March 24, 2001

「イタリア・古都シエナの女性活動紹介」

油彩画の色名の一つ、バーントシエンナの語源となった、赤みの強い茶褐色の
レンガの家並が連なり、中世の都市国家の面影を今に残すシエナ。イタリア中
部のトスカーナ州フィレンツェから南へ約70kmに位置する古都を初めて
訪ねたのは1989年の冬のこと。その後,2度ほど訪ねる内にその魅力に魅せられ
て、とうとう1997年から1年間を過ごすことになってしまった。イタリアで最
も美しいイタリア語が話されるこの街は人口約57,000人。不思議と街の歴史は
女性イメージに彩られている。教皇庁をアヴィニヨンからローマに戻すための
政治的交渉を行った,聖女カテリーナの生家があり、また、プロベンザーノの
マドンナと聖母に捧げる旗=パリオを奪い合う祭で名高い。
パリオは年2回7月2日、8月16日にカンポ広場で行われる裸馬の競馬大会で、
コントラーダという17の地区対抗で行われ、トスカーナの夏のバカンスのハイ
ライトとして、世界中から人々を集める。しかしシエナの人々にとってこれは
単なる競馬 大会を意味しない。地縁互助組織でもあるコントラーダは生まれた
場所又は親の選択によって定まり、洗礼を受けることで一員となる。いわば、
カトリックとコントラーダと2つの宗教を信じているようなものだ。コントラー
ダを一生 変えることはなく町を離れたとしてもいつでも迎えてくれる故郷でも
ある。
このパリオの歴史をひもといても、今日の開催形態を決定した重要な女性に出会
う。中世の共和国時代に最も栄えたシエナの地域軍事組織がコントラーダの原型
であるが、街そのものは1348,1352年のペスト禍での人口衰退、フィレンツェとの
攻防に敗退したのち、1560年メディチの支配下に入った。1718年馬好きの王女ベア
トリーチェ・ヴィランテ・ディ・バヴィエラが執政に就き、1729年 彼女は現代に
至る重要な2つの取り決め、すなわち17地区の境界を制定して、祭りごとの10頭の
選出規則を創ったとされている。
こうした歴史上の女性の功績にあやかってか、毎年8月にシエナ近郊で行わ
れる「女性文化史サマースクール」(シエナ大学とイタリア歴史学会との共催。)
は、イタリア女性史研究の重要なセミナーともなっている。そして、シエナの
女性たちはこうした歴史的風土の上に新たな連帯と創造の活動を生み出してい
る。筆者が出会ったいくつかの活動を紹介したい。


<Centro Pari Opportunita・Retravailler>
男女機会均等センター・ルトラヴァイエセンター

シエナの歴史的中心地区を貫く、目抜き通りバンキ・ディ・ソプラに面した
オフィスビルの一角に、シエナ県が管轄する「男女機会均等センター及びルト
ラヴァイエセンター」が存在する。1986年に設立され、法律に基づく雇用機会
の平等化、平等施策の推進、啓発活動、法律相談などとともに、女性のための
再就職プログラム「ルトラヴァイエ」を実施してきた。1970年代にフランスの
社会学者エヴリヌ・シュルロ女史の創設したこのプログラムは、パリを本部に
フランス、イタリアを中心にEU諸国で展開されている。日本では財団法人横浜
市女性協会が、日仏女性資料センター創始者の一人である寺田悠子さんの協力
を得て導入し、日本で唯一の実施団体となっている。イタリアでは、20州の内
15州にセンターがあり、そのうち半数が中部の州に集中している。この国内
での支部活動をまとめたイタリア国内協会の年報は、シエナのファシリテータ、
マルチェラ・ジリオーニさんのイニシアティヴで編集が行われており、プログ
ラムの改善のための情報交換も活発だ。ちなみに、シュルロ女史の考案した元
祖ルトラヴァイエは、「ルトラヴァイエ・クラシコ」(古典的ルトラヴァイエ)
と名づけられ、基底にあるオリエンタメント(生き方の方向付けと進路指導)
を共通コンセプトとして、若年層対象、起業支援、収監女性や薬物中毒者の更
正保護プログラムにも応用されている。
特に起業支援については、1992年に商工省による法・第215号の女性企業支
援法以降、雇用機会の創出のため力点がおかれている。1994年から毎年秋に開
催されている「ドンナ・プロデュース」というイベントでは、テーマだてて、
地方産業の振興に女性企業家が位置付けられるよう、展示やワークショップ、
講演会などを行っている。98年は協同組合方式の起業が取り上げられトスカー
ナを中心に活動している、観光、縫製(舞台衣装など)文化財修復、保育や児
童社会教育、リハビリ・介護、酪農、環境保護といった23企業団体が紹介され
た。
このほか、女性就労機会の創出をめざした研究調査「Labour Team」において
育児・介護社会的サービスの需要分析を行ったりしているが、実施プロセスで
は、トスカーナ州の他県、商工会議所やEU,女性団体グループとの連携が積極
的に進められている。その女性団体の一つが次に紹介するマラ・メオーニ記念
女性文化センターである。


