美術文化センターと多目的ホールに再利用している「サンタ・マリア・デッラ・スカラ」で、1994年からテーマを変えて開催されてきた。食品加工や手工芸、古文化財や美術品修復、編集・広告デザイン、観光サービス、アグリツーリズモ、コンピュータ関連ビジネスなど女性起業家たちの活動を紹介する展示コーナーや美しいPRキットを作成。それぞれの活躍の支援に努めている。
・きめ細かい起業プログラム
このイベントで筆者が垣間みた女性の起業支援コースの公開講座では、一方的な座学ではなく、女性の主体的な能力開発の視点が明らかだった。会計士による税制度や経営管理の説明の後、即座に受講者が順番に講師になって、同じ内容をボード代わりの大型模造紙に書きながら模擬講義しなければならない。まとまった人数の人前で、自分の考えを正確に明快に伝える訓練機会をなかなかもたない女性たちには、自然にプレゼンテーション能力が身に付き、また自分の理解不足をすばやく感知することも可能だ。起業志願の女性にOJTなどという悠長な訓練はないことを考えると、少人数だが効果的なきめ細かいプログラムが練られている印象を受けた。プログラム全体は少なくとも50時間の構成。このような起業プログラムはほとんどの国内ルトラアヴァイエセンターで実施されており、他の公共機関への出張講座も行われている。
・女性による協同組合
昨年行われた「ドンネ・プロデュース(女性の生産)」では協同組合形式をとりながら起業する女性達がテーマだったが、商工省による女性企業家支援法が、前述のように、単に会社組織のみならず女性の協同組合も支援しているため、シエナ県やその周辺でも92年以降2ー3人からというごく小規模の協同組合形式で起業する女性が増えている。その分野も、畜産、保育や老人デイサービスのような社会的公益サービスなど日本でもおなじみの分野もあれば、観光サービス、舞台衣装制作、文化財修復といった文化事業にも広がっている。機会均等センターの解説によると、女性たちは協同組合方式によって労働市場の改革に向かい、連帯的精神によって新たな企業文化を開発しようとしているのだという。イタリアには戦前からの永い協同組合活動の実績があるが、従来、個人主義のより強いトスカーナ州では消費者協同以外の活動になかなか広がりがないといわれてきた。しかし、この女性たちの小さな連帯はトスカーナの穏和で安らかな風土の上にもう一つの豊かさを切り開こうとしているかのようだ。なお、国内の代表的な協同組合中央組織の一つ、レーガコープでは労働省の支援も得ながら、WEBサイト上に「ファーレ・インプレーザ(創業)」プログラムを提供。ビジネスプランの作成法を初めとする各種資料がダウンロードでき、実にきめ細かい情報提供を行っている。
4 ロンバルディア州:メントーレ(よき指導者)プログラム
・地域ニーズに密着した研究機関
北部イタリアの豊かな経済基盤を形成するロンバルディア州、州都ミラノの郊外にあるビジネスシンクタンクISTUDでも、ユニークな女性企業支援プログラムが現在展開中である。ISTUDは、1970年に、ミラノの企業連合組織アッソロンバルダ(4,705社、251,229人従業員)とイタリアの大企業グループ(ピレッリ、オリベッティ、IBM,SMI他)のイニシアティブによって創立された。当初はハーバードのような大規模ビジネススクールをモデルにスタートしたが、今日では地域ニーズに密着した経営管理技術のノウハウを提供しながら、国際的科学文化研究機関として実績を積んでいる。社会的政策、小規模企業と地域発展、非営利組織管理、労働市場のなかの女性活用、公的部門と民間部門の事業活動評価、コンピュター技術などの調査研究の他、ビジネススクールとしても機能し、企業会員として約90企業の参加を得ている。
・WEBやEメールも活用
このISTUDの調査研究部門の一つ、女性企業支援プロジェクトWEMPが、昨年9月から1カ年かけて取り組んでいる女性企業支援プログラムに「メントーレ(メンター=よき指導者)」がある。80年代後半に日本でも企業内に女性の登用が進んでいったころ、組織内メンターの必要性が指摘されたことがあったが、ここでは、メンターと女性起業家や企業家同士をインターネット上で結びつけ、そのなかでビジネスプランの作成は元より、経営指導や個別コンサルティングを提供していこうというものだ。プログラムの開発には、オランダやフィンランド、ドイツのビジネススクールや生涯教育機関との共同研究が基礎になっているという。
このプログラムは、企業の発展レベルにより3段階のクラス分けがあり、起業段階、強化段階、発展段階それぞれに10人から15人程度のグループ編成が組まれている。起業段階を例にとると、12か月のうち最初の3カ月は、方向付け指導が個人的な面と事業化に向けた面とで進められ、次の6か月で具体的な経営管理科目を2日ずつ10科目学び、ビジネスプラン作成支援にのべ12日の面談がつく。その後はコンサルタント指導をメールや面接でフォローしていく。通常はWEBやEメールが利用され、実際に参加者がオフで面談を受けるのは原則月2回程度。家事育児にも忙しい女性たちがインターネットを使っていつでも相談できるよき先輩をもち、的確な情報を得ることができるわけだ。このなかで、なかでもユニークな試みとしては、強化段階や発展段階の対象者は女性経営者ばかりでなく、経営者の妻あるいは娘といった立場の女性もターゲットにしていること。意識的に彼女たちを経営中枢のなかに組み込み経営改善実施を戦略的に行うことで、企業活動の中の女性の存在を確かなものにしていこうというねらいがこめられている。
5 おわりに〜次世紀に向かって必要なこと
・日本より10年早い平等法 このように、イタリアの女性起業支援策のいくつかを紹介してきたが、これらのバックボーンにはEUの施策が強く働いている。特に、国際間協調によるNOW「女性の新機会創出」プロジェクトが進める教育プログラムの開発が効果をあげてきている。このプロジェクトの4つの機軸の一つに、小規模企業や協同組合形式の起業支援教育プログラムの重点的開発が掲げられているため、起業への後押しができている。また、EUのなかの法整備圧力によって、日本より10年早く雇用平等法制を整備したイタリアが、さらに90年代初頭に商工業省によって女性企業家支援法をもったことは注目に値する。首相直轄の男女機会均等委員会が省間セクショナリズムを越えて機能したと思われる。1996年に機会均等省の誕生をみる前に、就業関係の実質的な施策は打ち出されていたことになる。機会均等大臣の設置は法律の実効性をさらに強化させる意図をもっている。
・かたや日本では?
かたや、日本では省庁再編のなかで、男女共同参画大臣の可能性等もはや消え去ったかに見えるが、「男女共同参画社会基本法」のもとで、通産省が、強力な優遇措置をもった個別法として「女性企業家支援法」を提案することがぜひとも望まれる。
21世紀の超高齢社会における労働力不足、仕事無き失業を改善するための新たな雇用創出。日本とイタリアに共通の重い課題だが、イタリアは、すでに次世紀に向かって女性の創業力を積極的に導き出し、新たな企業文化を育てようとしている。
(了)
初出(『オンラインマガジンべんべん』1999年10月7日号http://ven.liba.co.jp)小野(山口)順子が著作権所有者です。