<Centro Culturale delle Donne“Mara Meoni”>
マラ・メオーニ記念女性文化センター


1981年、U.D.I(Unione Donne Italia旧イタリア共産党女性部)の活動グル
ープとフェミニストグループのイニシアティヴによって、女性解放のための主
人公にふさわしい生き方をしたシエナの女性、マラ・メオーニの名において、
かつ彼女を記念して設立された。平均年齢40歳くらいの約100人の会員を擁す
る。大学事務室や公共的な教育機関と共同利用する近世の館の3階に、図書室
兼事務室、集会室そしてアーカイブをもつ。他の施設と共用で150人くらい収
容可能な大ホールもあるから、民間の女性センターとしては非常にリッチな空
間といえるだろう。
女性の創造した無形の文化財を歴史的に継承したいという意思の表れが、約
3,000冊の女性文学、女性あるいは女性に関する論文、雑誌を所蔵する図書室
として具現されている。スチールの本棚に整然と整理されたあ書内容は、全国
の女性図書館やセンターを結んでいるLILITHネットにつながってインターネ
ット上で検索可能となっている。イタリアでは、民間の女性グループ主導で、
1980年代各都市に女性問題研究情報センターや図書館をつくられ、1986年に初
めての国内全国会議が開催されたのがシエナであった。この会議ののち全国的
情報ネットワーク構想が生まれ、今、インターネットによる女性関連図書雑誌
検索システムLILITHに結実している。年間維持のための各施設分担金は約2万
円、事務局はサルデニアにある。
図書館と共にセンターの基底には文書館がある。1982年U.D.Iは第11回全
国会議で37年間の活動を事実上終結し、各地方の女性解放運動の行方にその行
く末を委ねることになると、シエナでは、1942年からの文書群をアーカイブと
して残す作業が選ばれた。廊下の壁にそった文書ファイルの一群と、小さなカ
タログのなかに、自らの足跡に自ら責任をもとうとする女性たちの強い意志が
込められている。
センターの財源は、地元シエナのモンテ・ディ・パスキ・ディ・シエナ銀行、
シエナ市、県、州、会員会費によって賄われており、週2回、火曜、木曜の夕
方2時間、ボランティアによって開かれる。みな常連の話し相手を見つけに、
三々五々皆集まり、そのなかから、季節ごと主催イベントの企画が練られてい
く。私の在留中に行われた主だった事業としては、市立ギャラリへの持込企画
として実現した、ミラノの女性アーチスト、アントネッラ=プロータ・ジウル
レオの個展、女性作家の指導による「女性のための著述表現シリーズ講座」の
発表会、子供たちの人種差別意識を全国調査した「La pelle giusta」(正しい
皮膚)の監修者である女性社会学者パオラ・タベットの講演会、先の男女機会均
等センターと共催で、全国巡回されたイタリア女性政治運動ポスター展
「Reguardarsi」(再び省みる)などがある。

シエナが誇る世界一美しいといっても過言ではないカンポ広場に面して、中
世以来この街の執政をつかさどってきた市庁舎とマンジャの塔がたつ。この市
庁舎の壁画に、アンブロージオ・ロレンツェッテが描く大フレスコ画「善政と
悪政の寓意」(1338-40年)がある。西洋絵画の最初の大風景画として名高いこ
の絵には、善政を司るシエナ共和国の執政者を囲んで6人の寓意的女性像が描
かれる。カトリックの枢要な徳目virtu:giustizia正義、prudenza思慮、
temperanza節制、fortezza剛毅、pace平和、magnanimita高潔を、女性名詞で
あるが故に女性の擬人像として表すということだが、治世の根幹にあるべき理
想を女性たちこそが主体になって追求していくべきではないか、とこの絵は静
かに語りかけてくる。そして、善政の街シエナの中心には、美しく思い思いに
着飾った女性達が輪になって踊り歌う姿が描かれる。それはまさに私がみた、
シエナの女性活動、平和のうちに質実だが人生を謳歌するために連帯する女性
たちの姿に通じている。

●参考

*シエナ県観光協会(日本語あり)
http://www.terresiena.it/

*シエナ・女性文化センターhttp://www.women.it/luoghi/luoghi-it/meoni.htm

*リリス:イタリア全土の女性図書館、女性センターの図書検索ネットワーク
http://www.women.it/lilith/docs/prog.htm

*国立女性図書館の検索ページへの入口
http://www.women.it/bibliotecadelledonne/catalogo.htm


*初出:日仏女性資料センター発行『女性空間』2000年
*著作権は、小野(山口)順子が有します。







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